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Date : 2019年05月

◆ Infomation

【works】
★ヒーリングセラピー個人セッション
 都内で対面式の個人セッションを行っています。
 幸せと癒し、学びと気付きを得たい方へ、様々に対応させて頂きます。
 潜在意識を日常へと活用することで、より良い人生へ変えることが可能です。
 随時お受けしておりますので、サイトをご覧下さいませ。

★癒しのワークショップ
 毎月一度、都内で女性向けの体験型ワークショップを開催中です。
 沢山の変化・癒し・浄化・成長・気づきを促すテクニックが山盛りです。
 現在、お客様からのオファーで行うオーガナイズ形式での開催です。
 ※以降の開催は決定次第upして参ります。
 ※それぞれ内容の詳細はサイトをご参照下さい。

お天気の良い毎日が続き、汗ばむ陽気になって参りました。
暦の上では初夏ですからねー。
もう暫く、過ごし易い陽気を楽しみたい気持ちです。(^^)



本日のタイトルはなんぞやー。ですが。


先日、個人的にイメージワークをしておりました。
心を残して亡くなった方の浄化の為だったのですが、やってみて私は
「やはり、思考は『もの』である」
と思った次第です。
潜在的な思考とは、実体がある、『物』です。

『思考は"もの"です』
と、潜在意識を使った願望達成の大家、ジョセフ・マーフィー先生は繰り返し仰っています。
これには「潜在意識の思考は」と前置きが付くものと思われます。


故に、
『自分の中にそもそも存在しないものは出て来ないし、作り出せない』
『自分の中で実体を持って存在しているものを、捻じ曲げたり無理矢理消すことは出来ない』

というルールが適用されると思います。

顕在意識だけでアファメーションをしても、暗示を掛けても、絶対に現実に影響しない理由はこれです。
「でも潜在意識って全部を含むんでしょ?」
と言われれば、その通りです。

だからって、自分という存在の範疇を超えたものは、自分個人の体験としては実現されません。
我々は『自分』という存在そのものに対する思考を山ほど持っており、これを超えたものは体験されないのです。
より"自分個人に近い思考"を現実として体験します。




冒頭の話に戻りますが、例えば「イメージで浄化しましょう」ということだとしても、その対象者が何を望んでいるか、何を最も求めているか等の条件によって、ルートは色々変わるものだなーと思う訳です。
似たような理由で未浄化の存在が別個に居るとしても、それぞれ違う相手ですから、違ったプロセスの浄化になります。
ひょっとして結果も異なるかも知れません。

そのプロセスを私個人が「これが簡単だからこれでいいや」と一括りに行うことは出来ないし、ワンパターンで同じやり方では浄化出来ないという本末転倒な結果になってしまいます。
どのような結果に至るとしても、あっちがそれを望んでいればいいですが、私が「えーこれがいいんじゃないの?」と勝手に思ったからって、あちらは違うかも知れないのです。


必要な情報を集め、色々汲み取って、一つずつ確かめながら、正しいゴールへ向かうお手伝いをしているんだなと思います。
その正しいゴールを、私達(顕在意識)は知りません。
また、相手が強く求めたからと言って、本当にそれが正しい収まり処なのかは分かりません。

如何に『自分の考えや推測』を脇に置きながら、最適な収まり処へ向かって行けるか。
という心構えが非常に重要なんだと思います。
「自分で強引にやろうとしてはいけないし、それでは結果が伴わない」
ということを肝に銘じなければなーと思います。

個人的に行うリーディングや浄化だけでなく、複数の人で行うロールプレイ等でも、全く同じです。
表向きのきれいごとや嘘を並べた台詞では、潜在意識(=現実)に対して何の影響も与えません。理解に繋がりません。
それが『もの』として認識されているかどうかによって、結果が変わります。
上辺の架空の台詞や他人の真似や方法では、絶対に結果に結び付かない。というのを覚えておきたいものです。



個人的な感覚ですが、潜在意識に『もの』として存在している思考については、私は質量をはっきり感じます。
意識の手を伸ばすと触ることが出来る、と言う位の実体感があります。
つまり「これは『もの』である」という認識をしています。

