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Date : 2015年09月

◆ Infomation

【works】
★ヒーリングセラピー個人セッション
 都内で対面式の個人セッションを行っています。
 幸せと癒し、学びと気付きを得たい方へ、様々に対応させて頂きます。
 潜在意識を日常へと活用することで、より良い人生へ変えることが可能です。
 随時お受けしておりますので、サイトをご覧下さいませ。

★癒しのワークショップ
 毎月一度、都内で女性向けの体験型ワークショップを開催中です。
 沢山の変化・癒し・浄化・成長・気づきを促すテクニックが山盛りです。
 2017年8月13日・9月3日・10月8日(全て日曜)
 の開催が現在確定しております。全て11時~15時です。
 ※以降の開催は決定次第upして参ります。
 ※それぞれ内容の詳細はサイトをご参照下さい。

日差しが出るとまだ暑いですね。
夜は涼しくて快適快適♪



本日は『傷付いたインナーチャイルドを癒す』ワークをば。
インナーチャイルドワークの方法は色々あります。
インナーチャイルドに限らず、何に関しても同じことですが、自分と向き合う、自分と事実を直視する時、とても大切なのは、

『幸せになりたい!!』

という気持ちです。


あれが欲しい! これが欲しい! とガツガツしなくてもいいんです。
"幸せ"の定義は人それぞれですから、もっと楽に息が出来るようになりたいとか、のんびり過ごせる自分になりたいとか、気楽に居られる時間を増やしたいとか、そういうことで充分です。

勿論、物質的な部分を充足させたい方は、それを据えて取り組めば宜しいことです。
その時、「それを手に入れてどのような気分を体験したいのか」が重要なポイントになりますので、モノはともかくとして気分にフォーカスを当てましょう。
ただ、物質的な充足を強く求める場合は"願望達成"であって、インナーチャイルドワークとは特に関係無いかも知れません(人によりますが)。



内なる自分の声に耳を傾け、目を向ける時。
理解と癒しには幾つもの段階があります。

例えば、親御さんに対して物凄く怒っている人に「ゆるしましょう」とか「手放しましょう」といきなり言っても、大概無理です。
余計怒っちゃったり、二次災害のように"それが出来ない苦しみ"が発生する可能性が高いんですねー。


だからまずは、顕在レベルで把握出来る範囲から見つめることをスタートしましょう。
怒っている、悲しんでいる、妬んでいる、怖がっている、憎しみを持っている、殺意がある…等々、ネガティブな気持ちのどれが自分の気持ちに相当するのか、特定します。

きっちり特定したら、それは言葉にするとどのような表現になるかを試します。
色々な言い回しがありますから、ご自分の中とご相談の上で「これ!」というピッタリ感があるものを見つけて下さい。
単語が前後するだけでも、ニュアンスが変わります。自分を助ける為だと思って、じっくり見つけましょう。



ありったけの気持ちを込めて、声に出してその言葉を言います(怒鳴らなくても良いですよー)。
あ、相手に向かって言ったら駄目ですよー。問題が悪化しかねませんので。
自分一人のお部屋とか、時間を作ってから、やってみましょう。
ここまで来たら、大きな前進です。凄いことです。これまでは出来なかったのですから。

ネガティブな気持ちを言葉にすることは、現代日本のスピリチュアル世界では何故かタブーのようなイメージがあります。
が、大きな怒りや憎しみ、恐怖や悲しみを抱えている人が、一足飛びにその相手をまっすぐ愛せるようになるとか、感謝出来るようになるとか、負の思考・感情を手放せるかと言えば、そんな訳がありません。

いきなりゴールに行くことは難しいのです。だから段階は必要です。
一人の時間やセラピスト、カウンセラーが立ち会っている所でなら、正直に言った方が良いと思います。



一つ口にすると、次に別の言葉や感情が浮かんで来るかも知れません。
それも結構です。どんどんやって下さい。ただ、気持ちを出来る限りそこに入れることが重要です。
どんな悪口雑言でも構いません。「自分が本当に思っていること」こそ、この段階では表に出してあげる必要があるのです。

堪っていた気持ちと言葉をどんどん外へ汲み出すと、更に下の方から何かが現れます。
それは子どもの頃、ニーズが果たされずに燻っていた状態です。まだ未完了の出来事があるのです。
ここまで行くのに、時間が掛かって当然です。一度や二度で出来るかどうかは人によります。


ここでは、「誰々に何々して欲しい」「あれが欲しい」「ああしたい」という、要求や期待をニーズと言います。
このニーズを思い出したからと言って、改めてそれを他人に(例えば親が相手なら親に)どうにかしてもらおうとすると、新たな問題を作ってしまう危険性があります。

ですから、めでたく思い出したら、それは自分の中で解決することにしましょう。
これはあくまでも、インナーファミリー(自分の心・潜在意識の中に存在する家族関係)の問題なのです。


