resonance

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Date : 2012年04月

◆ Infomation

【works】
★ヒーリングセラピー個人セッション
 都内で対面式の個人セッションを行っています。
 幸せと癒し、学びと気付きを得たい方へ、様々に対応させて頂きます。
 潜在意識を日常へと活用することで、より良い人生へ変えることが可能です。
 随時お受けしておりますので、サイトをご覧下さいませ。

★癒しのワークショップ
 毎月一度、都内で女性向けの体験型ワークショップを開催中です。
 沢山の変化・癒し・浄化・成長・気づきを促すテクニックが山盛りです。
 2017年11月5日・12月17日(全て日曜)
 の開催が現在確定しております。11月は11時~15時、12月は11時~19時です。
 ※11月と12月では開催時間、料金が異なります。
 ※以降の開催は決定次第upして参ります。
 ※それぞれ内容の詳細はサイトをご参照下さい。

タイトルはあの名(迷?)言、「パンが無いならブリオッシュを食べればいいじゃない」に因んでみました(笑)。



ずーーーーーーーーーーーっと昔。
講読していた雑誌に、ベテランの占星術師さんがコラムを連載していました。
うろ覚えの記憶では、こんなようなことが。


────


最近若い女性に相談されるのが、『出会いが無い』『周りにいい男がいない』ということです。

打ち合わせでホテルのラウンジに行った時、そのラウンジではケーキバイキングを開催していました。
殆どが女性の団体で、妙齢の方もグループで沢山いらっしゃいました。

そこで、聞きたくなくても耳に入るのが、
「いい男っていないよねー」
「出会いってないよねー」
という愚痴・ボヤキ。

そりゃそうでしょう。
女性だけの団体でケーキバイキングに来るような人には、いい男性は視界に入らないでしょうから。
もし良い出会いが欲しいのなら、こういう場所でこういう行動を取っている場合ではないと思いませんか?



────


以上、うろ覚えの記憶からサルベージしました(笑)。



先日、結婚したい女性向けセミナーの司会をされた山口さん情報では、

「アイドルやタレントに入れ込んだり追っかけをしているタイプの人は、バーチャルな(現実生活に存在しない)美形が基準になりすぎて、現実を見誤る」

との話題が出ていたそうな。
……さもありなん。


変化を求める時に大切なのは、先ず足元・現実を直視する所からです。
仮に美しくなりたいのだとしても、それは何処なのか? 何からどうやって手を付けるのか?
というのは、現在の状態を知ってからでないと、効果があまり望めのではないかと思います。

適切な方法や効果を期待するならば、先ず何が実際の問題点なのかを知れば良い。
この辺りは、何に関しても同じですね。
勉強然り、成長然り、上記のような出会いや結婚に関しても、一律同じなのではなかろうかと考えます。



主観という主観を出来る限り外してみて、自分は今どのように見えているのか。
他人の目にどう映っているのか、「ホントはこういうつもりで…」ではなく、実際やっていること・事実を炙り出してみると、違う視点が得られるかも知れません。


例えば。
ダイエットしたいの。でも続かないの。
という場合は、ダイエットしなければならない状態よりも、思ったことを続けられない理由に問題がある可能性の方が高そうです。

彼が欲しいの。でも好きな人が出来ないの。
という場合も、出会いが無いとかいい男が居ないということより、抑も他人をどう見ているかという自分の視点に難ありの可能性が。



何かに取り組むならば、他の誰でもなく自分です自分。
それが~一番大事~♪

と、懐かしの歌っぽくシメておきます(笑)。





日々、色々な方が色々な方法で癒しや成長の為の気づきや解放を体験されています。

そういった多くの方々を、"『自己成長』『自己修養』を求めてセッションやワークをする人"と、"『自分が正しい』ということを証明する為セッションやワークを使う人"に大別することが出来ます。


何時も通り、どっちが正しいということは特にありません(笑)。


例えばセラピスト側が
「あなたはご自分のことをこう思っているのではないですか」
「つまりそれは、こういうことですね?」
等の、自分のエゴにとって痛い言い方(認めたくない言い方)をされた時に、

「絶対違う!」

と言い切れる人は、何を根拠に言い切っているかはさておき、後者の可能性が高いと言えましょう。
言って欲しい言葉やその内容が自分の中で確定していて、そう言ってくれる人を捜して彷徨う、スピおたくとかスピジプシーになってしまうケースも散見されます。


ベタな所では、
「あなたは過去世で王様(女王様・王子様・お姫様・権力者・指導者・勇者・高貴な何とか・高次元のうんちゃら・選ばれしなんちゃら)でした」
と言われたい(又はそういうビジョンを見たい)が為に、あっちこっち彷徨ってそう言ってくれる人を捜し求めたり。

また、
「あなたは深いトラウマがありますね、とても大変でしたね」
と言って欲しいとか。

一見してこの二種類は違うようにも見えますが、共通して「やっぱり思った通りだ!」という所に落とすならば何ら違いはありません。
あと、「私は特別」というキャラ作りをしているのならば、どちらもやっぱり一緒だと思います。


人それぞれに過去世のビジョンとか先祖のカルマ等、色々な要素があるにはあるのですが、潜在意識に情報としてしまわれているという意味では今生での記憶と全く同じです。
ただ、顕在レベルに浮かんで来ないというだけ。
しかし今生での記憶も、全て覚えている訳ではありませんよね。

過去世とか先祖というフィルターを通して見ることで、『自分じゃないから見るのも弄るのも気が楽』な訳です。
そのビジョンが出て来ること自体は全く特別なことではありませんが、"便宜的にそういう手法を取った方がスムーズな場合"に限り、セラピスト側は退行催眠で過去世へ誘導することがあります。

自己ワークなんかで過去世に行く方もいらっしゃるでしょうが、原理的には全部同じです。
その人の潜在意識下の情報を、何らかの形で引っ張り出している。ということで。
因みに私は個人的に輪廻転生肯定派ですが、更に言えば「どっちでもいいじゃないですか」派でもあります(笑)。



さて、自己成長を求めるタイプの人は、上記のような場面で「やっぱり」とはあまり思わないようです。
「はあ、そうですか。で、それをどうしたらいいんですか? どうすれば良くなるんですか?」
という風に文章が繋がります(笑)。

継続することに意義を見出しているので、一つ解明されて解消されたとしても、「ハイ次ー」とどんどん進んでしまう訳です。
ゴールが目的なのではなく、歩くこと自体が楽しい、みたいな感じかと思います。


