resonance

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Date : 2014年06月

◆ Infomation

【works】
★ヒーリングセラピー個人セッション
 都内で対面式の個人セッションを行っています。
 幸せと癒し、学びと気付きを得たい方へ、様々に対応させて頂きます。
 潜在意識を日常へと活用することで、より良い人生へ変えることが可能です。
 随時お受けしておりますので、サイトをご覧下さいませ。

★癒しのワークショップ
 毎月一度、都内で女性向けの体験型ワークショップを開催中です。
 沢山の変化・癒し・浄化・成長・気づきを促すテクニックが山盛りです。
 2017年11月5日・12月17日(全て日曜)
 の開催が現在確定しております。11月は11時~15時、12月は11時~19時です。
 ※11月と12月では開催時間、料金が異なります。
 ※以降の開催は決定次第upして参ります。
 ※それぞれ内容の詳細はサイトをご参照下さい。

梅雨らしい梅雨で、安心の毎日です(凄い雷雨で度々恐々としつつも 笑)。
雨が降ると、イイ感じで自分の思考を見つめる環境が整いますねー。




さて、今日は本のご紹介をば。

こうして、思考は現実になるこうして、思考は現実になる
(2014/04/21)
パム・グラウト

商品詳細を見る



某大きなブックセンターでは、週間ランキング一位になっていたのを見かけました。
今、売れているようです。

アメリカ人女性(シングルマザー)のパム・グラウトさんが書いています。
内容はワークブックで、思考実験を実際にしてみて、『自分が現実世界を創造している』という内容の証明をしましょう、というもの。

以前、大ブームになった『ザ・シークレット』も「引き寄せの法則」という言葉を流行らせましたが、こちらはもう一段階踏み込んでいて、「何故、望んだものを引き寄せることが出来るかというと、自分で全てを創造しているから」という内容を、科学者の言などを多数引用しつつ明記しています。


この著書のベースになる思想として、『A Course in Miracles(ア・コース・イン・ミラクルズ)』があります。
近年やっと邦訳版が出ましたが、日本では『奇跡についてのコース』『奇跡のコース』と訳されています。
『コース』についての概論はWikipediaに掲載されていますので、ご興味のある方は是非ご覧下さい。

『コース』の思想を根底に使い、カジュアルダウンした言葉でこれまでの既成概念に対し様々なアプローチを仕掛けつつ、
「要するに自分で何でも望んだように作れるんだよ。これまでもそうだったし、今もそうだし、今後もずっとそうなんだよ」
という内容を説いています。
説いているだけではなく、「誰でも証明出来るから、具体的にやってみて」と投げ掛けている本です。


願望実現、引き寄せ、自己実現、自己啓発系統の本は数多ありますが、この方の語り口が大変面白く、親近感の沸く内容が新しいわーと思いました。
例えば、キリスト教が歴史上非常に深く浸透している西洋文化では、この高度情報化社会に至る現代でさえ、半ばアンタッチャブルとも言える『聖書に出て来る"神"』『ローマ・カトリックが長々と宣伝しているイエス・キリスト』についても、容赦なくメスを入れているのが面白い話です。
以下、ちょびっと抜粋。


ほとんどの人が信じている「神」という存在は、人間の発明品だ。作り手にとって都合のいい嘘で固められている。(略)聖書に登場する神は、人間を罰することで喜びを得ているような危ない存在だ。--P.91

イエスはヒーローになることなど望んでいなかった。「私はクールだ。私の像を作りなさい。私の誕生日を一年でいちばんお金を使うお祭りにしなさい」なんて一度も言っていない。--P.96



その通りなんですが、表現が絶妙過ぎてむっちゃ笑いました(笑)。
色々なタイプのこういう本がありますが、『コース』の原典は文章が古語ちっく且つキリスト教用語が多用されているので(意味合いは大いに一般の神学とは違うものの)、文章のみで敬遠される方も多いでしょうが、このような文体なら気楽に臨めるでしょうね。
大変好感を持ちました。
……私がこういう文章に目が無いだけなんですけど(笑)。





