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resonance/ライター&セラピストの潜在意識とかちょびっとスピとか現実とか

◆ Infomation

【works】
★ヒーリングセラピー個人セッション
 都内で対面式の個人セッションを行っています。
 幸せと癒し、学びと気付きを得たい方へ、様々に対応させて頂きます。
 潜在意識を日常へと活用することで、より良い人生へ変えることが可能です。
 随時お受けしておりますので、サイトをご覧下さいませ。

★癒しのワークショップ
 毎月一度、都内で女性向けの体験型ワークショップを開催中です。
 沢山の変化・癒し・浄化・成長・気づきを促すテクニックが山盛りです。
 2017年8月13日・9月3日・10月8日(全て日曜)
 の開催が現在確定しております。全て11時~15時です。
 ※以降の開催は決定次第upして参ります。
 ※それぞれ内容の詳細はサイトをご参照下さい。

今日は七夕でしたね。
東京はこの日にしては珍しく晴れました。
毎年、七夕の日は曇りや雨のイメージが多かったんですけどね。良かった良かった。



さて、『奇跡のコース』が邦訳されて数年経ちますが、「分厚い」「読みにくい」「意味わかんね」とか、「実践となると全然…」というような印象をお持ちの方が割と多いような気がするので、簡易版とも言える書籍をご紹介致します。







ジャンポルスキー博士は精神科のお医者さんです。
人生に行き詰っていた時、内なる声に導かれて『コース』を学び、ご自身を癒した体験がおありです。
様々な逸話を交えながら、平易な文体で分かり易く癒しのメソッドを纏めていらっしゃいます。

『コース』のレッスンの幾つかを抜き出し、分かり易く掲載しているので、こういった内容について初心者であっても読み易く、トライし易いであろうと思われます。



読んだだけでは何の役にも立たないので、是非毎日実践して行きましょう。
日々、あらゆることに対してこれらの考えを当て嵌め、実践することが大切です。

私達は自分の思考について、継続的に観察の訓練しない限りは見ることも捕まえることも出来ません。
ですが、先ず前提として、「私は自分のことは全部分かってます!」「問題は自分じゃなくて外側なんです!」という建前をゴリ押ししているのが現状ではないでしょうか。

しかし、もしそうなのだとしたら、自分自身は不満や不幸は自分とは無縁の生活をしている筈です。
自分のことが全部分かっているなら苛々しないし、問題が自分に無いならいつも幸せ。
でも、そうじゃないから引き寄せを頑張ったり、こういう本を読んだり、色々な先生の所へ足を運んだり、他人様とやり取りするんじゃないかな? ということです。

「うわっ、私こんなこと考えてる!」
「私がこう思ってるんだ! だからあんなことを繰り返して来たんだ!」
というのが、観察を進める程に見えて来てびっくりするでしょう。



ちょっとだけやって、やめちゃう。
少しやってみたけど、(外側が)変わらないからもうしない。

という癖がある人は、
「そういえば、自分にはこういう癖がある。こうやって投げることで、これまでの不幸を繰り返しているのだ。自分を変えないように保持しているのだ」
と理解して、やめずに続けられたら良いと思います。

此処でエゴの囁く"いつもの手"に引っかかると、またループに入ります。
今までの繰り返しから抜ける、というのが非常に重要ですからね。



薄くて小さな文庫本です。
バッグの中に入れて持ち歩き、いつでも確認してレッスン出来るように毎日使ってみて下さい。




大雨の被害に遭われた地方の皆様に、心よりお見舞い申し上げます。
一日も早い復旧、普通の生活に戻れますことをお祈り申し上げます。





現在決まっております、2017年7月・8月・9月のワークショップ予定はこちらですー。




★2017年7月
日時:7月16日(日曜) 11:00~15:00
テーマ:『別の可能性を受け取る』


日頃の私達は、「これが正しい」と思い込んだ選択をしています。
でも、本当はもっともっと幸せを受け取れるのです。
その為には、現在使っている選択肢以外の何かを垣間見る必要があります。
内なる自己、宇宙が提示する『更なる幸せの為の別の可能性』を教えて貰うワークを楽しみながら行いましょう♪



★2017年8月
日時:2017年8月13日(日曜) 11:00~15:00
テーマ:『心を分かち合う』


私達は、いつもの生活では出来るだけ自分の心を隠そうとしています。
本心を見せないように、また別物であるように装って生きています。
しかし、そうすることで自分の声を押し込め、自分自身を苦しめていることが沢山あります。
シェア・分かち合いは、本心からそれを行うなら、ただそれだけで癒しが起こる素晴らしい時間です。
心を分かち合い、問題が溶けて消えて行くさま、自分の心が癒される時間を体験しましょう。



