resonance

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Date : 2014年10月

◆ Infomation

【works】
★ヒーリングセラピー個人セッション
 都内で対面式の個人セッションを行っています。
 幸せと癒し、学びと気付きを得たい方へ、様々に対応させて頂きます。
 潜在意識を日常へと活用することで、より良い人生へ変えることが可能です。
 随時お受けしておりますので、サイトをご覧下さいませ。

★癒しのワークショップ
 毎月一度、都内で女性向けの体験型ワークショップを開催中です。
 沢山の変化・癒し・浄化・成長・気づきを促すテクニックが山盛りです。
 2017年11月5日・12月17日(全て日曜)
 の開催が現在確定しております。11月は11時~15時、12月は11時~19時です。
 ※11月と12月では開催時間、料金が異なります。
 ※以降の開催は決定次第upして参ります。
 ※それぞれ内容の詳細はサイトをご参照下さい。

あっっっっという間に10月末日です。明日から11月です。しょえー。

そうだ、巷では「trick or treat?」的なイベントがあったっぽいような?
ここ数年、秋口のイベントが少ない日本でも、ハロウィンをやろうというような風潮ですね。
あちこちで仮装をしてお出かけの方がいらっしゃったのではないかと思います。




偶に記事にしていますが、うちの飼い犬様がもうすぐ16歳をお迎えになります。
ご長寿です。凄いことです。ありがたや。
今後とも是非、健康で長生きをして頂きたい所存であります。



そんな中、ちょっと思い立ちまして、彼女のホロスコープで出生図なんぞを出してみたのでした。





おっ。



おお?




おおおお!?






みたいな。






それじゃ分かりませんよねー(笑)。




彼女は迷子からうちに来たので、正確な誕生日が不明です。
が、恐らくこの日じゃなかろうかという日で計算してみました。
何故って、暫く前に夢の中でそういう風に言われたからです。そういう適当な理由です(笑)。
でもあれですよ。潜在意識は全てを知っている…ってなもんで、この日であろうと8割程度思っています。

その日で大体アタリを付けた結果、「あれ…合ってるんじゃないの?」と驚いた次第です。
何故かって言うと。


まず、自我や親を表す太陽、愛され度合いに関係する金星、そして魂の傷とその癒しを司るカイロン、更に権利を主張するジュノーがダンゴになって蠍座で合(お互いの角度が0度で重なっている状態のこと)。
一つの部屋に沢山の星が集まること(惑星集合)をステリウムと言うそうですが、それでしょうか…あれ、4つだったか5つ以上だったか(うろ覚え)。

時間も大体の見当を付けて出しましたが、そうすると上記のステリウムが9室に該当します。
12ハウスある中での9番目の部屋。
9室というのは、『海外、高度な学問、宗教、精神性』等を表す部屋なのですが、『海外』って何かと言うと故郷から凄く遠い場所という意味です。
昔はそのまんま『遠い部屋』という呼ばれ方をしていたという位なので、現代では留学や海外移住、国際結婚なんかも9室に星が入っているかどうかで見たりします。

何故海外と精神性がごっちゃになっているかというと。
大昔は精神性や宗教的なお勉強(=高度な学問)をするにあたり、遠く離れた場所までお出かけしないと出来なかった為、というお話らしいです。
確かに大昔の日本でも、船を使って遠く中国や天竺(インド)まで留学して、沢山の経典を持って帰って来た人達が居ましたね。


さて、そんな感じで9室に太陽を始めとする惑星が沢山。
というのを見て、「生まれながらにして、故郷を遠く離れた所に行く子だったんだなー」と、海より深く納得してしまいました。

彼女は赤ちゃんの時に何処かに貰われたようですが、その数ヶ月後に迷子。
迷っているのを見付けた方が、見かねて職場の事務所で預かり、更にその一週間後に県を幾つか跨いだ東京へ移動し、引き取り手のおうちへ。
また更にその翌日、私と出会って今に至る…という、かなり複雑な経緯を辿ってやって来ました。


太陽とカイロンの合は、自我が傷ついた状態を表します。
自我でもあり、また人間の女性から見ると父や夫、主人でもあります(これが男性になると自分自身、父や夫としての自分等)。
これを犬に置き換えてみると、太陽=飼い主のことでしょうね。

カイロンが乗っているということは、元々飼い主について不信感がある訳です。
確かにあちこち点々としたら信用しきれないものがあるでしょう。
しかしカイロンは傷を更に癒す、という意味合いを持たされた惑星ですから、その不信感も主人(太陽)によって愛される(金星)ことで癒されると見ます。
うちに落ち着いたことに納得してくれてるといいんですけどねー。

金星も9室ですから、故郷から遠く離れた所で可愛がって貰えるという意味合いになりそうです。
それと権利を主張するジュノーもピッタリ乗っております。
とっても内弁慶なのはこれじゃないのか…と考え込みました。
諸々、ハウスとの兼ね合いやアスペクト(惑星同士の角度)を見て、スゴイ! と驚きを隠し切れませんです。



仮に時間が大体合っているとすると、内面はさておき外側から見た特徴である上昇宮が、"水瓶座っぽい感じ"になります。
水瓶座は愛情表現について、かなりクールでフラット。
彼女はまさにそういう感じで、喜んでいても分かる人にしか解らないような表現を取ります。表情があまり変わらないのです。
喜怒哀楽はしっかりありますが、他のワンちゃんに比べるとかなり抑えめ且つ平坦ではなかろうかと…控えめと言うか。
吠えないし、絶対に噛まないし、顔をベロベロ舐めたりするようなことは決してやりません。本当に犬なのか(笑)。