勿論、順番的にまだ手前の方まで出て来ていない(意識を伸ばしても触ることが出来ない)情報については、そのように感じないものですから、存在しているかどうかを断定せず保留にしておきます。
思考の層は順番に出て来るものなので、あんまり遠く(深く)にあるものというのは、「何かあるっぽいけど、遠すぎてよく分からないなあ」という感じです。
「でも何かある…」程度でしょうか。順番が来れば、いずれ浮上して来るのですが。

人によって感じ方は色々でしょうが、
『潜在意識の思考="もの"としての実体感』
を掴めるようになると、潜在意識についての理解がより深まるのだろうと思います。



5月も中旬に入ろうとしておりますねー。
過ごし易い気候で助かります。(^^)




私は昔、臨死体験をした方の逸話を色々調べていた時期があるのですが(私は未体験です)、『その後、人生観が変わった』タイプと『そうでもなかった』タイプに割れるらしい、というのを知りました。
何が分かれ目かと言うと、臨死体験時に何を見た・体験したかでその後が違うようでした。

人生観が変わった方の逸話では、『走馬灯タイム』があった、というお話がちょこちょこと散見されます。
死ぬと、人間は生前の行いによって裁判に掛けられ、自分の一生をほぼ強制的に見せられる…という伝承も世界のあちこちにあります。あれですね。
近年ですと、『中間生(死と生の狭間)に行き、ガイドがアドバイスをくれる』とか『何らかの気付きがあって』といったお話も多いです。



さてこの走馬灯タイム(または気付きタイム・ガイドからのアドバイスタイム)ですが、実際は何をしているのかというと、『主観で偏った・間違ったものの見方』で見ていた出来事について、『再度正しく見直す/見直して完了させる、手放す』機会を体験しているのでは? と私は思います。

とは言え別に臨死体験をしなくとも、死を待たなくても、一日の中でも自分でやろうとして出来ることだなーと思います。
例えば一日が終わる時、眠りに就く前に『今日の私』を思い返す。一日の自分を走馬灯タイムで見直す。



一日の終わりまで行かなくても、トイレに入った折にとか、お風呂に入った時にとか、お茶を飲む時にとか。
幾らでもそのタイミングは作れます。
これをしないで居ると、記憶に操られたまま記憶の中にある思考や感情を垂れ流し続けるだけ…ということになりかねません。

これを常時簡単に行えるのが『ホ・オポノポノ』のクリーニングです。
しかし、これもただ闇雲に言えば良いのではなく(それでも使わないより幾分マシかも知れませんが)、自分が体験した思考や感情を捉えて、それに対して使う…というのがスタンダードです。
となると、やはり問題(過去)を解除して幸せになるには"自覚的に自分の思考を捉ようとする姿勢及びステップ"は必須でしょう。




ところで、死んで実際に自分を振り返るのかと言うと、どうだろうなーと思います。
私は、死んだらほぼそのまま次の人生に持ち越す感じなのでは…と考えています。

何故かと言うと、自分も含めて色々な方を拝見していると、
「…同じだ。同じ過ぎてびっくりする位、同じだ。下手するとその場面の形どころか口に出す台詞まで完全に同じ」
という場面を度々見ているので、死んだら一度振り返りタイムがあって、そこで反省し、転生してやり直す…というのはファンタジー世界の話なのではないかいな~。と。

前回未完了のものは未完了のままごっそり持って来て、全く同じ再生を経ることによって「私の中にはこんなものがあるのだ」と気付く訳です。
そこで前回と同じ解釈に乗っかって全く同じセリフを言い、全く同じリアクションをしたままループに流れるのか、見直して見直して見直して自分の間違いを見つけ、正しく完了させられる考えに訂正するのかを自分でやり直している…ということだと思います。


「自由意志があるじゃないか」説も度々お伺いしますが、私達が持っている実際の自由意志というのは、「何でも選べて何にでもなれるよー」ではなく、『自分が前回間違った場面まで再生して巻き戻し⇒正しい選択肢を選び直す』ことをするのが今か、先送りか…というものに過ぎません。

今日までの分を今日(今)見直すのか、今やらずに明日以降に持ち越す(何も考えずループに乗っかる)のか。
っていうこれだけです。
自由意志でああしたんだ、こうしたんだと言う時、それは前回もそうしたからです。
少なくともそれに準えた選択をしたので、同じ台詞を言っています。
たった今、全てから自由になった状態で選んだものは無いのです。
前回もそうして、そういうリアクションをしたということは自分では覚えていませんが…でも確実にそうです。



