resonance

Entries

Date : 2013年08月

◆ Infomation

【works】
★ヒーリングセラピー個人セッション
 都内で対面式の個人セッションを行っています。
 幸せと癒し、学びと気付きを得たい方へ、様々に対応させて頂きます。
 潜在意識を日常へと活用することで、より良い人生へ変えることが可能です。
 随時お受けしておりますので、サイトをご覧下さいませ。

★癒しのワークショップ
 毎月一度、都内で女性向けの体験型ワークショップを開催中です。
 沢山の変化・癒し・浄化・成長・気づきを促すテクニックが山盛りです。
 2017年11月5日・12月17日(全て日曜)
 の開催が現在確定しております。11月は11時~15時、12月は11時~19時です。
 ※11月と12月では開催時間、料金が異なります。
 ※以降の開催は決定次第upして参ります。
 ※それぞれ内容の詳細はサイトをご参照下さい。

JR総武線の東中野駅に、駅ビルがくっついています。
アトレヴィというJR系列の駅ビルなのですが、吉祥寺のアトレなんかとは違って凄くちーさいんです。



以前、乗り換えで通りかかって「ん?」と気になる場所が…。
それは2Fのカフェスペースです!



1Fがパン屋さんのヴィ・ド・フランスなんですが、2Fには系列のカフェ『デリフランス』がありました。

気になっていたのを解消(解明か?)すべく、仕事帰りに立ち寄りました所、だーい好きなホットケーキを発見(笑)。
ちゃんとお店で焼いて下さるそうで、注文しましたら「10分程お待ち下さい」と言われました。
お腹の減り具合にも依りますが、予告付きで30分くらいなら待てます(笑)。




今回はチョコバナナホットケーキにしました。
私チョコはいまいち苦手なのですが、チョコバナナに変身すると突然美味しい感じになる素敵マジックです。



ホットケーキ

ホットケーキ



うわー。うまい(笑)。


いやいや何かに驚いている場合じゃないんですが、私の中ではかなりヒットですよ!
専門店とかでもないし、抑もホットケーキを食べようと思っていた訳でもない為、そこまで期待していなかったのが幸いしたのか、意外にもかなりイイ感じです。

今回選べるトッピングをバニラアイスにして貰ったんですが、その他クリームチーズと生クリームが選べます。
他のホットケーキメニューも気になる所です。

ホットケーキが美味しかったのに気を良くしまして、次回はパン・ペルデュ(フレンチトースト)にしちゃおうかな!
と、ウキウキでお店を後にしました。


店内は駅直結ということもあって一人用のカウンター席が多く、殆どのお客さんがお一人様でした。
気楽にふらりと立ち寄って満足出来る、素敵なお店です。
立ち寄って良かったと本当に思いました(笑)。






デリフランス

アトレヴィ(東中野) フロア 2F
営業時間 7:30~22:00
電話 03-3362-0161
FAX 03-5332-5706
 
席数 テーブル:26席 カウンター:23席
モーニングセット(300円~) ランチセット(750円~) ティータイムセット(690円~) サラダなど(630円)ドリンク(268円~)







今日の東京は暑かったです……まだ残暑ですもんねー。油断禁物です(笑)。





幸せになりたい。
幸せを感じたり、自分の人生に納得したいという方は、いつの世も非常に多いことでしょう。


そんな中、


「生まれ変わってもこれをやりたい」



と思えることは、今とても幸せだということの現れです。






生まれ変わっても、この人と友人でありたい。



生まれ変わっても、この人と夫婦でありたい。



生まれ変わっても、この人達と家族で居たい。



生まれ変わっても、この仕事をしたい。



生まれ変わっても、この土地に住みたい。






そう言い切れる何かがあるということは、現実とマインドの方向性が合致しているということです。
そう思えることは、素晴らしいことでもあるし、有り難いことでもあります。
出来ることなら生きている間に、それもなるべく早い時点で、現実とマインドを一致させておきたいですよねー。
生まれ変わりがあるかどうかは、この際退けておいて(笑)。

現状に納得し、満足し、更に好きでもある。
この状態を指して、人は「それはすごく幸せなことだよね」と形容します。



形がどうであるかはさておき、詰まる所は人生でこの三拍子が揃うことを目指している人が多いのだと思います。
その為に、ついつい見かけ上の条件や形を探してしまうのですが、満足出来ないという所から出発したルートのゴールは、やっぱり満足出来ない…なのです。

「あ。こうやって不満フィルターを通して見てるから、何をやっても何を見ても不満なんだ」
と途中で気付けば路線変更も可能ですが、これに気付かないでいると、あれも違うこれも違う、どうして私はそうならないの! と怒る結果になります。




今の所の事実はこうだけど、次回はこうしたいなあ。
というのも、勿論アリと言えばアリ。

現状が嫌だから、次回はあれがいい。
現状のこれは充分やりきって未練は無いから、次回は違うことを。
そういう思考も大いにアリです。






あくまでも一例ではありますが。
以下のようなケースが近年よくよく見られますので、挙げておきます。



「何で好きなことが出来ないんだろう」
「どうしてドラマみたいな恋愛の相手が現れないんだろう」
「何故周りは私をもっと重視して大切に扱わないんだろう」
何故、どうして。こんなのおかしい。

……という思考は、イコール現在ある全てを否定し続けることです。
別段、事件性のある毎日ではなかったとしても、それはちょっと(かなり?)生きづらいかなーと思います。
自分が顕在的にどう思っていようが、現実に対してどのようなニーズを持っていようが、事実として毎日現実は生成されている訳です。

となると、ドラマチックな何かであるとか、事実とかけ離れたニーズを思考内で持つ力が強ければ強い程、そうでない日常に多大な怒りを持つ可能性が高くなります。
生きるだけで毎日怒りが肥大化して行く…ということです。


それだけプンプン毎日毎日怒っていたら、益々「生まれ変わってもこれでありたい」というものは、蜃気楼の彼方へと遠く霞んで行きます……あああ……(笑)。





「起きている現実に文句を付けた所で、私の目の前の現実は今ある全てでした。どれほど怒ろうとも、これまでも何一つ変わらなかったし、これからも変わらない。だって事実はただ事実でしかないんですから」

というのが理解出来て来ると、これまで妄想の中で「こうなるべきだ!」という幻と現実をすり替えようとしていたループから抜け出します。
今ある状態を隅々まで知って、「あー、ハイ。これが私ですね」になります。
どうせこれが現実なら、あれやろうかな。どこどこへ行こうかな。
あーあ、文句ばっかり言ってないでさっさとやれば良かったわー。

……この辺りで漸く、現実の中で楽しんだり、自分で自分の人生をやろうという意欲が生まれます。
それまで怒っていたエゴにとっては皮肉にもと言うべきか、「なんか楽しいかも…」「いやー毎日満足です」がここで発生する可能性があります。
怒っている間は遠退くばかりだったそれが、気付いたらもう手の中にあったと気付くかも知れないのです。

こうなるなら、指定のプロセスを辿らなかったにせよ、結果的に良かったよね。という話になりますね。






「生まれ変わってもまたそれをやりたい?」



と問いかけると、自分をどう見ているかが解るかも知れません。
また、冒頭に挙げたものの他にも



「生まれ変わっても今の人生をやりたい?」


「生まれ変わっても全く同じ今の"私"をやりたい?」




等々、様々な派生系があります。





これらを一つ一つ自問した時、自分の中からどのような答えが出て来るか。
そして、その理由を何と言うのか。


色々なジャンルに関して問いかけてみる、掘り下げてみるのも、自己理解の一助になるだろうと思います。
お勧めは箇条書きです。


楽しんで問いかけてみるといいですよ~。







夜になると、秋の虫の鳴き声があっちからもこっちからも大合唱ですねー。

いつも「気が付くと」次の季節へと移っているような気がします。
季節に気付かせてくれるのは、気温だったり植物の変遷だったり、そして虫や動物の声だったりします。

日々に追われて忙しく過ごしていると、あっという間に時間が経ってしまいます。
それでも、こういうことに気付く瞬間に、自分が今どういうポイントに立っているかを、ほんの僅かでも認識させて貰えているんじゃないかと思います。
去年の同じ季節はどうだったかなーとか思うと、自分の変化が分かりやすいかも知れませんね。







