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Date : 2013年11月

◆ Infomation

【works】
★ヒーリングセラピー個人セッション
 都内で対面式の個人セッションを行っています。
 幸せと癒し、学びと気付きを得たい方へ、様々に対応させて頂きます。
 潜在意識を日常へと活用することで、より良い人生へ変えることが可能です。
 随時お受けしておりますので、サイトをご覧下さいませ。

★癒しのワークショップ
 毎月一度、都内で女性向けの体験型ワークショップを開催中です。
 沢山の変化・癒し・浄化・成長・気づきを促すテクニックが山盛りです。
 2017年8月13日・9月3日・10月8日(全て日曜)
 の開催が現在確定しております。全て11時~15時です。
 ※以降の開催は決定次第upして参ります。
 ※それぞれ内容の詳細はサイトをご参照下さい。

今日で11月が終わりますね。ということは、今年があと一ヶ月で終わり。
日々どんどん過ぎ去って行きますが、残り一ヶ月を楽しんで、良い一年にしたい所です。



自分を含めた人の潜在意識を見ていると、『個人の価値観』というものについて考えさせられることが、よくあります。
あれは良いもの・こと。あれは悪いもの・こと。
内容は様々なのですが、その内の多くが「自分の体験上、作られたものではない」ということがありまして。

具体的には、成育過程の中で文章的に学習したものを、本当のことだと信じてしまっている。
育った家族や教育環境、誰も発祥を知らないのに、そのコミュニティ内でのみ伝わるものや、土地の慣習等々。
自分はよく解らないけど、親がそう言うから…とか、全く必要性は感じないけど、ここではそういうことになっているから…という理由で、行動を決定しているお話をよく耳にします。

自分自身がどう思うかではなく、借り物の価値観を適用している。
人生のある程度の年齢までは、自分の体験など殆ど無い状態からスタートしますから、目安として実際役に立つこともあるでしょう。
問題は、これが不要になった時です。


『自分を変える』ということは、『潜在意識(人によっては魂)の観念を変える』ということです。
上っ面だけの言動を変える、という意味ではありません。

人はそれぞれ、個性を持って生まれて来ます。
縁あって同じ家族として生を受けたとしても、それでもやはり一人一人は違う人間です。
同じように見えても、持っている欲求や方向性は全く違って当たり前。
様々な体験を通じ、「自分はこれが欲しい訳ではないんだな」とか、「あ、これだ」と気付いて行く、理解して行くことで、元々持っていたオリジナルの価値観や目的に気付いて行く訳です。

そのプロセスの途上で、それまで使用していた観念・価値観・目的と、自分の中から浮き上がって来たそれらが、激しく衝突を起こす場合があります。
「これまで役に立ったんだから、持ってたっていいじゃない! なんで変えなきゃいけないの?」と、これまでの自分は言う。
でも、「いや、これやってても先が無いじゃん…本当は幸せじゃないよね? こっちがいいでしょー」と、奥深くに潜む自分は言う。
この状態を、葛藤と言います。



どっちも欲しい。でも両立はし得ない。
となると、片方だけをチョイスすることになります。残りの一方の運命や如何に(笑)。

既に不要なものであれば、綺麗に手放せると後が楽です。
でも、欲求の強いものに対して見て見ぬふりをしてしまうと、抑圧する羽目になります。
抑圧というのは、無理矢理蓋をすること。
だから常に下から顔を出したがり、「忘れんなよコラー!」と、色々な形でアピールして来ます。

他人からやたら同じことを言われ続けるとか、似たようなケースの出来事ばかり起きてしまうとか、忘れた頃にまたやって来たり、人によってパターンは様々です。
どんな形であろうと、自分の潜在的な欲求であることに代わりはないので、いつ気付いて降参するかですね。

無論、抑圧しっぱなしで繰り返す…というのも、当然ありです。
選んだものが何であろうと、何が悪い訳でもなく。ただ、結果が自分の人生に現れるのみです。それをどう判断するか、どう受け止めるかも、本人次第。



スピリチュアリティに於いては、自分が人生をスタートする時、大まかに(人によっては詳細に)予定を立てて来るという考えがあります。
この考え方を適用するならば、人生を歩む中で、如何に自分自身の予定に気付くか、理解を深めて行くかが大切なテーマの一つであると言えます(やらなくてもOKですけどね)。

単純な話、自分のしている行動と、潜在的な欲求が一致していると、生きるのがラクになります。
でもやっていることと、(表面的に)思っていることが逆方向を向いている場合、大きな苦しさを感じるでしょう。
その葛藤や矛盾、ジレンマの中で何に気付くかは、自身を理解するのにとても重要なファクターとなり得ます。
何を欲して苦しんでいるのか、何を得られず苦しんでいるのかについては、自分の人生に関する大きなヒントが隠れているかも知れないのです。



世俗的には、苦しい・辛いのはダメなこと。安泰で問題無しが良いこと。という風にカテゴライズされていますが、何であっても自分を理解し更に幸せになる為には、色々な使い方が出来る可能性があります。
それらの使い方は自分次第。やるのは自分なのです。

幸せになりたいなら、自分を理解し続けることがその一助になる。
自分自身が何を何の為に望んでいるのか、理解して行くことでスムーズな生き方になる。
辛かった人は幸せに。既に幸せな人は更にハッピーに。
自分次第で、喜びが増え続ける人生にして行くことが出来るのです。


もし理解を深め、人生の目的や自身の欲求に深く気付き続ける道を選択するなら、今後がとーっても楽しみなことでしょう♪



その後、更にホロスコープチャートを調べていて、これがまたメチャクチャ面白いのですが(オタク 笑)。
色々照らし合わせてみると、まあ出て来る出て来る。人生の答え合わせをしているかのようです。
自分以外の方のチャートも見せて頂くと、「わー……」という感じです。あまりにもそのまんますぎる。

恋愛や結婚・離婚の詳細な暗示、適職や趣味、被害妄想、トラブルや社会との反りの合わなさ等の内容から、対人関係の傾向、親との関係、自我の発達具合や外見情報、興味の対象、幸せになるコツ等々、細かく見ようと思えばわらわらと~。
なるほど、これはきっちり勉強した人にとっては職業として成立するジャンルだわ。と、改めて納得しました。

幾人かのチャートを読んで面白いなと思ったのが、個人のバースチャートに現れる特性と、ストレングスファインダーの結果が殆ど同じだったことです。
ロジカルな心理テストと、ファンタジックな占いの結果が同じ。いやー。面白い符合です。
※個人の資質・特性(強み)を知り仕事に生かす為の本、ストレングスファインダーについてはこちらをご参照下さい。



今になって自分を振り返ると、チャートと符合することが沢山ある。
ということは、道理で人生経験一桁であった小学生の頃、西洋占星術について色々見ても解らなかった筈です。
人生で起きるあれこれや、その後形成される営業用外面(ペルソナのことです 笑)も、子供の頃はまだ出来ていませんからねー。
そんな時に、ホロスコープで人生を理解しようとしても、それはまあ出来ませんわ。

なーんて書いていると、本当にこんな小学生は嫌だと思います(笑)。しみじみ。
あの頃、どうしてそんなことに興味を持ったのか。自分が謎で一杯です。
女の子は早熟な場合もありますから、「星占い」レベルのことだったら、みんなで遊び的にやってたという理解が出来るんですけど…。
よりにもよって、何故私は専門的な方へ走ったのかと! 不審すぎます。