ちょっと話は逸れますが、『生贄を要求する神』の類型神話は世界中に散見されます。
例えば、干魃が続くと「神が生贄を要求しているに違いない。特に若くて美しい女性が良い」等と妄想する訳です。
何故そのような妄想をしてしまうのかと言うと、その妄想をした人がそういう思考を持っているからですねー。
「え。そんなこと思ってないよ!」と言っても、ただ日照りが続いているだけでそこまでストーリーを展開させられる訳ですから、他に言いようがありません。

この妄想をする人が下手に権力者だったり宗教関係者だったりすると、「あんた何を馬鹿なこと言ってんの?」「それはオマエだろ!」と一蹴出来る人も居りません。
政治制度や文明の発展度合いの兼ね合いで、一般市民に情報開示されていない社会制度だとすると、一部の権力者や宗教家・学者以外は疑問さえ持たないことが当たり前で、常にトップダウンの社会になってしまいます。

結果、「よく分からんが、じゃあそうしなければ! わっせわっせ」ということになって、それがどんなに馬鹿馬鹿しい実りのない内容でも、どんなに悪辣な内容でも、法律化されてしまったり祭事として何百年も続いてしまったり…という事態に発展します。
その妄想を信じ込んでいる人にとっては、様々な現象を拾っては「ほら、やっぱりそうだ!」と正当化し続けるので、我に返る日を待つしかありません。
ですが、スタートもプロセスもゴールも、単にでっかい投影です。

そして、現代社会に於ける我々も、大体これと似たような妄想ストーリーを色々な出来事に当て嵌めて、「○○なのは××だからに違いない。だからこうしよう」「ほれやっぱりそうじゃないか!」というドラマの中で生きています。
毎日が投影祭り(笑)。


聖書については、長きに亘り様々な意図を以て削除・追加(改竄・捏造とも言う)が為されて来た部分が多いでしょうから、まんまを鵜呑みにすることはないでしょう。
真理を突いている箇所も多分にあれば、その逆もまた然りということで。
何にせよ、人間が書いたものであることには代わりありませんから。
そして人は、自分の見たいものを見たいように見る生き物なのです────我に返るまでは。


閑話休題。



本書は『コース』の思想を汲んでいるとは言え、内容は物質・現象化に関するものが大半を占めており、誰でも取っつきやすいと思います。
恋人が欲しい、収入を増やしたい、引っ越したい、キャリアアップしたい、人間関係を良くしたい、等々の目的が具体的にある方は、楽しんで読めることと思います。

ランキングでも上位に食い込むのは納得の中身でした。
読み物としても、面白かったです!


「出来れば早い内に方向転換した方が良いですよ。いや本当に」
ということをお話しする機会が度々あります。


不毛なことの為でも、躍起になってコントロールの為に注ぎ込んだ労力と時間が大きければ大きい程、「今更違ってたなんて絶対に嫌だ! 自分が馬鹿みたいじゃないか!」と、益々成果の上がらない方へのめり込みます。
注ぎ込んだ労力に対して、元を取りたい訳です。
自分が元を取る為に、無理矢理周りを変えようとします。

欲しい結果が出ないので、毎秒それを否定しては、また上書きしようとする。
でも出来ないから、怒って上書き……この繰り返しです。
時間が経てば経つ程、やればやる程、解消する、手放す、或いは幸せな方向へ方針転換することが難しくなります。


難しくなる、というよりも。
自分で目を閉じ、耳を塞ぎ、差し伸べる手をはね除けて、路線変更を難しくして行くのです。

折角忠告や諫言を寄越して下さる人を、悪意の塊として受け止めるようになり、「誰も私のことを分かってくれない!」と非難し、被害者の仮面を被りどんどん悪化する方向へ自ら流れて行きます。
善意の人とは断絶し、不幸な方向へ誘ってくれる人を良い人だということにして、益々不幸スパイラルへ。


「これまでこのやり方が正しいと思ってやって来たのに、どうして今更変えなきゃいけないの!?」
というのは、"それまでのやり方・在り方自体が自分"だと思い込んでいるからこそ出て来るコメントなのですが、『変える』というのはやり方というよりも結末を変えるのであり、今後の目的を変えることです。
ゴールですね。何処へゴールしたいかを変えるだけなんです。