★2017年9月
日時:2017年9月3日(日曜) 11:00~15:00
テーマ:『"わたし"を見つめ直す』


現時点で使っている自己、『私』に対する認識を見直しましょう。
人生の全てにその思考が反映されています。
自分で思い込んでいる"わたし"と、実際に使っている思考での"わたし"。
この両者が合致している度合が高い程、幸せ度が上がります。
自分を何者だと思っているのか、それによってどのような人生が現れているのか、理解が深まる4時間です♪
顕在意識・潜在意識の側面から、"わたし"を見つめ直し、新しい発見や気付きを沢山体験しましょう。



ワークショップの詳細はこちらをご覧下さいませ。



東京は今日も暑そうですが、水分補給をこまめにしながら、どうぞご自愛下さいませ。




台風行っちゃいましたね~。
列島直撃かと思いきや、そうでもありませんでした。

物凄く暑いんで忘れそうですが、そういえばまだ梅雨なのでしたね…。



さて、6月ワークショップに御参加された方から頂戴しましたメールを掲載致します。







今回のワークショップで一番印象に残りましたのは、皆のそれぞれの父や母がどんな気持ちでいたかを体験するワークでした。

私は昔から、母が何の用事も無いのに頻繁に電話を掛けて来ることを大変疎ましく思っていました。
母が電話を掛けて来る理由を、いつも"お金"の要求だと解釈していたからです。

でも、ワークで体験してみた母の感覚は、ただ単純に自分の娘に連絡したかった、元気そうで嬉しいという気持ちだけ、というのを感じました。
私がこれまで自分の思考で捉えていた母とは全く違うという体験をして、本当にこれまで自分が完全に間違った解釈をしていたことに気付きました。


その後、母と兄夫婦と私の家族と食事をする機会があり、母の様子や自分の反応などを観察しました。
母の言葉や様子を見て、これまではその全てを「もっと出せ」と要求しているように受け取っていましたが、母は一言もそうは言っていなかったし、事実は違うのだと思いました。

以前に母親に対して「感謝なんて一度もしたことがないじゃないか!」と電話で怒鳴った時のことを思い出しました。
でも、今以て感謝を一度もしたことがないのは、他ならぬ私自身です。


私は常に上から目線で、「自分だけが特別で、他人は駄目でも私だけは何をやってもいい」という誇大妄想を元に、家族や他人様に嫌な思いを沢山させて来ていますが、親や兄弟はずっと大目に見てくれて来たのではないかと思います。

母に対する解釈の間違いから解るように、家族や周りに対していつも私だけが飛び抜けて我が儘で勘違いしていて偉そうであったのではないかと。
家族に対しても何一つ解っておらず、抑々見てもいませんでした。



その後の個人セッションで先生から、
「『親が悪い、親のせいで』『親が、周りが、他人が』といつまで言っていたいですか?」
と訊かれましたが、確かに私は今もまだ被害者で居ようとすることを続けていて、過去の繰り返しから抜け出してはいません。


今も全然解っていないことばかりですが、私は本当に人を見て来なかったし、自分に都合の良いように捻じ曲げて解釈して来たし、正しいことが解っていない、出来ていないという事実が徐々に強く見えて来ている感じがします。
見れば見るほど、全てを自分の意思でやっているから被害者ではなく、これまでも隠そうとして隠せなかった自分の酷さがどんどん表面化し、いよいよ隠しきれなくなっているように思っています。

沢山の愛情も無い無いと言い続け、こんなことを続けていて本当に良いのか? と、何度も何度も自分に問い合わせをしていますが、これまでの生き方や自分に対する誇大妄想にどれだけ執着しているかを知り、他人様を正しく見られるようになりたいです。

自分や他人様を正しく見られるように神様に毎日お願いしていると、今の私自身の現状を認めなさい、これで良いの? と、様々な事柄を通じて見せられているように感じます。


先生は、これまでずっと一人一人を導いてご指導下さっています。
逃避と誤魔化す人生のみの私に、その誤魔化しの手数を減らすよう教えて下さって、私達と長きに渡り向き合い続けて下さいました。
本当に有り難いことです。






奇跡のコース/テキストには、「被害者で居たがる誘惑に注意しなさい」という一節があります。
嫌な思いをしたとか腹が立ったというその瞬間、私達は被害者の立場を選んだことになります。
その思考は瞬間的であり、自分で考えて選んだのではなく「事実がそうだから」と言えてしまう程のスピードで行われます。

この思考をじっくり紐解いて行くと、何らかのメリットを得る為、という目的に行き当たります。
相手から何かを得る為、自分が優位に立つ為など、実は色々な利益があると思って使っている訳です。


私達は意識的に見直すことをしなければ、『周りが…』とか『誰々が…』という、"自分ではない外側"が主体で、自分はそれに対して反応するだけという繰り返しで一生を終えます。
「親がこうしてくれなくて傷ついた」も「子供が言うことを聞かなかったから腹が立った」も、「天気が悪かったから苛々した」もそうです。
「お隣さんが美味しいお土産をくれたので嬉しかった」「彼氏が優しかったので幸せ」も、実は同じ。
自分は常に現象に対して反応しているだけで、主体性が無い状態ですね。