個人のチャートを見て行くと、様々な星が吉凶混合に配置されていることが殆どで、吉意一色の人なんてまず居ません。
逆に、凶意のみという人も居ません。

そして、様々な配置には色々な解釈があるんです。通り一遍というものが存在しない。
ある惑星を見たとしても、一方では吉意が強く出ているのに、他の天体との絡みでは凶意が強く出る。
どっちで解釈したものやら…なんてことはザラで、こういうことを含めて"個性"と呼ぶのでしょう。


一般的に、こういうバースチャート系の占いを見て、「ここにこの星があるから、私は○○運がダメなんだー」とか言う人って居るじゃないですか。アンラッキーな暗示があると、落ち込んじゃう。
でも、そうじゃなくて。
これは生まれて来る時に持って来た、自分の設計図なんだと思った方がいいと思います。

確かにチャートを解析して行くと、驚く程詳細な情報が浮かび上がります。「わ、そのまんまじゃん!」ってなることが多いです。
生まれた時の天体の配置は変わりませんよね。
じゃあ、それとリンクしている自分の人生そのものは、決して変えられないのか? ってことになるでしょう。

もしそうであるとなれば、生きていること自体が無意味になってしまう。
成長しなくていい、何も考えなくていい、何もしなくていい。だって星にこう出てるから。どうせ変わらないし。
……そんな馬鹿な話あるかい! と、私は思う(笑)。


出来事や事実の受け取り方は人それぞれなので、「私は偶々不幸なんだ。これは運命のせいだ。私のせいじゃない!」って言いたい人も居るでしょう。
それは否定しませんし、それで本当に納得が行くなら良いと思います。
でも、「もしも自分を変えられるなら変えたい」という人だって、沢山居ますよね。

「今回の人生では、このような個性と傾向を持ちます。そうしたら、成長する為にはこれが重要になるから、嫌でも直面せざるを得なくなるもんね。…まあ直面するかどうかは、その時の自分次第ですが。それと、トラブルも起こします。あ、ちゃんと始末する前提ですよ。何か無ければ成長しないじゃん。あと、良いポイントも作っておきます。それはこれね。年が行ったらこうなる予定で、そんで上手く成長したらこうなりまーす」
生まれて来る時に、こんな風に我々は自分の人生を予定している……のかも知れない(笑)。
少なくとも、そう思うなら希望が生まれます。人生をより良いものへと、自分の手で変えて行ける希望が。


凶意がある所は、とにかく気を付ける。結構良くない暗示があるなら、しかと受け止めて理解し、自分で努力をするか折り合いを付けて行く。悪癖の暗示があるなら、自覚した上でそれにフォーカスしない。
吉意が強い所を把握した上で伸ばし、適性として持っているものを最大限に生かす。そうして自分を幸せにして行く。
────こんな感じでしょうか。

こういったものを、自分の潜在意識にある情報のトレースだと思って見る時、ある程度なら良い方向へ変えられる筈なのです。
とは言え、今回の人生での大筋になる予定はあるでしょうから、どんなに頑張ってもその軌道上からはあまり外れないように思います。

例えば、『普通の小さな幸せを沢山味わって生きる』という予定の人であれば、大富豪になって大スターになって…という野望を抱いても、魂がそれを拒否するでしょう。
女性の関心事として大きいであろう、結婚についても同じです。する予定の人は、顕在的にどれだけ嫌がっても、そして無関心であっても、絶対します。だってそれが予定なんだものー。

こういう予定行動を通して、深く人生を理解し、学び成長して行くのが人間なんじゃないかと思う訳です。
表面的にどう思っているかは別ですが、出来事を通じて何かを得るのが人間という生き物ですし。
潜在意識を深く見て行く仕事をしていると、幸せを感じたり、他者への寛容性を育んだり、自己を理解し解放して行く為に、皆さんそれぞれの人生を生きているのだろうと感じます。





出生時刻情報をご提供下さった方のチャートについて、ご本人様とメールでお話をばしました所。

「解説して頂いて、『私はチャートに出ていることをやるために、この日この時間このホロスコープを持って生まれてきた!』と思いました。だからこれを早く始めよう、やろう! と思いましたが、実際チャートに掲載されている吉意の内容をスタートしてみて、とても楽しいです」

だそうです。
こうやって使えるなら、こういう占いも本当にいいものですねーと思いました。
依存せず、これのせいにせず、自分を幸せに生かす為の道具として使う。主体は自分。チャートは道具なのです。
凶意があるなら、「じゃあこれからはどうする?」と自分に問いかけているのだと思えば、どうにでも幸せになれます。



私はチャート上に残念な暗示も沢山ありますが(笑)、それはそれとして厳粛に受け止めつつ、勿論良い暗示も沢山あるので! そちらを拡大して、ハッピーに生きて行く所存でございます。


いやー、ホロスコープ面白すぎます。





小学生~中学生頃まで、西洋占星術(メジャーな言い方だと、"星占い"ですね)を調べていたことがあります。
……とか書いてみるだけで、如何に自分がおかしな子供だったかということが、しみじみと感じ取れます。ああ……(笑)。


出だしから何となく微妙な気分ですが。えー、気を取り直して。
内容を『勉強していた』というより、『調べていた』という程度です。
だって、子供の頃なんて全然意味が分かりませんし(笑)。

何より、人生経験がこれからという年代ですから、「あなたには、こういう資質があるよ」と言われた所で、未開発の部分が山ほどある状態です。
自分の人生と結びつけるには、ちょっと早すぎたなーというのが今の感想ですねー。



西洋占星術は出生日時と場所から、個人の特質などを割り出す手法です。
古代バビロニアに記録が残る程に歴史は古く、元々は天文学から派生したとされています(必ず天文暦を使います)。

当時はあくまで囓る程度で、全容を理解したとはとてもとても言えないのですが、最近になってまたちょっとやってみたりすると、違う見え方や理解の仕方があることに気付かされました。
いやー、人は年を取るとそれなりに理解の仕方が変わるもんです(笑)。



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(2013/08/24)
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こちら、ポップでライトな西洋占星術の本です。
かなり初歩の初歩のことだけが書いてあるので、全く知りませんという方でも楽しめる内容かと思います!



私は惑星の度数まで割り出す派(要するにマニア…と言うよりオタク 笑)なので、惑星同士のアスペクトによる作用辺りも注視しますが(意味不明だったら流して下さい)、普通の人はそこまで必要ないようにも思いました。
本の内容にある、『どの惑星がどの星座の部屋に入っているか』だけでも、かなり頷ける内容となっています。
メンタルの動きや子供の頃の様子、苦手なジャンル、特徴的な部分がズバッと出ます。

集中力が高い、深く狭くで粘着質(蠍座にある太陽その他の影響)、メンタルの動きはやや過敏ながらあっさり(双子座にある月の影響)、苦手なのは家庭・家族で、あまり感情表現をしない(蟹座にある土星の影響)、インターネットやパソコンなどの電子機器や電気通信と強い縁がある(天王星の影響)、文章表現や会話に依るコミュニケーションと関わる(水星の影響)、スピリチュアルを日々の仕事にする(海王星の影響)等々。えーん。その通りですぅー!(笑)

こんな感じで、すごく面白かったですよー。
やっぱり年がある程度行ってからの方が、照合しやすいなあと思います。
惑星も星座のサインも複数の解釈が出来ますし、幾つもの暗示がある中でどれを選択的に解釈するかは、やはり個人そのものを見なければ解らないことです。



ところで、これを機に久々に自分の詳細なネイタルチャート(出生時の天宮図)を出して、解析してみました(オタク 笑)。
長年の謎だったのが、異性関連についてです。
私、金星と火星が蠍座にあって、角度的にはピッタリ重なりコンジャンクション(合)というアスペクトを形成してるんですよ。
これは一般的な解釈で言うと、「常に一緒に居たがる。一度好きになると骨まで愛し尽くす。ベッタリ大好き。恋愛主義。かなり嫉妬深い。未練がましい。ついでにしつこい」みたいな意味になるんですが、いまいち納得行かないまま今です。