とは言え、ゴールを変えれば結果的にプロセスも変わって行くことが大半です。
結果によって、プロセスのカラーも変化します。受け取り方も変わります。

前回の記事で、占いのことについてちょっとばかり言及していますが、結果に対して有効活用するならば、占いでも何でも良いアドバイスになると思います。
自分もタロットや易を扱うので、否定する気は全くありませんし、これまで沢山の方からお役に立ったというお言葉を頂いておりますので、要するに目的に対して何をどう使うか。ということを言いたいまでですね。

道具(プロセス)自体にべったり依存すると、主体性を失って自分では幸せになれなくしますよ、というお話。
先ず自分が何を目的にしているかを明確にしてから使いましょう。
そうしたなら、心強いサポートを差し出してくれることと思います。



さて、前述のように自己破壊的な目的を隠し持っている場合、自分をダメにする人は善人だということになるだろうし、逆に正気への道へ誘ってくれる人は悪人になります。
目的が幸せなのだとしたら、その逆に映ることでしょう。

例えば何かの中毒に罹っている時。
中毒症状から抜け出そうとする人にとって、その元凶になるものを寄越す人は悪人になります。
でも、中毒を抜ける気が無い人にとって、悪化させるような行動を取る人は、善人になる。
あくまで自分が何を目的にしているかによって、周囲の景色さえその色を全く逆に変えてしまうということです。


肉体が病気になって進行の度合いが酷くなりすぎると、引き返せなくなります。
あれと同じことが、人間のメンタルにも起き得ます。

如何に外部から来るように見えることであっても、自分の身に起きるならば自分のことです。
現実を認めない、受け容れないということが、どれだけ自分の首を絞めているかに気付くまで、"それ"は続きます。
粘って粘って…気付く前に人生が終わってしまうかも知れません。

誰かの、何かのせいだと怒って攻撃し続けていれば、あんなことは認めないと否定していれば、嫌だ嫌だと騒いでいれば、いつか現実がすり替わるんじゃないか…無かったことになるんじゃないか…他人に押しつけられるんじゃないか…逃げおおせるんじゃないか…突然凄く良いことが起きるんじゃないか…という妄想を抱くものの、過ぎ去った過去の改竄は出来ず、更に捏造も出来ず、欲した結果は出ないままです。
これは誰であっても同じです。生まれも育ちも一切関係なく、等しく同じ条件の下で我々は生きています。


現実を否定し、拒絶し、自分がこれまでもこれからも正しいことを無理矢理押し通すのか。
事実の前に頭を垂れ、膝を折るのか。

毎秒、選択は可能です。
その選択も、何を目的にするかによって変化します。

どうなりたいですか?
どう在りたいですか?
ゴール設定をどうしますか?
そう問われて、何と答えるかです。




自分も散々やっているので解りますが、いやはや本当に、如何に幸せから逃げ回って来たかということに感心するやら呆れるやらです。
自分が正しい、周りが間違ってる、やってるのにならない、自分は被害者だ、あれが嫌だこれが嫌だ…等々言っている間は、「不幸でいまーす」とコミットし続けているようなもんです(笑)。

もっと早く気付けば良かった。うーん。
とは言うものの、ぼちぼちでも気付いて来たから良かったですよ。ええ。
私は物分かりが早い方ではないのだな、っていうか凄く遅いのだな。ということがよく分かる経緯を歩んでいます(笑)。

でもやっぱり、方向転換するなら早い方がいいと思うんです。
不毛グセ・不幸グセを切り上げるのが早ければ早い程、逆に幸せな時間が増える訳ですからね。
個人的には、その方がいいなーと思って生きています。


昨日は6月度のワークショップでした。
半期に一度、長時間での開催です。
ご参加頂きました皆様、長いお時間ありがとうございました!

終了後は焼肉タイム!
お肉に夢中ですっかり画像を撮り忘れました(笑)。
気は心でデザートのシャーベットを…。


sherbet


美味しく頂きました。
皆様もお喜びで、良かったです~。



それでは、現在確定している今後のワークショップスケジュールです!