先日「何でその場面を持って来るのか」というご質問を頂戴したので、私個人の回答をば。
人間と言うのは『良かったこと、楽しかったこと、良いこと』は直ぐ忘れます。
反対に『嫌だったこと、腹の立つこと、不条理だと思うこと、悲しいこと、無念なこと、疾しいこと』等については、何の処置も取らず後生大事にしがみ付きます。

だからです。

はい。これが答えです…(笑)。
誰かがチョイスして持たされて来たものなのではなく、"自分が"その記憶にしがみ付いているのです。


日本人だと分かり易い喩えになるかと思いますが、『未浄化の霊は未練があるから』『先祖の障りはその先祖が間違いを犯したか、未練が残っているから』という話がスタンダードですよね。
これも同じことなのです。未完了を残している程、人生は辛く苦しいものになります。

あ、『良い』と言われる思い出を持って来ることもあります。色々混ぜて来るのがエゴなので。
とは言え、圧倒的に不平不満の方を持って来る割合が高いでしょう。
自分の思考を観察する癖を付けて行けば、如何に不平不満で構成されているか分かります。


私がこういった本を読んでいたのは大昔なので、当時はちゃんと考えていませんでしたが、正直『死後の世界がある・無い』については個人的にどうでも良いことのように思います(個人的には潜在意識の中に概念として存在すると考えていますが…)。
それよりもやはり、現在自分の人生を生きている中で、目の前に来たもの・体験することを一つずつ受け止めて、認めて、クリーニングすることが重要なんではないかと。



一日ずつ、未完了を出来るだけ整理し直して、スッキリ終われるようになりたいものです。


例年私には何ら関係の無いGWも終わりまして(笑)、平常運転に戻られた方も多いのではないかと思います。



思考(記憶)のクリーニングについて色々ご質問頂くと、改めて考え直す良い機会を頂いたのだなと思います。
他人様に説明するには、自分が理解していないと出来ませんからねー。



「これが嫌だから変えたい」

と言ってあれこれ試している時、既にあるものを捻じ曲げようと試みていると言えます。
自分が何故、それを体験しているのかについては、見ようとしていません。
むしろ見ないように、事実・現実を否定しまくっている状態です。

否定するには、前提として『それ』が存在する必要がありますから、否定を続ける限り絶対に変わりません。
もし形が急に変わったように見えたなら、それは変わったのではなくそういうストーリーの何らかの記憶を見ている状態ですね。


何かについて苦しんでいる時は、大概何かを否認しています。
その大元の理由が目に見えない場合もあるでしょうが、原因が形として見える・見えないに関係無く、体験することや目撃すること、またそれらに対する自分の反応(感想)は全て記憶の再生なので、一つずつ適切に捉えてクリーンにして行く作業がお勧めです。

が、大体記憶に操られて反応するままに
「(形/現象を)どうにかしたい!」
「ああしなきゃ! こうしなきゃ!」
とのたうち回ることが多いんじゃないでしょうか。
私も、非常に身に覚えがあります…(笑)。

「でも、どーしてもそう思っちゃうんだよー!」
とジタバタ苦しみ続ける状態で、自分で自分をコントロールすることが出来なくなっていると。
だけどコントロールなんか出来たことは大概無いんですけどね。全部記憶なので。



心の世界の原則としては、『認める=手放す』なので、
「抑々こう思う必要が無くなったら、凄く楽だろうな…」
という所に目が向くと、それまでの通り一遍の反応、ひいては過去のコピー100%の人生から解放される可能性が生まれます。
言い方は色々あります。降伏する、受け容れる、抵抗を止める、等々。言葉が違うだけで、全部同じです。


そこに行くまでは、伏せられた沢山のカードを一枚ずつ捲って行くような作業が続きます。
ウンウン唸って「まだ変わらないの!?」と言っている時は、まだ伏せられたままのカードが残っていると言えるのではないかと思います。

知る必要があることが残っている。明らかになっていない事実がある。
このような状況だと、変わる以前に現実を創っているパーツを目にしていない、全貌を明らかにしていない訳ですから、どうにもこうにも…です。