何故かと言うと、私は束縛・干渉・詮索がとても苦手で、個人のテリトリーを侵害しないようなお付き合いがラクなんです。
浮気なんかは全く興味が無いのでしませんが(だって面倒じゃないですか 笑)、相手が別れたいとか他に好きな人が出来たと言ってきたら、先ず引き留めません。
「ああ、そうですか。ご満足頂けなくてすみませんでした」で終わる為、長年修羅場とは全くの無縁です。

歴代彼氏の皆さんは、全く浮気をしない人達でした。
「そんなことをしようものなら、追及もせず泣きもせず責めもせず怒りもせずに、にっこり笑ってあっさり去って行きそうで怖い」
と、何人もの彼に言われました。うーん、分かってらっしゃる(笑)。



西洋占星術はそこそこ信頼性があると思っているのですが、この件については謎が一杯です。
これは一体、どういうことなんだろう。と、思っていたら。
占星術で基本的に使う太陽系の惑星以外に、小惑星等を加味した解析方法があります。
小惑星群は通常の占星術ではあまり重視されない天体ですが、場合に依っては大きな影響を及ぼすこともある、という位置付けです。

小惑星群まで出して、判明。
リリスという星(星じゃないんですが、ここでは星という扱いで)が、水瓶座にありました。
このリリスは、女性の恋愛に関する衝動や愛欲を司っているという定義でして、これが水瓶座にあると「ベッタリしない。個人主義。人それぞれという考え方。個性を尊重。相手にも恋愛そのものにも執着無し。別れてもお友達で居られる」という特徴がある人、という解釈になる訳ですよ。ああーこれだー(笑)。
長年の謎が、遂に解明されましたー。スッキリ。

いやはや、謎が謎のまま終わる所でした。
分かって良かった…だからって何が変わる訳ではないものの、良かった(笑)。


占星術等のバースチャートを割り出す占いは、統計学的な側面があります。
「こういう星があるからこういう性格なんだ」と言うよりは、「こういう部分を持って産まれて来たので、気を付けよう」とか「ここを伸ばして行こう」というものとして見る。

そうすれば、ある程度の道標にはなってくれると思うので、自分のガイドとして上手にお付き合いして行ったら、人生がスムーズになるんじゃないかなーと私は考えています。



近年はめっきり読書する数が減りましたが、少ない中でも読んで良かった本は沢山あります。


ちょっと前の記事では、『スタンフォードの人生を変える教室』をご紹介しました
あれはいい!(笑) 流石ベストセラーです。



そして、本日はこちら。



人は死なない-ある臨床医による摂理と霊性をめぐる思索-人は死なない-ある臨床医による摂理と霊性をめぐる思索-
(2011/08/25)
矢作 直樹

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東京大学医学部教授である方の著書ですが、多様な視点から『人間は何故生きるのか。何故死ぬのか。どう生くべきか』といった哲学的とも言える、そして万人にとって大切なテーマが書かれています。


救急担当をされていた時の体験から、同じような重篤な症状に陥っても、その後亡くなる方と蘇生する方、快癒する方が居て、「何故そうなるのかが、医学界でも全く解っていない」ということに本は始まります。
医療の現場では不思議な体験をされていて、嘗ての患者さんで憑依体質だった方のインタビューや、亡くなられた御母様との降霊による会話など、科学では割り切れない・解明出来ない体験についても明晰な文章で記されています。

スピリチュアルを学ぶ人は耳にしたことがあるでしょう、エマニュエル・スウェーデンボルグについても、また様々な霊的な事象についても、淡々とした文体で言及されていて驚きました。
医学という枠を越えて、色々と学んでいらっしゃる方なんだなーと。
とにかく、「現代社会は科学偏重主義のきらいがあるが、科学や医学で判明していることには限りがあり、それだけでは到底説明のつかないことが多すぎる」と繰り返されています。



文体が平易で誰でも読みやすく、生死を扱う内容の描写であっても、感情的にぶれないような書き方をされています。
安易な結論に導くことなく、「足ることを知る」という内容で結んでおられますが、本当にその通りです。

本書の内容については、色々な解釈があると思います。否定する人も多いでしょう。
霊的な事柄については、"決定的な証拠が無い限り、どのような出来事であっても、否定も肯定も出来ない"という立場で著述されています。
何に偏ることもなく、第三者・観察者・体験者という視点を持ち続けているのが、フラットに読める理由だろうと私は思いました。



現在は、多くの経験・体験を経て、医療的に緊急の出来事に対応出来るよう、組織を動かして新たなシステム作りをされたり、災害の際に現場へ駆けつけるなどのご活躍をされています。
個人で何かをするに留まらず、前例の無い何かを作る為に組織を変えて行くのは、本当に大変なことだと思います。
それでも志を持って活動を続けることで、多くの人達が動いてヴィジョンに描いた結果を出す…という形に行き着いているのが、素晴らし過ぎます。

頭の下がる思いで読みました。
私は直接関係のある立場にありませんが、とても有り難いことだと感じまして。
このような方々がいらっしゃるお陰で、世界は良くなって行くのだと思えます。




「生きるとは何か」というテーマについては、古代より現代に至るまで、数多く論議されて来ました。
これだけ長く論議されて来たということはつまり、完全な解答には未だ誰一人として至っていないということです。

人それぞれ主義主張もありましょうし、一個人の見解すらも体験や理解によって変化して行きますからね。
物理学の世界でも、昨日まで正解だったものが翌日には否定される、なんてよくある話です。
抑も答えが一つだけである、という前提自体を置くことに無理があるのかも知れません。


こういうものは、『神』の定義にも似ていると思います。
人が生きるにあたって、それをどう捉えたいかに依り自在に姿を変えるもの…という意味で。

「人生は良きものである」というスタンスを取れば、神は恵みをもたらす者です。
しかし、「人生は苦しみに満ちている」と思うならば、神は災いをもたらす者になるでしょう。


「生きる」ということについても、その時のスタンス次第でどうとでも取れますよね。
マインドが幸せに満ちているなら、「幸せになる為に生まれて来た」のでしょう。
その時その時で千変万化するということで。

物事に対し、一元的・確定的な結論を求めることは、難しいことなのかも知れません。
それでも哲学的な希求が無くならないのは、人間がそのように出来ているからでしょう。
即ち、我々は"知りたい、考えたい、理解したい"生き物なのです。



重みのある良書でした。
内容的には、中学生辺りの方から読めると思います。
人生を考えるにあたって、非常に良い種になるでしょう。お勧めです。



季節とは、徐々に変化するようなイメージがありましたが、突如変わることをこの数年で感じています。
早々に認識を改めないと、暑さも寒さも毎年「わー急に来た! 服とかどうしよう!」って驚き続ける羽目になりますねー。いやはや(笑)。

急に冷え込んだ影響か、周囲にはお風邪であろうと思われる方が沢山いらっしゃいます。
どうぞ温かくしてお過ごし下さいませ。







さてさて、最近うちのお客様とのセッションで話題に出るお話をば。



「幸せとは、どのように得られるものか」



です。





他人から貰うものという認識の場合、このような表現になります。


「幸せにして欲しい」
「幸せにして貰う」
「幸せにしてくれる」



など。
こういう文章、あちこちで見かけますよね。
女性だと、よくあるのが結婚かなーと。「幸せにしてくれると思って決めた」とか。
またこの逆に、「してあげるもの」という考え方をお持ちだったりする場合もあるでしょう。
どちらも、他者が絡んだ形です。AさんがBさんに"あげる"。