★7月
7月13日(日曜) 午前11時~午後3時

★8月
8月17日(日曜) 午前11時~午後3時

★9月
9月14日(日曜) 午前11時~午後3時


詳細はサイトをご覧下さいませ。







我々は人生を生きる中で、数多くの願望を持ちます。
「どうしてこうならないんだろう」
「どうしてこうなってしまったんだろう」
という不満が思考の大半を占めている場合、自分の目の前にある恵みに全く気付けないで生きて行くことになります。

出来事をどう受け取るかではなく、出来事・現象自体に吉凶があるという、外部に依存した生き方をしてしまうと、自力では幸せになれないということでもあります。
それでも人間は、何とかして自分の責任を逃れようとする意識が働き、「結果は自分の責任ではない」という言い逃れをし続けます。


つらつらと言い訳が沸いて出て来る時、それは外側に対してエクスキューズする目的もあるでしょうが、実は自分に対して弁解しているのです。
一枚べろっと捲れば、その下には「自分が悪い」という思考が隠れていて、それをどうにか誤魔化そうと必死になっているだけ。

人はついつい
「周りの人は私のことをこう思っているに違いない」
「こうするつもりに違いない」
という妄想を本気にしてしまい、事実ではなく妄想の中に生きてしまいます。
何故そのように思い込めるのかと言えば、自分が自分に対してそう思い込んでいるからという理由に他なりません。投影しているんですよね。


自分の意識に潜むシャドウに気付かず、疑心暗鬼と怒りによって人生を支配させてしまう時、「自分は周りのせいで不幸なのだ」ということにしてしまいます。
これを続ける内に「周りのせいで不幸」と責任を押しつけること自体が目的になってしまい、「幸せになるぞー」という意識は何処かへ霧散してしまいやすいものです。

今度は「周りのせいで不幸だ」と言い続ける間に、「ほらやっぱりそうじゃないか!」と妄想を証明し始めます。
結果的に、自己完結的な予言を成就させてしまう訳ですね。
あれが悪い、これが悪い、あれのせいでこれのせいで……。
このループに入ると、「不毛なことをしている」と我に返るまでは幸せというものへ意識が向きません。


さて、表面的にはどう考えても変わった方が幸せに間違いない、ということでも、実際変化が起きないケースが沢山あります。
変化は"起きる・起きない"というものではなく、あくまでも"自分で明確な方向に沿って起こす"ものなのですが、「やっぱり○○のせいでならない」という使い慣れた言い訳をストックしてある都合上、変化は起こさない方が楽なような気がしてしまうことも。

更に、触りもしなければ考えもしない間に、棚ぼたの良いことが起きる筈! という期待を続け、毎日アテが外れ続けて怒り…それを今度は他人や運命のせいにし始めます。
「誰々が教えてくれないから」
「誰かがやってくれないから」
「誕生日による運命がこうだからだ」
とかね。
占いが流行る理由はこれでしょう。

うーん。
そうすると、幸せという出口が見えませんよね(笑)。



欲しい欲しいと言い続けているものが、今すぐやって来ても良いのでしょうか。
今、たった今、リアルに目の前にドン! と現れて、それを信頼出来るのかどうか。
「はい、100%信頼出来ます」
と言い切れる人は、先ず居ません。
だって、言い切れるようなら今頃とっくにそうなっているからです。
これは自己理解を深める中で確信しています。
沢山の方々のお話を伺う中でも、間違いなくそうです。

「いつかは」
「一年後位には」
「○ヶ月先には」
と先延ばしにしている間は、「それは嫌です」と拒絶し、自ら蹴っ飛ばしていることになります。

欲しいなら、何故"今すぐ"と言い切れないのか。
口で何を言っても、では何故それが目の前に無いのか。

理由は自分の中にあります。
欲しいと言いながらもそうしないのは、自分自身がそのようにコマンドしているからなのです。
自らの意識を直視し続ける中で、「あっ」という気付きが訪れることと思います。


昨日のワークショップでは、こういった部分について皆さんがちょびっと目を向ける機会になったかと思います。
日頃の生活の中で自己観察を続け、言い訳や自己弁護をしょっちゅうしていること、それを何の為にしているかについて、理解が深まればと思います。
理解が深まれば、自動的に道が拓けて行きますからね。

