resonance

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Date : 2012年12月

◆ Infomation

【works】
★ヒーリングセラピー個人セッション
 都内で対面式の個人セッションを行っています。
 幸せと癒し、学びと気付きを得たい方へ、様々に対応させて頂きます。
 潜在意識を日常へと活用することで、より良い人生へ変えることが可能です。
 随時お受けしておりますので、サイトをご覧下さいませ。

★癒しのワークショップ
 毎月一度、都内で女性向けの体験型ワークショップを開催中です。
 沢山の変化・癒し・浄化・成長・気づきを促すテクニックが山盛りです。
 2017年11月5日・12月17日(全て日曜)
 の開催が現在確定しております。11月は11時~15時、12月は11時~19時です。
 ※11月と12月では開催時間、料金が異なります。
 ※以降の開催は決定次第upして参ります。
 ※それぞれ内容の詳細はサイトをご参照下さい。

明日でいよいよ2012年が終わりますね。



今年はやり残したことがあるとか、目標が達成出来なかったとか、思う所は人それぞれあるかと思います。
でも、今年1月の自分と12月の自分を並べて比較してみると、ひょっとしてとても大きな進歩を遂げているかも知れませんし、あの時の自分には知り得なかったことに気付いたり、理解を深めているかも知れません。

今年の初めの自分はどんな感じだったかな?
と振り返ってみるのも、面白い発見があるかも知れませんね。



私は本日の仕事を終えました後、結構な長時間に及ぶ瞑想をしておりました(いや、大したことないんですけどね。あくまで私にしては長時間ってことで)。
それがまたすごーく気持ち良くて、危うく寝落ちしそう…でもしない…しそう…かな…しない…かな……みたいな、かなりギリギリの所を長時間彷徨っていました(笑)。

座っていたから寝ずに済んだものの、あれを横になった体勢でやっていたら、間違いなく穏やかな睡眠に取って代わられたことでしょう…危ない危ない。
あ、瞑想は横になっている時はお勧めしませんです。本当に寝ちゃうから(笑)。




今年を振り返ると、一年を通じて多くの皆様に支えられ学びを進められたこと、それまでの自分からすれば全く予想も付かないような気付きや理解を頂いたと思えることが、本当に沢山ありました。
そして、自分に関する大きな気付きと理解を得ることが出来たのが、今年最大のギフトでした。
ずっとずっと追い求めて来た内容だったので、もうホントに感涙です~。
とか言う割には、気付いた時に全然泣いたりしていなくて、どちらかと言うと笑い過ぎだったんですけど(笑)。

「知ってはいたものの、本当にそうでした」ということが幾つもある中、「これまでのことは、全て自分でやってました~エヘヘ~」ということについて腹の底から納得に至ったのは、今年訪れた数々の幸運の中でも、特筆すべき内容としか言いようがありません。
人生に起きるあらゆること、苦労も、怪我も、痛みも、苦しみも、何もかも。
全部全部、それぞれ目的があって自分でそうなるように仕組んでいただけでした。
これにやっと気付いた時、自分がこれまでやって来たことがあまりにも可笑しすぎて、一週間位に渡って断続的にゲラゲラ笑っていました(笑)。



これが解ると解らないのとでは、人生に対する姿勢が全く違うものになります。
"人生というものは自分ではない何か(誰か)が決めていて、自らが望むと望まないとに関わらず勝手にそうなってしまう"
と思い込んでいる間は、現在送っている人生に対して決して満足出来ないでしょうし、納得も理解も出来ませんし、責任も取りませんし、被害者で居続ける為、自らの手で変化させることは恐らく叶いません。

人生を自ら創造していると理解すること、その視点を持つことで、新たなストーリーを望むようにクリエイト出来る。
何よりも自由意思が尊重される人間世界に於いて、その可能性に気付き喜びを以て生きられることは、宇宙(神でも世界でも何でもいいです)から送られた素晴らしいプレゼントだと思います。



セッションを受けて下さっている方や、ワークショップにご参加下さっている方の内、数名の方が最近仰っていたのですが。
「あなたのせいで嫌な思いをしたんだから、この位したっていいでしょ」
という取り引き、正当化を長年に亘りずっと使っていたことに気付かれたそうです。

誰々のせいでトラウマが出来た。だから私は恨んでいていい。ワガママに振る舞っていい。攻撃したっていい。
だって嫌な思いをしたんだから。だから、私の欲しいものは永久に私に寄越すべきだし、私の欲求は全て叶えてくれるべき。
何もかも私の思い通り・言いなりになるまで、絶対に執着は手放しません。


これを、何十年も続けて来たと。
それは自分の利益の為だったし、正当化だったし、弱者ぶりながらニーズを突き付け続け、被害者で居ることは大変心地良いことだったと。
だって大きな顔をして相手に攻撃と要求がし続けられるし、ついでに周りの同情が期待出来る訳ですからね。
……というお話でした。

この辺りのトリックに気付くのは、とても勇気の要る選択だったと思います。
これに気付いただけでも、素晴らしい学びであっただろうと私は思いますが、如何でしょうか。
古くから頑張って居座っていたエゴを認めて手放すのは、新しい生き方を選択するのに避けては通れない所ですが、もし気付けたならばご自分に拍手を送って差し上げて下さいね。
もしかしたら、繰り返す輪廻の輪の中で初めて気付いたことなのかも知れませんから。



個人的にはこれまで「出来ないなあ」とか「いや~どうしたものか…」と思い込んでいた沢山のことを、楽しく豊かに変えて行くべく、新たな年を迎えます。
その為にも、自分の中に存在する事実や観念・信念体系をしっかり見据えた上での、適切な取捨選択が必要です。

……なんですが、イメージ的には「足取り軽くスキップしながら進む2013年♪」な感じで、今この記事を書いています(笑)。
あくまでライトに楽しんで進んで行きまーす。



今年一年、resonanceとこのblogにお付き合い頂きまして、まことにありがとうございました。
2013年も宜しくお願い申し上げます。

皆様、どうか素晴らしい新年をお迎え下さいませ。
幸せと健康と喜びに満ち溢れた2013年でありますように!







私はセルフでのネイルアートが趣味なのですが、色々な新しい技術や上達のコツの情報を仕入れる為、ちょこちょこネイル雑誌を読んでいます。
どのムックや雑誌でも、出ていらっしゃる有名な先生は大概決まっていて、あれこれ読んでいる内に「あ、○○先生だ」と覚えてしまいます(笑)。


そんな中。
ネイル雑誌にもよく出ていらっしゃる、星野優子先生という有名なネイルアーティストさんが経営されているサロンの一つが、吉祥寺にあるというのを目にしまして。
「あれ。よく目の前を通るけど、あそこがサロンだったのか」
と思って以来、時間を作って行ってみようと思っていたんですよね。



そんな訳で、このほど念願叶って(?)ネイルサロン『エトワール 吉祥寺店』へと行って参りました♪
……とは言っても、ネイルアートをして頂いた訳ではなくて、併設しているカフェへお邪魔したんですけどねー。

入り口直ぐのスペースが、小さなカフェスペース。
雑貨等のグッズや、オリジナルアクセサリーも並んでいました。

カウンターに座った私が注文したのは、スコーンと紅茶です。
『ホットドリンクのカップは、お客様の雰囲気に合わせてチョイス』
して下さるとのことで、どんなカップで出て来るのかな~と楽しみに待つこと数分。



tea&scone


こんな感じでした(↓)。




tea


白地にブルーで絵付けされた、シンプルで綺麗なカップ&ソーサー。
青スキーにはたまらん(笑)。
当日の服装が、白いロングセーター+ジーンズだったから、こういうカラーコンビネーションになったのかなーとか。



scone


スコーンは、プレーン・チョコチップ・紅茶の中から2種類をセレクト。
今回はチョコチップ&紅茶にしてみました。
他にもアイスクリームが沢山載ったパフェが数種類あったりして、選ぶのに暫し迷いました。
この日はちょー寒かったので、流石にアイスクリームメインは…と躊躇して、先送りです(笑)。
もう少し暖かくなったら、パフェもいいですね。



