resonance

Entries

Date : 2012年11月

◆ Infomation

【works】
★ヒーリングセラピー個人セッション
 都内で対面式の個人セッションを行っています。
 幸せと癒し、学びと気付きを得たい方へ、様々に対応させて頂きます。
 潜在意識を日常へと活用することで、より良い人生へ変えることが可能です。
 随時お受けしておりますので、サイトをご覧下さいませ。

★癒しのワークショップ
 毎月一度、都内で女性向けの体験型ワークショップを開催中です。
 沢山の変化・癒し・浄化・成長・気づきを促すテクニックが山盛りです。
 2017年11月5日・12月17日(全て日曜)
 の開催が現在確定しております。11月は11時~15時、12月は11時~19時です。
 ※11月と12月では開催時間、料金が異なります。
 ※以降の開催は決定次第upして参ります。
 ※それぞれ内容の詳細はサイトをご参照下さい。

ここ2回程の記事をお読み下さった方が、「設定を変えるのか…」ということで、トライされたそうです。
ぞくぞくと(?)集まる実験報告(笑)。





「仕事に行く日なので、『よくやった』という結果にする設定をしました」


とのことでした。
そうしたら、


「今日、何故か仕事量がものすごく多くて…!」




……笑。




でも沢山の仕事が終わった後で、自分に対して「今日はよくやった」って思ったなら、まんま設定通りだったんでしょ?
と言ったら、頷きつつも苦笑されていました。


結果を設定する時の文言は、出来る限りズレの無いように作りましょうという良い事例ですね。
現実的な部分で結果が出た後、「確かにこういう風にも取れるけどさあ…」とガックリするのは嫌だろうということで、是非とも短く・分かりやすく・ズレの無い文言を作成しましょー。



偶々『設定』という書き方をしていますが、他にも結果を決めるとか決断するとか選択するとか、言い方は色々あると思います。
ただ、文言の響きやニュアンスからイメージされるカラーが、無色透明に近いなあということで設定という単語を使っているのですが、選択が好きな人はそれを使えばいいし、決断ならばそれもまた然り。
お好みでご自分に合った言い回しをすれば良いと思いますよ。


現在という地点に立って、いつか来る未来を遠くに眺め「こうなるといいなあ」ということではなく。
現在に在りながら、未来にも在る状態に居ること。
そして、いつかの予定ではなく恰も現在の確定情報であるかのように認識する、というのが比較的分かりやすい考え方かも知れません。


もうちょっと上手い言い回しが見つかったら、また続きをば。




寒っ! 東京は寒いですよー!
まるで冬のようだと思ったりしましたが、もうすぐ12月でした。普通に冬ですよねー(笑)。
皆様、暖かくしてお過ごし下さいませ。



『設定を変える』というのは分かりづらい、と言われるかなーと思ったりしました。
何故なら、過去○○という出来事があったから、それを考えると簡単に変えられるとは思えない…というのが一般的なマインドの持つ理論だからです。

しかしその考え方を使用するとですね、『やった経験のないことは未来永劫決して出来ないし起きない』ということになります。
仮に過去、何らかのトラウマや傷が出来たとして、その傷があるということと、今後の設定を変更することに因果関係など実は存在しないのですが、マインドとしては大いに関係があることにしておきたいので、
「いえ、過去どうだったかと今後どうするかは全然関係ない話なんです」
というのは、俄には信じがたい話だろうと思います。

何故、過去の経験や観念が未来にも関係あることにしておきたいのかと言うと、それのせいにしておけば言い訳が立つ。と、思い込みたい。という理由があります。
平たく言うと「○○だから出来ない」と胸を張って言える(と思っている)、ということですね。
この言い方を使う時というのは、「出来ない」という結論(設定、フォーカス、決断等何でも)が先に確定していて、そこに向かって現実化をどんどん進めている状態になります。


自分や自分の周囲で起きていることに関して、一部或いは全てをそこに関わった他人や自分の手が及ばない何かのせいにしておきたい。
不都合な現実は、自分に原因がある訳ではありません、私は無力なのですーと思い込んでおきたい。
自分と他者を切り離す『分離』の概念が働いている限り、この考え方が現実を作るルールとして有効に機能しているように見えます。

また、因果関係や時間の流れが
過去⇒⇒⇒⇒⇒未来
と言う風に、一方通行であるという考えが強固である場合も、未来は変えられないという前提になります。
「過去こういうことがあったから、こうなってしまった」と過去にその因果のスタートを求めるならば、決して変化を望むことは出来なくなるでしょう。
でも逆に、「過去○○ということがあった」ということと、「今後はこうします」ということの間に結びつきをわざわざ作らなければ、出る結果は過去に引きずられないことになると言えます。




「なるほど、過去に関係なく今後は設定を変えれば良いのか」
という理解を元に、設定を変更するという実験をされた方がいらっしゃいます。
頂いたメールから、以下一部を抜粋して転載させて頂きます。


★☆★


その後、「結果の設定を変えると、その通りになる」ということが分かる出来事がありました。
例えば…

・お金が常に豊かにあって増えていくイメージをし、そうなった時の嬉しい気持ちを感じました。
→仕事が複数入ってきました!!