昨年より、継続して個人セッション(&ワークショップご参加)をコンスタントに続けて下さっているカツオ先生(笑)が、ご感想をblogに掲載して下さいました
いつもありがとうございます! 角煮まん美味しそうです(笑)。

リピートして下さっているお客様の中には、
「人が本当に生き方を変えるというのが、如何に大変なことか」
ということに、薄々気付いていらっしゃる方もおられることと思います。


嫌ならやめればいい。
やりたいならやればいい。

たったそれだけのことが、どれほど大変なことなのか。
変化することが、こんなに長く掛かることだなんて思っていなかった。
散々直面して見て来た筈なのに、何度も何度も「分かった!」と思った筈なのに、それでもまだこれまでの在り方にガッチリとしがみついている自分が居る。

これ以上続けても、何処かで必ず行き詰まってしまうと知っているのに、それでも
「絶対変わりたくない! これまでのやり方で上手く行ったじゃない! どうしてこれを持ってちゃいけないの!?」
と言っている自分に驚くばかり……。


人が変化・成長を遂げる途上の何処かで、多くの人がこのような状況をループしていることに気付くでしょう。
気付いたと思った、分かったと思ったのに、また暫く経ったら同じ場所に立っていることが判明して、愕然とする。
おかしい、どうして? 私は解ったんだ、変わったんだ、なのに何故周囲に変化が見られないのかと。

多くの人が「状況を変える為なら何でもやります」と言いますが、いざ蓋を開けてみてそこへ即座に飛び込める人は殆ど居ません。
と言うのも、"これまでのトラブルや問題は、自分の中にあるものが作り出していた"ということが、何れにせよ分かってしまうからです。



外側にあると思っていたものの火元が、自分の中にある。
これだけでも受け容れがたいのに、自分でどうにかしろってどういうこと? と、思うこともあるでしょう。

例えば、他人様から虐められている。と言う風に見える出来事で悩んでいるとします。
困った末に、セラピーを受けに行きます。
先ずは、自分は傷ついているから癒される必要がある筈だ。という動機です。

そこで、
「相手が悪いんじゃないんですよ。問題の種はあなたの中にあるから、自分の中をちゃんと見て、その上で今後どうするかをご自分で決めて下さい」
と言われて、はいそうですかと素直に首を縦に振る人は、それ程多くないと思います。

自分は被害者で相手が一方的に悪いのだし、自分は何もしていないのだから事態に対して手の打ちようが無い筈だし、相手から謝罪して来るならまだしも、何故自分が自分に対して何かしなきゃいけないのか。


……と思うのが、至極まともな反応でしょう。

恐らくこれまでは、外側に向かって変われ変われと思い続けても、変わらなかったのですよね。
どんなに辛い苦しいどうしてこんな目にと思い続けた所で、それは変わらなかったんでしょう。

そこで渋々自分の中を見てみることにします。
きっと、悲しいとか寂しいといった感情があったりもするでしょう。また、怒りも憎しみもある。
ニーズが満たされないと言い続けている自分を見付けます。
ああ、こういう絡繰りで自分は動いていたのか……と、何度も気が付きます。

周りを見ます。
状況はどうでしょうか。
それを見て、どういう反応をするでしょう?

「あれ? どうして変わってないの? どういうこと? おかしい!」



……本当に、よくあることなんです。
そうか、解ったと思った時に、エゴが幻を見せます。
「だからきっと、驚くような変化があるよ。ここまでで充分変わったよ。だからこれ以上は必要無いよ」と、囁くのです。

中には、仕組みを理解したことで深く納得し、「もう大丈夫です」と仰る方もいらっしゃいます。
それはそれで大変素晴らしいことです。
日常へ戻って行かれても、そこで出来事を受け容れて生活出来ることと思います。



変化したかどうかを見る一つの目安は、周囲の状況です。
どうでしょうか。期待した何かは起きていますか? 現状維持ですか?
起きていないなら、恐らく分かった気がしただけなのです。
または分かったけど、その先へ足を踏み出さなかった。
若しくは、更にその下にある何かへは行き着かないように撤収した。
何故って、これまでの何かがどうしても手放せないから……見たくない何かがあるから……というのがセオリーですね。

人に依っては、タイミングやそれまでの積み重ねで、変化を体験される場合もあるでしょう。
また、外側を変化させる(引き寄せを起こす)のなんて簡単~♪ という方も居られますので、一慨に外側だけを見て判断することは難しいのですが、とにかく『現在ある事実を正確に見る』ということをしてみれば、変化したかどうかは分かりやすいと思います。


頭の中で「~の筈だ」という文言を多用していることが、現実を見ることから遠離る一つの要因です。
私はこういう人間の筈だ、周りの人は私をこう思う筈だ、明日は晴れる筈だ、信号は青の筈だ、今年は結婚出来る筈だ、もっと良い待遇を受けていい筈だ、認められて良い筈だ…等々。

あくまでもこちらがフィクションなのであって、事実がどうであるかには一切関係がありません。
「実際は、どうですか?」
と、自分に質問して見ると良いでしょう。
それまで如何に夢の中をフラフラ彷徨っていたかが分かるかも知れません。


覚者(悟った人)は、人間はエゴの見せる夢の中で遊んでいる、と言います。
なんでああならないの、こうならないの。
って、ずっと言ってますよね? これって、現実にあるものを否定するコメントです。
「本当は~の筈だ」という何かに基づいているだけで、その何かはただの幻……妄想です。
どう否定しようが、本当はどうだと言おうが、実際はなっていないのです。これが現実であり、今ある全て。

事実を如何に事実であると受け容れるか。
「こんな筈じゃない。嫌だ。本当はもっと……」という言い回しを使うことなく、地に足を着けて居られるか。
ここに、変化への近道が隠れています。


世の中(=自分の中)は、認めたくないことで一杯かも知れません。
でも、認めたらあっという間です(笑)。
セラピーやヒーリングを通じて自己を見つめる中で、実際はとてもシンプルであったことに気付いて行かれる方は、多くいらっしゃいます。

そこに至るまでは、延々エゴが辛い苦しい大変だ私は被害者だーと言い続けます。
そういった落とし穴に填らない為にも、瞑想やウォーキングをし、栄養をしっかり摂って身体を作り、ひたすら結果が出るまで自分に食い下がるという忍耐力あってこそ、人は成長して行くのだと思います。

あ、例外的な話ではありますが。
すごーく素直な方は、一発で大きく変化します。
そりゃもう凄いですよ! こっちが驚くよ!(笑)



セラピーの現場にあって沢山の事例を見て来ていますが、結果を出すまで続けるかどうか、日頃ご自分をしっかり観察しているかどうかで、変化のスピードに差が付きます。
お仕着せの正解は無く、どう時間を掛けてもどういうルートを通っても構わないのですから、変化を望む皆様が一足飛びに楽しく成長されますよう、日々願っています。



本日の東京は、大変涼しい一日でした! 有り難いことです…。
外出するのには快適で、予定がありましたのでうきうきと出かけて参りました。
そろそろ秋っぽい日が増えて来るのかも知れませんね。





さて、先日のお仕事前。

浜町にある、『東京洋菓子倶楽部』でケーキを頂いて来ました。

暫く前に、テイクアウトで寄りました折。店内にて小さなeat inスペースを発見。
次回は中でケーキを食べよう! と決めていましたので、意気揚々とお店へ向かいました。



