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Date : 2014年08月

◆ Infomation

【works】
★ヒーリングセラピー個人セッション
 都内で対面式の個人セッションを行っています。
 幸せと癒し、学びと気付きを得たい方へ、様々に対応させて頂きます。
 潜在意識を日常へと活用することで、より良い人生へ変えることが可能です。
 随時お受けしておりますので、サイトをご覧下さいませ。

★癒しのワークショップ
 毎月一度、都内で女性向けの体験型ワークショップを開催中です。
 沢山の変化・癒し・浄化・成長・気づきを促すテクニックが山盛りです。
 2017年11月5日・12月17日(全て日曜)
 の開催が現在確定しております。11月は11時~15時、12月は11時~19時です。
 ※11月と12月では開催時間、料金が異なります。
 ※以降の開催は決定次第upして参ります。
 ※それぞれ内容の詳細はサイトをご参照下さい。

大雨による災害が報道されています。
被災された方々には、心よりお見舞い申し上げます。
一日も早く状況が収束し、安心した生活が送れますようお祈りしております。





先日のワークショップにて、"How to本"の話が出ました。
世の中にはジャンルを問わず、沢山のこういう本があります。
特に、行動心理学を基礎としたHow to本も一杯ありますねー。

ああするとこうなるよ、こうするとこうなるよ…というマニュアルのようなものですが、主な内容としてはああしてこうすると『周りを』『他人を』動かせるよ、ということに集約されます。


ワークショップの折、恋愛に関する駆け引きに特化した某ベストセラー本の実例が出まして、ご参加下さっていた方の中でそれを熟読⇒実行していました、という方が複数おられました。

「自分が何かをすることで、良い結果が欲しい」という意味では健全な志と言えます。
が、こういった本は『周り(他人)を操ることで自分を幸せにしたい』という目的から使われることが大半です。


恋愛How to本をマニュアルとして使っているとなると、
「私はこのままで愛される人間です」
「そのままの自分で愛される価値があります」
とは、とてもとても思っていない状態です。


これを基礎に色々試して、実際他人が思惑通りに動いたとしましょう。
でも、動機が「私は愛されていない」という不満や怒り、嘆き、妬み、悲しみなどである以上、満足には至らないように出来ています。
だから尚更もっともっとと突っ込んでしまう、でも満足は得られない。というのがよく見られるケースです。



矛盾を孕んだ内容に感じるかも知れませんが…。

愛されたい! と思っているからこそ、こういった本を熟読し実行している…のとは裏腹に、読む度にやる度に「私はありのままでは愛されない人間です」と宣言しているようなもんです。


「愛されたい!」と渇望すること=「愛されていない」と思い込んでいること


と言えます。


これについては
「全くその通りですー! 本当に!」
と、本を読まれたお客様が大笑いされてました(笑)。



無いと思うから渇望を感じ、手に入れたいと思い込む。
でも手に入れるには欲しいという欲求が必要。
今、それが無いならどうしたらいいと言うのでしょうか。



うーん、パラドックス(笑)。



抑も、「無い無い無いー!」と言い続けるということは。
あくまで「無い」のであって、「ある」ではありません。
「あれが無いからこんなに不幸なのだ」と、「あれがあったらこんな風に幸せだろうなー」はその動機、指向性、結果、全てが異なります。
無い無い言っても、あるには変わらない。

大体、"無い"って言い続けるということは、それを元々知らないってことになる。
知らないのに、なんで欲しいと思うの?
ってことになりませんか。



……パラドックスです(笑)。




ここで、スピリチュアル業界的に推奨したいのが『手放す』ということです。
何を手放すかと言うと、「あれが欲しいなー」という欲求そのものではなく、「無い!」という欠乏感や「無いから不幸に違いない」という勘違いや「手に入らない、どうしてー!」という焦り、「あいつは持ってる、狡い!」という妬み、その他諸々…あと怒りなんかですね。
まとめて言うと"執着"のことです。

『無い状態』にしがみつくのをやめて、『あるとこんなに幸せなのでは』という方向へフォーカス先を変えるのがお勧めです。



更に、「それが出来ないんだよー!」という場合。
なんで愛されていないことになっているのか、探ってみるという手もあります。
これはこれでとってもお勧め。

長い間、当たり前過ぎて疑問にも思わなかったであろう動機なのでしょうが、おぎゃーと生まれた瞬間からこんなことを思っている人は極々稀です。
胎児期に何かあったんじゃないか、という人…まあそれはそれで非常に稀に居ます。

でも、殆どは人生の何処かで何かがあって、それに対して「愛されていないのだ」という解釈を採用し、そこから使い始めた…というケースに該当するでしょう。



あれ?

