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resonance

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Date : 2019年09月

◆ Infomation

【works】
★ヒーリングセラピー個人セッション
 お時間の確保が難しい為、受付休止中です。
 詳細はサイトをご覧下さいませ。

★癒しのワークショップ
 毎月一度、都内で女性向けの体験型ワークショップを開催中です。
 沢山の変化・癒し・浄化・成長・気づきを促すテクニックが山盛りです。
 現在、お客様からのオファーで行うオーガナイズ形式での開催です。
 ※以降の開催は決定次第upして参ります。
 ※それぞれ内容の詳細はサイトをご参照下さい。

暑いですねー…いつ秋になるのでしょーか…。(^-^;)
本日、あっという間の9月最終日です。




私達がこの世界に生まれてから死ぬまで、どれだけの時間を経ようと『その人』として変わらないもの…という表現として、


『元々のその人』
『素のその人』

というものがあります。
スピリチュアルな表現を使うならば、

『その人のバイブレーション』

というものです。

『持って生まれた魂のバイブレーション』

と言っても良いです。同じなので。




その人が元々持っていて、ずっと変化しないであろう波長、波動があります。
この固有のバイブレーションの延長線上に、適性や特徴、収まりの良い人間関係や生活スタイル…といったものが乗っかって来ます。
年齢を重ねても、他の何か形上だけ変えたとしても、バイブレーションは終生変わりません。

「違う人にはなれないですよー」

と私は度々申し上げますが、

「違うバイブレーションに変えることは出来ませんよー」

と言い換えることも出来ます。
つまり、

「自分じゃなくなることは出来ないんですよー」

です。




『相性』

という言葉がありますが、これが一番世間的に浸透している言い方だろうなーと思います。
バイブレーションが噛み合うかどうかってことですね。

元々の、その人らしさ。
その人が、その人らしく居られるかどうかです。


齟齬が無い。
居心地が良い。
違和感が無い。
楽。
自然。

様々な言い方があります。
でも全部同じなんだと思います。




『既婚者の方にアンケートを取りました』という企画で、『結婚の決め手は何ですか?』というものがあったりしますが、一番多いのが

『一緒に居て楽だったから』
『初対面の時に一緒に生活しているイメージが出来た』
『一緒に居るのが自然、当たり前な感覚があった』

というような内容だったりします。
激烈な一目惚れをしました! という人も中には居られますし、それに憧れる方も多いでしょうが、実際はこれが一番多いみたいです。
自分のバイブレーションに噛み合う人だと感覚的に分かった、ということですね。


結婚だけでなく、お仕事についても自分のバイブレーションに属する何か、というものがそれぞれあるのだと思います。
他にも生活スタイル、土地や持ち物、服装、食べ物なんかもそうですね。

これに関しては"好き"だと思っているものとは全然違う場合もありますので、人によっては「えっ! 絶対嫌だ!」と逃げ出したくなるかも知れませんが、とは言えずっと変わらないものなのです。
もしかすると、この「嫌だ! 苦手だからそこからは逃げた状態で居たい。これを避けたままで別の幸せになれるものが欲しい」という考えを手放すことが、今回の人生の大きなテーマなのかも知れませんし。



もしも主観で「あれがいい!」「あれじゃなきゃ嫌だ!」と言っている内容があるとしたら一旦脇に置いて、『自分が本来持つ固有のバイブレーション』を元に見直してみようかなーという視点をお持ちになってみると、楽で自分らしい人生へ目が向くかも知れません。



9月も下旬、もうすぐ10月なのに昼間は暑いですよー。
本格的な秋はもう少し先でしょうか。



先日、別業界の先生とお話しした際に
「でもこれってよくあるよね」
と頷き合った内容がありますので、その件をば。


私達は人生の中で(人によって程度の差はあるものの)、沢山のトラブルや問題を体験します。
何故、それは起きるのか? 何処から来るものなのか? どうして人により違うのか?
という疑問を持った方は多いと思います。