店内カフェスペースは私一人でしたので、暫くゆっくりさせて頂きました。
夜はお酒も出るカフェバーになるそうです。

今度は表参道店へ行ってみたいなあと思いつつ、「っていうか施術して貰いに行け」と自分に突っ込みながら帰宅致しました(笑)。
「ネイルアートの技術向上はあくまでも試行錯誤と独力で」という欲望に勝てず今に至ります…。
でも本当に技術を高めたいなら、色々な素晴らしい先達の皆さんに直接やって頂いて、その技術の凄さを身体で覚えろって感じなんですけどね。
これ以上は無理! 限界ですー! って所まではどうしても自分でやりたい、どうにかして自分で出来るようにと己に挑戦したいぃぃー! な、エゴ全開なんですわー(笑)。






ところで話は変わって、クリスマスの日。
お会いした方から、思いがけずクリスマスプレゼントとお土産を頂戴しました。
頂いたお土産は、クリスピークリームドーナツのドーナツセット。


doughnuts

雪だるまやリース等、ドーナツもクリスマス仕様でとても可愛い感じでした
わざわざありがとうございます! 美味しく頂きましたよ~。




card


プレゼントに添えて頂いたカードが、とても綺麗で印象的でした(メッセージの内容も!)。


メール全盛の昨今ですが、気持ちと温もりとその人のセンスが垣間見えるメッセージカードって、やっぱり素敵な文化だなあと改めて思います。
勿論、私はネットとメールに大変お世話になっていますし、大好きなだけでなく便利に使わせて貰っていますが、時と場合で上手にどちらも使って行ければいいなと思っている次第です。

クリスマスも普通の一日として有り難く過ごしていましたが、こういう思いがけないカードやプレゼントって、とっても素晴らしいなーと感謝感謝な日でした。


私は年末ギリギリまで仕事です。
お休みに入ったらどうするかと言うと、今既に手を着け始めている新しい技術(ネイルじゃなくて、仕事ね)をもうちょっとちゃんとベンキョーしまーす(笑)。



同じようにお仕事されている皆様も、またお休みに入られた皆様も、健康で素敵な毎日をお送り下さいませ♪






12月ワークショップのご感想を色々頂いておりますが、これでラストになります。




継続参加されている方々を見て、依然と比べ明らかに自己理解が進んでいると感じました。
私はまだまだ学びが足りないので、今後は皆さんのように自身への理解を進めたいと思います。

また今回のワークショップで特に良かった部分は、『今後の人生は、この瞬間からどのようにでも創ることが出来る』と教えて頂いたことです。
私はいつも「~だから出来ない」とか、他人と比較して勝手に諦めたり等して、常に出来ない言い訳をしているだけなのだと知り、驚きました。

今後は人を思い遣る気持ちをもっと高めたいです。
自分から進んで愛を与えられる人になりたいと思います。




皆様、ご多忙の中ご感想をお送り下さいまして、ありがとうございました!
体験したこと、経験したことを忘れない間に書き記すというのは、『やって終わり』『やった気になって終わり』を回避する方法でもあります。

とは言え年末のお忙しい折でしたでしょうし、あまり普段書き記す習慣の無い方にはご面倒をお掛けしたかと思います。
本当におつかれさまでございました~~~。






さてさて、『その後』について、別の方にお願いしてお書き頂いた内容がございますので、こちらも掲載させて頂きますね。


お陰様で、先日のワークショップ以降とても穏やかに過ごしています。
あれから、呼吸をするのがとても楽になりました。
とは言え、日々色々な出来事がありますので、それに応じるように家族各々の感情も動いています。

それでも、家族みんなで『楽しく過ごす』ことを設定していると、そうでない事が起こってもそれぞれが早く軌道修正をするようになっているので、それは本当にありがたいことだと感じています。


次男の癖だった『ぐずり』ですが、あれ以来ほぼありません。奇跡…!(笑) 
何故こうなったのかと言えば、私が「息子がぐずっている」と認識しなくなったから。
これが一番大きな理由だと思います。

以前はぐずっていなくてもぐずっていると解釈し(私がイライラしたいためです)、彼がわざわざぐずる様に持って行っていました。
今はグズが始まるかな~と思ったら『私が息子を利用して怒りたいだけではないか?』と必ず自問します。
大抵は、彼ではなく私が怒りたかったりイライラしたかったりしているだけです。

「ほら、またやっちまっているよ」
と息子が身体を張って教えてくれていることを毎回知り、彼の愛情の深さを教えてもらっています。



宿題を解けなくてぐずる、ゲームに負けてぐずる、喧嘩をして言い返せなくてぐずる、眠くてぐずる……息子がぐずりたい理由は様々ですが、最近は本人も『愚図愚図言いたいからぐずる』と開き直っています。

以前Sachiさんが仰っていたように、彼は自己評価が高い子です。
自分の中にある、レベルの高い自己像にそぐわない現実を目の当たりにすると、「この僕がそんなはずは無い!」と現実を認めたくなくてぐずります。
そして『どうなりたいか、どうなったらいいか』ではなく『どうなりたくないか、どうなったら嫌か』にフォーカスする癖があります。
例えば、『お天気になったらいいな』ではなく『雨がふらなかったらいいな』というように。

先日、それがよく分かる出来事がありましたので、息子にも分かるようにそのことを説明したら、ハッとして『俺って…』という顔で泣いていました。
それでも「分かった」と言っていましたし、それ以来様子を見ていると、言葉の選び方が微妙にではありますが変化しています。

「『楽しいな』『嬉しいな』をたくさん使って生活したら、その通りになるよ!」
と、子供に言いながら、それを通して自分にも言い聞かせている日々です。



12月ワークショップが終わって直ぐ後のことですが、就寝前に
「今日はどんな一日やった?」
と聞いてみると、
「超楽しかった! テレビも面白い内容だったし」
との答えが返って来たので驚きました。

「じゃあどうしてちょっと前までは『嫌なことばっかりある』って言ってたん?」
と聞くと、"そんなこと誰が言ってた?"くらいの勢いで
「そうだったっけ?」
という返事が来ました。


「『ぐずらなくて楽しい一日』はどんな感じがした?」
と尋ねると
「凄くいい気分。明日もこれで」
と言っていました。

その後の様子を見ていても、我慢をして頑張ってぐずらないようにしている風ではなく、自然にとても楽しそうにしているので嬉しくなりました。
テレビを見ていてもすぐに笑いのツボに入り、「そんなに?」と思うほどお腹を抱えて爆笑している姿を見て、『本来の彼はとても愉快な子なんだなぁ』と思いました。



彼がこれまで『毎日嫌なことばっかりある』と言っていたのは、まさに私と旦那の教育の賜物です(笑)。
私達は生活の中で嫌なことに目を向け、色々なことをネガティブに解釈する癖があり、それを元に家族とコミュニケーションを取っていました。
「こうなりたい」ではなく「こうなったら嫌だから~する」という動機で生きていた為、その在り方を吸収して育った息子も、結果同じように仕立て上げてしまいました。
自分はなんて酷い親だったんだろうと思い、これもまた息子に謝りました。

ザ・ワーク/バイロン・ケイティ著』にも書かれていましたが、"心からの謝罪は過ちを犯してしまった人の心が自由になれる方法"だと実感しています。


子供達が冬休みに入り、日常生活の中で気付いたことをたくさん家族とシェアをしていますが、以前とは違う方向へみんなでゴソゴソ動いている感じが凄く面白いです。
これからも、毎日新しい気持ちで愛を選択し続けたいと思います。





