resonance

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Date : 2014年11月

◆ Infomation

【works】
★ヒーリングセラピー個人セッション
 都内で対面式の個人セッションを行っています。
 幸せと癒し、学びと気付きを得たい方へ、様々に対応させて頂きます。
 潜在意識を日常へと活用することで、より良い人生へ変えることが可能です。
 随時お受けしておりますので、サイトをご覧下さいませ。

★癒しのワークショップ
 毎月一度、都内で女性向けの体験型ワークショップを開催中です。
 沢山の変化・癒し・浄化・成長・気づきを促すテクニックが山盛りです。
 2017年11月5日・12月17日(全て日曜)
 の開催が現在確定しております。11月は11時~15時、12月は11時~19時です。
 ※11月と12月では開催時間、料金が異なります。
 ※以降の開催は決定次第upして参ります。
 ※それぞれ内容の詳細はサイトをご参照下さい。

あっという間に12月目前です。

そろそろ今年の総括をする時期だなーと考えながら、それでも毎日やって来る日常の中で生活するのが普通な感じもします。
巷では、ジングルベルのクリスマスミュージックが流れるようになりました。
いやーもう本当に毎日が速いこと。




さてさて、今日はちょっと現実的且つシビアなお話を。
先に書いておきます。今日は長いですよ!(笑)


沢山のお客様のお話を伺ったり、自分自身を見つめたりしていて思うことは沢山あります。
中でも、自分の人格形成や人生のルートを形作るものの存在について、その影響力の大きさを考えさせられます。
それは何か。



『親』




です。





潜在意識の奥深くにまで両親のどちらか、またはどちらものパターンを吸収している、というのは当たり前のことです。
多くはインナーチャイルド期と言って、生誕後~幼児期位までに人格形成されることが多いでしょう。
しかし色々探って来た中では、胎児期に端を発するパターンも多くあります。
どちらにせよ、両親の思考や潜在意識、遺伝情報が『自分』というものの骨子を形成していると言っても良いと思います。

色々な統計があるようですが、これまで見て来た情報から言っても、やっぱりそうなんだなーと思います。
例え親が大好きでも大嫌いでも、自分の人生の土台を形成しているのは親なのです。
で、親はまたその親から、そのまた親は更にその前から…と、どんどん遡るので、我々は数え切れない程の親達から、数え切れない程の膨大なデータを引き継いでいます。



さて、スピリチュアルな書籍の多くは


『感謝』


の重要性を説いています。


「感謝することによって、自分も相手も救われる」
「人間の本質は愛と感謝なので、そこがゴールである」


という感じでしょうか。


自分自身を含めての話になりますが、過去多くの方々を見て来たところ。
その前の段階をすっ飛ばしてしまう為に、どうしても感謝へ辿り着かない…という事例が物凄く多くありました。
物凄く重要な箇所を見落としてしまう為、堂々巡りをする訳です。そして苦しい思いをする。
それは何かと言うと、


『抑も自分は親のことが単純に好きか、嫌いか』


という部分です。

日本で広まっているスピリチュアルな考え方では、『ネガティブな感情や識別をすることは良くない』という風潮があります。
なので、私がその辺りについて現在考えていること、思っていることを書いておこうと思います。





えー、個人的には


別に親が好きでも嫌いでもいいんではないか。


と思います。



先ず、自分の中でどういった認識があるかを踏まえないと、先へ進むことは出来ません。
例えば実際は嫌いなのに、好きにならなきゃいけない、という考えを自分に押しつけると、苦痛を感じる筈です。
その逆もまた然り。好きなのに、無理矢理嫌いにはなれません。
そりゃそうです。先に思っていることを否定する訳ですから。それはもう苦しいでしょう。

もしも嫌いなら。
嫌いでも"良い"というか、もうそう思ってしまっている訳ですから、一旦認める。
自分の中にその思考が横たわっていることを認識する。何故って、あるものはある。

「あー、私は嫌いなんだ…なるほど」
と認めてしまうことで、びっくりする程簡単に腑に落ちる場合があります。
嫌いであることを否定し続ける作業の方が、余程大変なのです。



「でも、スピ系の本には『愛しなさい、感謝しなさい』というようなことが書いてあるから…」
と仰る方も多くいらっしゃいます。だから、そうならなければいけない、と。

でも、あれですよ。あなたは嫌いなんでしょう? じゃあ、そこ認めても良いじゃないですか。
他の誰かが分かってくれないとしても、せめて自分位は自分の思っていることを直視して行きましょうよと。
罪悪感を抱くのは一旦脇に置いて、実際何を感じているか考えているか、拾ってみましょう。


