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Date : 2014年05月

◆ Infomation

【works】
★ヒーリングセラピー個人セッション
 都内で対面式の個人セッションを行っています。
 幸せと癒し、学びと気付きを得たい方へ、様々に対応させて頂きます。
 潜在意識を日常へと活用することで、より良い人生へ変えることが可能です。
 随時お受けしておりますので、サイトをご覧下さいませ。

★癒しのワークショップ
 毎月一度、都内で女性向けの体験型ワークショップを開催中です。
 沢山の変化・癒し・浄化・成長・気づきを促すテクニックが山盛りです。
 2017年8月13日・9月3日・10月8日(全て日曜)
 の開催が現在確定しております。全て11時~15時です。
 ※以降の開催は決定次第upして参ります。
 ※それぞれ内容の詳細はサイトをご参照下さい。

あっという間に五月も下旬突入です。
来月から衣替えですね! 本格的に夏が近づいて参りました。

とは言え、最近の東京は寒暖の差が激しかったり、昼は暑くても夜は涼しかったりで、ご体調が思わしくない方もいらっしゃるかと。
どうぞお身体大切になさって下さいませ。




近年、出現した単語に『マウンティング女子(まうんてぃんぐ・じょし)』というものがあります。
マウンティングとは、主に猿に見られる行動で、相手の上に乗っかって自分の権威をアピールする行為を指します。

要するに、「私が! 私が!」「私の方が!」「自分の方が凄いんだから!」と、延々自己主張及び自慢を続ける女子のことです。
女性ファッション誌でも特集されておりまして、激増の一途であると社会的に認知されているのでしょう。
噂では、それを題材にしたドラマもあるとか。

これ、特に女性に限った問題ではなく、男性にも沢山居ます。
男性の場合だと、"オレオレ"とか"俺様"って言いますねー。


ざざっと特徴を並べてみましょうか。


他人と対等なコミュニケーションが取れない。
他人様の話をちゃんと最後までウンウンと頷いて聴くこと(傾聴)が出来ない。
というか、全く聞かない(だから覚えていない)。
相手の話を遮って、自分の話を延々する。
自分が如何に優れているかを、自分のみならず周囲の人間等を持ち出して終始アピールに勤しむ。
自分が特別な存在であることをやたら強調する。
良いものは自分だけが独占しようとする。
周囲を間違っていると罰したがる。
他者よりも上の立場を取ろうとする。
周りを操り、コントロールすることに全てを費やす。
思い通りにならないと怒る。
延々愚痴る。喜ばず、文句を必ず言う。
他人の悪口が好き。または非常に批判的。
感謝出来ない(いい人アピールの為に、口先だけで言う場合もあり)。
他者の幸せを喜べず、妬んでケチを付ける(無自覚なケース多々あり)。
主導権を毎回取りたがる。無駄に注目を集めたがる。
周囲が如何に自分を認めてくれないか、涙ながらに語ったりする。
派手であればあるほど、凄いと思い込む。
アピール上手。ずっとアピール。全部アピール。


等々、沢山の特徴があります。
現在の日本にはすごーく沢山居るので、実は人としてそっちの方が普通なんじゃないか…と錯覚する程です。
いや、冗談です(笑)。

でも、とっても多いのは本当です。
右を見ても左を見ても、あっちもこっちもマウンティング…凄いなあと。


で、これをやっている場合に共通して見られるのが、
「自分はこんなに優れているし善人なのに、なんで幸せじゃないんだ」
という意識です。

傍目からは非常に恵まれて、文句の付けようもない程に幸せな生活をしている人も多いのですが(そうでない人も居るでしょうが)、状況に拘わらず考えていることは同じだったりします。
このタイプの方々は体裁をとても気にするので、外面としては「私って凄く幸せなの!」というアピールをしまくっているかも知れませんが(不幸アピールで出す場合もあります)、実際に何を感じているかというと、如何に自分が不幸であるかということです。


"不幸"の内訳を見てみると、

・他人が自分を褒めちぎらないから
・他者より優れている、特別であると(世界)全ての人が認めないから
・世界中の人間がちやほやしてくれないから
・もっと良い待遇の生活が出来る筈なのに、誰かがそれをくれないから
・周りの人間が奴隷のように思い通りに動かないから


等が代表的な内容でしょうか。

ということで、24時間365日激怒しているんですね。
怒りと妬みで人生の殆どを浪費している状態です。



え。
冗談だろうって?

ホントですよ。
臨床の現場で散々聞いて来ましたから。
本当ですって。



どうしたらこのタイプの方々が幸せになれるか(既に幸せだと理解出来るか)、というのがセラピスト・カウンセラーの先生方が悩んでいらっしゃる所です。
これをやっている間というのは、どんどん運が下がって行くんです。
最初は思い込みだったのが、実際に不幸になっちゃう。
そして、その不幸を次の世代に渡してしまいます。孫子の代まで呪いを掛けるのと同じです。

逆に、あるものを謙虚に頂いて、喜びや幸せ・感謝に溢れた日常を送っていると、運は上がります。
それを次なる世代へバトンタッチすることも可能。
どっちを取るかは、当然選べます。

既に受け取っている豊かさが沢山あるのに、無いものとして処理されていると、
「じゃあ、今あるものに感謝する所からやりましょう」
と提案しても、「もう感謝してます!」「私が欲しいのはそんなものじゃない!」と、逆ギレされたり…ということが多々あります。



マインドタイプは個人個人で違いますから、提案はカスタマイズしているのですが、頑として
「自分は正しいんだから、そう言え。周囲を変えてよ!」
という態度のままで、怒りを貫いて何年も頑張る…という方もいらっしゃいます。

無自覚でこのタイプ、又は逆方向に自己認識をしているこのタイプも沢山居ます。ああ、殆どですね。
逆方向の認識とは、自分は非常に繊細で謙虚で優しくて善人で感謝に満ち溢れている、と思い込んでいるのに、やっていることがマウンティングというもの。
本当に色々なタイプがありますね。



先ずは自分がやっている言動に注意を向ける、意識的に自分を見るという所からやってみましょう。
「うわ、ホントにやってる!」「あー私はこう思ってるわ」と気付けば、次のステップが必ずあります。
なんでそんな言動を取るのか、理由がありますからね。
一つずつ理解して行けば、そこへ目を向けられるように段々なって行くでしょう。

いずれこれを卒業出来るなら、「生きていて幸せだ」「有り難い」と心底思える日が来ます。
気付いてしまえば簡単なことですし、自ら運をどんどん上げて行くことが出来ます。


今この瞬間からでも良い方向へ変えて行けるのが、人生の良い所。
どんどん運を上げて、幸せな人生へと作り直して行きましょう!




