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Date : 2012年06月

◆ Infomation

【works】
★ヒーリングセラピー個人セッション
 都内で対面式の個人セッションを行っています。
 幸せと癒し、学びと気付きを得たい方へ、様々に対応させて頂きます。
 潜在意識を日常へと活用することで、より良い人生へ変えることが可能です。
 随時お受けしておりますので、サイトをご覧下さいませ。

★癒しのワークショップ
 毎月一度、都内で女性向けの体験型ワークショップを開催中です。
 沢山の変化・癒し・浄化・成長・気づきを促すテクニックが山盛りです。
 2017年8月13日・9月3日・10月8日(全て日曜)
 の開催が現在確定しております。全て11時~15時です。
 ※以降の開催は決定次第upして参ります。
 ※それぞれ内容の詳細はサイトをご参照下さい。

昨日の記事をupした後、メールを頂戴しました。
一部抜粋して掲載させて頂きます。


────


昨日のブログ記事を拝見して、大きく頷きました。
月美まりえ先生のブログも読み、再度頷きました。

どう見ても、自分を含めた殆どの人達は恵まれています。豊かです。
お金も仕事もあるし、寝る所もあるしご飯も贅沢に食べられるし、外食だってしてるし、毎日どんだけ満たされた環境で暮らしてんねん!
と思います。

それなのに、ただ他人のせいにしたい、自分ではやりたくない、面倒だ、嫌なことは見たくない、もっとちょうだい、もっと欲しいの…というだけで、これまで不満をタラタラ述べてきました。

「そういう部分をスピリチュアルが解決してくれるんでしょ?」
「こういう不満が無くならないのは、ひょっとしてどこかにトラウマがあるからかも…」
という考えでいました。


違う、まったく違う。




「自分の身の丈に合った物差しを使う」
「自分が心底満足できる生き方や物差しは何かな?」

を意識しながら生活していきます。



────


メールありがとうございました。
前回私が書いた内容を、端的に表していらっしゃると思います。


お客様の主訴をご希望の通りに手を付けたとしても、逆にその問題が助長されてしまう場合。
例えばクライアントとセラピストの間にある程度以上の信頼関係があれば、またクライアントに心理的な知識やスピリチュアリズムの知識・経験が豊富な方であれば、いきなりど真ん中を突くことも出来ます。
これが本当にラクになる為の最短距離と言えましょうか。

しかし、色々なタイプの方がいらっしゃる都合上、そういう風にお話し出来るばかりではありません。
そこまで行き着くには長い時間が必要だったり、クライアントさんのガードが緩むまで根気強く粘る必要性があります。
自覚して頂くまでにかなりの時間が掛かるということです。


そうすると、クライアントさん的には

「ニーズを満たしてくれない」
「私のことを解ってくれない」
「望んだ結果を出してくれない」

ということになってしまい、早晩ニーズを満たしてくれる別の人を捜し、結果が出る前に流れてしまう…という可能性が非常に高いと言えましょう。
それを繰り返すことで、スピリチュアルジプシーと言われるような状態になってしまう方も、よく見掛けます。

こういう時、私の場合は自身の力不足を痛感し大変申し訳なく思うのですが、様々なケースに一定以上のレベルで対応出来るには、それなりに長い道程があることを理解しています。
それでも出来る限り対応して差し上げたい気持ちではおりますので、日々出来る限り自分の中で学ぶ姿勢を持ち続けているということです。
そうしないと、もうどうにもならないんですものー(笑)。



人の意識について取り組むというのは、非常に難しい内容であることを常々思いながら、こういう記事を書いたりお話ししたりということを繰り返して今に至る次第です。
そういう訳で、お一人お一人のタイプや思考や生育背景等を見極めて、出来うる限りの力を尽くしたいと思っております。







「本当の私、素の私になったら、嫌なことが無くなる(嫌だと感じることが消える)筈だ」
「本当に好きなものを見付ければ、何もかも解消する筈だから凄く好きなこと(一般的に多いのはライフワーク・天職)を見付けなければ」
「一つの欠けも無い状態で自信を付ければ(自信が無いという部分を潰せば)、最高の状態になれる筈だ」

という思考をお持ちの方が近年非常に多く見られます。
いや、本当に凄く多いんです。しつこいようですが、本当に(笑)。


ラク夢の月美まりえ先生が書かれている記事(6月25日分)に奇しくもそういったケースについての記述がありますが、丁度ここ数日間特に考え込んでいて今日辺り纏めてblogに書こうかなあと思っていた内容でしたので、ドンピシャなシンクロぶりに笑ってしまいました(笑)。

という訳で謹んでリンクを貼らせて頂きます。ありがとうございます!
是非リンク先での記事を熟読して下さいませ。
ソウルメイト等についても大変に造詣の深い方ですので、参考になる方もいらっしゃると思いますよ。



さて。
本人が希望するトラウマ(メンタルブロック)の解消に励むことが、逆に社会不適応やストレスを助長してしまう場合がある。
というのは、私の個人的な主観で言いましても、20年程前ですとそれ程多くは見られない事例だったように思います。
こういうケースに関しては、セラピスト側も言われた通りに手を付けるのではなく、結果を出す為には本当の対応を考えねばならない…ということになります。

上記に挙げたようなことが都合良く行かないことを、本人的には「自信が無い」ということにしてしまったり、「自分が嫌い」ということにしてしまったりという場合、そして"それらが問題でなければ困るからこれに取り組みます、これが解消されない限り私は幸せになれないの!"と頑なにしがみついている場合。
正直申しまして、「うーん、困り申しました…」と言う羽目になります(笑)。


本当にブロックがあって、それが人生の邪魔をしているのか。
或いは、「そういうことにしておきたい」だけなのか。
お客様ご自身の主訴と事実が噛み合っているのか、またはいないのか。
この辺りをキッチリ見極めないと、本当の意味での効果を上げることが出来ないと言う訳です。
下手をすると、エゴが肥大化するだけで悪化の一途を辿る…ということにもなりかねません。

ところでこれをどうやって見分けているかは、複数の手段に依ります。
長年の経験と蓄積、波動の変化や言葉の使い方、対面の場合は視線や身振り手振りなどのジェスチャーまでを見ることになります。
当然のことながらセラピストは自分自身を見つめ続け、自分よりもレベルの高い方に師事し、研鑽を積み続けることが何よりも大切です。
自分が解ればその部分に関しては他人のことも解るようになりますし、深く理解を重ねることで全く同じケースでなくともある程度の応用は利くでしょう。



最近ワークショップやセッションでお話しする機会が増えていることですが、やはり現代日本で生まれ育った我々は基本的にとても恵まれていて、抑も食べるものに困ったり住む場所が無かったりという人があまり見受けられません。
そうすると、あって当たり前。貰って当たり前。手に入れて当たり前。という思考が個人のみならず集団意識の土台になりますので、もっと欲しい、もっと幸せになりたいという上昇志向が平均的に強くなります。そしてそれが当たり前になります。