一般的には、イメージ内でニーズを補完するやり方がメジャーです。
「抱っこして欲しかった」のなら、そうしてもらう。「褒めて欲しかった」のなら、そうして貰う。
大体は、「謝って欲しかった」「話を聞いて欲しかった」等の『相手に~して欲しかった』バージョンと、また「自分がこうしたかった」「この言葉を言いたかった」等の『自分が~したかった』バージョンに分かれます。

ここも、人それぞれ特定のニーズがあると思われます。どっちでも構いません。
セオリー的な正解は無く、自身が「これ、これです!」と思うことが重要なのです。
その時に充分補完したイメージで満足したら、そこで終わって良いでしょう。

ただ、「なんか納得行かない」とか、少し経ってまた「嫌な気持ちになる」のだとしたら、"そこ"ではないのか、"それ"ではないのか、或いは"抑々インナーチャイルドの問題ではない"可能性があります。
余談ではありますが、人生に対する自己責任に殆ど興味が無く、基本的に「相手さえ違う人なら」「相手さえ変われば」「誰々が悪い」「~くれない」「くれるべき」という他罰的な思考や言葉が癖になっている人、自己反省や自分を改めるという発想が無い人、アピール要素が強く他人軸で生きている(とにかく一番になりたい、注目されたい、特別扱いされたい、他人を負かしたいという欲求が極めて強い)人に、このタイプのワークはあまり(若しくは全く)効き目がありません。逆に、やらない方が良いという方も居ます。



でも、「自分は傷付いたインナーチャイルドが居る」と思う方は、こういったやり方を使ってみて下さい。
まずはやってみることからです。
やってみて、何を感じたか、何が浮かんで来たか等、記録を付けてみましょう。記録するのは大切ですよー。
ビフォーアフターの気持ちを比べることも大切なことです。
やってみた後、どのような変化が自分にあったかを観察して記録しておくと良いでしょう。


巷には沢山の関連書籍が出ていますし、沢山のやり方があります。
結果「楽になった」「納得した」という処へ行けば良いので、やり方は何でも良いと思います。
あくまでやり方の一つではありますが、代表的な例を書いてみました。

関心がおありの方はやってみても宜しいかと思います♪



また雨が降り出しました。

秋口から雨の日の方が多いような?
涼しい日が続きます。ご体調など、どうぞ大切になさって下さいませ。




年内分のワークショップスケジュールが確定しましたので、お知らせ致します。

●10月
10月11日(日曜) 11:00~15:00



●11月
11月1日(日曜) 11:00~15:00



●12月
12月6日(日曜) 11:00~19:00



※12月分は時間、料金等の詳細が通常と異なります。
※詳細はこちらでご確認下さいませ。



◆◆◆



潜在意識の情報と顕在意識の情報が、びっくりする程に違う。なーんてことは、決して珍しくありません。
下手をすると認識と事実が真逆であったりする、なんていうこともちょくちょく目撃します。
私も、自分に関する内容で「ひえー!!(笑)」と驚愕することが今だに沢山あります。


考えてもいなかったというか、むしろ逆だと思ってン十年過ごして来た為に、その逆っぷりを今頃見て「ええええええええ!?」だったりするんです。
「あ…あれ~? おかしいなあ…だって確かにあの時、あーでこーで…んん…ありー?」
と、暫し事実確認をしながら首を捻りまくるのですが、何度確認をしても、それまで思い込んでいたのとどうやら事実は逆だった件。
私はこんなに長い間、一体何をどう認識していたのでしょーか…ぼーぜん…みたいな感じです(笑)。

潜在意識情報に顕在意識を擦り合わせして行くのに多少時間はかかる場合もありますが、「それにしても…いや…だって…」と、自分が顕在的に認識していた(ような)ことを何度も何度も見直す羽目に。
しかし見直した所で、事実は事実。何度見直そうと、振り返ろうと、何も変わらないんですけどね…しかしついつい何度も振り返って確認してしまう人の性(笑)。



リピートして下さっている方のセッションでは、ご本人様は全く顕在的に心当たりが無いとしても、とてもとても沢山の方々に愛されている…というのを垣間見せて頂く機会があります。
もう、その愛されっぷりに圧倒されます。クラクラします。眩すぃー(笑)。

ご家族の中の誰かや、お友達や、職場の方々等、挙げたらきりが無い程に、愛されて愛されて愛されまくっています。
ご自身がその気持ちに気付いていないだけだったり、また「私のことなんか何とも思ってない筈だ」と顕在的に決めて掛かっているだけだったりするものの、それでも事実としては『愛されている』のです。

顕在的にそう気付いているか、認識しているかどうかに関係なく、愛されている。
気付かなくても、否定していたとしても、それでも愛されている。


当の本人は
「これこれこのようなアクションが相手からあらば、愛されていると認めてやろう」
という風に条件を付けてチェックしているのかも知れません。
ああだから、こうだから…って色々考えて、その条件に沿うかどうかを見て振り落しているのかも知れないです。

