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resonance

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Date : 2017年11月

◆ Infomation

【works】
★ヒーリングセラピー個人セッション
 お時間の確保が難しい為、受付休止中です。
 詳細はサイトをご覧下さいませ。

★癒しのワークショップ
 毎月一度、都内で女性向けの体験型ワークショップを開催中です。
 沢山の変化・癒し・浄化・成長・気づきを促すテクニックが山盛りです。
 現在、お客様からのオファーで行うオーガナイズ形式での開催です。
 ※以降の開催は決定次第upして参ります。
 ※それぞれ内容の詳細はサイトをご参照下さい。

今日で11月が終わりますね。
あと一か月で来年です。うーん、毎年思いますが、あっという間です。





自分のパターンを変えられない、人生を変えられない、繰り返してしまうという時、とても苦しい思いをします。
変えたいのに変えられない、それがどうしてか分からない…という葛藤で、罪悪感で、自分の首を絞めている状態です。


「これを見なきゃいけない、でも見たくない」
「(事実を)認めなきゃいけない、でも嫌だ」
「これを変えなきゃいけない、でもどうしてもそれが出来ない」
「こうせずにいられない! やめたい! でも出来ない!」
「あれをしなきゃ、これをしなきゃ」


と頭の中で逼迫している時、怖れに追われ、雁字搦めになっています。
そうすると、結果的に罪悪感を増幅させ、同じ場所をぐるぐる回ることになるでしょう。
そこで、時にご提案しているのですが。


「これをしても、しなくても、どちらでも良いのだ」
「出来ても、出来なくても、どちらでもいい」
「このまま生きて行っても良い。これまでの繰り返しを続けても、ここで手放しても別にいい」
「これが絶対に必要な訳ではないな」



と自分に伝える時、思考に隙間が出来ます。


「どうせしなきゃいけないんでしょ! でも絶対に嫌だ!」
「駄目だって思っているのに、これが無いと(しないと)いられない!」
「あれをしなければ、これをしなければと自分を追い立てずには居られない」


等という強迫的な思考を自分に使っていると、ずっと同じ行動を反復的に取り続けます。
結果、苦しい思いを繰り返すでしょう。
自分を責め、でもその自責の念から逃れようとまた足掻き…を繰り返してしまう。

でも、「どちらでもいいのだ。この瞬間、どちらを選ぶかは自由なのだ」と自分に伝えられると、ほんの僅かでも隙間が出来ます。
その僅かな隙間の中にじっとして、自分を緩めた時、それでもそれをしたいのか、不要だなと自然に思えるかはまた分かりません。
どうしてこれまでその考えを執拗に使い続けていたのか、その原因に気付くかも知れない。
それをすることで実際は何を試みていたのか、またそれが何故一度も叶わなかったか、気付くかも知れません。


しても、しなくても。
出来ても、出来なくても。
分かっても、分からなくても。

どちらでもいい。
絶対に必要なのではない。



ガチガチに固まった考えに隙間が出来るよう、自分にゆっくり繰り返し伝えると良いのではないかと思います。
先ずは、自分の考えを緩めること。です。

勿論これは、「どっちでもいいや。じゃあ無かったことにしちゃえ」「逃げちゃえ」ではありません。
「どちらも、選べる」のです。
どちらかに吸い寄せられる、どちらかに引き付けられる、どちらかを凝視しておきながら目を逸らす、ということではないんですね。
「ああ、私は本当にどちらかを今、選べるのだ」という理解をすることです。

どうしてもそうは思えないよーと言う時、「私は絶対に○○しなければならない、何故なら…」という考えがその下にあります。
じっと堪えて、その考えの正体をよーく見てみると良いでしょう。
これを見るのが嫌で、何かせずに居られなかったりするので、逃げ出したくなるかも知れませんが、じーっとしてじわ~っと見る。
勿論その時、「この正体を見ても、見なくてもいい。どちらをするか、私は選べる」という選択を自分に与えることも出来ます。どちらでも良いからです。


自分に選択の余地を与える、その余地がある、というのを思い出させる為に、是非、語り掛けてみて下さい。







大分気温が下がって参りましたねー。
気付けば11月も下旬に入りました。もうすぐ12月! ですね!
皆様、暖かくしてお過ごし下さいませ。



普段、何事も無くルーティンで生活している折には意識されませんが、私達は心の中に『自分は無力である』『自分は足りない人間だ』『自分は無価値だ』という思考を抱えています。
そんな中、非常事態が起きたりすると、それが目の前に突き付けられたように感じるのです。
そうして、弾かれたように動き出そうとします。「どうにかしなきゃ」と。