既にあるものには決して満足出来ない。そこは見ない。もっと欲しい。
今ある(と思い込んでいる不都合という名の)問題を全て解消していないから幸せになれないのだ。
等々、色々な観念が人生を支配することになるでしょう。
例え一定以上のラインで裕福な方でも、「そんなことないです、いつも困ってます!」「まあ、無いとは言いませんけど。でも沢山ある訳じゃ…」と言うことになってしまう。
いや、だからあるってば! "豊か"の基準どんだけ高いねん! みたいな(笑)。


「こういう思考はね、ある程度以上の恵まれた生活が当たり前だったからなんです。持ってるものを数え上げるより、無いものを探す方が速い…っていう位には沢山持ってるから。皆さんとても恵まれていらっしゃいます。……って言うと不満だろうけどー(笑)」
という風に私からお話しする機会が最近本当に多くあります。
これはもう個人レベルの話ではなくて、世相だと思っています。
戦後の高度成長期を経て、バブル経済やそれの崩壊を経ても尚、物質的に豊かであり続けている現代日本の民族的意識と言って差し支えない気すらしています。

実際真の意味で満足する日が来るのかどうかは、その人の人生を測る秤や物差しに依ります。
とても辛いことを「幸せですからこのままでいいんです!」と自分を誤魔化すのもかなりどうかと思いますが(笑)、逆にとても恵まれていることを決して認めることなく「私は不幸だ」「満足出来ない」と言い続けるのも、なかなかどうして大変なことですよ。
その観念のままでは、絶対に満足出来ないのですから。



自分が心底満足出来る生き方や物差しは何かな?
と、ちょっとだけでも意識を向けてみたりすると、意外な所で意外な発見があるかも知れません。
時間は掛かる可能性がありますが、それはそれで面白くも楽しい旅路になるのではないかと思います。






神楽坂に行くと、時折『ジェラテリア テオブロマ』へ立ち寄ります。

その場でフルーツとジェラートをミックスしてくれるというジェラートが売りですが、チョコレートやケーキも沢山陳列されています。
ダークブラウンの内装なんかを見ますと、どちらかと言えばチョコ屋さんではなかろうかと(ネットで見たら、やっぱり元はチョコ屋さんみたいです)。


シュー



アイスティー(アールグレイ)とシュー ア ラ クレームを注文しました。
まん丸のシューが可愛いフォルムです。
クリームぎゅうぎゅうで、甘過ぎなくて美味しかったです!

ドリンクを注文すると、お茶請け的なプチサイズのお菓子が付いて来ます。
接客も丁寧で、こぢんまりした店内は落ち着いた雰囲気。ホッとしました。

最近身体の都合であまり洋菓子を食べないようにしていたのですが、大分ラクになって来たのでサプリメントと共にちょっとずつ解禁して行こうかなーと。
しかし調子に乗ると痛い目を見るので、慎重に~慎重に~(笑)。



自分の中の深い所を見る作業はまだ続いているので、うーうー唸り続けていると流石に息切れを感じる時があります。
こういう作業の狭間というのは、ちょっと自分に優しくしてみたくなります。
沢山美味しいお店がある日本に住んでいて良かったなーと。
右も左も美味しいお店だらけですもんね。本当に有り難いことです。

そしてまた、己の深~い所で発酵している何かを探る旅に出るのでございます(笑)。





まだまだ新月ですよー。
何度でも読み直して、しっくり来る内容を書いて下さいねー。




さてさてイメージワークをする時、『そうなった時の気持ち(感情)を体験する』ことが大変重要です。
でも、「ああなって、こうなってそれからこうなって」というプロセスをイメージすると、思考がそこに縛られて目的と手段が入れ替わります。

そして、重要な点はもう一つ。
他人を絡めたイメージはお勧めしません。
分かりやすく例を出すなら、「誰々がこうしてくれて私が嬉しいイメージ」とかね。
「子供が言うことを聞いて満足」とか「友達が私にプレゼントをくれたので嬉しい」とか。
これらは他人のコントロールが目的なので、まずそうなりません。

新月の願いでも、『原則として他人を操るような願いは叶わないし書かないように』とあります。
もしもこういう願望を抱いてしまうのならば、今ある現象(誰々が何々してくれないとか、自分を満足させないとか)に対して認めたくない意識があるからこそ、こういう願望を持つのだということを知ると良いですね。



スピ系の本には、「意識が変わったら周りの現象が劇的に変化した」という体験談がよく載っています。
実際その通りです。うちのセッションやワークショップにお越し下さる方の中にも、そのような体験をされている方が沢山いらっしゃいますし、私も数多く体験しています。

んが。
あくまでもそれは「他人をがっちりコントロールした結果そうなった」のではなくてですね。
「結果どういう気持ちになりたいかをターゲッティングしたらコロッと変化した」
「こうならなきゃヤダー! としがみつくのをやめたら偶々そうなった」

だけです。



あと、イメージの中に逃避するのもあんまりお勧め出来ません。
イメージに制限は無いので、過去はおろか未来のイメージもすることが出来ます。
けれど、「イメージの中の未来でこうなってるから、別に何もしなくていいや~」と安心してそこに逃避してしまう(現実が思い通りにならないと、直ぐそのイメージの中に浸ってしまう)ケースもあるので、イメージをするならば地に足の付いた現実的な処からをお勧めします。

一日の始まりに、"夜寝る時、「あー今日も楽しかった!」とか「満足~」と眠りに就くイメージ"をする。
それだけでも充分なイメージワークですからね。
ここで重要なのは、内容が多少変わっても構いませんが、心地良い感覚を味わってイメージを終えることです。



すごーくざっくり言ってしまうなら、リアルな幸福感や心地良さをイメージの中できっちり体験して、それを現実の身体に落とし込む作業だけやってりゃいーっちゃいーんです(笑)。

少しでもイメージが出来るようになると、形を求め始める方へ寄り道したくなることが多くあります。
ちょこちょこ自分をチェックしてみると、違う角度が分かるかも知れません。




東京は台風の接近で大嵐です。

先程横殴りの雨の中を帰宅したのですが、風さえちょっと収まってくれればそこそこ涼しいし雨もそんなに嫌いではないので、歩いているのは思った程イヤではありませんでした(笑)。
濡れた靴は乾かせばいいし、濡れた服は洗うんだし。自分もね。

ただ、風は流石に危ないかなーと。色々飛んで来そうで。
ご帰宅などがこれからの方、呉々もお気を付けてどうぞ。




さてそんな中、数時間後にもうすぐ新月がやって来ます。


6月20日(水曜) 00:02~新月スタート♪



新月には特別な力が~と言われていますが、実際どうかと言うと人それぞれに感じるものや思う処は違うかも知れません。
でも、単純に毎月リセットする機会として使えますし、自分の思考や願望を整理する機会としても使えます。
どうせあるものなら、とことん自分が幸せになる為に使う。
というのが分かりやすい使い方ではないかと思います。



ではでは、良い新月をどうぞ!