気付きや理解を生活の中で定着させ、活用し、シフトして行くことは、慣れない間はなかなか難しいことかも知れません。
エゴは常に自分を騙しますから、気付きを現実へ落とし込む為には、まんまと"いつもの手"に引っ掛からない観察眼と、それに基づいた意識的な選択が必要になります。

何かが目の前で起きた時に、どれを選択するか。
選択肢が多数ある場合は迷うかも知れません。
怒り、憎しみ、悲しみ、恐怖、逃避、被害者、攻撃、正当化、自己陶酔、否定、無視等々、様々な選択肢が一斉に提示されます。

けれど、常に愛を選ぶなら、後悔や苦しみはゴールに存在しないのだと思います。
苦しむのはエゴだけです。
プロセスの途上でエゴが痛い苦しい自分は間違っていないと訴えることも多々あるでしょうが、それも愛の前では無力同然。
ただ愛を選択し続け、エゴを認めながら進んで行けば良い。
本当はたったそれだけのことなのです。



皆さんがシンプルに楽しみを持って人生を歩めますようにと、心から願っています。







めりーくりすます~~~~←引き続きクリスマスっぽい感じを演出


いやークリスマスですねー。
何時も通りの一日をお過ごしになられた方も、クリスマスっぽい何かに参加された方も、皆さん楽しく過ごされていますようにと思いながら、今日もクリスマスとは何ら関係のない『12月ワークショップご感想』を掲載させて頂きます(笑)。




今月のワークショップを含め、これまでのワークショップに継続参加させて頂いている中での一番大きな変化は、
『自分の世界に在るものは全て自分で、起こる出来事は全て、自分が引き起こしていること』
というのを体感したことです。
この新しい視点を持って日常生活を送る中で、特に他人とのやりとりやお金に関する捉え方が変化しました。


例えば人間関係では、今まで私は他人の言動にいちいち怒ったり傷ついたり、「あの人が悪い!」と責任を相手に押し付け、相手を攻撃する等々。
人を変え場所を変え、同じことを繰り返していました。

でも全てが自分という考えに基づくと、他人の言動に対して感情が波立たなくなり、自分の言動も違うものになりました。
この考え方では"目に映る相手も全て自分"なわけですから、何を言われようとも「私が私に向かって言っていること」であって、他人様との会話も全て「自分との対話」に過ぎないんですよね。
ただ私の中にある部分が、目の前の誰かという形を取って主張してきているだけなんだ、と捉えるようになりました。


ですが、ワークショップを終えて少し経つと、"以前の私"に戻ろうと、エゴが大暴走したことがありました。
仕事場の上司から怒られ、とても凹んでしまった時、
「おかしいな~。新しい宇宙(新しい価値観の世界)に移住したはずなのに、なぜこんなことが起きたの?」
と悶々としてしまい、一頻り落ち込んだ後で瞑想をしました。

深く呼吸が出来るようになった時、気付きました。
私は、「もう新しい宇宙への移住は完了しましたから、旧い私は要りません!」と、自分の一部を否定していたのです。
実際は、「今までのやり方でいい。新しい価値観なんか欲しくない。今までだって十分生きて来られたんだから良いじゃないか!」と、とても嫌がっている部分もあったのに、それを無視して否定していたんです。
何じゃこりゃ、今までの他人を否定するやり方と全く変わっとらんではないか、と思いました。


それから、ワークショップでやった"ロールプレイ"を一人でやってみました。
「そうだよね、今までそういうやり方で自分を守って来たんだもんね。無視してごめんね。そのままでいいから一緒に行こう。置いていったりしないから、一緒に楽しくて幸せな方に行こうよ」と自分の中で分離している人格と話し合い、一体になるというイメージをしました。
その後は精神的にも落ち着き、分離している感覚はなくなりました。

翌日。
件の上司とは何の蟠りもなく、仲良く穏やかに会話できてしまい、びっくり!(笑)
本当に、全部自分だわ! と、とても面白く思いました。



また人間関係だけでなく、お金や物のやりとりについても、大きな捉え方の変化がありました。
今までは、自分の手から何かが出て行くと喪失感(&損失感)があり、不安が絶えませんでした。
でも新しい価値観では「自分の世界に在るものは全て自分」なので、ただ「自分の右手から左手へお金や物が移動しているだけ」のような感覚になりました。
お金や物の移動の中で、マインドが勝手に「嬉しい」「不安」といった色のフィルターを通していたのだな、と思います。

プレゼントを渡す時も、以前は「相手の人が喜んでよかったけど、その分お金はなくなってしまった」と嬉しさ+喪失感の両方を感じていましたが、今では「プレゼントをもらった相手が喜んだ=私が私にプレゼントを上げて私を喜ばせた。あげたのも、貰ったのも私。どちらの私も嬉しい!」と、喪失は感じることなく、喜びが倍に増えたような感覚です。
これが「与える」ことなのかなという気がしています。




今月のワークショップ内で特に良かった点は、ロールプレイのワークです。
これを経て、「今まで生きてきた分離の世界が如何に楽しかったか」を知りました。

私はロールプレイのワーク時には、特に役を演じないでそれを観ている傍観者役でした。
「自分を許したくない人格」役の方と、「自分を許して楽しく幸せな人生を歩みたい人格」を演じている方の対話を聞いている時に、「ワークショップの時間内に自分を許す」というゴールも、また結果に対しての責任も、全く意識していませんでした。


傍観者役に決まった時には上記の内容はすっぽり頭から抜け、「私達全員のことではない」と完全に分離しました。
完全に映画や舞台を見ている観客の気分で、「おお、これからどうなるんだろう。面白い~」と非常にエキサイトしておりました。

途中までどうにもならない状態だった中、Sachiさんが「本当に時間内に出来ると思ってる? ここにいる全員が最初に決めたゴールに辿り着くと思ってるの?」と仰った時にようやく、「完全に他人事だった! これは私の問題だ! 今すぐできます!」と我に返りました。
そして改めてみんなで結果を設定し直した所、その瞬間に膠着状態が崩れて、無事に最初に決めた結果へ辿り着くことが出来ました。


このロールプレイの中で、「今まで自分は自分の葛藤でさえ他人事と思い、それを心から楽しんでいたんだ。そりゃやめられないよ。楽しいもん!」と、心底今までの旧い宇宙のメリットを感じました。
そしてどんな立場であっても自分は立派な参画者、「自分の世界で起こっていることは、本当に自分に責任があるんだな」ということも、身をもって理解することが出来ました。



今の私があるのは、本当にSachiさんの、そして皆さんのお陰です。
本当に本当に、ありがとうございます!
これからもどうぞよろしくお願いいたします!