こちらで有名なお菓子はモンブランのようでしたので、モンブランを注文♪


モンブラン


中はクリームが詰まっているのですが、しつこさや重さは特に感じられませんでした。
あまりに重いクリームは苦手なんですが、こちらはあっさりしていて食べやすかったです。



昔の私は、食べ歩きが趣味でした。
新しいお店を雑誌なんかでチェックしては、休日毎に食べ歩いていたものです。

最近は昔ほど出歩きませんが、やっぱり通りすがりにでも美味しい食べ物を見付けると、凄く嬉しいですね~。
どうしてもテンション上がります(笑)。


食べる喜びを毎日感じられるのも、食べられる健康状態や引き替えにするお金があるお陰。
そして、美味しいものを出して下さるお店の方々のお陰です。
何より、日本の食べ物はどれを取っても美味しすぎる!(笑)

本当に有り難いです。生きるというのは、一人ではないということの証明だと思います。
ただ生きているだけで、沢山の方々のありがたみを感じます。





東京洋菓子倶楽部

東京都中央区日本橋浜町1-1-12 プラザマーム1F(金座通り沿い)

Tel. 03-3865-4649
Fax. 03-3865-4648

月曜~金曜:am10:00~pm7:00(喫茶オーダーストップ:pm6:00)
土曜・日曜 ・祝祭日:am10:00~pm6:00(喫茶オーダーストップ:pm5:00)
定休日:なし(12/31~1/3は休業)




じりじりと8月も終盤に近づいておりますが、日中はやはり暑いですねー。
夏期産業に携わる皆様には大変宜しいことと思います(笑)。
適度に暑いことで、日本経済が活性化するといいですよね!



★★★



色々なご相談を承って参りましたが、そんな中で


「周りを変えたいなら、まずは私が変わらないと…」


と仰る方がいらっしゃいます。





巷では『自分を変えれば周りが変わる』という言葉があちこちで見られます。
これはこれで、決してやってはいけないことでもなければ、間違いでもありません。

いけない訳ではないのですが、目的が何処にあるかしっかり見極めた方が、後々ラクです。
何故かと言うと、「自分に取り組んでいるのにちっとも周りが変わらないんです!」と仰る方も同じく沢山いらっしゃるからです。


「私はこんなにやってるのに、どうして周りは変わらないの!?」


はい。
どうしてでしょうか。

本当によくあるお話です。
何処に問題があって、変化が成されないのでしょう。





他人を自分の支配下に置き、コントロールする為の行動は、決して成されません。
それぞれ生きている以上は自主性や自由意思があるのですから、自分の言いなりになる必要性が全く無いのです。


自分に置き換えてみれば話は簡単。
知り合いや友人や家族が、「あなたを変える為に私すごく頑張って努力してるのー」とか言ってたらどうですか(笑)。


うん。
そういうことなんですよ。





自分のものの見方や受け取り方、思考言動生活等々を変化させて行く上で、結果として周囲の環境が変わったということは有り得ます。
でもそれはあくまでも『オマケ』であって、それが目的であった訳ではありません。

「周りを変えるには…」という文言は、「周りを変える」という所にフォーカスが発生しています。
変えなくてはいけない。ということはつまり、現在はお好みの形になっていないということを宣言し確認し続けているのです。



周りが悪い、周りを変えたい変えたいと言っている時、大概は自分の手足を動かすことがありません。
自分はどーんと鎮座坐していて、周囲が自分の意図を勝手に汲んで、勝手に好みの形へ変貌を遂げる時をただただじっと待っているのみです。

当然のこと乍ら、そんな結果はいつまで経っても現れない訳で、結果また怒る。
怒ると、「私がこんなに怒っているのは周りのせいだ!」になり、更に変われ変われとニーズを突き付け、自分は悪くないんだから周りが変われと思っているのみで、例によって手足は動かさず行動しない為に、何の結果も出ない。
そして更に怒り……永久ループどころか、怒りが増えるだけで負のスパイラルに陥ります。




不毛だ。
結局は何も得ていないんじゃ……。


という風に我に返るまで、このサイクルは続きます。
妄想内では「如何に自分が被害者で可哀相か」「如何に周りが変わるべき義務があるか」の理由が、綺麗に並べ立てられています。
それと同時に、「如何に自分が何もしなくて良いか」の正当化も行われています。

……などという作業が延々続いていることで、頭の中は非常に忙しい状態です。
これを続けている間は、何かを凄~く忙しくやっているような気になっていることでしょう。
私は凄く頑張ってやってる! 私は凄く忙しくて大変!! と言い張るんですね。

実際は全て気のせいであって、単に妄想に精を出しているだけなんですけど(笑)。
何が忙しいって、文句を言い続けていることが忙しいのです。



人が本当に何かを欲する時、それが顕在意識レベルであろうが潜在意識レベルであろうが、本気ならどんな手段を使ってでも必ず現実にします。
どれだけ時間が掛かろうと、どれほどの労力やお金を使おうと、現実という結果に結実させるまでは決してやめません。

しかし出来ることはと言えば、自分のことだけですよね。
他人を変える為に実際の活動をする人って、居ないんじゃないかと思いますよ。


周りに変わって欲しいと思う時、その動機は何であるのか、それに依って何を得ようとしているのか、何を思いたいのか、何を証明したいのかを、しっかり言語化してみることです。
案外どうでもいいことに長期間執着していたことが判明したり、実はこれじゃなくてちょっとずれた所に本命があったりと、色々な発見がある筈です。


気が付いて「どーでもいいや~」と手放した頃、それは意外な形でひょっこりやって来るかも知れません。
ただ、その頃にはその形があろうがなかろうが心底どうでもいいでしょうから、大きなリアクションは無いでしょうけど(笑)。








8月も下旬ですね~。
残り少ない夏ですが、楽しんでお過ごしでしょうか。




私自身は何時も通りに過ごしていますが、ご旅行された方のお話を伺ったり、暫くぶりにお会いする方のお話から、沢山の有り難い気付きやギフトを頂戴しています。
自分一人では到底及ばない所に至るまで、沢山の方々から数え切れない程の恵みを頂戴しているなあと認識を新たにしている所です。


以前、インタビューのお仕事を主にしていた時(していたのですよ~ 笑)、
「他人様の人生を垣間見ることが出来るって凄いことだな」
と、よく思っていました。


自分一人だと、一度に一人分の体験しか出来ません。
そんなの当たり前ですが(笑)。

でも、他人様のお話を色々と伺うことで、擬似的に・部分的にではありますが、自分の人生を生きながらにして、別の方の全く異なる人生を一部なぞることが出来る。
それって凄いなー。沢山の方のお話を伺えるのって、素晴らしいなー。

……ということではなかろうか。
と、その頃から思っていました。





傍目にはあまり嬉しい幼少期を過ごした訳ではない私ですが、別の方の幸せな体験を伺うと、
「そうかーそういうのもアリだったんだなあ。そっちやれば良かったわー」
と深く頷けます。

ここでエゴが出張ると
「酷い! 私は凄く辛かったのに! 何でそんな話をするの!? 自慢!? 嫌味!? 悔しい! 呪ってやるーーー!!」
という、妬み嫉み呪いルートへ分岐し、最終的には自分の首を絞めて終わる訳ですが(笑)。

勿論私もエゴのロボットだったので、「うーん……何で違うのかなあ」と唸っていた時期も長かったんですけどね。
でも、自分というものに対する認識を改めてからは、
「私はその時は気付かなくて出来なかったけど、私の代わりに違う体験をして、それを教えて下さっているんだなー」
と思うようになりました。


何しろ、身体は一つしかありませんから。
一度に一種類の体験しか出来ない訳ですよ。
無数にある種類の中から、一度に具現化出来るのはただ一つだけ。

自ら欲しい結果を能動的・意識的に選ばなかったという理由で、エゴの大好物である"いつものアレ"な感じばかりを、ず~~~~~~~~っと繰り返していたんですよね。
あーもう……何やってたのかな~……と(笑)。