この思考は、主語が何であるかを見直せばはっきりします。
「私」が主語であれば、自分主体の自分軸。
「誰か」や「何か」が主語であれば、外側が主体で他人軸、自分は被害者です。


他者が主語である思考は、自分を常に被害者の立場に置きます。
自分が何を体験したいか、自分が何を求めるか、という思考は生まれません。
だから、他人や外側を変えようとする。
だから、自分は正しいと主張出来る。…ように思う。
「相手がどうでも、私はこういう風に居よう!」と決断しない限り、ずーっと他人や周囲に振り回されている被害者…の気がしたまま、です。

被害者で居ることは一見ラクに見えそうですが、「その為に生きているの? そのまま死んで行きたいの?」と問われた時、どう答えるでしょう。
「うっ」と言葉に詰まるでしょうか。「違います!」と言い切れるでしょうか。
でも、そこから離れるのはちょっと(或いはものすごく)嫌だなーと、心の片隅で思ったりしませんか?
抵抗を感じたなら、やはり自発的にその立場を選んでいることになります。利益があるからです。


何を利益だと思って繰り返しているのか、何の為にそれを続けたいのか、また人生そのままで本当に良いのか。
何度も自分に問い掛けると良いですね。「あっ」と気付くまで。


台風ぅ~到来~。


です。


今、外は大雨です。台風は、明日の未明に掛けて関東近辺を通過する模様。
お出かけ中の皆様、どうぞお気を付けて。
台風もささっと通過してくれるといいですねー。


さて、引き続きまして6月のワークショップへご参加下さった方からのご感想です。






今回のワークショップで一番印象に残った内容は、『自分がこれまで欲しい欲しいと言っていたものは、既に持っている』ということでした。
見ず知らずのものだったら欲しいとも思わない。それが良いものかどうか、何なのかすら分からない。
自分はそれを知っている、知っているということは既にあるものだからこそ「それが良い」と思う、というのをこれまでも先生は何度も教えて下さっていましたが、「そっか! そりゃそうだ!」と理解出来たのは今回が初めてでした。

私はこれまで「愛されている・大切にされている安心感が欲しい」とずっと言っていましたが、無い無いと探し回らずとも、もう持っているんだというのが分かった時、目から鱗でとても驚きました。
なんだそうだったのか…と、気が抜けてほっとしました。


その後は、人とのやり取りで、愛・温かさ・安心感・嬉しさを感じることが格段に多くなりました。
ただの挨拶や、何気ない会話でも、また今までのことを振り返っていても、とても多く感じました。
私は本当に沢山の愛で生かされて来て、愛の大きさに圧倒されました。
「愛に過去とか未来という時間は存在しない。大小も制限も無い。増えたり減ったりもしない」
と教えて頂きましたが、本当に過去も今もなく、ずっとありました。私がそれを無理矢理否定していただけでした。

愛されまくってきたのに、それには目を向けず「なんでくれないの!」と自分が間違った解釈をしていたこと、また恩を仇でしか返していないことで、関わって来た方々に対し申し訳なさも感じます。
今までは何も問題が無いにも関わらず、毎日不快で苦しくて疲れていましたが、今は楽に過ごせるようになりました。


自分の言動を振り返ってみると、「外側でこういうことがあったから、自分がこうなった」という被害者思考を当たり前に使っているんだなと思いました。
何も考えず口癖で使っているので、その都度気付いて修正して行きたいです。

私はこれまで愚痴や文句ばかりで、詮索・干渉をする母のことを嫌いだと思っていたのですが、ワークショップに参加してから「彼女なりに私のことを一生懸命大切に育ててくれていたんだ」と認識が変わったのがとても大きな変化でした。
「私は母のことが割と好きなんだな」と、今の段階ではそれで納得しています。



以前はあれもこれも出来ない自分が嫌で、見たくない・認めたくない、違う自分でありたいと思っていましたが、ワークショップや個人セッションを通して、
「『私はこんなことしか出来ない。たかだかこの程度の人間なんだ』と思ったら、『本当にそうだな。私はこんなことしか出来ないし、この程度の人なんだな。そうか。なーんだ』で納得して終わればいい。ダメとか、嫌だとか、良くしなきゃ、変えなきゃといったことを考える必要は無くて、それが事実ならばそれで終わり。だからどうのこうのとか、そんな自分は嫌だというのは、事実を否定していることになるので、否定している状態が苦しい」
と先生が教え下さったことで、自分に対してマイナスの印象が減って来ました。

自分はヒヨコのようなもので、何にも分からなくて自分一人では何も出来ませんが、だからダメとか悪いとかではなく、ただそうなんだな、と今は思います。
これまでは、ヒヨコが『自分は鷹の筈だ! ヒヨコの筈はないー!』と、自分ではない別のものになろうとして無理し続けていました。

今は、「私が私の幸せを人生で体験する為には、ヒヨコという特徴が必要だから、こういう私で生まれて来たんだ」と思っています。
私の魂の計画通りの人生、自分らしく生きる人生というのは、"ヒヨコ人生"だと言うことでしょうし、今後はそれがより具体的にはっきりして来るのではないかと考えています。