・ギャラのいい仕事が常に私の所に入ってくるイメージをし、ワクワクした気持ちを感じました。
→頼まれた仕事のギャラを5万円で提示してみたら、お客様がすんなり応じてくださいました(これまではどうしても一定の金額を超えられなかった)。
これまでギャラ交渉に成功したことはあっても、いつも体が苦しい感じがしていての交渉でした。
結果を設定するだけで、こんなにスムーズにいくんだ!! と驚きました。


・仕事をする日に、「今日は周りに喜んでもらえて嬉しかったな」という設定に決めました。
→喜んで下さったと実感できる場面が1日に3回ほどあり、仕事も終始平穏無事に出来ました。



面白いことに、『結果を設定する』ということをやっている1週間の中でも、結果よりプロセスにものすごく執着しようとしているのがわかる瞬間もありました。



・私と同時期に、同じお客様の所で仕事を始めた方がいました。
その人を見て、これまで繰り返して来たような嫉妬や復讐の思考、嫌な気持ちが沸いて来る体感覚がありました。
→なるほど、と思いました。私はいつも必ずと言っていいほど、同じ仕事や友人関係などでライバルのような存在を作ってきました。
そして、その人に勝つ、その人が失敗することで自分が上の立場になればいいと思っていました。
でも自分と他人が全く同じだとすると、「私は私に失敗してほしい、負けてほしい」と常に思いながら仕事をしてきたことになるのか! と気づきました。
このパターンを今後も続けたいのか? と自分に問うと「いらない」ということなので、設定を「私もその人も成功すればいい。皆が成功すればいい!」にしました。
そうすると気持ちが落ち着いてきました。



全て自分でやっているんだ、だから幾らでも変えていくことが出来るんだと思った時、周りにいる人やモノがとても可愛く愛しく思える感覚があり、もしかしたらこれが「みんな同じ」という感覚で、愛に近いのだろうか? と考えたりしました。

穏やかな日々が続くと「退屈」「暇」「物足りない」という思考が出てきました。
なるほど! そうやってパターンのスタートを作り始めていたんだなと思いました。
そうか…退屈だからか! と。


……こうして見ていくと、これまで全て自分で自分の首を絞めるようなことをして、自ら不自由にしてきただけでした。
結果を設定し直すと、絞めていた首は緩んで自由になるらしいぞっ、というのがなんとなく分かってきました。

これまでのパターンを続けてきたメリットは、「安全・安心・安定」という3Kならぬ3Aだということも分かりました。
抜群のメリットです。いつも誰かがなんとかしてくれるし、決まりきったようにジェットコースターのような激しいっぽい(あくまで"っぽい")出来事を引き起こしてきましたし、パターンは決まっているから結果はいつも同じで分かっているし…。
というように、ある意味とても大きな安定感のもとで過ごしてきたということは、安全で安心だったんだろうなと思います。


そのパターンを続けてきた理由はこうです。
→「人生は退屈だから」「生きるのはめんどうだから」「人生はおままごと遊び」「人生は放棄するもの」
「退屈凌ぎの為に、復讐ごっこのパターンを繰り返していれば、いつか死んで終わりになる」
「人生は放棄するものだから、誰かが何とかしてくれるパターンを繰り返してきた」

だから、テレビを眺めるような感覚で、色んな人に様々なことを言わせてやらせて、私は寝そべっておせんべいを食べながら面白がって見ているような状態を続けていたのだと思います。



★☆★


ご報告ありがとうございました。


人それぞれ色々なルートで様々な理解があると思います。
しかし何にせよ、現在自分の身に起きている現実は、全て自分が設定し選択し創り出したものなのだ、という理解をすることで、そこから変化を自らの手で起こすことが可能になります。
望まない現実に気付いた時、「わざわざここに結論を持って来る為に、色々な人やものを動かしたのか」と認めれば、今後はいらないなあという風に取捨選択も出来る。

多分、人のせいにしている間はちょっと難しいですね。
全ての人は自分なのだ、と仮定する所からというのがキモです。
そうでないと、"他人"とプロセスをコントロールして、無理矢理現実をどうのこうのしようとすることになってしまいますからねー。
そうすると恐らく満足は出来ないのです。

設定するのは結果だけ。
プロセスは手放し続けるのがお勧めです。


実験してみて、何らかの結果が出ましたらお知らせ下さいね(笑)。
差し当たっては明日が「楽しかった~」という日にしよう、という設定からしてみては如何でしょう?





理解したことを伝えるのは難しい、と前回書きましたが、今以て難しいなあと考え中です。
出来る限りご理解頂けるような良い言い回しはないものか~と数時間(というか、ここ数日 笑)考えていたのですが、とりあえず現状思いついた内容で書いて参ります。
多分分かりづらいです。すみませぬー。



「そのパターンはやりたくて自分でやっている」
という定義を持ち出すと、"ポジティブな気持ちでやっている"という解釈になりやすいのですが、これを使おうとすると「違います、やりたくありません! 私は嫌なんです!」という反応になりますね。
なので、ポジティブなメリットはありません! ということになると、いつまで経っても「100%自分でやっている」という認識にはなりません。

ですので、
「仮に自分で全部やっているとすると」
「仮に関係者全てが、他人のガワを被った自分だとすると」

という風に仮定しましょう。
お母さんはお母さんではなく、お母さんという着ぐるみを着た自分。
部下は部下という着ぐるみを着て目の前に登場した自分。
…という感じで、主観を変えてみます。


セッションやワークをしている中で、『他人は自分の投影(ゲシュタルト心理学で使われる言葉。他人がどう見えるかは自分をどう思っているかと同じ)』という考え方は、他人はあくまでも他人である…つまり、「私とあなたはそもそも違います」という考え方=分離を引き起こす可能性が高いなあと思うようになりました。