ちょいちょい聞くのは、「自分の思い通りに何でもしてくれたら、甘やかす一方であれば愛してくれている証拠」というものですが、それはあくまで顕在意識レベルでの条件であり、これを通過しようがしまいが、あなたを愛してくれている人は沢山居るのです。

逆に、何でも思い通りに甘やかしてくれているからと言って、愛してくれているかどうかはまた分からない話ですね。
甘い甘いお砂糖をくれるだけの人が、自分を愛してくれている人であるのかどうかは、その結果を考えてみれば分かりそうなことです。
酷く糖分が欠乏している人にとっては良い効果があるのでしょうが、そうでない人がお砂糖だけ食べていたらいずれ、身体を壊しちゃいますね。


言葉に出さなくても、あからさまな態度では見えなくても、しょっちゅうやり取りをしていないとしても、ずっと会っていないのだとしても、厳しい態度を取られるのだとしても、それでもあなたの幸せを願っている人は思いのほか沢山居るのです。
既に愛されて愛されて生きていて、だからこれ以上「(愛されていないから)愛されたい!」と願わなくても良いのかも知れない。
ただ、気付いていない部分に目を向けて、気付けば良いだけなのかも知れません。

潜在意識(と現実)を見ることが出来るようになって行くと、こういった部分に気付くチャンスが増大します。
有難い気持ちになり、満たされた感覚を感じ、「欲しい!」と思わなくても、もう既にあったと気付いて行くことが出来るようになります。
勿論、その上で更に幸福を拡大して無限に喜びを受け取ることが可能になります。



不幸に執着し、不足や不満に目を向る癖を手放し、持って生まれた幸せを感じながら、喜びと共に生きる。
当たり前のことなのに、当たり前に出来る人はとても少ないように思います。

外側の世界だけでなく、内面世界――――自分の潜在意識を見つめて、沢山の嬉しい発見やそれに伴う変化が受け取れるのが、スピリチュアルな学びの醍醐味です。
良い結果の為であるからこそ、一時的に嫌だな~と思うようなワークでも乗り越えられる訳です。


より素晴らしい人生へ"戻って行く"為に各種ワーク等をお使い頂けましたら、とても嬉しく思います。




昨日の続き、インナーチャイルドについてです。



『インナーチャイルドの癒し』と言うと、例えば当時の果たされなかったニーズをイメージ内で満たしてあげる…というような印象が一般的に多いのかなと思います。
小さい頃の自分を抱きしめてあげるとか、両親や家族に優しく優しくてもらうイメージをする、といったものが真っ先に挙がるんじゃないかと。

それをやって、内面的に気が済んだら、効果大と見て良いでしょう。
気が済んで、例えばこれまで気にしていたことが気にならなくなったり、次のステップへスムーズに進めるのなら、それが必要だったのだと思います。
それがインナーチャイルドでも過去世退行でも、要するに『内面的に自分の気が済んだらOK』なのです。


しかし、イメージ内で何度優しくして貰ってもそこに拘り続けるようだとしたら、「うーん、じゃあ違うのかも知れないなー」というお話になります。
例えばイメージで行ったようには、現実で親から優しくして貰えないことにショックを受けたり。
周りの人全てから、ニーズを満たして貰うことを期待してしまったり。でも、そうはならずに怒ったり、ガッカリしたり…。
これはどういうことでしょう。

実は、インナーチャイルドはあまり関係無かったのかも知れない。単純に要求過多なだけ、という場合も有り得るのです。
何度、同じように良いイメージワークで自分を癒しても、現実面に対するスタンスに反映されないのだとすると、このような可能性が考えられます。
あとは単純に「そこじゃない」ということも可能性としてはあり得ます。


それと、両親も人間であり、万能者・全能者ではないということを失念しているケースも多いです。
「父親は、母親はこうあるべき」という理想像への執着が強く、それとのギャップが許せない、とか。
しかし彼らは自分と同じようにまだまだ成長過程にある人間で、私達からは見えない所を歩んで来ており、何らかの理由でそのような言動を取っているに過ぎない訳です。

長所100%の人なんて存在しませんし、あり得ません。彼らは決して神様ではないのです。
両親も他人も、自分に常時優しくしてくれる為だけに、自分のニーズを満たす為だけに存在している訳ではない。
自分に優しくしてくれた方が嬉しいけど、そうでなくてもそれはそれ。そういう人なんだな、本当に。
…と、事実をありのままに理解できるようになれば、インナーチャイルドが納得するかも知れません。


『(あのまんまだけど)親』に関わり続けることをしたいのか、『(親ではないかも知れないけど)優しくして貰う』ことが良いのか。
この二つのどちらかを選択するなら、インナーチャイルドはどちらを取るでしょう?