自己成長タイプの人は、自己研鑽や自己ワーク等を趣味として活用している場合が多く、何故それを続けるのか質問をすると「生活が改善され、色々な部分に益が出るから」「やるほどラクになるから」と一様に答えます。
確実に結果を出していることを確認しているからこそ続けるという方は割と多くて、一種合理主義であるとも言えますね。

但し、自己成長が趣味という人は、強い修行欲求や受難欲求を抱えている場合が多く見受けられます(私とか 笑)。
手段と目的が入れ替わってしまい、『痛ければ痛い程、成長している』と"痛い"しかないのに何かを勘違いしている可能性がなきにしもあらず。
無駄に辛い目に遭っていないかチェックして、もしそれが嫌ならば手放した方がいいかも知れません。



またこれらのスタンスは時期やアプローチによって、変化の可能性があります。
あるポイントで切り替わって行った人達も、実際に知っています。

そういう時、人は面白いなーと思うんです。
その瞬間を目撃出来るということと、その楽しみや喜びを得られることに感謝することが多々あるのです。



先日、お友達に誘われてアジア料理(トルコ~パキスタン辺り)のお店へ行って参りました。


東中野! 近い割には滅多に行かない東中野!
下車したのは多分10年ぶりとかではないかと思います。

更に、自分一人だとアジア・エスニック系の料理は選ばないことが多いので、興味深い体験でした(笑)。




お料理はどれもこれも美味しくてパクパク食べまくってしまった為、殆ど画像を撮れていません(笑)。
ケバブ(羊の串焼き)やピザ、チーズ、マントウ(小龍包的なもの)など、アジア圏の広い範囲に亘って色々な国の料理が混ざっている感じがします。
優しい味付けの物が多くて、凄く美味しかったですよ!


途中で「あ。」と我に返り、辛うじて撮影出来たのが以下のお料理です。



シシトウとトマト、卵のカラヒィ

・シシトウとトマト、卵のカラヒィ
カラヒィというのは、鉄鍋でシンプルに調理した炒め物です。
これを焼いたナンに載せて頂きました。うまいー。
私ナンが大好きなんですけど、カレーのイメージがあってちょっと意外でした。
パンみたいなものですから、何にでも合うんでしょうねー。




カスタードプリン

・カスタードプリン
バニラビーンズぎっしり! レーズン(かな?)が入っているタイプのプリンです。
食後にチャイを頂いて、満足して帰って参りました♪


お料理は沢山の種類があるので、制覇するには時間が掛かりそうです…。
素朴な店内にて、落ち着いて話が出来たのが良かったです。
また行きたいと思います♪



パオキャラヴァン サライ
URL:http://www.paoco.jp/caravan/index.html
住所:〒164-0003 東京都中野区東中野2-25-6 1F
TEL:03-3371-3750

★営業時間★
月曜~土曜/17時~24時(ラストオーダー food 22:45 drink 23:30)
日曜・祝日/17時~23時(ラストオーダー food 22:00 drink 22:30)





明日は新月ですよー。


4月21日 16:18~新月スタート


です。

ここから48時間は新月ターイム。
時間を作って2コ~10コ以内の願望を書き出して行きましょう♪




先月(春分の新月)に、コラージュをされた方もいらっしゃるかと思います。
この一ヶ月で大きな変化を遂げた方や、イマイチ納得いくものが出来なかったという方は、今回の新月タイム48時間でリトライしても宜しいかと思います。
私ももう一度やりたい位なんですが、また時間が取れたらやってみまーす。楽しそう(笑)。

新月の願いを紙に書く時、『○○になりたい』というものを書くのも結構なのですが、現状を元にした書き方もアリだと思います。
例えば『○○についてのブロックを解消する』『○○になる為に必要なステップに気付く(実行する等)』とかね。
経験上での意見ですが、どのような内容でも変化に対して頑強に拒む傾向のある方は、後者の方が良いかも知れません。


先月の私が書いた文章には、「確実に○○する」「着実に○○する」といった単語がちょこちょこ顔を出していました。
お友達にそれを話しましたら、「確実? 着実? Sachiさんらしからぬチョイス!」と言われました…全くだ(笑)。

変化が顕著だと、やっぱりここは手堅く行きたいと思ってしまうんですよねー。
エゴに足元掬われないようにという用心です(笑)。
これまで何度か下手を打って、アイタタなことをやっているからなんですがね…。


なかなか変化しない現実に怒りや焦りを覚えるタイプの方は、願望を細かく分解して、そのステップを一つずつ書くと見る箇所がハッキリして分かりやすいのではないかと思います。
『海外旅行に行きたい』だとすると、『どの国か』『いつ頃か』『一人か、団体か』『何日程度か』『そこでどんな思いを体験したいか』なんかが分かりやすい分解要素でしょうか。

情報が何も無いのであれば、情報が集まるような文言を書く。
チャンスが欲しいなら、それも。
お金が必要なら、それも(場合によってはタダで行ける可能性も考慮しておきましょうか)。
抑も行けると思えない場合は、行きたいという気持ちが強くなるように、とか。
…という具合です。


願いを新月が叶えてくれるのではなく、自分がフォーカスする箇所を固定する為に新月を利用しているのですから、その辺は見間違いませんよう。

ではでは、楽しい新月をお迎え下さいませ。





必要に迫られて、覚えていないであろう昔の出来事を思い出す作業をしています。
要するに自己ワークなんですけど(笑)。

私の人生でお邪魔になっている、とある観念があります。
これを作ることになった、最初のきっかけは何だったのか? ということを探る為、只今過去に目を向けています。
でも、何から手を付ければ良いかよく分からないのよーという状態です。


分からないので、昔よく聴いていた曲を現在リピート再生しています。
何故かというと、その曲を聴いていた頃の何らかの記憶が浮かべば、その記憶は直接関係なくても手繰って行ける可能性があるかも知れず。
近い記憶から手繰ることで、何れそこに辿り着く可能性も高くあると思いまして。

私には上に兄弟が二人おりますので(下にもいますけど 笑)、割と早くから童謡以外の音楽を耳にしていたと思います。
中学生になってからハードロックや洋楽に行きましたが、その前の小学校の頃にはポップスを聴き倒していました。
その頃によく聴いていた曲とか、TV・ラジオ・町中で掛かっていた曲を動画なんかで探して聴いている所です。