日常生活を送る中で、色々な出来事が起きます。
嬉しいこと、悲しいこと、腹立たしいこと、喜ばしいこと、怖いこと、淋しいこと、等々。


人だろうと自分だろうと動物だろうとモノだろうと事象だろうと、何が対象でそのような感情が発生するのであっても、殆どの場合は目の前の対象に対してその感情を抱いているのではありません。

我々の意識の中には過去体験した何らかの出来事によって発生した感情が抑圧・蓄積されており、似たようなポイントが揃った時に未消化である"それ"が少しだけ顔を出すのです。
根本的に解消しない限り、似たような何かがあれば、今後も同じような感情を再体験し続けるでしょう。


それがいつ起きたものなのか、内容が何であるかというのは、人によって違います。
幼少期、胎児期のみならず、家系から来ている情報である場合もあるでしょうし、所謂過去世と言われるような部分から来ている可能性も捨て切れません。

プラスの感情が励起される場合は、基本的にはあまり問題にならないでしょう(自分に対する誤魔化しでない限りは、ですが)。
よく問題として認識されるのは、怒り・憎しみ・悲しみ・恨み・妬み・寂しさ・恐怖等がスタンダードな処でしょうか。


日常的に体験している出来事の中で、これらの内の何かを特に感じやすいというのは、人それぞれに特徴があると思います。
怒りを一番感じやすい人、悲しみの人、恨みの人、妬みの人、寂しさや怖れ…一体自分がよく感じているのはどれだろうと見ながら生活してみると、ちょっとした特徴が浮き彫りになります。

TVを見て何らかの事件を知っては怒る人、環境問題について怒る人なんかは、圧倒的に怒りです。
同じように、他人を見て頻繁にいいなーとか文句を言う人は妬み。
…みたいな感じでカテゴライズすると分かりやすいですね。
一般的に見て、幾つかの特徴が同居している人が殆どです。
また段階によって、クローズアップされる感情が違ってくることもよくあることです。


以前から書いておりますが、これらの精神的な動きを、『投影』と言います。
自分の中にある影(心理学的には"シャドウ"と言います)の部分を、他者に映し出しているだけ。
他人を裁きたい人は、自分を裁いていることになります。他人から奪う人は、自分が奪われます。
押しつける人は押しつけられるし、自分を可哀相だと思っていれば何もかもが可哀相に見えます。

何もかも自分の中で発生しているのだとすれば、如何に誰々が云々とか言っていても、外側(現象)と取っ組み合っている限りは決して物事が進展しない。
自分の中に全てがあって、ざっくり言えば「全部自分でやっている」ことになります。


感情なんかわかんないよーという場合、目的や理想について取り上げてみてもよろしいかと。
例えば世界を平和にしたいのだとしたら、それは何故か? を考えてみるといいです。
壮大な目的を掲げていても、案外個人レベルの願望を言い換えただけだったりする場合が多くあります。
「世界中の人が幸せになったら、私にイヤなことを言ったりやったりする人がいなくなるから」とかね。
「自分みたいに辛い思いをする人が居なくなって欲しい」とか。
これらも投影です。
今、自分の中にこういう感情や思考があるから出て来る文章になります。

当然ながら、本当に深い部分のレベルでそれを願って行動されている方々も大勢いらっしゃいます。
そういう方達は、まず自分に対して深く取り組んでいらっしゃることでしょう。
いきなり外側を変えようとはしていないのではないかと。



生きるだけで凄く大変だという人も居ると思います。
本当に大変なのだと思います。辛いと思います。イヤですよね。そうだと思います。
外側に沢山の問題があるのも事実です。
本当は世界中の誰もが幸せになりたいでしょう。

平和にしたいなら自分を平和にする。
幸せにしたいなら自分が幸せになる。
自分が持っていないことは他人に与えられません。
一人一人がラクであり、幸せになること。人生を本当に楽しめること。
これらに向かって行けるといいですねー。あ、私も含めて(笑)。






「○○だから今は出来ないんです」
と言っていたことに着手する方が一人出て来ると、周りの人にも伝播します。
何を言われずとも、「そういえば私はコレをやってないわ」と気付く訳です。

みんながやっていない状態だと、何処かで
「出来ないよねー(お互いやらないでいようね)」
「私って全然やらないんだよねー(だからあなたもやらないよね?)」
と、お互い牽制し合いながら(笑)、その状態に安住してしまうのですが。
誰かの動きを見れば、そうも言っていられなくなります。


先日も書きましたが、我々は直ぐ着手することと、いつまで経っても延々やらないことを何処かで選り分けています。
延々やらないこと(やりたくないこと)については、

・何故やりたくないのか
・やったらどう変わってしまうのか
・やるメリットとデメリット、やらないメリットとデメリット


を見つめることで、その内容がハッキリと浮き彫りになって来るでしょう。
その作業もしたくない! という場合もあるかと思います。
まーそれはそれで……よろしいんじゃないでしょうか……(笑)。



自分を見つめる作業というのは、基本的に誰もが出来ればやりたくないものです。
それがどれだけネガティブであろうと、頭の中にある自己像(セルフイメージ)は壊したくありませんし、「思っていたのと違う」というのは少なからずショックを受けるものです。勿論そんなのは私もイヤですよー。

それでも尚、その先にあると言われているものが欲しいのか? とか。
成長って楽しいわーもっと可能性を見たい! と思えるのか、とか。
中身がどうあれ、最後にはそういう部分に目を向けることになります。


私が考えるに、幸せとかラクというものに対して、如何に欲望を燃やせるかがポイントではないかと(笑)。
どうせエゴが巨大なエネルギーを以て人生を動かしているのなら、こういう処にエゴを使えばいいんですよね。
欲望をガソリンに使って、ブレることなく効率的に幸せとラクを手に入れられるといいなあと思っています。






久しぶりに深い部分のイメージワークをしたら、もうフラッフラですゥ~。



ここ1ヶ月ほど、ちょっとした体調の都合でビタミン剤やタンパク質等のメディカルサプリメントを通常の半分も飲めない状態で居たのですが、いやもう覿面に体力が落ちました。
…落ちたというより、元々虚弱だったのをサプリで補って貰っていたのが、サプリ飲むのを休んでまんまと元に戻った? みたいな(笑)。
そうだよ私はこんだけ弱かったんだよ忘れてたー! と、今更思い出しましたよ。ええ。

イメージワークではすごーく深い場所から感情や観念を色々引っ張り出したので、ただでさえグッタリする処が栄養不足のお陰で更に何段階分もグッタリです。
身体が受け止められる状態になっていないと、心の改善をするのも結構厳しいものがあるなーと知ってはいましたが、改めてそれをつくづく感じました…ガクリ(笑)。