私もその中の一人でした。
疑問の追及を続けて行く中で、色々な説を耳にして来ました。
ですので、今回はその辺りを羅列してみます。



(1)修行の為
恐らく、かなりポピュラーなのが『魂の修行説』
神(仏)様がその人の修行の為に敢えて選んだ苦難を与えている。
それをクリアすることで、未熟で無知な魂が学んで成長して行く。
これの発展形に
「その人に乗り越えられない苦難は与えられない」
「だから感謝しなければならない」
という話もくっ付いて来ることが多いんじゃないでしょうか。


(2)自分で敢えてチョイス
これは転生の狭間にある『中間生』で自分が意図的にチョイスして来た説です。
理由は(1)と同じで『成長、学びの為』。


(3)Aを知る為にBをチョイス
(2)の亜流とも言える形で、ざっくり言うと『幸せを知る為に不幸を敢えて選んだ』というものです。
「この形の幸せを知る為に、逆であるこの形の辛い思いを敢えて選択した」という感じですねー。



色々と学習して来ての体験上ですが、全部違うと思います。


(1)は「自分に責任はありません」ということになり、更に「自分は元々不完全な存在です」が前提になります。
突き詰めると「ずっと苦痛を体験し続けないといけない。不幸は必要」ということになりますし、ゴールはどこ? って感じです。


(2)も同様で、大前提が「私は欠損した不完全な存在です」というものになります。
この世界を真に存在する世界、『実相』だと設定すれば、問題・粗探しなんか永久に出来てしまいますから、終わりがありません。


どうして「抑々不完全なものとして我々は存在している」と言うのでしょう。
大概、「最初から神が不完全なものとして創造したから」という理由に行き着くんじゃないでしょうか。
ここにも「神のせい」という攻撃性が見えます。エゴの目的通りに、です。

或いは「最初は完璧な存在だったが、罪を犯したのでその罰として苦痛を受けている」という説もあります(聖書に詳しいですね)。
これも「苦痛の出元は神であり、自分達は罰せられるべき存在である」ということです。似たり寄ったり。




さてさて、先日話題に上がったのは(3)なのです。
端的に言うと「不味いものを先に食べないと、美味しいものを美味しいと思えない」ということになります。
でも、美味しいものは単体で美味しいって分かりますよ? と私は思う訳です。

例えば身体的に何らかの異常を抱えた状態で、美味しいものを美味しいと感じられないということは、有り得ます。
それは不味いものを先に食べてないからだ! 比べていないからだ! ではなく、異常を来している原因がある訳ですから、そちらに目を向けて解消の手段を取るべきです。


これらの説は結局、二元論です。
『不幸・悪・問題・苦痛は必要なものである』という足場が発生します。
そんな訳ありませんわー…勿論、この世界は私達(のエゴ)が一緒になって
『全ては二面性があり、変化し滅びるのだ。絶対的なもの(=愛)は存在しないのだ。不幸は存在するのだ。愛なんか嘘っぱちのでっち上げだ。救いなど存在しない』
と言う為に作った宇宙なので、そう言えなくもないのですが。
しかしこの説を使う限り、我々は永遠にこの世界を彷徨うことになり、救われない存在だということになります(エゴはそう言いたい訳ですが)。

私達は、「いや、そんな訳無い無い」とお話ししました。「でも、よく聞くよね、この話」「何でこれを使おうとするんだろうね?」とも。
その人が使っている信念体系にもよりますが、元を辿るとやはり『怖れ』の思考だと思うんです。


驚き、苦痛や恐怖を感じる出来事を体験した時、人は『合理化』を試みようとします。
何らかの理由を探して、この出来事を体験した自分を納得させようとする訳です。
「この出来事にはきっと意味があるに違いない」
という台詞も沢山聞いて来ましたが、合理化の一種だと思われます。

この、理解出来ない、理由が分からないという体験をした際の落とし所。
「分からない」というのは恐怖体験です。我々は怖いままで居るのが嫌なのです。
或いは、体験の元にある理由まで分かっているのに、目を逸らしたくて別の理由をでっち上げることもあります。