期待通りの言動を周りに取って貰うことを要求する気持ちは、誰にでもあります。
しかしそれ以前に、「……この人ってそういう人だろうか」という疑問を差し挟んでみて、「うーむ」と唸ってしまうようであれば、それはちょっと違うのかも知れないです。

潜在意識への理解が深まって行く中で、他人様の言動さえ自分の潜在意識が関与しているということが分かって行くと、「あれっ!?」という現象体験をすることがあります。
要するに、「相手が急に変わったんです」「突然こんなことが…」という、よく本に載っているあれです。


有り得ます。
有り得ます。
あるんです。
が。

そこには潜在的な設定が絡んでいるのです。
自分の潜在意識の設定を動かせるようであれば、外の世界に変化が起こります。
しかし、自分内初期設定で「別に変える必要は無い」のだとすると、幾ら取り組んでも変わりません。
"変化させる必要がある相手なのかどうか"というのも、自分が設定しているんですねー。



癒されるというのは理解するということです。
ただ徒に甘くして"貰う"とか、優しくして"貰う"のではありません。
理解するとは何かと言うと、事実を事実として受け止めるということ。

「私が何故こんな目に!?」とか、「傷ついた」と言って泣き続ける状態というのは、理解に至っているとは言えませんね。
出来事の全貌を見渡し、それがどのようなパーツから成り立っているかを知って、何が原因で発生し、何処へ帰結しているのかを知り、未完了だった理解を推し進め、留まっていた感情を"不用品"として自分の中から解放すること。


理解が進んだ結果、喜びで満ち溢れた状態になるかはその人の個性次第ですが、共通しているのは、理解がちゃんと完了すると、同じようなことが起きても以前のような反応をしなくなるというものです。
場合によっては、外因的な要素が消滅することもあり得ます。
どちらにせよ、理解に至れば自分にとっては執着し続ける価値の無いものになっている筈です。

「もうどうでもいいです」というのが、私が見て来た中では多い反応でしょうか。
どうでも良いので、それが発生してもしなくても気にならないのです。
となると、自分にとっては無いも同然。消滅させる必要性が抑々無い。気にならない。どうでもいいー♪ ですね。
『完了させる』『気が済む』『価値が無くなる』とはこういうことです。



語弊があるのを承知で書きますが、「こんなに辛い」と長い間言い続けることは、視点を変えると「こんなに価値がある!」と言っていることと同義になります。
その内容がポジティブであれネガティブであれ、しがみ付いているという意味では全く同じで、それは執着なのです。
「だって誰々がこんなことを言うし、やるから…」というのも分かります。
そのように見えるし、受け取れるし、そのように思うのもよくよく分かります(勿論私も経験者です)。

でもそれを言ってしまうと、"まず最初に外側の世界で何かが起きて、自分は常に受動的な立場に居る"という定義が適用されている訳ですから、幸せを選ぶ権利が自分には無いということになります。
辛い環境に居る方は、何らかの弾みで周囲が勝手に変化するまで、ずーっと被害者で居なければならない…ということになってしまいますね。
親御さんがちょっと大変な人で、「親がこんなに酷いんです。私は傷付いたままです」と言い続けるなら、自分の幸不幸は相手が全ての権利を握っている、ということになってしまう。


そんなことは全くありません。無いです。無いですよー。
沢山の人々も、また私自身も通って来た道なので、断言出来ます。
自分が強く望めば、辛い出来事のループから抜け出すことは可能です。
更に望むなら、良い人生を自分の中に招き入れることだって、必ず出来ます。
マイナスだった人生をゼロにして、更にそこからプラスを沢山作ることが出来るのです。

そのルート上に、「親が急に優しくなって」というのが存在しているかどうかは不明です。関係無いかも知れない。
でも、結果「生きてて良かったぁ。今すごく幸せ」という現象を体験出来るなら、そこに親が挟まろうが居なかろうが、どっちでも良い筈なのです。
嘗て傷付いたインナーチャイルドが、良い結果を体験して笑顔になっていれば、それで良いことなんですよね。



『相手が変わってくれれば』というのは、プロセスや手段に執着していて、自分の人生の権利を他人が握っていると宣言することに他なりません。
その姿勢を使っていると、ループ脱出はなかなか難しい。

何事も同じことが言えますが、インナーチャイルドを癒したいのなら、良い"結果"を想定することが大切です。
結果とは、環境や他人に対して何かを要求することではなく、「良かったぁ」「ホッとした」という気持ちを見つめること。
インナーチャイルドと笑顔で「良かったね~」と言い合えることです。
内面的に満足が行くなら、外側の形は二の次で良い訳ですね。



もしもインナーチャイルドが傷付いていて、長く苦しんでおいでなのであれば、一秒でも早く傷から解放してあげる決断をしましょう。
インナーチャイルドを幸せにしてあげられるのは自分だけです。
より良い結果へ、視点を向けられますように。