以前、散歩に出る時にバッタリお会いしたお隣のお住まいの方が、
「えっ。いつからワンちゃん居たの!? 全然気付かなかった!! 吠える声とか聞こえなかったけど!?」
と仰天されていました。
うちに彼女が来てから、既に5年以上も経過していた時のことです。

8室に月。
おうちに引き籠もっているのが好きで、あんまり外へ出たがりません。
家と違う場所へ行くのをとても嫌がります。
お散歩中に冒険して遠くへ行くとか、擦れ違うワンちゃん全部にアプローチするとか、全然無いです。むしろあっちがワーイと寄って来たら引いてしまう方。
知っているお友達とだけ密接に遊ぶ、って感じでした。
以前沢山居たお友達はみんな天国へ行ってしまいましたので、現在は自宅に居るのが一番いい、みたいな状態です。



私個人のチャートと重ねると、幾つか「あー」というポイントが出ています。
彼女の月に私の冥王星が合。月は感情や母を表します。冥王星は無意識のエネルギーや権力者、絶対者、頂点等。
彼女から見たら、私は神にも等しい絶対者ということにー。それもどうなのかなー…と。

私の海王星、ドラゴンヘッド、ヴェスタ、アンチバーテックス、恒星のアンタレスがダンゴになっている所に、彼女の冥王星が合。
彼女の無意識的な動きや感情を、こっちで色々読み取ってお世話するって感じです。
家族の中でも、私は特にかなり彼女の希望を優先して動きます。星の角度を見て納得しました。
私は私で彼女にお仕えしている部分がある、と(笑)。

その他、角度はあまり取っていないものの、幸福や発展・拡大を意図する木星がお互い同じサイン(魚座)にあり、互いに慈悲や赦しを非常に重視する(優しく育てて欲しい。キツく当たられると、やる気にならず尻尾が下がる)ことが垣間見えるとか。
月と天王星が風のサイン内でトライン(120度)、結果メンタルの動きがあっさり気味な所で結構似ていたり。
他にも沢山アスペクトがありましたがこの辺りで。
いやー面白かったです。人だけでなく、動物でも通用するホロスコープでございました。




明日から11月です。
段々と冷えて来るでしょうが、どうぞお身体大切にお過ごし下さいませ。




気温がまだまだ上下しています。
お身体は是非とも大切にお過ごし下さいませ。



奇跡のコースは、慣れない人にとってはかなり難解に感じる書物です。
いきなりこれに手を付けても、意味が解らないと思います。
なので、お勉強グループとか解説本・副読本的なものが沢山あります。


その中の一冊がこちら~。


新装版 神の使者新装版 神の使者
(2013/02/16)
ゲイリー・R・レナード

商品詳細を見る




『神の使者』というタイトルとまっちろで神々しい表紙から、内容に対してはとても宗教的なイメージを抱く訳ですが、そうでもありませんでした。
内容はですね、著者のゲイリーさんのお宅に、神の使者(アセンテッド・マスター。元人間)が二人ほど突如出現し、その後約9年間に亘って三人で会話をした…という内容を纏めた本です。

文字数も多く、ページ数ばっちり!
の、ちょっと敷居高めな本かと思いきや、会話調で進むのでとてもテンポ良く読めます。



ところで"アセンテッド・マスター"って何?
という話ですが、スピリチュアルワールドでは割と有名な単語です。

昔は人間やってたけど、学びが進んだ為に今は人間をやる必要もなくなったので(=解脱)、もう転生はせず霊体として陰に日向に人間のサポートをしている存在、とでも言いましょうか。
アセンテッド・マスターって言うと長いので、大概は通称"マスター"で通っています。


スピリチュアル業界では、物凄く沢山のマスター達が人間の覚醒と学びの為に尽力している、とされています。
別に自分はもう人間やらなくてもいいけど、ただ他の人達の成長を助ける為だけに人間の身体に再び戻って来るタイプや(仏教ではこれを菩薩道と言います)、チャネリングを通じて働きかけて来るタイプがそこそこ居るようです。

しかし、この本の二人のようにフツーの姿で実体化して、あーでもないこーでもないとズケズケ話しかけて来ては消え去る、というタイプは珍しいでしょう。
いや、沢山居るのかも知れませんが、皆さん公表しないだけかな。
私は遭ったことないです(笑)。


これまでよく聞いたマスター出現の凡例と違ってユニークなのが、彼らは白いローブを纏ってもおらず、後光が差していたりとか輝かしいオーラがあったりとか、香しい芳香が漂ったりという仰々しい演出は一切無く、極々フツーの人間の姿を取ってやって来ていることです。それも毎回。
フツーの格好で突然現れ、突然消える。前触れナシ。余韻ナシ。

絶対にバ○カンは奇跡認定をしないでしょうね。
奇跡認定するには条件外ですし、抑も既存のキリスト教と真っ向から対立する内容ですから。



何故、特別な演出が無いのかと言えば、作中の二人曰く「形のレベルに意味は無い」し、「誰に何と思われようが私達は平気です」から。
ついでに、『コース』では"特別性は神の子の本質に相反する"という定義をしています。
特別特別って言ってる間は、自分は分離した二元論の世界に留まりますってコミットしているようなものですよ。
確かにねー。

その姿は最後の転生で使用した人間の姿だそうですが、便宜的に使っているだけ、という話だったような。
私はこういうタイプが現実的で大好きでっす!
姿形で虚仮威ししたって、肝心の中身がなきゃー。あ、いや、形から入ることを否定したりはしませんが。



内容的には、『コース』の中身を引用し、解説し、アーテンとパーサの二人がゲイリーさんの質問に答えながら、彼の成長や学び、気付きをシェアしたり補足したりしながら進みます。
タイトルと本の厚さとは裏腹に、終始軽妙な遣り取りで進みますから、非常に読みやすいと思われます。
例えば。

パーサ:こんにちは、神の教師さん。最近、どんな具合?
ゲイリー:ほんとうのことを言ったら張り倒されるんじゃないかな。
パーサ:今朝は小ざかしい台詞の解毒剤を飲むのを忘れちゃったかしら?