私はこれまで目に見える形にだけ執着していて、喜び・愛・幸せといった、「自分がどんな気持ちを体験したいか」には全く目を向けて来ませんでしたが、今後は信頼や安心という気持ちに目を向けて生きようと思います。
ギフトが来るのを阻害しているのは自分自身の思考だと学んだので、自分がどんな思考を使っているか気付けるように見つめ、怖れを手放し続ける、自我の思考の浄化をし続けることが今の目的です。
早くノーガードでギフトを受け取れるようになりたいです。

また、身の程を知り、自分の現実、自分は本当はどんな人間なのかをもっと知って行きたいです。
今まで「"自分"はどう感じているか、考えているか」をひたすら見ないようにして来たので、それがもっとはっきり分かるようになりたいと思っています。

今回のワークショップもとても分かりやすく、私の期待なんかよりもずっと素晴らしい体験をさせて頂きました。
忍耐強く、私達が分かるまで丁寧に説明して下さり、いつも本当にありがとうございます。






ああなりたい、こうしたい、あれが欲しい、こうじゃなきゃ嫌だ。
と言い続けている時、幸せか、満ち足りているか、落ち着いているか、安心や信頼を感じているかについて、自分の心を点検してみると良いです。

安心も無ければ信頼も無い、何だかグラグラしている、立ち止まるのが嫌だ、ずっと動いていなければいられない…そんな風に思っているのなら、その下には怖れがあります。
「"こんな自分"は嫌だ」という思考があります。


では、"こんな自分"とは何かという話です。
あれもこれも出来ない、こんな程度でしかない、知らない、分からない、間違うし、失敗ばかり。褒められないし、取り立てて何かあるかと言えば無いし、他人の役に立つ訳でもなく、他人に迷惑や面倒を掛けて……という自分。
"こんな自分"をとても厭わしく思っていて、だから、ああならなきゃ。こうしなきゃ。こう見せなくては。
そんな風に考えるのがエゴの思考です。

この思考は『怖れ』そのものです。
足りない、欠乏、不完全、不足を自分に見出し、そのままでは許さない、絶対に駄目だと自分で自分に突き付けています。
これをやっている間、非常に嫌な思いをします。
例え状況は整っていて、誰から責められる訳でもないのだとしても、自分の中だけで独り芝居的に苦しい想いをするんですね。


理解にはプロセスがあるので、一足飛びにという訳にはなかなか行きませんが、「あー、最初から私は"こんな自分"だったなー」と何処かで気付いたら良い訳です。
「そう言えば、過去一度も凄かった私だったことは無かったな。他者を圧倒する程に優れているとか、あれもこれも出来る自分だったことは、歴史上一度も無いな」ということです。
「ずっとこういう私だったから、私って元からこうなのかー」という事実を認めてしまえば良いって話ですね。

何でこうなんだろう、どうしてこんな風に何も出来ないんだろう…と苦しんでいる間は、まるで「本当の自分は全然違う筈なのだ」と思っているかのようです。
が、「"本当は"もクソもないわー。"本当"って何のことだよ! だって私、実際昔からこうだしね!」と我に帰れるなら、そこからが心の平和・幸せへの道です。
ずっとそういう自分だった。肯定しようが否定しようが、最初から私はこうでした。否定しても、隠そうと頑張っても、こう見てくれとアピールしても何も変わりませんでした。全部無駄でした。ていうか、必要無かったな。

そんな風に、先ずは見方の角度を変えて行かれると良いです。
大概、何が出来る訳でもないのですから。
他人様に何かして差し上げることなど、更に出来ません。
一見そう見えていることがあったとしても、それは優れているとか出来るとかではありませんので、そういった考えを持ち出さない方が良いですね。後が苦しいですから。


私はこんなんじゃない、違う筈だ、出来る筈だ、凄い筈だ、素晴らしい筈だ…という上辺の思考を外して、"こんな自分"を見る。認める。
先ずはそこからです。



引き続きまして、6月ワークショップに参加された方のご感想です~。






6月のワークショップに参加する少し前、子供の頃から私を可愛がって下さっていた親戚が亡くなりました。
葬儀で親戚が集まる中、周りからあれもこれもして貰うばかりで恩なんか返しておらず、それどころかどれだけ良くして頂いても
「自分は愛されていない、可愛がられていない、だからもっと寄越せ、何もかもを私の為にやれ!」
と長年言い続けて当り散らして来た私は、一体何なのだろうと思いました。

私を大切にしてくれた人が段々と亡くなって行く中、私は
「このままの自分で生きて行くのは嫌だ。これからは家族や、親戚と、あるべき正しい姿でやり取りしたい。正しくお付き合いしたい」
と思うようになりました。
その為に正しく受け取りたい、心から感謝したい、正しく行動したいと思いワークショップに参加しました。