そう言えば、なんでこう思ってるんだ?
どうしてだ? いつからだ?
何がどうなってこうなった?


と、自己の内面にスポットを当ててあげるのは、セルフラブとして非常に重要なポイントです。



色々探って行く間に、「あれ?」と思考停止する瞬間が段々増えて行きます。
そして理解へ至ると、「愛されたいなんて思う必要なかったじゃん」なーんて言い出します。
納得する処まで行くと、愛されたいと願っていたこと自体が、笑い話になってしまったりということもあります。

周りを変えようとする必要もなく、欲しい欲しいと飢餓を感じることも最初から必要ではなく、ただそのままで良かった。
私は元々愛されていました。

……自己理解が進むと、そんな風に納得することが増えて行きます。



という訳で、周りを変えようとするのに飽きたら、自分にスポットを当てる時間を増やしてみるのがお勧めです。
意外な事実にビックリするかも知れませんよ。


先日、8月17日は今月度のワークショップでした。
残暑厳しい中をご参加頂きました皆様、まことにありがとうございました!


今後三ヶ月のワークショップスケジュールはこちらです。


★9月度
9月14日(日曜)
11:00~15:00


★10月度
10月19日(日曜)
11:00~15:00


★11月度
11月16日(日曜)
11:00~15:00



詳細はホームページをご覧下さいませ。





人間関係のトラブルや悩みは非常に多いのですが、よくよく中身を分解すると『誰々が私に危害を加えた』というような内容に集約されます。
それが錯覚でも、被害妄想でも、仮に何らかの事実が伴うとしても、同じことです。
要するにそれが嫌で堪らない、という訳で。

「(してくれるべきなのに)●○してくれない」というものと、「●○された」というパターンに大別されるかと思いますが、どちらにせよこれにフォーカスしている間は本人が一番不幸でしょう。
バリエーションはあれど、結果としては「相手が自分に対して悪意を持って行動したのだ」と主張します。


そのように我々は錯覚すると、周囲の環境や特定の人物の行動を自分好みに変化させるべく、全力を使って躍起になります。
周りを変える為ならあらゆる犠牲を払い、自分の命さえ惜しくない、という人も居ます。
本末転倒ですが。沢山居ますよね。

でも、ならない。
ならないから、また躍起になる。
この永久ループの中に居る間は、「自分は被害者であり、絶対に正しい」「相手は悪意を持った加害者なので、間違っている。だから自分の要求全てに応えるべきである」ということだけで頭がいっぱい、雁字搦めです。


で、自分は幸せになりたいのか?
という思考はこのループに存在しないのですが、タチの悪いことに妄想内では「周囲が自分の思い通りにひれ伏したら、幸せになる筈」という幻のエサが用意されています。

なので、益々変えたくなくなります。
誰が何を言っても、先ず聞き入れません。
なので、セラピストとか占いの先生の処へ行って、「自分はこんなに可哀相なのだ。正義は我にあり。周りを変えてくれ」と訴えたりします。



いやいや無理です。
出来ませんです(笑)。


何故でしょうか。


それは、自分が問題を作っているからです。
色々書いていますが、元を辿ると自分が自分で「●○された」「してくれなかった」という風に解釈しているのが問題なんですよね。

人間はある程度、何でも文句を付けるような思考形態を持っているのですが、その度合いが大きいか小さいかは個人差があります。
で、外の世界に対して何でもかんでも文句を付ける人は、色々説明をすっ飛ばして結論だけ言うと、自分が大っ嫌いなのです。


我々は投影を通して他人様を見ます。
その人そのものを見ていることは先ず無くて、自分をそこに見ている状態です。
あれこれ文句を付ける癖が板に付いていると、「それはあなたですよ」と言っても絶対に認めない上に怒り出したりします。