あげられるものについては、基本的には物理的なものという縛りが発生します。
お金、物、時間、行動の自由、何かに関する保証と保障、献身、その他諸々。



また、幸せに関する別の捉え方として、


「自分を幸せにする」
「幸せを感じる」



というものがあります。


前者の考え方は、最初に挙げた「他人から貰うもの」の『他人』を抜いてセルフでやること。
メリットとして、わざわざ人から貰えるのを待つとか、要求する手間を掛けなくて良いし、期待と違ってガッカリ・腹が立つみたいな面倒さも無く、身軽でラクちんです。

その代わり、『自分でやる』というのが大前提ですから、「なんで私がやらなきゃいけないの~?」「もう充分頑張ってるんだから!」というコメントが直ぐに出て来る方にとっては、ゼッタイにゼッタイに嫌なことでしょう。


後者は、"状況的には特に問題が見当たらない為、今ある状態で更に満足や喜びを感じられる自分になる"ということです。
こちらは物理的に周りを変えなくても良いので、自分自身のスタンスのみに集中出来るというメリットがあります。
自然に感謝出来るか、何らかのイベントや他者の動きが無くても幸せを感じられるか。
周囲の状況に自分の幸せが依存していない、というのが分かって来ると、こちらの方がいいかもーと思うようになります。

デメリットとしては、「物質的欲望や他人を動かすことが主体の人にとっては、ビンボー臭く思えて凄く嫌」みたいなものでしょうか(笑)。
全てに於いて一番じゃなきゃ嫌だ! とか、周りの人達が私の為に甲斐甲斐しく動いてくれるのが良いことだ! と仰る方も大変多くいらっしゃるので、そういう価値観の方からしたら、死ぬまでやりたくないことだと思います。

これら二つを合わせ技でやって行く、というのもあります。
自分で自分を幸せにしながら、満足したり幸せな感覚に浸る。アリです、アリ。



どれでも出来ます。
選択肢として均等なバランスで常に目の前に存在していて、自由に選ぶことが出来るし、それぞれ体験することも、その結果を引き受けることも出来てしまう。

どれでもいいとなると、自由意思がある人間としては逆に迷う所です。
即ち、「どれが一番いいの?」という判断に於いて。



良い思いをしたいというのが、全ての人々にとっての共通する欲求です。
でも、その中身(定義)がバラバラで、皆さん仰ることが違うんです。

「誰々が○○してくれたら幸せなのに」も、定型文としてよく聞きます。
でも、それ本当? って、自分の思考を疑ってみると良いです。
なんでそう思うの? それ、過去にやったことあるの? 無いのだとすれば、どうしてそれが分かるの?
やったことがあるとすれば、今はどうしてそうではないの? いつなるの? いつまで待つの?


『今の』自分にとっての幸せって何でしょう。
何があって、どういう状況で、どういう風に思いたいのか。
こういうことを一度でもバラしたことがあるかどうか、ちょっと考えてみても宜しいのではないかと思います。

他人から貰った価値観を追いかけていないか。
既に今はそれではないかも知れないのに、子供の頃の設定を変えていないだけかも知れない。
他者を挟まないと、幸せって感じられないものか?
等々、色々あるでしょう。



うちのお客様の幾人かが、

「他人を操るのに執心しないで、もっと早く自分で自分を幸せにすれば良かった」
「普段と何ら変わらない生活をしていても、以前と違ってものすごく幸せを感じる」


ということをご報告下さっています。
でも、以前は「チョーダイチョーダイ」「やってやって」一辺倒で、周りが思い通りに動かないことを毎日激怒していたんですよね(笑)。


自分の人生を、他人にやらせたい。良いものだけを持って来ーい。
これは嫌だ。あれは嫌だ。どうしてやってくれないの。
現実を拒絶し、否定し、難癖を付け、こんなにも不幸だと世界を罵っていた訳です。

実際の所、客観的に見てしまえば全く不幸要素のない生活をされていて、物質的にも大変恵まれている中、「何がそんなに不満なのー」という風に思ってしまうのですが。
ご本人様からすれば、「世界の全てが不満」だったと。
特に、それらの不満と怒りは『他人が自分の思い通りに動かないこと』に集約されていました。

やめれば良かった。その先には幸せなんて無かった。
この先ずっと、死ぬまで更なる不満と怒りだけが待っていると漸く気付いて、人生を方向転換しました。


────ということのようです。


どれでもいいんです。
少なくとも私は、どれでも良いのではないかと思います。好きなようにやったらいいですよ。
それぞれやってみてもいいし。違いを一つずつ比較出来て、面白いのでは?







ちょっと真面目な話をしますが、現代社会に於いては、『自分でやる』『結果の為に適切な努力をする』というスタンスに価値を見出さない風潮があります。
より良いことは利己に走ること。して貰うこと。利他なんて意味が無い。
そんなことをすると馬鹿を見る、損をするように思われている方が多いのです。
より楽をして(=怠けて)、よりインスタントに、より他人を操ることが良いことである、という風に思われているのが、現在の文化背景です。

価値基準などの思考まで他者に完全な依存をしてしまうと、自分というものを感じる機会が減じて行き易くなります。
それによって益々、外側から何かを得ることでのみ、生きようとしてしまう。
どれだけ持っても、どれだけあっても、決して満足も納得もしない。
……このような思考形態を持つ方が、とても多いのです。


個別にやる分には一向に構わないと思うのですが、社会全体として見るとなると、また話は違って来ます。
労働意欲が減退することから来る経済力の低下、生産性の低下などが既にあちこちで起きています。
これまで日本を支えて来たと言っても過言ではない、勤勉な精神文化が衰退することで、我々の生活を脅かす状況を生み出しているのです。

「良い思いだけをしたい」「何もかもを他人にやらせたい」という欲が高じて、結果的に自分の首を絞めていることに気付けないでいると、種として自滅して行くことになりかねません。
「自分だけはやらなくても良いけど、他の人はダメ」というのを掲げて生きている人が増え続け、このまま行くと……どうなると思いますか?

「なんでもっと良くしてくれないんだよ!」と怒っている人も沢山居ますが、ストレートに言えば「あなたがやらないからです」でおしまいです。
じゃあ何をすれば良いかと言っても、日常レベルのことで全く構わないでしょう。
少しでも他者に依存せずに自分が喜ぶことへ意識を向ける、手足を動かす……そんなことの積み重ねで社会は出来ています。

いきなり偉人になれとか、社会に影響力のある人になれということではなく、小さいことの継続で充分だと思います。
この地上に生きている人間の中のかけがえのない一人として、出来ることは沢山ある筈なのです。
日々の生活を通じ、生きている幸せを感じられる人が増えたらいいなと思いながら、この記事を書いています。



ではでは、明日も幸せな一日でありますよう。






昨日は11月度のワークショップでした。
ご参加下さいました皆様、ありがとうございました!


