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「私は愛されていないに違いない」という思考を手放す

  • 2017.05
  • 28

Edit1380

前回書いた記事の何となく続きです。



あれが問題だこれが問題だと言う時、集約されるのは何かと言うと、「私は愛されていない」という怖れの思考です。
自己申告の際は愛してくれない人や周りが悪い、というような言い方になっていることが多いとは思いますが、実際の思考は「私は愛されるような人間ではない。だって酷いから。悪いから」ということです。
これを『奇跡のコース』では怖れの思考、分離しているという思考、総じてエゴと言います。

人生で多いのは、親子関係にこの思考を投影することです。
自分の親に対して持った考えを、成長して行くと共に配偶者やパートナー、上司や先輩等にも重点的に流用しがちですね。


『親に~~された/言われた/して貰えなかったから、私は傷付いて親から愛されていないと思うようになった』
という定型文が一般的に流布していますが、これは実は後付けの場合が非常に多いのです。

元々私達は潜在的に恐怖心を持っていて、この恐怖が上記のような『私はきっと愛されない人間に違いない』という思考に相当します。
抑々自分でそのように思い込んでいる為、それっぽい親の言動等によって、「"やっぱり"そうなんだ!」と解釈するのです。
そうです、「やっぱり」と接頭語が付くのです。

また、私達は自分で自分を裁く思考を使ってもいます。
「あんなことをしたから、私は悪い人だと思われたに違いない」
「あの時こうしておかなかったから、きっと嫌われたに違いない」
「こんな目に遭うのは、自分が悪い人間だからだ」
「こんなことが起きたのは、自分が罰されているということだ」
「こんな風に自分が辛いのも、仕方ないよなあ…」
等々、日々自分を裁いているのです。
裁きの思考は非常に深い意識レベルで発生しているので、「そういうものだ」としか思っていないのではないでしょうか。



私達は、これらの怖れをどうにかしなければと思います。
罪の意識、恐怖心を持った時、次から次へとああしなきゃ、こうしなきゃ、逃げなきゃ、隠れなきゃと思います。
自分が攻撃されると思うからですね。

それを避けなければならないと衝動的に思う為、じゃあ、凄い人だってことにしたら大丈夫かな、私が可哀想な被害者だってことにしたら自分の正当性が立証されるかな、無かったことにしちゃえばいいんじゃない? 見なければいいんじゃない? 覚えてないってことにしちゃえば、あっちが悪いってことにしちゃえば…等々、様々な防御方法を編み出そうとします。
自己処罰欲求が強い人の場合は、自分を責め続けて不幸になろうとします。
どれも自分の抱いている怖れの思考から行う行動です。



このような怖れを土台にして生きてしまうと、とても辛く苦しい人生になります。
例え形が整っていても、何でも手に入って困ったことが無いのだとしても、自分だけが苦しいです。
自覚症状が無いのだとしても、心は悲鳴を上げています。
それは、生きる目的が怖れからの逃避、ただ一点のみに絞られているからです。
毎日やることなすこと、全てが逃げ回っているだけのこと。愛を感じるどころではありません。

幸せが軸じゃないんです。怖いから逃げなきゃ、辛いからこれをどうにかガードしなきゃ、という軸です。
「怖い」という思考で一杯で、ずっとそこにフォーカスしていることになりますから、幾ら逃げてもガチガチにガードを固めても、周りから人をシャットアウトしても、逆にイエスマンばかり揃えたとしても、ダメです。
やればやる程、使っている思考を強化します。


怖れのフィルターを通して全ての物事を見るようになるので、如何に幸せであっても満ち足りた生活をしていても、絶対に満足しません。
不平不満を数え上げては、「こんなに不幸なのだ」と怒り狂って言い続けることしか出来なくなります。
それらの不平不満を、次々に誰かや何かのせいにし続ける必要が生まれ続けます。
小さく縮こまって、震えて暮らして行くしかないと思うかも知れません。
一体何の為の人生なのかと、考えることもしないでしょう。

きっといつか自分の正体が露見するに違いない。
とんでもないことになるに違いない。
一生を掛けて、それを誤魔化さなければ。逃げなければ。
…そんな風に怯え続けているのです。