『分離』は、いつまで経っても自分の問題が自分のものだという自覚をさせない、エゴの罠です。
他人は確かに自分の中身の投影です。人物も、出来事も、何一つ例外はありません。
ですが、「これは投影だけどこれは違います」と使い分けしてしまう事例を自分でも他人様でも目にすると、投影は投影で決して間違っていないのに、エゴが上手い具合に事実から目を逸らすように捉え方を微妙に変えるのだなあと思ったんですよね。


私は「仮にこのパターンに登場したあの人やあの人が、自分と完全イコールだとすると」方式で理解が進んだので、という理由で書いているのですが、分かりづらかったらごめんなさい~。



「○○さんが私にこう言って、私に嫌な思いをさせた。○○さんにやめて欲しかった」

というパターンがあるとしましょう。
この文章は、

事実⇒「○○さんが私にこう言った」
思考⇒「嫌な思いをさせられた」
自分のニーズ⇒「やめて欲しかった」


という三つの要素で成り立っています。
これにプラスして、○○さんは何故そういうことを言ったのだと思うか? を付け加えます。
仮に、その理由を

「○○さんが私のことを嫌っているから」

と、思った。
ということだとしましょうか。
大体書いたら、この文章にある"○○さん"という部分を、全て"私"に置き換えます。


「私が私にこう言って、私に嫌な思いをさせた。私にやめて欲しかった。そのパターンを起こした理由は、私が私のことを嫌いだから。」


という文言にした時、出来事の全ては自分で起こしているというスタンスになります。
「自分が嫌い」だと思う為に、他人をわざわざ使ってこういう出来事を起こした、という風になりますね。
一般的には先に何らかの出来事があって、その為に自分はこう思うようになった…のだ、と、思いがちですが、ひっくり返すと逆だったりする可能性が見え始めます。

そうすると、これまでずっと加害者だと思っていた人は実は被害者だった、ということにもなる訳です。
何故なら、自分の観念を証明する為だけに操られていたことになるから、ですね。
これが理解出来ると、ああスミマセンー! となるんですが(笑)。


我々はあらゆる出来事、人、ものに対してこれを使っていると言えます。
私はここ暫くの間、何かを思った瞬間に「ああ、ここにオチを持って来る為に延々前フリしてたんだなー」と口元が笑っている状態です(笑)。

完全に最初から最後まで自分でやっていると認めたならば、そこから選択を変更することが可能になります。
選択の設定を変えてしまえば良い。ただ、それだけ。
そうかーそうだよなーと、今更乍らに深く頷いている次第であります。
これは出来るけど、これは出来ないという風に思うのだとしたら、それもまたエゴが頑張ってお仕事しているという証拠です。


一度選択を変えても、時々エゴは囁いて来るでしょう。
「そんな風にならないよ。だってこれまでこうでああで…」と。
その時どうしたものかと言いますと、距離を空けてから流せばいいんです。
「なーんか言うとるわ」という風に、遠くから眺める視点になって、過ぎ去るまで待てば良いということで。
間違っても、それを無視しようとしたり取っ組み合ってねじ伏せようとしてはいけませんよー。
それこそエゴの思う壺ですから。



どうかそれまでの積み重ねた苦痛や自身を縛るものから、スムーズに自由になれますように。





12月ワークショップにご参加下さる方へのお知らせが、文末にあります。
ご参加になる方は必ずお読み下さいねー。


★☆★


先日気付いたことを元に、これまでの人生のプログラムを回想しているのですが…。
やればやるほど、
「あらー…あーららららー…あーあー…」
みたいな感じの連続でして、常に半笑いです(笑)。
一旦気付いてからその視点で眺めてみると、全部芋蔓で滑稽に思えますからー。
何をあんなに泣いたり怒ったりしていたのやら…と。

それまでも「自分で目にすること、体験することの全ては自らがやっている」ということについての理解が一応あったつもりだったのですが、このほど一気に変わってしまいました。
「……ん? ………あ」と気付いた時に、「ずっと追い求めていた理解はこれのことか…なんだよもぉ~~~」と、ガックリ膝を着きたい気分でした(笑)。
あまりに呆気なく、全くご大層ではなく、フツーな内容過ぎて驚きましたが、理解が深まったと言うと聞こえがいいでしょうか。



その理解を他人様に伝わるように伝えるのは、とても難しいことだなと思います。
現在に至るまで、様々な書籍で繰り返し同じことを読んでいたのに、多くの先達から同じお話を伺っていたのに、ちゃんと理解に至ってはいなかったというのが、何よりの証拠です。

各自が体験上会得するしかないのは何故かと言えば。
それぞれがそれぞれの物差しを使って生きているから、どう伝えても脳に到達した時点でオリジナルの色を付けて変換してしまう訳で。
他人の話を聞く時、本を読む時、ものを観る時の全てに於いて、当たり前に使っている価値観(観念)というフィルターを通して、そのカラーに準えてしまうからです。
そのフィルター、物差しのトリックを潜り抜け、脱ぎ捨てた時に、やっと「あ…」という風に至るのではないかと。



先日伺ったお話に、象徴的だなと思える内容がありました。
「欲しいものを引き寄せるイメージワークをしても、一度や二度それっぽい現象を起こして、『うわ、凄い!』で終わらせて来たんです。その後も続ければ良いのに、やらずに生活して『どうしよう、どうしよう』と困ったフリをしていました」

これは、「やってもちょっとしか変化はないし、本当には変わらないじゃないか」という観念を具象化していた為です。
マインドとしての目的は願望を現実化することではなく、『何をやっても良くならない。他に何かあるんじゃないか』にオチを付ける所と言えます。
自分の中にどんなマインドが渦巻いているかを知るには、現実を観れば良いのです。
そして、それに対してどんな台詞の定型文を持っているか、思い出せば良いのです。