ではでは、来月もお会い出来ますことを楽しみにしております♪


明日は月イチのワークショップです。

6月と12月はロングバージョンなので、いつもより学びや気付きが深い部分まで到達する可能性が高くなります。
お天気も良さそうで、今からワクワクしますね~。





先日のアクセサリー、続き分をupします。




ブレス

三連ブレスレットです。
レインボーに染まるマザーオブパールが優しい色合い。
ウッドビーズ、スワロフスキーエレメントとのコンビネーションは、気分でシングル・ダブル使い等々、遊べると思います。



ピアス

上記のブレスレットにも使用している、染めたマザーオブパールのピアスです。
ライトグリーン~イエローとグラデーションが掛かっています。
ゴールドカラーの地金と相性◎。




ピアス

ジェリービーンズのピアスです。
レジンで念入りにコーティングしてあるので、食べられません(笑)。




ピアス

タンジェリンカラーのピアスです。
ヌードカラーのビーズと合わせ、やや落ち着いた配色にしてあります。
夏場は大活躍すること間違いなし!




ネックレス

鮮やかなブルーのネックレス。
胸の真ん中くらいまでの長さがあります。
ジャラジャラしているので、シンプルな服装にオススメ~。




ネックレス

ロングの三連ネックレスです。
ぷっくりしたハートのチャームが可愛い、ゴールドカラー。
二連の部分は金色のツイストビーズ。大人っぽいイメージでハートとのバランスを取っています。


作っていて、とても楽しかったです。綺麗な色が映える季節ですよね。
夏場はあちこち歩いていても、カラフルなものが視界に飛び込んで来て気分が高揚します!




明日は皆さんにお会い出来ますこと、楽しみにしております。
お気を付けてお越し下さいませ♪


自分が生活の中で色々やっていることには、必ず理由があります。


内容がポジティブであれ、ネガティブであれ、自分のパターンであることに変わりはなく、仮に先祖代々受け継いだ因子なのだとしても、自分の人生に現れているなら"自分の持っているパターン"ということになります。

改善出来ないこと、悪いと分かっていてなかなか変えられないこと。
いつもネガティブな気持ちになる結末なのに、毎度同じで…ということも、例外ではありません。


ポジティブなパターンについては、「自分がやった・望んだからそうなった」と自信満々で言う。
なのに、ネガティブなパターンについては「こんなことは望んでいない、私ではない」と、まるで自分のことではないかのように目を背けやすいものです。

ポジティブに見えようと、ネガティブに見えようと、自分のパターンであることに違いはありません。
動機があり、目的があり、そしてそれらに沿って結果が出ている。
結果(をどう受け止めているかの気持ち)を見て、ポジかネガかを判断し、自分の責任か他者の責任かを振り分けているということになります。



如何にネガティブなパターンでも、何らかの目的があってやっています。
そうです、『やっている』のです。自分で。

似たようなタイプの人が周りに多いとか、似たような現象がよく起きる等々、下手に他者が関わっているケースだと、"自分は被害者で周囲が加害者"という安直な構図を使いたくなります。

自分は無辜の被害者だから、周囲が変わるまで自分は何もしなくて良いのだ。
周りが変わるべきだ。
自分は正しくて周りが間違っており、悪いのだ。
────だから楽をしたいなら、ずっと被害者で居ればいい。貰える一方でいいじゃないか。


はい。
よくある思考のメカニズムですね。

しかしこの思考には落とし穴があります。
「他者が気紛れに自分に何かを恵んでくれるまで、良い結果が出ない」のです。
他者が自分の欲しいものをくれるという根拠は、保証は、一体何処にあるのでしょう。

欲するものを他者が恵んでくれない間は(つまりはずっと、ということですが)、怒り続けることになります。
それで良いなら、延々怒り続けながら来世辺りまで気長に待つという手があります(笑)。




さて、ネガティブなパターンを変えたい、解消したいという場合。
原理的に言えば、それが発生する・自らやらかす必要性が無くなれば良い訳です。

逆に言えば、現象が続く間は自分にとってそれが発生する必要性があり、やっている理由があるということで。
もうやらないとかやめるとか言っても、やっている自覚がない間は難しいと言えます。


まず最初に目を向けるべきは、その全貌です。
そして何の為にやっているのか。

「何の為って、嫌なのに!」
と仰る気持ちも分かるのですが、目の前にある以上は幾ら嫌だと言った所で、どうにもなりませんから。

いつもどんな結果が出て、どんな感想を抱いているか。
この出来事によって何らかのメリットを得ているとしたら、それは何か。
また、デメリットは?
あるとしたら何でしょうか。