大変に理解の遅い私ではありますが、色々な方のサポートや大きな後押しのお陰で、やーーーっと「……あれ?」という所に気付くことも出来まして。
無論継続的に進めては行きますが、いやはやどれだけの方々にご迷惑をお掛けして来たことやら……と申し訳ない気持ちでございます。

それでも、有り難いことに生きている間に気付けるというのは、どれだけ恵まれていることかとも思います。
今も、沢山の方々のお陰で人生を変化させて行けるのです。
本当に有り難いお話です……。




色々な方のお話を伺うというのは、イコール自分の中にある沢山の選択肢を直接示して頂いている、ということです。
分離していると、「私はどうせ出来ないし!」とか言い出す訳ですが、そんなことはなくてですね。
提示された沢山の選択肢の中に、自身とピタッとマッチする形があるのだと思います。

あとは、ただやるかやらないか。
「何で私が自らやらなきゃいけないの!」
の間は、残念ながらザザーッとチャンスは流れて行ってしまいます。
でも、やったら出来るんだと思いますよー。


やり方が分からないだの、知らないから出来ないだのと、エゴの奴隷に成り下がってしまうと言い訳が腐る程に沸いて尽きることもありませんが、そっちがいいならそのままでいたら良いだけの話です。

それでも、潜在意識が招き寄せる気付きのチャンスは、日々ゴロゴロと転がっています。
ただ、どう解釈するかだけの違いでしかなく。
これまでのやり方で解釈しても行き詰まるだけなら、そろそろひっくり返す時なのかも知れません。
頭から信じ込んでいた、信じて疑うことのなかった何かの下から、『本当はこうなんだよー』というお知らせが来ているのかも知れないですね。




一度に出来る体験は一つ。
どの体験にするかは、いつでも自分で決められるのです。

体験をした後でどう思いたいか。
良かったー♪ でもいいし、面白かった、楽しかった、素晴らしかった等々……。
幾らでも選び放題です。


これまでがどういうオチだったかを一度見直してみて、何に差し替えるかは今から決めればそれで終わり。
そんな簡単な話じゃないんです! という人も、根本的には同じだと思います。
人間、案外シンプルに出来ているものですよ(笑)。

一度に一種類しか出来ない貴重な体験を、何に指定するか。
考えてみるのもいいかも知れませんね~。






昼間は暑くても、夜になると風通しが良い感じになって来ましたねー。
体感でも秋を感じられるようになって参りました。
過ごしやすいのが嬉しくてワクワクします(笑)。





最近は、うちをご利用頂いているリピーターのお客様方より、このようなコメントを頂戴しています。


「私の両親はああいう人達だから、それをどうにかしようとするのではなくて、元々ああだから私はこうしよう…という風に上手に環境を利用すれば良かった」



例えば、両親の仲が良くて子供にはそれ程構わない(=自由にさせる)主義のご両親の元へ、生まれたとしましょうか。
エゴとしては様々な解釈が出来てしまうので、「私に構ってくれない!」「もっと愛して!」等と色々なニーズが発生し、何処かで気付かないとあっという間に「私は子供の頃から親にあまり愛された記憶が無く…」というドラマの脚本が出来てしまいます。

これはこれで、解釈として成立しているので間違っている訳ではありません。
ただ、主観を「私はこうして欲しかったのに!」「相手は私に対してこうするべきだ!」というニーズの部分に置いている為、残念ながら何時まで経っても完全な満足へは至りません。

ニーズを中心に置いている間は、他者から奪うことと搾取することに直結しますから、飢えたままであったり怒りが量産されたりするのを繰り返します。
偶~にちょっと嬉しいとしても、「まだ全部じゃない!」という欲求不満に覆い尽くされてしまうのがオチです。



そこで、スピリチュアル的な用語で言う所の『手放す』というテクニックが登場したり、『感じきるまで見つめる』というワークをやってみたりもしてみます。
これでスッキリと後を引かない状態になるなら、それでOKです。

自分の中に『○○してよ!』『~するべき!』というニーズがあり、これに付随した怒りがあることを認識出来るなら、先ずこちらから手を付けられることをお勧めします。
ある程度、スピリチュアルや自分と向き合うことに慣れた方にとっては、初歩の初歩ですね。



これでも上手いこと行かないワーという人は、主観を逆転させましょう。
ニーズではなく、『既に発生した現象を中心に据える』のです。

上記の例で行くと、「両親の仲が良かった。子供は自由にさせてくれた」です。
これが事実であり、今となっては決して変えられない現象です。
だから事実を逆手に取って、これに依って発生した・発生し得たであろうメリットを弾き出すのです。

例えば、自由にさせて貰ったから色々な友達が出来たとか、沢山の趣味やスポーツに没頭出来たとか。
やっていなかったとしても、これに気付いていたら出来ていただろうなーということが沢山あるのだと思います。
事実がああであったからこそ、私はそこでこう思い、その後の人生をこのように生きられる筈だったのだ、と。



または、家庭内で「もっとこうすればいいのに」と思っていたことを取り上げる、ということも出来ます。
割とご苦労されていたご両親や、不仲であったご両親をお持ちの方。どう思ってそれを見ていましたか?
「仕事を替えればいいのに」「離婚すればいいのに」「仲良くすればいいのに」等々。
繰り返し繰り返し、強く思っていたことってありますよね。

何故そう思うのかと言えば、他者を通して自分を見ているからです。
仕事を替えればいいのにと思っていた人は、大人になってから仕事を替えればラクになるような状況にあるでしょう。
離婚~の人は、結婚してもあまり上手く行かず、離婚したら人生が好転したりする場合が多いでしょう。
そして仲良くすれば良いと思っていた人は、他人様との距離を常に感じているのだと思います。
なので、ただ自分がそれをやれば良い訳です(あくまで一例です。その後も変更可能です)。


やってみたら、
「なんだ。簡単に出来たじゃん」
と呆気なく思われることもあるかと思います。
「私の両親は何をあんなに大変ぶっていたのだろう…やれば出来たのに」
と疑問に思うこともあるでしょう。あ、それは私なんですけど(笑)。

私は良い家庭環境で過ごしたとは言えませんが、逆にその環境下にあったからこそ、「もっとラクになればいいのになあ」「嫌なら変えればいいのに」「何であんなことやってるんだろう…不思議だ」と思えた訳です。
何と言いましょうか、例え事実が何であっても取り方一つというか、持って行き方次第でその後はどうにでも出来るよな、と思っています。



「うちがああでさえなければ」「親がこういう人なら良かったのに!」というのも良く分かります。
でも、思った所でこればかりは変更され得ないことです。絶対に変わりません。
変えられるのは、これから先のことです。

お客様が、「よくよく考えれば、ああいう両親で良かったんです。その他の家庭環境も全て、その後の自分の人生の為にと私が設定して来たのだと納得出来ます」とお話しして下さいました。
分かったら、あとはやるだけ…やるんです、自分で(笑)。
何故なら自分の人生ですからね。



自分は不幸だ大変だと言うばかりの時は、誰かが自分の人生を勝手に変えてくれることを期待して、ただじっとしているだけの状態です。
でも結局そんな日は来ないのです。
何故って、自分の人生は自分のものだからです。
気付くことも、良くすることも、自分にしか出来ないのです。
自分の手で、どうにでも変化させて行くことが可能なのです。

子供の頃に越えられなかったハードルも、気付いた時にあっさりと越えてしまう。
親の世代までがどうしても触れられなかった重荷を、軽々と放り投げてしまう。
我々は生きている限り、無限の可能性があります。
沢山の生きている喜びが体験出来るのです。


誰でも、何処からでも。

今すぐ、ここからでも。




お盆が終わりましたね。

お盆が明けると、途端に風が変わるのが毎年不思議です。
とはいえ暑さは続きますので、皆様ご体調は呉々も大切になさって下さいませ~。


先日、フリーランスでアナウンサーをしていらっしゃる智子さんに、喫茶店『ピノキオ』へお連れ頂きました!
暑い中をご親切にお連れ頂きまして、ありがとうございました~。



こちらの名物はホットケーキなのだそうで。当然、注文致しますよ!
カウンター内でご主人がじっくり焼いて下さっている様子が、座席からちらちと見えまして。
ワクワクしつつ出来上がりを待っておりました。



ホットケーキ/ピノキオ


ミルクセーキ/ピノキオ



出して頂いたホットケーキはやや直径が小さく感じますが、その分とっても厚さがあります。
大きさの揃ったホットケーキが二段重ねになっている姿は、何処か可愛い雰囲気です(笑)。

焼き目も綺麗に揃っていて、生地が厚い分少し歯応えがあるのかなーと思っていましたが、全然そんなことはありませんでした。
外側はカリカリとしていて、中は柔らかい食感。
おいしーーーーーーい!