全部、怖れに基いているなーという風に思います。
「全て仕方が無いのだ。苦痛は甘んじて受け入れるしかなく、それに抗う術を自分は持たない。救いは無い」
という、自分が愛されるに足りる存在ではないことへの信念。
元から不完全で矮小な存在だということを信じようとする心から生まれたのが、各種のお話なんだろうなと。

世の中には色々な説があるものです。
という訳で改めて現段階でどんな説を信じているか、その元にある考えは何かということを見直してみても宜しいかと思いますよー。(^^)


先日、念願叶ってこちらに行って参りました~。




はしもとみお彫刻展ポスター
※画像はクリックすると大き目でご覧になれます



以前、webではしもとみお先生の素晴らしい彫刻を拝見してから、いつか生で見てみたいなーと思っていたのですが、銀座にあるジュエリーショップ『GINZA TANAKA銀座本店』でのコラボ彫刻展が開催されることになり、私が大喜び(笑)。
近い! 行ける! ってなもんで。しかも入場無料です!!



はしもとみお彫刻展

GINZA TANAKAさんの1F入口では、月くん(はしもと先生の愛犬)がお出迎えです。




はしもとみお彫刻展

はしもとみお彫刻展

先生が原型を作った純金の猫さん+魚の骨と、ネズミ&チーズ。
ミニサイズで可愛いけど、それぞれひゃくまんえんぜんごなのです…純金ですからね…。
流石は田中貴金属ジュエリー。





月くん

月くん


6Fの展示室に入ると、真っ先に目に飛び込んで来るのがハイタッチポーズの月くんです。可愛い!
なでなでしてしまいました。ハイタッチもしました(触ってOKなのです)。


はしもとみお彫刻展

はしもとみお彫刻展

はしもとみお彫刻展

はしもとみお彫刻展




今は天国にいる初代月くんと、現在はしもと先生と暮らしている二代目月くんが居るのですが、どれ程までにはしもと先生が月くんを愛情深く見守って来たか、ダイレクトに伝わって来ました。
彼らは本当に愛されているんだな、という感覚が強く胸に突き刺さった感じです。

彫刻から発せられる慈愛のエネルギーと言うんでしょうか、とにかく本当に凄くて圧倒されました。
涙がぶわーっと流れそうになったのを我慢しなければならず、それが大変でした。動揺し過ぎてピンボケ多数(笑)。





はしもとみお彫刻展

はしもとみお彫刻展

はしもとみお彫刻展

大型犬コーナー。
みんな凛々しいお顔でエネルギッシュです。



画像が多いので、続きは折り畳んでおきます。


[more read]

気温が30℃を下回る日が出て参りました。
とは言え残暑が続くようですので、皆様ご自愛下さいませ。



今日は、度々耳にするお話を。

過去、何らかの出来事があって、何かを諦めたとか、ダメだったとか、嫌な目に遭ったとか、そういった出来事があったとします。
それを語る時、

「あの時ああじゃなかったら、今頃云々だった筈なのに!」


という言い方をすることって結構あるんだな、と思います。
時折、この言い回しを耳にするんです。



あそこで受験に受かってたら、自分が一人っ子だったら、もしもこの親じゃなかったら等々。
内容は多岐に渡りますが、果たしてそうかなー? と思うのです。

私は個人的に自分の人生を振り返って、確かに不満だらけでしたけど、
『もし○○じゃなかったらバージョン』
というストーリーは全然イメージ出来ないんですよね。


あの学校に通っていない自分は想像出来なかったし、勤勉に予習復習をやる学生時代は全く及びもつかず(勉強は1秒もやらないというポリシーでした 笑)、あの仕事をあそこで辞めずに続けているイメージも無ければ、あの人とやり取りしていない自分はと言うと全然…。

という具合に、「もしこれが違ったら今頃幸せだったのに!」と言えるものが無いんです。
度々人生を振り返って確認していますが、やっぱり無い。
この言い方で不平不満を言っている人は、本当に別バージョンを想像出来ているのかなーと不思議に思います。