パターンを変えて行く時、解消して行く時、事実を真っ直ぐに見つめる目が必要です。
自分に対する無慈悲な程にシビアな目が、内面にある逃避や嘘、不幸好きな部分を炙り出します。

厳しい視点が何故必要かと言えば、ずっと見たくない見たくないと言って目を背けて来た訳ですから、相当腰を据えないと、直ぐに逃げようとしてしまいます。そしてまたループは続く。

自分を悪く見ろとか自分を責めろということではなく、正直に見ましょうということです。
自己弁護、言い訳、被害者と加害者という色分けをするのではなく、事実をありのままに。


それは、自分に対する愛から生まれる姿勢です。
幸せを自分に与えたいなら、現在持っているネガティブなパターンや破壊的なパターンを手放す必要性がありますね。
自分に対して何を与えるかに基づいて、これまで固持していた姿勢を変えて行けるでしょう。




先日は物凄い雨量でしたね~。
何でも、先週三日間で梅雨時の総雨量を超えたとか? 驚きです。
気温の上下も激しいので、ご体調等の配慮はお気を付け下さいませ。

さてさて雨の中で何をしていたか。
何をって、いつも通りなのですが(笑)。
こんな感じで色々作っていました。



bijou

キャンディカラーのチョーカー&ピアス。
パールネックレスは、チョーカーサイズです。
首周りにピッタリ気味で沿う長さ。ローズカラーのトップは取り外し出来ます。



bijou


bijou

色違いのビジューペンダント。ビジューは今年凄く流行してますね!
取り外し可のクリッカーに、グログランリボンを通してあります。
長さ1メートルなので、短く切って使うことも出来るし、首の後ろでリボン結びにして使うとおしゃれかなと。
お手持ちのチェーンに通すことも出来ます。




次はピアスです。
スワロと揺れるチャームのコンビネーションがかわゆいー。


bijou

bijou



bijou


bijou


bijou



タンジェリンは左右でモチーフ違いです(月と星)。
日頃はオレンジカラーに馴染みが無いのですが、新色のタンジェリンは本当に綺麗です! 超オススメ!

コットンパール、リボン、その他オープンハートなんかもあります。
とにかくキラキラ光ってすっごく美しいので、ニヤニヤしながら作っていました(笑)。


珍しく、自分用にも幾つかキープしてしまい。あ、タンジェリンはキープしましたよ!
いつも、基本的に作るだけで気が済んでしまって、あんまり自分用にはしないのです(笑)。
日頃モノトーンの服装が多いので、アクセサリーでアクセントを作るのが好きですかねー。
シューズやバッグ、アクセサリー類の小物なら、色々チャレンジ出来ていいですよね。

アクセサリーの制作中は、瞑想用CDを流すといったことが多く(気分によってはガリガリのロックとか 笑)。
外側に目が向かないせいか、様々なヒントが浮かんだり、「あ」と気付きを得ることが非常に多い時間です。
制作タイムは有り難い時間でもあり、必要な時間でもあり、といった所でしょうか。



まだまだブツがあります。
掲載しきれないので、後日に続く。いやっほー(笑)。


降り止まぬ雨の中。
チケットを頂戴しまして、新宿タカシマヤにて開催中の、『草月いけばな展みどりの瞬間(とき)―次世代へのメッセージ』へ行って参りました。



DSC_2486b.jpg

ゆるキャラブームがこんな所にも。
会場入り口で『いけるちゃん』がお迎えしてくれました。
お疲れさまです。

会場内は例によってカオティックな雰囲気でした。
今回は草月流のみの展示なので、以前拝見したいけばなの乱舞に比較すれば、シンプルに見える…かと思いきや。





DSC_2489b.jpg
発芽してたり(梅の実を突き刺してあります)。


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巻かれていたり。


浮いてるのは林檎。
林檎だけ浮いてたり。


生け花って何。
と言わざるを得ない、ドシロウトでございます。

ソテツの葉っぱなどの、ごわごわした系統を素材として使われる方が目立ちました。
何を表現しているかの添え書きがあるのですが、添え書きを読んでも理解を超えています(笑)。