何をどうにかしなきゃいけないのかと言うと、このずっと隠していた無価値で無力な自分を、それによって感じている疾しさや後ろめたさを誤魔化さねばと思う訳です。
自分だけでなく、誰か(家族や近しい人)が大変な状態である時もそうです。
「役に立たねば」
「何とかしてあげなきゃ」
と焦ります。


でも、大体どうにかは出来ません。
何かを肩代わりしたり、引き受けたりするという『形』に纏わることは、何か出来るかも知れない。
でも、その行動の背景にある「自分はどれだけやっても足りないのだ」「こんなことしか出来ないのか」「こんなに酷い」という自分に対する思考自体はそのままなので、苦しいと思います。

その苦しみから逃れたくて、またその自分を責め苛む考えに操られて衝動的に行動してしまうと、結果は動機の通り…つまり自分が苦しむ、自分の足りなさを嘆くという結果を体験します。
後ろめたい気持ち、無力感を穴埋めしようとする時は、フォーカスしている先が無力感や疾しさですから、見ている通りの結果を私達は体験するんですね。
何故なら、心(思考)が見ている先に向かって私達は進み、心の通りの体験をするからです。
それが物理的な現象であってもそうだし、精神的な状態でもあっても全く変わりません。


こんなことも出来ない。
こんなことしか出来ない。
私はこんなに足りていない。

ということが事実として認められない時、そんな価値の自分が後ろめたいあまり、それを誤魔化そうとします。
外側を動かそうと躍起になったり、人を助けたくなったりしたら、実はその背後には自分に対する無力感、無価値観と裁きの思考が隠れている。
この、自分では未だに認められないことを、他人様や外側の何かを使って誤魔化そうとしている。
動き出そうとする前に踏み止まって、それを疑いたいと思っています。


「何とかしなきゃ」
と言う時、焦っています。何故焦っているのか。
状況は幾らでも出て来るでしょう。
だって時間が無いし。だって今こんな非常時だし。他にやる人が居ないから。

でも、本当は『こんな状況・状態を目撃・体験してしまった自分の価値』『何も出来ない、足りない、何が出来る訳でもない自分』から目を背けたくて焦っているのです。
そのままにしておくと、何かとんでもないことになってしまうに違いない。という大きな恐怖に飲み込まれて怯えているのです。


過去を振り返って自分の反応やその前後関係を見直すと、大体そうだったなーと思います。
私はそういう、何も出来ない自分が、何の役にも立たない自分が非常に疾しかったのです。
そのままで居るなんて、とてもとても恐ろしくて出来ませんでした。
こんな酷い自分をそのままにしておくことなんて、とんでもない。何かしなくては、と。

「何も出来ないんです。だから何の価値も無いんです。そんなの嫌だから、何か価値を付けなくては」
「何か出来ることがある筈だ!」
ではなく、『何も出来ないな~』というのがもしも本当の事なら、
「確かにな~。本当にそうだわ」
と頷くだけです。だって事実そうなら、ただもうそれだけですよね(笑)。
仮に何か出来そうなことがあるのなら、それを粛々とやる。ただ、やる。以上。です。

私の場合ですが。
「それが事実だったわ。そういえば私はずっと、元々そうだったもんなー。出来ることは無いけど、あってもこれ位ですかねー」
と気が付いてから、以前のように「なんでこんなに何も出来ないんだろう」と自分を裁いて苦しむことが大分減りました(ゼロになったと言う気は全然ありませんけども)。


『自分はこんなに足りない。なんて無価値なのだろう』
という思考を使っていると、幾ら何をやっても「自分は足りない。無価値だ」とリピートし続けます。
「何かもっと出来ることがあったんじゃないか」
「あれではダメだったのではないか」
という台詞が、ずーっとぐるぐるします。
これ以上出来ない、と思う程にやっても、足りなさを責め続けます。

その思考に出口はありません。
やってもやっても、苦痛は減りません。別の手を使っても、別のことをしても、変わりません。
自分の心を見よう、本当のことを見直そうとしない限りは。



良い悪いのジャッジを挟むこと無く、ただ「そうなんだな」と事実をそのまま受け止めるというのが、実は我々にとって一番難しいことのように思います。
特に、自分についての事実ですね。
自分を何者だと思っているか。自分にはどんな価値があると思っているか。
既に自らがその考えを持っていながらにして、それを見ることを厭うあまりに、様々な問題を起こしたり、苦しんだりします。

怖れて逃げ回るのではなく、抑え込み誤魔化すことに労力を費やすのではなく、ただ
「ああ、そうなんだな。事実こうだな」
「私は自分のことをこんな風に思っていたんだな」

と素直に見つめ、認めることを心掛けて行きたいと日々思っています。




去る11月5日は、11月度のワークショップでした。
御参加下さいました皆様、まことに有難うございました。




自分の思考と現実との関係にギャップが大きい程、日々の中で感じる怒りや疑問が大きいものと思われます。
○○が欲しい、ああなりたいと強く望んでいるのに、ならない。
こう言われたいのに、言われない。
自分はこれを望んでいたのに、なれなかった。挫折した。辛い思いをした。失望した。


なんで?