懐かしい雰囲気のミルクセーキと一緒に、大変美味しく頂きました。
そうそう『喫茶店』ってこうですよね……と、落ち着く雰囲気の中で有り難いお時間を過ごせたことに感謝感謝でございます。
むふふ。大変に満足でございました!







ピノキオ
住所 東京都板橋区大山金井町16-8
電話番号 03-3974-9336
営業時間 8:00~19:00(L.O.18:30)
定休日 第1・第3水曜


★食べログ内のページはこちら




昨日は大変お暑い中、ワークショップにご参加頂きましてありがとうございました!


という訳で、8月度ワークショップでした。
参加者の皆様にとって、大変興味深い内容だったことと思います。
面白かったですねー(笑)。


以下、現在確定しておりますワークショップのスケジュールです。



★9月15日(日)


★10月6日(日)


★11月10日(日)




いつからでも参加可能です。どうかお気軽に遊びにいらして下さいね。
詳細はサイトをご覧下さいませ。







★★★






「そこでは一体何をやるんですか?」
とご質問頂くことがありますが、毎回やることが変わりますので何とも一言ではお答えしにくい状態です。
まあ、色々やります(笑)。

サイトにも書いていますが、ヒプノセラピー(催眠療法)、ロールプレイ、コ・カウンセリング、誘導瞑想、イメージワーク、コラージュ、その他諸々その時に必要であれば何でも行います。


ただ、毎度毎度「今回はこれをテーマにします!」と私が個人的に決めているのではありません。
参加者の方が現状に関するシェアやご質問をなさるので、それを見れば大体はそこに全員の潜在意識が向いている目安となります。
エゴの壁が厚くて表面的に全くピンと来ていない方もいらっしゃいますが、現象が起きるならばそこに意識がフォーカスしている証拠です。

ここで「ふーん、○○さんはそうなのね。私は違うけど!」と斬り捨ててしまうと、自分の中で浮いて来ているテーマや、直視すべき内容を蹴ってしまうことになるので、また何れかの機会へと変化へのチャンスが先延ばしになってしまいます(それがダメという訳ではありませんが)。



どなたかが全員の意識を代表して何か仰る訳ですが、これを取り上げて深く掘り下げて行ったり、皆さんのご意見やご質問などをシェアして行く等して、日頃埋もれている問題などを浮き彫りにして行きます。
ご希望があれば解決まで持って行きますし、そうでなければ材料だけを提供する形です。

「解決まで持って行かないの?」
という疑問もおありかと思いますが、今すぐ何とかしたい! と口で言ってはいても、実際その問題の根を見てしまうと、「嫌です。手を付けたくありません」という方が非常に多いのが現実です。
表面的に"これが問題"としているものが、一体何処から端を発しているのか…というのは、必ずしもイコールではないのです。


時によりけりですが、素材を持ち寄って頂いてコラージュをしたり、内容は本当に色々なんです。
あらゆる形を通じて何をしているかと言えば、自分自身の現実を直視して頂くということに集約されます。
我々はエゴ(自我)というものが事実・現実を正確には見えなくしている為、様々な手段を使うことで一時的にそのまやかしが途絶えたり、その狭間から気付いたりして行くのですが、言ってしまえば多種多様なワークはその為の方便な訳です。

ある特定のワークや技術が、その時の状態にピッタリ合って「あっ!」となる人は沢山います。
でもその技術自体に価値があるのではなく、タイミングやご本人の状態、それまでの変遷等が幾重にも重なった上での結果です。




「いつ変わりますか?」
というご質問もありますが、正直それはその人次第です(笑)。
何故かと言えば、その問題をやっているのは私ではなくその人だからです。
何十年も掛けて作り上げて来た強固なパターンを突き崩すのに、たかだか一度や二度で…というのは非常に難しいと思われます。

事実を直視したくない、全ての責任が自分にある訳では無いと言っている間は、結構厳しいものがあると思っています。
何故って、私も皆さんと同じ道を辿って来ているからです。
そして、沢山のお客様とお会いして来た中でも、同じことが言えます。

自分だけ特別に華々しく変化する! ということは、先ず有り得ません。
というか、こういう思考自体が自分の首を絞めていることに他ならないのですが、自分を見つめるという作業を延々していく中で、「すみませんでした……」と気付くケースも多々あります。
そこで初めて「ああ、自分でやってたんだなあ」と理解出来るのは、よく見る風景です。




さて、ヒーリングセラピーの個人セッションワークショップは主旨が違うものです。
広い目で見れば、『自己と向き合う』『自身をより良い方向へと変化させて行く』という意味で同じなのですが、セッションはセラピストとお客様の一対一。
ワークショップは複数の参加者がいらっしゃる場のグループワークです。

他人に自分の話を聴かれたくない、多人数の居る場が嫌だとか、より深く自分にフォーカスして理解して行きたいという方はセッションがお勧めです。

ワークショップは沢山の参加者が居ることで、自分を変化させて行く為のお友達が出来る場です(当然、望めばです。参加していても他人様と全く交流されない方もいらっしゃいます)。
また、他人様を通じて自分を知って行くことになるので、いきなり核心に触れるのはちょっと…とか、ワークって何をやるのかなーとか、人が複数居てもそこそこその場に居られます、という部分がおありでしたら、こちらをお勧めします。


現在では、どちらも併用して下さっているお客様が殆どです。
勿論、その方がより速く・効率的に自分を変化させて行ける機会が増えるという意味で、成長やより良い変化を求めている方にはお勧めの方法です。

何にせよ、ご自分が「私はこういう風になるんだ、その為には何でもやるんだー」という気持ち次第で、結果が変化することだけは間違いありません。
セラピストである我々やワークショップという場、個人セッションという場は道具であり、それ自体が答えな訳ではありませんが、道具をより上手に使いこなすことに依って、より幸せな現実へと気付いて行けるのだと思います。
私個人としましては、皆様のお役に立てればとても嬉しく思います。






今日も楽しい一日でありますように。






東京は猛暑・酷暑の再来で驚きです。
夜になっても気温30°超えってなにー(笑)。

喉が渇いていなくても水分補給はしっかり・こまめに行うと良いようです。
皆様どうぞお身体大切になさって下さいね。









コサージュ


最近はコサージュなど作ってみたりしています。
まだこれ一個ですけど(笑)。

ナチュラルカラーのビーズにオーガンジーやコットンパール、レースを付けて涼しげな雰囲気です。
バッグに付けても良し、お洋服に使っても良し。
デニムなんかにも合うんじゃないかなーと思っています。





★★★






明日は、月に一度開催しているワークショップでございます。
お会い出来る皆様と、新たな学びがありますことを今からとても楽しみにしています。

先日、リピートして下さっているお客様が、ある時ふと気付いたのだそうです。
「私はこの為に、これを理解する為にここに来たんだ…と思いました」
と。
有効活用して下さっているからこそのお言葉です。大変有り難く拝聴致しました。



