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resonance

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Date : 2018年11月

◆ Infomation

【works】
★ヒーリングセラピー個人セッション
 お時間の確保が難しい為、受付休止中です。
 詳細はサイトをご覧下さいませ。

★癒しのワークショップ
 毎月一度、都内で女性向けの体験型ワークショップを開催中です。
 沢山の変化・癒し・浄化・成長・気づきを促すテクニックが山盛りです。
 現在、お客様からのオファーで行うオーガナイズ形式での開催です。
 ※以降の開催は決定次第upして参ります。
 ※それぞれ内容の詳細はサイトをご参照下さい。

今週から12月ですよー。
あちこちでクリスマスとかおせち料理の予約とか書いてありますよー。
信じられません。あったかいのに…(笑)。





自分を癒しましょう、というと、割とイメージされるのが

「寂しい心を甘やかす」
「○○して欲しかったのにして貰えなかった、というニーズを満たす」
「悲しい思いをしたので、沢山優しくする」

といった内容が多いでしょうが、これは伝統的にかなりスタンダードな話だと思います。
上記の内容は、端的に言うと「私は被害者です、一方的な損害を受けた人です」というストーリー(自分にはマイナスの体験があります、という考えや記憶)が土台にあって、これを埋めてプラスマイナスゼロにする試みだと言えましょう。
あくまでも一例ですが、これで気が済むと、ここで被害者の物語を手放すことが出来、スッキリ楽になります。


自分を見つめたりセラピーを受ける際、ニーズがある状態で終わったり、自分は被害者だという意識を持ったままだと、幾ら自分を甘やかしても結果は出ません。
「私は○○して欲しかったのに!」と泣いて、それで泣き止んですっきりした気がしても、だからと言って変化は無いのです。

またその内に同じことを繰り返し、わんわん泣く…ということをするでしょう。
ちゃんと因果関係、事実関係を解明しないと、ニーズは消えません。
『ニーズがある=現実・事実を否定した状態』だと言えるので、認めるべきを認めないと手放せない訳です。



さて、自分を甘やかすとかあらゆる面で褒めちぎるといったことをやってもやっても、全然状況や自分の精神状態が好転しない、という事例が沢山ありまして。です。
何故かと言えば、問題はそこじゃないから、ということになります。
認めなければいけないことは他にある、ということですね。

これも全てとは言いませんが、過去の『やらかし体験』『やっちまった体験』、所謂『黒歴史』を見直す…というポイントをちゃんと通過しなければならない、という人は今日び結構多いと思います。


「他人に~された、○○して欲しかったのにして貰えなかった…」
ではなく、「自分が勘違いを全面的に押し出して大上段から~~してしまった、その結果尻尾を巻いて逃げ出したくなる、叫び出したくなるような死にたい程の赤っ恥体験をした」とか、そういうものです。

今で言う『妄想的勘違いキャラによる中二病的な体験』でしょうか。
これの場合は幼児的全能感や誇大妄想を棄てて、自己像を事実に基いた等身大に修正することがゴールになります。



認めたフリは簡単なのですが、実際に認めて手放すとなると自分で手繰って事実を一つずつ確認しなければなりません。
一生見たくない、何とかして無かったことにして忘れたことにしてある『アレ』を、また引っ張り出さないといけない。
となると、死んでも嫌だろうなと思います。
それが嫌だから現状を作っているのに、なんでそんなことを態々自分で…と思うでしょう。

私がお話を伺っていても、「あー…」ということは多々ありまして、こちらは「なるほど」と思うものの、ご本人が問題をアンタッチャブルな場所に厳重に隠している(つもりである)為、ちょっとでも触れそうになると半狂乱になるとか、瞬時にブチ切れてしまい、会話にならなくなる、必死に話を逸らして全然関係の無い所へ持って行こうとする、ということも割とあります。
そうすると、他人としては手の施しようが無いので、やっぱり解消とか解決っていうのは本人の意欲次第でしかないのだなーと思う次第です。




ところが、否認していることというのは絶対に繰り返すように出来ておりまして。
自分では自覚していないことが殆どですが、その精密さには驚きを禁じ得ません。凄いです。
同じシチュエーション、同じ人物像、同じセリフ、同じ感覚…というのを、場所を変え、年齢を変え、相手を変えて繰り返すんですね。
色々変えているつもりであっても、内容は全く一緒、完全再生という驚異の結果です。