今日やったイメージワークは腑に落ちる箇所が沢山あって、現在の自分の人生で色々記憶に残っている事象のみならず、趣味嗜好・思考の方向性ともリンクしていたのがとっても「うわ~…」でした。
それだけに最近にしては珍しく抵抗も凄くてですね。
「ここまでは分かったけど、肝心のここから先に進めないよー???」
という箇所で手詰まりを起こしました。

「ここ何とかならないかなー。この先進みたいなー(知りたくないけど)知りたいなー(知りたくないけど)知りたいなー…これはどお? こっちは? ダメ? そっかー、じゃーまた今度やるかぁ…………と見せかけてこんならどないだ!」

やってることは脳内一人芝居みたいですが、大概いつもこんなもんですよ(笑)。
自分を宥め賺しつつあっちからこっちからと角度を変え、そして色々な方法で何度もリトライしていました。
自分的にそれ程でもなければ後日リトライしようと思ったのですが、どうにも落ち着かずに気持ち悪かったんで、懲りずにチマチマとこねくり回していたんです。

結果、何とか意識の関所は突破出来ましてね。
そして出て来たものは某有名な台詞の如く、「なんじゃこりゃあ!」な内容でした。
我ながら重~~~~~い話なのでイメージの詳細は伏せますが、それでも納得行くことが非常に多かったです。
こーんなヘヴィなモノを奥深くに抱えて生きていたのかと思うと、我がことながらホントによくここまで生きて来たもんだよなーとしみじみ。
明日は自分に美味いもん喰わせてやろう…と思いつつ今に至ります(笑)。



私だけでなく、多少の違いはあれども皆さんそうやって生きていらっしゃるんですよね。凄いことです。
本当によく生きていらっしゃいます。頑張っているというか、懸命というか。
生きていることそのものが、幸せになりたいとか良くなりたいと願っていること自体が、素晴らしいことだと思います。

結局何が言いたかったのかと言うと、やっぱり身体が出来てないと自己改革もままならないよってことと、メディカルサプリメントすげえぜハンパねえぜ! ってことです。ハイ(笑)。
今日は流石にデロデロのドロドロ~なので早めに寝ます~。





ワークショップ後、頂いたメールから抜粋して掲載します。


────

(略)

ワークに参加されている皆さんそれぞれに変化があって面白いし、なんかよかったと思いました。
皆さんとご一緒できていることが本当にありがたいです。

Sachiさんと出会えてよかったです。
ありがとうございます!


今朝、家族を始めとする、私の人生に関わってくれている、いた、全ての人々が本当にありがたい、感謝だと思えました。
そして、エゴにも感謝だと初めて思えました。
これまでエゴのおかげで生きてこられてました。
今、ここにいることができてありがとうございます! です。


そんなことを考えながらウォーキングしていたら、イヤホンからBON JOVIの『Always』が流れてきて、すげーいー曲だー! 音楽ってありがてー! と畑の横で涙しました(笑)。



────



エゴに感謝が出来るのって凄いことなんですよね。
自分を見つめることにある程度慣れて来ると、エゴに邪魔されているとか妨害されているという認識を持ちますから、消し去ってしまったらどんなに楽だろうかと思うものです。

でもエゴがあるお陰で色々考えるし、工夫したり危険を回避しようと考えられるので、決して敵ではないということですね。
感謝や気づきにも常に波があって、またエゴを憎んだり取っ組み合ったり投げ出したくなったりグッタリ疲れたりするかも知れませんが、それもまた新たな一歩へ活かせたら良いのではないかと。


長~~~~~~い目で見れば、やっぱり宇宙は愛で満ちているのだと思えます。
昔は全く信じられなくて、この言葉に怒りさえ感じていました。
じゃあどうして幸不幸の不平等があるんだとか、自分はこんなに辛い目に遭うんだとか、色々ね。
単に、『愛』というものを勘違いしていたからなんですけど(笑)。

気付くまで待ってくれる宇宙って、凄いなーと思う時があります。
それをシェアする人が居たり、気づきを活かす場所があるということも。
我々はいつでも気付くチャンスがあって、そのチャンスを一度ならず二度・三度と逃しても、宇宙はそのままなのです。
気付けないからって罰を与えることもありません(自分を罰するのは自分のみです)。
非常に分かりづらい形ではありますが、それは愛で満ちているからなのだと私は思います。





そして、音楽はありがてーですよ。本当に(笑)。

噂の『Always(BON JOVI)』の動画を置いて、今日は終わりにします。
ジョン(ボーカルの人)いつ見てもかっこいー! 恐るべき50代です(笑)。








先日の10日は、半期に一度の総決算…ではなくて(笑)、半年に一度の長時間ワークを開催しました。


長時間になると肉体的には疲労します。集中力が途切れます。
疲労すれば、肉体と直結しているエゴが頑張り切れなくなったりして、それまで頑なに維持していた
「私は問題ございません」
という姿勢が脆くも崩れ去り、平たく言うとボロが出やすくなります。
ここで言うボロとは、『エゴにとってのボロ』です。

日頃エゴに抑え込まれている本心から見れば、千載一遇のチャンス到来となります。
「チャーンス! それ今だ、ひっくり返せー!」
とばかりに他人様に突っ込ませてみたり、他人様の話を自分に当て嵌めたりと、気付くチャンスが次々にやって来ます(無論、自分で作っているんですが)。
なので、ワークに一点集中することも大切ではありますが、自分を見つめるための時間を強制的に長く取るというのも非常に大事大事(笑)。



ワークショップ終了後、幾つもご報告を頂いております。
皆様ありがとうございます。
中でも

「ワークショップの翌日に出社したら、会社で問題児だった人が辞めると聞きました。一年程、ずっとその人達について辛い辛いと言っていたのに…」

というご報告を頂いて、思わず笑ってしまいました~。
この方は以前も同じ出来事があって、ワークショップの翌日にイヤだった現実がガラリと変わってしまった…という体験をされています。スゲエ~(笑)。


これは何もこの方に限った話ではありません。
マインドの方向性を変える(=フォーカスしている箇所をちょっとずらす)だけで、自分が何の決断を下さずとも、また能動的に行動する絶対的な必要性もなく、現実が変化することの証左だと思います。
色々な本に書いてある「思考が現実を作る」とは、こういうことなのでしょう。

うちのワークショップにお越し下さっている皆様は、非常に現実化の能力が強く、自己評価がとても高いので、意のままに人生を作る凄いお力を持っていらっしゃいます。
大変素晴らしいと私は心底思っているのですが、あとはどこにフォーカスするかという、ただそれだけの話だったりします。
ただ、ターゲットを変更するのはエゴが頑強に抵抗しますからね。
「別に変えても嫌なことなんかないわ。むしろ楽になれるんじゃないか?」
と気付くまでの道程が苦しいのでしょう。