世界的な風潮でしょうが、『親(や家族)は大事に思わなければいけない』という観念があり、それで苦しむ人も沢山います。
しかし、そこに個人のメンタリティや環境、背景は考慮されていません。
肉親を大切にすることはとても素晴らしいことです。
だけど、それにはそれ相応の理由が必要です。他人が相手でも、肉親が相手でも。

好きなら好きなりに、嫌いなら嫌いなりに、「だって……」と、理由がちゃんとある筈です。
だから、理由まで分かるといいですよね。
人間、無根拠に好き嫌いを作ったりはしません。「生理的に」というのも、ちゃんと探れば理由が出て来ます。
小さな理由でも、自分の中では立派な根拠として使えます。
先ずはそこを直視してみたりする、と。


近年、『毒になる親』という言葉があります。
非常に残念なことではありますが、全ての人が愛情たっぷりに育てて貰える訳ではありません。
酷い虐待を受けている子供も、沢山居ます。
でも子供は親が大好きで、どんな目に遭わされても親の元へ帰って行こうとします。
だけど、身の危険を感じても好きでそこへ戻ってしまうとすると、自分の幸せには繋がらない場合があります。

また親が過保護に構い過ぎて、一人では何も出来ない、社会性が身に付かない状態にしてしまうというケースもかなり増えています。
兎角、他罰的に振る舞う自己愛型パーソナリティや新型うつ傾向のメンタリティの多くは、こういった親子関係が発端である場合が多数に上るようです。

総合して、親子関係の好ましくない体験が、後の人生を左右する…という事例はかなり多いことでしょう。


親子内ではOKなことでも、社会的規範や社会通念に照らし合わせると真逆のNGな場合、どちらを取るのが自分にとって良い結果をもたらすでしょうか。

「その後、自分がどのように生活したいか」をはっきりさせた上でなら、どちらを取るか自ずと分かる筈です。
時によっては、親の言動やルールが社会的に好ましくないと判断したり、これまで教わって来たことを破棄しなくてはならないこともあって当たり前です。

親にとって子供が可愛いのは普通だと思いますし素晴らしいことですが、結果的に過干渉になって、自主性や社会性を奪うケースも非常に多いと思われます。
何でもやってあげる、与えてあげることが、本当に良い結果を出しますか?
子供の人生を豊かにしますか?

「可愛いと思うなら、愛しているなら、全て思い通りにしてくれる筈だ。何でもやってくれる筈だ」
というお話を度々耳にします。

えー? そーかなあ(笑)。
と思う訳です。私は。



どのように育てられても、潜在的に親に対して「嫌い!」と怒り・悲しみを抱えていることは珍しくありません。
抑圧しきっていて、自分では全く気付いていないということも、充分有り得ます。

表面的には「大好き」と思い込むことで、自分の思考や感情を隠蔽していることも。
やたら連絡するとかベッタリしたがるタイプ(所謂ピーナッツ親子、一卵性親子)は、愛を感じるからとか好きだからそうするのではなく、「愛されていない」と潜在的に認識していて、そこに発生している怒りや怖れや悲しみを使って反復的な行動をしてしまう場合がかなり多いと思います。


また、『大好き』と『大嫌い』、どちらも意識の中にあって不思議ではないでしょう。
一見矛盾しているようですが、有り得る話です。

どのような体験をしても、受け取り方には個人差がありますから、何とも言い切れないのですが…。
何を抱えていても、自分がどのように感じたいか、その後どのように生きて行きたいかでその後の選択は変わって行きます。



親子関係で形成されたパターンは、基本的に他人様との間でリピートします。
先ず自分がどんなパターンを持っているか、過去の事実関係を整理すると、「えっ」と驚く結果が出て来るかも知れませんよ。
「自分、実はこう思ってたんだ…」と。私もそういうことが沢山あります。
出て来てビックリです。「うわ、全然意識してなかった…」っていうことがゾロゾロ。

嫌いなら嫌いで、そう考えていることを受け容れるなら、その先が見えて来る場合もあるでしょう。
選択肢が広がる状態がどれか、考え直してみると良いかも知れません。
自分が何を思い、考えているかを受け容れて、その上で次の選択をする。
自分を大切にするというプロセスの中で、一見ネガティブに思える思考や感情も、じっくり受け容れて行くことが必要な場合があります。