この辺りのトリックに気付くと、自分は人生の被害者で居られなくなります。
エゴは被害者で居ることを大変好みますので、「された、やられた、したくないのになっちゃう、出来ない」等と繰り返す訳ですが、それもマインドが仕組んだお芝居であることが分かると、争いは自分の中で起きているものでしかないと理解出来ます。




気付きはとても簡単なことなのですが、気付いたからと言って以前のエゴが消えた訳ではないので、日々色々と囁いて来るんですよねー。
ま、その辺りもハイハイと流しつつ、あくまで「うくく…」と半笑いで(笑)。
これまでにプログラムして来た設定を掘り起こして、変更するという作業を延々続けている所です。
あまりにも呆気ない絡繰りだったので、これまで気付かなかったことに凄くガックリしたはしたんですが、この辺りでどうにか気付くように自分で仕込みをしていたのかも知れないしなーと思うことにしました(笑)。

本当に、何一つ自分でやっていないことはないわーと思います。
暫くは自分のやっていた内容をおさらいして、小さく笑うことが続くんじゃないかなと予想中。
ついでに設定変更に勤しみまするー。






★12月ワークショップご参加の方へお知らせ★

今回は各自持ち物がありますので、お忘れ無きようお願い致します。

・色紙(しきし)×2枚
・筆ペン1本


また、2月ワークショップ開催時に行いました、『色紙に筆ペンで書いたもの』をまだ取ってある方はご持参下さい。


食事会にご参加される方へ。
予算は6,000円で飲み放題付きです。
ワークショップ参加費とは別にご用意頂き、食事会の会場で徴収致します。

以上、ご質問等おありの方はご遠慮なくメール下さいませ。
どうぞ宜しくお願い致します。






昨日の記事がupされるまでに、暫しの間が空いてしまいました。
それによって、一部界隈では「blog更新されへんけど、あの人大丈夫なんか?」な物議を醸していた様子。
……って、スミマセン! めっちゃ大丈夫な上にすんげー元気なんですぅー!!(笑)

こうして気にして下さる方がいらっしゃるということは、とてもとても有り難いです。
あとご心配をお掛けしまして本当にごめんなさい(笑)。



少しの間ではありましたが、自分の中に籠もって瞑想したり、人生おさらいしたりという作業をいつもより多めにやっていたんです。
お陰様で「あ…あらー? ちょっとー?」と気付いたこともあり、気付きの末に出て来た笑いで、どーでもいーことは吹っ飛んじゃいました。

更に三日ほど掛けて気付きがちょこちょこ断続的に起こったことで「うくく…!」と笑い続けており、特にニヤニヤしながらのウォーキング中はとても怪しい人だったと思われます(笑)。
「長い間、延々面白いことやってたんだなー自分」って感じでした。ハイ。



さて。
先日行われた11月度のワークショップ以降、ちょこちょこ見え隠れしている話です。
「『こうなったら嫌だなあ』『どうしてああならないんだろう』というのは前フリである」説。
なにそれ。お笑いですか。って話ですが、まあ似たようなもんですよ(笑)。


『こうなったら嫌だなあ』⇒恐らくそうなります。
『どうしてああならないんだろう』⇒うん、それはなれないと思われます。


いつも書いていますが、何故ならばフォーカスしている箇所がそこだからです。
そこに執着しているとも言えるし、フォーカスしているとも言えるし、そうなるよう願っているとも言えます。
なので、それが嫌ならば完全なるシフトチェンジを推奨なのです。

ぐるぐる回っている一連のサークルから完全に抜け出るには、連続した横方向への移動ではなく、垂直にスコーンと抜けることが重要なのです。
ルート自体を移動するべきだとも言えます。
次元移動とか、価値観を移動とか、世界を移動とか、表現するなら色々ありますが、文章だと分かりづらいですね。



ところで、この"前フリ"ですが。
前フリって書くと、突然響きがカジュアルになるので、結構使えるかもーと思いまして(笑)。
「ダメな所にフォーカスしてるから、それを変えた方がいいよ」
だと、そうは言ってもやめられないのー! それでやめられたら苦労はしないよ! というケースが散見されるのですが、
「その前フリしない方がええんちゃう?」
になると、あーら不思議。同じ内容が突然ギャグレベルに(笑)。
その方が、笑って力が抜けた序でに手放すことが結構楽かも知れません。

眉間に皺を寄せて、笑い事じゃないんです! ふざけないでよ!! と言いたいことも多々あるでしょう。
でも、笑った時に抜ける力を使って、その問題をギュウギュウに握り締めている手を緩めたら、実は大したことなかった…のかも知れません。
要するに、先ずは問題だ問題だとそこにしがみついている状態を解除すれば良い訳で、解除出来るなら手段なぞ最早何でも良いということです。


手が緩んだら、次なる前フリを設定します(今回はあくまでお笑い路線を崩さない方向で 笑)。
これまでのサイクルとは全く関係のない、新たな目的ですね。
「仮にあーなったらどういう感じがするだろうなー。楽しみだなー」と。

あとは楽しんでその時を待てば良いのですが、途中でプロセス(現象の形)を指定し始めたらそれは執着のサインですから、その都度「そうならない前フリ」だということに気付いて、笑った序でに手放せば良いと思われます。
……何にせよ、文章にすると非常に分かりづらい内容ですね(笑)。


とりあえず、現状に対してぎゅーっとしがみついているその手を放す方法が分かると、とっても簡単なのだと思いますよ、というお話です。
問題と取っ組み合っているのもアリだと思いますが、もし可能ならば楽に力が抜けますように。





勝手にシリーズ化(笑)、『カツオ先生のお花教室』第三回! で、ございます。


お花楽しいですー! 何も言われないので、黙々と集中出来て非常に楽しい…(笑)。
今回は複数の初体験な生徒さん(仮)達と、ご一緒させて頂きました。



おてほん

カツオ先生の"投げ入れ"を使ったお手本が、左の作品です。
ビシッとしていてカッコイイですね!