…こういったことは、多少なりとも願望実現を試して来た人にとって、共通の疑問だと思われます。
この謎を解明する為に、つまり「やはり自分の思考が現実を創っていました」ということを理解する為に、今回は色々と学んで頂きました。

理解を進めたいのは、『常に入力通りに出力されている』ということですね。
これを理解するには、【顕在意識と潜在意識は大体に於いて別物である。私は潜在意識の思考を理解していない】ということを踏まえなくてはなりません。


「私はこう思ってるのに、ならないなんておかしい!」と言う時、顕在意識で喋っている状態です。
現実とリンクしている潜在意識は、全く反応していないんですよね。
しかし、顕在的に「こうなる筈なのに! あれが欲しいのに!」って感じでウキーと怒っている時は、何か理由があります。
「そうであってくれなければ自分が困る」という理由があるんです。

これは潜在的な思考とは全然関係ない所のお話です。
しかし、このような顕在的な思考に関しても、丁寧に紐解いて行くと、何故そんなに焦ってキレているのかが見えて来ます。
「こうなりたい、そうじゃなきゃ絶対に嫌だ、困るんだ、だって……」という理由が。


とは言え、それでもやっぱり『あれもこれも、自分の思考の入力通り』なのです。
認めないとか信じないとか言っても、特にこのルールが変化することは無いし、自分が怒って抵抗してみても(←やってました 笑)何も変わりません。
本当にそうなんです。本当に。

これについて理解の仕方は人によって様々でしたが、「……あ!」という体験をされた方もいらっしゃいました。
「凄い! 本当に入力通り、そのまんま自分の思考通りなんですね!! あー、だからか~!!」と。
他人様の語る言葉を聴いて、分かった! という方もいらっしゃいました。
ワークショップは複数人でワークを行うので、他人様を見て理解するというのが醍醐味ですねー。


それから、『他人様から言われる自分についての様々な内容には、何故ばらつきや違いがあるのか』といった件についても、謎を解明しましたね。

「私がセレブと結婚したいと言うと、Aさんは『うんうん、カッコ良くて凄く優しい人が向こうから現れて、何でもやってくれると思うよ!』と言うのに、Bさんは『…うーん…どうだろうね…現実的じゃない気がする』と微妙な反応。
色々な人に訊いて行くと、反応はこの二通りに何となく分かれます。
なんで二手に分かれてるの? 他人の意見って自分の潜在意識の声じゃないの?
どうしてばらけるんだろう? どっちが本当?
自分の気持ち的には、良いことを沢山言ってくれるAさんを信じたいんだけど、Bさんはどうしてああ言ったの?
そうだ! 私のことが嫌いだから言ってるに違いない!」


なーんて疑問も、解消されたんじゃないでしょうか。
多少なりとも潜在意識についてのお勉強をして行くと、当然こういった疑問が出て来る訳です。
潜在意識の思考でさえ、統一されていない。どっちがどっち? 本当はどっちなの?
Aさんはどうしてああ言うの?  Bさんは何でああ言ったの? それぞれ、何を表しているの?

…こんな風に、どうして意見が割れるかも、ちゃーんと理由があるんです。
どちらがどうかの見分け方もあります。
どっちが自分にとって本当に正しいかを見極める方法もあって、練習次第で分かるようになるのでございますー。


現実を直視し、一つずつ自分について正しく理解して行く為の一助になりましたら嬉しく思います。





以下、現在確定しているワークショップのスケジュールです。



★2017年12月
日時:12月17日(日曜) 11:00~19:00
テーマは『私へのプレゼント』です。


今年一年間を通じて開催して参りましたワークショップ、今回でラストです。
一年の最後、締め括りに相応しい大きなギフト、理解、癒しを受け取りましょう。
今年どうしても手放したいこと、どうしても理解したいこと、どうしても達成したいことを、自分へプレゼントしましょう♪
平時より長い時間を使いますので、より深い癒し、理解を体験出来るお時間になることでしょう。