どうして他者に自分のシャドウ(抑圧した影の部分)を押しつけて文句を並べ立てるのかと言うと。
我々は潜在的に、自分の罪が他者に暴かれることを極度に怖れているからです。

事実として罪がある訳ではありません。
ただ、自分の中にある何かに対して「これは罪である」と自ら判定し、それが明るみに出たら罰されてしまうという怖れから、それを他者に転嫁して攻撃し続けます。
そうし続けていなければ、直ぐにばれてしまって自分がとんでもない目に遭ってしまう、と怯えているのです。


……とまあ、今月はこんな話になりました。



上記のような内容は全人類に当て嵌まる思考パターンです。
日頃は自分から見えないように固く蓋をしているので、そうそう気付かないと思われますが、みーんな持っています。
それ程には問題にならない場合は、持っていて全然構わないと思います。
でも、幸せになりたい自分をこれが邪魔してしまうケースも見られます。
どう向かって行くかは人それぞれです。


個人レベルの抑圧しているシャドウに関しては、個人セッションなどで理解を深めることが可能ですので、ご活用下さいませ。


良い一日をどうぞ♪


残暑の空気を感じつつ、8月も後半に入りました。
そんな中、お客様から嬉しいご報告も頂戴しています。ありがとうございます!





さてさて、今月のアクセサリーです。


Accessory

以前、ストーンのみで画像をupしたクリスタルクォーツです。
オレンジピンクに光るコーティングが施されています。
ゴージャスっぽくじゃらじゃらネックレスに加工しました♪






Accessory

ピンクオパールのツイストカットに、薔薇の形のアマゾナイト。
スワロフスキーエレメントがチラチラ光ります。
カラーの組み合わせがかわゆい。






Accessory

ミラーボールカットのスワロフスキーエレメントです。カラーはライトブルー(水色)。
チタンポストにパールキャッチ。コロコロしていて可愛い。






Accessory

ホワイトシェルのコードペンダント。青い石のウォーターオパール、発色がとても綺麗です。
是非、夏の残りを楽しんで下さいねー。紐の素材はポリエステルです。
これはシングルバージョン。下に複数バージョンがあります。






Accessory

シェル×淡水パール×レインボームーンストーンのコードネックレス。
全てのカラーをホワイトで統一しているので、ジャラジャラしていてもスッキリ纏まります。
コード(紐)のペンダントやネックレスは、汗をかくシーズンでも安心の素材です。




外に出ると、顕著に秋を感じます。
気温や日射しは暑いんですけど…お盆終了と共に、空気が一気に変わります。
とは言え、やはり暫くは半袖・サンダルのスタイルが続くと思しき季節です。
身体もしっかり栄養補給と水分補給をしつつ、秋へシフトして行きたいですねー。


さて、明日は8月度のワークショップです。
ご参加の皆様とお会い出来ますことを、心より楽しみにしております。




早くも立秋を過ぎ、空を見上げると確かに秋の雲が…。
昨夜は秋を感じさせる涼しい一夜となり、エアコン不要で有り難い夜でした。

巷は丁度お盆休みど真ん中ですね。
沢山の方々がお休みを楽しんでおられることと思います。
私の周辺でも、ご旅行やレジャーを楽しんでいらっしゃる方々が。
どうぞ楽しいお休みをお過ごし下さい♪




長い間、自分を理解するという作業を続けておりますが、独力では全くと言って良い程にそれは難しい話でした。
特にそれを始めた初期の頃は、何が何だかさっぱり分かりませんでしたし、
「辛いとか苦しいということだけははっきりしているが、何が元なのか、どのように辛いのであるかについてはほぼ分からず」
と言う状態でした。



自分を見るということは何ぞや。


ということが一体何なのか、全く解っていませんでした。
まさに赤ちゃん状態からのスタートだったので、先達の教えは必要不可欠でした。
その教えに触れる一端として、多数の書籍があります。
これらの知恵が無ければ、今の自分は絶対に居ません。感謝しきりです。