制作中は、皆さんと「お花は奥が深いよねえ~」「難しいよ」等とお喋りしながらでした。
活ける前のスタートから、制作中のプロセス、完成後に至るまでの全てにその人の個性が現れているので、本当に面白いなあと思いながらの活動でした。

私が皆さんから言われたのは、
「活けるスピードが半端なく速いですね」
「全く迷いが無いですね」

でした(笑)。

今回はお気楽に鼻歌を歌いながら活けていたのですが、やっぱり集中力は使うのでお腹は減るなーと…。
そういえば、以前より活けるスピードが更に上がっている気がしました(笑)。





D



R



J



J



A



L



R



X




次回も楽しみです!
カツオセンセー、ご一緒頂いた皆さん、ありがとうございました~。



11月も中旬に入りまして、冬が近づいていますね。
寒さを少しずつ感じるようになりましたが、日中はまだまだ暖かい日が続きます。
寒暖の差に気を付けながら、良い状態で冬を迎えられますように。


さて、明日の朝に新月がやって来ます。


11月13日 07:08~新月スタートです!



新月タイムがスタートしてから、8時間以内に(最長24時間以内に)願いを紙に書き出すというやり方が、近年願望達成の手段として流行っています。
詳しくはこちらの本と、blog内新月カテゴリの記事をご参照下さい♪



[魂の願い]新月のソウルメイキング[魂の願い]新月のソウルメイキング
(2003/11/21)
ジャン・スピラー

商品詳細を見る




初期段階では、物質的欲望等について書き出す人が多いようです。
あれが欲しい、何処へ行きたい、誰に会いたい等々…。
これはこれでOKだと思いますが、自己成長を試みている方々の中には『○○のテーマが解消出来るように』というような内容を細分化して書いたりもするようです。

人生のパターンを創り出しているのは全て潜在意識の観念ですから、こちらのプログラムをどんどん変えて行く方が、実際その後の人生が楽であるというのはハッキリしています。
でもそれをやらねばならないという訳でもないので(笑)、新月に書く内容はぶっちゃけ何でも良いのですが。


願望が叶った後で、実際はどう思うかな? とか、何を感じるのかな?
ということをちょっとイメージしながら書き出してみると、より具体的に分かりやすくなると思います。
自分がそれを本当に望んでいるのか、望んでいるのだとしたらどのような理由からなのか。
それによって何を得たいのか、何を見たくないのか等々、様々なことが隠れていると思います。

自己を知る機会として、是非とも新月を活用して行きたいなーと私は思っています。
ですので、今年書いてストックしてあるものを読み返しつつ、自分の辿った道等を再確認してから11月の新月を書きたいと思います。
一体何を書いていたのだろう(笑)。



ではでは皆様、良い新月をお迎え下さいませ。




昨日、11月11日は11月度のワークショップ開催日でした。
ご参加頂きました皆様、ありがとうございました!

まず、2013年2月ワークショップのスケジュールが確定しましたので、既に決定しているスケジュールと併せてお知らせ致しますね~。

★2012年12月度
2012年12月9日(日曜)
11:00~19:00

★2013年1月度
2013年1月13日(日曜)
11:00~14:00

★2013年2月度
2013年2月10日(日曜)
11:00~14:00



詳しくはホームページをご覧下さいませ♪
※12月開催分のみ、通常開催と時間・料金等が異なります。


★★★


昨日のワークショップでは、

「今、持っている問題・課題が解消されないまま人生が進んで行くとしたら、どうなってしまうと思っているか?」

という質問が出ました。
これについては、それぞれが現在取り組んでいる特定のテーマを挙げて頂いた上で、それについてのコメントをして貰いました。
皆さん各自「これを解消したい、したい! しなければ!」と、目下様々なテーマに沿って内観等をやっている訳ですが、解消出来ずにこのまま行くとダメになる、だからやらなきゃ…と思っているかと言えば、そういう方は案外おらず(笑)。


この課題を抱えたまま生きて行くと、人生の最期にこう思うのではないか? という視点で予想を立てた所、

「よっしゃ、責任取らずに逃げ切った!」
「次はもっと上手く演じなきゃ」
「疲れた」
「つまんなかったなー」

等のコメントがありました。
抱えているテーマや視点はそれぞれですので、コメントも各自違います。


「このテーマを解消すれば、生き方がもっとラクになるんじゃないか」「幸せになれるんじゃないか」という仮初めの目的を使い、マインドが『解消しようとするポーズを取る為に、"このまま行くとダメになるぞ"という動機を上辺で設定』していたという人が、割合多かったと思います。

しかしフェイクはあくまでもフェイクです。
フェイクの動機をペロッと引っ剥がすと、危機感や成長への欲求等は特に見当たらず、『解消しようとするポーズを取り続ける』為の言動でしかなかったことが判明する場合があるという訳です。
非常に厳しい現実かも知れませんが、エゴは変化を避ける為ならどのような手段でも使います。
自ら怪我をしたり、周囲を巻き込んで事件を起こしたり、恰も不可抗力であるかのような問題を作って目を逸らしたり…。