今後のワークショップスケジュールをお知らせしておきます。


★2013年12月
12月8日(日曜) 11:00~19:00


★2014年1月
1月5日(日曜) 11:00~15:00


★2014年2月
2月9日(日曜) 11:00~15:00


※12月度は時間・料金等が通常と異なります。
※詳細はHPをどうぞ♪







長きに亘ってこの仕事に従事させて頂いておりますが、その中で沢山の方々と接して参りました。
セラピーやカウンセリングを通じて、自己のメンタルを見て行くということは、一般的にはあまり興味を持たれにくいことであると思います。
それこそ、トラブルや問題があって初めて手を着けること…このように思われている方は、非常に多いことでしょう(あとは趣味の範疇でご興味がある方ですね)。

私の所へいらっしゃるお客様や、世の中の精神世界へ足を踏み込む人々は、二種類に大別されると見ています。
それは、"問題を解決したい人"と、"もっと幸せになりたい人"。
マイナスをゼロにしたい人と、プラスを更にプラスにしたい人とも言い換えることが出来ます。
お仕事としてさせて頂いている肝心の私は、何を隠そう長いこと前者でした(笑)。


私は元々、自分がどうしても世間様と上手くお付き合い出来ないことを、強いコンプレックスとして認識していました。
人間関係をスムーズに構築出来ないということはつまり、社会不適応です(笑)。
何故、楽しい人間関係を築けないのか。どうして自分は、他の人達と違って上手くやりとりが出来ないのか。
長いこと、多くの疑問を解決出来ないまま、そして修正することが出来ないまま、大人になってしまいました。

これ以外にも、虚弱すぎてまともに生活出来ない等の問題山積でしたから、当時を振り返ると「よく生きてたなー」と変な感心をしてしまいます。
苦労していた訳ではなく、(勝手に)ものすご~~~~くめんどくさい人生を送っていたのです(笑)。
今の理解ですと、若くてものを知らなかったから、何とか生きていられたんだと思います。


とにかく"なんとかの一つ覚え"みたいに、繰り返し繰り返し似たようなことばかり発生する為、「こりゃどう考えてもずっと続くな……」と項垂れている時、精神世界のことを知りました(この辺りは説明すると面倒なので、全部カット 笑)。

残念ながら私は大変に理解が遅いので、えらく長~い時間を掛けてモタモタと色々なことを知って行く中、「どうやら自分でやっているらしい」という所へ行き着きました。
最初は知識だけで。そして、実践を重ねる内に「うわ、ホントだよ!! マジか!!」なことが連発。
その中で体感覚として理解する、というステップを辿った訳です(まだ途中ですけどね)。


「自分をどうにかせんと」の一念で必死だったのですが、どういう訳か気が付いたらお仕事で携わらせて頂くことになっていました。
直接のきっかけは、自分でもいまいち明瞭ではなく(笑)。
セッションもワークショップも、「やって下さい」と頼まれた……ということが続いていたと思います。
ただ、「自発的に希望したとか、なりたくてなったものという類ではない」ことは確かです。

現在でこそ、社会の中での役割として有り難くお仕事させて頂いておりますが。
しかし、実は長いこと「私なんかがやっていいとは思えません……! だって私が一番ヤバいから!(泣)」と腰が引けていたんです。
そうは言っても仕事を放り出すことは性格的に出来ず、ジレンマをずっと抱えていたんですねー。


その後、こう思うようになりました。
「やりたいとかやりたくないとか、あんま関係ないなー」って。
自分は慈悲深い社会に、ただ生かされているだけなのだ。という理解をしまして。
ここも紆余曲折あるのですが、カット(笑)。

つまりは、ずっと自分を理解していなかっただけです。いや、誤解していただけ?(笑)
大分時間を掛けた結果、私にとって一番嬉しいことは何かと言うと、『他人様が幸せになって、それをご本人様が感じられるようになって行くこと』だったらしい。というのがよく分かりました。

偽善っぽく聞こえるかも知れませんが(自分でも偶に疑いますが!)、やっぱり嬉しい。すごく嬉しい。
という訳で、結局やりたいこと(やっていて嬉しいこと)をやってたんだなと思います。という所に落ち着きました。
まあ、今も色々とヤバいんですが(笑)。




変化へのプロセスでは、辛いことも沢山あります。何が辛いって、自分を直視することそのものが辛いのです。
思っていた程には善人じゃなかった。全然お利口さんじゃなかった。他の人より優れていた訳でも、被害者だった訳でもなければ、特別なことなんて一つも無い。
それどころか、碌でもない悪行を沢山していたり、他人の不幸を喜んだりしてしまう。

変えるとかやめるとか、色々な選択をするその前に、それを知ることが最も怖ろしいのです。
他人を詰っていた自分こそが一番酷いと知る、その時が来ないように。
全ての人間が絶対に知りたくないと思うのは、"ありのままの自分の姿"です。


何でそんなこと知ってるんだって、それは私もそうだったし、今もそういう部分があるからです。
どんな人間であっても、誰一人変わらないと思います。ここからは何としても逃げたいでしょうね。
沢山のお客様と接して来た中でも、やはりこれが変化の前に立ち塞がる、最も大きな壁なのだと実感しています。

自分を理解したり変化するにあたって、こういったプロセスが必要かどうかについては、人に依って色々な違いがあると思います。
潜在意識や魂が望んでいれば、表面的にどれだけ嫌でも何でも、いずれ必ずその時は来るでしょう。
一方、今回の人生ではそれを予定していない、という方も沢山いらっしゃるかと。
そこは他人がコントロール出来ることではありません。


物質的な幸せだけでいいです、という方もそれはそれで良し。
更にその先にある至福感や生きる喜び自体を知りたい、と言うならばそれはそれでアリ。
どっちも? はい、いいと思います。是非やって下さい!
どれがレベルが高いとか低いということではないので、何でもOKなんですよね。

まずは自身がその日一日を、どのような気持ちで過ごしたか。
ポジティブな気持ちだったか、ネガティブな気持ちだったか。何も無いけど、気持ち良かったな。とか。
何を成さずとも、そんな簡単なことだけで私はいいと思っています。今、生きているのですからね。







オマケ。

昨日のワークショップ後。
先日が誕生日だった私に、皆様から時計のプレゼントを頂きました♪


ウォッチ


かっこええー!(笑)
末永く、大切に使わせて頂きます。本当にありがとうございました!




本当は閣下の講演内容を暫くトップ記事に出しておきたいのですが……(笑)。
未練を断ち切って、新作アクセサリーを掲載しておきまする!





ネックレス




ピアス




ピアス




今回は秋っぽかったり、オールシーズン行けそうだったり…のラインナップです。
画像は無くても、他に色々あります。

落ち着いた色合いのお洋服が主体になる季節なので、アクセサリーでキラキラさせて明るさを出すといいですよー。
カラーバランスが沈みすぎると、せっかくの美人が台無しになります!
全てダークトーンで纏めるより、何処かで抜け感を出せるといいですよね。

アクセサリーは調整に便利なので、種類があると重宝します。
本当に便利です!(力説)




さてさて、明日は11月度ワークショップでございます。

素敵なご報告を下さっている方々が、明日はどんな感じでいらっしゃるのかなーというのが楽しみです。
お天気がちょっと乱れる可能性がありそうですが、参加される皆様とご無事にお会い出来ますよう願っております。


皆様も楽しい一日をお過ごし下さいませ♪



現在、『税を考える週間』だそうです。


本日は、公益社団法人 浅草法人会主催の文化講演会『悪魔が来たりて、下町と日本文化』を拝聴して参りました!
「悪魔が来たりて」……そこは当然、閣下です閣下!

デーモン閣下は長期間に亘り、日本の伝統芸能とのコラボレーションを試みておられます。
今回このイベントの講師として招かれたのは、その辺りの事情もあるのかなと思います。


足を運んだのは浅草ですから、会場である浅草ビューホテルの周囲も、所謂下町な感じでした。
この辺りを歩いたのは初めてで、唯一数年前に雷門へ行ったことがある位。
用事が無ければ同じ都内であっても、全く知らないことが沢山あります。

ホテルの売店のカオスぶりに「帰りに寄ろう」と遠目からチェックしてみたりとか。
間違いなく意味不明なお土産なんかが置いてあるに違いないと思うと、心底ワクワクしますね!(笑)





会場では、先ず浅草法人会のおじさま方の御挨拶が始まりましたが、簡潔! スピーディー! 無駄な話一切無し!
……の結果、閣下ご登場まで割と間が空いてしまい、微妙な時間が数分間ありました(笑)。

司会の方が、誠意を込めた棒読み(※褒めています)で、閣下のプロフィールをご紹介してその場を繋ぐというスタートに、胸が躍ります。
こんな面白い始まり方だなんて、今日は凄くヒットの予感……!