ワークショップやその前に受けたセッションでも、私は『ギフト(幸せ)を受け取る』どころではありませんでした。
とにかく"自分"を決して見ないように逃げ回ることだけに必死で、「愛されたい」とか「幸せになりたい」と散々言って来たのに、実は愛や幸せなんか全く頭に無い。
以前から先生がblogで書かれていたこと、教えて下さっていたことについて「本当だ! 私は愛とか幸せとか全然望んでいない!」と思い始めていました。

自分自身が他人様に向けてずっと行って来た酷い言動、それは何故やっていたのか、自分は何なのか、何故謝罪するのが嫌なのか、嫌だと言っている私は何なのかと思っていました。


ワークショップの最中、私は大事にされている、愛されている事実を何度も思い出し、「私はずっとこの中にいる、ずっと実はこうだったんだ」と気付きました。
昔からずっと、大切に布団に下ろされて、気持ち良く手足をバタバタさせている赤ん坊の時のままの自分です。

体験したワークの中では、父が私に対してどういう気持ちで居るのかイメージをしました。
父は常に、私と関わることを嬉しく思っているんだなあという体験でした。
私から電話が来たら嬉しいし、何か食べさせてやりたいし、何か手伝ってやりたいと、父はいつもそればかりを考えています。
自分の娘がどの程度の人間かという現実は全く見ておらず、私のことを別人のように美化して妄想していますが、それはそれとして「要求されている!」等と取らずに、そのままにしておけば良かったのだと思います。

私は親や周りから「高い要求をされ続けている」「もっとやれ、もっとレベルの高い人間になれと言われている」と思い込んで生きて来たので(妄想ですが)、毎日毎日とんでもない要求ばかりをされるであろう結婚生活なんて嫌だと思っていました。
でも先生が、
「見た目も中身も頭もあらゆる面で完璧な女性を望んでいる男性が、あなたを結婚相手として選ぶと思いますか?」
と仰った時、
「本当だよ! 完璧を求める人が私を眼中に入れる訳が無い! そういう人は、最初から私なんか見ない!」
と思いました。


ワークショップでペアになった女性は、とても素朴で小ぢんまりした方です。
"私"の全てを映し出す鏡である彼女を思い返し、「私はこの人に完璧であれとか、周り中が振り返るような美人で居ろとか、人並み外れて出来が良いといった無茶な要求をするだろうか」と考えたら、「この人に対してそんなことは思いつきもしないな」と思いました。

"私"は元々、抜けていてボケててガサツで色々どうでも良い人ですから、きっちりとか美しくとか完璧とは真逆の人間です。
自分とは何もかも真逆だということにも気づかず、父が私に向かって「特別美人だ」「一番頭がいい」「出来がいい」と言い続ける親馬鹿妄想を、私に対する要求・無茶振りだ! と曲解していました。


参加後、仕事上必要な資格試験の勉強をしていて思いましたが、私は頭も悪いし、要領も悪いし、
「こんな自分に、一体誰が無茶な要求をするのだろう。そんなことをする筈が無い。要求しても出来ないんだから無駄だって周りは知っている」
と自分の勘違いの馬鹿さ加減に呆れてしまいました。
事実を思い返すと、職場の社長も上司も、「まあこの人だから、この程度でしょうがないか」と緩く許して下さっていました。
そうでもなければ、外資系の会社でありながら英語が出来ないという人間を、いつまでも会社に居させることは無いでしょう。

振り返れば、私はずっと周りから気遣われ、社会のお豆的に生きてきました。
丸っきり向いていない仕事でも、『自分が出来るから』ではなく、単に『出来ないけど、大目に見られて居させて貰えた』のだということです。
それは本当に申し訳なく、ありがたく思いました。
「外資系企業の管理職に就いて仕事が毎日大変だ」というのは、親や周りは一切関係無く、私が私にした無茶振りでしかありませんでした。



最後に自分が見たビジョンは、穏やかな気持ちで死んで行く所でした。
小さな黄色い蝶が2羽ひらひらと飛んでいて、その蝶を「仲が良くて良いね…」と平和な気持ちで見ています。
イメージ内の私は、私自身に納得しており、ご縁のあった皆様に「本当にお世話になりました。さようなら」と有り難い気持ちで息を引き取りました。
先生が「今のままだと、そうはならないですね」と言われたのですが、本当に今の私とは雲泥の差です。
私が現時点で死ぬとしたら、そんな風には思わないし自分自身に対して納得もしていないし、不平不満で一杯です。

ワークショップで感じた体験はどれも、日頃の自分の体感とは激しいギャップがありました。
今の私と状況は同じなのに、ワークで体験した内容はどれも幸せで納得していて平和な気持ちという、いつもの自分とはどう考えても正反対の状態です。



先生の所はいつも沢山のワークが有って、しかも参加者の様子を見ながらリアルタイムで変化を持たせるという、バラエティに富んだ内容です。
私はワークショップに参加し始めた頃の自分より、自分に納得出来る部分が増えて来て、楽になったと感じています。
今後は、自分がこれまで勘違いして作り上げて来た自分と、本来こうであるという自分のギャップを是非埋めて行きたいと思っています。