変化しているかどうかは現実を見れば明らかなことで、解消しようとしてもしようとしても、気付けばいつものやり方を繰り返しているのなら、解消には至っていないということですね。
他人の批判を止められない、人生の全てに対して責任を取りたくない、周りが思い通りになってくれないと嫌だ、等々。
これらのパターンを変更出来ない理由はいつでもハッキリしていて、"それによって多大な利益を得ている(と思っている)から"です。

利益という言葉にピンと来ない人も居るでしょうが、痛みや辛さでさえもメリットと捉えている場合があることを明記しておきます。
これらに関しても、当然のことながら裏側に「○○だから」という、それを得たい理由・動機が潜んでいます。
ケースとしてはやや話が逸れますが、精神疾患とされている虚偽性障害のミュンヒハウゼン症候群(知りたい人は検索しましょう♪)等にも、これに似たような部分が見受けられます。
自分を痛めつけたりする動機は様々ですが、そこまでしてでも手に入れたいメリットがあるということです。




嫌だから変えたいとか、直ぐに結果を出したいとか、一見してそれらしいコメントがよく出て来るのですが。
これを紐解くと「嫌だと言っているのに、どうしてそれを繰り返すのか」ということになります。
やっているならば表層では何と言おうとも、実はメリットの方が勝っているという、至極簡単な内容です。
また、直ぐに結果が欲しいというのは、嫌だと言い続けることと同じで、「全容を見たくない、直視したくない」ということになります。
全てを理解したら、変化する可能性が出て来てしまいますからね。

つまり、この二つを言い続けている間というのは、『やっぱり変えたくな~い』が隠れている可能性を疑うべきなのです。
でもそれを表立って言ってしまうと、他人様からの心証が悪くなるので、誰からも(自分からも)イイ人だと思われたいエゴとしては一所懸命生きているというポーズを取る為に「嫌なんです、直ぐに変わりたいんです」と言う、と。


セッションやワークショップを成長の為にリピートして下さる方々には、繰り返し繰り返し『そのメリットとデメリットを探す』ということをお伝えしています。
もしも変化や変容を望むのであれば、それは健全な動機なのか、逃避の為なのか。
ここをはっきりさせるだけでも、相当な手間が省けます。

是非、箇条書きにしてみることをお勧めします。
この作業が生産的な結果を生むかどうかは、『自分に対して何処までシビアになりきれるか』がポイントです。
自分を誤魔化さずに、正直に正直に書いて行きましょう。
自分はこんなことを考えていたのか…ということが掘り出せて、なかなか面白い作業になると思いますよー(笑)。
充分に掘り尽くしたら、次は「じゃあどうしたいのかな?」という所へ向かいますが、まずは掘る所からなのでこちらはまた何れ。






自己成長の途は、内観が進まない・抵抗している状態と常に隣り合わせです。
ちょっと「分かった!」と思ったら、あっという間に壁に直面し、遅々として進まない…なんてことは普通にあります。

「なんで分からないんだろう」「どうして出来ないんだろう」
のループに填っている時というのは、力ずくでその状況をコントロールしようとしています。
これは言い換えれば、抵抗している状態に対して抵抗しているとも言えます。




人間の潜在意識の中には、無数に分裂した人格が存在します。
その中のとある部分を指して、例えばインナーチャイルドと呼んだり、過去世の人格と呼んだりすることもあるという訳です。

その中には、「変えたい、進みたい!」と言っている人格もあれば、「絶対に嫌だ~! このままがいい~!」と踏ん張っている人格も居ます。
これらのパワーバランスが拮抗している状態を、総じて"抵抗"と呼びます。



抵抗に抵抗している状態とは何かと言えば、「嫌です!」と言っている人格を無視することです。
集団の中で多数決を取る時に、少ない方を完全無視するようなものです。
抵抗している側にも意見や理由はあって、もしかすると声を聞いて欲しいのかも知れません。
無かったことにして押し潰されようものなら、それこそ必死で"抵抗"するんじゃないでしょうか(笑)。

これを自分の中でやっている場合、恐らく現実世界でも同じことをしています。
表面上好ましくないと思える人や意見に、自分の中のこの部分を投影して、無視するという訳ですね。



嫌だと言う側の意見が、変化しなくていい・現行のメリットです。
変化したい側の意見が、これまでに代わる新しい生き方のメリット。
それぞれ主張があるでしょうから、それぞれの意見があるのだなということを認めて、耳を傾ければ良いのではないかと思います。

一度で出来なくても、じっと観察しつつトライしてみると、何れは変化が見られるかも知れません。
「今日は変化したくないらしい」と思ったら、何故かをちょっと観察してみる。
それぞれ理由が出て来たら、変化をするかどうか再度確認してみて、それでもノーと言うようであれば「分かりました」と、一旦手放す。


ここで「分かったから変わろうよ! もういいでしょ? ほらほら!」とやってしまうと、コントロールが発生して事態に執着することになりますから、抵抗している方にパワーが付いてしまい、益々変化は難しくなります。
ですので、その都度認めて手を放すことです。

手放すというのは、簡単なようで難しい技術かも知れません。
ぐるぐると同じことを考えている時には、決して出来ないことです。
だから、先ずは現状を詳細に把握することからやって行き、自分がその瞬間どうしたいかを問いかけてみて、小さな選択をして行くということの繰り返しをします。