気付きや自己成長に関するテクニックをワークやセッションで学んだ後、気付いたことを日常生活で何処まで活用出来るかは非常に大切なポイントだと思っています。あ、私はですけど(笑)。

現実生活で活かせないとなると、ただのスピリチュアル中毒に陥ってしまいます。
これだけやっているから優れている、進んでいるといったエゴの囁きに溺れ、いざ現実を見渡せば全く変化は無く、そして益々填りこんで行く…という勿体ない事例を、私は沢山観て来ました。

如何に生活の中で使えるレベルに落とし込んで行くか。
如何にこれまでの現実を自ら変化させて行くか。
解って終わりではなく、学びを道具として自分の為に使いこなせるか。
こういったことに絶えず目を向け、行動し続けられるかで、学んだものの価値が決まります。

願わくば、どうか皆様がご自分の現実をより望む方向へ進める道具として、スピリチュアルなものを使えますように。






今日はクリスマスイブですねー。
連休&お子さん方は冬休みとのことで、あまり外では多くの方を見掛けないように思いますが、どうぞ楽しいクリスマスをお過ごし下さいませ←クリスマスっぽい感じで(笑)


さて、12月度ワークショップにご参加頂いた方から、引き続きご感想を頂戴しておりますので、掲載させて頂きますね。




私は去年の12月に流産をし、手術をしました。
やっと出来た赤ちゃんを亡くしてしまった悲しみと、その時言われた主人からの心ない言葉に「死んでしまいたい」とさえ思っていました。
"子供を死なせてしまったのに、自分だけは生きている"という罪悪感から、(少し大袈裟ではありますが)自分に生きている期限を設けました。

「自分は許されないことをしたから、きっと12月31日で死ぬんだ。それまでは頑張って生きよう。でも、もし翌年の1月1日になっても生きていることが出来たら…きっと赤ちゃんが許してくれたのだ」
という解釈をしようと思い、その年最後の月を過ごしました。


そして普通に生活をしながら年が明け、生きて1月1日を迎えることが出来ました。
「だからきっと赤ちゃんが許してくれたのだ」
と自分に言い聞かせ、それで自分を許したつもりになっていました。

参加し始めてから数回になりますが、先日行われた12月のワークショップでは、まだその件について自分を許していないことが明るみに出ました。
そこでSachiさんが「あなたはそれをどうしたいの?」と問いかけていらっしゃったので、
「今日のワークショップが終わるまでに自分を許す」
という設定(決断)をし、ロールプレイというワークでこの内容を取り上げて頂きました。


私の中にある"自分を許す人格"を演じて下さっている役の方と、"許したくない人格"役の方の会話とその葛藤を見ていて、
「どちらも私が思っていることそのままを言っているから共感できるし、どちらかなんて決められない。でも2人とも全く歩み寄らないし、事態が進まず膠着状態で困っているよなぁ……これは私がどちらか決めないと終わらないのかな。でも嘘をついてもSachiさんには絶対バレちゃうし、どうしよう」
と、途中まで迷いながらも考えていました。

その後、Sachiさんの「ここに参加している全員が"絶対出来る、今ここで結果を出せる"と選択しているか」という確認の一言で、同じ場所に居るみんなの気持ちがひとつになり、それと同時に今まで一人でもがいてきたことが嘘のように、晴れ晴れとした気持ちになりました。

今までは、「赤ちゃんを授かってもまたダメになってしまうのではないか」という不安がつきまとっていたのですが、今は絶対大丈夫だと思えるようになりました。



未来にこうなりたいという『設定』することについてですが、私は「こうならないんじゃないか」と半信半疑で設定することがあることに気がつきました。
結果、設定したのにならない。どうしてだろう? と。
当然なるはずないですよね。

これからはなりたい未来を設定する時に、実際そうなった時のイメージをしながら設定するようにしたいと思います。
そして今後は、自分も含めた世界中のみんなを愛せるように、そして楽に生きられる人生にします。


Sachiさんやワークショップ参加者のみなさんにはいつも助けていただいて、本当に感謝しています。
ありがとうございます。





観念や思考・感情の解消には色々な形がありますが、本来はその全てが道具であり方便です。
道具は目的を達する為だけに使われます。
そのやり方そのものに価値がある訳ではありませんが、使い方次第で望む結果を導き出すことも可能です。

特定の結果を出すことに目を向けた瞬間から、あらゆること・人・ものが結果へ向かって動き出します。
具体的な何か以外にも、自分を愛すると決めればそうなる(する)し、許すと決断すれば必ずそこへ辿り着きます。
何故なら、自分が自分の世界・宇宙を創造し続けているからです。


様々な可能性を見出しながら、より楽な生き方を楽しめますように♪






抑もの不幸の始まりは、世界と自分が分離していること。
という風に私は思っています。

平たく言うと、「自分でない何か(他人、社会等々)が自分のニーズを叶えるべきだ」と思い込んでいること、それに付随する思考と感情が不幸なんですよー。
それが一見どれほど正しく見えようが、自分のみならず全体にとってその方が良いと思えようが、個人の観念から発生する「○○すべき」を振りかざすと、必ず不要なネガティブスパイラルに填ります。

人それぞれ、また時に依って思うことが違う。
それを確認しないままで居ることが、「私を解ってくれない」「私は重要視されない」等の二次被害や三次被害を次々産み出します。






「誰々が何々してくれないから、私は不幸なのだ」


という文章を、何故か我々のマインドは使いたがります。



例えば、「お母さんが~してくれないから私は不幸だ」という定型文を使っているとしましょう。
エゴがずっとその定型文に執着していることで、『不幸なのはお母さんが私の欲求を叶えてくれないから』ということを証明し続けます。
目の前の事実をそう思えるように解釈し、そこを着地点にする……これはこじつけとも言います。

「ほらやっぱり!」「思った通りだ」
と言いたいが為に、先ずラストの決まったストーリーを練り上げ、そう見えるように全てを動かし、そう解釈出来るようにそのオチへと持ち込んで行く。
これがエゴのお仕事なのですが、さてここから抜けるにはどうしたら良いでしょうか。




先に挙げた例文は、分解しますと

「お母さんに~して欲しい」
「私は不幸」

という、二つの要素で出来ています。
ここで注目したいのは、"抑も、一番最初の目的はどれだったのか"ということです。



「お母さんが~してくれなかった(ニーズが満たされなかった)」
という受け取り方をした出来事から、ことがスタートしたとしましょう。
そこで生まれた失望感を埋める為、我々は同じ行動を反復します。
即ち、「~して欲しい」という定型文に執着をし続けるんですね。

ただ、そこにはニーズに対して「~してくれなかった」という学習体験が既に存在してしまうので、「~して欲しい」と「でも~してくれない」は大概セットになりやすい状態です。
繰り返しの行動を取る中で、「~して欲しいけど、結局して貰えない」という観念が何重にも刷り込まれ、肥大化して行くことになります。


そこに、段々と別の解釈が混ざって来ることもよくあります。
この場合で言うと、「~してくれないのは、お母さんが私を愛していないからだ」という曲解です。
最初の事態を解決・収拾することからどんどん遠離り、観念を証明し曲解しては欲求不満(から来る怒り・妬み・憎しみ・恐怖等々)を増強し続けるのがエゴのお仕事です。

思考が肥大化し、横道に逸れ続けていることに気付きもせず、「~で、~で、~だから私は不幸だ。周りは私のニーズを叶えるべきだ。そうしてくれたら私は幸せになれる筈」という大きな定型文を作り上げるのです。
ここまでの理論構築は見事としか言いようがないのですが、周囲がそのニーズを完璧に満たしてくれることは有り得ないと、もうちょっと深い何処かで解ってもいる筈です。


ことの始まりである地点までニーズの歴史を遡るなら、一つ目のニーズが何であったか発見されるでしょう。
そしてそれを解決することは、実はとても簡単なのです。
最初の最初に戻りましょう。
最初の文章である「お母さんに~して欲しい」という文章です。

『お母さんに構って貰うこと』自体が目的なのか、『~が欲しい』が目的なのか。
「~して欲しい」の「~」が、例えばお弁当だとしましょう。
「お母さんにお弁当を作って欲しかった」のだとするなら、お母さんに何かをして貰う(構って貰う)ことに主眼を置いているのか、はたまた御弁当を手に入れることが目的なのかってことです。


前者なら、電話したり会ったりすればいいですね。
もし既にこの世を去っているようならば、イメージの中でやりとりするという手もあります。
後者であるなら、自分でお弁当を作るとか買うとかすればいいんです(笑)。

「周囲はもっと自分を評価すべきだ」と思うなら、「周囲」と「自分を評価」は別個のものとなります。
これも前者と後者に分けて、片付けちゃえばいいことになります。
周囲と仲良くしつつ、自分で自分を評価しまくったらいいと思いますよー。