8月度ワークショップの日程が決まりました。
今後三ヶ月間のワークショップスケジュールは、こちらになります。


●6月度
6月15日(日曜) 11:00~19:00

●7月度
7月13日(日曜) 11:00~15:00

●8月度
8月17日(日曜) 11:00~15:00



です!

6月度は半期に一度の長時間開催です。
集中的に癒しや気付き、自己理解の度合いが深まります。

詳しくは、こちらでご確認下さいませ。

是非、遊びにいらして下さいねー。


●ご感想・体験談はこちらからどうぞ♪







自己理解や浄化が進んで行くと、様々な変化が現れます。


「頻繁に起きていたトラブルが激減、若しくは無くなった」
「欲しいものの具現化(引き寄せ)がスピーディーになった」


というものは序の口で、最初は驚いてもどんどんこれが当たり前になって行きます。
その上、人に依っては様々な恩恵がもたらされます。

外側から奪おうとすることをやめ、自分を見つめて手放したり理解を続けることは、自分を愛することです。
その結果、スピリチュアルの本によく書いてあるような「ビックリするようなこと」が起きたりする場合もあります。


更に、色々な方を見ていて特筆すべき点は、女性なら『美人度が上がる』ことでしょうか。
男性だと『男前度が上がる』、ということですね。

本来持って生まれた魅力も、ネガティブな観念や感情・思考の数々、そして栄養不良等から損なわれてしまうケースは非常に多い訳ですが、心身両面から自分に対して手を掛けることで、驚く程に見違える人は沢山居ます。

その人らしさが心身から放射され、その様子は傍目からも「うわ、凄い!」と思えるような美しさ。
「以前より若くなった」と言われる方も多いようです。
美男美女好きとしては、そりゃもう眼福ですよ。ありがたや(笑)。

ついでに、『着ている服や持ち物まで高級に見える』こともあります。
高価なブランドものに頼らなくても、自身がブランドそのもののように高級に見える。
本人の浄化度が上がると、色々な所へ効果が波及するんですねー。


「外見を褒められるようになった」というお話は、とにかくよく耳にします。
世の女性には、特に嬉しいお話かも知れません。

自己と向き会い続けること、自己成長を続けることへのメリットは何かと訊ねられれば、答えは山のようにあります…が。
単純に、「美人になるんだよ」と言われたら、私はかなりの説得力を感じます(笑)。


自分を幸せにする方法は沢山ありますが、中にはこんな形もあるよ、ということで。



小さなカタツムリ君と、今年初対面。
何となく感慨深いものを感じます(笑)。


もう暫くで梅雨でしょうか。






スピリチュアリティの定義は様々かと思いますが、キャリアの長い先生とお話ししていた時に出た話題として、


「自分の過ちや間違いを全面的に認めること、そこで初めてやっとスピリチュアリティの入り口に立てる」


というものがあります。




願望実現や問題解決、幸せを増幅させること。
それらは普通に、当たり前に、多くの方が望み、実行し得る内容です。

スピリチュアリティを、『人間としての霊的・精神的・肉体的な継続的成長』と定義付けるならば、スピリチュアリティを実践し、成長を望むのであれば。
それまで生きて来た中でどれだけ多くの過ちを犯して来たか、間違いを押し通して来たかを振り返ることなくして、その先の成長はありません。
有り得ない、と言っても良いと思います。


「懺悔」「改悛」「悔い改める」という言葉があります。
これは罪悪感を背負うとか、己に処罰を下す、足枷を付けて償わせる…という意味ではなく。
それまでの自分の思考やスタンスや在り方ややり方を、言い訳の一つも無く全て認めた上で新たな自分を構築する、というプロセスを表しています。

自分の歩んだ道、それまでの全てを、「だって○○がこうだったから、仕方ないじゃないか」と突っぱねたり、何かのせいにすることなく、頭(こうべ)を垂れられるかどうか。



個人レベルの話になりますが、私も日々「あーもう間違ってました…すみませんでした…」「ひえーこれも勘違いかー!」というのを繰り返しています(笑)。
これを違う言葉に変換するなら、『気付く』とも言います。

勘違い、思い込み、気のせい。
拒絶、否定、改竄、捏造。
そんなことばかりを積み上げて、自分の人生をわざわざ生きづらいものに仕立て上げているのは、他の誰でもなく自分自身です。

それなのに、上手い具合に様々な要素をかき集めて、自分の責任ではないと思い込んでしまう。
それが悪いとか罰されるべきだという訳ではありません。
が、でもやっぱり振り返るとそれではなかった。全部違ったなあ。という話です。



自己理解を深め続けて行く道中、既に解決している問題について何度も気付く瞬間があります。
もうその問題だったものは、自分に影を落としていない。
それでも、新たな角度から見直す時が何度もやって来て、そのプロセスを幾度か繰り返す中で、「あ…」という風になることも多々あります。

自分の傲慢さ、非道さに直面する瞬間。それを黙って直視し、全て受け止められるかどうか。
とても難しいと感じる時もあります。自己弁護に回ろうとしている時も、自分で分かります。
でも、事実はずっと変わらずそこにある。
自己成長を設定している場合は、いずれゆっくりとでも受け容れて行くものだな…と思っています。経験上ですけどね。



世の中には様々なタイプの方がいらっしゃるので、スピリチュアリティや精神修養、自己成長に興味が無いとしても、それはそれで全く何の問題もありません。

あくまでもスピリチュアルは願望実現の道具として使っています、という方も多いでしょうし。
知識を集める為に使っています、という場合もあるでしょう。
実践レベルで使用している人が、どれだけ居るのかはよく分かりませんしね。
それぞれが数多ある中の、尊い一つの生き方です。