そこへ行けばトレーナーが何かしてくれる、誰かが何かをくれる……という期待をしている間は、決して何も得られないでしょう。
何かを得たいなら、具体的にその"何か"の設定を作ること。
何かを知りたいなら、具体的に質問を作ること。
その上で周囲を見渡せば、そこに答えはあります。

ただ、これまで長いこと使い続けて来たエゴが大変頑強に出来ている関係で、唯一無二の答えを差し出されても、蹴っ飛ばし続けることが可能です。
蹴ろうが除けようが差し出された結果は永久に変わらないので(何故って実は自分で仕組んでいるからです)、エゴ的にいつ観念するかですねー……(笑)。




多人数が集まる場というのは、自己理解を深めるのに大変有効な手段です。
誰かを見て、「何でああいう風に言うんだろう…」「もっとこうすれば良いのに」と、マインドが喋りますね。
この尻尾を掴まえてしっかり見て行くと、行き着く所は大体自分です。

仮に、目の前の誰かに対して何かを思っているような気がしても、実はその場の何かに反応しているのではなく、昔日の何処かで体験した何かを繰り返し再生しているだけなのです。
単に自分が抱えているパターンの再生なのだと気付けば、そこで繰り返しを止めるか続けるかを選べます。
自分の責任であると認めるなら再生を止めるでしょうし、自分以外の誰かが悪いということにしておくならばパターンはそのまま続く。


いつでも選べるのです。
行くか、戻るか。
ラクになるか、苦しみ続けるかを。

その権利は他の誰でもない、己の手に委ねられていると気付けば、無限の可能性があると理解出来るでしょう。





あと数日もすればお盆が終わり、秋の気配がして来ることでしょう。
今の季節を楽しんで、次のシーズンを満足して迎えたいなーと思っています。







早いもので、立秋ですねえ。
暦の上ではもう秋! 秋ですよ! ひえー(笑)。
でも10月位まで半袖の日もありますから、夏とか秋の定義っていまいちよく分かりませんなあ。

本当に日々はどんどん過ぎて参ります。
夏休みの方々は楽しんでおられますでしょうか。
私は自己理解を進めつつ、身体の健康を第一に日々楽しく過ごしております♪


★★★



子供の頃の生育環境は、大人になってから…というより、人生を通じて表現したいテーマに対して、非常に密接な関係があると思われます。


子供の頃育ったような環境を、自分も作って行きたい。
子供の頃は出来なかったような環境で、自分は生きて行きたい。

よくよく見て行くと、そいういう方が非常に多いです。
というか、殆どそうなんじゃないかな? と私は考えています。



環境を元に何を思っていたか、元々何を目的にしていたかは人それぞれ理由がある訳ですが、その辺りは生きて行く中で増えて行く観念によって、どんどんカモフラージュされて訳が分からなくなって行きます。

平和に育ち過ぎたせいで退屈を感じ、逆へ行ってみようと波乱に満ちた生活を作り上げて、「これが私の生き方なんだ」と偽りのドラマに溺れてみたり。
不和が当たり前だったことで、そのサイクルから外れるきっかけになかなか気付けず、「何で私の人生ってこうなんだろう…」と嘆き続けてみたり。



成長すると、身体は大きくなるし環境・境遇が変化する等の理由で、まるで"自分が"変わったかのような錯覚を覚えます。
しかし、実は蓋を開けてみれば、幼少期のやり残しが色濃く残っているとか、この頃の自分の方が自分らしいと感じること等は、本当によく見られるケースです。

「なんか違う気がする…」と首を傾げた状態で色々探っている中、天命とかライフワーク探しに気を取られて人生の迷子になったり、スピリチュアルジプシーになってしまう。
この辺りは「あー、よくあるよくある」ことです。



先日もリンクを貼らせて頂きましたが、ヒーリングセラピーの個人セッションワークショップ、どちらも続けてお受け下さっているカツオ先生が、パワースポット巡りをされていた頃のことについて、blogで触れて下さっています。

パワースポット、パワーストーン、占い等々。
自分の外側から何かを得ようとする所からスタートするのが、ほぼ当たり前。
そう言っても過言ではないというのが、現在のスピリチュアル世界です。

「あちこち行ってるのに、色々やっているのに、どうしても変わらない」

何故って、その問題が本当に解消されたり達成されてしまったら、何らかのメリットを失うからです。
表面から見て、どれだけ辛いことであっても、どんなに大変なことであっても。
何百回「イヤなんです!」と連呼しても、誰であっても同じことです。私もそうです(笑)。



外側の世界を彷徨っている間は、スピリチュアルでも何でもなく、その入り口の遙か手前で右往左往しているだけ…ということになります。
本当に目を向ける場所には決して行かないようにと、エゴが自分に対して延々目眩ましを掛けているだけです。

で、こういうことを続けている内に、ちょっとそれっぽい知識がどんどん増えて行きます。
そのウロウロ歴が長くなればなる程、専門用語や様々な知識だけが増え、「私は凄いんじゃないか。こういう世界の才能があるんだわー」みたいなことをエゴが考え始めたりします。


明記しておきますが、スピリチュアルに関する資質は、万人特に違いありません。同じです、同じ。
一見して何かが違うように見えるとしたら、自分に対する実践と理解がどれだけ深いかという、ただそれだけです。

エゴの大好きな"特別な人"なんて居ません。みーんな同じなのです。
っていうかね、みんなイコール自分ですから。世界全部が自分。
私はとか自分は特別な筈だー! と言っている方がエゴです。
これ分かるとすごくラクですよ。蛇足ですけども。




さて。
こんな感じで勘違いしたまま、エゴのお仕事にまんまと乗っかって自分は特別な使命や役割があるに違いないと嘯き、当初の問題や課題であった何かは手つかず…というのも、よくよく見られる風景です。

それはそれで構わないと思います。ルートの一つですから、否定することはありません。
人は色々な道を歩んで自己理解を深めて行く訳ですから。
でも、ずーっと問題を抱えたまま目を背け続けることになりますから、結果的に疲れますよね。



自分と外側、自分とそれ以外という分離をしていたことに気付く。
自分についての脚色の無い客観視や気付きを得る。
そして、何もかも自分の責任であったと気付く所で初めて、スピリチュアルの世界に足を踏み入れたことになります。

問題は何の為に"自分が"作っていたのか。
生まれてからこれまでの人生は、どのような目的があり、何に気付きたくて歩んで来たのか。
現在ある状況。事実はどれか。何処へ向かって収束して行こうとしているか。

イヤだイヤだという所ではなく、現象そのものを直視するように段々と変化して行く。
そして、自分の人生を通して表現したかった生き方に気付いて行く……。

これまで騒いでいたのは本心ではなかった。
ただ現象を通じて自分が何をしたかったか、何を理解したかったかに辿り着くことで、解消出来なかった問題やこれまで繰り返していたパターンが消えて行きます。
現象を作っていたのは自分だと本当に気付けば、今後はそれをやる必要が無くなるからです。


そこから、「そうか、私はこういう風に生きたかったんだ」と納得し、人生を自分の足で歩み始めるのでしょう。
それまで見ていたものと風景は変わらないかも知れませんが、見え方や感じ方、自分そのものの在り方はきっと違う筈です。

自分がラクで幸せである為には何処か遠くへ行く必要は無く、何かを得る必要も無く、ただ気付けば良かった。
自分が生きて来た道程を、ただ受け容れれば良かった。
そして、新たに自分の意思で選択をすれば良かったのだと理解する時、人は本当に幸せであることを感じられるのだと思います。


前回予告してありましたが、明日の6:51~新月スタートです。



新月は何をやるのよーというと、新月カテゴリに色々あるので、ご興味おありの方はどうぞー。




沢山の願いが叶いますように









これまでの何もかも全てが自分の制御下であったことが分かると、更にスムーズにポジティブな現実化が起きやすくなるかと思いますが、先ずは新月などを利用してポジティブな結果(体感覚)へ、意識的にフォーカスし続けるという練習をするのがいいかも知れませんね。