ところで「嫌い」が単なる言いがかり…というケースもよくあります。
他人様によってパターンは色々あるので、何もかも一概に言えない、というのが実情ではあります。

親も人間です。脆くて弱い所が沢山あります。
他人様と同じく、あなたと同じく、色々な特徴を持ち、異なる個性を持っている一人の人です。
ネガティブな部分も沢山あるでしょう。

だから全てを赦し、手放しで愛してやれ、と言っているのではありません。
一言で言うと「その人はそういう人」だと思えばラクだよ。と言いたい(笑)。

そうか、あの人ってそういう人だったんだな。
と納得することで、手放せるケースも沢山沢山あります。





「好き」と思うことで納得するのか。
「嫌い」と思うことで納得するのか。
そのどちらもあるのか。


どれもが正解であり、答えは一つではありません。
人によって、またその時の理解度によって、解答は変わって行きます。

いずれ、赦すという所へ辿り着くかも知れません。感謝の念を自然に抱くことがあるかも知れません。
でも、今それが出来ないなら、今やらなくても良いことだと思ってみては。


それよりも、実際どう思っているのかを直視する。
人生の生き易さはここを理解するかどうかが非常に重要なポイントです。
自分がネガティブな気持ちを抱いていること自体を攻撃するのではなく、否定するのではなく、「そうなんだね」と理解を示す。
自分自身に理解を示すことで、また次のルートが浮かび上がって来る。

好き嫌いって、何かを基準に判定している訳ですよ。
じゃあその基準って何だろう、とか。
そうすると、『自分自身はこういうのが好き』という具体的な内容が分かりますよね。
だから、そういう人と仲良くすれば良いって話になります。あくまで一例ですが。



考え方や捉え方を変えることは可能です。
でも、それ以前に自分が何を感じているか、思っているか理解してあげるのは、とても大切なことなのだと思います。







先日、藤沢までえっちらおっちら遠征して参りました。
物凄く久しぶりに降り立った藤沢駅です(何故なら普段は全く用事が無いから)。



どうして遠征したかと言うと。





こちら。

柴犬まる』ちゃん(♂)と、撮影会がある!



というのをインスタグラムで知ったからです。


まるちゃんの概要は、諸々上手い具合に纏まっている、流石のNAVERまとめにてドウゾー。
私は毎日インスタを見ているんですが、それはもう楽しく嬉しく幸せに拝見しております。あまりの可愛さに悶絶です。




既にフォロワー120万人突破とか?
私の様に、"インスタのアカウントは持っていないけど、とりあえず毎日見ている"という水面下のフォロワーも含めると、推定ファンは莫大な人数に上ると思われます。
世界中に熱烈なファンが居るまるちゃんです。



まるちゃんに関しては、公式HPあり、カレンダーあり、そして写真集も出ています。
フォトブックのPVはこちら。




フォトブック買いました。ぐふふ。
無茶苦茶可愛い! 素晴らしい!





柴犬まる柴犬まる
(2014/06/13)
小野慎二郎

商品詳細を見る



撮影されているパパさんは、写真家でいらっしゃるという噂。素晴らしい腕前です。
プロに言うのは本当に失礼なんですが、凄く良いんですよ。

webの向こう側を色々な気持ち(主にカワイイとかパパさんママさんありがとうとかまるちゃんありがとう的な感じ)で眺める毎日でしたが、とりあえず行かれる距離でイベント開催と聞いて「なんですと!?」
シャッキリ背筋も伸びました。


一人、藤沢へレッツゴー。



駅の北口にて、立て看板発見。


まるちゃん






時間が来るまでじりじりと待つワタシ。
そして時は来たれり…! わー! 急げ急げ! すったかたー。


って、既に長蛇の列でした(笑)。





お立ち台が用意されていて、まるちゃんはその上に居ました。
一人ずつと記念撮影。完全に大スターです。スゴイ!





遠くても分かる、魅惑のぷりけつ。



まるちゃん





ん…?



あれ?





大きくないか?