だから、スピリチュアリティを深める生き方をしているからって、他のものと優劣は付けられません。
私個人としましては、趣味嗜好の問題じゃないかなと思っています。
どの方向性に興味のベクトルが向いているか、ただそれだけです。



もしも成長を望んで、スピリチュアルな道を歩んでいらっしゃる方であるならば、これまでのご自分そのものを振り返ってみる習慣を付けておくと、後が楽かも知れません。
気付くのなら、早い方がいい。後がラクです。本当に(笑)。

気付け、とか。
分かれ、とか。
反省しろ、とか。
そういうことを言っているのではないのです。
自己理解を深め、精神的・霊的・肉体的な成長をし続ける選択をしているなら、誰もが何れ通って行く道です。


今はよく理解出来ないとしても、ちょっと覚えておくといいかも…と私は思います。
そのうち、自分の脚でその場に立つ時がやって来るかも知れませんから。



みんな幸せになりたいですよね。
それはそうです。
で、その『幸せ』の内訳って何を基準に決めているでしょうか。


自分が良いと思っていないものを追うことで、わざわざ不幸な気分を体験し続けてしまうことがあります。
他人基準。他人ありき。他人の判断と評価が重要。
自分がどう思うかは、何処かへ置き去りになっている状態です。

アピールの為に生きていると、他者目線でしか物事を判断しなくなります。
「周りの人がいいなーって言うのが良いこと」
「他の人に羨ましがられたい」
というお話を、これまで沢山耳にして来ました。


この状態だとすると、自分を蔑ろにしているのは、他ならぬ自分です。
そこに"自分"が居ない。無い。

これをやっている人は、
「周りが私を分かってくれない」
「周りの人が私を大切にしてくれない」
「こんなに頑張っているんだから、周りは認めるべき」
「周りは私の要望に応えるべきだ」
と言い続けています。



他人様がどういう言動を取るか、どのような感情や思考を持つかまでに対して、侵入し干渉しようとする。
「こう思え!」という部分までを操れると、どういう訳か思い込んでしまっています。

他人様がどうかについてのみ、取っ組み合ってしまう。
自分を大切にするとか、自分を愛するなんてことは、宇宙の彼方に飛んで行ってしまっています。
他人様に自分を大切にさせようとしたり、愛させようとしてはいるんですが、自分は自分に対して何もしない。

そうやって生きて行く中で、例えば自分自身は何が好きなのかとか、何に対して心地良いと感じるか、どういう状態が自分らしいか…ということも、全て忘れ去ってしまいます。
勿論自分の中にあることはあるのですが、長いこと目を向けられていない故に、一体それが何処にあるのか分からないのです。


合うタイプの異性なんかもそうですね。
自分に対して、合うタイプの人と遣り取りさせてあげるという現実を作るなら、それは自分を愛するということの一つの姿です。

自分にとっての王子様と、他人にとっての王子様は大概別の人です。
いちいちダダ被りで同じだったら、今頃人類は滅んでますよ!(笑)

肉が好きな人と野菜が好きな人と魚が好きな人と…というように、趣味嗜好は様々です。
誰にとっても最高に素敵~と思われる人なんて、この世に存在しません。
いいじゃないですか、自分にとって最高だったらそれが何であっても。
他人の基準をあなたが本当には良いと感じられないのと同じように、あなたの基準の良さも他人様には分からないのです。全く同じ。



他人が良いって言ってるから、他人にいいなーと思われたいから…という風に、外側を基準にしていると、自分自身がいつまで経っても幸せにならず、納得しないままです。
自分が良いと思うものは、大抵他人様とは違っています。

自分にとっての基準が分かっていれば、誰かが幸せそうな姿を見ても「あの人はそうなんだね」「幸せそうで良かった」で終了。
自分の幸せとは違うことが分かっている為、わざわざ妬む必要性もありません。
そして、あくまでも自分自身にとってのポジティブなものに向けて、楽しく進んで行けば良いだけです。



この記事で書いている『他人様』というものには、親兄弟なんかも含まれます。
特に、親に対してアピールする為に生きている人が非常に多いのですが、親の評価基準で生きてしまうと自分を押し殺す羽目になる…ということが殆どです。

これまで色々な方のお話を伺って参りましたが、親の価値観と自分の価値観と両立するという人は、ほぼ居ないと思われます。
少なくとも、私は見たことがありません。

内側か、外側か。
どちらかしか取れないので、この選択に依ってその後の自分の幸せ感が違って来ます。



他人様の価値基準を採用するのも、自身の選択ですからそれはそれでいいんです。
しかしながら、それをやっているのは自分なのに、「誰々のせいで…」とか言い続けてしまうとなると、あまりにも救いのない話です。

仮に不平不満を言い続けた所で、恐らく幸せを感じられる日は来ないでしょう。
自分を助けられるのは自分。幸せに出来るのも自分です。

「自分を取ったら他人を否定することになるのでは」
という危惧がある方もいらっしゃるかなと思いますが、それはちょっと違う話です。
自身を大切にしたことで、他人様がそれをどう受け取りどう思うかというのは、あくまでその人の問題ですから。
人の心は、他人が踏み込める領域ではありませんね。



内側にある基準にスポットを当てることは、長じて自身を愛することです。
自分の中にある大切なものを認め、現実的に自身へ与えて行く。
それはセルフヘルプの一環でもあり、セルフラブの重要な要素なのです。

これまで内側の基準をおざなりにして来たのだとしても、これから大事に育てて行くことが出来ます。
それは、他の人には絶対出来ないことです。
自分が、自分の為に出来ること。
それを一つずつ実行して行くことで、日々の幸せが増えて行くことでしょう。



色々な方のお話を伺っていると、幸せを感じられないということには特徴が色々あるなーと思います。
その中の一つが、『自分自身が何を欲しているか、ちゃんと解っていない』というもの。




あれが欲しい、あれさえあれば…!
と思い続けている期間が長ければ長い程、それを欲しているのかどうかについて、また何故欲しているのかについてを考えなくなります。
「欲しい!」と思っていること自体が自分。ということになって行くからですね。

"それ"を持っている人を探しては自分に無いことに怒りを増し、明日への期待を募らせます。
『あれさえあれば』を増強するということです。
ドーパミン(報酬を期待させる脳内の神経伝達物質)が、ものすごーく大量に分泌されます。



ところで、ここで根本的な問題が。
それが手元に無い状態をずっとやって来たのに、どうして「あれさえあれば幸せ」だと知っているのでしょうか。

意図的に、我に返ってみましょう。
「あれ? 言われてみれば、確かに…」と、思いませんかー。


じゃあ、"あれさえあれば幸せ"の、ビフォーアフターをイメージで体験してみましょう。


出来ます?