以前も記事で触れていますが、『A Course in Miracles(奇跡についてのコース、奇跡のコース)』から派生した書籍の数々からは大きな恩恵を受けています。
自分の人生に直接流用・応用可能という部分に関して、これらの『コース』による書籍が他のものと比べて群を抜いていました。

「あー、だからだったのか…」
自分が繰り返し躓いて来たパターンの解明をするとか、解明のみらならず変えて行く処まで踏み込めたのは、これらのお陰なんですよね。


但し、『コース』は原文が(世界と自分に纏わる前提が、我々の知っているものとは全く異なるという意味で)難解であること、聖書のように膨大な文字数であること等から、そのまますんなり入って行ける人はそれ程多くはないと思われます。
勿論、ご多分に漏れず私もそうでした。
という訳で、初期の頃の私は派生型の書籍でその叡智を学び、下手ながらも実践しておりました。

今日では、世界中で沢山の教師が『コース』の教えを礎にしたセミナーやワークショップを開き、セラピーをしています。沢山の本も出ていますね。
最近読んだ関連書籍では、『コース』から文章を引用しつつ、平易な解説を付けた『奇跡のコースを生きる』が大変素晴らしかったです。


『奇跡のコース』を生きる―入門から実践まで―『奇跡のコース』を生きる―入門から実践まで―
(2012/11/08)
ジョン・マンディ

商品詳細を見る



これは読んで終了ではなく、抜粋・掲載されている『コース』の文章を幾つも書き写しました。
私にとっては非常に珍しい行為です。
「ああ、書かねば!」という衝動に駆られました。流石に必要性を感じ、完訳版を買いました(笑)。



自分が不公平に扱われていると知覚したがる誘惑に気をつけてください。--p.220

は、本書に引用されている『コース』の文章です。
人間の苦痛の一端を担う『妬み』に関して、非常に象徴的な文章だと思います。
「自分は他に比べて恵まれていない、劣った扱いを受けている」と思う時、まるでそれが真実かのように見えるでしょう。
が、本当にそうなのかどうか、観察してみる必要があります。

私のような仕事をしている人間からしてみると、"何故そう思ったのか"の方が重要です。
実際、そっちが判明すれば、現実的にどう扱われているかについてはどうでも良くなりますし、僻みや妬みを理解し手放すことで現象が変化することも多々あります。



また、本書『奇跡のコースを生きる』の解説にも、重要な文章が沢山あります。

私たちは、相手がいかに間違っているかを全部吐き出したなら、相手の態度は改まるはずだというばかげた考えをもつことがあります。--p.194

自分は正しくて相手は間違っているということをぶつける(怒りをぶつける)と、相手がしおらしくなって自分の下に這い蹲るはずだ、という勘違いを我々はしている為に、延々不毛な八つ当たりをし続けます。
場合によっては何十年もそれを続けて、その為だけに人生を費やし、そして死んで行く…ということも珍しくありません。
それは、相手が誰であっても、物であってもやることですよね。ちょっと振り返れば直ぐ思い当たる筈です。

しかし、ここに書いてあるように『馬鹿げている』以外の意味はありません。
思い出してみて下さい。怒りをぶつけ糾弾した末に、その対象者は心底あなたに頭を下げましたか? 怒りのスタートになった現象はすっかり消え去りましたか?
いいえ、必ずまた怒りに繋がり、同じことを繰り返している筈なんです。


他にも山ほど重要箇所があります。
繰り返し読む程に、また自分に照らし合わせる程に、ありがたみが分かるのではないかと思います。



著者のジョン・マンディ氏は、神学の博士号を持つ司祭です。
『コース』を受け取り書き記したヘレン・シャックマン助教授、その盟友であり続けたウィリアム・セットフォード教授(共に心理学の権威)と非常に親しく接していた方で、彼ら亡き後は世界中で『コース』を伝え続けています。
また、訳者の香咲弥須子さんも、『コース』を実践し、教えている方です。