★2018年1月
日時:1月21日(日曜) 11:00~15:00
テーマは『新年のギフト』です。


新しい年の始まりにあたり、過去の繰り返しではなく、より素晴らしいギフトを宇宙から受け取りましょう。
「欲しい!」と頑張るのではなく、力を抜いてリラックス♪
怖れや飢餓から欲するのではなく、ただ『信頼して、受け取る』。
あなたの幸せだけを願う宇宙から、一体どのようなギフトがやって来るのでしょうか。
この簡単なようで難しいような? ワークを織り込み体験しながら、良い一年のスタートを切りましょう。


※各ワークショップの詳細情報はサイトをご覧下さいませ。


以降は決定次第更新して参ります。


11月に入りました。
巷は明日から連休ですね。行楽のご予定がおありの方は、楽しんで下さいませ。
お勉強やお仕事の方は、それぞれ捗りますように。




物事を体験・目撃した時、人それぞれ何らかの解釈をします。
物凄く大雑把に分けると、自分にとって良いこと・悪いこと・どちらでもないことの三種類です。
これをどのような基準で振り分けている(そう、能動的に振り分けています)かと言うと、自分の中にある『怖れ』に抵触するかどうかです。

『良いこと』は、怖れや自分が隠したいことを隠せるもの。自分を正当化出来て、自分に価値が付くもの。
『悪いこと』は、怖れが剥き出しになってしまうもの。自分が悪人・無価値になってしまうもの。
『どちらでもないこと』は、そのどちらにも加担しないもの。
大体、こういう風に分けています。


日頃のあらゆる体験によって、私達は自分の価値を測っています。
『良いこと』を体験した時、心の中で何が起きているか見直してみると分かり易いでしょう。

よーくよーくじっくり見て行くと、自分を価値の無い、欠損した不完全で罪深い存在だと思っており、そこから生まれる怖れ(裁かれる恐怖)を一時的に覆い隠して「私はそんな人ではない」と言えそうな気がするから、『良い』のだということにしてある。
身も蓋もない話ですが、本当に殆どがこれです。


私達の人生は、欠けている自分を補完する為により良いもの、より良い生活、より良い自分を追い求めることが大半です。
あれが足りないから、これが不足しているからと周囲を見渡して不満に思うのなら、それはそのまま自分に対する不満だと言えます。

○○が足りないのが嫌なのではなく、『あれが足りないという体験をしている価値しかない自分』が嫌なのです。
親に愛されていないのが嫌なのではなく、『親に愛される価値も無いような自分』が嫌なのです。
褒めて欲しいと思う理由は、褒められたら幸せだからではなく、『褒められる価値の無い自分』が嫌で、それを隠したいからです。


でも、体験される時はまるで外側に欠損や問題の元があるかのように見えてしまう為、外側を捻じったり攻撃したりを繰り返し、どうにか変えようと試みるんですね。
実際それによって何をしたいのかと言うと、不完全で罪深い、また無価値な自分を否定したい訳です。


「○○になりたい! ○○をやりたい! ○○が欲しい!」
と言う時、それが元々自分の中にあると確信していることを表しているのか、或いは自分には『元々』それが存在しないから、それを得ることで別の何か――――前よりも少しはマシなもの――――になろうとして、つまり無価値な自分から目を背けたくて言っているのか、そのどちらかでしかありません。

で、驚くことなかれ、大概は後者です。本当に。
だから、何を手に入れても何になったとしても、満足が続かないんです。
抑々、自分が自分そのものに対して無価値を宣告しており、ちょっと何があったとしても直ぐそこに戻ってしまうんです。
で、また何かを得よう(誤魔化そう)と藻掻く…というループに入ります。砂上の楼閣ですね。




奇跡のコースは、難解な言い回しと言える文体が特徴の書籍です。
概要編である『テキスト』と実践編である『ワークブック』に分かれていますが、どちらも必要な人には素晴らしい教えに相当します(スピ初心者の方や、願望実現系ばかりに特化して来た方にはあまりお勧めしません。序盤で意味が分からず投げ出すことが殆どだと思います)。
『ワークブック』は一年間を掛けて自我の思考体系に気付き、手放して行く為に使う独習書です。

大変素晴らしい書籍なのは確かですが、「なんでこんなに面倒な言い回しなんだろう」と思う人は、少なからずいらっしゃることでしょう。私も「うーぬ…」と唸りながら読んでいました。
これが難解な理由は、「自分を見直す為にじっくり時間を掛けなさい」という呼び掛けではなかろうかと思います。
「分かりにくいなあ」と思う時、何度も読み直し、時間を掛け、自分に当て嵌めて見直すからこそ、徐々に理解出来て行く。