発生⇒否認⇒防御⇒発生…というループは、恰も自動運転のようです。
自分では避けて生きているつもりになっていることが大半だと思いますが、実際はそれをずっとループしているのです。


現実を否認する時、半ばパニックになって「うぎゃーーー」って感じで目を逸らしまくって誤魔化したり、別の何かに逃避して縋ったりということが多いのですが、これも弾かれるような勢いでやっているので、一つ一つのプロセスを確認していません。
でも、実際は自分で選んでいるし、何とかしてその恐ろしい恥ずかしさから逃げたいと必死ではあります。
事実を認めない=それをやった自分が如何なるものかというイタさを認めない=またやる、という図が出来上がります。

誤魔化して意識から遠ざけ、「そんなことは無かった」ことにしたいとなると、出した事実もそれをした自分に原因があるということも認めないという訳ですから、『自分から態々またやる』のです。
その結果、「わーー!」とパニックを起こす⇒何かの間違いだと否定する⇒暫く逃げ回る⇒間違っているのは結果の方だから、自分は正しい⇒「こうしたらこうなる筈だ」等の妄想に逃げ込み、練る⇒またやる…以下エンドレス。


ループを繰り返す中で、否認するあまり「抑々自分は何か重大な問題を抱えているに違いない」ことにしちゃったり…という人も沢山居ます。
これも逃避の一環ですが、元々無いものは幾ら探しても見つからず、その間にも同じことをまた繰り返します。
何れ、自分が嘘を吐いている所へ戻って来て、正面から見据えない限り、絶対に消えることは無いのです…残念ながら。

でも見るのは嫌だと思います。
誰にでもこのような赤っ恥体験はあるでしょうが、ドヤ顔をした嵩(自分に対する見積もり)が高い分だけ、見直すとなると発狂ものです。
全能感的には自分を全否定することになると思っているでしょうし、そんなことはあってはならないとも思っているでしょうから、人生全てを否定に注ぎ込むことも珍しくありません。
直視する位なら、これまでのように誤魔化しながらこっそり生きている方が余程いい、と思うんじゃないでしょうか。
とは言え、嫌だと言ってもだからって変わることは無いし、間違いなく次も同じ体験をします。自分から、です。



もう二度と繰り返したくない、あんな思いはしたくないと言うのであれば。
どの時点で足を止めて、これまでのように逃げ出したくなるのを堪えて腹を据え、完全に終わらせようという決断が出来るのか、そこに掛かっています。



あーーっという間にもうすぐ12月。
でもまだかろうじて11月です。

何故かずっと暖かかった東京ですが、そろそろやっと寒くなって参りました。
でもまだなんだか冬って感じがしないような? とか言ってると急に寒くなったりして…。



潜在意識について学んでいると、色々なビックリ体験があります。
『引き寄せ(一昔前で言う願望実現)』が流行っていますが、『書きましょう』『宣言しましょう』といったやり方が割と推奨されていますね。
解決したいことがある場合も同様ですよー、ということです。

書く、ということを一つ取っても面白いです。
別に実現したいことに限らず、『一年後、自分はこんな感じな気がする』というテーマを決めたとして、内容は


・自分の精神状態
・行動範囲
・関わっているタイプの人達
・個人的な対人関係
・縁が切れるもの
・新しく縁が出来るもの
・環境の違い
・日常的な身体感覚
・外見に関する感想
・これまで抱えていた問題に対する反応、感想
・一年後から現時点を振り返った時の反応、感想



といった内容を、箇条書きでもいいからずらーっと並べてみたらどうかと思います。
「こうなっていて欲しい」という願望だと、単なる希望的観測(逃避・妄想)になってしまって、現実と全然リンクしない可能性があります。
なので、「なんかこうだろうなー」「こうなんじゃないかなー」といった斜めな感じで書いてみるのもいいんじゃないかと。


スピ的に推奨されるのかどうかは知りませんが(笑)、これは現実的なプロットです。
書いたからって絶対そうなる訳でもありません。
とは言え、するりと出て来るイメージは、高確率で潜在的に持っている情報です。
「こうなる筈だ!」というガツガツした想像や、無理に捻り出すイメージは単なる逃避ですから、これを何万回アファメーションしても、ただの空念仏で終わります。