まだ捲っていないカードが残っているかどうかというのは、自分である程度分かるんじゃないかと思います。
何でって、『納得行くかどうか』『腑に落ちるかどうか』という体験がセットになっているからです。
ストンと腑に落ちて「ああ…」と腹の底から納得が行ったなら、「終わった」という感じがするなら、捲り切った状態です。
イコール、「私は事実を認めました」ということです。
そこに至った感じがしないなあ、ということであれば、まだ何か気付いていないことがあると言えましょう。

注意深く、事実を何度も見直すと良いです。
これまで分かったことを並べ、何度もクリーニングしながら生活をしていると、思わぬ所から新情報がひょっこり顔を出したりします。
一気に解決したい、分かりたい! と思うのが人情で、その気持ちもよーーーく理解出来ますが、こういうことはやはり順番なのではと思うんです。
記憶も層になっている為、一枚ずつぺろんと剥いて行く作業をしないと、その向こう側に隠れているものって見えて来ないんですよ。


一枚ずつ、伏せられたカードを捲って行く。
一つずつ丁寧に受け止めてクリーニングをして行く。


同じことですが、言い回しが違うとニュアンスが変わりますねー。
人それぞれ、その時その時で受け止め易い言い方があると思います。
理解し易い、より響く形に巡り合えますように。





前回の記事の続きです。



潜在意識とはなんぞや?


というお話について、私が先日見たエピソードを引き合いに出してみようかなーと思います。




先日私は、とあるお茶のお店に入りました。
そこは内装も綺麗で、食べ物や飲み物も美味しい、ゆったり飲食したいお客様がいらっしゃるお店です。


私が座った席のお隣には、とっても可愛いお嬢さんが二人でおしゃべりしていました。
髪からメイクからお洋服からバッグから、全身バッチリ! 超可愛い! って感じです。
で、彼女達が何をしていたかと言うと、ずーっと写真を撮ってるんです。自分の(笑)。

ちょっと静かになったかな? と思ったら、テーブルにスマートフォンを置いて、自分の顔をムービーでずっと映している…。
席を立って暫く戻って来ないなあと思っていると、店内の可愛いディスプレイを背景に、ポーズを付けて写真撮影。
凄い。あちこちで延々撮影だけをしている…。
私は「読者モデルさんとかかな?」「何かの撮影なのかな?」と思っていました。


お会計の時にお店の方が「すみません」と謝って来られました。
お話によると、「着替えまで持って来て、衣装チェンジをして撮影をしていた」らしいです。凄い気合いですね。
でも、無許可で勝手に…だったそうです。
あまりに店内で撮影ばかりしているから、他のお客様からクレームが出て(そりゃそうだ)、注意をしたものの全然耳を貸さずにずっと撮影続行、だったとのこと。

「何の為の撮影なんですかね?」と訊くと、「インスタとか、ネットに載せる用みたいです」とのお返事が。
あーなるほど。今、流行っている『インスタ映え』ってやつですね。
ということは素人さんなんだー…じゃあそんな必死に撮影する必要あるのかな? って感じでした。
私は「あらまー」程度だったのですが、他のお客様はすごーく嫌そうな顔をしていました。
確かに、あまりに目の前をウロウロされて撮影撮影だと、落ち着いてお茶を楽しめませんよね。





さて、ここで潜在意識と顕在意識の分担を見てみましょう。
仮にではありますが、ご本人達の視点を使うものとします(だから御本人達のお考えとは違うかも知れません、とお断りしておきます)。

お嬢さん側からすると、顕在意識では
「私は超可愛い! 私最高! って思われている筈! これをやれば凄くちやほやされる筈!」
という考えで撮影しまくります。
周りの反応を勝手に想定している状態、何らかのニーズで行動している状態です。
実際の周りのお客様やお店の方の反応は、彼女達からすると自分の潜在意識の声』です。
"自分の潜在意識"が「邪魔」「やめて」「迷惑」「可愛くない」と言っている。こっちの方が事実です。