この度の大雨・台風被害にて被災された皆様にお見舞い申し上げます。
また、災害にてお亡くなりになられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。
一日も早く、普通の生活に戻れますようにと願って止みません。





今回は"傷ついたインナーチャイルド"について。
インナーチャイルドが傷ついた状態で、長く苦しんでいらっしゃる方がどれだけのパーセンテージでおられるか分かりませんが、自分の経験や同業の先生の体験等をお伺いした所から、お役に立つかも知れない部分を書いて参ります。



小さな頃から親御さんやご家族から否定的・批判的な言葉を浴びて育つと、「自分はそのような人間なのだ」と思い込む『刷り込み』が発生しやすくなります。
自分にとっての自己評価・自己価値がそこで決まってしまうのです。
「お前は駄目な人間だ」と言われ、それをそのまま受け取ってしまうと、自分は元々駄目な人間なのだと思い込みます。

その後、セラピーを受けたり自分で傷ついた部分に気が付いて、傷を手放して行くことで、「あ、あれは自分自身ではなかったのだ」「言われていたことと私は全然関係なかった」と、真実に気付くことが出来ます。
でもそれまでは、言われた内容がまるで真実であるかのように勘違いしたまま、人生を生きて行くことになりますから、その間はとても苦しい思いをするかも知れません。


誰に何を言われたところで、実際に(プライドではなく)ハートが傷つくかどうかは、それぞれ個人差があります。
元来強い方は、そのような環境下にあっても、ネガティブな言葉や状況に負けることなく育って行きます。

ただ、生まれつき身体が弱かったり、環境的に振り分け先が無く、全部の被害が自分に向かって来てしまうタイプの方については、やはり否定的に受け取ってしまう傾向が強いと思われます。


心の傷は、体質が千差万別であるのと同じく、本当に個人差があります。
同じような体験をしたからと言えど、じゃあみんながみんな傷ついたインナーチャイルド持ちになるかと言うと、そこは一括りに出来ないのが難しい所です。

ですが、熟練したプロであれば、自己申告の内容が事実かどうかを一目で、或いは数分以内に看破します。
…それを本人が受け入れるかどうかは別ですが、実際そうです。



さて、スピリチュアルの観点からお話をします。
親子関係というのは、今の人生に限定してしまうと、とてもとても大きな影響があるもののように思えますね。
親は親であり、自分は子であり…となると、子の視点から見た親御さんは、大きすぎて手に負えないように感じたりもします。
親の方から傷つけられると、自分が無力なような気がして、ずっとされるがままのような錯覚を覚えてしまうかも知れません。

しかし、という観点から見てみると、また話は違って来ます。
魂は長い長い年月を、転生しながら成長・学習して行きます(という前提で今回は話を進めます)。
成長の為には、色々な場面で様々な環境や立場を体験する必要があります。
お金持ちやお姫様をやることもあるでしょうし、その逆で庶民や苦労する人生もやっている筈です。


現在親子として生まれていても、以前の人生では親子ではなかったのかも知れません。
親戚、血の繋がらない他人、戦争の敵、お隣さん等々。
仮に家族だったとして、兄弟だったとか、また自分が親で親が子供だった可能性も充分にあり得ます。
性別も逆だった可能性がありますし、年齢だって自分の方が上だったかも知れない。

……と考えると、自分が無力で弱い立場であり続ける必要は無くなります。
逆だったこともあるかも知れないのですから。


魂の成長という観点から見ると、他人様に対して攻撃的な態度を取り続けてしまう人や、愛を以て子どもや他人と接することの出来ない人達は、まだとても若い魂であるという風に捉えることもあります。
まだそこまで成長が至っておらず、相手の立場や心情を理解するのは少し難しいという訳です。
だからって他人様にご迷惑をお掛けし続けて良い理由にはなりませんが、「内訳がそうなのかも…」と思うと、何となく納得の行く場合もあるでしょう。

魂の成長度合い(ソウルエイジ)を見ると、魂の年齢的に親の方が上であれば、そこで育つ子どもはラクなのですが、逆(子どものソウルエイジが上)だと大人になるまでの間がキツイかもよ~ということになります。
相手の実年齢が上でも、魂は年下かも知れない訳です。


私が育った家庭では、私(の魂)が一番年寄りだったことが後々判明しました(笑)。
他の家族(の魂)はピチピチで若いんですが、私はもう飛び抜けて老人だったのです。
それを知った時は「なるほど…そうだったのか…うーむ、確かに」と、妙に納得したと言う。

そうそう。
いつかみんな成長して行くのは間違いない話ですので、自分の魂の年齢の方が上だからって、相手より優れている・特別偉いという意味にはなりません。ここはとても重要ですよー。




悪いカルマで結ばれた関係性を、因縁とか悪縁と言います。
悪いカルマって何? って話ですが、ネガティブな気持ち&お付き合いで結ばれている仲とか、そのつもりは無かったかも知れないものの、うっかりやらかした因果のことです。