自分がどんなイメージを抱えているのかを知ることは重要です。
何故なら、手放すには、解消してラクになる為にはそれが何か解っていなければならないからです。


私達が抱えているイメージは全て過去に依拠しています。
直感で「あ、これはこうなる」と分かった気がして、実際そうなったとしましょう。
それは過去そうだったから、そのイメージを反復して見ているのです。予知、と呼ばれるもののほぼ全てがそれです。

私達は過去を生きているので、「来年こうなるだろうなー」というプロットとは、実は『嘗てこうだった』という記憶のことを指します。
当たる占い師さんは潜在意識(=過去)の情報を汲み取るのが巧い方、という訳ですね。
「未来がどうなるか知りたい」という人は沢山居ますが、行く末は自分が良く知っています。


私達はそれが何であったとしても、見るべきを見なければならないし、体験すべきことを避けて通ることは不可能です。
何故かと言えば、それらは全て自分の中にあるものだからです。
一つずつイベントを消化し、それらに対する抵抗や否認をクリーンにして、過去を手放して行くのが一番ラクだし、正しい歩みだと思います。

ですので、まず色々書いてみると面白いかも知れません。
「これはまだ未体験のイベントだなー」というものが現れるかも知れませんし、「あれ? これは予定通りだったのかも」と思うこともあるかも知れません。


特に、過去のあれこれを振り返った時、「あらー? なんだ…予定通りにこなしていたのか」と納得出来たら儲け物、という訳です(笑)。
不満ダラダラ、未練タラタラの自分もまた、嘗てしていたことをトレースしているだけだったと分かったら、その時点でスッと正気に戻れるかも知れませんよねー。

という訳で、未来のプロット(=過去の記憶)を整理してみると、新しい発見があるかも。というお話でした。


11月に入りました。
あと少しで今年終了! あっという間ですよね~。

今日はお昼からワークショップです。ご参加の皆様、お気を付けていらして下さいませ。
潜在意識をよーく見て、現実を受け容れる練習を致しましょう。






ところで先日、すごーく久々にパワーストーンでブレスレットを組みました。
リーディングを取って、色々検証して、浄化・浄化・浄化…結構な時間が掛かりました。
久しぶりにやると時間が掛かりますねー。

パワーストーンは定期的に浄化しないと色々溜まって行くので、ちょっと取り扱い注意なグッズです。
神社のお守りやお札は、一年経ったら返しに行ってまた新しい物を頂いて来ますよね。あれと同じような理屈です。

お守りでなくても、普通に身に着ける物なんかは大概色々と溜まります。
なので掃除をしたり、洗ったり、捨てたり、入れ替えたりする訳です。
この世界は全てが流転し変化し滅び朽ちて行きますから、永遠に良い状態・完璧である物は存在しないことになっています。ええ、面倒なのです(笑)。



こういったグッズなんかは(物に限りませんが)、自分の意識がどの方向に固定されているかによって、感じ方が全く変わります。
例えば他人の不幸を心底喜んじゃうような意識状態で居ると、『不幸、悪い』というのが『自分にとって良いこと』になります。
そうすると『良い』エネルギーを発している物を見た時、非常に強い嫌悪感があるでしょう。

対人でも同じです。
全く逆のベクトルで生きている人を見ると、見た瞬間に猛烈な怒りが湧いて来たりします。
何故かと言うと、自分が攻撃されているように、否定されているように自分が解釈するからです。


自分が正しい方向へ向かう為に必要な物を手にした時、目にした時、具合が悪くなったり、嫌悪や反発を感じる時、大概は
「これ自体が悪い物に違いない」
ということにしてまで、遠ざけようとします。目を逸らし、見なかったことにしようと必死に逃げ回ります。
そうして、これまでの自分を延長し続けます。
やっぱり自分が不幸を好んで固定していると、あらゆるものに対して「そういうことにしちゃう」んですよね。

食べ物も同じです。
健康的な食事より、自分の体調が悪くなる食べ物を好んでそればかりを食べ、慢性的に栄養不良になって苛々したり、キレまくったり、その状態を更に助長してくれる「あなたは悪くないのよー」と言ってくれる人に依存したりと、悪循環を繰り返します。
これもやっぱり、自分の生きる目的に準じた選択の結果です。


自分が不幸で居ること、悪い状態で溺れているというのに、例えば色々なグッズに頼っても意味が無いと言えば意味は無い。
その瞬間、何か良いような気がしたとしても、変化は無いと思います。
結果、「何にも変わらなかった」「損した」と文句を言うことになる可能性は高いでしょう。
あくまでも自分の生きる目的が優先されるからです。