本当にありがとうございました。






状況を見る限り、特に困っていない。豊かに暮らしている。周りにも恵まれている。
…のに、不平不満と怒りや妬みで一杯、という人は沢山居ます。

何故かと言うと、ちゃんと理由があるんですね。
度々書いていますが、事実を認める・自分を認めるとその不満は消えます。

隠したり、誤魔化している箇所が多いと、その分だけ不満は増えます。
自分がどれだけ不満を抱えているかを見れば、事実に対する否認+投影で日々を凌いでいることがよく分かります。


逆に、何かをひた隠しにしているのに、「上手く行ってます! 私は満足です!」と、反対側へ誤魔化してしまうケースもあります。
どちらにせよ毎日何となくでも落ち着かない筈なので、自分の状態を見ることで「何か変だなー。おかしいなー」という糸口が見えて来るでしょう。

生き方を変化させるには、自分の思考体系に疑問を持つことが重要です。
大体は定型文を持ち出したり、決まりきった型通りのやり方で、事実を知覚することから逃げています。
直面しないよう、「だってああでこうで」「それは誰々が、周りが…」等々、幾らでも言い訳を作り出すのがエゴです。
それは後付けで、怖れを隠す為に創り出したものである可能性が高いのです。
「私はまだ納得していない。だから私は何か認めていないことがある。それは何だろう」
と、自分に問い掛ける姿勢を持ち続けることが大切ですね。


例えば形だけ変えたい、結婚したい、お金が欲しい、引っ越したい、転職したい…というようなことだけであれば、そんな考えは持たなくて済みます。
単発で引き寄せとかやればいいじゃん、って話になりますね。

でも、生き方そのもの、自分の姿勢を変えるとなると、毎日の自己観察が必要になります。
正当化しようとしていないか、被害者ぶろうとしていないか、何かを外側へ押し付けていないか、理由や原因をこじつけていないか、捏造していないか、改竄していないか…等々。メンドクサイです(笑)。

とはいえ、生き方が変わると、他のあらゆる面が変化します。それこそ、物理現象すらも。
例え形が変化しないとしても、捉え方が幸せなものになりますから、形を変えることに躍起にならずに済みます。
その足場に立つかどうかは、いつでも選べるのです。



先日、結構な長時間にわたり開催しました6月のワークショップですが、ご感想が届きましたので掲載致します。






先日のワークショップでは、まず『幸せではなく、防御の為にどれ程の思考を使っているか』について、ペアになった方とシェアした時のことが印象に残っています。
私もペアの方も、取り上げるべき重要なことがあるにも関わらず、最初はどうでも良いような些細なことを持ち出して、あれこれスラスラ喋って肝心なことから目を逸らしていました。
実はこの時、頭の中で「前の結婚生活のことかな?」と一瞬考えたのに、即取り消していました…。
これ自体がまず問題から逃げようとする『防御・防衛』でした。

先生が仕切り直して下さり、隠した内容について改めてペアになった方と話すと、途端に口も重く、口数も少なくどんよりした空気になりました。
自分がやって来たこと、そもそもの自分に向き合うのがどれだけ嫌なのか、怖れているのかを目の当たりにしたので、これが一番印象に残っています。


その後に受けた個人セッションでは、"現在と軌道修正後の未来との間に何が見えるか"を体験させて頂いたのですが、私が現時点から割と近い場所にイメージしたのは、岩のような見た目でブヨブヨした物体。
これを見た途端、もの凄く嫌な質量をお腹の辺りに感じました。
「後ろを向いても、そこから逃げようとしても、それは肥大化して追い付いて来て、逃げられない」と私は言いました。
"それ"が何かというと、自分自身を勘違いし、誤魔化し、間違い続けてきた思考の塊のことでした。

このセッションの次の日は異様な眠気と、それが去ったと思ったら目眩がありましたが、こういう「一見、身体の不調にみえるようなことも大概は防御」と教えて頂いていたので、自分の身体を使ってまで防御したい位に、私は自分に直面するのが嫌なんだとまた実感しました。

これまでは、体調不良で何も考えられませんでしたとか、抵抗なのは分かるけど、スケジュールが忙しくて見られませんとか、なんとかしなきゃと抵抗に抵抗したりなどしていましたが、「そうなんだな、私はほんとに怖いんだな…」と静かにじっとして居られるようになったことが有り難いです。



また、父が学費などで沢山のお金をかけてくれる度に「『利子をつけて返せ』と思われているに違いない」とトンデモない被害妄想の思考を使って来たことが分かりました…。
そんなことは一度も言われたことは無いし、常に惜しみなく支援してくれていたのに、です。
私は『お金』という形ばかりに目を向けていて、父がどういう気持ちで出してくれていたか、全く考えたことがありませんでした。