作中、ゲイリーさんが「この会話を書籍にするにあたって、二人の言葉が傲慢に受け取られることを危惧している」という行(くだり)がありますが、お説ごもっとも。
…私は楽しかったけどなあ(笑)。

内容そのものとは全く関係無いものの、私が凄く好きな所はこの二箇所(↓)。


ゲイリー:好みといえば、中東のイスラム教徒は妻を四人もてるのにアメリカ人男性は一人だけって、どういうことなんだろう?
アーテン:きみたちだって四人の妻をもつことを許されているよ。一時にではなく、順番にだけど。


1997年12月、アーテンとパーサが十二回目に訪れたときは、赦しまくるぼくにエゴがうんざりしている時期だった。


っていう所に、ピタッと付箋を貼りました(笑)。
ウィットに富んだ文章だなーいいなーって。ああ面白い。




ところで、マスター達の来訪について、私はウソだ本当だと論じる気はありません。どっちでもいいと思います。
この世界はイメージの世界。そこで起きていることですからね。
誰かにとって真実でも、違う人からしたらペテンなんてことはごまんとあります。
それをいちいち立証する必要は無いし、個人的体験を他人に押しつけるのでなければ、シェアして役立てたい人だけ役立てれば良いのではないかと。

マスターとの会話という体裁を取った本、という風に解釈しても、それはそれで至極まともな話だと思いますよ。
肝心なのは、中身が如何に自分の人生に役立つか。です。


巷の一部では、ベストセラーである『神との対話』シリーズと内容が矛盾する為、議論の種になっている部分があるそうです。
まーこれが正しいとか間違ってるとか、いちいち議論しなくてもいいんじゃないかなあと思います。

私は、自分の幸せの為に役立つなら、どれをどう使ってもいいと考えています。
で、使ってみて体験的に「私はこれ寄りの考え方だなあ」とか確認して行けば宜しいかと。
勿論、その時の理解もその後の様々な体験によって変化して行く余地があります。それを成長と言うのだと思いますし。


読み物としても大変楽しい本です。
『コース』に多少なりともご興味をお持ちの方や、『コース』を持ってはいるけどなかなか進まない…という方には、特にお勧めです。





昨日の記事で、
『癒しや問題の解消を求める時、事実を否定している可能性があるかもよ(意訳)』
という内容を書きました。



具体例を何か挙げておこうかなっと。



癒しのテクニックの一つに、イメージワークがあります。
イメージはあらゆるものに及ぶ為、未来(だと思っているもの)を見たり、引き寄せたい(だと思っている)ものを見たり、また過去へ遡って事実関係を整理したり、それに対応する思考や感情の確認をするにも使えます。

いざこざがあったり、ニーズが叶えられなかった時の傷を癒したいです。
という希望がある時、イメージワークでその時の様子を再現します。


例えば「謝って欲しかった」とか「向こうから○○して欲しかった」というようなニーズがあり、それをイメージで作り出したとしましょう。
イメージは自在な部分がありますから、そのようにイメージして涙したとする。
「ああ、私は癒された!」と思い、いざ現実生活に戻った時。
「あれ? 相手の態度が前と変わらないじゃないか!」……ということが、あるある。よくあるよくある。


例えば、イメージの中ですごく愛されたとします。
でも、現実を見たらそうではない…ということもよくあります。



何故でしょうかー。




先ず、自分がどのようなラベリングをしたかに注目です。
例えば「この人はこういう人なのだ(自分を愛してくれない、自分のニーズに沿ってくれない…等)」と潜在的にラベリングしている場合、どんなイメージを上書きしようが先に仕込んだスクリプトが優先されます。
だから再生される現象を見れば、自分が過去にどんな解釈をしたかが判明します。

なのに、自分で解釈したものを別の形で否定しようとしても、当然そうならないという。
"ならない"っていうか…ええと、なっているんです。間違いなくなっている。
自分が先に仕込んだものが再生されている。という意味では。



誰かに対して「愛してくれない」と解釈していて、「だから愛されたい!」と渇望するケースはよくよくあります。
これもある種の否定です。自分で認識したことに対する否定。
自分がそのような認識をしているにも拘わらず、それを否定したいってことですね。

だから、愛されたいと渇望すればする程に、「何で愛してくれないの!?」と言いたくなるような現象が見える筈です。
何でかと言うと、自分が"それ"をコマンドしているから…です。



実際の所、イメージワークを有効活用するのなら、イメージした内容と現実が合致している必要があります(自分が妄想だと解っている場合は別ですが)。
現実とイメージの状態が明らかに違う場合、どちらかが間違っているということになります。

多くの場合、現実の方を否定して、余計な怒りを作り出してしまう方を選択します。
文章で書くと如何にもおかしな話ですが、普通にこれをやっていることはかなりあると思いますよ。



現実を認める=自分が潜在的に行ったラベリングを認める

ということでもあります。


イメージと現実の間に著しい乖離が見られる時、常に現実の方を優先すれば、事態が面倒な方向へ転がることは止められます。
現実逃避の為に(都合の)良いイメージをするのと、現実を受け止めた上で今後に向けてポジティブなイメージをするのとでは、根本的なベクトルの違いが見られます。
どう違うかと言うと、否定と肯定という決定的な差異。