そして閣下ご登場! 反射的についバンザイを…!(笑)


ご登壇された閣下が、ホワイトボードに書かれたテーマは『息』『意氣』『粋』
それぞれ「いき」と読みます。そして、各単語に関連づけられた意味合いとしては、『息⇒呼吸』『意氣⇒活き』『粋⇒生き』と対応させておられました。

閣下はこれまでのご活動で、日本の文化・伝統文化についてお話しされる機会が多くあり、その中で仰って来たこととして「日本文化の一番の特徴が、"イキ"である」と伝えて来られたそうです。



例として、相撲や邦楽(箏や三味線等の和楽器)では、スタートの合図無くして息を合わせて始められることを挙げていらっしゃいました。
世界の格闘技や洋楽系統から派生しているJ-POP等は、審判の合図やカウントを目安にして始まります。

でも、日本の伝統的な格闘技である相撲はそれが無い。
和楽器の演奏にもそれが全く見られないのに、何故かピタッと息が合って始まるということを、ライフワーク的に25年以上続けていらっしゃるコラボレーションを通じて発見されたそうです。

これに対して「相手があっての自分」という表現を使っていらっしゃいました。
なんかもうここで大満足です…ありがたや(笑)。
しかもここ、前フリです。凄すぎる前フリ。



「例の物を持って来い!」
と閣下が仰った瞬間、「り、林檎か!?」と条件反射が出かかりましたが(ファンの方だけお解り頂ける話)、違いました(笑)。

壇上にブラックボックスが登場。
中には色々なテーマを書いた紙が入っていて、クジ引き方式でその場でテーマを決めるという仕組みらしいです。
本当に抜かりなくていらっしゃる……。



最初に閣下が引かれたテーマは、『伝統』
知人の薩摩琵琶奏者の方のお話しを引き合いに出されまして。

「今後NHKの大河なんかで使われる法螺貝の音は、閣下の私物から録音された物」
「某大河の撮影で使われた鼓(大鼓)は、閣下が通販で購入した35,000円程度の物」

という面白エピソードが前置きとして登場……これだけでは、一体何のことか分かりませんが(笑)。


さて本題です。
「古典」と「伝統」は違うものである、というお話。
これは琵琶奏者の方が、お師匠様から教わったお話です。

古典は、当時のままに出来る限り再現したもの。
音楽や踊りを、時代が変わってもその頃のままでやりましょう、というものを指す。

一方で伝統とは、同じことを同じように伝えるものではない。
時代が移り変わって行く中で、背景に応じて色々なことを変えながら、それでも神髄にあたる『本当に大事なことを伝える』のが伝統である、と。

だからその方は、何にでも対応出来るように色々な勉強や練習を積極的にされているそうです。
どのような形であっても、伝統というものが伝わるように。
世の中は様々に変化して行く中(そしてそれは誰にも止められません)、一番大事なこと…良さ・醍醐味を後世へ伝えて行くことを伝統の継承として活動されているそうです。
他にも面白ネタは色々あるんですが、涙を呑んで割愛! くうっ!




閣下は、今回の講演に呼ばれた理由を考えられた時、「下町の存在意義」「今後は何を売りにして行くべきか」について、アイディア等を求められているのかと思われたそうです。
で、それをお考えになって来られてですね……もう本当に凄いです。ここで、箱から二枚目の紙が。


出て来た紙に書いてあるのは『アクセント』
閣下は(世を忍ぶ仮の)3歳~7歳をニューヨークで過ごされていますが、アメリカから日本に戻られた際に色々な違いを感じられたそうです。
外の世界から日本を見ると、ずっと日本在住でいる間とは違う視点や思考を持って、日本を見るようになるということ。
そして、その視点から見える沢山の良いポイントがあるということでした。
それらの長所を更に伸ばすにあたり、幾つかのご提案が。

「町中にある標識の表記を、もっと外国人向けに親切な表記にしたら良いのに」
「外国の呼び方…例えば"イギリス"をU.K.と呼ぶとかって、まだしないの? イギリスなんて呼んでるの日本人だけよ!」

を事例として挙げられました。

旧態依然の何かを、めんどくさいからとかこれまでそうだったからいいじゃないか、という理由でズルズルと引き延ばすのは構わないが、別に今の大人達の為に変えろと言っているのではなく、20年~30年後になって今の子供達が国際的に活躍するにあたり、変革を今からやらないと間に合わない! と言っているのだ、ということです。
常に時代の先を読み続ける閣下。お変わり無い…と言うより、いつも今が素晴らしいです。


で、『アクセント』ですね。
カタカナ表記で英語等の外来語を表記する際に、アクセントを何処に置くか分からないことが多い。
のですが、単語のアクセントが来る音の直後に音引き(ー←これ)を置くと、とってもそれっぽい発音になる、と(笑)。


No problem⇒ノー プロブレム⇒ノー プロブレム


はい、発音して音読して下さい。
確かにそれ……っぽい!(笑)


この提案は、閣下が太政大臣になられた暁に広めるご予定だそうでございます。
いいなー……太政大臣かぁ……(ちょっと夢見る私)。

この案も、将来の子供達の為に、今から国際化を着々と進めることと深い関連があります。
閣下は日本の科学技術に将来はそれ程期待しておらず、今後は観光立国を目指した方が良いのではないかとお考えなのだそうで。
これまでのお話も、観光を資源として推進するにあたり、浅草等の下町のみならず、日本全体の為という訳です。


また、E-mailを「メール」という言葉だけで済ませたりしても、海外では通じない。
「国内では通じるからいいじゃん」と、これらを改めない日本全体の風潮が、今の子供達が将来国際的な活躍をするのに足を引っ張ると仰っていました。


えー、これについては思ったことがありまして。
現在インターネットがかなり広まっているじゃないですか。特にお若い世代を中心に。
だからね、ヤフーさんとか楽天さんとかアマゾンさんとかの、ネット産業を牽引している会社から、表記を改めて行ったら変化が起きやすいんじゃないかと思うんです。

インターネットのニュースを毎日見る人も沢山居ると思いますから、そっちの活字表記から変える。
テレビやラジオの媒体は、スピード勝負の所もあるでしょうから、いきなりは嫌がられるかも知れない。
でも、インターネット系列の媒体であれば、そこまでスピードを問われないこともあって、可能性は多少なりともあるかなと考えます(速度の要求についてネットに皆無とは言いませんけどね)。

……はい、閣下のお話を聞いた時、反射的に思っただけです(笑)。




『民度』という単語についても触れて下さいました。
日本は生活の豊かさで言うと、とても豊かで幸せに暮らしている人が多い国です。
しかし生活の豊かさが上がっても、では民度はどうであろうかと疑問に思われる、と。

誰でも税金は払わずに済むなら払いたくないだろうし、バレなければ何をやっても大丈夫と、殆どの人が大なり小なり思っている・やっている筈。
そういった系統の報道があっても、それを果たして責められるだろうか……。

箇条書きにしますが、閣下のお考えでは以下のようになっているそうです。


・民度と生活習慣はリンクしている
・変えた方が良いのに拒否すると、民度は上がらない
・日本には"おもてなし"の文化がある反面、受け容れず拒絶する面がある
・それが社会一般に役に立たないものであっても、頑なに変えない
・日本は1000兆円を超える借金があるのに(700万円超/国民一人頭)、まだ借金は増えている
・何故かと言うと、一度覚えてしまった"分を越えた生活や贅沢"がやめられないから
・このまま続けると、大変なことになると国民が気付くべき時である