ぶっちゃけると身も蓋もない話ですが、誰かが何かをしてくれないから自分は不幸だと思うならこういう風にやってしまえば満足する筈なのです。
繰り返し使用している文章をバラバラに分解しつくした上で一番強い目的を探し出し、目的を自分で実行してしまえば良い。
複合的な部分全てに対し、均等に重きを置いているということは、まず見当たらないのではないかと思います。
見当たるとしたら、それはそれでやっちゃえばいいですな(笑)。

色々なケースがあるので、これだけで全て解決するかどうかはまた別の話ですが、一つの考え方・解消の仕方のプロトタイプということでお受け取り下さいませ。




人生は多大なる勘違いで出来ている。
……少なくとも、私の場合はそうでした。
"でした"っていうか、現在進行形ですわ(笑)。

他人様が自分のニーズを叶えてくれないから不幸なのか?
他人様は私の為に~すべき、それってホント? 嘘でしょー。
って感じです。



自分で絡ませていた糸がほぐれて、元の部分が顔を出すと、実は非常にシンプルでどうということもない…話だったりして、面白いなーと思うことも多々出て来るでしょう。
人間って面白い上に可愛いわーと思いながら、私は日々の出来事を眺めています。






12月ワークショップのご感想、本当に一日一通ずつ届くんですけど…。
この宇宙で一体何が起きているのかと考えずには居られません。
考えたところでわからないんですけどー(笑)。



さて、今回頂いた内容はワークショップそのものではなく、その後のお話がメインとなっています。
気付いたと思った後、理解したと思った後、日常生活に戻った時によくある出来事を書いて下さっていますので、ご参考になる方もいらっしゃるかと思います。




私はSachiさんのワークショップに約2年通わせて頂いていますが、その中での変化と言えば、まず娘との関係が以前に比べてとても穏やかになったことが挙げられます。
また最近は、母に対しても特にわだかまりが無い状態で普通に接し、感謝の気持ちも素直に伝えられるようになりました。

これまでは怒りの対象にしてきた相手に向かって、「私に不自由な思いをさせやがって~!」と思っていました。
でも実際は相手がそうしていたのではなくて、自分が勝手にそう受け取ってそう思い込んでいただけだったというのが分かったので、家族に対しての気持ちが変わったのだと思います。
思い込みで勝手に決めつけていてすみません! という感じです。
これまでの出来事は、全て私が筋書きを決め、脚本を書き、周りの人達にそう見えるような演技をさせていただけでした。

そして、苦しいなとか身体が変だ云々…と思った時は、それが事実なのではなく、そういうお芝居をしているだけだと見分けられるようになったので、どん底に填り込む前に通常の状態に戻って来ることもできるようになってきました。

それから、以前と比較して超・健康体になりました!
これまはで何かがあると、「もうダメだ」とバッタリ落ちる芝居をしていたわけですが、今は教えて頂いたサプリメント&気づきのお陰でそれは無くなり、とても元気です。
ありがとうございます!



先日参加したワークショップでは、ある参加者の方の心の中の葛藤を再現し解決する、ロールプレイというワークに衝撃を受けました。
『自分と他人は違うのだ』と分離する所から問題が発生する(自分で作り出す)こと、プロセスや自分の中にある葛藤を否定したりコントロールしようとしなくていいこと、結果にコミットメントすると本当に決めた通りになるということを目の当たりにして大変驚きました。
「分裂し、葛藤する2人の自分を統合するとはこういうことなのか!」
と理解したのですが……。

日常生活にそれらの気付きと理解を適用しようとしたところ、早速マインドが混乱を始めました。
これまでの全ての出来事は自作自演で、自分は被害者ではなく加害者だったことも分かりましたし、決断した結果にコミットすればいいというのも分かったのに、目の前で起きる出来事や周りの反応に対して
「決めた通りに行かない。おかしい!」
と、振り回され(るフリをし)始め、以前のようなグルグルした思考に嵌っていきました。

「決めた結果ではなく、プロセスに惑わされようとしている」
と頭では分かっているのに、止めることが出来ず自ら惑わされる方へと進むという…。
「結果を設定したはずなのに、なぜだ? なぜだ?」
「目の前の人は自分で、全て自分でやっているんだけど、だけど…だけど…だけど…」
「そもそも、許すってどういうことだった? 私は全て許したのではなかったのか?」
というような思考がとめどなく駆け巡る。被害者劇場であります。



あまりにも堂々巡りなため、Sachiさんにお願いして以上の内容を質問させて頂きました。
その結果、私が「こうなるぞ」という結果として設定したつもりの文章に問題があったことと、如何にこれまでやってきたやり方が面白くて仕方がなく、それをやりたがっているかが判明しました。

そもそも私は設定した文言の中に結果ではなくプロセスを指定する言葉を入れていたのです。
『○○がスムーズに穏やかに進んで欲しい』
という文言を使っていたのですが、教えて頂いて気付いたのは「"スムーズに"も"穏やかに"も、私の中ではプロセスを表す言葉ではないかっっ…!」ということでした。

私は「スムーズに進んで欲しい」という文章を使う為に、多くの人を使ってスムーズにならないような出来事を起こしていました。
「スムーズになって欲しい」という欲求は、確かに"現在そうではない"からこそ出て来る言葉なのです。ややこしい…。
結局、周りを動かす為の設定だったわけです。
プロセスをコントロールするのが好きな私の思考が、そのまま表れた文言でした。


その他、
「"先程"なりたい結果を設定しても、それはあくまで先程の話であって最早過去。決して今ではない。"今"ぶれているならば、"たった今・この瞬間に"マインドが何を喋っているかを把握した上で、今から何を思いたいかを選択し、決断し、これを結果として設定すること。"さっき決めたからもう大丈夫"だと思ったら大間違い。ぶれたらぶれたことに気付いて、その都度新たな決断をし直す必要がある」
「一連の出来事を体験した後に言いたい、シメの言葉を結果として設定する」
「葛藤していることや抵抗していることは否定しない。例えそれが一見否定的であったとしても、発生しているプロセス自体を否定すると、(外側の世界が自分の投影だとするなら)決めた結果はおろかその時の自分全てを否定することと同じ。これをやっていると事態が進まないので、惑わされないこと」
「完全に世界と自分が統合している状態の時、そこに許す・許さないという定義は存在しないから使う意味が無い。統合されていればこの言葉を持ち出す必要は無いが、それを使いたい時は自分VS自分以外という風に分離し、エゴが何かを攻撃する為に被害者をやりたがっている」

ということも改めて教えて頂きました。


これらのことは何度も聞いていた話なのに、ワークショップやセッションで何度も気づいた・解ったと思っていたのに、何十年もずっと続けてきたパターンへ自分から好んで足を突っ込んでいました。
癖、趣味、止まらない…という感じです。

兎に角、常に結果を設定し続けていきます。
そして『今、私のマインドは何を囁いているのか』を、常に観察し続けます。
沢山の貴重なお話を教えて下さり、本当にありがとうございました!!