幾らイメージをしても「おかしいな、ならないぞ」と思う時、大概現実を否定したくてイメージしていると思った方が良いでしょう。
しかし現実というものも実にあやふやで、"自分自身がそれを現実だと思い込んでいるもの"という言い方が適切かと思います。
だから、この辺りの認識を変えてしまえば、結果も当然変化すると言えましょう。



何が起きているか、事実どうであるかを認識する。
「自分の中では、こういうことになっている様子」と認める。受け容れる(ここが一番面倒かも知れませんが)。
今後も必要な認識かどうかを自分に確認する。
…等々。色々な手順があります。

イメージワークは自己の認識を変化させる為に使う分には、非常に有効なテクニックになり得ます。
しかし、自身が認識したものに対する否定の手段として使われる時、「何で、どうして!」と怒りを招く可能性があると思われます。
これは実体験に基づいています…笑うしかないっと(笑)。



潜在意識でどう設定してあるかを知るには、しつこいようですが現実を見れば解ります。
人によっては、魂というもっともっと深いレベルで設定をしている可能性もあります。
でも、同じことです。どちらも気付けば変更可能です。

そして、苦しむなら事実を認めておらず、否定しているということ。
既に発生してしまった事実をねじ曲げることは出来ないにせよ、違う解釈が出来るかも知れない、違う落とし所の可能性があるかも知れない。
そのように目を向ける方向を変えて行くのが、ラクちん人生への入り口かと思います。




さ、寒かった…! と思ったら、また暖かくなって、ついて行けましぇん(笑)。
そんな雨の中、レインブーツが浸水するという珍事に遭遇です。
良いレインブーツがやって来るよう祈っています。まあ買うんですけども。ええ。




○○というネガティブな出来事がありました、という時に『傷を癒せば良いのだ』という風に考えるのは、癒しについてある程度ご存知の方からしたら、割と当たり前かも知れません。
その時、「癒す」とか「解消する」という言葉を使っていたとして、その定義する所が何であるかに足を止めて考えてみると、結果早く先へ進めることもあるでしょう。



えー、勿論自分に対する反省も含めて書いております。
己の辿った道を振り返ると、それはもう色々色々…あああ(笑)。



嫌なんです。
解消したいんです。
変えたいんです。
自分を癒したいんです。


と言う時、内情はこんな感じだったことが多かったなーと思います。




1.出来事自体を無かったことにしたい。


2.自分は正しいので、周囲を変えたい。






解決せず、手放すことも出来ず、ネガティブな気持ちでズルズル引きずる期間が長くなる程に、上記二つの動機が怪しいなあと思うようになりました。


出来事というものは、起きてしまった以上は基本的に取り返しが付きません。
いきなり核心を抉るような物言いですが、しかし事実は事実。
起きてしまった上に、その瞬間は直ぐに過ぎ去ってしまいます。

我々はその瞬間を体験した時、出来事に対して"後付け"で解釈を挟みます。
ポジティブな印象か、ネガティブな印象か。

次に、「それは何故起きたのか」。
これは、主にネガティブな印象という判断をしてから、更に後付けで発生する思考です。
その上で、「どうであればそれが起きなかったか」ということまで展開することが多いです。

自分があの時こうしていたら、とか。
それに関わった人がどうであったら、とか。
色々バリエーションがあります。



ネガティブな判断をした場合、色々枝分かれする思考スパイラルにぐるぐる絡まりっぱなしな訳ですが、重要なことは何かと言うと、『それはもう起きてしまった』ということ。
そして『起きたこと自体の改変は不可能』ということです。

直接歴史に介入して、タイムパラドックスを起こす超能力でもあれば別ですが。
あとはドラ○もんに頼むとか…SF作品にゴロゴロ転がっている設定を使うとか…いやいや、そんな可能性はフィクション以外で存在しませんから…あったら面白いんですけども(笑)。


という訳で、マトモ且つ残された手段は何かと言いますと、『自分の解釈の仕方に変更の余地があるかを検討する』ということでしょうか。
上に書きましたが、『ネガティブというカラーで判断』し、『そこに至った理由』を後付けで作り、『出来事自体を否定』し続けているから苦しいという話です。

仮にネガティブな出来事だったなあと思ったとしても、「まあ終わったことですよ」とキッチリ認められれば、それはそれで素晴らしいことでしょうね。
要するにどんな経路を辿っても、「事実そうでした」と、ありのままそのまんまで受け容れられれば、特に問題は無い訳です。
ただそれはあった。終わったこと。今は無い。
そう解釈出来ることに対して、我々はポジもネガも色づけをしないでしょう。



認めたくないとか嫌だとか辛い哀しい腹が立つ等々、基本的に文句を言っている間というのは、その出来事が恰も今リアルタイムで発生しているかのように感じています。
潜在意識には時間の感覚が無いので、それが例え2歳の頃の出来事であっても、昨日の出来事であっても、今そうであるかのように情報処理を行います。
だから、「ヤダヨーうぇーん」という風に繰り返しマインドが反応する、ということです。

セラピーやワークを活用して行く中で、「あれっ」と気付いたことの内の一つが、「私はただ単に出来事を認めたくないと言い続けていただけじゃないのか?」という絡繰りでした。
否定グセが長い間を経て板に付いてしまった為に、「えーと、抑もいつから嫌なんだっけ?」ということにも疑問を抱かなくなっているケースが沢山ありました…本末転倒や(笑)。