すっごく嬉しい! …に、違いない。
嬉しくて堪らない! …筈だ。

みたいな、不確定要素を含んだ予測ではありませんよ。
ここで書いているビフォーアフターのアフターとは、『そうなった自分を既に知っている』という状態です。





例えば、素敵な王子様っぽい男性を見かけたとして、その彼には既に彼女が居ます。
お互い、とても幸せそうです。
それを見て、「あれさえあれば私も幸せになれるに違いない!」と怒ります。

以来、"あれ"を手に入れる為に毎日血眼になって…何をするのか、しないのか。
この辺りは人によって違うでしょう。



さて、件の王子様と自分が一緒にデートしたり、電話したり、生活の中の細かい箇所で遣り取りをしているイメージって、果たして出来るのでしょうか。
一枚絵というスチル写真のみではなく、「それが当たり前の感覚」というものを、体感出来るでしょうか。

自分にとって当たり前かどうか、というのは重要です。
だって、王子様とカップルになる人にとっては、それがただ一つの現実な訳ですから。
「その感じが分からない」「凄く頑張ってイメージしてみないと分からない」なんて有り得ませんね。
ついでに、「欲しい! あれさえあれば!」とも思う筈がない。だって、それがいつも当たり前なんだもーん(笑)。



自分が当たり前にイメージ出来ること、抑もイメージしようとさえ思わない程に、呼吸しているのと同じ程度に当然だと思い込んでいることって、一体なんでしょう。
これまで体験して来たことは、当然のことながら"当たり前のこと"としてカウントされていると思います。体験済みですからね。

それはどのようなもので、どんな感じでしょう。
それと同じように、ごく自然に感じられるイメージが、自分にとっての当たり前です。



勿論、これまで体験したことの無い何かを、自分の人生に採り入れることも可能です。
しかし、その対象が何であるかを理解していなければ、取り込めません。
「よく分からないけど、あれがあれば幸せな筈だから欲しい!」では、望み薄かと。

今までには無かったけど、これから取り込んで『それが私の普通』にしたいものがあるなら、色々と手はあります。
例えば、アファメーション。例えば、イメージワーク。
それも、一度や二度ではなく、「あ、ホントにそうだ。そっちの方が当たり前だ」と自然に感じられるまで。
怒りや妬みや焦りが発生しなくなる程に当たり前だと思えるまで、繰り返し繰り返し身体(潜在意識)に落とし込む方法は、そんな風に使えます。


これは、異性以外にも該当します。
仕事や経済状況、家族構成、住居や土地、友人知人、健康状態、関係性等々。
自分の内側にある、「自分にとっての」当たり前に幸せなものが何であるか、よーく感じてみましょう。



先日のワークショップでもお話に出たのですが。
ああなりたい、あれが欲しいと長い間繰り返し言い続けていたのに、いざそうなった後の自分は? と言うと、「イメージ出来ません」という回答が出て来る方がいらっしゃいました。

結果として、「欲しい訳ではなくて、妬んでいるだけです…」という結論が出ました。
だからまあ、リアルに欲しいものではないですねーと。
その代わり、自分にとって当たり前だと感じられる幸せの中身を見付けたら良いと思います。必ずありますから。



自分一人ではよく分からないなーと言う場合は、他人様の弁が大きな手がかりになります。
或いは、手がかりどころかダイレクトに答えである可能性も高いです。
それを認めるか否定するかは、自分次第ということになりますが。

「私が幸せに暮らしていると仮にイメージしたら、どういう状況だと思う?」
って、何人かに質問してみると面白いんじゃないかと思います。
「これが合ってるよ」「こういう人と居るのが自然だと思うよ」等々のお答えが頂けることでしょう。

「自分はこういう生活をしたいんだけど」
「こういう王子様と結婚したいんだけど」

と投げ掛けてみて、相手の方が「うーん…」「イメージ出来ない」と難色を示すならば、それが答えです。
じゃあ代わりにどうであれば自然なイメージが出来るか、訊いてみたら良いですね。
もしも複数の人が同じような回答を下さったなら、自分の潜在意識がそう言っているということになります。




あっさり納得出来るなら、それでOK。
それでも納得行かないのなら、「それはどうしてなのか/どうだったらいいのか」をよく洗い出してみましょう。
案外、単純な話かも知れませんから。



先日、セッションをお受け下さっているお客様方とお話しした時に、『妬む時に発生する謎の思考』について話題になりました。



以前書いたように(これこれ参照)、妬みを感じる時というのは何らかの対象物を外側に見つけて「自分はあれを持っていない」と思う訳です。
「無い、無い、無い! うきー!」と言い続けている状態ですね。



その他、付随して発生する思考としては


・あれさえあれば自分は幸せになれるのに
・あれが無い今、自分はとても不幸だ
・あれを持っている人は不幸になれ
・あいつさえ居なければ、あれは自分のものの筈なのに


等がよく見られます。



仮に、とある女性の目から見て、誰か素敵なカップルが居るとして。
それを見て、上記の思考が発生していると前置きしましょう。
その時、


「あの女さえ居なければ、あの男は私のものなのに! あの女が体験してる良い思いは、全部私が貰える筈なのに!」


とか思ったりしますよね。
何故か。


そう、『何故か』です。
何故かな~(笑)。




以下、この例題に関するお客様のコメントを並べてみます。


「あー…その女の人が居なくても、相手の男性が自分を好きになってくれるかどうかは、全く別次元の話なんですよねー。っていうか、それは無いですね。もし好かれるなら、どんな状況下でもそうなってるでしょうし」