多少の時間は掛かれども、その中で段々と力が抜けて手放せるかも知れません。
完全に認めてしまうと、良いも悪いも無く単純に「そうなのか」と納得する所へ行きますから、抵抗も鳴りを潜めます。
そこで初めて「じゃあどうしようかなー」という所に立てるという話です。




色々な局面でスムーズに進む時と、そうでない時の違いが見えて戸惑うかも知れませんが、基本的にはシンプルな構造をしています。
もどかしい時というのは、何かを直視していない時。
これは、どの成長段階であっても共通していることでしょう。

もどかしい、じれったい! と思うことさえ隠蔽してしまう場合もありますので、これが分かるだけでも多少は素直なのだと私は思いますが(笑)。
思考のループに填ったり、気付いて抜けたりしながら、それぞれがちょっとずつ成長して行きます。
ジャッジを挟まず、出来る限り素直にその時の自分を受け止められるといいですね。



先日面白い会話があったので、ちょっと書いておきます。




結婚したいと思っているのに、それらしきチャンスがやって来ない。
結婚相談所に入っても、ピンと来ない。
抑も恋愛に興味が湧かない。
でも結婚はしたい。
とは言うものの、現状を見れば全くその気配は無い。

何故かと言うと、「結婚に失敗することを怖れている」からではないか? というのが妥当な線ですよね…。
という話がありました。








失敗を怖れるのなら、逆を取れば良い訳で。
『結婚で絶対に失敗しない唯一の方法』があるとしたら、それは何でしょうか。






幾人かにこの問いを投げ掛けてみましたが、それぞれ答えはまちまちでした。
「歩み寄る」
「理解する」
等の意見が挙がりましたが、それをやったとしても『絶対』とは言い切れません。






『絶対に失敗しない方法』についての正解は、実はたった一つだけ存在します。
















それは、『結婚しないこと』です。













結婚してから○○する、努力する…というようなことではありません。
先ず前提が違うのです。
そしてこれが唯一の正解です。

この答えを出せる方というのは、実はそれを解っていてやっていると言えます。
答えを知っているということなのですからね。


『失敗』の定義は人に依って様々でしょうが、全ての可能性を回避するならこれしかありません。
そしてこれは、あらゆることに当て嵌まります。
仕事も、人間関係も、全てです。
失敗をしたくないなら、最初から手を出さない。それが一番なのです。

この方法は、一つの選択と言えます。
何も間違っていないし、咎められる必要もありません。
但し、結果は出ます。何らかの形で。



何を怖れてそれを選択しないのか。
もしそれを選択し、現実のものになったとして、最も避けたい出来事とは何なのか。
そういったことを具体的にピックアップして行くと、自分が見ないようにしていた何かが浮かび上がるでしょう。

それを直視することで、ひょっとすると別の選択肢が現れるかも知れません。
新しい何かを選ぶも、これまで通りを続けるも、勿論個人の自由です。


何から目を背けているのか知ることも、私としては興味深い作業だと思います。
でも、大概は嫌なものだろうというのも知っています(笑)。
だから、どっちでも良いと思いますよ。うん。

この質問、あちこちでしてみると面白いと思います。
それぞれの回答も個性や思考の現れです。
聞いて回るだけでも、単純に楽しいでしょうね(笑)。






私事で大変に恐縮ですが、昨日は私の誕生日でした。

有志の方々が、昨年に引き続き誕生会を企画して下さいました。
皆さんご多忙なのに、ご都合付けわざわざ渋谷までお集まり下さったんです。
本当に頭が下がります。有り難いお話です。



とある高層階のお店でお食事になりました。
丁度集まった頃の時間帯が富士山を望めるということで、部屋の窓から一枚撮影したのですが…イマイチ不明瞭(笑)。



富士山



でもとても美しい夕焼けと富士山でした。
思わず拝んでしまいそうになるような美しさで、流石は霊峰・富士。


お店のお食事も大変美味しく、頂いた沢山のプレゼントも心づくしが感じられて、有り難い気持ちで一杯です。
色々とお忙しい中を企画・準備して下さった皆さんの幸せを願いながら、帰途に就きました。
また当日は、沢山の方々から御祝いのメールやメッセージを頂戴しまして、こちらも有り難く嬉しい気持ちになりました。
皆さん、本当にありがとうございます!

例年思うのですが、生きて誕生日を迎えることが出来るというのは、本当に凄いことです。
年を重ねるということは、自分一人で生きているのではなく、気付こうと気付くまいと、常に多くの方々のお陰でここまで来ているということの証明です。
周囲の皆さんによって生かされていることを、改めて理解する日でもあるなあと私は思います。



有り難さに報いる為にも、今後更に精進を重ね、より良いサポートが出来るように毎日を送ろうと思っております。
今後ともどうぞ宜しくお願い致します!