という訳で、不平不満ポイントを軸に見直してみると良いですね。
文句は沢山あるけど、じゃあ別バージョンのストーリーを綺麗にイメージ出来るのかと。
…多分難しいと思います。というか、出来ないのではないかと。

私はこういう風に自分を振り返って、「やっぱり、記憶通りに一本道だったんだな」と思う訳です。
自分の中にある過去、抱えている未消化の記憶の通りにしか辿らないのだと。
間違いポイントに度々差し掛かって気付かねばならないこともあるでしょうが、それでも大筋変わらないなーという。
嫌で堪らなかったことでも、それの無かった人生って果たしてどんなもんだろう…と首を傾げます。


再生を終わらせて手放すまで、本当には『もしもこうだったらこうな筈だ』なんてことは、分からないのだと思います。
手放してゼロの状態に至るまでは、「あれがこうだったら」と言っている内容は、現実を認めずしがみつく為の逃げ口上です。

「本当だったらああなってる筈だった」

というようなセリフを自分が言っているなら、考え直してみる。
はて、「本当」って何だろうなーと。
何に照らし合わせて言っているのやら、ですから。


こういうものも気付いて手放せると、「なんだ、これ以外無かったんだ」と頷けてラクになります。
認めない認めないと言って逃げ回っていたこと(実際はしがみ付いていること)についても、気が抜けたりします。
理解に段階はありますが、人生のイベントをこういう目線で見直してみるのも宜しいかと思いますよ。


ちょっと間が空いたなーとか思っている内に、9月になっていました。
今年の夏も、暑かったですね…やっと暑さがひと段落してホッとしています。




個人的な話ですが、夏の間に身内が亡くなりまして。
子供の頃とても良くして貰った人でした。
お通夜でお顔を見ましたが、とても安らかで眠っているかのようなお顔だったのが印象的です。
他人なので全てを推し測ることは不可能ですが、心残りは無かったんじゃないかと思えます。

これまで何人もの身内の葬儀を経験して来ました。
が、亡くなった当人に否認が少なくて、そのまま自分を受け入れている割合が高かった人だった、と思えたことは少ないものでした。


何とも言えませんが、亡くなった人が静かに天寿を全うした場合、お式もそれに準じた空気になるのかなと。
今回は恐らく、私が見て来た中で最も静かで良い気持ちで送り出したお式だったように思います。
変な言い方ですが、控室での時間や読経の間、とても居心地が良かったというか、そこに居て楽だったのです。
家族や親戚の人達に流れる空気も自然なもので、トラブルも特に無く、有難い気持ちで会場を後にしました。

十年以上会っていなかった親戚(海外在住)とも再会しまして、日本に居る間は何度か一緒に出掛けました。
色々な遣り取りを通して、自分の記憶を見ているのだとクリーニングし続けていました。



そんなようなこの夏を振り返って、やっぱり思います。
どうせ死ぬなら、心静かに事実をきちんと受け容れて天寿を全うしたい。

私は元々
「あれもやってない、これもやってない」
という風には思わないのですが、それとは別に自分の中に残っている未解決の事案や、「なんかこう、まだ納得行かない…」「こんな筈じゃなかった」というものを可能な限り削り落とし、スッキリしてから終わりたい! っていう気持ちですね。


"前回"拙い選択をした結果、今回また同じ所をなぞっているのが今の人生ですから、ちゃんと終わらせなければならないことは正しく終わらせる。
この人生をまた繰り返すと思うと、震えますわ~…こんな悪趣味なエゴのドラマはもう二度と御免です。
ちゃんと終わらせるぞー。おー。
…っていう気持ちを新たにしたのが、私の今年の夏でした(笑)。



L.A.



こちらは、国に戻った親戚から送って貰った画像。
お出掛けしたL.A.の海岸だそうです♪



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発見などをシェアして気ままに更新。
イベント情報も随時掲載中です♪

※記事の内容、情報については一個人の捉え方、考え方に纏わるものが大半です。
絶対的な事実という訳ではありません。
また、私の理解や気付きの段階に応じ、記事の内容にも随時変化がありますことを何卒ご理解下さい。
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