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こちら、仏像ゾーン。
いえ、仏像はありませんが。
立像のイメージを感じたのでー。



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今回、浮いてる系の作品が多かったです。天井からテグスで吊ってるやつです。
先生方は何故浮かそうと思われたのかと。




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壁?
偉い先生方の合作です。大きいことは間違いなく。




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最後は綺麗な花器でホッと一息。


右を見ても左を見ても、浮いてたり巻いてたり爆発してたりすると、ドキドキしますね!(笑)
生け花ってドキドキするものなのかどうか、等。色々考えます。
とても面白かったです。




当日券800円、15歳以下の方は無料。
6月10日(火)まで開催中です。
新宿へお運びの際は、是非ー。



存在を忘れていましたが、ちゃんと雨が降って来て思い出しました。
そう言えば例年この頃は梅雨だった!(笑)

すっかり夏気分でした…いやー危ない危ない。






「私はこういうつもりだったのに!」
という言い回しがあります。


●○というつもりだった→だから、特定の結果を期待していた→ならなかった→そんな筈はない、馬鹿な!(怒る)


よくありますね。

自分はこいういうつもりだったのに(または、そんなつもりは無かったのに)、以下色々。
例えば、良く思ってくれなかった、誰々がこうしてくれなかった、言ってくれなかった、やってくれなかった。とか。


事態が膠着状態に陥る時、「自分はこういうつもりだった」という方だけに視点が固定されています。
結果としてどうであったかについては、認めない。もうあるのに、見えなくしている。
でも現実・事実としてどのような結果が出たかを見なければ、次のステップへ移れません。

「こいういうつもり」という言葉を使う時に気を付けた方が良いのは、「つもり」という部分です。
あくまでそれは自分のみの腹積もりであって、実際の現象ではないということ。
ただのイメージ、妄想とも言い換えられます。


例えば、対人関係でこれをやると、ドツボに填ります。
自分がどのようなつもりであったかについて、周囲の人に押しつけてしまうと煙たがられますから。
そんなの嫌ですよね。

相手からしたら、実際の言動しか見えない訳で。
口ではボロカスに罵られていても、頭の中では「好きなのよ!」と木霊していたとして、実際どう取るかってそりゃー…(笑)。
極端な事例ではありますが、頭の中でどういうつもりであったか等、相手の方にしてみれば知る由もありません。


しかしあまりに主観に溺れてしまうと、自分が解りきっていることなら相手も分かる筈だ! という妄想で一杯になり、何故相手が自分の期待したリアクションを取らないかについて、全く頭が回らなくなります。
で、怒る。

有り得ない、認めない、そんな筈はない! 相手が、現実が間違ってる!
ということで、既に起きた現実についてずーっと否定を続ける羽目に…。
これを"現実と取っ組み合う"と言います。

また、"現実との取っ組み合い"にはバリエーションがありまして。
『起きていないことについて怒る』
というのも、割と多いです。というか、かなり多い。
平たく言うと、これも『期待が外れる』ってことですね。



という訳で、怒りを大別すると

『発生したことについて怒る』
『発生していないことについて怒る』


で、殆ど片付くかなーと思います。
「なんでこうなったんだ!」
「なんでこうならないんだ!」
の二種類ですね。

怒るというのは、否定・拒絶のことです。
どちらにせよ、「そんな筈はない!」という怒り。
ざっくり言うと、怒っている時は常に『現実に対して否定・拒絶』をしているというお話になります。



しかし残念ながら、発生した現実が全てです。
それ以外の現実は無く、更に既に過ぎ去った過去の改竄は出来ません。
「もしも」とか「ああだったらこうなっていたのに」「こうなる筈だったのに」というのは、あくまでも妄想であって事実ではなく。
幾ら怒っても、否定しても、嫌だと言い続けても、絶対に変わらないんです。

否定も拒絶も何かの現象ありきでそう思う訳ですから、何処かでは「実際、それが現実なのだ」と解っているとも言えます。
でも、長きに亘り何重にも否定し拒絶し続けることで、いつしか自分を欺き続けることが当たり前になって行ったりもします。