苦しいのは本心ではなくて、エゴが苦しんでいるんですけどね。
普段我々はエゴの作った自己像(実際は虚像)を自分だと思い込んでいますから、それまで作り上げたエゴのアイデンティティが消えて無くなったら死んでしまう! という恐怖を抱いています。
オーバーな表現でも何でもなくて、「死ぬ」と思っているんです。
実際死ぬんですけどね。偽りのセルフイメージにとっては死も同然。

だからどんなに良くなるよ、と他人の体験談を聞いても信じないし、そうならないことを証明し続けてやるー! と一所懸命にエネルギーを使い続けます。
その為にはあらゆる手を使い、他人を操り、自然現象や到底不可能と思えるものさえも左右して、これまで通りに頑張り続けるのが人のエゴなのです。
でもエゴを否定する必要は全く無くて、向いてる方向をちょっとずらせば簡単なんですよ。
嵐を呼んだり電車を止めたりするエゴのエネルギーを、そうやって使えば一種エコだし(笑)。
いや、駄洒落じゃないです。駄洒落じゃないです。



あー、何を隠そう私もやってますよ~…威張れたこっちゃないのですが。
私だけは違うとかもう終わったなんて言う気はさらさら御座いません。
つい先日も、ガッカリ満塁ホームランを場外までかっ飛ばしました。わーい。
口から魂出ましたからね。呆れてものが言えないとはこのことだよ…と久しぶりに乾いた笑いが出ちゃいました。

そのガッカリ満塁ホームランにより、
「はぁ~~~ガッカリ……ん? とすると、これも…あれも…うわわこれもこれもこれも自分でやってるんだ! 何それ何それー! 今まで一体何のために……!! 俺って……ガクッ」
とイモヅル式に色々なガッカリが続きまして、気分はもう四割打者よ(笑)。



暫くはみんなでホームランダービーを続けるんじゃないかと思ったりしています。
そういうのがシェア出来ると、消化も昇華も進みも速まるんですけどね。
ジタバタしながら連打の嵐になることでしょう。

…はぁ~(笑)。







昨日は半期に一度の1dayワークショップ開催日でした。
ご参加頂いた皆様、ありがとうございました!


今後の予定は以下の通りです。


◆7月度
7月8日(日曜) 午前11時~午後2時

◆8月度
8月5日(日曜) 午前11時~午後2時

◆9月度
9月2日(日曜) 午前11時~午後2時



詳細はホームページへどうぞー。



★☆★ ★☆★



同じ環境に居合わせる人達というのは、なんとなーく似たような段階にもぞもぞと蠢きながら(笑)差し掛かっています。
一見全く違うような状況に見えたとしても、年齢や環境の違いがあったとしても、実は違いはあんまり無いと。
部分的にかも知れないし、全体的に相似形かも知れないものの、何の共通点も無いということは無いでしょう。


昨日出た話で印象深いのは、

「振り返るに、これまで全て自分(エゴ)の思い通りに動かせている。その利益が沢山ありすぎて、このままじゃ嫌だとか変化したいなんてとてもじゃないけど思えない」

「今までのやり方が無くなってしまったら、それは私じゃなくなってしまうような気がして怖い。変わるのは嫌だ」


という辺りでしょうか。
この上なく正直で、大変素晴らしいです(笑)。



最近何度か書いていますが。
「生まれ育った家庭環境や自分の関わる人間関係や環境で『これが嫌だ』と言い続けて来たことを、もしも自分が仕向けてそうさせていたのだとしたら、その目的は一体何か」
という考え方をもし採り入れるのだとしたら。

「嫌で嫌で堪らないと言い続けていたことは、単に自分が『嫌で嫌で仕方ないと言い続けたい』という、ただそれだけの為にそうさせ続けていた」
という可能性が見えて来て、特大のガッカリ満塁ホームラン大当た~り~な訳です(笑)。
長らく被害者だった自分が、あっという間に加害者へと転換する出来事ですね。
そして、自分以外に向いていた不満の矛先が、自分自身であったと分かってしまう瞬間です。


ずっと被害者ぶって糾弾していたこと。
これさえなければ幸せなのにと恨んでいたこと。
それが一気にひっくり返ってしまって、自分は一体何という酷いことをしていたのか、ただただ申し訳ない……という気持ちを抱くこともあるでしょう。

「でも、それは自分に酔っているだけではないかとも思う」
ということをお話して下さった方がいらっしゃいましたが、単にそれまでと違う見方を獲得したということなので、勘違いでも間違いでも自己陶酔という訳でもありません。


抑も、その理解や気づきがゴールということでもなく。
こういうハッとするような理解というものは、理解というプロセスの途上にある、幾つかのマイルストーンの中の一つであると言えます。
理解の道を歩む時、ここで終わりというのは無いということですね。
人によってその道は違うと思いますし、気づきから次の気づきのスパンも違うでしょう。

気付いてしまったり、理解が進んでしまうことを、エゴはとても嫌います。
気付いたら、理解してしまったら、最早それまでの自分(だと思い込んでいたエゴ)では居られなくなり、それまでの手管は使えなくなることを知っているからです。
それまでのやり方で利益が得られなくなったら、やっぱりエゴは困っちゃうんですね。
だから必死で抵抗するし、絶対に変わらないよう周到な準備をして、全力で自分に対して目隠しをします。


利益だと思っていたことが利益だと思えなくなる時、変化の兆しが現れます。
それは我々が意識している表面の部分ではなく、潜在的な部分で今も着々と進行していて、ある日「あ」とか「ええー!?」みたいな形でやって来ます。

それを意識的に進め、出来る限りの速さで促すのがワークだったりする、と。
でもやっぱり、個々のペースというものはあるので、変化の兆しや理解が訪れるタイミングにはばらつきがあると思われます。


当然乍ら私も例外ではなく、その直中に居ます。
色々な形での成長を見せて頂けることは、本当に有り難いお話です。
自分一人では絶対に限界がありますから、皆さんからも教えて頂いている身なのです。
私が「ありがてぇ~」と時々呟いているのを、ワークショップにご参加下さっている方々は目撃している筈(笑)。

皆さんのお陰で理解の速度が上がった自覚があります。
本当にありがとうございますーーー!
今後も楽しく進む道をご一緒頂けますことを、とっても楽しみにしております♪






東京は梅雨っぽいお天気になって参りました。
暫くは降ったり止んだり、気温も上がったり下がったりを繰り返すと思われます。
体調など呉々もお大事になさって下さいませ。


さて、新作アクセサリーです!