細かい出来事はあまり覚えていないものの、
『当時どういう気持ちでその曲を聴いていたか』
という感覚的な部分が揺り起こされ、うわーこりゃたまらん! と、苦い気持ちになっています(笑)。
かなり重~~~~~~く、そして居たたまれない感じがするんですー。
終わっていないのではなく、単に当時の感覚を疑似体験しているのだと思いますが。

うーん、昔は毎日こんな気持ちで過ごしていたのかと思うと、何だかなーとしか言いようがありません。
いい年した今の方が、よっぽどラクで元気だわよ…(笑)。
こんなに重い気持ちを背負って、よく生きて来られたなあと今更乍らに思います。
こんな重い小学生嫌過ぎるー!(笑)


この重い感じを更に遡ったり、角度を変えて見てみたり、休憩してみたり、また再開して探ってみたり…を繰り返しまして。
あった。あーコレだ! というものも案外早く見つかりました。
というか、音楽を流してこの記事を書いている最中に、突如思い出しました(笑)。

なーんと、スタートしてから一日半で到達。
自己ワーク最短記録やも知れませぬ。
ここは亀の甲より年の功…じゃなくて、継続は力なり。我ながらビックリです。



音楽の力は偉大だと心底思います。
眠っている記憶と非常に密接な関連があるので、活用し甲斐がありますねー。
音の他は、匂いですね。場合に依っては味も。
五感、特に本能に拘わる記憶に関しては、問答無用で肉体が先に思い出してくれるのがポイントです。

捜し物が早く見つかったのは結果論でしかありませんが、今回は記憶を探るにもアタリを付けることが出来ず、糸口も何処から見出せば良いのか分からずに迷っていました。
入り口がよく分からないから、これまでとは違うアプローチで過去に遡ろうと思いついたのが、偶々音楽だったという訳です。


やってみて結構良かったので、自己ワークに取り組む方は音楽(映像でも、何でも)の力を使ってみると、スムーズに気付きや発見に至る可能性があるかも? と思います。
さてさて、出て来た記憶をもうちょっと掘って参ります~。




色々な方から、現状のご報告を頂戴します。
いつも皆様ありがとうございます。


こんな嬉しいことがあった!
こんな風に良くなった!
こんな気づきがありました!

というものもあれば、

こんなことがあってどうしようかと…。
こういうことが辛いです。

みたいなものもあります。
前者のお知らせは嬉しいです。
やっぱり、良いニュースを聞くと気分が良くなりますからね。



仮に後者のような、「こういう出来事があって辛い、大変」と思っておられる方がいらっしゃるとしましょうか。
落ち着く為に私がお勧めしているのは、『自分自身のこととそうでないことに分ける』方法です。

大概の人は、自分自身のこと以外────例えば、親・子供・恋人・配偶者・友達・赤の他人・会社・学校・政治・経済・もう無い過去・今はまだ無い未来────のことについて頭を悩ませています。
書き出して仕分けをすると、殆どが自分のことではないのでは? と思います。


自分自身のことと、そうでないこと。
この辺りの違いが明確に分かると、格段にラクになります。
自分以外のことは、大概どうにも出来ないことです。

だから、抑も出来ないことをやろうとしない。
これを何とかしようとすると、ミイラ取りがミイラに、ミカン取りがミカンに(?)…つまり二次遭難みたいな目に遭います。


もし何か出来る手段があるのだとしたら、自分に纏わることだけです。
だからって、他人を助けるなと言っているのではなく、時間的・体力的・金銭的・その他諸々の余力があるならば、そして気が向いたならそれをしても良いと思います。
お好きになさったら宜しいのではーと。

ここで言っているのは、まず自分のことかそうでないかの把握をし、そしてそれが自分にとって変化させることが出来るのかどうかを知り、現実的な手段を講じるということです。


「国の経済が良くなりません」
「戦争が終わりません」
「子供が勉強をしません」
「娘が結婚しません」
「親が私を分かってくれません」
「好きな人が振り向いてくれません」
「政治が良くなりません」
「好きな野球チームが勝てません」
「取引先が納入期限を守りません」
「会社の上司が評価してくれません」
「後輩の態度が悪いです」


これらのどれもこれも、自分自身にはあまり関係無いような気がします(笑)。
問題があるとしたら、『それを悩みにしている自分自身』なのであって、それ自体は本来問題ではない訳です。

勿論、現実的に対応出来ることはしたら良いと思いますよ。
経済を良くしたいなら、まず自分が活発な経済活動をすればいいし。
戦争を無くしたいなら、戦争にフォーカスせずに毎日他人様と仲良くし、批判の一切をやめれば良いし。
子供に勉強させたいなら、何故それが必要かを相手が納得するように説明出来るような人間になるかとか。
娘が結婚しないのが嫌なら、自分が良い結婚をしているかどうかをシビアに見るとか。
親に自分を分かって欲しいなら、先に自分が相手を分かっているかを検証するとか。
……書いてて腕が疲れたので、この辺りでやめときます(笑)。


そんな訳で。
本当に問題で、それをどうにか出来るのは、自分自身に付随したことだけなのです。

今、自分が抱えている問題(だと思っていること)は、本当に自分の問題なのか?
事実を正確に見てみる時間を設けてみるのがお勧めですよ~。




庭で、ひめりんごの花が咲いていました。
一重の桜は終わって、今は八重が満開です。
次々に咲き誇る花々が本当に綺麗で、自然と笑顔になれる季節が来ましたね。
ウォーキング中にも、とても喜ばしい気分になります。


ひめりんご




少し前のウォーキング中、親について考えていました。
両親とは我々にとって非常に密接なテーマであり、終わったと思っても結構後になって「あ、まだあった」と何度も顔を出すモグラ叩きのようなものです(笑)。
でも、やればやっただけの変化は得られますから、取り組む甲斐もあるというもの。


元々私と父は長いこと折り合いが悪く、仲良くしたくても手を付ける箇所が分からぬまま、嫌な目に沢山沢山遭って育って来たんですね。
そのうち大嫌いになったりしましたが、取り組んで行く間に「嫌いだけど愛はある」へ変化して行きました(好き嫌いと愛はベクトルが全く違うものです)。

母は既に亡くなっていますが、生前の彼女と私は共依存とでも言うべきベッタリぶりで、まるで異性のようにずっと好きだったんです。
死後も敬愛する対象でありましたし、守るべき人でした。
ダメ父ちゃんにしっかり母ちゃんという、昭和によくあるイメージですかね(笑)。