入門書としても大変親しみやすく、暖かみのある多くの解説で構成されている為に、「全然意味わかんない!」という方にも、受け容れやすいのではないかと思います。


因みに、完訳版『コース』はこちら(幾つもありますが、その中の一つを)。
テキスト、ワークブック等がありますが、今回は基礎の基礎であるテキストを掲載しておきます。


奇跡のコース 第1巻 テキスト―普及版奇跡のコース 第1巻 テキスト―普及版
(2014/06/25)
ヘレン・シャックマン

商品詳細を見る



幸せに生きる為のお役に立ちますように。



心安らぐ素敵な一日をお過ごし下さいませ。



台風が上陸しているようです。
各地の皆様、ご無事でお過ごしになれますように。

東京はその影響で涼しい夜になっています。
8月が涼しいと、少し不思議な感じがしますね。


先日ネット検索をしていました所、とある俳優さんのblogに『般若心経の現代語訳(ロック調)』が掲載されていました。
色々なことを試みる方がいらっしゃいますねー。
間口が広くなり、敷居が下がるという意味でも、内容の大体の訳から行っても、発想が素晴らしいと思いました(笑)。


お経や仏典は元々、お釈迦様の教えだったり、生きる知恵や世界に対する理解を深める教科書としてもたらされた物ですが、異国の言葉を元に古語で書かれている為に、現代の我々には殆ど意味が伝わっていません。
今や漢文を使って生活はしませんからね。


般若心経。
正式名称『般若波羅蜜多心経』は、今日では宗派関係なく詠み上げても良いとされているので、大変有名なお経ですね。

では、分かり易い現代語訳の転載です。





超スゲェ楽になれる方法を知りたいか?
誰でも幸せに生きる方法のヒントだ。
もっと力を抜いて楽になるんだ。
苦しみも辛さも全てはいい加減な幻さ、安心しろよ。

この世は空しいモンだ、痛みも悲しみも最初から空っぽなのさ。
この世は変わり行くモンだ。
苦を楽に変える事だって出来る。
汚れることもありゃ背負い込む事だってある。
だから抱え込んだモンを捨てちまう事も出来るはずだ。

この世がどれだけいい加減か分ったか?
苦しみとか病とか、そんなモンにこだわるなよ。

見えてるものにこだわるな。
聞こえるものにしがみつくな。

味や香りなんて人それぞれだろ?
何のアテにもなりゃしない。

揺らぐ心にこだわっちゃダメさ。
それが『無』ってやつさ。
生きてりゃ色々あるさ。
辛いモノを見ないようにするのは難しい。
でも、そんなもんその場に置いていけよ。

先の事は誰にも見えねぇ。
無理して照らそうとしなくていいのさ。
見えない事を愉しめばいいだろ。
それが生きてる実感ってヤツなんだよ。
正しく生きるのは確かに難しいかもな。
でも、明るく生きるのは誰にだって出来るんだよ。

菩薩として生きるコツがあるんだ、苦しんで生きる必要なんてねえよ。
愉しんで生きる菩薩になれよ。
全く恐れを知らなくなったらロクな事にならねえけどな。
適度な恐怖だって生きていくのに役立つモンさ。

勘違いするなよ。
非情になれって言ってるんじゃねえ。
夢や空想や慈悲の心を忘れるな、それができりゃ涅槃はどこにだってある。

生き方は何も変わらねえ、ただ受け止め方が変わるのさ。
心の余裕を持てば誰でもブッダになれるんだぜ。

この般若を覚えとけ。短い言葉だ。

意味なんて知らなくていい、細けぇことはいいんだよ。
苦しみが小さくなったらそれで上等だろ。

嘘もデタラメも全て認めちまえば苦しみは無くなる、そういうモンなのさ。
今までの前置きは全部忘れても良いぜ。
でも、これだけは覚えとけ。

気が向いたら呟いてみろ。
心の中で唱えるだけでもいいんだぜ。

いいか、耳かっぽじってよく聞けよ?