今になって"それ"をしげしげと眺めてみれば、それはもう今は無いことだし、っていうかどうでもいいし。みたいな話がゴロゴロありました。お恥ずかしい。あっはっはー(←笑って過去を成仏させる 笑)。
いや笑ってますけど、今後もそういうの発掘しまくると思いますわ…結構やって来たからなー…今後もそういうの山ほど発見するんだろうなーと…ひえーい(笑)。





嫌だとか辛いとか言っている間というのは、その出来事に対してフォーカスを続けている状態とも言えます。
なので、次のステップへいつまでも目が向きません。
過去にしがみついている状態を毎日延長してしまう。

一般的によくあるのが、「家族(特に親)が自分を愛してくれなかった」「自分のニーズを叶えてくれなかった」というもの。
マインドの判断は色々ありますが、ニーズが叶わなかった時はつい自動的に「叶えてくれるよう相手を変える」ことへフォーカスしがちです。
様々な手段で相手を変えようとするのですが、抑も「○○してくれない。気に食わない」という所に視点が固定されている為、オチが此処に決まっている…というループに填ります。

いつもいつも、同じように取っ組み合ってネガティブな気分へ着地しているなら、それを続けていても出口は見えないと思われます。
もしこのスパイラルから抜けたければ、「ここで使用出来る他の見方は無いかなー?」と、疑問を挟む。
結果、「してくれなかった、という認識自体が間違っていました」とか、「元々そういう人でした」という所に落ち着く、ハイ納得ー。というケースはごまんとありました。


そんな筈はない! と事実に対し憤ってスパイラル…という形ってすっごく多いですよね。
事実は事実なのだと理解するまでは、それがイメージであったとしても、具体的な形を持って現れるとしても、何度も同じ体験を繰り返すのだと思います。
傷を癒すというよりも、その思考に気付くまでは。でしょうか。




「私はどうなりたいのかな」
「あれはもう起きたことだから手を入れられないとして、今後はどういう結果が欲しいんだろう」



というように、自分の向かいたい方向へと目先を変えて行くのが一番建設的だと思います。
何よりも、自分と自分の人生の為に。


十年以上も前、とあるきっかけから迷っていた犬を引き取って飼うようになりました。雑種の女の子です。

それから、とてもとてもそれまでは想像出来なかったような幸せを、沢山沢彼女から山貰いました。
彼女は人間の年齢で言うと、もう老人の域ではありますが、まだ一所懸命に頑張って生きてくれています。

動物との生活は、我々が忘れて久しい感情の数々、例えば無償の愛や優しさ、思い遣り、ありのままという幸せを沢山教えてくれます。
我々と違って喋れない分、こちらから余計に気を遣ったり様子を慮る必要がある為、色々な面で成長させてくれているのではないかと思います。





今日は、ネット上で有名なわんこ達をご紹介します。


まずは柴犬のしばちゃん。
たばこ屋さんの看板犬として毎日大活躍しています。
丸く愛らしい顔、仕種、柴犬としては珍しく人見知りしない性質、穏やかでほのぼのした様子が世界中で人気だそう。
テレビや新聞社の取材を受ける程有名なわんこです。凄い。
毎日新聞のリンクはこちら。naverの記事はこちら






次はやはり柴犬のまるちゃん。
Instagramという画像のツイッター的なサイトがあるのですが、こちらでは世界中に100万人以上のフォロワーを持つ柴犬のまるちゃんが有名です。
毎日何枚もの画像がupされ、元気で福々しい様子が心を和ませてくれます。
世界中に100万人のフォロワーって、凄い話です。
記念すべき100万人を越えた時のupがこちら。画像とコメント転載します。





先日お誕生日を迎え、世界中から御祝いメッセージが殺到。



Today is Maru's bd!!
Happy Birthday! For the past 7 years, you have given so many smiles to the world. For the coming 7 years, we hope you to give your smile and comfort to people, too. Yet there are so many more who await your smile in the world. Thank you for being born to us.

君は7年間で世界中の人々に沢山の笑顔を与えてきた。次の7年間も君のその笑顔で沢山の人々に笑顔と癒やしを与えて欲しい。
まだまだ君の笑顔を必要としている人々が世界中で待ってるからね。





お休みタイム(↓)。









100万人のお友達へ
今日は記念すべき日で、まるの友達が100万人になりました。
2010年10月15日に1枚目に掲載してから、約4年間で掲載した写真3593枚。
みんなからもらった、いいねの数が8800万回。もらったコメント数は通算で100万を超えてます。
コメントが多すぎて全員にお返事が出来てなく、本当にごめんなさい。
でも、コメントはちゃんと読ませて頂いています。
ここまで続けてこれたのは皆さんの応援のおかげで、心から感謝申し上げます。

日本には「笑う門には福来たる」という言葉があります。
言葉は通じなくても、笑顔は世界共通。
笑顔は笑顔を作り出し、世界を巡り巡ってやがて自分のもとに戻ってくると信じています。

想像してみてください。
100万人が一日一回笑顔を作るだけで、きっとその何十倍もの笑顔が地球に溢れかえります。
やがてその強大なパワーがよくわからない理由で喧嘩している大人達を仲直りさせ、その大人達のくだらない喧嘩のおかげで苦しんでる人々を救い出し、笑顔が生まれる事を。
これからも、末永くお付き合いください。