「実は、自分自身がそれに値しないと踏んでいるのに、責任逃れで目先を変えて他人のせいにしてるだけなんです」

「欲しいなら努力をすればいいのに、それはしない。持っている人は何もしていない、これまで何もしなかった筈だと思い込んでいるんです。何故って、自分はその為の努力をして来なかったし、したくないから」

「本当に欲しかったら、何とかしてとっくに手に入れてると思いますよ。だから別に欲しい訳じゃないんですよ」

「妬んで怒って呪ってさえいれば、『こんなの間違ってる!』ってぶつけ続けていれば、いつかはそれが自分のものになる筈だと思い込んでいるんですよね。そんなのおかしな話だし、どう転んでも絶対にならないのに…」

「怒ったり妬んだりしてもいいから、その間に何かやった方が余程建設的ですね。その方が現実的だし、欲しいものが手に入る可能性が上がりますから」

「現象に対して間違ってるとか言っても、実際間違ってるのは自分なんですよね。ずっとやって来たから解るんですけど。はあ…」



だそうで。
その通り~。



「これまで散々自分でやっておきながら言うのもどうかと思いますけど、人間の思考って不思議ですね…(遠い目)」



ウンウン頷きながらこの会話をしていました。
自らやって来たからこそ解る、しみじみ具合(笑)。



じっくり分解してみると、何というか矛盾に充ち満ちた思考システムなんですが、妬みを感じているその瞬間のリアルタイムだと、こんな風には解らないのが一般的かなと思います。
発生している感情が大きすぎたり、自分はそんな醜いこと思ったりしません! という抑圧に忙しかったりで、そこまで目が行き届かないというのが実情でしょう。

そんな感じで、一つずつ自分の幸せを自分で阻害していることに気付いて行くと、断続的な成長や幸せを感じられるようになります。

自分が何を感じ、何を考えているのか。
腰を据えてバラバラに分解して行くと、意外な発見が沢山あることでしょう。




本日はぴっかり晴れた空の下、5月度のワークショップ開催日でございました。
ご参加下さった皆様、ありがとうございました!
昼間は暑かったですねー。


お先に、現在確定済みのスケジュールをばお知らせしておきます。
8月度分は約一週間後に確定しますので、決まり次第up致します。暫しお待ちを。


6月度…6月15日(日曜)
7月度…7月13日(日曜)



※6月度は長時間になります。通常と時間・料金などが異なりますのでご注意下さい。
※既に6月度にご参加が決まっていらっしゃる方で、お食事会をご希望される方は、今週中に御連絡下さいませ。予定がまだ分かりませんという方も、その旨をご一報願います。


諸々の詳細はこちらでご確認下さいませ。







本日のワーク中、


「いつまでそれ(これまでのやり方、在り方)を続けますか?」


という質問をしました。
「それ」に該当する内容は、人によって様々です。
以下、お客様方の自己申告より羅列します。

全てを人のせいにして来たこと、他者より優れていると思い込んで自分以外を蔑ろにして来たこと、「くれない、くれない」と被害者ぶって来たこと、ワガママ放題に振る舞って、他人を人間扱いしなかったこと、過去のあれこれを受け止めずに責任を逃れて来たこと、妄想の中の自分を現実と取り違えて来たこと、結果を出さないままに「でも頑張ってる!」とアピールして来たこと…等々。
ずらっと並べると痛いことでしょうが、この他にも色々あります。

それをダメだとか変えろと言っているのではなく、「うん、そうね。やって来てるしやってるね。で、それはいつまで続けるの?」という質問です。



皆さん、一様にギョッとされていました。
「……?」
「……!!」
と、反応が二手に分かれた感じですね。




「やめたいです」
「やめます」

そうじゃなくて、いつまで今のあなたを続けるかについて訊いてます。

「え、でも○ヶ月後までにはやめます。変えるのは決めてるんです」

ちゃうちゃう。
"やめる"とか"変えること"について訊いてるんじゃなくて、"いつまで現状やってることを続けるか"について、訊いてるんです。
だって、今すぐ止める。変える。一秒後に! ハイやめたー! とかじゃないんでしょ?
○ヶ月後までには…とかー、秋までには…とかー、○歳までには…とかー、仰ってるじゃないですか。
ってことは、これまでのあれこれを引き続きやるってことですよね。
パターン変更を設定した、その"いつか"までは。




…という遣り取りが暫く続き。
暫し会場内が混乱タイムに陥りました。ですよねー(笑)。





例えば、


「いつまでに変わりますか?(変えますか?)」
「いつまでにそれをやめますか?(やめられますか?)」
「いつまでに目的を達成しますか?」


といった質問は、割とポピュラーな気がします。
私だけかも知れませんが(笑)。

でも、これって「考えているだけなのに、もうなった気になる(でも現実は伴わない)」という可能性を孕んでいます。
"チャリティのことを考えただけで、一円も寄付しないのに慈善家気分が味わえる"のと同じです。
その状態をキープしたいなら、それはそれでいいんですけども。



何度も何度も「いつまでにこうします!」と宣言しても、宣言虚しく全く現実が微動だにしない場合がありますが、何故かと言うと何もやっていないからです。
身も蓋もない話ですが、お客様ご自身がこのお話をして下さいました。

怒ってる、妬んでいる、他者を攻撃している、妄想している、言い訳をしている、過去を繰り返し反芻している…ということに忙しくて、肝心の『今後の目的に対するあれこれ』が全く無い。
でも頭の中は常時忙しいので、なんかやってる感だけはいつもある。という訳です。




ワークショップ後のご感想に依れば、
「あなたは、いつまでそれを続けることにしてるの?」
と訊かれた時に、何人もの方々がものすごく驚かれたそうです。

同時に、「ああ、そうだ。私がやってるんだ。過去からずっと自分がやっていて、今も自分が能動的にそれをやり続けているんだ」という風に、目の前に突き付けられて直面した感覚があったそうで。



「いつまでそれを続けるの?」
は、
「いつまでにこうなります」
「いつまでにこれまでのやり方をやめます」
という内容と、実は全く同じです。紙の裏表みたいなもんですね。
ただ、主観がガラッと変わる。言い訳が出来ない感じでしょうか。

お客様の幾人かは、
「そうか、いつまで続ける…って自分が決めているということは、逆に今すぐ過去からのやり口を止めることも出来るのか。そうだ、いつまでにって先々まで延ばして期間を決める必要は無いんだ。今すぐでいいんだ!」
「うわー、遂にやめる時が来たんだ…どうしよう…」