ワークの中で、父がどんな思いで居たのかを感じた時に、娘の為に出来ることがただ嬉しく、「お金」という形については特に何とも思っていない、そうすることが当たり前という感じがありました。
目に見える形ではなく、そうしてくれている相手の気持ちにを感じると、本当に愛されていて有難いと思いました。
今それを振り返ると、私が頑として見ようとしないのは、そんな有り難い気持ちにも目を向けられないような酷い自分だとも思います。


ワークショップの最後に『"自分"を手放し、ギフトを招き入れる』ワークを体験した時は、これまでに感じたことがないような身体の奥から込み上げて来るような大きな喜びの感覚があり、ボタボタ涙が溢れて堪え切れずに嗚咽しました。
安心しきっている感覚、本当に嬉しいという気持ちでした。

これだけの有難すぎるギフトから目を逸らし続け、元々の自分や自分の過去を認めずに居る私は、一体何をやってるんだろう? なんなんだろう? と疑問です。
愛されていることが分かったらこれまでのような被害者で居られなくなるし、元々の自分もこれまでやって来たことも露呈する、そんなの絶対に嫌だと逃げ回っている自分との矛盾を感じますが、先生が教えて下さったようにこれまでの繰り返しについては「ずっとこうである必要はない」のだとも思います。

エゴは「やっぱりダメだった」「やはりこれまで通りなのだ」と結論付ける為にあらゆる手を使い、何年もかけて綿密に動き回るというお話がありましたが、なぜエゴはそこまでして生き延びようとするんだろう? と思いました。
『奇跡のコース』では、神からの分離を考えた怖れから逃れる為とありましたが、私がこれまでやってきたことを見てもあらゆる手を使って来たし、何年も何年もかけて「私は愛されていない! 被害者だ!」と逃げ回っているのも確かです。
ここまでするのか…事実を認めることはこんなにも恐怖なのか…と思います。


私はこれまで、全てのことを社会や家族、職場の方々など、いつも誰かのせいにしていました。
長く学ばせて頂いているにも関わらず、まだ「父が、母がああでこうで、そのせいで~」と言っていました。
今回のワークショップ、セッションと連続で学ばせて頂き、家族を始め、誰かのせいだったことは一度もなく、全て自分に原因があることがはっきりしたので、誰かにイライラすることが減りました。

誰かに対して何かを考えた時、例えば「○○さんは我儘だ」ということなら「私は我儘だ」だし、「相手が私にこう要求して来た」なら「私が相手にこうしろと要求している」と、主語を相手から自分に置き換えると『現在の自分』が明るみに出て来ます。


自分についての認識ですが、ワークショップ前は、「私は家事ぐらいしか出来ない人なんだ」という所までは納得していた気がしていました。
でも、ワークショップとセッションを経て、まだまだ私は妄想内で作り上げた高い自己像を維持したまま、現実の自分を見ないようにしているんだなと…。

最近は自分のことを、色々な面で平均的な『よく居る普通の人』だと思っていましたが、実際は『出来ない人』でした。
何故かと言うと、振り返れば生まれた時から今までずっと至れり尽くせりで、周囲の人は皆優しく、何でもやって貰えて、何か困ったことがあればすぐ人に相談し、やって貰い、尻拭いもして貰い、それがごく当たり前で何の疑問を持たずに生きています。
実際の事実を見直せば、私は他人様に色々として頂くことで生きて行ける人、つまり一人ではあれもこれも出来ない人間だということです。
また、普通なら考えれば分かるようなことも中々分からず、人様に対し平気で失礼なことをやったり言ったり、それにも疑問も持たずに来てしまいました。

これまでは、「平和で幸せな結婚をしたい」とか、「家族の認識を修正したい」とか、さも良くなりたいような、また、周りに幸せになれない原因があるかのようなことを言い続けてきました。
でも、本当に重要なのはそんなことではなく、私が何よりも避けているのは自分の現実と直面することでした。
『私が私のことを本当はどう思っているか』『自分が実際に他人様に向かってやって来たこと』『自分が持って生まれたもの』から逃げていました。
今後は、自分を事実のまま正しい目で見られる自分になり、身の程を認めて、元の自分に合った人生を生きられるようになりたいです。



私は、そんなに多くのスピリチュアルのワークショップに通ったことはありませんが、先生はとにかく分かりやすく、懇切丁寧に、様々な体験も織り交ぜながら、自我の思考・愛や怖れ、『奇跡のコース』の内容などを教えて下さいます。

先生に出会っていなければ、全て『自分』がやっている『自分』しか存在していないという意味を理解することは無かったと思います。
ここまで理解するにも、絶対に一人ではどうすることも出来ませんでした。


いつもいつも本当にありがとうございます。







ご感想ありがとうございました。

『自分を認める』という作業は、世間的には何となく「私は素晴らしいのだ」というようなゴールをイメージしがちですが、単に自分は事実どうであるかを見るだけです。
なので、それまで自分を『私はこんなに凄いんだー!』と誤魔化して来た人の場合、「うわー…」「ありゃー」「こりゃダメだー」というようなことを沢山目の当たりにすることこそが『自分を認める』ということになります。