占いなんかで「今年は何か変化がありますね」とか「この先、何かが起きますね」と言われた時。
反射的に「どうしよう、何があるんだろう、怖い!」という恐怖が発生する人はネガティブ型、「え? ホント? うわー楽しみぃー♪」と喜ぶ人は、ポジティブ型です。
普通に生活している中で、顕在的に気付いてはいないものの、実は常にそちらへ意識が向いているという癖がある。

この反応如何で、自分が人生をどう捉え、どの部分の何を見ているかが判ります。
「何か」とは内容が全く不明瞭であり、どうとでも捉えることが出来るのですが、それでも人それぞれ一定の捉え方をしてしまうのは、マインドの好みがはっきりしているから。


実際の現象がどうであるかはさておき、出来事に対して常にそちらへそちらへと解釈することで、何らかの証明をしている訳です。
内容は人それぞれですが、例えば何らかの現象を見て「やっぱり私はツイてるなー」「やっぱり私はいつも大変なんだわー」等、色々と納得しているのでしょうね。

だから、新月書いても書いても一向にならないよ! という人が居るし、書いた内容が殆ど現実になってますーという人も居る。
それを通して、何かを証明しているのです。


もしもネガティブな方向へ視点を置いてしまう、困った……という人が居ても大丈夫です。
変えればいいんですから(笑)。
結果さえ想定出来るなら、変えられます。

そうなった後の自分を詳細にイメージし、身体で何を感じるか是非やってみて下さい。
そしてそれを楽しみながら、新月にご自分の願いを書き出してみると、これまでとは違う側面に気付き、より幸せなご自分に変化して行けるのではないかと思います。







明後日は新月ですねー。お時間は06:51~です。
願望実現や自分を変えるのに大変有効な日ですので、是非ご活用下さいませ。




お客様から日々頂くご報告では、
「未来の地点に視点を持って行ってから『振り返って、どうであったか』の設定をする、という練習を繰り返していると、ほぼ完璧にそうなっています」
ということが非常に増えましたので、かなり有効な手段なのだなーと思います。

毎日の生活の中でこのやり方を意識的に続けていれば、「ならなかった!」とか「そんな馬鹿な!」ということが減って行く訳ですから、別段大きな良いイベントが起きなかったとしても、不満は減り、スムーズな生活の割合が増えていることでしょう。
私としましては、大変喜ばしいことだと思います。


このやり方については、

「じゃあ、宝くじで一億円当たりましたー! とか結果を設定すれば、それもなるんですか?」
「芸能人の誰々と結婚出来てルンルン♪ とかも、ただ設定なんですか?」

というご質問を頂戴したりする訳ですが、その内容がなんであれ、基本的にはそうです。
無論、結果の設定如何です。
今なっていないという意味が含まれる"目標"と言うよりも、"過去完了形の設定"の方が結果に対してアプローチする力が強いです。
でも、ならない場合がある。
それは何故だ。ということですよね。


ぶっちゃけてしまえば、『結果を設定してもならないのは、全く望んでなどいないから』です。
表面的に口で何を言っていても、結果(事実)が全てです。
思った通りになっていないですか? じゃあ自分がフォーカスし設定していたのは、それではなかったのです。
実際何にフォーカスし、何を設定していたのかと言うと、今ある己の現実全てです。

ならないこと・本来は思っていないことに対して、体感覚を伴ったイメージが詳細に出来るのか? と言うと、不可能の筈です。
頭の中で妄想を弄ぶことは可能でしょうが、『既にそうなった感じ』『既に当たり前にあった感じ』という体感覚は取れないでしょう。
出来たとしてもそれはあくまでバーチャルであって、実体を伴う感覚ではないのです。



上記のご質問にあった内容をよくよく見るにつけ、それがやった所でそうなるかどうかについては、このような部分を浚うと分かりやすいです。
『現在ある状況を見たくない故に、事実を否定するものではないか?』と。

今が何らかの理由でイヤだ⇒こうであれば幸せになる筈だ⇒だからあれが欲しい、ああなりたい

という思考パターンがある場合、動機は現実の否定であり、欲するものは事実の隠蔽であり逃避です。
仮に何かのモノが手に入ったとしても、また現実を否定し続けることになります。
手に入ったのに幸せじゃないとか、こんな筈じゃないとか、思った程良くなかった等々。
結果に対して直接的な影響があるという意味で、動機は重要な訳ですね。



本当になるものは何が関わっているのかと言うと、「魂が望んでいる」のです。
物を手に入れることを望んでいるのではなく、それによって何を思うか、感じるかについての魂の欲求ですね。
だからスムーズにイメージも出来るし、周りからも言われたりするし、結果が出る。
ならないものは、「魂が望んでいない」と言えます。

他人様から何か言われた場合、今んとこはそっちの方が事実。
幾ら嫌がろうが否定しようが、そっちです。
逆に言うと、自分が全く予想していない素晴らしいことでも、これまでとかけ離れ過ぎていて考えられないようなことでも、複数の方から同一の内容を強く言われるようであれば、最も可能性が高いであろう未来の現実はそれです。



何故他人様の言がそこまで重要なのかと言うと、ちょくちょく書いていますが『そっちが自分の意識の現れ』だからです。
それに対してどう思うか、何を反応するかについては、あまり重視しなくて良いのです。
何故って、自分はこうなんだ! と言っているものの正体は、ただのエゴだからです。
しかしこちらを中心に物事を見るべきだ、という根本的な勘違いを我々はしている為、真っ直ぐ見ていればそれで終わった話にわざわざ手を突っ込んで、事件に仕立て上げてしまうという…。

下手に別々の身体を持っているように見え、自分とは別の何かであるように錯覚してしまうからこそ、反発したり過剰に怒りを覚えたり文句を垂れまくるのですが、現象に対して「そうですか」で居れば、大概は特に何の問題でもないのでしょう。


ワークショップ個人セッションにいらっしゃって下さっているお客様のご感想によると、他人様こそが自分を表しているという視点で目の前の人の話を聴く練習をしてみた所、以前なら反射的に反発したり怒ったりしたものですが、
「全然身に覚えは無いけど、どうやら私はこう思っているらしい……そうなのか……」
と、すんなり穏やかに受け容れるようになったそうです。

腹も立たず、有り難いことだなと思えるようにもなって来たとか。
勿論、それまでこの視点を使って来なかったなら、細かい練習が必要です。
日々の小さな積み重ねで結果が出ます。

ラストをきっちり設定した上でやれば、必ず結果は出ます。
エゴの妄想的には、いきなり完璧な結果が出せないならやりたくないのでしょうが、それはあくまで妄想であって、事実とは違うということですし。
とにかくやればいいんです。やれば(笑)。
私も日々の訓練ですよー。ちょくちょくやらかしますしね。



特定のパターンが見える場合、その変更を求めるならばしっかり事実確認をする所からがスタートになります。
「そんな筈はない!」と事実誤認をしていると、何時まで経っても先が無いので、注意が必要です。

イヤだーとか私は悪くないーとか見たくない知りたくないーと否定している間は、苦しいかも知れませんがずっとそれです。
現象が収まった後もずっとそれ。下手すると一生ひきずります。
それはそれでアリなのですが、勿体ないとも言えますよね。



よりラクで豊かなご自分を、自らの手で創造し続けられますように。
誰でも同じようにそれが出来ていることに気付き、その仕組みがとてもシンプルであることが理解出来ますよう。
そして日々、本来のその人らしく生きられますようにと願っています。