親子が良いカルマのみで結ばれているおうちというのは、割と少ないように思います。
勿論、両親の内のどちらかとは良いカルマで結ばれていたり、兄弟姉妹や祖父母に良縁で結ばれている相手が居ることは多いのですが、両親どちらとも良いご縁というのは、あんまり見たことがありません。


顕在的にどんな捉え方をしているかについては関係なく、潜在意識の観点から見ると、ポジティブなご縁だけで埋め尽くされているご家族は逆に少ない位です。
悪縁自体が悪いというより、それをどう捉えて行くかの方が重要な部分です。
悪縁で結ばれた親子でも、ご自身が強いことによって、またフォーカスしなくなったことによって「何ともなーい」という人も居ますしね。

ここで何を言いたいのかと言うと、「割とみんなそうだと思います」ということでしょうか。
"自分だけがこんな不条理な目に遭っているのだ"と思うと、それはそれは果てしなく辛く苦しい人生に感じるのですが、「どうやら珍しくないらしい」と思うと、見え方が変わるんじゃないかと。



さてさてそんな訳で、視点を変えて親子関係を客観視してみたりすると、「んー…あれ?」って感じで、これまでの捉え方とはまた違う発見や気付きがあるかも知れません。


更に、
「親はともかくとして、良いカルマで結ばれた人たちと出会いたい!」
「良縁で結ばれた関係性を体験したい!」

と願えば、身内か他人かに関係なく、そのような方々との良いご縁が引き寄せられて来ます。
悪縁をどうにかしようと格闘するより、良縁に目を向けた方が幸せになるには早い。そういうことです。

「良い人間関係の中で幸せに生きたい」と強く願えば、そのように生きられます。
そのプロセスの中で、傷ついたインナーチャイルドが癒されることもあるでしょう。
ひょっとしたら、目を向ける方向性を変えればそれで良いだけで、癒す所までやらなくても大丈夫かも知れません。
ネガティブなことをどうにかしようと藻掻くより、ポジティブなことを引き寄せた方が早い人は沢山居ます。


どのような手段を使おうと、プロセスを辿ろうと、「ああ、良かった」と心から思える結果だけを見ていれば、経過はどうであれそのような現実を創り出します。
ただ、「良かった」「ホッとした」という気持ちを設定すれば、そのように現実を動かします。
そこに自分を傷つけるものと対峙することが関与しているかどうかは結果を出してみなければ分かりませんが、でもやっぱり結果はフォーカスした所へ行きます。
これはもう、物理法則と呼んで差し支えないんじゃないかと思います。


これまでどんなに傷付いて来たとしても、これからは違う人生を歩めます。
過去の古傷より、未来の幸せの方が大切です。


これからは「幸せ~」「良かったあ」と感じられる人生に目を向けられますように。



⇒続きます


台風通過中です!
各地の皆様、どうぞお気を付けてお過ごし下さいませ。

雨が弱まった隙に買い物へ出かけたら、その後すぐに豪雨へチェンジ。
お店から外へ出られなくなったという…(笑)。
台風が過ぎると、荒れ狂っていたのが嘘のように静かな時間が訪れますね。




先日のワークショップで配布した資料に、『過去の体験を未来に活かす』というような内容の部分がありました。
我々は人生を歩む中で、様々な体験をします。
良いことも、嫌なことも、沢山あるでしょう。
ポジティブな体験はまあ良いとして、問題はネガティブな体験をした後です。

とても嫌な思いをした。それは相手(や、周囲や環境や運や神様等)のせいだ。って言ってると、そこでストップしてしまいます。
そうではなく、『そこから何を学び、次の機会へ活かすか』が非常に重要です。


例えばとても辛い恋愛をして沢山泣いたとしても、「こういうのはもうやらない。これからはこういう恋愛をしよう!」という風に活かすことが可能です。
過去、こうだった。だから今後はこうしよう! とより良い決断へ活かすことが出来るんですね。

過去世退行のセラピー等では、過去世のストーリーを辿った後、その人生を離れて一生を回顧します。
ほぼ必ず、「どのような学びがありましたか?」という総括をするのです。
ネガティブな体験をしたとしても、「だからって一生を棒に振る必要は無かった」とか「過去に閉じこもることなく、心を開けば良かった」等々、反省と正しい認識を得て今後に活かすことが出来ます。

ここで「相手が悪かった」「今回は偶々そうなっただけ」というコメントが出て来るとすると、それは学びではなく逃避ということになります。
限られた状況や環境下に於いてでさえ、人はポジティブな部分を見出すことが可能な生き物です。
潜在意識は自分の全てを知っています。
潜在意識の善なる部分に自分の学びを委ねることで、より素晴らしい学びを得ることが可能なのです。