人間関係でも、「とにかく自分を絶対に変えないように、過去に執着している」人の場合、似たような人の集うコミュニティに依存します。
それで一瞬正当化(=防御)が出来てホッとしたような気がする訳ですが、現実に良い影響は全く無い為、不満が解消されたり、『良い』現象を体験したり、継続する心からの喜びや安らぎを感じることはありません。
それをまた否認すると、益々自分をダメにするぬるま湯に依存…という状態を繰り返す訳です。

「直感で選んだ」とか「生理的に嫌だと思った」というようなよく聞く理由で選択をしても、実際は自分の目的に沿った取捨選択でしかないのだということですね。
インスピレーションじゃなくて単に過去の情報を参照しているだけなのですが、その処理が超高速なので、「不思議な感覚でそう分かった! 自分は分かるのだ!」ということにしたくなる、と。




一方、『幸せ、調和、感謝、平和』に意識が向いている場合、やはりこれに沿った選択を行います。
いちいち考えたり迷ったりせずとも、無自覚的に手を伸ばしたら幸福に当たります。行く先々で、です。
勿論、画一的な良いことだらけーという訳でもないです。間違って叱られたり、反省を促されることも度々あるでしょう。
しかし自分を良い状態にしてくれるお叱りは謹んで受け止めるだろうし、自分を顧みて改めます。
そうした先は、自分にとってより幸せな状態だからです。

このタイプは100個中99個が呪いの飴玉でも、たったひとつの『幸せな飴玉』を迷いなく選び取ります。
或いは、最後に残った一個を引き受けた時、それこそが『幸せの飴玉』だったりもします。
大元の目的が『幸せ』であれば、プロセスやルートや自分のあれこれに関係無く、結果は必ずそうなります。


ということで、このタイプは自分にとって良い影響のある物が手元に来た時、そのバイブレーションをキャッチして、「あ、これは幸せなやつだー」と気付きます。
同じ方向を向いたバイブレーションには親和性を感じますから、そのエネルギーの中に居られて、よりハッピーです。

「自分だけが得をする」「私は正しい! あっちが間違ってる!」「特別」「一番」が幸せだと思っていると、こうは行きません。
これらは幸せの仮面を被った不幸であり、『我が身を守らねば。自分は疾しいし、だから恐ろしい』という考えに根差した欲求です。
愛されている、守られている…なーんて異次元の話ですよね。
こういう風に独り勝ちやいいこと尽くめに執着する時は、自分の手元に色々掻き集めて、あやふやな自分の身をどうにか護ろうとしている状態です。まさに不幸。


有難い、という感謝に至った状態が私達にとっての『幸せ』です。
我を出してああしたいとかこれが嫌だと言うのではなく、『安心してお預けする、お任せして導いて頂く』ような気持ちですね。

「頂いた」「有難い」と当たり前に思えることが最も自然な状態です。
何かを得た時、「自分が凄いからだ」「自分だけはこうなのだ。凄いだろう!」と、特別性が肥大化しているなら、日頃の怖れを一瞬隠せた気がしているというだけの話です。


日頃の自分の反応や解釈を見直し、向いている意識の方向性をよくチェックして、軌道修正を心掛けることが、長い目で見た幸せに繋がる道だと思います。




bracelet

クンツァイト、ローズクォーツ、カルサイト等のミックスブレス。
「キャンディみたいで可愛いなー美味しそうだなー」
と作りながら思っておりました♪




プロフィール

Sachi

blog owner:Sachi
潜在意識を活用した、ちょびっとスピリチュアルな総合セラピー、癒しのワークショップ・タロットカードセッションをしているSachiです。
穏やかに楽しく成長出来るよう、入手した情報や、日々の気づき&
発見などをシェアして気ままに更新。
イベント情報も随時掲載中です♪

※記事の内容、情報については一個人の捉え方、考え方に纏わるものが大半です。
絶対的な事実という訳ではありません。
また、私の理解や気付きの段階に応じ、記事の内容にも随時変化がありますことを何卒ご理解下さい。
※過去の記事をご覧になってセッションやワークショップにご興味を持たれた方は、必ず最新記事近辺を幾つかご確認下さい。
セラピストの基本姿勢、考え方をご理解の上、ご予約願います。

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旧blogタイトルは『気づきのステップ』。


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