という感覚を体験的に感じた、と仰っていました。

繰り返しますが、「いつ頃までには出来ているといいなー」みたいな希望的観測を含めた形で、「いつ頃までにこうなります(やめます/変えます)」という言い方を使うのならば、それはひっくり返すと「その時までは今までのやり方をずーっと続けます」と言っていることになりますね。
結構な割合で見落としているポイントかも知れません。




その他のワークでは、『今まさにそうなった、結果の感覚を疑似体験』して頂く時間も設けました。
「こうなったらいいなー(=現在から不確定な未来を眺め、欲するものがよく分かっていない状態)」というスタンスで感覚を体験するのと、「今なってる。今もうそうれをまさに体験し続けている(欲した結果を体感する)」のとでは、全く体感覚が違ったお客様もいらっしゃいました。

これを体験すると、「あれ? じゃあ『○ヶ月後には、そうなってるといいなあ』とかじゃなくていいのでは…今、感じられたんだから、今日でも明日でもいいんじゃないか?」というのが体感を伴って理解出来ます。


「そうなったら何を感じるか」
「リアルに、まさに今そうであるかのように、臨場感・ライブ感を伴って」

体験してみる時間を自分に与えてあげる。
条件や状況や環境というような形ではなく、『なった感』です。

すると、これまでは「きっとこうなるに違いない」「こう思うに違いない」と予想していたのとは違う角度でそれを見られるようになります。
「思ってたのと違う!」という方もいらっしゃるでしょう。勿論、そこから何を選択するかも選べます。




……とは言っても、人それぞれ色々ありますよね。
何を思っても、何を考えても、選んでも、蹴っても、否定しても、抵抗しても、拒絶しても、受け容れても、肯定しても、怒っても、喜んでも、間違いを認めても、正しさだけを押しつけても、行動しても、じっとしていても、それはそれで宜しいんじゃないでしょうか。

そこに優劣は無く、正否も無く、正邪も無く。
それらはただ、あるがまま。ありのまま。それだけです。
だからまあ、いいよね。うん。
と、私はいつも思っていますし、今日も同じように思いました(笑)。


同じように、僅かでもどなたかのお役に立つことがありましたら、それをとても嬉しく思います。
役に立つといいな~。




光陰矢の如し。

毎年思いますが、今年も折り返しが近づいております。早いー!
立夏も過ぎまして、暦の上ではいよいよ夏です。
季節を楽しみつつ、益々日々を充実させて参りましょう。





ネックレス

レジンに色とりどりのドライフラワーを封入したペンダントです。
トップはほぼ球体。裏返ってもお花畑です。
白、ペールピンク、ピンク、イエローのお花が入っています。スーパーボールサイズ(笑)。



ネックレス

ビッグサイズのコットンパールと、グレージュカラーのスワロのコンビネーションネックレス。
襟元から覗いても、外に出してもエレガント~♪ を目指しました。
デニムでもワンピースでも行けます!



ネックレス

サテンリボンに、特大のスワロフスキーエレメント。
カラーは『ムーンライト』。クリアにやや青白いコーティングがされていて、光を乱反射します。
ギラギラ過ぎて、撮影が難航しました…蛍光灯さえギラギラに反射する凄さで、目が…(笑)。



その他、諸々ございまする。




明日は5月度のワークショップです。
楽しく学べる場で、参加者の皆様にお会い出来ますことを、心より楽しみにしております!





ゴールデンウィークもそろそろ後半ですねー。
楽しんで日々を過ごせますように。




セラピーやセミナーやワークショップに参加する際に、とても大切なことがあります。
それは『自分が何を欲しているかを、出来る限り明確にしておくこと』です。

「あれが嫌だ」と「あれがいいなー」は、ベクトルが全く違う内容です。
シンプルに言ってしまうと、前者は否定で後者は肯定ですね。
人によっては嫌だ嫌だを並べ立てていることと、あれがいいなーというのを混同若しくは取り違えてしまっている場合があります。



「今後はどうなりたいですか?」
とお尋ねしても、
「分かりません」
「今あるあれが嫌なので、無くなればいい」
「過去嫌な思いをしたので、それが嫌です」
「私はこれ以上頑張れない程に頑張っているので、周りが変わるべきです」
というお答えしか出て来ない場合、セラピスト側としてはどうにも手の打ちようがない状態です。


特に、
「嫌だから無くしてくれ」
「無かったことにして」
というのは、どだい無理がある話です。それはもう、人の領分を越えた要求ですね。



セラピストは、お客様が先ず『こうなりたい』という展望をお持ち下さってから、じゃあそこへ向かって行くには…という提案をするのが主なお仕事です。
ご本人様が実際に何を考えているか、気付いて頂く為のヒントをお出しすることは出来ます。
背中をちょっとだけ押したり、角度を変えてものを見る練習をして頂くことなら出来ます。
様々な技術を使って、ご希望のゴールへ到達出来るよう、手助けさせて頂くのがお仕事なんですよね。

でも、その人の人生を代わりに全部やってくれる訳でもなければ、欲しいものを魔法のように出してくれる訳でもありません。
何故って、そんなことは出来ないからです。
どうなりたいかという部分から代わりに考えてくれて、知りたくないものや嫌いなものを見せることなく、最高に素晴らしい結果を出してくれるのでもないし、幾らワガママや怒りをぶつけても、何もかも許してくれる相手ではありません。
根本的にそこを取り違えてしまうと、折角お金と時間を使ってセラピーを受けても、結果が出ないという憂き目に遭います。


「そんな人居るの~?」
と仰る方も多いでしょうが、かなり多いです。これがまた、本当に多い。
何故かと言うと、無自覚でパーソナリティ障害の傾向が強い方が、現代社会に激増しているからです。

極度に強い自己愛を持ち、自己評価は現実を凌駕する程に限りなく高く、自分の(あくまで妄想で作り上げた)凄さを周囲に押しつけ、敬わせようとし、都合の悪いことは全て他者のせいであり、何もかもを操れるかのような全能感一杯のマインドで生きている。