似たような状況で似たような内容に直面している方々から、ほぼ似たような内容のご報告を頂くことがよくあります。
今回は、ご報告下さった皆さんの内面で起きている『葛藤』についてお話ししましょう。



変化しようかな~…ともぞもぞしている時に、その内面の葛藤が外の世界に映し出されるということがよくあります。
これは、世界各地の神話や民間伝承、寓話等によく見られるモチーフでもあります。

「見るな」と言われてるのに、ついつい見ちゃうとか。
修行の完成間近にして、悪魔が誘惑にやって来るとか。
振り返ってはいけないと約束したのに、ゴール直前に気が抜けて振り返ったら水の泡とか。


こういう話、よくありますね。
これらは成長や進歩をする時に必ず発生する、エゴとの葛藤を表しています。


自ら限界を超えて進もうとする時、それまでと違う路線に変更しようとする時、積み上げて来た観念(過去の自分)が、それを妨害して戻ろう・戻そうとします。
「前の方がいいじゃないか」「充分出来てるよ」「だからこの辺りで止まったら?」
と、自分の中で日和るだけでなく、時に他人の口を通してそんなことを言わせることもあります。
これらのメタファーが、神話に於ける蛇とか悪魔とか、はたまた振り返りたい・ダメだと分かっていても覗きたい衝動です。

また悟りを目指して修行を続ける仏陀や、妻を連れて冥界を脱出しようとする夫らは、変化を促す意欲の暗喩として描写されています。
これ程までに、古今東西語り継がれた物語が共通しているということは、集合無意識レベルでインプットされた人類共通のパターンが確実にあるということでしょう。


我々は菩提樹の下で悟りを目指し瞑想を続ける仏陀であり、それを妨害せんと誘惑をする悪魔でもあります。
片方だけの要素で出来ているという人間は、皆無です。
完全な悪人は決して存在し得ないように、完全な善人など何処にも居ません。
エゴとしてはまるでそうであるように演出し、振る舞い続けますが、そんな人が居る訳がないのです。

全ての出来事は自分の中にある分裂した自己の現れであり、投影です。
抱えている痛みや怖れから逃れる為、また変化を望んだ時に表面化するであろうそれらから目を背け続ける為に、外の世界を使って目を逸らすのです。


目に映るものの全てが自分であるなど、エゴにしてみれば決して認めたくない所です。
「私は違います」「関係ない」「絶対にそうはならない」と、実はそうであることを何処かで認識しておきながらも直視せずに居ることで、どうにかアイデンティティを保てると思い込んでいます。
認めてしまったら世界が壊れてしまうという怖れと、ものを見る時の基準を自分の意思で作り直さねばならなくなる(=結果を引き受けなければならない)のなら、今既に使えるものを使った方が良いということで。

この状態をを指して、『知らない天国より知ってる地獄の方がマシ』と、嘗て読んだ本に書いてありましたが、今もって珠玉の名言だなあと思います(笑)。
本当は嫌で変えたいんだけど、でも○○だから(分からないとか外因的な要素があってとか諸々)出来ないの。
という定型文を使っている時は、上記の『知ってる地獄の方がマシ』が勝っているということです。


ここに関して言えば、絡繰りは非常に単純な話です。
「どうして変われないんだろう」でグルグル回って思考停止しているだけのことでして。
どうして変われないの、どうしてどうして……分からない、分からない……終わり。
ああ、私はこういう所がある……またこういうことをやってる……終わり。
完。です(笑)。

いつまで経っても「どうしたらあの結果へ行けるだろう」「あの結果がある所へ行こう」へとフォーカスする箇所を変えないので、いつも通り悩んだフリをしたり、それによって"私はやっています"という演出が出来るという、いつも通りの手を使っているだけ…ということですね。
思考の型が決まっていて、何時も通りの定型文を使い、何時も通りの結果に落ち着いて一つのループが終わる。
これを繰り返している限りは、変化など望むべくもありません。


じゃあ違うやり方や違う決断をしよう。
という方向へ目を向けた時、即座に潜在意識下での葛藤が始まります。
恰も周囲の世界がそれを止めんとしているかのように見える現象を起こし、そうでないとしてもそのように解釈し、「だからやっぱりこのままでいいってことなんだ」「今は出来ないなー」と無理矢理納得させて終わる。
これはこれでループ完成です。

そこを抜けて、たった今の自分が望む決断をし続けること、選択をし続けること。
その都度現れる前進と抵抗の葛藤を、己の中の一部として完全に認めること。
それに惑わされず、目的を忘れずに居れば、いつか必ず変化することが出来るのだと思います。


変化に対する意欲のある皆さんが、自ら作り上げたループに気付き、その輪を抜けられるといいなあ…と思いながら、頂いたメールを読んでいました。
結果を見据えて挑戦をやめなければ、必ず抜けられます。
あそこへ行くという決断をし続けて、行動をし続ければ必ずです。
だから大丈夫なんです。

がんばりましょーねー♪



プロフィール

Sachi

blog owner:Sachi
潜在意識を活用した、ちょびっとスピリチュアルな総合セラピー、癒しのワークショップ・タロットカードセッションをしているSachiです。
穏やかに楽しく成長出来るよう、入手した情報や、日々の気づき&
発見などをシェアして気ままに更新。
イベント情報も随時掲載中です♪

※記事の内容、情報については一個人の捉え方、考え方に纏わるものが大半です。
絶対的な事実という訳ではありません。
また、私の理解や気付きの段階に応じ、記事の内容にも随時変化がありますことを何卒ご理解下さい。
過去の記事をご覧になってセッションやワークショップにご興味を持たれた方は、最新記事近辺を幾つかご確認下さいませ。


旧blogタイトルは『気づきのステップ』。


■カウンセリング&ヒーリング&セラピーを総合した個人セッション、月に一度のワークショップ、またタロットカードセッションをご希望の方はサイトをご覧下さい♪


やや細かいプロフィール



I love you.

メール

名前:
メールアドレス:
件名:
本文:

recommend

マインドの変化を促すことで幸福体験をしたい方に♪



●心静かな時間を作り、暗示や瞑想に活用




●毎日コツコツ自分を浄化






●根本的に取り組みたい人は






●でも『コース』は難解だ…という人は




ブログ内検索

月別アーカイブ

Copyright © Sachi