だから、身の丈に合った生活をすることが、民度を上げる結果に繋がる……というお話です。
その通りですぅ~! 素晴らしすぎます。




下町の今後についてのまとめ。

1:アメリカのウィリアムスバーグという街のように、この街全体をテーマパーク化する。
街の美観を条例等で制定し、皆で協力して作り上げて行けば良い。

2:日本人の舶来信仰を利用して、外国人留学生を積極的に受け容れる。
外国の何かを喜ぶ風潮があるので、彼らを歓待していずれ(お金を使いに)戻って来てくれる下地を作る。


以上を踏まえ、『人を作る街作り』を目指したら良いのではないか。
それにより、20年~30年後には"イキな街"になるだろう。
そして日本を変えて行くには、勿論行政が動かなくてはいけないが、日本が民主国家である以上は、国民一人一人がそれぞれ何かを始めなくてはならない


というお話で、しっかりキッチリ締めくくられました。



予定の90分を越える2時間弱。大変な熱弁でいらっしゃいました。
メリハリ、聴き応え共に満足度最高です。

最後に閉会の挨拶をされたオジサマも絶賛しておられました。
「今度から彼がテレビに出ていたら、ちゃんと観ます!」ですって(以前は様々な誤解により消していたらしい 笑)。



有り難い・楽しい一日でした。
このような機会に恵まれて、本当に嬉しかったです。感謝感謝の一日でした。
お申し込みとご一緒下さった方々にも、心からのありがとうをお伝えして、長~~~い記事は終わります(笑)。

最後までお読み下さいました方がいらっしゃるようでしたら、心より御礼申し上げます!



先日のことになりますが、3日に私のバースデーパーティーを開いて頂きました!
当日お集まり下さいました皆様、お忙しい中のご準備ありがとうございました。


この日は会場にて高級焼肉をば。

誕生日会♪


誕生日会♪


誕生日会♪


お料理、お肉共に全部美味しかったです!
食べられる幸せを感じました。
そして最後のデザートプレートが可愛い(笑)。

お花も師範をお持ちの方が生けて下さいまして、とってもゴージャスでした。
リクエストしていたプレゼント(ネイル用ジェルとか 笑)を頂戴しまして、大喜びです。



誕生日会・ケーキ♪


誕生日会・マロンケーキ♪


太っ腹なことに、店舗への持ち込みがOKなお店でして。
お誕生会を開いて下さった方が、ケーキを外部のパティスリーで買って来て下さいました。

見た目も綺麗なケーキの数々に逡巡しまくり(笑)。どれも美味しそう!
私は季節商品のマロンを頂きましたが、とっても美味しかったです~。



夜遅くに帰宅した後、会場で受け取りました皆様からのバースデーカードを読ませて頂きました。
カードの選び方、文面共に個性が炸裂(笑)だなあとしみじみ。

深夜にも関わらずついつい大爆笑してしまった文面もあり、とっても楽しい一日と相成りました。
誕生日そのものは翌日だったのですが、大満足で当日を迎えられて本当に嬉しかったです。ありがとうございました!




因みに誕生日当日は、リピーターのお客様から改善状況のご報告を頂いて、「やってて良かった!」と心底思いました。
私の特徴として、滅多に「出来た!」みたいな感慨を抱くことはないのですが、長いことこのお仕事をさせて頂いている中で、「あ、出来た……っぽい(笑)」と珍しく思った日でした。

私の場合はお仕事で関わらせて頂くことでのみ、得られる感覚だなーと思います。
自分に与えられた役割を、多少なりとも果たすことが出来るのなら、生きている中でこれ程の喜びはありません。


少しでもご縁のある方が幸せを感じられるように、そのお手伝いが出来るようにと思いながらやって参りましたが、至らない点ばかりでご迷惑をお掛けすることも多々ある未熟者です。
とは言え、現在のレベルで出来る精一杯のことをと思いながら生活していますが、具体的に結果を教えて頂ける機会に恵まれますと、大きな喜びを感じます。

この前日にお誕生会を開いて下さった時、皆さんにお話ししましたが、私は「皆さんがそれぞれの形で幸せになって下さったら、そしてそれをご自分で感じられる状態になって頂けたら、それが一番嬉しい」のです。
自分の中で嬉しさを感じられること、それを感じさせて頂ける機会に恵まれましたことに感謝しながらの誕生日でした。
本当に有り難いです。


数え切れない程沢山の方々のお陰様をもちまして、今の私があります。
色々な形で多少なりともご恩返しが出来ますよう、社会貢献が出来ますよう、そして自分の手の届く範囲で色々な方のサポートになれますよう、今後も精進して参ります。
今後とも何卒宜しくお願い致します。


皆様のご多幸を、心よりお祈り申し上げます。




うわわ。あっという間に11月突入です。
色々なお店にクリスマスグッズが並び、「……は?」と思っていたら、もう11月なのでした(笑)。

毎日毎日、季節もよく分からなくなる気温だったりしますからね。
今がいつ頃なのかを把握するには、本当にカレンダー様々です。




さてさて、私は時折書店をフラフラするのが趣味なのですが。
長いこと平積みになっていて、本屋さんへ行く度に「まだ平積みだ」「あー、また平積みだよ」……何ヶ月間も表紙だけを見ては買わずにいた書籍を、「じゃーそろそろ読みますか……」。
という訳で、このほどとうとう買いました(笑)。


スタンフォードの自分を変える教室スタンフォードの自分を変える教室
(2013/04/26)
ケリー・マクゴニガル

商品詳細を見る



あまりに売れ行きが良いのでしょう、関係書籍が何冊か出ているようです。
先ずは基本の一冊からということで、これです。

内容は、これまでの悪しき習慣を打破し、自分を変える為の方法を、スタンフォード大学で教鞭を執っている方が書籍化したもの。
作中では、自分を変える為の力について、『意思力』という呼び方をしています。


体重の減らないダイエットの繰り返し、ネット・喫煙・アルコール・買い物等の各種依存行為。
他人とのスムーズなコミュニケーション、ヘルシーな食生活、貯蓄、適度な運動、自分の為の幸せな計画等々。
いけないことだと思ってやめようと決断しても、「今度こそ幸せな自分に変わるんだ」と決めても、何故一向に結果が出ないのか。
自分にはどうして物事を成す意思力が弱いのだろう。

……これらを科学的な見地から検証し、更に結果を出す為の適切な方法、そして勘違いしやすいポイントを大変丁寧に教えて下さっています。
脳神経学、行動心理学等からのアプローチなので、裏を取ってある内容ばかり。
専門用語ばかりを使った文語体ではなく、口語体寄りのライトでユニークな記述方式ですから、万人にお勧めです。


ザッと読み終わって、現在何回目かの読み直しをしていますが、すっごく面白かったです。
私は専門的に科学者の勉強をしたことはありませんが、これまで自分やお客様を見て来て体験的に理解した内容が、沢山書かれていました。