ケシパールピアス

★K14GF ケシパールピアス
不揃いな形が特徴のケシパールですが、パールの中でも大ぶりで存在感をアピールしてくれます。
独特のパールの艶ですが、これが大ぶりでも女性らしさを表現してくれるので、大胆なお洋服でも合わせやすいと思います。
リゾート系の装いでも、かっちりした服装でも行ける、重宝するピアスです。




ラブラド+淡水パールピアス

★K14GF ラブラドライト&淡水パールピアス
ラブラドライトはグレーにブルーの輝きが混ざる、神秘的な石です。
スピリチュアルな観点では過去世やカルマを明るみに出す等と言われていますが、私は一筋縄ではいかない輝きが大好きです。
ブラックパープルの淡水パールと組み合わせていますので、大人っぽく見せる時に活躍しますよ~。




クィーンコンクシェル+本真珠ペンダント

★K14GF クィーンコンクシェル&本真珠ペンダント
シェルの中でも、特にクィーンコンクシェルは優しいピンク色をしており、希少価値があるとされています。
そのコンクシェルと本真珠を合わせて、サテンコードに通しました。
夏は汗をかくシーズンですので、ひも系のネックレスやペンダントが活躍します。
今回、マニッシュにならないひも系のペンダントを幾つか作りましたが、色合いが綺麗だとワクワクしますね。




ピンクサファイア+ローズクォーツ+ルビーピアス

★K14GF ピンクサファイア&ローズクォーツ&ルビーピアス
真ん中の薄いピンク色をした石がローズクォーツ、両脇の濃いピンクがピンクサファイアです。
また、繋ぎに使っている一番濃い色をした石がルビー。
ルビーとサファイアは鉱物的には同じコランダムという石で、色の濃淡で呼称が変わります。
こちらはピンクのグラデーションを意識して製作しました。女性らしいイメージです。




マルチカラーストーンピアス

★K14GF マルチカラーストーンピアス
一番先端の石から、カーネリアン、シーブルーカルセドニー、淡水パール、ペリドット、淡水パールです。
オレンジ系をメインにしたキャンディカラーなので、元気に見えると思います。
3色使っているので、色々なお洋服との組み合わせを楽しめます。
ファッションのアクセントに使えるのではないかと!




プレナイト+シーブルーカルセドニーシャンデリアピアス

★K14GF プレナイト&シーブルーカルセドニーピアス
半透明のプレナイトとシーブルーカルセドニーを配色した、シャンデリアタイプのピアスです。
この配色は特に爽やかで若いイメージをもたらしてくれます。
やや大きさはありますが、優しい色合いですので清々しい印象を与えると思いますよ。






まだまだあるのですが、撮りきれず~。
詳しくは明日のワークショップでお会い出来る方にのみ、ご開帳の予定です(笑)。






「自分で出来る自己ワークは何をしたら良いでしょうか」
というご質問を度々頂きます。
ウォーキングして下さいとか書き出して下さいとか瞑想して下さいとかイメージワークして下さいとか、その時のその人の段階によって、やることは違うんですが…。
必要な行動を幾つかお伝えする中でも、特に必要なことは繰り返し口に出すことになります。

意識というのは、並べられた中にある重要度ランキングなども全て分かっています。
ですから、『本当に必要なことだけは選り分けて外し、それ以外を勇んでやる』ことがかなり多くあります。
"出来ない"のではなく"やらない"だけなのですが、「○○だから出来ない」というのが最も多く見られる申し開きでしょう。
他にも、言われたやり方ではなくて自己流で勝手にアレンジしたりとか(笑)。
結果、「なんか変化が見られないんですー」とか、逆にエゴ曰く「すごく変わった!」と言う割に実は変化ナシ…ということになります。



こういうことをする理由はただ一つ。
変化が嫌なのです。


良くなりたい、変わりたい、トラブルを解決したいと口では言っておきながら、やっぱりこのままがいい。
やらない理由を尋ねると、大概「めんどくさい」という言葉で蓋をしていると思いますが、これはカモフラージュです。
「めんどくさい」とは、思考ではあっても感情ではありません。
そして面倒というものには、「○○だから面倒」という何かしらの理由があります。

"面倒"という名の蓋を開けてみれば、実はその中に「変化するのが嫌だ。このままがいい」というエゴが隠れています。
その他、「何で自分が変わらなきゃいけないの? 周りが都合良く動かないのが悪いんじゃないか!」というものもあれば、「私は正しい筈なんだから、このまま行けばいつか良くなるに決まってる」というようなものもあります。
現状にしがみついているメリットも沢山あるでしょう。


逆に言えば、面倒だからこれは出来ない・やりたくないとエゴが拒否することをやれば、一番顕著に変化が現れるのだと思います。
歩くのが嫌いな人はウォーキングする。
書くのが嫌なら書き出す。
シェアが出来ないならシェアする。
瞑想をしたくないなら瞑想。

……という訳で、自分に取り組む道を歩んでいてもイマイチ変化が現れないという方は、これまで延々避けて通って来たことや、直ぐに飽きてやめてしまった何かを習慣にしてみることをお勧めします。


それでもやらないなら、別に変化など全く求めていないということになります。
嫌だ、辛い、変わりたいと言い続けていたいだけ、ってことですね。
言い続ける為には、望まない状況に在り続ける必要性があります。

いつも文句を言っている人は、いつも文句を言いたいだけです。
何かになりたい、なりたいと言い続けているならば、なりたい状態を続けたいと。
信用したい、信じたいと言っているならば、信用したいと言い続けたい(=ずっと信じない)ということですね。
それはそれで、よろしいんじゃないでしょうか。うん。自由だし。


そんな感じで、もう一度ご自分の取り組み方をおさらいしてみることもアリなのではないかと思います。







★最初に業務連絡★
6月10日ワークショップへご参加下さる方々へ、確認のメールを送付しています。
PC又は携帯に連絡が届いていない方は、お手数ですがお知らせ下さいますようお願い申し上げます。
届いているようでしたら、ご確認のみで返信不要です。
宜しくお願い申し上げます。



******


私は四人兄弟なのですが、それぞれの性格や歩む道程は見事にバラバラです。
同じ親を持っていても、各自が違う部分の違う影響を受けるからでしょう。

例えば飲む・打つ・買うな父親を持っている女性は、割と高い確率で似たタイプを配偶者やパートナーに選びやすい傾向があります。
好き嫌い問わず、フォーカスしている箇所がそこである場合は、の話です。


最初は全くそういうことに縁の無いタイプだった男性が、この手の女性と一緒に居る間にどんどん変貌して行って、しまいにゃ父親と同じパターンを持つに至ってしまった…という話もちょこちょこ耳にします。
凸凹や鋳型と一緒で、とある処へフォーカスし続けている人と共に過ごすことで、自然と同じ形を作ってしまったりという可能性もあり得ます。

でも、(一見ダメな方の)親の影響をあまり受けていないように見える人もいます。
フォーカスしている箇所の問題ですので、影響があまり見当たらない人に関しては、違う箇所を見て育ったと言えます。
例えば、母親とか。



私は長いこと父のことが嫌いだったのですが、だからといってそこだけにフォーカスしていたのではありません。
寧ろ、その影響で迷惑を被っていた母の方をずっと見ていたので、母の影響を色濃く受けていたと思われます。
どんなに父親がろくでなしでも、こういう場合はその影響がストレートに見えて来ないという訳です。
フォーカスしている箇所と、その配分・割合の問題です。