見れば見る程、彼のサイズが柴としては規格外っぽいのが分かりました。
本当に大きい! 標準的な柴のサイズより一回り以上大きく、「秋田犬や北海道犬とよく間違われる」と言うのが納得。
柴というより、小さめの秋田犬って感じでした。冬毛でむっくむくだし(笑)。




まるちゃんはとってもとってもお利口さんで、長時間人見知りすることもなく、嫌がらずに撮影に応じてくれていまして、それだけでも感心しきりです。
また、パパさんはまるちゃんのリードを持って、ママさんとお手伝いの方が撮影して下さっていましたが、終始にこやかで素敵な方々でした。
本当に頭が下がります。

「まるちゃん疲れないかな、嫌がらないかな」と色々気にしながら、待機列が進むのをドキドキしつつ見守る私。
ワンちゃん連れのお客さんもちらほらいらっしゃいました。
テレビ番組の取材もありましたよー。




まるちゃん





順番が来て、まるちゃん激写。わー、わー。本当にまんまるだね~。
吠えもせず、噛むこともなく、大きな身体に優しい顔。
割と神経の繊細な子が多いイメージのある柴犬にしては、驚きののんびり具合でしょうか。

パパさんとママさんに本当に可愛がられて、世界中の人達に愛されて、愛のオーラが放射されているように感じました(私だけ?)。
「なんか出てる…この子は何か出している…! 人を惹き付ける何かを出している!」
と、モヤモヤ考えながら、列が動くので焦りつつ撮影。




一眼レフ持って来ている人が結構居て、気合いスゴイなあと。
気持ちは分かります。持っていたら私も使いたかった(笑)。

webで見ているワンちゃんが生で目の前に! と思うと、どうしたものか(どうもしなくていいんですが)。
誇張表現ではなく、本当に夢のようでした(笑)。







一緒に撮って貰いましたよー。ワーイワーイ!<大喜び




まるちゃん









実は前日まで、プレゼントお渡ししようと思っていたんですが、慌てて家を出た為に忘れてしまい…。
また会える機会があって、ご迷惑でなければお渡ししたく思う所存です まるちゃん、パパさん、ママさん、皆さん、本当にありがとうございました。
本当に嬉しかったです。元気で長生きしてね。と頭を撫でてお別れです。





そして一人、また地元へと帰還したのでした。
万々歳な一日でした。長時間の電車で腰は痛かったけど(笑)。









余談。
最近のうちの犬(無事16歳を迎えました)。


トナカイに変身。




トナカイ犬



昼は暖かく、夜は寒い。

11月って毎年こんなんでしたかね(笑)。

恐らく毎年忘却しているんではなかろうかと。




本日はワークショップの日でございました。
ご参加下さった皆様、ありがとうございました!



現在確定しているワークショップスケジュールはこちらです。


★2014年12月
12月21日 11:00~19:00


★2015年1月
1月11日 11:00~15:00


★2015年2月
2月8日 11:00~15:00




全て日曜日です。

是非遊びにいらして下さいね~。
詳細はサイトをご参照下さいませ♪


★★★



他人からの評価=私の真価


という考え方を採用することで、苦しみや矛盾を生み出す場合があります。
それを真実だと思い込むことで、自分の価値を自分で決められない。
引いては、周囲の人も私をこう思っているに違いなく、だから周りをカスタマイズしなくては。 

潜在的にこういったパターンを持ち、繰り返している人は沢山居ます。
自己の価値を他者に依存すると、他人軸で生きることになる為、状況がどんなに恵まれていたとしても、何かどこかにズレを感じて、納得行かなかったりもします。
「これは私なのだろうか」と疑問を感じることもあるでしょう。



周囲からの評価と自己評価に差異があるなら、よーく見直してみて、過去を参照して答え合わせをして…という作業を挟む。
その結果、これまでと違う答えに行き着く可能性もあると思います。

幸せに向けて、自己理解が進むといいですね。
何を根拠に自己評価するかは自分で見直せますから。
簡単です!(笑)

納得ポイントは何で、それは何か。
ちゃんと自分の中にあります。
無い前提だと見つからない。



見つかりますように。
必ずありますから。
変更も可能ですよ!





おはようごさいます。
今朝のご機嫌は如何でしょうか?



本日は11月度のワークショップです!
ご参加の皆様、お気を付けてお越し下さいね。



更に掲載漏れのアクセサリーをば。





accessory








それでは、素晴らしい一日を♪


いいお天気!