周りからのクレームを無視したということは、潜在意識の声を顕在意識が無視した形になります。
顕在意識が潜在意識を操ることは不可能ですから、頑張ってそれを続けても、自分達に対して悪印象を持った人達から可愛い! と思われる…日は来ないでしょう。
でもその現象を見て、「無視無視」「もっとやらなきゃ」「酷いことを言われたの! 私、悪くないよね!」と言うのが顕在意識です。
このようにして、事実(=自分の潜在意識の声)を否認し、事実自体を脚色し、捻じ曲げようとする訳です。



物凄く簡単に振り分けしましたが、基本的にはこういうシステムです。
顕在意識を上手く使うには、

「あっ。迷惑がられてる! やっちゃいけないんだ…」
「自分はこのやり方で褒められると思い込んでたけど、逆だ。価値を自分で下げてるじゃん!」

と、事実に気付く方向に目を向ける必要があります。
落ち着いて良く見直しましょうねーってことです。



あとは逆に、自分に対してネガティブな言動を取る人を、

「本当は優しくていい人なの!」

と逆のラベルを貼るケースもあります。これも同じと言えば同じです。
事実(潜在意識の情報)に対して、顕在的に否定しているという形が成立しています。



手を止め、足を止め、一拍置いて

「そうかも知れない」

または

「事実は思っていることとは違うのかも知れない」

「私が思い込んでいることは、全く見当外れなのかも知れない」


と、別の考えが入り込む余地を自ら差し挟むことも、顕在意識を使って出来ることです。
自分の考えに目を向けた上で、その考えに疑問を持つ、っていうことですね。
ただちょっとばかり、この考えを使うのには訓練が必要です。
時間を意図的に作って、事実とそれに対する自分の考えを見直す練習を日々行うことが大切です。



「私が事実(これ)を正しく見られますように」
と、一日の始まりに、また何度でも自分に言うことも助けになるかも知れません。
何故かと言うと、やはり自分は事実を正しく見ることが出来ていないからです(まずここを踏まえることが重要)。

インスタントに、という方法はありません。
地道に、地道に。です。
大丈夫です。少なくとも、一日やったら一日分。三日やったら、三日分は身に着きますから(笑)。


令和元年、おめでとうございます。
新しい時代の幕開けですね。
一日一日を贈り物として受け止めて行かれる毎日に出来ますよう、心から願っております。



偶に質問されることがあります。


「潜在意識って何のことですか?」


プロでお仕事なさる方に訊かれたこともあります。
はい、私も昔は全然分かっていませんでした。
確かに言葉だけは知っていても、改めて考えると何をどこまで指したものやら? という風に思われるかも知れませんね。



今回、記事を書くにあたり見直したのですが、「潜在意識はこれだよ」と言うのは広すぎて多分無理だなあと思いました。
よく、心理学の本では氷山のイラストで示されることがあります。
↓こんな感じです。

氷山


この、海の上に出ている小さな部分が『顕在意識』で、水面から下の巨大な氷の塊が『潜在意識』だよーという説明がポピュラーですね。
自分で把握出来ている顕在意識の部分は3%未満とも、また0.3%程度ではないかとも言われ、様々な説があるようです。



所謂、心理学のお勉強の分野で言う潜在意識と、スピリチュアルの分野で言う潜在意識は、厳密に言うと違うのではないかなと私は思います。
何故なら実際は、自分の肉体も潜在意識の思考だし、他人様そのものや他人様の態度・言動も、目の前にあるコップや携帯電話も何もかも自分の潜在意識だからです。
外側で起きているように見える現象も、事件も、出来事も、日常生活の全てもそうです。

生まれつきの体質や病気や怪我もだし、嬉しいハプニングに見えることも、家族構成やその性格や遣り取りも、人との出会いも、別れも、戦争や社会情勢も、天候や時代の変化も、この世の全て、宇宙の全ては潜在意識であり、『過去/記憶』です。
もーーーっと突き詰めると、無数に存在する「『これがある/あった』という自分の考え/知覚」です。
…となると、あれもこれも…と順番に示し続けるのはほぼ不可能になります。


あ、じゃあ逆に『顕在意識』を指した方が早いんじゃないの? と思いました(笑)。
逆説的に潜在意識は「それ以外だよ」ってことになりますから。

顕在意識(表面意識)とは何か、と言うと、「自分は分かってる!」と思い込んでいる思考の活動のことでしょうか。
例えば現象を体験したり目撃した時、「これはこういう意味なのだ」と必ず意味付けをしますよね。これは顕在意識がやることです。
意識的にこうしようとか、気を付けて○○をしよう、○○を言おう、使おうとするのも顕在意識の分野です。
それまで過去を垂れ流すだけだった自分の足を止めて、「ちょっと待った!」と言うのも顕在意識です。