"何もかも、他人がやってくれて当たり前"だし、"欲しいものは他者がくれるもの"。
これらは本当に恵まれて来たからこその考え方です。
こういった思考タイプが増えているというのは、社会が豊かであることの裏返しでもあります。



「自分ではどうなりたいか、どうしたらいいか解りません」
「解らないから、出来ません」
というコメントの裏には、極度の依存が隠れています。

一見、とっても困っているように聞こえなくもない。
でも実際は、

「なんでこの私がやらなきゃいけないの!?」
「やってよ。考える所から、行動から、結果を出す所まで全部やって!」
「あれもこれもちょうだい!」


という要求が潜んでおり、相手の上に立って操りコントロールし、意のままに良い結果だけを寄越させたいという傲慢さがあります。



『人事を尽くして天命を待つ』という言葉がありますが、これは"やれるだけのことをやってあらゆる方面に全力を尽くしたならば、大概は後悔など沸いても来ず、結果に対して不満も抱かない"ということです。

結果がどうであれ、「ま、やりきったからね」と、自分に対してOKを出せる。
その上で、この先に対する展望を作り直し、次の新しいサイクルへと進んで行くことが出来ます。
これをやっている人は、事実・実績に基づいた適切な自信を身につけながら生きて行くことでしょう。当たり前ですけどね。



現在幸せを感じられないのであれば、先ずは『いつ頃までにはどうなっていたいか』というゴール設定が大切なんです。
今日一日でもいい。
一週間後にはこんな気分で居たいとか、そんなことで充分です。

結果、目的、ゴールを先に決めておく。
他人にやらせるのではなく、自分が自分の目的地を分かっておく。
否定からではなく、肯定的な目的地を自分の責任でしっかり決めておくことです。


目的地を定めれば、自動車なんかに搭載されているナビゲーションと同じで、ルート案内が自動的に始まります。あとは、その通りに走るだけ。
その為には住所や施設の名前を正確に入力する必要がありますよね。
この入力する住所や施設の名前にあたるものが、自分で決めるゴールです。

自動車に乗り込んでも、何処へ行くか自分が決めなければエンジンを掛けませんよね。
まーそれ以前に、自動車に乗り込もうとも思いませんかねー(笑)。
おうちの中でじっとしたまま、「いいことなんて何もない! 何で誰も運んで来てくれないの!?」って怒り続けるだけ。


いつまでにどういう自分になっていたいか、先に決めましょう。
いつまでに、どういう状況になっていたいかを。

そして、周囲や他者を操ろうとするのではなく、怒りや妬みや不満を周囲にぶつけるのではなく、ポジティブなゴールだけを見ましょう。
「幸せだー」と感じている自分を。
「生まれて来て良かった、生きているって素晴らしい!」と、深く感じられる自分です。


目的地を自分で定めた瞬間から、ナビゲートが始まっています。
そうすれば、遅かれ早かれ必ずそのゴールにたどり着きます。

直ぐです、直ぐ。





今日も初夏の陽気でございました。
暑いー(笑)。




「失敗が怖くて出来ません」
「こんなに頑張ってるのに結果が出ない」
「どうしたらいいか解りません」
「嫌な思いをしたくない」
というお言葉があちこちで聞かれます。



絶対に失敗しない、絶対に傷つかない方法は一つだけあります。
行動しないことです。結果を出さないこと。


失恋しない為には誰も好きにならない。
結婚に僅かでも失敗したくなければ、誰とも結婚しない。
対人関係で嫌な思いをしたくないなら、誰とも関わらないこと。
仕事が出来ないということを知りたくないなら、お仕事をしないこと。

興味関心すら持たず、見ることもしない。
それしかないですね。



「傷つきたくないから」という台詞がありますが、何が傷つくって肥大化し過ぎたプライドです。
現実をある程度解っていれば、プライドもそこまで高くなりません。

自己評価も事実と関連させて適切なレベルで留まるでしょうから、社会や他人様との折り合いも、それなりに付けて生きて行かれます。
良くなりたいなら努力するでしょうし、何かがあったとしても、自分を立て直して行けます。

でも何ら行動せず、結果を出さずに居れば、現実と乖離した妄想の中で、自分をどんどん素晴らしい人に仕立て上げて行けてしまいます。
「私はこういう人の"筈"」という言葉と共に。


妄想の中の自分が特別で清廉潔白で美しく、高潔で優秀であればある程、現実を知ることを拒否して行きます。
社会や他人と関わりを持とうとしない。実際の周囲から見た評価を知りたくない。
だから極力何のアクションも取らないで生活します。

自分の妄想の中だけで、「私は本当は凄いんだ。周りがこの素晴らしさを解っていないだけだ」と繰り返し、更に妄想内部の自分を強化して行きます。
そうして時間が過ぎて行く中で、更に妄想は増えてプライドも肥大化し…その上、怒りや妬みが激増し続けます。


思考や感情は物質だと思って差し支えないんじゃないかな、と私は考えています。
何処かで気付いて歯止めを掛けないと、そしてポジティブな方向へ自分を持って行かなければ、ネガティブな感情や思考で自分を押し潰してしまうでしょう。

実績や事実が伴っていないのに、あまりにも過剰な自信を持ちすぎて社会性が欠如している人が非常に多い昨今です。
つまり、パーソナリティ障害傾向の強い人が多いということですよ。
パーソナリティ障害については、ご興味のある方は調べてみると良いと思います。是非。



周りが評価してくれないとか解ってくれないという強い不満がある人は、根拠のない自信を元にして不満を作っている可能性があります。
ぜーんぜん実績が無いのに、私は凄い"筈"なんだから私のことをこう思え! と押しつけちゃう訳です。

よく見るケースは、好きになれとか尊敬しろとか、言いなりになれとかですね。
「思って欲しい」のではなく、「思え! 思わせてやる!」です。えーん怖いよー(笑)。


自分は特別で凄い人だから他者の思考まで操れる! と信じているからこそ、そんな考えが沸いて来るのでしょうが、誰もそんなことは出来ません。
出来ないんです。誰も。

時間だけが過ぎて行き、現実の中で何の結果も出さないまま、妄想だけが大きくなって行く。
と、益々現実から目を背けて行くことでしょう。
「じっと待っていれば、いつか凄く良いことがあるんだ」…って、いつのことでしょう。
出口が見えないスパイラルです。