・人間は隙あらば自分を正当化しまくる
・チャリティ等の良いことをチラッと"考えただけ"で、自分は良い&正しい人間だと信じ込む
・一つ善行を積むと、その後は悪行に走るのが平気になる
・「もう変わる!」と思うだけで気持ち良くなってしまう為、行動しない
・「あれさえ手に入れば!」のガツガツした期待は、満足へ繋がってはいない
・意思が弱いと言うより、神経伝達物質の仕組みでそうなっている
・未来の自分は他人も同然
・未来の自分は今より絶対ステキ(な、筈)と勘違い
・今回失敗したのは"たまたま"だと思い込んでしまう
・未来の大きな報酬より、目先の小さな利益
・"欲しい"は喜びの期待と不安を同時発生させている
・みんなやってないから私もやらなーい
・欲望から遠離るには"見ないで10分耐える"
・ポジネガ問わず、意思力は感染する
・呼吸の回数を落とす、瞑想、充分な睡眠等は意思力の回復に重要
・達成には背水の陣を敷くと良い



等々、今この記事を書いている段で思い出したものだけ羅列してみましたが、ページを捲っても捲っても面白い!
「そうそう、そーなの! それ! そーなんですー!!」と、毎度興奮しました。
まるで、話のピッタリ合う人と会話している気分です(笑)。



特に印象深かったのが、神経伝達物質の話。
近頃ノロノロと情報収集しているせいでしょうか、これが一番「ですよねー」という箇所でした。


色々な神経伝達物質(ドーパミン、アドレナリン、ノルアドレナリン、セロトニン等)は、人間が太古の昔の生活をする為には、そして種の保存を促す為には必須の成分でした。
でも、自分達の利便性の為に環境を激変させてしまった今、それらの効能が変わらないことで色々な不都合がある訳です。

「目にしたら欲しくて堪らなくなる、我慢出来ない!」
という方、多いですよね。
ブランド好き! 買い物好き! コンビニ行くのが趣味! とか。

で、目にするとドーパミンが分泌されて「あれをすぐ手に入れないと大変なことになるー!」と指令を出す為、ドキドキワクワク……いや、単にガツガツガツガツする訳ですよ。
モノじゃなくても同じです。
親に絶賛されたい、依怙贔屓されたい、恋人が欲しい、モテモテになりたい……それが欲望ならば全部一緒です。


これらは脳内で「食べ物」とイコールになっているらしく。
原始的な生活をしている頃の人間は、食べることが最大の目的でした。
だから、人体は「食べ物を見付けたら直ぐに手に入れて食べないと、飢え死にしちゃうぞ! あれを直ぐに手に入れろ!」という逼迫した事情をお知らせする為に、ドーパミンを分泌させるんです。が。

現代の贅沢な生活環境下に於いて、ドーパミンに支配されてしまうと、とても厄介なことが起きます。
買い物してもしてもしても、決して満足出来ない……だからもっと高額なものを買えば、満足出来るかも?
どれだけ食べても、食べたいという欲求が減って行かない。
どれだけ優しくして貰っても、満足出来ない。
私は満足したいのよー!!


ドーパミン様は『報酬を期待させる』力があるので、ガツガツ状態のまま色々な対象に飛び移らせます。
でも、役割は獲物を手に入れた、そこまでで終了。
モノ自体と言うよりも、その先にある筈の遠い蜃気楼の如く見える宝、『満足』が、無い!! ……ガッカリ。
はい、ありますね。あるある。よくあるよくある。

これまで耳にした話ですと、大人になれば、恋人が出来れば、仕事が変われば、結婚すれば、子供を産めば、離婚すれば、周りが褒めちぎってくれれば、お金持ちになれば、成功者になれば、有名になれば、季節が変われば、明日になれば……等々、そのバリエーションにはキリがありませんが、こんな風に前置きしてから「そうしたら、幸せになれる(筈な)のに」と続きました。
はい、先ず自分に責任は無い訳です。そして繰り返していることに、多くの方は疑問等も無さそうでした。



ところで上記の問題が思い通りの形を取って解決したとして、それでもどうして満足出来ないのかと言うと、満足はセロトニン様の御担当だからです。
最近、セロトニンという単語をちらほらと耳にしたことがある、という方も多いかと思います。

セロトニンは、脳内にて安心感とか満足感を司っています。
これらをいい感じに分泌させられれば、あれこれ買い漁ったり他人の動向にカリカリしたり、ウダウダと「○○してくれないから私は不幸なんだ」とか言う必要も無く(いえ、これだけの問題ではないんですが)、皆様が望んでいらっしゃる『平和で楽しい生活』が送れるという訳です。


セロトニンレベルを上げる為に、うちのお客様には栄養のコンディションを整えることからお願いしています。
私は精神と身体を別ものとして考えてはおらず、人間が幸せになれるかどうかは身体・脳内の状況がどうであるかに掛かっていると見ています。
お客様がOKを出して下されば色々提案させて頂きますが、それを望まない方は構わないと思います(改善については疑問の余地がありますが)。

で、身体が土台として整って来たら、呼吸をゆっくりにして瞑想に入る練習と、ウォーキングを習慣にして頂く方向を取って頂きます。
どちらも、セロトニン上昇の為には効果ありとされている方法です。
太陽に適度に当たるとか、緑の多い所へちょろっと行くとかも推奨ですよー。

また、現在の現実に対して意識を合致させる方法も有効です。
ごはんを食べている時は、味わって食べる。歩いている時は身体の状態や反応に意識を向けながら。
今やっていることと頭の中が乖離していると、満足を自ら蹴っている状態になります。
これらもよくお話ししていることです。



あれさえあれば! のガツガツ状態⇒ガッカリ
身体にとって良いアクション⇒満足


というのが、単純な図式です。



それでも尚、自己破壊的(或いは過剰に他罰的)な行動パターンが改まらず、解決しない場合は、メンタルを掘り下げて気付いて行くという手順が必要になって来ます。
大体は同時進行で行いますが、これまで自分を含めて色々観察して来た所では、身体がマトモになって来た頃になってやっと、自分の客観視が少し出来るようになって来たり、パターンに填っている最中に「うわ、変わってないよ!」と気付けたり……という可能性が見えて来ます。

その内、これまで全くカウントしていなかったことに気付いたりします。
如何に他者を操り、利益を得るかが良いことである……と潜在的に思いながら生きている方々が激増している昨今では、正直言ってかなり難しいことだと思います。
自分に向き合うのに忍耐力は絶対的に必要ですし、自身に対してシビアに判定を下す目も必要ですし、何度もトライし直し、違う糸口を模索するという柔軟性も大切です。
自分を変えるというお題にあたっては『結果を出す為、自分に向き合い続ける』ことこそが、獲得必須のスキルであると言えましょう。


そうそう、参考までに。
ドーパミン様は悪者ではないので、勘違いなさらないようお願い致します。
人は期待があるからワクワクもするし、何かをする時の牽引力にもなるのです。
忙しい仕事が終わったらあれ食べよう、とかね。考えるだけでも嬉しいですよね。
何事も適切にお付き合いをして行けば良い、ということですね。




……書いてもキリが無いですね。
とりあえず、是非本を読んで下さい(笑)。

幾つものエクササイズが掲載されていますから、そちらを実践しながら結果を見て、またフィードバックして行く。
もし上手く行かないようなら、この本に記載されている内容から原因の一端が見つかるかも知れません。

読んで、理解して、実践。
これを繰り返しながら自分を上手にコントロールして行けば、より幸せを感じられる自分になって行けると思います。






プロフィール

Sachi

blog owner:Sachi
潜在意識を活用した、ちょびっとスピリチュアルな総合セラピー、癒しのワークショップ・タロットカードセッションをしているSachiです。
穏やかに楽しく成長出来るよう、入手した情報や、日々の気づき&
発見などをシェアして気ままに更新。
イベント情報も随時掲載中です♪

旧blogタイトルは『気づきのステップ』。

■カウンセリング&ヒーリング&セラピーを総合した個人セッション、月に一度のワークショップ、またタロット&オラクルカードセッションをご希望の方はサイトをご覧下さい♪


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