その場合、自分が怒っていることも分からなくなり(それがデフォルトの状態だと錯覚しているので)、何を望んでいたか、何に対して否定しているかも忘れて行きます(潜在的には当然分かっています)。
何らかの願望があって、長いことピクリとも動かないものがあるなら、怒りや苛々を感じるのなら、このどちらかである可能性が高いんじゃないかと思いますよ。



ところで、『発生した出来事は変えられない』ものですが、受け取り方は変えられます。
受け取り方というのは、どういう視点で事実を眺めるか、ということですね。

出来事がどうであれ、それに対して理解し納得しきれば何の問題も感じなくなります。
誰か・何かのせいにするという責任転嫁、怒りや恨みや妬み、その他諸々の執着が綺麗に剥落して行きます。
それを問題だと思い込む必要が無くなる訳です。
過去あったことは過去あったこととして執着することなく、今に戻って来られます。

身体は今を生きている筈なのに、頭の中は過去で一杯。
発生した・しなかったことに対する否定と拒絶。
我々が不幸と呼んでいるものの正体は、大概これです。


過去を過去として眺められるようになるのか、妄想と現実を混同して不幸を満喫するか。
選べます。
今、この時から。

いつも書いていますが、何をやったとしても、どちらをやったとしても、それは個人の自由なのです。
やっていることをいちいち否定しなくても大丈夫。
気が向いた時に、気が向いた方をやったら良いと思います。
自分自身の人生なのですからね。



個人的には、現実を受け容れながら生きて行く方が、すんごくラクだとは思います。
書いている内容は全く他人事ではなく、現在進行形で日々「いやもう、本当に…」と頷くばかりですから。
うわ、こんなに拒絶しまくってたのかー! と気付く度に、ヘロヘロします(笑)。

でもね、気付けばラクになりますから。自己理解が進むと、生きるのがラクになります。
逆を言えばラクになったということは、これまで自分が否定と拒絶をどれだけ積み上げていたかという証左でもあります。
祭りですよ、祭り。否定祭り(笑)。

いやー、人間の意識は奥深いです。



瞬く間にもう6月~。

突如、猛暑がやって参りました。
あんまりにあんまりで死ぬかと思った…この先が思い遣られます(笑)。

ノースリーブ着てサンダルって、完全に真夏のファッションですよ。
毎年6月入った途端にこんな格好してましたっけ? と、一瞬混乱しました。
例年、気温に関してはこんな感じであたふたしてますよね。
だからきっと毎年そうだ。そうに違いない(笑)。



さてさて。
珍しく、クリスタルスティック(水晶柱)を入手しました。

表面にピンク色のコーティングがされています。
見た感じはオレンジピンク、という感じでしょうか。


Crystal



Crystal



Crystal


オレンジ色で、角度に依ってメタリックなピンクの発色。
わーお、カッコイイ!
と、ついつい考えなしに手に取ってしまいましたが、これからどうしよう(笑)。
素材だけで眺めているのみでも、満足しちゃうんですよね。

自然が産み出したバロックな形が、また美しい。
研磨され、正確なシェイプを形成する美しさもありますが、こういった不揃いな形だからこそ感じるものも、またいいですねー。


ニヤニヤして終わらないように気を付けます(笑)。
でも、こういう風に使っていないままのストックがちょっとあるんですよね。
日の目を見せてあげられる日を作らなければ。
暫くはインスピレーション待ちで。



ではでは、良い一日をお送り下さいませ。



プロフィール

Sachi

blog owner:Sachi
潜在意識を活用した、ちょびっとスピリチュアルな総合セラピー、癒しのワークショップ・タロットカードセッションをしているSachiです。
穏やかに楽しく成長出来るよう、入手した情報や、日々の気づき&
発見などをシェアして気ままに更新。
イベント情報も随時掲載中です♪

※記事の内容、情報については一個人の捉え方、考え方に纏わるものが大半です。
絶対的な事実という訳ではありません。
また、私の理解や気付きの段階に応じ、記事の内容にも随時変化がありますことを何卒ご理解下さい。
過去の記事をご覧になってセッションやワークショップにご興味を持たれた方は、最新記事近辺を幾つかご確認下さいませ。


旧blogタイトルは『気づきのステップ』。


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