私が自分の経験上、色々見て来て思ったのは、「顕在意識で分かっていることはほぼゼロに近い」ということでした。
3%どころじゃないです。かいつまんで言うと「顕在意識はアホだ」ってことです(笑)。
自分が何を理由にその言葉を使ったのか、何故それを欲しいとか嫌だとか言い続けているのか、色々ラベルを貼って疑いもせずに居ますが、実際は全然把握していないんです。

例えば何かに躓いて、転んで足を擦りむいたとしましょう。
この体験自体は記憶の再生、つまり潜在意識から出て来た情報、更にカジュアルに言うと『いつかの思い出』です。
これを私達は、適当に纏めて流そうとしますね。
この『適当に流そうとしたり、適当な意味合いをくっ付けようとする』のが顕在意識のやることです。


宝くじで1万円当たった、という体験があるとしたら、それも潜在意識から来る過去の再生です。
これに対し「私はトクベツなのよー」と言って有頂天になるのが顕在意識です。
あくまでもそれはいつかの、また何かの再現であって、自分が特別な人間だからではないのです。

おみくじを引いて『凶』が出たとしましょう。これも潜在意識ですね。
しかしここで「気にしないからいいんだ」「もう一回!」とやるのが顕在意識です。
苛々していて八つ当たりをしたならば過去の再生ですが、これに対して「周りが私の思い通りになれば苛々しないのだ!」と嘯くのが顕在意識です。

そうですねー、一括りにすると、『自分の体験や目撃情報を否認して捻じ曲げる』のが顕在意識のやっていることと言えるんじゃないでしょうか。
全部が全部ではありませんが、概ね否認・否定~別のラベル貼りの作業を行っているなーと思うんです。
しかもそのスピードが尋常じゃなく速いので、よもや自分が能動的に利害に応じて判断をし、振り分けを行っているとは夢にも思わないでしょう。



とは言え『肯定する、認める、自覚する』ということも、顕在意識でやろうとすれば訓練次第で出来ます。
顕在意識とは『ホ・オポノポノ』で言うウハネです。
顕在意識(自覚している意識)の方がお母さんで、潜在意識(無自覚な意識、現実体験)が自分の子供ですから、子供のケアをするようにしっかり現実に目を向けて、一つずつ話を聴いてあげるように現実を見つめる姿勢が大切だ、とホ・オポノポノでは説いています。

自分の子が「ねえねえお母さん、こんな記憶(荷物)を抱えているから、手放したいよ」と言って持って来るのが、人生で様々に体験する出来事なんですよ、ってことです。
その内容物は『実体験』かも知れないし、『感情的な体験』かも知れませんが、どちらも記憶なので元は同じです。
それを親として受け止めてあげる。「本当だね、こんなものがあったんだね、教えてくれてありがとう」と言って、"一緒に"記憶を見直して手放す…ということです。



ところで事実を肯定するには、どれだけ自分が否定しているかに目を向ける所から、だと思います。
嫌だ、辛い、苦しい、何で、どうして、腹が立つ、ああされた、こうしてくれない、いや違う、こうなる筈だ、きっとこうだ、これのせいだ、認めない、逃げたい、見たくない、すり替えなきゃ…という山のような否認に目を向ける所がスタートではないかなーと思います。

こんなに否認しているなんて気付かない位、呼吸のように当たり前に否認していて、その否認の層がものすごーく分厚くなっていますから。
私自身、「こんなにも否認しているんだ」と驚く毎日です。自分でやっておいてげっそりします(笑)。



潜在意識と顕在意識の関係について、先日ちょっとしたエピソードを目撃したので、それは次回の記事で書こうと思います。

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発見などをシェアして気ままに更新。
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※記事の内容、情報については一個人の捉え方、考え方に纏わるものが大半です。
絶対的な事実という訳ではありません。
また、私の理解や気付きの段階に応じ、記事の内容にも随時変化がありますことを何卒ご理解下さい。
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