おつかれさんでございます(笑)。


新しい価値観や概念を知ると、マインドが大変な混乱を起こします。
足場にする場所、手で掴む場所が解らなくなり、あたふたする訳です。
その混沌の中で自分の新しいやり方を固めて行くのですが(どこぞの天地創造神話みたいですな)、その途上で「どうしよう、どこを足場にしていいかわかんないよー」とぐるぐるした挙げ句、「前の所は土台も形も全部ハッキリしていて解りやすいから、やっぱあっちで!」という風に逃げ帰ってしまうことがよくあるんです。
これを『前のパターンに戻る』と言います。

勿論、それも個々人のご自由なので大変宜しいかと思います。
少なくとも私は止めません。いいんじゃないですかね。いや本当に。
前のパターンはスタートからゴールまで分かり切っているだけに、安心・安全で楽しいよねーと思います。
その世界でぐるぐる回る楽しさは、自分も延々やっていたのでよ~く知っています。
大体、どの状態が優れている・好ましい・正しいというようなことは、あるような気がしているだけでホントは何処にもありませんから、好きにしていいんですよー。


という訳で、我々はいつでも選べる・選び直せるんです。
過去も未来も無く、たった今この瞬間に。
あらゆる制限から解放された状態で、新たな可能性を手にすることは必ず出来るのです。
自分がそれを本当に望むならば、です。

よく解らない~なぐるぐる状態は、誰もが通る道と言えます。
どうせやるなら、ちゃんと抜けることが出来る、理解出来るから大丈夫ーと思いながらのぐるぐるが推奨ですね。
ここでも結果を決めてぐるぐるすると良いんじゃないかってことで、さてどうでしょう(笑)。





何故か毎日一通ずつ届く、12月ワークショップのご感想(笑)。
皆さん、記事のup順を解っていらっしゃるのかなーとか思いながら、本日もupさせて頂きます。







先日のワークショップでは、本当にお疲れ様でした。そしてありがとうございました!


特に良かった点は、ロールプレイです。
実際に葛藤している人格の役を体験させて頂いたことが、とても有り難いことだったと思います。
私は『自分を許したくない』人格のお芝居をしたのですが、最初は抵抗する言葉がスルスルと出て来たのに、時間が経つにつれて段々と言うことが尽きて来ました。
『自分を許して楽しい人生』担当の方が抵抗する私に向かって、「そっか。嫌ならそのままでいいんじゃないの?」と私を説得しなくなった時、「これ、いつ終わるの? 早く終わらせて欲しいのに!」と思っていました。

第3ラウンドに入って参加者全員が『結果を出せる』というコミットをした時、自分を許す人格担当の方が「────解った! そのままで良いから私と一緒に行こう!!」と言って下さいました。
その瞬間、心の底から「行く行く!! 一緒に行きます!!」という強い思いが、考えるよりも先に沸き上がりました。


このロールプレイを通じて、自分を許すとか許さないというようなことは、結局自分の意識的な選択次第でどうにでもなるのだという理解をしました。
ロールプレイをしている時、途中までの私はSachiさんや相手役の方に「終わらせて欲しい」というニーズを抱えていました。
でも実は『他人に~して貰う』というニーズは、出したい結果に対して全く関係の無いことで、決めるのはあくまで自分であること、自分がそうすると決めてしまえば、ただそれだけで終わるのだと気付き、深い学びを感じました。

それから、ロールプレイの最中にSachiさんが何も言わず黙って見守り、待っていらっしゃることからも学びがありました。
当事者でない人間が"良かれと思って"助けてしまったり、苦しそうだから辛そうだからと横から手を出して、状況をコントロールしたり勝手に終わらせようとすることがよくあります。
でも、それを敢えてやらないでいることの重要性を、とても強く感じました。
流れと結果と私達を信じて見守り、ただ待つということを実践されていたSachiさんの姿勢は流石だと思いましたし、そうすることによって私達に成長と学びの機会を下さったことにも、深く感謝しています。



また、別のワークで『この中で一番敷居が高い相手に、言いづらいことを伝える』ということをしましたが、私を除いた参加者の中で、4人もの方々が私にメッセージを伝えて下さったことから、「私って言いにくい相手なんやなあ」と笑ってしまいました。
以前の私であれば、プライドが耐えられず受け容れられなかったと思います。
今回はそのような気持ちに全くなることは無く、逆に言いにくいことを言って下さる方々に、その人の愛情の深さを感じました。

有り難くその言葉を受け止めたと共に、言って下さった人自身も、私に向けてお伝え下さったメッセージの中身に取り組んでいるのだと思いました。
このワーク、以前の私なら「自分だけ悪者扱い・のけ者にされた」という解釈をしていたでしょう。
でもこの思考が無くなっただけで、こんなにも自由を感じ、楽になれるのだということを知りました。




12月ワークショップの翌日、子供達に向かって話をしました。

「これまでお母さんは怒りたいという欲求が先にあったから、あなた達を使って怒っていたことにワークショップで気が付きました。
ずっと『あなた達が○○するから、お母さんはいつも怒ることになるし、そのせいでいつも苛々している』と言っていたけど、それは完全に私が間違っていました。
これまでずっと酷い怒り方をしていて、本当にごめんなさい」

という風に謝った上で、

「これからはあなた達を利用して怒りません」

と、"怒らない宣言"をしました。

子供達はこの話を聞いて、最初はきょとんとしていましたが、"なーんだ、やっと解ったの? 解ったならいいよ"という雰囲気で「それは良かった!」と拍手をして喜んでくれました。
夜には夫にもこの話をしましたが、彼も「それは良かった」と喜んでいました。
今回のワークショップに参加したことで、怒る、悲しむ、苛々する等、"全ての感情と思考は勝手にそうなってしまうのではなく、実は自分が意識的に選択している"ということが漸く理解出来ました。


この日以降、子供達との関係が劇的に好転しました。
長男は私に対して沢山話をするようになりましたし、これまでよくぐずっていた次男を目の前にしても以前のように苛々することは無く、何に対してぐずっているのか冷静に観察することが出来るようになりました。

ちゃんと見ていると、実はぐずる必要がないことに対してぐずっていることが解ったので、「今のはポイントがずれてるんじゃない?」等と、お互いに笑って終わるということが出来るようになり、グッと楽になりました。



これまでワークショップに継続参加して来たことによる長期的変化ですが、体調がとても良くなったことが挙げられます。
体調を崩してもすぐに回復するようになったのですが、これは精神面でも同じことが言えると思います。
以前は気持ちが落ち込むと、暫くそこから立ち直れずにいたのですが、今では気持ちを切り替えることが早く出来るようになりました。





ご感想ありがとうございます!

一人が自由になると、関連する人達が自由に羽ばたけるようになりますね。
それぞれが元々持って生まれて来た個性を思い出し、楽々と人生を飛び回れますように♪





12月9日のワークショップにて、最後に配布したアンケートに複数の方々がご回答をお寄せ下さっています。
頂いた順に掲載して参りますね。
本日は第二弾です。



先日は本年最後のワークショップありがとうございました。
本当にたくさんの事を学べた、感じられたワークショップでした。
とても楽しかったです。本当にどうもありがとうございました。



今日のワークショップでは、ここ数週間のSachiさんのブログでも記載されたり、教えて頂いてもおりました「オチ」のために他人も状況もすべてを動かしていること、そのオチに向かうことからいつでも手を引くことが可能なこと、また新しい「オチ」を設定できることについて理解を深められたワークショップでした。
また、今までよく分からなかった『その場にいる全員に責任があること』も感覚的に感じることができました。


今年2月からワークショップに参加させて頂いた当時は、とにかく毎日が辛くて、それは自分に自信が無いからだ、自己評価が低いせいだからだと思っていました。
そして様々な出来事を人のせいにしながら「私はなんて可哀相なの」と思っていました。
ですが今となっては、私は全く可哀相な人間ではないし、毎日が全て自分の思い通りに運んでいて、自分に自信があり、自己評価も非常に高いことがよく解りました。

これまで思い込んでいた自己像とは違い、自信家で日々思い通りの生活をしている私は、人生の被害者ではなく加害者だということを受け容れることで、毎日がとても楽になりました。
ワークショップに参加しなければ、Sachiさんにお会いできなければ、ずーっと2月までの自分のままだったと思います。
今、自分が自由であることを強く感じています。



今日のワークショップ内で特に良かった点は、最後にY子さんの心の葛藤を役柄毎に割り振ってロールプレイをしたことです。
分離の状態や、決断(設定)、ぐるぐる状態、全員(つまり自分)の責任であることなどが感覚的・視覚的に理解出来て、本当に感動しました。