さて今回親のことを考えて気付いたのは、
『好きになりたかったなあ』
ということでした。
つまり、終ぞ好きになれなかったということでもあります。

私は、トラウマがあるとかニーズがどうとかいうことは関係なく、ただシンプルに好きになりたかったんだなと気づきまして。
嫌いでいてもOKじゃん、好きにならなきゃいけない訳じゃないのか。なーんだ。
という風に気付いてから結構経ちますが、その時とはまた違う側面とか深さでの気づきのように思えます。


母については、「例えばクライアントとして訪れたら、何とアドバイスしますか?」というお言葉をお世話になっている方から頂いたので、その視点で見てみました。
もし私の母がお客様として私の元を訪れ、「凄く大変、辛い、苦労ばかり」という話をするとしたら、私は簡単に「じゃあやめちゃえば」と言うだろうなーと思います。

そうしたいならすればいいじゃん。嫌ならやめちゃえ。
という、非常に短絡的な思考を持っているので(笑)。
「でも、こうでああで出来ない」と言う場合は、「ふーん。じゃあお好きにどうぞ」で終わる気がする…と(笑)。
そう考えると、私は母の生き方は好きじゃなかったのかも知れない。
というか、好きでいたかっただけかも…ということになります。


これまでの絶対的な信仰が崩れた瞬間かと思いきや、案外冷静で
「うーん、出来れば好きになりたかったな。しょうがないけど残念だなー」
程度なもんでした(笑)。

勿論それは、これまで延々取り組み続けて来たからではないかと思います。
いきなりこれにぶち当たったら、認めない為にあらゆる言い訳を使ったでしょうし。
気付けたことも、今まで自分で取り組みを続けたからこそ、このタイミングこの形だった訳で。
そしてまた、少しずつラクになって行くのだろうなと思っています。






「『自信が無いんです』を聞かれてもいないのによく言う人は、自信家に見えます。では、一体何のために『自信が無い』を連呼するのですか?」



というご質問を頂きました。


理由は幾つかあるかと思いますし、人に依って多少の違いもあるでしょう。
一つには、「プラスのことを言って貰えるから」というものが挙げられます。
つまり、『手っ取り早く褒めて貰えるから』です。



「私なんてどうしようもないんです。ダメなんです。自信も無いし何も出来ないし」


と俯いて言っている人が居たら、反射的に


「そんなことないよ、大丈夫だよ、あなたには良い所が沢山あるよ、例えば…」


と言ってしまう人が大半なのではないでしょうか。


ここぞとばかりに、褒めちぎる(笑)。
パワーゲーム開始でございます。


とは言え、それはそれで良いと思います。アリ。うん。
でも、主導権の引っ張り合いであるパワーゲームに飽きたら、又は疑問を感じたら、違うパターンを試してみると面白いかも知れません。


最初の「私なんて…」と言い出す人がいたら、

・「そう」「へー」で終わらせる
・「本当にそうだよねー」と同意する


等と、違う手を打つというのは如何でしょう。
…後者はかなりのチャレンジと言えますが(笑)。


褒められることに依り、エゴは一瞬だけ満足します。
欲しいものを得て満足しますが、それは一瞬の出来事でしかないので、また次なるエネルギーを求めて活動します。
この繰り返しは『搾取』とも言えるでしょう。
自分で自分に満足を与えるのではなく、他人から奪うことで活動している訳ですね。

褒められたいとかプラスの評価を得たいというニーズは、誰にでもありますし、当然の欲求です。
それが全て搾取かと言うとそういう訳でもないので、判断を誤らぬようご注意を。
いつも書いていますが、搾取だからダメだとか悪いとかいうのも、何ら意味のないことです。
物事に対して『良い・悪い・正しい・間違っている』というジャッジをいちいち持ち込むと、問題が複雑に見え始めるので、こちらもご注意を。


搾取と表現しているのは、多方面からの視点を獲得するという意味であって、それが真実かどうかはまた別の話です。
「こういう風に見えることは、違う見方をするとこうだし、また違う側面を見ればこうだよね」ってことで。
色々書いている私の文もまた、単純に一つの視点でしかないということですね。



本日は4月度ワークショップでした♪
ご参加の皆様、ありがとうございました。


先月の新月で製作したコラージュを持参して頂き、それぞれ鑑賞・検討。
こういう制作物は、人によって全く違うのが見物です(笑)。

台紙のサイズや色、切り抜きの形、レイアウト、素材のチョイス、全体の印象等々。
十人十色というのを感じました。
また作り直すのも、足したり引いたりすることもアリなので、気になるようであれば更に手を入れるのがお勧めです。


ご参加の皆さんの多くが、断続的な変化を続けていらっしゃるご様子で、つい最近までのケースが通用しなくなっている…という雰囲気も一部にありまして。
それまでこれこそが正しいと思ってやっていたことが、実はエゴのトリックの一部であったり。
犠牲的精神や親孝行な美談に見えることも、実は明確な別の目的の為に行われていたと気付いてしまったり。
それぞれ、「これまでの手が通用しない」ことになって来てるんだろうなーと思う箇所が幾つもありました。

そして、混乱していると仰った方もいらっしゃいます。
古い観念が崩れるには、混乱は不可欠になります。
この混乱は、自分が迷子になっているのではなく、エゴが迷子になっている訳です。
これまで使っていた道が消えちゃった! と、オタオタしているんですねー(笑)。
これを経ての破壊と再生、或いは新生でしょうか。




さて、今後のワークショップスケジュールです。



5月13日

6月10日

7月8日



全て日曜の開催です。
6月10日のみ8時間の1day ワークショップになります。

内容の詳細はサイトをご参照下さいませ♪


気づきと成長・解放と癒しの場でご一緒出来ますこと、楽しみにしております。



そろそろ桜の花も散って参りまして、新芽が芽吹いている木がちらほらと見受けられます。
4月も下旬に入りますと、春とは言えども初夏の陽気になる日がありますね。

さてさて、そんな春夏のシーズンは軽やかなファッションの出番が増えますね。
この季節に合わせやすいアクセサリーを作りましたので、掲載しまーす。

携帯が新しくなったので、わりと高精度の画像が撮れる…かも知れない(笑)、という実験でもあります。
まだ慣れていないのですが、追々上達を願いつつ(笑)。

※全ての画像はクリックすると大きなサイズになります。





コンクパールピアス

★K14GFコンクパール マルチカラーピアス
こちらはコンクパールという、可愛いピンク色をしたシェルの仲間です。
プルメリアの形にカッティングが施されていて、とてもキュート!
その他のストーンには淡水パール、アパタイト、ペリドットをあしらっています。
甘口なイメージなので、敢えてTシャツとジーンズなんかに合わせると、バランスが取れるかも知れません。