もし幸せになりたいなら、適切な自分の状態を把握することからがオススメです。
妄想を優先するのではなく、現実を優先する。

例えば、「自分はもっとチヤホヤされるべきなのに、実際チヤホヤされていないなあ」と思うなら、後者が正しい現実です。
全然されていないんです。今はね。今の所は。

もしも評価を上げて欲しいと思うなら、評価される自分にこれからなればいいですよね。
相応の努力は必要ですが、結果さえ出せば良い訳ですから。
結果が設定されれば、必ずそれに伴うプロセスが発生します。


何を優先するか、目的に設定するかで、プロセスやその後のあれこれが変化します。
これまでは何を優先して来たでしょう。
「こういうつもりなのに」というコメントもよくありますが、どういう"つもり"だったかはどうでも良くて、出た結果以外の現実はありません。
シビアなようですが、どんなつもりだったとしても現実は一つです。

失敗が嫌だ、自分を特別だと思い込んでいたい…というのを優先している間は、何も起きずに時間が過ぎて行くだけです。
年を取る。老化する。怒りや妬みが増える。喜びや幸せは感じないまま。



但し、今後は何を結果に据えるのかについては、これから自由に決められます。
そうやって少しずつでも自身に変化を与えて行くなら、何れ幸せを感じられるようになるでしょう。




あっつー!

突然初夏になって、びっくりしました(笑)。
来月には衣替えですからね。もうサンダルとかで良さそうな気がします。
多少気温の上下はありそうですが、季節に合わせて着るもののチョイスを楽しく出来ると、季節を楽しむ幅が広がりそうな気がします。




さてちょっと前の記事で、妬みについて書いています

妬みに対してものすごくネガティブなイメージをお持ちの方も多いのですが、取り立てて珍しいものではなく、多くの方が抱えている感情です。
あくまで本人が気付かないように抑圧しているだけで、かなりオーソドックスな感情であると言えましょう。



妬みの構造をもうちょっと掘ってみると、実際は他人様が手に入れているモノや現象自体が欲しいと言うよりも、それを得て幸せそう・喜んでいる姿が妬ましいというのが実情です。

「あんなに幸せそうなのは、きっとアレがあるからに違いない」
「じゃあ自分も、アレさえ手に入れればいいのだー」
という誤変換を後付けでやっちゃう訳ですね。

結果、本当に欲しい筈の幸せを感じる部分ではなく、モノを手に入れようとすることや、周囲へ何かを強制することに専心してしまう。
本来の目的、肝心な部分は何処かへ消えてしまっています。


モノを手に入れることは比較的簡単かも知れませんが、他者を思い通りに動かすことは不可能なので、期待が外れて怒りが発生するのはまず間違いありません。
そうすると、「幸せになりたいから頑張っているのに周りが自分を邪魔している」というような被害妄想が形成され易いでしょうね。
私もこのケースを山ほど見て来ました。

この台詞を分解すると、内容はこうです。

「幸せになりたい」⇒「周りを逐一思い通りに操ること」
「頑張っている」⇒「周囲に怒りをぶつけて強制し続けている」
「周りが自分を邪魔している」⇒「周囲の人は自由意思を以て普通に生きている」


ですね。
このループに填ると、元々何が欲しかったのかも訳が分からない状態になるので、"ただ毎秒妬み怒り狂う為に生きている"状態を再生し続けます。
幸せになりたいのに、私ばっかり辛い! と言い続けて毎日を生きるという…。
幸せになりたいと思っている筈なのに、実際に出ている結果は真逆です。それは辛いことでしょう。



繰り返しますが、大概の人はモノや物理現象自体が欲しいのではなく、それに付随するであろうポジティブな感情を体験したいだけです。
嬉しい、楽しい、幸せ、喜び、共感、穏やかさ、安定、自由、感謝、肯定等々。沢山ありますね。

これらのポジティブな感情や感覚の、特に何を得たい(感じたい)かが解れば良いということです。
他人様を見てついつい妬んでしまうなら、特にどれを感じていそうな人に対して妬みを感じているかが解れば、自分が欲している感覚が判明します。

その特定の感覚が欲しいというのが解れば、あとは色々な方法でそれを感じる練習をすると良いですね。
だって、ルートや方法やモノなんかは元々問題ではなく、本当はただただ感覚を得たい訳ですから。



何か特定の出来事が無ければそれを感じられないのだと、日頃使っているマインドは主張するかも知れません。
例えばハイスペックな恋人が出来たら得られる筈、結婚したら得られる筈、就きたい仕事に就けたら、引っ越せたら、収入が桁違いに増えたら、周りの人がこうしてくれたら、こう言ってくれたら、ああなればこうなれば…と、次々にそれっぽいことを捲し立てるでしょう。

でもまあ、大概気のせい・嘘。です(笑)。
みんな、自分で自分を騙しちゃうんですよね。

自己理解の過程を辿って行く方を見ていると、皆さん何処かで「……あら?」と我に返ります。
「現象は関係無くて、その状態になることを自分で選択すれば、今すぐなれるんでした」という気付きを得て行かれます。



要するに何が言いたいのかと言うと、「妬んでしまうものはもう仕方ないので、それを逆手に取って幸せになれば良いじゃないか」という話ですよー(笑)。
妬みを放置することで自己破壊的な方向へどんどん進むことも出来てしまうし、妬みを認めて受け容れることで、この先どこへ向かうかを設定し直すことも可能。
物質的な面を充実させながら、感じたい感覚を得て行くというのも大いにアリですね。


人の可能性は無限にあります。
何であれ自身で選ぶことが出来ますから、一瞬でも立ち止まってみると、違う風景が見えて来るかも知れません。



プロフィール

Sachi

blog owner:Sachi
潜在意識を活用した、ちょびっとスピリチュアルな総合セラピー、癒しのワークショップ・タロットカードセッションをしているSachiです。
穏やかに楽しく成長出来るよう、入手した情報や、日々の気づき&
発見などをシェアして気ままに更新。
イベント情報も随時掲載中です♪

旧blogタイトルは『気づきのステップ』。

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