昼間は太陽が出ると暑さを感じる程ですが、夜は一転して寒い…。


寒暖の差にご注意ですね。




さて。
昨日上げ忘れた分です。



こちらは1センチちょっとのミニサイズ。
グレージュとヴァイオレットです!



accessory



良い週末を♪





寒くなって参りました。
夜寒い! いきなりな感じですが、暦の上では既に立冬を過ぎましたので、そうでもないのかな?



暫くご無沙汰だったアクセサリーを載せておきます。






























キラキラ、もふもふ。



沢山作りました!
まだまだある(笑)。




そうそう、画像の背景に写っているのは、最近プレゼントに頂きました小物入れです。
「撮影用にも」と言われていたので、早速活用させて頂きました♪


11月に入り気温が下がって参りました。
暑がりの私ですが、寒さを感じる日が続いております。
どうぞ暖かくしてお過ごし下さいませ。




さてさて。
長々と潜在意識やスピリチュアリズムに関わって来た中、基本的に『全ての人がなりたいものになって行く』のだ…という理解に至っている昨今です。
これを言うとウソだー! と否定されることが多いのもよーく知っています。昔の自分がそうだったので(笑)。

こんなに嫌なことが沢山あるのに、そんな馬鹿な。と仰る方も多いでしょう。
分かる。すごーーーく分かります。
嫌なことがあって、あれが嫌で、これが嫌で……っていうことが多いというお話は、非常によく耳にします。



「あいつが悪い」
「あれのせいで自分はこんな目に」

と文句や不平不満を抱くことについては、思想の自由なので私は全く構わないと思います。
でも、「だから、それが何なの?」と訊かれて答えられる人は居ないとも思います。


不平不満や文句、悪口には、その先が無いのです。
閉じた輪の中でぐるぐる回り続ける永久ループです。


この輪っかの中で廻り続けている時、何故か我々は────本当に不思議な思考システムを使って────『自分以外が変われば幸せになれる』と思い込んで盲信します。
対象者や周囲を変えようとする手段として、文句や悪口を言う…という選択をします。
その瞬間だけは「ほらやっぱり自分は正しいじゃないか」「相手が変わるべきだ」と思える。


…ような気がする。




"気がするだけ"です。
これがミソ。


何故かと言うと、次の瞬間にはまた悪口祭りが始まるからです。
言わずに居られない程、納得出来ていないということです。
納得していたら、そこでループが止まります。



癒しとは何かと言うと、色々な表現で言い換えることが可能です。

・過去を手放すこと
・どうでもよくなること
・理解すること
・納得すること


等々。
『砂糖漬けのように甘やかして貰い、何でも言うことを聞いて貰うこと』とは、かなり違います。
これも一つのプロセスとして出現する可能性はありますが。まあ。そんなには期待しない方が(笑)。

因みに『奇跡のコース』では、『癒しとは過去からの解放である』と定義付けています。
全くだと思います。
私達は過去に学習・体験したものを使って生きているので、それが不要であることを自覚しまくって行くことで、無駄に縛られ続けることもなくなるし、不要な思考や感情や信念体系、更にカルマからも解放されます。


文句を言い続けている、というのは何かと言うと、「過去にフォーカスしてコミットし続けている」ことです。
あれが嫌だった。嫌だった。嫌だった。嫌だ、嫌だー!
という風に、過去と現在が完全にごっちゃになっているのが、『問題』の正体だったりします。
相手を変え、舞台を変えて、その『問題』は何度も繰り返し上演されます。
される…というより、するんです。自分が潜在的にそこへフォーカスしている間は。

自分がフォーカスしていることを否定してしまうと、解決の緒(いとぐち)が消え去ります。
つまり、「これは私の問題ではなく、他者が云々だから被害を被っているのだ」という考え方です。
文句を言っている間は、「自分のことではない」と宣言していることになります。
自分のことでないのなら、解決のしようが無く。勿論、癒しも無い。無い無い尽くし~無い尽くし~(笑)。


だから、この状態で素晴らしい先生のセラピーを受けたり、珠玉の智慧が詰まった本を読んだり、ワークを実践したとしても、ポジティブな結果というのは絶対に出ない訳です。
だって文句を言うのが────自分のことではない、と言うのが目的なんですから。
他人のことなら自分が解決する必要がありませんもの。