アパタイトピアス

アパタイトピアス

★K14GFネオンブルーアパタイト アメリカンピアス
プールブルーに発光する、非常に透明度の高いアパタイトをメインに使用。
その他にマンダリンガーネット、ペリドット、ピンクサファイアをあしらっていて、キャンディカラーをイメージしています。
こちらはアメリカンタイプ(チェーンをホールに通してぶら下げる物)のピアスです。





スワロネックレス

スワロピアス
★K14GFスワロフスキー×ターコイズネックレス&ピアス
スクエアカットのスワロフスキーと、スクエアカットのターコイズを組み合わせました。
四角いカットはシャープなイメージがありますが、フューシャカラーのスワロフスキーとブルーのターコイズで元気カラーにしています。
ちょっとゴージャスに見えますが、カッターシャツやハイネックのシルエットに合わせると格好良く決まります。




シャンパンクォーツネックレス

シャンパンクォーツピアス

シャンンパンクォーツピアス

★K14GFシャンパンクォーツネックレス&ピアス
上品なシャンパンカラーをしたクォーツは、オニオンカットが施されています。
また下部のフォルムもとんがっていて、とてもお洒落♪
ピアスは長くチェーンを通して使う、アメリカンタイプ。
ネックレスはY字のシルエットを形作り、首元が細く長く見えます。
淡水パールとベリルが添えてあり、ゆらゆら揺れてとても綺麗です。





他にもまだあります!
但し、相変わらずイベントの予定が無いので、お目にかかれるのは明日のワークショップか、要請を受けての行商(笑)のみです。
偶に知人・友人の皆さんに請われて行商に行くのですが、喜んで買って下さる方に出会うと本当に嬉しいです。

可愛いもの、綺麗なものを作っていると、時間を忘れます。
そして作ったら気が済んでしまうという…(笑)。
喜んで下さる方の所へ行きますようにと、心から願っています♪




そうそう、明日は4月度ワークショップなのです。
参加される皆様、お会い出来ますことを楽しみにしております♪






ウォーキングをしていた時に、突然何の脈絡もなく
「もうダメかも知れない」
という思考が出て来ました。
直後に「は? 今なんでそんなこと思った?」と自分に待ったを掛けたんですが。

「もうダメかも」というのは、勿論私のエゴが喋っていることですが、そういえば以前はかなり頻繁にそう思っていたことを思い出しまして。
過去ではなく、この時の思考をプレイバックしてみましたが、別に関連ありそうなことは考えていませんでした。
では何故出て来たのだろう…と首を傾げたのですが、あまりに突然のことだったので、歩きながらちょっと検証してみることに。


私の中で"もうダメかもと言っている担当さん"がいると仮定してみると、どんなヴィジュアルで出て来るかな? とイメージしてみました。
すると、細長く燃える青白く細い細い炎の中に、私の姿が影になって映っている、というヴィジョンでありました。
なんか非常に弱々しく儚い感じが…(笑)。

歩きながら、暫くそれを観察していて分かったのですが。
この「もうダメかも知れない」と囁くエゴは、どうやら私が新しい状態(環境、思考、肉体、人間関係等)へ移り変わる途上、若しくはその前触れとして現れているらしく。


多分、子供の頃から精神的にも肉体的にも痛い思いをし続けていたことにより、変化=痛いこと、辛いことというインプットが強くあったのではないかと思います。
だから変化しないように、「もうダメかも知れない」という言葉を使って、警告を発していたのだと気付きました。

ダメかも知れないと強く思えば、足を止める可能性は非常に高くなります。
そして、脈絡無く(という風に思える形で)その思考が発生すれば、それは『勘』であると片付けることも出来ます。
過去、『勘』には結構な格率で従っていた私なので、より確実性のある方法を採っていたのではなかろうかと。
いやー、脈絡無くてもやっぱり勘じゃないわよねー(笑)。


エゴは長い間、こうやって必死に守ってくれていたということに気づき、強い感謝の念が沸いて来ました。
そのやり方しか分からなかったからこそ、長い年月こういう風に囁いていたのだと思いますが、とても愛しいもののように感じました。

過去の私はこれを鵜呑みにして、自ら足止めを喰らったりしていたこともあるでしょう。
でも、それもこれも我が身を守る為だったのだと思えば、感謝するより他にありません。
長い間守ってくれてありがとう、と心からエゴに感謝しました。


エゴは敵ではない。
それは既に知っているのですが、こうやって気づきが訪れる度に、また新たな理解を得ることになります。
同じような気づきであっても、角度を変えたり視点を変えるだけで、深く納得することがあるなあと今更ながら思います。


そんな風に、歩きながらしみじみと自分の変化に感じ入っておりました。




今日は大変に暖かい一日で、もうすぐ初夏が来るんだなーという陽気に驚きました。
サンダルのシーズン目前、夏は苦手ですがサンダルは好きなので、今年もう一足新しいのを購入しようか考え中です。



さて、7月のワークショップスケジュールが確定しましたので、お知らせ致します。


7月8日(日曜) 11:00~14:00


です!
レギュラースケジュールなので、設定は何時も通りでーす。
気になる方はサイトをご覧下さいまし~。


4月15日ワークショップにご参加の方は、先日作成したコラージュをお持ち下さい。
また、昨年分がお手元にありましたら、是非比較の為にご持参下さいませ。
作成していない方は、そのままお越し頂いて構いません。




同業のセラピストさんに「いつもワークショップやってるよねー」と言われていますが、確かに月イチ開催なのでいつもと言えばいつも。
でも月イチなので、時々と言えば時々…でしょうか。
私の中では続けることが重要だと考えているので、月イチな訳です。
多分、一方的に教えるタイプのセミナーではない形としては、結構珍しいと思います。

そうえいば先日、お会いした方に
「『ワークショップやめるー』とか急に言い出さないで下さいね」
と言われました。
時々こういうこと言われるんですよねー。
…何故なら、"ある日突然やめそうに見える"からでしょう(笑)。


ここ暫くの間に、
「あなたは他人に対して執着が無いですね」
「決めたら引き返さないんですね」
「やめる時はスパッと執着ゼロでやめるよね」
というようなことを何人かの方に言われました。