こう書いていると父が悪者みたいに見えますが、決してそうではありませんで。
ろくでなしにした(そうなるよう選んだ)のは、私なんで…(笑)。
「いきなり善人になっちゃうと私が修行を続けられないから」という非道な理由で、他ならぬ私自身がそう仕向けたのだと今は思っています。
父っつぁん、ゴメンよう。
修行至上主義だった私を許しておくれ。利用していたことを許してたもれー。…いや、お互い様だけど(笑)。


私は"粉骨砕身して他人の犠牲になり続ける"という母のやり方を正確にトレースしていたので、それは人間関係だけでなく仕事に対しても強く出ました。
休みいらない。長時間仕事に浸かる。みたいな感じです。
他人が休みたいと言う場合は進んで成り代わり、希望も言わずに黙々と働いておりました。

これが父の影響を受けていたとすると、抑もマスコミ業界なんかには行くこともなく、飲み歩いて酔い潰れて毎日午前様だったと思われます(笑)。
母経由という意味では間接的に父の影響を受けているのですが、直接的には母の影響が表立っていたということです。


私は偶々このような感じでした(過去形 笑)が、どちらに重きを置いていたかは人に依って違うでしょうし、割合の問題でそれぞれから部分毎に影響を受けているとか、又は祖父母だとか、色々なケースが考えられます。
誰の影響を一番被っているか、その真似をしているか、その物差しを使っているかが分かると、「では本来の自分はどうしたいのか」という部分を探す道に入れるでしょう。

親の価値観や影響を使っていると、いつも何処かに違和感や苦痛を感じることになりかねません。
それが如何に世間的に正しかろうが、素晴らしいと思おうが、個人に依っては違う可能性があることを忘れると、何れ齟齬が生じるんじゃないかと思います。



誰の真似をしているか、ちょっと見渡してみませんか?
時間は掛かるのかも知れませんが、自分のオリジナルが何であるかを知るのもまた、素晴らしい体験なのだと思います。





育った家庭で問題を抱えた人が、成長して家庭を持つにあたり、同じケースの問題を抱えるケースは非常に多いと思われます。
元々生まれ育った場所で持つに至った問題を、今度は自分が克服しようとする。

でも、フォーカスしている箇所が『そこ』である以上、恐らく高い確率で同様に再現してしまうことになるでしょう。
同じように再現するなら分かりやすいだけまだ可愛いものです。
人は時として、全く違うように見えるケースでの再現を試みることがあります。
親子関係だったことを夫婦で再現したり、友人関係や仕事でしたりとなると、混乱を引き起こすでしょう。


何にせよ、その問題に取り組むのは自分です。
取り組んで行く中で、幼少期の親子関係や家庭内に問題があったと分かると、ホッとする人が沢山居ます。
これは自分以外の人間が関わっていることで、責任が分散されるという風に解釈するからです。
良い悪いの問題ではないのですが、割と初期段階ではこう思います。

もし親に対してマイナスの感情の方が実は多い…ということであれば、初期段階として親を嫌う・憎むということを推奨します。
怒りや憎しみが抑圧されて鬱積している場合、これを自覚することが非常に重要なステップになります。
親子だから愛がなくてないけないとか、好きでいなければいけないという思い込みは、二重に自分を苦しめることになるからです。


実際嫌いなのに好きにらなくてはいけないと思い込んでいるのなら、今すぐやめて大丈夫です。
誰も罰を与えることはありません。もし罰を与えるのだとしたら、「親を嫌ったりしたら、罰が当たる」と思っている自分自身です。
あ、呉々も相手にぶつけたらいけませんよ。何故って自分の中で起きていることなんですから。

自分の思考や感情を自覚し、怒り・憎しみを認め続けて行くとどうなるのか。
そのままの場合もあれば、感情が解消されて何とも思わなくなるとか、稀に好転するケースもあります。
最後のは稀ですから、これを目指したらまた苦しい目に遭うかも知れません(笑)。



さて。
色々解消して行く中で、
『この親子(家族)関係を創造したのは自分だとすると、何の為にその人選でその状況でその環境や事件なんかを起こしたのか?』
という疑問が生まれます。
……生まれない人も居るかも知れませんが、とりあえずここでは生まれることにしておく(笑)。

ちょっと難しい質問ですので、はっきりした答えが出るまでは時間が掛かるかも知れません。
答えが出ると、ここに来てまた「なんだー私一人でやってるんじゃないか!」と責任の所在が自分にあるということに気付きます。
気付かざるを得ないと言いましょうか、「だってしょうがないじゃん!」という言い逃れが出来なくなると(笑)。


ここまでの流れをダイジェストで表現しますとね。

第一段階⇒『親を好きになれない自分が悪い』
第二段階⇒『親を嫌いでもいいじゃないか! だって親が悪いんだ!』
第三段階⇒『なんか自分でやってるらしい。はぁ~…自分ですかあ…ごめんなさい…』


みたいな感じになります。
ちょっとした三段オチ(笑)。
他にも色々段階はありまして、感謝で一杯になったりとか、箸にも棒にもかからない淡々とした状態になったり、人によりけりで色々です。


私が問題多発の家庭を創造した理由はですね、「問題が起き続けそれに対処し続けることで、成長し続けることが出来るから」でした。
成長し続ける為には、延々問題に対処し続ければ良い。問題を一つ解決する度にスキルアップ!

それも、ちょっとやそっとの問題ではいけなくて、よりハードルを上げ、バリエーションを持たせなくては意味がない。
なので、日々どんどんトラブルのハードルは上がり、三日と安息は続くことはなく、寝首を掻かれるような出来事がどんどん増えまして。


こういう状況を創り出す為には、心身共に病気の親が必要だったりとか、フツーこんな濃い面子は一つの家庭に揃わないだろ! っていうレベルのアクの強さが必要だったんですゥ~。
因みにゴールは無いです。修行・苦行をし続け、成長をし続けることそのものが目的でしたので、終わりはございませーん。

……みんな……ごめん……ガッッッッックリ。
自分の遙かなる成長の為だけに家族を利用していたのだと気付いた時のガッカリ満塁ホームランは、軽く場外を越えました(笑)。
あああああああ~~~んもォ~~~~なにしとんじゃああああ!! ですよ。



人それぞれに、目的があるのだと思います。
私のような例はそれほど多くないと思いますが(今の処、周りには見当たりません)、とりあえず一例として献上しておきます。
視点を変えて行くことで、被害者だったり加害者だったりということが分かると思います。
そして、存分にガッカリホームランを連発して行けたらいいですよねー(笑)。

旧体制の崩壊の後に混乱がやって来て、そして新しい価値観が生まれます。
国家なんかと一緒ですよ。革命も戦争も、人の意識が集まって起きます。
現在はどの段階に自分が居るのか、ちょっとだけ確認出来たらいいですね。