Today is an anniversary we should celebrate, because Maru has now 1 million friends.Since the first picture I posted on October 15, 2010,
a total of 3593 pictures have been posted for nearly the past 4 years.
88 million likes were received from all of yours.
Over 1 million comments in total.
I am so sorry I cannot reply to all of your comments since they are way too many.But please know, that I have read every single one of them.
I would like to express my appreciation wholeheartedly, because it is all thanks to all of you that I could have continued until now.There is a Japanese saying that goes "good fortune and happiness will come to the home of those who smile". .
Beyond the tongues, I believe that smile is unversal all over the world. A smile will bring another smile; it will spin around the world and will come back me eventually.
.
Imagine that. If a million people make one smile a day, it would probably bring a flood of smiles dozens of times. I am hoping that such enormous power will make adults arguing for ambiguous reasons to reconcile, help people suffering from those nonesense quarrels, and bring smiles at last.
Your long-term relationship with me would be very much appreciated.
.
.
Best,
Shinjiro and Maru





うちの娘もそれはそれは可愛いと思いますが、よそのわんこ達も言い尽くせない程の可愛さです。
居るだけで、元気で生きていてくれるだけで幸せにしてくれるって、本当に凄いなあと思っている毎日です。
みんな元気で長生きしてね。



今日は、夢で見たホロスコープの関連をば。



色々あって「疲れちゃったなー」とヘロヘロしていた時に、夢を見ました。
夢の中でも頗るヘロヘロしていた私(笑)、閉店間際の何処かのお店へふらーっと入りました。

其処にはカジュアルな格好をした占いのお姉さんが居て、お姉さんの前にはとても綺麗なラベンダー色をしたアメジストの原石が、4つか5つ並んでいました。
私が何事か(内容は忘れましたが)話しかけた時、アメジストがぽわ~っと輝いて、表面に紋様らしきものが浮かび上がり。
それがあまりに美しくて、見とれてしまった…という内容です。
その時お姉さんは早口で幾つかの言葉を言ってくれました。



そのキーワードの中の一つが、『海王星』でした。
アメジストもキーワードでしょうね。幾つも並んでいましたし。
それで、「何だったんだろう」と思い、起きてから調べてみた所。


海王星に対応する宝石の一つがアメジストらしい。


マジで!?

って驚きました。
ストーンアクセサリーとか作る割に、そういう所は非常に疎いのでいちいち驚きます(笑)。



ついでに、久々に自分のホロスコープを見てみたんですよ。
ネイタルチャート(出生時の惑星配置)は殆ど暗記しているのですが、トランジット(現在移動中の惑星配置)とのアスペクトはちゃんと見たことないなーと思って、ダブルチャートを作ってみました。


ら。



あっ。



ネイタルチャートにある魚座の木星に、トランジットの海王星がコンジャンクション(0度)してる…。




魚座も海王星が守護星です。
その上、魚座もアメジストが対応しているそうです。一体何事ですか(笑)。



更にアスペクト(惑星同士の作る角度)について調べてみたのですが、『ネイタルの木星にトランジットの海王星が0度』を作るのは、なーんと約160年に一度のことらしいです。
だから、生きている間にそれを体験する人って居たり居なかったりするそうで。
とは言え、私と同い年だったり、近い年齢域の人には多いでしょうね。うん。


アメジストや魚座の象徴は、癒しです。紫色自体も、ヒーリングカラーの一つですし。
多分私がすんごく疲れていた為、夢の中でレスキュー作業が行われたものと思われます。
翌日も占い師さんの夢を見ましたよ…どんだけ疲れていたのかと(笑)。



そんな感じでした。
この夢が実際の生活に影響するかどうかは、今後の状態を見ないと検証出来ませんねー。

長期的な話ではなく、夢の中で休憩していた線が濃厚かも知れないです。
なんか元気づけて貰った風でしたから(笑)。



面白い符合が沢山あったので、書いてみました。



昨日は10月度のワークショップでした。
ご参加下さいました皆様、ありがとうございました♪

昨日は少人数で、じっくりという感じでした。
多めの人数は和気藹々で刺激があり、少人数だと隅々まで行き渡る感があって、それぞれいいですねー。


現在確定しているワークショップのスケジュールはこちらです。

◆11月
11月16日(日曜) 11:00~15:00


◆12月
12月21日(日曜) 11:00~19:00


◆2015年1月
1月11日(日曜) 11:00~15:00


※12月は長時間開催につき、通常と詳細が異なります。終了後、希望者でお食事会を行います。
※詳細はサイトをご確認下さいませ。

是非、遊びにいらして下さいませ。





ワークショップでは毎度様々なワークを行いますが、ある程度の骨子は用意しつつ、その時その時で降って来るワークもやります。
「思いつく」とも言えますが、まあ「降って来る」んですよね。
自分でも「こんなのよく思いついたなあ」と度々感心しますが、どう考えても"私"じゃなさそうな(笑)。

これは特別な人だからとか、そういう特殊な才能があるから、という訳ではありません。ナイナイ。それは無い。
潜在意識や魂のレベルで物事を見つめ、理解するという学びを長くやって行くと、誰にでも起き得る体験です。
日常レベルでも多くの人が体験していますが、大体が「気のせい」「自分が思いついた」という形で処理しているだけだと思います。


「なんでそんなことに気付いたんですか?」
「どうして分かったんですか?」
とよく訊かれますが、降って来るというモノや頻度は、単純に意識的な訓練の成果に比例します。
という訳で、こういうことに長じている人というのは、訓練した時間が長いというだけのお話。
どんな人でも、訓練次第でそうなって行く素養は多分にあるということですね。

ついでに、セラピーやワークのお仕事は『私、センセイになりたーい!』と思って始めたワケでは全くありませんし、未だに続けられている自分が謎で一杯です(笑)。
有り難くさせて頂いている、というのが正直な所ですね。
仕事も降って来ましたっていうことで。