頓着なのか執着なのか分かりませんが、そういう類のものはやや薄い…というか、薄くなったのかも知れないです。
昔は『~ねばならない』『~するべき』がてんこ盛りの、ネバネバべきべきした人間だったんですけどねー(笑)。
自分について解明が進んで行くと執着が薄れて行って、反対に柔軟性は増したように思います。
「その時考えます」「どれでもいいんじゃないですか」「まあ、大体で」といった具合に、自分の考えや価値観に拘ることが激減しました。


これも偏に自分を知る作業を続けたお陰です。
周囲の皆さんも、様々な形でご自分を知る作業をしていらっしゃいます。
またそういう方々とお話をすると、しょっちゅうお話ししても話題が尽きないのが面白い所です。

…だからって、そういうことをしなければならない訳ではありませんよー。
何を考えようと、何をやろうとやるまいと、ぜーんぶ自由なのです。





ちょっと前に、お友達とジュエリーショップ巡りをしました。

現在、私は自分でアクセサリーを作っていますが、元々は見るのも大好きでして。
やっぱりジュエリーやアクセサリーは見てこそ楽しめるもの。
という訳で、物心ついた頃から宝飾品を見るのが大好きでした。


最近はショップのアクセサリーをじっくり見ることがあまり無かったのですが、お友達にお連れ頂いて見て廻った所、ちょっと前の自分とは感じ方や見え方が違うことに気付きました。
なんかこう…何でもかんでもあんまり反応しないというか(笑)。
例えば去年なら「いいなー」と思っていたであろう商品も、何故かピンと来ないような?

ン千万のダイヤの指輪とかネックレスでも、「ふーん」で終わってしまう物があり。
逆に言うと、値段は安くても「コレはいい!」と食い付いてしまう物もありまして。
何だろう不思議不思議と思っておりました。


そんなこんなで本日。
フリーアナウンサーの山口智子さんとお茶する約束をしていたのですが、私の希望で先日と同じデパート内の同じジュエリーショップ巡りをご一緒して頂きました。
こないだの自分と同じ反応をするか、確認確認。
……うーん、やっぱり寸分違わず同じ感想でした(笑)。

いえ、何処のショップの商品も綺麗なんですよ。それは分かるんです。
でも、凄くイイ! と思ったお店が三店舗程度で、あとはスルー。
前は何を見てもキレイー! って感じだったのが嘘のようです。
そうそう、「ここのはいいね!」と二人で意見の一致を見た店舗も、幾つかありました。


同じ階にあるハイクラスブランドでも、同じような価格帯、似たようなデザインの商品は沢山あります。
が、商品のみを見ていると、明らかに質が違うのが分かる。という程、全然違うように見えた物が沢山ありました。

ぐるぐると売り場を廻りながら(笑)、
「ブランドネームや値段は度外視して、商品そのものだけを見ると、それまでとは違う風に見えるもんですねー」
ということを確認し合ったのでございました。
与えられた情報による先入観の凄さが分かり、凄く面白かったです。




タルト

『カフェコムサ』のマンゴータルト。
クリーム少なめ、フルーツたっぷりで美味しかったです♪



紅茶

伊勢丹新宿店の地下にある、高級チョコレートのお店『ジャン・ポール・エヴァン』でちょっと一休みして来ました。
流石チョコレート専門店、メニューがチョコだらけで圧巻でした(笑)。

ハイパーなデパ地下、新宿伊勢丹。
沢山の店舗がひしめき合い、凌ぎを削っていて、売り場の勢いが凄かったです。
日本で一番、流行が分かるデパ地下ではないかと思います。
混んでいるのでつい敬遠してしまうのですが、偶に行くと大幅に店舗が入れ替わっていたりして、世相の変遷が分かりますねー。



いやー、デパートは見ているだけでもかなり面白いです。
自分の変化のバロメーターとして、また遊びに行こうと思います。
そしてご縁な出会いがあったら、お買い物もします(笑)。




お友達と、吉祥寺~井の頭公園近辺をご一緒して参りました。


花曇りの本日。
そろそろ散り桜の井の頭公園でしたが、まだまだお花見客で一杯でした。
平日なのに大混雑で、凄いことになっていてビックリ。
そして、公園内に隈無く漂う酒のかほり…(笑)。

池は大混雑で、ボート渋滞等も見られました。
手こぎボートもスワンボートも大繁盛。ぶつかりそうな程に出ていました。
売店も長蛇の列でしたし、抑も吉祥寺方面から井の頭公園に入る道から既に大混雑。
とにかくあちこち凄かった…。


井の頭公園

井の頭公園の桜


池の端の方まで移動すると、流石にボートも疎らになって来ます。
普段はこんな感じなんですけどねー。
子供の頃から来ている場所ですが、年々混雑具合が増している気がして仕方ないです。
一体どの辺りからいらっしゃってるんでしょ?



お茶室にて

近くのお茶室で一休み。
お抹茶とお菓子を頂きました。

この後、ごはんを食べに移動開始。
大変美味しいお店でほぼ貸し切り状態でした。
その後は更に飲み屋へとハシゴ…(笑)。


沢山お話しして、沢山あちこちで食べ(笑)、沢山大笑いして、とーーーーーーーっても楽しかったです!
ご一緒頂いてありがとうございました♪

普段ここでは色々書いていますが、私は元々『人生の役には恐らく立たないであろうどうでもいい話』が大好物なので(笑)、目的も結果も特にない時間が凄く大事なんですよねー。
日々の中で、他人様と共にこういう時間を持てることが大変有り難いです。


いやー、危うく終電ギリギリって所まで喋ってしまいました。
充実した一日、本当に楽しかったです!





近所の桜が満開でした。
先日の土日で、お花見をされた方も多くいらっしゃるかと思います。

お花見と言えば桜。
四季折々の花が咲く日本にあって、何故桜だけに反応するのかとても不思議です。
わざわざ桜の為だけに宴会するんですよね。
不思議だ(笑)。
単純に、年度末・年度始まりと桜の季節がリンクしていることが、要因なのかも知れないですね。


桜


深夜のウォーキング中に撮影した桜です。真夜中ですよ?
携帯カメラの高感度モードで撮影したのですが、非常に明るく撮影出来ることが判明。
文明の進化は凄いことになってるんだわーと感心しました。


以前は満開の桜を見ていると、吸い込まれそうな感じがしていたように思います。
それから、虚しさとか悲しさを感じていたような…記憶が(笑)。

今年はどういう訳か全くそんな感じはしませんで、おー咲いてる咲いてる綺麗だねー程度なものでした。
何故感じ方が変化したのかは、ちょっと分からないのですが、ここ一年で自分について様々な発見もありましたので、その辺りと関係あるのかなと思います。