良い新月をお迎え下さい♪



8月に入りましたね。

夏とは言え、過ごしやすい日が続いて大喜びです。
私は非常に暑さに弱くてですね、猛暑や酷暑な日々だと自動的に干からびてしまう危険がある為(笑)、今年の夏は有り難いなあとしみじみ感じております。

皆さんも暑さで平時よりもカロリーの消費が激しいと思いますので、栄養はいつもより更に意識して摂取されることをお勧めしますよー。
炭水化物だけだと直ぐにバテますよー。
どうかお大事にお過ごし下さいませ。




長年ずーっとしがみついていた思考や、「なんでこうならないんだ!」と怒り悲しみ執着し続けていた出来事、それらに人生の主導権を明け渡してしまって久しい人達が変化して行く時、似たようなことに気付き、仰います。

「ただ、やめれば良かった」

と。




そーなんですよ!
それなんです!(笑)

別にスピリチュアルな知識とか関係ないじゃん!
みたいな感じだったりする訳です。
でも、そこに至るまでにエゴのドラマに乗り切ってノリノリで演技をし、被害者ぶることに飽きる必要があった訳です。


「こんなのイヤなんです! 何とかして! って言うなら、自分がただやめれば良かったし、ああなりたいんです! とかこれをやりたいんです! って他人様にアピールしている間に、全部さっさとやれよ。って感じでした」


というコメントをされる方の表情は、呆れを通り越してやや悟りっぽかったです(笑)。
しかもたった一人の方が仰っていた訳ではなく、この辺りに気付く方は皆さん一様に同じことを仰います。


「辛い辛いとただそれだけに溺れている間は、自分は被害者なんだから何もしなくて良くて、他人が自分を良い状態へと持って行くべきだと言っているだけで、自分では何もしようとしていなかった」
ということが分かり、じゃあ一つずつやって行けばいいだけじゃーん。という所へ結論が行く。そして行動し始める。

結果、長い間ストライキを起こしていたことが馬鹿馬鹿しくなる程にあっさりと、欲しかったものが手に入ったり、なりたかったものに既になっていたことに気付いたりする。
ブーブー言っていた時に「あれさえこうなれば私は幸せなのに!」という内容は、別に自分の幸せとは全然関係ありませんでした。
ということに行き当たり、実は不幸でも何でもなかったし、殆どの部分は妄想ワールドでの改竄及び捏造でした、という所へ着地。


あー……。
今まで一体何を……何の為に……。


↑これも、気付いて行く段階で殆どの人が通過するイニシエーション的な部分です。
私が知っている限り、自分も含めてみんなこれやってます。
長年の自作自演ぶりに、そして自ら作ったまやかしにどっぷり騙され切っていたことにボーゼン。みたいなね。



いやいや、分かって良かったですよね。
何で出来ないの、どうしてこんなに苦しまなければいけないのーとジタバタしている間に刻々と時間は過ぎて行く訳ですが、その中の何処で「あ」と気付いて手を引くかです。

『変化する』という書き方をしましたが、実は自分が何か違うものへと変化する訳ではなくて、元々デフォルトであった状態に戻って行くだけです。
つまり、人生をやるに当たって自ら計画してあった本筋のルートへ戻るだけ、という話ですね。
どういう職業に就くかとか何をやるかではなく、どういうスタンスで何を重視して生きるかという部分に大切なポイントがあるようです。


それは人によって設定が違うので、各々気付いて行けば良いことですが、あまりにもエゴの抵抗甚だしい場合、エゴ的堆積物が溜まり過ぎていて発掘作業に時間が掛かるかも知れないです。
でも、正確な問いかけさえ用意すれば、必ず答えはあります。

求めよ、さらば与えられん。

なのです。
問いかけが適切でさえあれば、

・疑問が発生した段階で答えもある
・問いかけた時から僅かなタイムラグで回答が現れる

の、どちらかを体験する筈です。
それは無い、分からないんだー! と言う場合。
エゴを本体だと思い込んでいる我々は、目の前にあったり長年ずっと繰り返し現れていたそれを、「私が欲しいのはこれじゃないんだ!」または「このルートで現れる回答はイヤだ!」と蹴っ飛ばしているだけです。



知りたいことがあるならば、まずは質問を正確にする必要があります。
「わかんないの!」を繰り返している間はそのままです。……年齢以外は。
どんだけ周りを悪者にしようが、無力ぶろうが、なーんもありません。……年齢以外はね(笑)。

そして問いかけるのであれば、現れた回答は何であれ真摯に受け止める…という受け皿の用意が必要です。
特定の人がこう言う筈だとか、こういうルートで回答は現れる筈だとか、知っていることの中には無い筈だ、自分の好みでなければおかしい、というのは全てエゴの吐く嘘です。

先日個人セッションを受けて下さった方が、
「とにかく周りに現れる現象の全ては自分の意識なのだ、あちら側が自分なのだというのを日々肝に銘じて生活していると、自分がどういうことにフォーカスして生きているかがよく分かります。エゴ的には認めたくなくても、でも事実を振り返れば確かにこうだよ私…って思います…」
というようなお話をされていました。
この辺りを受け容れられると、また世界が違って見えることでしょう。



被害妄想等のエゴな抵抗がとにかく激しかった方が、事実を認めて行けるプロセスでは何があるのか? と思われる方もいらっしゃるでしょうが、直近で伺ったお話では、
「瞑想を続けています」
というご意見がチラホラあります。
ただ徒にやるのではなく、「深い意識へ出来る限り入って行き、そして現実を認め受け容れる為に」というのを結果に設定して、日々続けるのだそうです。

「ずっとSachiさんが言われていたように、結果が欲しければただ練習して積み重ねて行けばいいだけなんだと思います…これまで自分が何かするのを凄く嫌がっていただけなんです。なんで私がそんなことしなきゃいけないの、って」
「これまで当たり前だった"出来ない、分からない(=だから誰かやってよ!)"を使わないように自分を観察し、選択をし直し、結果どうありたいかの設定を毎日細かく意識してし続けています」
というお話でした。
それまで楽しさとか幸せを殆ど感じられなかったのに、こちらの行動を積み重ねることでそれも徐々に変化しているそうです。



すごーく短絡的に言うと、エゴが嫌がってることから手を付けて行くと、結果への一番の近道である…んだろうな。と私は思います。
やめたら? と言われても、それは出来ない! と思うことからやめるとか。
ああいうふうにしてみれば? と言われても、そんなこと云々…と言い訳をする内容をとりあえずやるとかね。
その為には、他人様のお力をお借りして、エゴが嫌がっていることを探り出すことも可能な訳ですし。




ではでは、本日も素晴らしい一日でありますように。








プロフィール

Sachi

blog owner:Sachi
潜在意識を活用した、ちょびっとスピリチュアルな総合セラピー、癒しのワークショップ・タロットカードセッションをしているSachiです。
穏やかに楽しく成長出来るよう、入手した情報や、日々の気づき&
発見などをシェアして気ままに更新。
イベント情報も随時掲載中です♪

※記事の内容、情報については一個人の捉え方、考え方に纏わるものが大半です。
絶対的な事実という訳ではありません。
また、私の理解や気付きの段階に応じ、記事の内容にも随時変化がありますことを何卒ご理解下さい。
過去の記事をご覧になってセッションやワークショップにご興味を持たれた方は、最新記事近辺を幾つかご確認下さいませ。


旧blogタイトルは『気づきのステップ』。


■カウンセリング&ヒーリング&セラピーを総合した個人セッション、月に一度のワークショップ、またタロットカードセッションをご希望の方はサイトをご覧下さい♪


やや細かいプロフィール



I love you.

メール

名前:
メールアドレス:
件名:
本文:

recommend

マインドの変化を促すことで幸福体験をしたい方に♪



●心静かな時間を作り、暗示や瞑想に活用




●毎日コツコツ自分を浄化






●根本的に取り組みたい人は






●でも『コース』は難解だ…という人は




ブログ内検索

月別アーカイブ

Copyright © Sachi