「あんなに嫌な思いをした」という部分で止まり、ネガティブな体験に執着してしまうと、そこで変化が消え去ります。
相手を替え、舞台を替えて、それでも同じストーリーを辿るのです。
割とよくあるのが、ネガティブな(または成功に至らなかった何らかの)体験をした後、「あれはもういいんです」「忘れました」と、無かったことにしてしまうケース

異性に一所懸命アプローチしたのに、こっちを振り向いてくれなかった。悔しい。もう、無かったことにしてしまえ。相手を替えて同じようにすれば、きっと……。
っていうのとか。
自分が上手くやれなかったなんて馬鹿な! と高いプライドが傷ついてしまい、自分の体験を放り出して見ないフリをするものです。
そうすると、過去の体験が回収されず放置されますので、延長戦のループに入ります。


自分が何かを間違った、ということを認められない。
例えば相手選びを間違ったのかも知れない。そもそも合わない人を選んでしまったとか、何らかのネガティブな目的を持って選んでしまったとか、直ぐに気付けば良かったのに執着したとか…真摯に振り返れば色々な穴があるでしょう。
でも「私がそんな間違いを犯す訳がない」ということにしてあると、自分のした選択から目を背け続ける必要があります。

都合よく忘れられる…ように見えて、この行為は自分の人生を否定しているのと同じことです。
自分のしたこと、自分の体験を自ら否定するのですから、自己否定以外の何物でもありません。
このやり方をしょっちゅう使う人は、どうしてか「否定された!」と他人様に向かってよく怒っています。

どんな体験からも学ぶことは出来るし、より良い未来に向けて活かすことが出来るのに、「無かったことにしちゃえ」と顔を背けることによって、貴重な軌道修正と学びの機会を放棄することになってしまうとは…とてもとても勿体ないお話です。
そう、「無かったことにしちゃえ!」というのは、良い未来を創る機会を自ら蹴ってしまう、ということになるんですよー!



「云々だった。だから今後は良い結果の為に…」
という風に、自分のした体験をより素晴らしい未来に繋げられるよう、正直に過去と対峙することも、時には必要です。

過去の体験をちゃんと見つめて消化し、より良い未来に活かすことで、自分の過去を愛することが出来るようになるでしょう。
「あんなに辛かったけど、苦しかったけど、嫌だったけど、でもそこから学んだお蔭で今がある」と仰る方は沢山いらっしゃいますよね。


自分を、人生を愛して行くステップの中には、失敗や苦い経験を丸ごと自分で抱きしめる、というものが含まれているのです。


雨でございます。
各地で大雨等あるようです。どうぞお気を付けてお過ごし下さいませ。


6日は9月度のワークショップでした。ご参加下さった方々に御礼申し上げます。
今回はマーケティング等で使用されているタイプの手法を使い、目標を確実に現実のものとする為のワークを中心に行いました。

自己理解を様々な角度から深め、現実生活を送る中で如何に確実に目的へ近付くかは大切なことです。
例えば『合っている環境や状況』と、『あれがいいと思い込んでいること』は違うかも知れませんが、自己を見直さない限りはそれに気付くことは難しいものです。


その時点でクリアに出来ることはクリアにして、目的と自分の位置関係等をリアリティある視点で見て行く。
自分の長所や弱点、今すぐ変えて行ける所等を改めて見直して頂くことで、「ああなるといいなー」というぼんやりした目標を、「…これですね」と形に見えるものに変換して行くお時間でした。

分かっているつもりでも、やはりちゃんと目の当たりにすると「これは無駄だから、すぐやめた方がいいな」とか「この部分は増やした方が…」「私のこういう部分はあんまり有利には働かないぞ」等、ご自分で確認して頂けることになります。
はっきり目に見える形になると、「そうか、これをこうしよう」と具体的に理解が進むので、時にはイメージ、時には言語、そして時にはこういった確実性を使いながら、目標をクリアして行けるといいですねー。

例によってワークショップ直後、すぐに変化の兆しがあった方もいらっしゃいます…良かったですね(笑)。


今後のワークショップスケジュールは後日告知致します♪




さてさて、タイトルに書きました『イヤイヤ症候群』です。
それは何ぞや? というお話ですが、私が作った造語です(笑)。


例えば何かを始める前や、何かの集まりの場に現れた時、

「来るのが凄く嫌だったんですけどー」
「やるのが嫌で堪らなくてー」

等、接頭語のように必ず付けて喋る方が陥っている症候群のことです。
他人様に向かって言わなくても良さそうなことであるにも関わらず、どうしてか態々言う。相手に対していちいち口に出す。


何の為にこのような悪態をつくのでしょうか。
果たして本当に根拠があって"嫌"なんでしょうか。
ていうか、何が嫌なのかな?