ロールプレイの前半を見ていた私は、心のどこかで「大変だな~、難しそう」と思っていました。
変わりたい方も抵抗している方も全く退かず、事態が膠着状態に見えていた時、Sachiさんが「出来ると思ってる?」と問いかけ、参加者のIさんが「できるよ。すぐだよ」と答えた直後、「あっ、設定していなかった!」と思い当たりました。

「ワークを見ているだけのオーディエンス状態だったのは、(世界との/自分の中での)分離だ!」
ということにやっと気づけました。
ずっとSachiさんに教えて頂いていたのに、この時まで全く意識がありませんでした。
そこに居る全員が、目の前で起きていることを自分自身のことだと認識した上で「すぐに結果を出せる!」にコミットする必要があったのだと、ここでやっと自覚しました。


その後の結末は、本当に劇的でした。
新しく人生を楽しむ人格の役割をしていた方が、それまでの自分を許さない人格の役割の方に、「一緒に行こう!」と言った時はとても感動しました。



ワークショップが始まる前は、長時間の開催だということで正直緊張していましたが、「少しでも理解が進み良かったと思って帰る」と目的を決めて、やる気で参加いたしました。
コ・カウンセリングで組んだメンバーを見て「これは自分と同じやり方を好むメンバーだ」と思いました。
自分の理解を進めるためには、ベストなメンバーでした。

ワークショップが終わって振り返り、「少しでも理解を進める」という設定は、私と他人が全く同じだとすれば、「私=みんなが理解を進める」ことを設定したことになります。
にも関わらず、他の方の意見を「この人はそう考えるんだ」と他人事として解釈していたのは、自分と世界が(また、自分が自分の中で)分離していることなのだと気付きました。


次回から責任をもって分離せず参加することを、自分自身に設定します。
もっと理解を進め、自分に向き合いたいです。
そしてもっとあらゆることが思うままであることを自覚し、思い通りに生きていることに実感・責任を持って生きて行きます。

そのためにも自分自身の理解を深め、意識的に決断して行きたいです。
私の今後の展望は何かと言うと、「結婚したい」です! します!!


本年のワークショップ、お疲れ様でございます。
本当に本当にありがとうございました。
また来年1月から、どうぞ宜しくお願い致します。




ご感想ありがとうございました!
結婚、楽しみですねー(笑)。

実は自分は100%思い通りに生きて来たのだという捉え方をするようになると、イコール今後の人生を『望むままに』自由に造り替えることが出来るということになります。
何もかも自由に得られるし、不要ならばいつでも手放すことが出来るのです。

自分は人生の被害者ではなく、いつでも何処からでも能動的にリスタート出来るとなれば、こんなに楽しみなことはありませんね。
今後の展開を楽しみにしております。
ありがとうございました♪





新月始まってますよー。
願い(設定)を紙に書いて、どんどん現実化させて下さいね!




さて。
去る12月9日に行われました、今年ラストのワークショップにご参加下さった方から、ご感想を頂戴しました。
ありがとうございました~。
以下に、少々加筆・修正させて頂いた上で転載させて頂きます。







私はこれまで、1年9カ月の間毎月ワークショップに通い、途中からは月に一度個人セッションを受けさせて貰うことで、自分が抱えていた沢山の不必要な観念を寄り除く作業を、Sachiさんに導いて頂きました。

以前は家族に対して感情的になって怒ったり、一方的に自分の考えを押しつけていましたが、いらない観念を取り除く作業をし続けたことにより、どんどん怒る回数も減り、今ではかなり穏やかに楽しく過ごせるようになってきました。

過去の自分が傷ついたとしている思い込みをずっと抱え、
『自分の周りに起こる新しい出来事に対して、"傷ついたというフィルター"を通し、感情を勝手にアップダウンさせているだけ』
というからくりを理解出来たことでとても楽なりましたし、
「今ここで起こっている事実だけを見る、心を常にセンターに保つこと、仮に揺れたらすぐに戻す」
ということを、日々心がけて過ごすようにもなりました。


そんな中、知ることになった新たな課題、
『この世に生まれてきてからの出来事は、全て自分自身で選択し自分が引き起こしてきた。現在起こっていることも全て私が起こしている、まわりの人言動も含めて全て自分でやっている』
という内容が浮上し、

「そんなはずはない! だってだって私は被害者だし! 虐待を受け続けて育った子ども時代も、私が選んで引き起こしたなんてあり得ない! 絶対に認めない、絶対認めたくない!! 私の辛い過去はなんだったんだ。私の人生を全否定するのか!」

などと心が叫ぶ日々が、この所ずっと続いていました。
その半面、それが腑に落ちればまた一歩前進出来るだろうし、理解出来たら大きな変化に結びついていくだろうことも、周りの仲間を見ていて頭では理解していたので、とても羨んでもいました。



そんな状態で今回のワークショップに参加することとなり、最後に行ったロールプレイのワークで、私は"自分を許し、楽しく生きて行く人格"の役をやることになりました。
そこで、
『一つの明確な目的に向かってその場にいる全員がコミットした瞬間、その目的が達成される』
という体験を目の当たりにして、大変な衝撃を受けました。

3ラウンドに渡る長いロールプレイの中、相手を言い負かそうとか自分が正しいからとか、ちょっとここらで引いてみるか~等々、相手を自分の意のままにコントロールしようという思いで頭がいっぱいでした。
それでも全然上手く運ばず、どうしたらいいかは全く解らないままだったので、
「いや~、ここらでキャストチェンジしてくんないかな。私も演じる側でなく見学するほうにもいってみたいし~…」
と心で思ったりもしていました。


ブレイクを挟み、3ラウンド目が始まった時。
Sachiさんが、見学している人達と、目的を成就させたいと言う本人に向かって
「本当に目的を達成出来ると思ってる? 今すぐ出来るとここにいる全員が思ってるの?」
と問い掛けて下さいました。

見学している人達も、ワークに参加している人達もここに居る人達全て、分裂した自己を抱えているという意味では全く同じなんだよ。
あなた達は誰一人部外者じゃないんだよ、まさにこの当人なのであって、関係ない他人じゃないって分かってるの? 自分がどう在るかでこの結果が決まるんだよ、ドラマをぼけーっと見ているだけ? それとも結果を出すことにコミットする?
と、何度も確認して下さいました。


それに応じて、「出来る」「直ぐに結果が出せる」「余裕で出来る」と各人が答え、全員の意識が一つになった瞬間。
「解った!!」と、明確な答えが私の中に入って来ました。

私はそれまでひたすら打ち負かそうとしていた"自分を許さないで居る人格"役の相手の両手を握り、
「一緒に行こう! 絶対大丈夫だから。私がちゃんと連れて行くから!!」
と声を掛けていました。

その時、心がとても楽になり、暖かい気持ちになりました。
同時に抵抗を演じてくれた相手に、心から労いの思いでいっぱいになりました。


本当によくやって来たのだ。相手も自分自身だった。
今までの人生を頑張って来た自分は否定する必要が無かった。
どんな人生であれ、よくやって来た。
過去を切り離すのではなく、みんな一緒に連れて行けばいいだけだった…。


本当に本当に有り難い学びでした。
この体験が出来たお陰で、「全て自分が引き起こす、まわりの人は皆私自身」ということが、ストンと腑に落ちました。

ここまで導いて下さり、本当にありがとうございました。




また、他に『隣同士になった相手の一年間を象徴する言葉を色紙に書く』、というワークもとても面白かったです。
私はお相手の一年を総括して『淋しい』と書いたのですが…。
そうか、私が「人生は淋しいものだ」と思ってる~! と今日気付きました。