先日お客様から頂いたメールに、とても印象深い一文がありました。
抜粋させて頂きます。


────


私は失礼な人間だ。
だから失礼なことをする人、現象を引き寄せているのだと気づきました。



────


非常に素晴らしい気づきです。
気付くのは(エゴ的に)とても嫌だったのではないかと思います。
自己への理解が進むと「なんでこんな目にばかり遭うのだろう」と思っていた出来事が、外側で起きているのではなく、ただ自分を映しているだけのことであると理解します。


ここへ到達するまでには、内面的にはあらゆる艱難辛苦(という名のエゴ大暴れ)があると思います。
「ほらやっぱり私は悪くないー!」と言いたくなるような出来事を起こすんですね。
大体、悪いとかそういう話ではないのですが、エゴは『悪い』という風にすり替えて捉えます。

前回の記事で書いたように、『自分にガッカリホームラン100連発』を避けたいのは誰もが同じです(笑)。
元々スピリチュアルなことに興味がある人でさえ、ここへ到達することは全力で回避したがります。
どんな種類の人であろうと、やっぱり人間のエゴは一様に同じ働きをするもので。
程度の差こそあれ、みんなやっぱりホームランボールにはなりたくないんですよ(笑)。


私も嫌でした。そして今もちょっと嫌ですわよ(笑)。
月イチのワークショップに参加して下さっている方の中には、ちらほらとその理解へ足を進めている方がいらっしゃいますが、それはそれは嫌そうですよ~。
自分の敵は自分であったと気付く時の、唖然とした溜息の長さといったら……カキ~ン(笑)。

「灯台もと暗し」というような表現があったり、また世界中に類似した神話・伝承があります。
敵は自分の裡に在りと気付いていた人が、昔から一定数は居たのでしょう。
また、それらを意図的に寓話として作り直し、後世へ伝えようとした人達が居たのでしょう。
宗教的な背景とか思想的な部分では、現代より格段に不自由だった時代のことでしょうから、作り直されたのはさもありなんという気がします。


我々は先達の智慧を頂ける立場にあるのですが、エゴが元気な間はそんなもん信じたくないからそう簡単には信じません。
表面的には頷いていても、逃げ道を探すのが人の性。

そのうちエゴが弱って弱って、このままではもう繰り返ししか無いのだと気付くと、新たな道を模索するでしょう。
それまではかなりしぶとく粘れるものでして、人間って強靱だなあと感心する次第です。
その強さたるやまさに天晴れと思う時があります。
いや、本当に。凄いですよ。


個人的には、もう少し合理的に先人の智慧を拝借しておけば良かった…と思うことが沢山あります。
今後は出来る限り素直にそうして行きたいなーと思うのです。






このblogでは、出来事に対する視点の転換について度々お伝えしています。


『表面的には凄く嫌だと思う出来事を、もし自分が起こしているとしたら何の為であるか』
ということを知る・又は理解することは、自己成長の途を歩むにあたって非常に重要なことです。


「なんで私が他人にこんなことされなきゃいけないのー!」

と思ったその時は、

「なんで私は他人にこんなことさせてるのー!」

に文言を取り替えるだけで、非常に分かりやすくなります。


『された』⇒『させた』
『される』⇒『させる』

に置き換えてみましょー(笑)。



周りに妬まれるなら、周りに妬ませている。
周りからいじめられるなら、周りにいじめさせている。
他人に足を引っ張られるのならば、他人に足を引っ張らせている。
他人に失礼なことをされるなら、他人に失礼なことをさせている。

而してその目的・メリットたるものは何ぞや。
ということですね。


他の人からされる何かに絡んだことだけではなくても、当然使えます。
例えば、「好きな人が出来ない」とか。
これも「好きな人が出来ないようにしている」のであって、それ以外ではありません。
「劣等感」や「優越感」なんかにも使えます。
これらも自らの意思で持っていたいのだとすれば、何らかの理由がある筈です。

もしも最初に何かの原因・きっかけがあってその観念が植え付けられたのだということであれば、「じゃあなんでその事件を発生させたのか」という視点でどうぞ。
こういうことがあったんだから仕方ないじゃん。と言いたい時があるのはよく分かります。
それをもう少しだけ引いた目で見てみると、違う角度が発見出来るでしょう。



視点がひっくり返ると、被害者では居られなくなります。
そうすると、自分にすごーくガッカリします(笑)。
「させた、やらせた、言わせた」というスタンスが定着して行くと、エゴが苦しむからです。

この辺りの行(くだり)は、いつも書いてますね。
あいつはなんて酷い奴だ! と攻撃していた相手が実は自分でしたーと解ってしまうことは、非常に嫌ですよね。
このガックリ具合が大きければ大きい程、如何に自分に対して疑いを持っていなかったか────ご自分に対するお見積もりがお高うございますわよオホホー!────ということが分かります(笑)。


これを理解したくないが故に、「いいえ、私はそんなこと思っていません」と視点の転換を突っぱねる例は非常に多くありますが、突っぱねるも受け容れるもご自分次第です。
もし受け容れるのであれば、自分に対してそうしてしまったことを心から(自分に対して)謝り、これからどうするかを宣言してみると良いかも知れません。

実際宣言通りに変更出来るかどうかは、日々の意識に掛かっています。
あまりに深いレベルでの観念であれば、ヒーリングやセラピーで取り除く必要があるかも知れませんが、それでもやはり日々の意識の持ち方がものを言います。


ある程度深い瞑想状態に入ることが出来る方は、その状態で自己と対話してみるということも出来ます。
顕在意識レベルでも、ノートに「自分に対して優しく出来たかどうか」のチェックを付けることが出来ます。
そんなことしなくても常にその意識を保てるよーということであれば、あらゆる場面で自分に対してどういう行動を取っているかが分かるでしょう。

親切にされたのなら、親切にさせた。
優しくされたのであれば、優しくさせた。
こういうことがどの程度増えて行くのか? で、自分に対する意識の持ち方が測れます。
…まあ、こういう風に使う場合はちょっと印象が良くないかも知れませんがね(笑)。



『させる』『やらせる』『言わせる』
この使い方に慣れると、かなり進みやすくなるのではないかと思います。





プロフィール

Sachi

blog owner:Sachi
潜在意識を活用した、ちょびっとスピリチュアルな総合セラピー、癒しのワークショップ・タロットカードセッションをしているSachiです。
穏やかに楽しく成長出来るよう、入手した情報や、日々の気づき&
発見などをシェアして気ままに更新。
イベント情報も随時掲載中です♪

旧blogタイトルは『気づきのステップ』。

■カウンセリング&ヒーリング&セラピーを総合した個人セッション、月に一度のワークショップ、またタロット&オラクルカードセッションをご希望の方はサイトをご覧下さい♪


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