いつも自分を下方修正して見ているか、上方修正して見ているかによって認める内容が変わるので、日頃の自分についてどう捉えていらっしゃるか見直されると良いでしょう。

自分に対する期待値が低い=身の程を認めている、ということになります。
だから、別段飛び上がるようなすんごいことが起きなくても別に何とも思わないし、毎日平々凡々に淡々と生活していることについて、特に問題を感じません。
一日生きられてありがたいなーとか、今日美味しいものが食べられて幸せだなーとか、そういう感じです。


他人様や現象に対する要求が強い・多い・高い人は、自分を見誤っている可能性が極めて高い為、自身についての認識を見直されると良いですね。
他人様への不満がとにかく多い、というのが割と分かり易いポイントです。文句ばっかり言ってるとかですね。

これも毎日当たり前過ぎて、自分では見逃してしまう場合があるので、自分が頭の中で不平不満をどれだけ言っているか、見る練習を続けられることが第一歩です。
「そんなに不満なんか言ってない」と思っていても、私達はその殆どを見逃していますから。



で、徐々に他人ではなく自分自身に視点が戻って来る…と、これまでそこから逃げ回っていたことから、すごーく嫌な気持ちになります。
ずっと逃げていた訳ですから、そりゃ見たくないと思いますよ。
でもここを乗り越えて、「そうだったのか…」と静かに認める所まで行くと、ラクになるんです。

自分はこうなのか。
そうだったのか。

そんな風に、静かに頷ける日が来るとラク。
なので、「ラクになれたらいいな」という気持ちをいつも忘れずにおかれると宜しいのではないかと思います。




梅雨まっただ中ですが、ちょっと雨が少ないかな~? という気がしますねー。気のせい?
適度に降雨。適度に晴天。それから適度な気温を希望します。適度適度…(笑)。


さて、去る18日は6月度のワークショップでした。
6月はいつもの倍、お時間を頂きました。
ご参加下さいました皆様、長時間にわたりお疲れさまでした。
ご一緒頂きまして、ありがとうございました!

宇宙(或いは神様でもなんでもいいんですけど)からやって来る、自分へのプレゼント。
喜び、幸福、平安、平和。
それらがギフトです。
ギフトは有形無形を問いません。形を伴って現れることも多々あります。


こういったギフトを受け取るコツ、というものがあります。
それを体験して頂く、実践して頂く一日になったかと思います。
盲点だと思います。ホントに。
心の世界、潜在意識の世界は、世間の常識とは全く違うルールで動いてるんです。
このルールに自分の思考を合わせて行けるかどうかで、その後がガラッと変わって行きます。

潜在的にはブロックやトラウマが無いのに、自分がどれだけ受け取ろうとしていないか、如何に自らギフトを打ち返しまくっているかということを痛感された方もいらっしゃいました。
受け取る云々以前に、自分がどれだけ防御しているか。
それによって良いものを弾きまくって、本来の人生設計からは大幅に逸脱し、逆走し続けているか、まずこちらを把握しないことには、軌道修正が難しい場合もよくあります。

受け取るよりも前に、何故自分は受け取らないようにしているのか、です。
「頑張ってるのに、ならない」んじゃないんですよね~。



後日、参加された方々のご感想を掲載したいと思います。




さて、7月と8月のスケジュールを掲載します。
8月のテーマ、漸く決定でーす。遅っ(笑)。




◆7月
7月16日(日曜) 11:00~15:00
テーマ『別の可能性を受け取る』

日頃の私達は、「これが正しい」と思い込んだ選択をしています。
でも、本当はもっともっと幸せを受け取れるのです。
その為には、現在使っている選択肢以外の何かを垣間見る必要があります。
内なる自己、宇宙が提示する『更なる幸せの為の別の可能性』を教えて貰うワークを楽しみながら行いましょう♪



◆8月
8月13日(日曜) 11:00~15:00
テーマ『心を分かち合う』

私達は、いつもの生活では出来るだけ自分の心を隠そうとしています。
本心を見せないように、また別物であるように装って生きています。
そうすることで自分の声を押し込め、自分自身を苦しめていることが沢山あります。
シェア・分かち合いは、本心からそれを行うなら、ただそれだけで癒しが起こる素晴らしい時間です。
心を分かち合い、問題が溶けて消えて行くさま、自分の心が癒される時間を体験しましょう。



詳細はコチラです。



9月分はもうちょっとお待ち下さいませ。
現在、3日か17日の方向で調整中でーす。



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Sachi

blog owner:Sachi
潜在意識を活用した、ちょびっとスピリチュアルな総合セラピー、癒しのワークショップ・タロットカードセッションをしているSachiです。
穏やかに楽しく成長出来るよう、入手した情報や、日々の気づき&
発見などをシェアして気ままに更新。
イベント情報も随時掲載中です♪

旧blogタイトルは『気づきのステップ』。

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