さて昨日のワークショップでは、『奇跡のコース』のテキストの文章を適度に使用しながら進みました。
『愛されている』ということをどのように受け止めるか、理解するか、認めるか…という所で戸惑っている方もよく居ます。

色々振り返ると実際愛されて来たのは間違い無いのに、途中で「このやり方が気に食わない」と文句を付けてしまい、以降それを続けて来てしまった為に、今更認めるに認められない…とかですね。
「事実そうであるのに、愛されていると実感出来ない」というお話も出ました。


愛されている・愛されていないという話題が出る時、あくまで『対他人』が想定されています。
そりゃそうだ。当たり前じゃないか。と思う方が圧倒的多数でしょう。

が。
ちょっと視点を変えてみると、面白いかも知れません。



「"私は私を愛しています"か?」

「"私は私から愛されています"か?」




こう質問されて、どちらに対しても『はい』と即答出来た人は居ませんでした。
特に後者については、皆さん口を揃えて「考えたこともない」「思いつきもしなかった」ということで、唖然としている方もいらっしゃいました。
確かに、普通はこんなこと考えませんわ(笑)。


スピリチュアリズムの観点から言うと、"他人対自分"の関係とは、実は蓋を開けると"自分対自分"の関係に他なりません。
だからこそ、自分の中にあるイメージや思い込み、勘違いを修正して行く過程の為に、様々なセラピーやワークなどの手法があると言う訳です。

どれがヒットするかは人によりますし、同じ人でもその時の状態によって異なります。
あくまで手法は手法であって、目的そのものではないことにご注意。
何々をやれば幸せになれる、という訳でもないってことです。
手段と目的が入れ替わることはよくあります。気を付けましょう。


周囲に対して不満や怒りなど、ネガティブな感情や思考を持つ時、「私は私に愛されているかな?」と問いかけてみると良いでしょう。
答えは「NO」一択だと思います。
自分にその状態や感情、思考を与え続けているのは自分な訳ですから、これはちょっとした自分に対する嫌がらせです。
真に自分から愛されたいなら、自然と取るべき行動や手放すもの、フォーカス先の変更などは分かって来るでしょう。

他人から愛されるかどうかばかり考えていると、他者の言動だけで自分を測るようになります。
外側のみを凝視する為、自分が自分を放置し続ける羽目に。そして不幸だと思ってしまう…のはよくあるお話。
実際何のことは無く、自分で自分を不幸にしているだけということになりますね。


セルフヘルプ、セルフラブというのは、思い通りに周りを変えることで喜ぶのではなく、自分との関係を見直し、甘やかしたり罰したりすることなく、適切な状態へ戻すことと言えます。
結果的に環境が変化する人も居ます。状況が変わる場合も有り得ます。

でも、そっちが目的という訳ではない(状況を変えることが悪いのではありません)。
自分と自分が適切な関係を築けると、周りとの関係も変わるというだけの話です。


昨日ご参加下さった方が、
「『自分は自分に愛されているか』が物凄く衝撃でした」
「自分で自分を愛する。それのみです」
と仰っていました。

外側ばかりを見ることで、自分を置き去りにしていたのに気付いたということになりますね。


外側ではなく、自分対自分の関係をよく見直して行くと、自分の幸せに繋がることと思います。



大分間が空いてしまいましたが、あっという間に10月も下旬に入ろうとしております。
大きな台風が連続で来たり、それが過ぎて本格的に涼しさを感じるようになったりと、季節の変化を体感する日々でした。

台風直撃の時、仕事でした。帰り道びっしょびしょ(笑)。
そんな悪天候の中、電車等の交通機関や各種店舗等を運営して下さっている方々には、本当に頭の下がる思いでした。
勤勉で真面目な人の多い日本ならではのことと思いますが、凄いことですよね。



私の所は業界の離れ小島みたいな仕事のやり方ですが、それでもそれなりに長期に亘る関わり方を続けて参りました。
そんな中で痛感しているのは、「抑も癒しが必要な人は現代にそれ程は居ないのではないか」ということです。

しかし皮肉にもと言うべきか、巷は癒しブーム。
ちょっとしたことにも『癒し』という言葉を付けるのが流行っています。
なかなか面白い現象ですが、『癒し』『ヒーリング』という言葉が、安易に一人歩きしている印象です。



実際、臨床の現場でご相談頂く内容や、沢山の人々のお話から類推するに、やはり現代は魂や潜在意識の傷をどうのこうのというよりも、恵まれ過ぎたが故の増長や傲慢から来る問題が非常に多いのかなと思います。

「人を好きになるということの意味が解りません」
「心から申し訳ないと思ったことがありません」
「感謝をするって何ですか?」


この三つの言葉は長きに亘り、複数回耳にしています。
世間体的にこれをキッチリやっている、理解しているという体裁を持ったまま、実際やったことが無いし理解していないという人も沢山居ます。
私個人の目からは、これは現代病の一種のように思えてなりません。



とても恵まれて育ったというのは非常に素晴らしい話ですが、それをどう受け取るか、解釈するかという方に問題発生の元があります。
周囲にこれでもかという程愛されて愛されて育った人は、実は現代日本に於いては多数派にあたります。

「私は違う!」と怒っている人の殆どが、とても愛されて育った人です。
恵まれ過ぎ、愛され過ぎたことに対して、『当たり前』『空気と同じ』という認識をしている人が圧倒的多数に上ります。


口でどのようなエクスキューズをしているかは置いておくとして、実際これまで挫折らしきことを体験していないとか、やりたいと思ったことは殆ど出来て来た…という人は、周囲からの恵みを多量に受け取って来た人達です。
事実を振り返ってみて、『やりたいことは大体やって来た』『トラブルがあっても他の人が解決してくれる』という事例を持つなら、先ず間違いないと思って良いでしょう。