って、別に何か根拠とかは無いのですよ。
「こんなに嫌な気持ちにさせられた」という被害者のスタンスをアピールしたいのです。
「だから、自分に優位性があるぞ」と念押しするんですね。その為です。

「嫌々来てやってる(してやってる)んだから、私の為に色々やりなさいよ」
「こんなに被害を被ってるんだから、賠償し続けなさいよ」
という狙いが隠れている訳です。目的はこっちです。

大概は、何がある訳でもないです。
実害も無いし、根拠も無い。
無いけど、自分が主導権を奪取する為、まず最初に文句から入る。利益の為に。



これを当たり前に使っている人の中の何割かは、実しやかに言います。「何々がこうだから嫌だ」と。
だけど、目的に照らし合わせるとそれはおかしなリアクションだったりするんです。
「幸せな結婚をしたいです」と言ってご相談に見えた筈なのに、いざことが動きそうになると「嫌だ」と言い出す。

何故か。
結婚が嫌というより、嫌だと言って吹っかけたいから。
周囲を思い通りに動かしたいから。
「何で嫌なの?」「どうだったら良いの?」とお尋ねしても、「何って…(ゴニョゴニョ)…とにかく嫌なんです!!」「だって、嫌なんだもん!!」ってキレちゃったりする。どうだったらOKかについては言及しない。

先に嫌だと言って拒絶し、不機嫌そうな顔を作って拒否をすれば、周りがご機嫌取りをしてくれる…という学習を、恐らくどこかで体験して来たのだと思われます。
親御さんがそのやり方を身に着けていて、それをコピーしているケースも多く見られます。



という訳で、本人もいざ我に返って「私、何が嫌なんだろう」と考えても、行きつく先は無く、先を辿れどするりと煙のように消えてしまいます。
何故なら、中身や題材が何であっても同じで「嫌だ」と言うことに最初から決めてあるからで、根拠が無いからです。

でもその言葉を口にしてしまうことによって、他ならぬ自分自身が「そうか、私はこれが嫌なんだ」と勘違いをしてしまいます。
その結果、「ってことは、"幸せになるのが怖い"というブロックがあるんじゃないか」という方向へと思考が逸れてしまったりする場合もあり得ます。
そこから"無いものと取っ組み合う"というループに入ると、「あれ!? ブロックとかじゃ無い!?」と気付くまで長く掛かっちゃうかも知れないので、それ(ブロック説)は最後の砦として別枠に除けておきましょう。



イヤイヤ症候群が日常的な癖になっていると、いつまでも肝心の『幸せになる』という目的を達することがかなり難しくなります。
目の前の誰かを操ろうとするのが目的になってしまうからですし、『イヤイヤ感』は人工的ネガティブ感ですから、繰り返している間は幸福感なんて欠片も感じられないのは当然です(そりゃそうです)。

幸せに対して勿体を付けてしまうと、実際は得するより損することの方が多いと思われます。
だって時は過ぎて行くし、年齢は重なって行くし、いつか寿命は来るし、そこまで幸せを楽しめる時間が相対的に減るってことですよね?
スムーズに生きていれば当たり前に幸せになれるのに、勿体なさすぎる…!
と思うんですが、どうでしょうか(笑)。



「嫌だなー」といちいち思う時、言う時。
そこに根拠があるのか無いのか。
そして目的は何か。

そういったことに目を向け、「あ、まずい」と気付いてすぐに手放せると、沢山ある幸せを受け取れる量が増えます。
素直に喜びを以て、幸せを受け取れますように。



気温控えめな毎日で、秋を感じます。
季節の変わり目は体調が少々敏感になりやすい時期です。
心も身体も大切にしてお過ごし下さい。






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こういった画像は古くは携帯、現在スマートフォンのカメラで撮影しているのですが、良い塩梅に慣れるまで四苦八苦しますねー(笑)。
スマホの画面上で調整出来ても、いざPCに送ると「あらっ!?」と驚いたりします。モニターごとに見え方も違いますし。
自分ですらそうですから、現物を見て「あれ? こういうのだった?」と他人様は思われるに違いない。と、分かってはいます。

光源、角度、その他諸々がミックスされて、なんか違うモノな感じに変貌していたり(笑)。
綺麗に映らないと意味ないし、かと言って別物に見えたら更に意味が無く…毎回の悩みどころではあります。
結果、ポジティブ寄りなイメージで受け取って頂けたら嬉しく思います。



明日は9月度のワークショップです。
お越しになられる方々は、どうぞお気を付けて。
お会い出来ますことを楽しみにしております。



プロフィール

Sachi

blog owner:Sachi
潜在意識を活用した、ちょびっとスピリチュアルな総合セラピー、癒しのワークショップ・タロットカードセッションをしているSachiです。
穏やかに楽しく成長出来るよう、入手した情報や、日々の気づき&
発見などをシェアして気ままに更新。
イベント情報も随時掲載中です♪

旧blogタイトルは『気づきのステップ』。

■カウンセリング&ヒーリング&セラピーを総合した個人セッション、月に一度のワークショップ、またタロット&オラクルカードセッションをご希望の方はサイトをご覧下さい♪


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