自分の内面に抱えるものが変化すれば、反応する場所=惹かれるものも変化します。
だから、そういう理由なのかも知れません。
そういえば、先日コラージュをした時も、それまで貼っていたものが大幅にカットされて、違う写真を沢山使ったなあと思いました。
自身が人生でチョイスするもの(目を向けるもの)が、結構な変化を見せているのでしょう。

以前は悲しいもの、苦しいもの、辛いものを自分の中に抱えすぎていたから、何を見ても悲しみを覚えていたのかも知れません。
今年は自分の内面が全くと言って良い程に反応せず、そこに少しの違和感を覚えながらも(笑)、変化を確認。
毎年似たような印象だったことが、違う印象を受けるとなると、やはりかなり変わったんだなーと思っております。




先日、突発的に身内で開催されたワーク合宿の話です。


今回はプライベートな場所を会場にご提供頂いたこともあり、既にワークショップに参加されている方々のみにお声を掛けさせて頂きました。
ご参加頂いた方々それぞれに、発見や気づきがあったというご報告を頂いております。

長時間自分と向き会い続ける作業をすると、その後の変化は長期間に及びます。
終わって一週間はまず、まだまだワーク中であると認識された方が良いでしょう。
経験上では、一時的に高い状態にした波動が、一週間は持続するからです。

その状態で居る間は、色々な形で気付きや現象や腑に落ちる体験が続発します。
断続的に色々なことが起きますので、精神的にはちょっと忙しいかも知れません。
また、感情も直ぐに浮き上がって来る場合が多いので、一時的にではありますが、泣いたり笑ったりが増える可能性があります。
いつもより幸福感を感じたり、いつもより涙が出たり…ということですね。



さて合宿から一週間経った今日ですが、ご参加頂いた方からメールを頂戴しました。
以下にご感想を掲載させて頂きまーす。




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色々な感情や思考、観念がどんどん外へ出ても出てもきりがないように思う時があります。
まだ終わらないのかよーいつ終わるんよーと(笑)。


経験上では、「早く終わって欲しい」と思っている間は、まだまだ先が長いように思います。
例えば親の件についてのブロックを解放しましょう、ということで取り組んだとしても、人によって数や大きさ、深さが違います。
現実面のどのような箇所に影響があるかも、やってみなければ分からない。

エゴとしては「はい、終わりました! もうありません! 全部綺麗に流れて行きました!」といちいち言うのですが、これも所詮はエゴの戯言。
内容の信憑性はと言えば、怪しさに満ち満ちています(笑)。


以前も書きましたが、自分の中にある全てのブロックに手を着ける必要はありませんで。
人生の中に於ける何かが上手く行かない時や辛い時に、じゃあそれをスムーズに流れるようにしましょう、何が邪魔をしているか見ましょう…ということで探ってみたら、とあるブロックでした。という形で取り組めば良いのであって、ブロックを解消する為にブロックを探す必要は無いと思います(趣味なら止めませんけど 笑)。

抑もの話、我々が生きている限り日々観念は作り続けられています。
それら全てに目を向けて解消することは、事実上不可能と言えましょう。
主要なものを外すこと、それと問題に対応したものを解消することの二点が重要かと思われます。


現実的に何も問題がないのであれば、仮にどれだけ重大なトラウマがあったとしても、「それがどうした」で終わっちゃいます。
だからそういう場合は、何もしなくていいんではないかと。
いや、問題があったとしても何かする必要は特に無いかも知れないです。
言ってしまうと、それをどうするかは趣味嗜好や好みの問題でしかないですね(笑)。

私がやっているのは、趣味だからです。
より良くなることや、自分を知ることに非常に深い関心があるからという理由です。
元々は生きることが辛かったから・変わりたかったから・ラクになりたかったから…ということなのですが、続けている間に『更により良くなること』へ興味がシフトして行ったように思います。


昨日の記事で書いたのと同じように、私も最初は「こんな人生嫌だ」がスタートでした。
で、やっている間にマイナスをゼロにすることだけでなく、ゼロからプラスに持って行くことへ興味が湧いたということですね。
これが、『汚くて住み心地が悪い家を引き払いました』の後に来る、『新しい綺麗なおうちに引っ越します』と目的を定めた状態です。

但し、自分にとって本当に住み心地の良い家というのは、それまで一度もやってないから分からない訳で(笑)。
日々転居を繰り返しつつ、段階に応じたそれなりに素敵な我が家を堪能しているのですが、更にお掃除を続けることで「あれーひょとしてあっちの家の方がいいかも…」と気付くんですね。


行くも戻るも、そしてそのままで停止するも、その人に与えられた自由を活用していることになります。
世界中の人が癒されれば世の中が良くなる、だからそうなった方がいい・そうなるべき…とは、私はあんまり思っていないんです。
いつも通りの言葉ですが、「どっちでもいいんじゃないですか」と。


その自由をどう使うかは、一人一人の命に付随した貴重な権利なのですから。




先日の合宿で取り上げられたテーマの一つに、
『嫌だと言い続けながらも、そのパターンをやってしまう』
件についての話が結構長く出ました。

まあね。嫌よね(笑)。
但し、嫌だと言い続けている間は、変わらない可能性が大なのです。
パターン変更を促す為のコツ、というものがありまして。


・そのパターンの全貌を把握する
・自分で操っていることに気付く



この二点は重要なポイントと言えます。
これらが完全に理解出来ると、変化させる為の道が開くことになるでしょう。
更に、この二点を把握した上で『どのように変わりたいか』を知ることが重要になります。


「何故、それを自ら起こしていると気付く必要があるのですか? 気付くとどうなるのですか?」
というご質問を後日頂いたのですが、何故でしょう。
ちょっと考えてみて下さいねー。

仮説で構いませんので、ご自分なりの解釈を出してみて下さい。
…………如何でしょう。では、続きです。





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お友達にお誘い頂きまして、映画の試写会へ行って参りました。
まだ情報規制中なので詳しく書けないのですが、解禁になったら掲載しますね!