自分の身に起きている。
自分の中に問題がある。
そのようにスタンスを取るからこそ、解決や癒しへとルートが出来て行く。


そういう風にお話しすると、

「じゃあ私が悪いってこと!? こんなに辛いのに!! 私は一方的な被害者なのに!!」

と物凄い剣幕で怒る方が居られますが、では他人をどうやって変えるんですか? とお伺いしたいです。
いくら自分の正当性や被害者の立場を主張した所で、それが通って周囲が全面的に都合良く変化したことは無い筈なんです(だからプロの手を借りているとも言えますよね)。
過去を振り返ってみれば、一目瞭然です。


色々な本に『手放したら変化した』『周囲が勝手に望んだ通りになった』というような体験談が沢山あります。
非常に端的に理由を説明すると、"自分の中でそっちが本当であると認識し直したから"です。

しかし怒っている時というのは、怒り等のネガティブな何かへとフォーカスして「これが真実です」と確認し続けているようなものです。
変化を求める場合はそこから一旦手を引いて…という作業をしたり、とにかく色々な手段を使って解消して行く。
手段は実は何でも良く、何をやっても、って言うか何もやらなくても、認識が変化すればおしまいです。
それこそ、根拠ゼロでもOK。自分の中でそれが確信に至るならば、何でもアリです。
「私は被害者だー!」って思い込むことが出来るんだから、違うバージョンもアリなんじゃないかと思います。いや、冗談ではなくて本当に。



ところで被害者というスタンスを維持したまま、幸せになることはかなり難しいと思います。
色々な方を見て来て確信していますが、この二つは両立しないのです。
元々幸せなルートを潜在的に持っていても、無駄に怒り続けてしまうことで自分自身がその達成を阻んでいる…という人は結構多いんじゃないかと思います。
だって怒っている時って、良いイメージなぞ出来ないでしょう。

人間は見ている方向へ向かう生き物です。間違いなく。
だから『なりたいイメージをしましょう』とか『願いを書きましょう』とか『目標を作りましょう』…なんていう手段が沢山あるんですよね。

怒っていても私は良いイメージが出来る! と言う方は、現実に繋がるイメージではなく、妄想がお上手なんだと思います。
妄想はそれなりに役割があります。
一時的に精神的な休息として機能するでしょうから、勿論アリなんです。
が、あまりにそちらへ埋没してしまい、現実と妄想を取り違えてしまうと、現実的な結果が出ない為に余計怒るというループに入ってしまいます。ご注意を。

妄想もポジティブなイメージも何故か出来ないという時は、潜在的に過去にしがみついていて、そこに割くエネルギーの割合が大きすぎるからという理由があったりもします。
なので、地道にそこから手を放して行くというプロセスを取ると、結果スムーズになりやすいんじゃないかなーと思います。



被害者のスタンスを使った人生をずっと続けるということについては、私の口からは何とも申し上げられません。
それをやりたい、止める気も変える気も無いという方も、それはそれで宜しいと思っているのです。
延長するには何らかの根拠や理由があり、人それぞれの背景やプロセスなどがあって、現在の結果があります。
如何にそれが痛くて辛くて苦しいものなのだとしても、それはその人自身のものです。

おかしな言い方に聞こえるかも知れませんが、ネガティブな過去の全てが宝物のように思えていたりする。
それこそが自分自身なのだ、自分という生き物のアイデンティティなのだと思っている人は本当に沢山居ます。
実際、セラピーの現場で「これを手放したら一気に幸せになる」という箇所へ差し掛かると、引き返して行く人が非常に多いことを見ても、それは明らかだと思います。


だから変えるべきだ、とは言えませんし、言いません。
どのような考え方やどのような選択をするかについて、我々は等しく自由を与えられています。
今この瞬間も、毎秒毎秒私達は自由を与えられているのです。


今日も豊かな一日でありますように。


プロフィール

Sachi

blog owner:Sachi
潜在意識を活用した、ちょびっとスピリチュアルな総合セラピー、癒しのワークショップ・タロットカードセッションをしているSachiです。
穏やかに楽しく成長出来るよう、入手した情報や、日々の気づき&
発見などをシェアして気ままに更新。
イベント情報も随時掲載中です♪

※記事の内容、情報については一個人の捉え方、考え方に纏わるものが大半です。
絶対的な事実という訳ではありません。
また、私の理解や気付きの段階に応じ、記事の内容にも随時変化がありますことを何卒ご理解下さい。
過去の記事をご覧になってセッションやワークショップにご興味を持たれた方は、最新記事近辺を幾つかご確認下さいませ。


旧blogタイトルは『気づきのステップ』。


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