誤魔化しぶりを徹底させて来た人程、この内容を聴いても「は?」と首を傾げることになるでしょう。
「だって、あっちが悪いんでしょ?」とすぐさま反駁して来るでしょう。

他者を罰している思考を使う時、とてもラクになったような見せかけの感覚がありますが、実際は苦しいです。
スッキリしたような気がしても、その裏側で後ろ暗い気分を増幅させています。
だから余計に中毒のように繰り返します。この繰り返しには出口がありません。泥縄です。


自分は自分の正体がばれてしまうことを怖れているのだと、先ず認めましょう。
私は自分を弱いと思っていて、あれもこれも怖がっている。
とても恐ろしいことが起きるのではないか、と思っている。
自分は愛されるに値しない人間なのだ、それが真実だった、というのを確認したくなくてこんな風に生きている。

何もかも怖くて堪らず、それを他者に見せられない。隠して逃げるばかり。
だからこれまでは、虚勢を張って平気なふりをしたり、何ともありませんという顔をして突っぱねてみたり、自分で何でも出来ると強がってみたり、また逆切れをして相手を酷く罵ってみたり、暴れ回って問題を起こしては被害者ぶってみたり、人と関わらないようにしてみたりと、そんな痛みの伴うやり方しか思いつかなかったのです。

だからあんな風に、誰かに対して「なんでもっと優しくしてくれないの!?」と当たり散らし、「どうせ私のことなんかどうでもいいんでしょ!!」と怒鳴り付けてみたり、完全に無視して相手がこの世に居ないかのような振る舞いをしてみたり、自分の方が上なのだと威張ってみたり、私はこんなに優れているのだというアピールを繰り返していたんです。
そうせずにはいられない程、またそうすることで「自分は愛されるに値しない人間に違いない」と叫び続けていたのです。





でも、別の道があります。
これまでの繰り返しは、ただ恐ろしくて繰り返して来ただけなのだ、だから私はどれだけ怯えているのだろうということを認めたら、「これを繰り返さなくても良いのかも知れない」「こうでなくても良いのでは?」と思ってみましょう。
繰り返す必要はありません。こうである必要は全くありません。
「いつもそうなっちゃう」のではなく、自分が怖れに操られて選んで来ただけなのですから、怖れを手放して愛や喜びを選べば良いのです。

選び直すには、先ず愛や喜びが見えないように遮っている"怖れの思考"を直視する勇気が必要です。
その気持ちと共にじっとしている忍耐が必要です。
いつもは弾かれるようにして逃げ出していたのを堪えて、留まることが大切です。
何度も嫌になって繰り投げ出そうとするでしょうが、その度に自分を励ましてリトライし続ける努力が重要なのです。

これまでは自分の持つ思考から逃げる為、否定する為だけにあらゆる手段を使って来ましたが、これを反転させる必要性があります。
だから『怖れを手放す』というのは、これまでの自分にとっては物凄く嫌なことである筈です。
途中で逃げ出したくなります。「でも、生活は出来るし」「これまで何とかなって来たし」「別に困ってないし」というような、如何にもな台詞を言い出すでしょう。
それも踏まえた上で、抵抗し続ける自分をじっと静かに見つめながら、着実に歩みを進めて行かれるのが結果的には幸せへの一番の近道です。



そうして、「ああ、私はそんな風に怖がっていたんだ」とハートから共感しなければなりません。
「ふーん、そうなんだ」「多分、怖がってるんだろうな」と、遠巻きに他人事のように眺めていてはいけません。
例え他人が分かってくれたとしても、自分が分からなければ意味の無いことです。

「生きていられて嬉しい、自分で生まれて良かった」というような幸せを、またこれまでの怖れを覆すような愛される喜びを体験する人生がもしあるなら、それをやってみたいなという気持ちを持たない限りは、難しいことです。
「そんなことある訳がないじゃん」「やっぱり怖いから嫌だ」と捨ててしまうと、その時点でこれまでのループを選択したことになってしまいます。


とは言え、苦痛の繰り返しはその内段々と嵩を増して行き、何れ耐え難くなる時がやって来ます。
怖れを手放すまでの時間が長いか短いかの違いでしかありません。
手放すまでは怖いし苦しいですから、その時間は短い方が良いですよね、ということです。

選べます。
今すぐか、もうちょっと後か。もっと後か。別の人生に持ち越すか。
「今すぐでも良いんじゃない?」と、自分に語りかけてみても良いかも知れませんね。




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