なのに、愛されたことや恵まれたことが当たり前であるが故に、実現してきたことも、他人様が力を貸して下さったことも、全部『当たり前』で片付けてしまう訳です。
当然のこと乍ら、ここに『感謝』や『謝罪』といった言葉は介在しません。挟まる余地が無い訳です。

人に依っては、何らかのきっかけで目が覚めるという体験をされる場合もあります。
例えば大切な存在を亡くしたり、環境が大きく変化したりということで、それまで如何に恵まれていたのかに気付くというパターンも有り得ます。
そういう意味では、一般に不幸とされる出来事も、一慨に『不幸』という言葉のみで片付けることは出来ないでしょう。



私がセラピーにあたる中、実際に環境を変える必要があるとか、心の傷を癒す必要があるという人はほぼ居ませんでした。
先生によって集まるタイプのクライアントさんにはカラーがありますから、これも人によりけりではあります。
でもまあ、現代日本にはあまり多くは居ませんでしょう。多分。
居るとしたら、もっと上の世代の方々には多いだろうなと思います。

幸せで恵まれていることがあまりにも当たり前で、感覚が麻痺してしまっているとどうなるか。
先ず幸せには気付きません(だってそれは当たり前ですからね)。
じゃあ何に目が向くかと言えば、不平不満愚痴泣き言。そんな所でしょうか。


これまで聞いて来た限りでは、「他人が自分の思うような言動を取らない」というのが"不幸"の内容の9割超を占めています。
「他人は自分の思い通りに動いて当然」という考え方を、全く信じて疑っていない訳です。
常に他者に目が向き続け、あーでもないこーでもないと文句を付けるのが、現代に於ける典型的な『不幸』の内容です。

この「他人は自分の思い通りになるべきだ」という考え方ひとつ取ってみても、如何にあらゆることが思い通りで恵まれて来たかが分かろうというものです。
ここまで全能感が肥大化する程に、何でもかんでも周りの人がやってくれたとか、欲しいモノは際限無く手に入ったということになります。そうですよね?


「愛されたい」という言葉は、この場合は周囲に自分を愛させようと強制する…という意味合いに変化します。
しかしここで重要なのは、肝心の自分が自分を愛そうとしていないということです。

愛や恵みにどっぷり浸かった結果、感覚的に麻痺しているせいで、それが何であるか、どういった感覚であるかが分からなくなっているからです。
空気を掴めないのと一緒ですね。

もし真面目に『自分を幸せにしたい』と思うのなら、これまで如何に恵まれて来たか、ピックアップして行く作業からがお勧めです。
それは決して"当たり前"のことでも、"普通みんなそうでしょ?"という話でも無いのです。

多くの人は、自分を癒すのではなく、如何に愛されて来て、今も愛されているかに気付けば良いだけの話です。
たったそれだけで、世界が変わったかのような錯覚を覚えるでしょう。
『自分を癒す』という言葉を使ってしまうと、恰も傷が既にあるかのようなイメージを抱きますから、ひょっとして傷が無い可能性を考慮して『愛されていることに気付く』という言葉を使って行く方が、結果は早いかも知れないですね。



ところで、スピリチュアル的な観点や、深く潜在意識について学びを続けて行く中では、『他人は皆、自分である』という所へ理解が帰結します。
世界中、あらゆる覚者がそのように語り伝えていますね。「自分を愛するように隣人を愛しなさい」と。

自分だけ大好きで、他人は敵。自分さえ得なら、他人が不幸になっても構いません。むしろ他人の不幸は自分の喜び。
という考え方が大勢を占めるこのご時世では、全く意味不明な内容に見えるでしょう。
そんなことをしたら損するじゃないか。というお話も散々聞いて来ました。

この考え方の宇宙に居る間は、ずーっと文句を言い続けるでしょうし、どれだけ恵まれていても決してそれを認めようとしません。
結果的に「自分はこんなに不幸だ!」とか言ってしまうんです。
「形としては幸せなんだろうけど、なんかそれを感じられない」とか。


どうして『他人は全て自分である』なのかと言うと、一応言葉で説明は出来るのですが、何れその機会が来たらお話しさせて頂こうと思います。
機会が来なかったらそのままで(笑)。
まあ、私以外にも沢山の先生が解説して下さっているでしょうからね。大丈夫大丈夫。

人によって理解の仕方も語る言葉も違うと思いますし、私が絶対に正しいとは思いませんが、"それ"に気付いた時は驚きのあまり背筋がぞくりと冷えました。
まさに、世界がひっくり返った様に感じたものです…いやはや、面白い体験でした。



等と色々書いている間に、深夜です。
明日は10月度のワークショップ。ご参加の皆様にお会い出来ますこと、楽しみにしております。



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Sachi

blog owner:Sachi
潜在意識を活用した、ちょびっとスピリチュアルな総合セラピー、癒しのワークショップ・タロットカードセッションをしているSachiです。
穏やかに楽しく成長出来るよう、入手した情報や、日々の気づき&
発見などをシェアして気ままに更新。
イベント情報も随時掲載中です♪

※記事の内容、情報については一個人の捉え方、考え方に纏わるものが大半です。
絶対的な事実という訳ではありません。
また、私の理解や気付きの段階に応じ、記事の内容にも随時変化がありますことを何卒ご理解下さい。
過去の記事をご覧になってセッションやワークショップにご興味を持たれた方は、最新記事近辺を幾つかご確認下さいませ。


旧blogタイトルは『気づきのステップ』。


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