ワークの進め方や流れも凄く良くて、あっと言う間の時間でした。
買わせて頂いたアクセサリーも凄く素敵! でした。





リアルなご感想でとても有り難いです。
色々な角度から色々なご感想を抱かれていると思いますが、他の方のご感想も順次頂き次第upして参ります♪



明日は今年ラストの新月となります。




12月13日 17:42~ 新月スタートですよー。





文法的な問題になりますが、「なったらいいな」だと、ならない可能性を内包した表現と言えます。
なので、結果を先に決めてしまうという意味で「~なります」と断定形で書くのがお勧めですね。

「結果なんかそうなってみないと分からないじゃないか」
と言う人は、願いに対して自分を放棄していることになります。
ついでに、「それ見たことか、言わんこっちゃない」と言いたいが為に、わざわざ願いを現実化しないということを現実化します。
……めんどくさいですなー(笑)。


自分が自分の人生を決めている、出来るという姿勢があると色々な制限が不要になります。
ああだからダメかも知れない、こうだからならないかも知れない…等々、そうならない為の言い訳をする必要が無くなる訳です。
それらが要らないなら、能動的に自分の人生をクリエイト出来るということですから、様々な不安要素を全て振り払って、そうなる、なったことだけを書いて行くと良いということになります。

ただ、何もかもを完全に手放した状態が好きな人はそれが合っているでしょうし、コントロールが好きな人は結果を決めてしまうということが合っていると思うので、その辺りはお好きに選んだら宜しいかと。



現実化のコツはですね。
何度か書いていますが、「そうなった、既にそうある状態」をイメージして、喜んだりワクワクすることで、より速く現実化が進みます。

書く文章は如何にポジティブであっても、書いている時のマインドが「どうせそうならない」であれば、こっちが勝ちます。
ですので、書いている時の自分の状態もよく観察しつつ、出来る限り望む状態をキープしながら書くと良いでしょう。



プロセスは手放して結果を喜ぶ。
ついでに、日本語は正確に(笑)。


これが設定のキモです。




ではでは皆様、良い新月をお迎え下さいませ。





12月9日の日曜は、今年ラストのワークショップでした。
ご参加頂きました皆様、ありがとうございました!


通常は3時間ですが、半年に一度に限って長時間に及ぶワークをして頂いています。
自分を見つめる作業をする時というのは、時間が長い分だけ学びが深くなります。

今回は『自分と自分の人生をどのように設定しているか』について向き合っている方が複数いらっしゃったので、そのお話が中心になって進みました。
途中、ペアを組んだ方とのランチタイムを挟みつつ、様々なワークをしながらそれぞれの意見を伺い、時間は進んで行きました。


ラストにロールプレイを行いました。
分裂した自己が葛藤している状態を、参加者の方に演じて頂くというお芝居です。

ある参加者の方が、「ワークショップが終わるまでに、自分を許す」という設定をされました。
これに沿って、『自分を許す』担当の人格と、『許してしまったらこれまでのあれこれが無意味になるから、許したくない』担当の人格を、参加者の方二人に演じて頂くというものをしたんですね。


内容はと言いますと、「劇的だった!」「凄すぎるー!」という声が上がる終わり方でした。
ちゃんと時間内に終わりましたし(笑)。
詳細は、参加者の方に書いて頂いたご感想に含まれていますので、また後日順を追ってupして参りますね。




さて、来年のワークショップスケジュールです。



★2013年1月
1月13日(日曜) 11時~14時


★2013年2月
2月10日(日曜) 11時~14時


★2013年3月
3月10日(日曜) 11時~14時




詳細はこちらをご参考下さいませ。



来年も多くの方々と、学びと成長を共に出来ますことを楽しみにしております。
是非遊びに来て下さいね。




12月に入りましたね!
今年の初頭からの自分を振り返ると、物凄く大きな価値観や視点の転換があって、『一人ポールシフト』という感じです(笑)。
年頭の頃に私の頭を支配していたアレコレは、今やすっかり記憶の彼方に~♪

今思えば、「自分でお芝居をしてただけなんだなあ」と遠い目になってしまったりもしますが(笑)、ここに気付けたこともこれまで地道に色々と取り組んで来た成果なのだろうなと思います。
更に理解を深めて、より良い人生をクリエイトして行くように精進しまーす。



「私が辛いのは○○さんのせいだ」⇒「私が辛いのは私のせいだ」
と、置き換えの話を自分の人生に使うというやり方については、「嘘だ! 悪いのは自分じゃない!」とエゴが大暴れするでしょう。
自分を苦しめるのはエゴの囁く絶え間ない妄想と、事実を直視しないことで発生する様々な要素だけです。
それ以外には皆無であると断言出来ます。

我々は事実以外の部分のみを観て「これが事実だ」と断じます。
苦しみ(だと思い込んでいる妄想)から脱するには、これをロジカルに処理して、事実を見つめる作業をすることが非常に大切なポイントとなります。


以前記事に書いたことがありますが、人生に起き得る苦しみの絡繰りというものは、自分の外ではなく内側にあります。
「自分が苦しんでいるのは~のせいだ」という文章が脳内にあるとしても、「それは事実か?」という問いかけをしてYESの回答が出ることは無い、という所に全ては集約されるのだと思います。

この自分に対する質問とその答えについて、大変素晴らしい本がありますのでご紹介致します。



ザ・ワーク 人生を変える4つの質問ザ・ワーク 人生を変える4つの質問
(2011/04/15)
バイロン・ケイティ、スティーヴン・ミッチェル

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この本では、現在抱えている問題や苦痛やテーマに対し、4つの質問を投げ掛けるやり方を提示しています。
4つの質問は大変シンプルですが、シンプル故に人生の事実(彼女は『真実』と表現しています)を覆い隠してしまうエゴの妄想をあっという間に追いやってしまいます。

人間のマインドというのは、大概は事実でないこと(思考と感情)だけにフォーカスし、恰もそれが事実であるかのように勘違いします。
これが苦痛の元なのですが、「だって嫌に決まってるでしょ!」と抑もそれがまやかしなのか・事実であるかどうかさえ疑いもしないので、苦痛の発生するループから抜けることが叶わないという訳ですね。



私はそこそこ若かりし頃から、「自分が目にしている風景は本当に存在するのだろうか」と度々疑問に思っていました。
私が赤と認識している色は、本当に赤なのか?
目の前に居る人は、本当に存在しているのか?
等々。
これらを確かめる術は決して無かったので、その疑問は沈潜していながらも何処かで燻っていました。

その後、長いこと掛けて自分に取り組んだ結果分かったのは、「マインドがそう囁いているだけ」ということでした。
人生で起きる様々なドラマも、全てマインドがそのように作っているだけ。少なくとも真実とは程遠い…。
人間は事実さえ直視し続ければ、或いは妄想へ逸れたとしても現在の事実という場所へ戻って来れば、不幸だ辛いだと何かを呪う必要は無くなるという風に理解しました。



色々な段階の色々な理解がありますが、苦痛から目を覚ます為のツールとしてスピリチュアリティを使ったり、深層心理学を使えれば、とても素晴らしいことだと思います。
今回ご紹介した本も、その一助になれば幸いです。

『ザ・ワーク』ですが、本に書いてある内容のエッセンスが、無料でダウンロード出来るサービスもあります。
どうぞご活用下さいませ。

ザ・ワークのページ⇒The Work of Byron Katie






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Sachi

blog owner:Sachi
潜在意識を活用した、ちょびっとスピリチュアルな総合セラピー、癒しのワークショップ・タロットカードセッションをしているSachiです。
穏やかに楽しく成長出来るよう、入手した情報や、日々の気づき&
発見などをシェアして気ままに更新。
イベント情報も随時掲載中です♪

※記事の内容、情報については一個人の捉え方、考え方に纏わるものが大半です。
絶対的な事実という訳ではありません。
また、私の理解や気付きの段階に応じ、記事の内容にも随時変化がありますことを何卒ご理解下さい。
過去の記事をご覧になってセッションやワークショップにご興味を持たれた方は、最新記事近辺を幾つかご確認下さいませ。


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