何事も同じですが、「そっか、分かった~」とインスタントに分かった振りが出来るようでは、身に付いたとは言えないですよね。
インスタントに分かった気がする時というのは、過去(これまで)の自分に正当性があるような気がする時です。
これは『コース』の教えとは真逆を行く考え方で、自我万歳の考え方です。苦痛を延長します。

「色々な本を読んで分かったような気がしたのに…」というお話もよく伺いますが、何故こういう風になるかと言うと、自分の思考体系に当て嵌めて見直していないからです。
本を見ながら自分の思考に気付いて手放すことが目的なのに、ただ字を目で追って「なるほどー」と言う為に読んでいるとなると、本末転倒になってしまいます。
要するに目的が何か、ということです。使う為に読むのか、読む為に読むのか。



自我の思考体系とは、上記のような怖れの思考体系、欠乏の思考体系です。
この考えに乗っ取られている限り、私達は何千回転生しても怖れの輪から抜け出すことは適いません。
ずっと何処かが苦しいまま、足りない感じがしたままです。

『コース』でなくても、あらゆる有効的なメソッドは最終的に同じ所へ行き着きます。
即ち、これまで自分だと思っていたもの(自我)は自分ではなく、全ては自分の内側に存在し、あるがままで完全であると思い出せることが私達のゴールだということです。


この世界に居る間に、怖れの思考に気付き続け、それが自分の真実ではないと気付き続けること。
自分に対し沢山の嘘を吐いていたことに気付いて、それを手放して行くこと。
その絶え間ない繰り返しによって、何れ必ず正しい理解は訪れるということです。
「愛に目を向けましょう」と言うのは怖れに乗っ取られて生きている以上相当難しいことなので、「愛を見えなくしている障壁たる怖れの思考に気付いて行きましょう」ってことですね。

但し、これに気付くには常時自分の心に目を向けていなくてはならず、しかもその姿勢はシビアさを徹底せねばならず、そのように目を向け続けるにはこれまでの繰り返しや自分自身に対し、いちいち疑問を持たねばなりません。
「そういうもの」とか「私ってそうなのよー」で終わってループする限り、気付くことは絶対にありません。
況してや、「これは認めたくない、見たくない!」という考えにしがみ付いている限りは、喜びを体験することなど当然不可能です。
また、時間は何も解決しません。心を使わない限り、形がどうであっても本当の解決は望めないのです。


自分の考えに目を向け、気付き、手放すというのは、ただ文章にするとそれだけのことですが、大変面倒なことです。
そんなのめんどくさいし、つまらないし、嫌な思いをするし、よく分かんないし、何がいいの? そんなことより、美味しい思いを追いかけた方がよっぽどいいじゃん。大体、今フツーに暮らせてるし、困ってないしー。

と考えるのもご尤もです。ですよねー。って思います。
それに、現代日本には目を向けて気を散らせるもの(他人様がその最たるものです)が山程ありますから、そんなことをせずとも飛ぶように時間は過ぎて行きます。


それもまた、選べます。これまで通りの繰り返しだけで生きて行くか。
それとも、自分が何を怖れて、何を認めたくなくてこの人生を逃げ回っているかを直視するのか。
私の体験から申し上げますと、余程のことでも無い限り、自分の生き方そのもの、思考体系そのものを見直そうとは思わない筈です。

追い詰められてどうしようも無くなった時に、漸く嫌々重い腰を上げるのが人間です。
何故かと言えば、真実に到達するまでの間は長く隠していた闇に向き合い続けなくてはならず、そんなものは誰だって嫌に決まっているからです。
だからこそ、今のような人生を作っている訳ですしね…。



とはいえ、やはりいつでも選択の余地はあります。
繰り返すか、違う見方で自分を見たいと望むのか。
その選択の為に、時間が、人生があるのだと言えるのではないかと思います。



プロフィール

Sachi

blog owner:Sachi
潜在意識を活用した、ちょびっとスピリチュアルな総合セラピー、癒しのワークショップ・タロットカードセッションをしているSachiです。
穏やかに楽しく成長出来るよう、入手した情報や、日々の気づき&
発見などをシェアして気ままに更新。
イベント情報も随時掲載中です♪

※記事の内容、情報については一個人の捉え方、考え方に纏わるものが大半です。
絶対的な事実という訳ではありません。
また、私の理解や気付きの段階に応じ、記事の内容にも随時変化がありますことを何卒ご理解下さい。
※過去の記事をご覧になってセッションやワークショップにご興味を持たれた方は、必ず最新記事近辺を幾つかご確認下さい。
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