『唱えよ、心は消え、魂は静まり、全ては此処にあり、全てを越えたものなり。』
『悟りはその時叶うだろう。全てはこの真言に成就する。』


心配すんな。大丈夫だ。


[引用元]https://www.youtube.com/watch?v=QQBy1LA1uIU






色即是空、空即是色。


その言葉は知っていても、意味する処を知る人は少ないと思います。
知る必要の無い生活をしているとも言えます。

般若心経は有名であるが故に、暗唱してお経を上げることは出来ても、内容が理解出来ていない人は多いでしょう。
「でも唱えるのはいいことだから」という程度の理解が普通だと思います。
人に伝える為に作られたものが、誰かが訳さなければ伝わらなくなっているというのが、何とも不可思議な話です。



現世に生きる我々は、あれこれゴチャゴチャと引っかき回して、わざわざ面倒に生きてしまいます。
過ぎた出来事に縋り付いてあーだこーだと喚いたり、まだ見ぬ未来を妄想しては勘違いをしてみたりと、日々忙しく過ごしている、と。
実際どうかというよりも、マインド────頭の中が忙しいんですよね。

そういう状態が苦悩(仏教で言う煩悩)を作り出し、老病死苦その他諸々が生み出す苦痛から逃れられない要因としている訳ですが、自分の頭の中(潜在意識)で何が起きているかという件に関して、我々はなかなか理解に至りません。
だからこそ、こういった道標となるガイドブックのようなものがあったり、先を行く人々が真実を伝え続けてくれているとも言えます。

スピリチュアルな世界で己と対峙する道を選んだ人や、気付いて行くことを選択した一部の人以外は、「何故か自分は望んでいないのに、苦しいことが起きる」または「自分が悪いから、嫌な思いをせねばならない」と潜在的に思い込んでいます。
そういった勘違いや諸々の妄想が苦痛の元なのですよ、と説いているのが各種お経であるという話です。

一般的なキリスト教的思考や、日本に於ける『因果応報』という言葉に見られるように、「自分の手の届かない処で現象は発生している」「自分が悪いから悪いことが起きる」といった考え方が大勢を占めている中で、そういった潮流に一石を投じるのが般若心経ではないかと思われます。



この訳文がどの程度、真髄を伝え切れているかは置いておくとしても……



「心配すんな。大丈夫だ」




そう言われたら、一気に力が抜けたりしませんか…?




暑中お見舞い申し上げます。

毎日凄い暑さです。夕方以降、少し風が出るとホッとしますね。
栄養をしっかり摂って、こまめに水分補給をしつつ、無理なく夏を乗り切れますように!




暫く前に、渋谷マークシティでお昼を食べました。
茶鍋cafe saryo』です。
神楽坂にある『茶寮』の姉妹店で、茶鍋とデザートのお店。



茶鍋


デザート



豆乳の鍋を頂きました。
お野菜たっぷりで美味しかったです。
追加トッピングが出来まして、この時は餅と卵を入れて貰いました。
好みで色々とカスタム出来るのがいいですね。

デザートも種類沢山、ボリュームあり。
どっちも食べたらお腹一杯になりました!


神楽坂の本店は偶に行っていましたが、渋谷の方がよく使う割にこちらは初めてでした。
茶寮は和風のカフェですが、人気店なので並ぶことも多いんですよね。
いつの間にか店舗が増えていて驚きました。そりゃまー人気ですからねえ。

本店はゆっくりお喋りするのに向いています。
こちらの茶鍋カフェは、ちょっと立ち寄って満腹になれるお店でしょうか。
メニューが豊富で駅直結なのも魅力。
カップデザートはテイクアウトも出来ます。


また食べたいなーと暑さの中でボンヤリ考えながら、いやもう少し涼しくなってからにしようかとか色々…です(笑)。




茶鍋cafe saryo
渋谷道玄坂1-12-5 渋谷マークシティ WEST MALL 2F
【電話番号】03-3496-0990
【営業時間】10:00~21:00(L.O.20:30)



プロフィール

Sachi

blog owner:Sachi
潜在意識を活用した、ちょびっとスピリチュアルな総合セラピー、癒しのワークショップ・タロットカードセッションをしているSachiです。
穏やかに楽しく成長出来るよう、入手した情報や、日々の気づき&
発見などをシェアして気ままに更新。
イベント情報も随時掲載中です♪

※記事の内容、情報については一個人の捉え方、考え方に纏わるものが大半です。
絶対的な事実という訳ではありません。
また、私の理解や気付きの段階に応じ、記事の内容にも随時変化がありますことを何卒ご理解下さい。
過去の記事をご覧になってセッションやワークショップにご興味を持たれた方は、最新記事近辺を幾つかご確認下さいませ。


旧blogタイトルは『気づきのステップ』。


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