内容ですが、大変素晴らしかったです。
キャスティングも、役者さんの演技も、構成も、バランスも大変良くて、元気になる作品でした。
お誘い頂いて感謝感謝です。


一緒に行った方々とお話ししましたところ、現在取り組んでいるテーマに関連するエピソードが端々に垣間見えたようで、それは私も例外ではありませんでした(笑)。

勿論、それも自分の投影でしかないのですが。
あまりにストライクな逸話や台詞があったので、各々座席で笑ったり泣いたりしていたようです(笑)。
これも一種のシンクロニシティと言えましょう。
各人が行くべくして行ったんだろうなあと感心しきりです。


色々なブロックが解消されて行くと、抑圧とは違う意味で涙を流す回数が減ります。
実は泣き虫だった昔の私ですが、メンタルブロックに取り組み続けたことで、泣く回数が激減しました。
一番最近は、いつ泣いたかな~という感じです。

ブロックが消えて行くことで感情自体が揺れなくなり、過剰反応する必要が無くなります。
感じないのではなく、抑圧しているのでもなく、理解出来ないのでもなく、単に反応しなくなる訳です。
自分のブロックに反応して『感情が揺れたと思い込んでいること』は沢山あります。
それは、今ではなく過去の自分が知って欲しい、助けて欲しいと叫んでいる場合が殆どです。


どんどん傷が癒されていくと、悲しいとか辛いとか妬ましいといった感情のスイッチが入る瞬間、それに気づき易くなります。
その回数自体が非常に少なくなるので、目立って分かりやすくなるんです。

逆にあまりにもブロックだらけだと、あらゆる場面で思考と感情が揺れ動きまくるので、どの部分にどう反応したのかさえ判別が難しい状態です。
という訳で、整理されればされるほど、自分に手を着けやすくなるということですね。
────今日の私がなんかそんな感じでした(笑)。

丁度、現在取り組んでいることに非常に近い台詞が出て来た一箇所で、ウルッと来てしまい。
「ありゃーこりゃ私だよ」
と勝手に舌を巻いておりました(笑)。



お天気も大変良く、昨日の嵐が嘘のような爽やかな陽気でした。
往路・復路共に暖かくて、作品の素晴らしさに比例していたように思います。


cake

試写の帰りにお茶をして来ました。
桜風味の苺ケーキです。こちらも春らしい季節もの。
とても美味しく頂きました♪



ホームで電車を待っていた時のことです。
50代と思しきスーツ姿のおじさま達が数名、立っていらっしゃいました。

カバンは書類や荷物でパンパンで、重そうにそれを肩から掛けていたり、何やらお話をされている姿等を見て、突然
「この人達が日本を動かしてくれているんだなあ…」
という思いが沸いて来ました。
当のおじさま方は、後ろに立っている私が
「毎日ありがとうございます。本当におつかれさまです」
と心の中で手を合わせていたこと等、知る由も無いでしょう(笑)。


私はフリー稼業ですので、あまりスーツのおじさま方や、所謂サラリーマンと呼ばれる方々にあまりご縁がありません。
父や祖父はサラリーマンでしたが、私自身は違う道を選んだこともあり、身近なものとして捉えることは少なかったのではないかと思います。
それなのに、急に知らないおじさま方を有り難く感じてしまった理由は不明です(笑)。

こういった気持ちになったことは過去もあるのですが、大概は専門業とか飲食業等の人達に対してだったと思います。
例えば、ラーメン屋のおじさんが暖簾を片付けているのを見て、知らない人なのに「自分の仕事を今日も全うして、カッコイイなー」と思ったりしていました。
この地味ながら確実に起きた変化について、一体何があったのかと我ながら謎でいっぱいです(笑)。


ひょっとしたら、おうちに帰れば奥さんに邪魔者扱いされているのかも知れないし、娘は口を利いてくれないのかも知れないし、息子から馬鹿にされているのかも知れないし、会社では部下や上司の板挟みになって悶々としているのかも知れません。
仕事が出来ないのかも知れないし、人生に疑問を持つことなく過ごしているのかも知れないです。
そんな鬱憤を晴らす為に、若い女の子と不倫をしたり、夜な夜な飲み歩いたり、風俗に遊びに行ったりしているかも知れない。

でも、そういうことを考慮しても尚、有り難いことだと思いました。
飛躍的な理論ではありますが、こういう方々があっての現代日本な訳です。
それを言うならフリー稼業の人にも同じことが言えますし、引いては全ての人に同じことが言えます。
赤ちゃんからお年寄りまで、たった今この世界に存在しているということは、何を為そうと為すまいと、ただそれだけで素晴らしいことなのだと思いました。
どんな思想を持っていようが、どんな生活をしていようが、どんな性格だろうが、関係なく有り難いと思ったんですね。




これまで目を向けていなかった部分に、自然と目が向いて感謝を感じるようになったことに、ちょっと驚いたのですが…更に。
その後でお会いした方が、丁度私が目撃した世代のサラリーマンの方々について、色々言われていました。
お勤め先のそういったおじさま方について、とても残念でガッカリされているとのことで…。

なんとまあシンクロだわーと思いながら、私が体験したことをお話ししたんです。
「そのおじさん達は実際ちゃんとした人達だから、あなたがそう思ったんじゃないの?」
と言われて、いやー多分そんなことはないと思うけどーと(笑)。


私は最近まで、
『これが出来るから存在して良い、出来なければ存在価値が無い』
『生きることは何かを為すべきである』
といった基準を何処かで持っていたのだと思います。

そんなものは真実でも何でもなくて、ただ私が勝手にそう思い込んでいただけなんですが、頑なに思い込んでいたせいで、その通りに生きて来たと言う訳です。
つまり、
『何かを為せない自分はダメである』
『何も出来ないのに存在していてはいけない』
『生きるならば、何かが出来なくてはいけない』
等ということを証明する為に、沢山の苦難を自ら作っていたんですねー。人生自作自演(笑)。


これまでも、段階的に『生きているだけで素晴らしい』『全ての人はそれぞれ尊い』という実感を持ったことはありましたが、また違う側面から素晴らしさを体感したように思います。
色々なものを色々な角度から体感すること、その内容が素晴らしいものであることを、とても嬉しく思ったのでした。



31日・1日の2日間でワーク合宿をして参りました!
そして今日は普通にセッションのお仕事でした…結構な強行軍かも知れない(笑)。

合宿をやることには、急に決まったんですよね。
全く考えていなかったというか、予定していませんでしたが、何となくニョロッとやることになった…みたいな感じでした。



往路、朝は暑い位に晴れまして。
車に乗り込んで、現地を目指した…のですが。
見る見る曇って行き、進む先に暗雲が垂れ込めて来て…雨。更に豪雨(笑)。

とは言え無事に辿り着きました。
本州の某所、美しい木々に囲まれた静かな建物で、集まった数名の有志と一緒にワークスタート。
みっちりと取り組んだことで、それぞれの方々にそれぞれの変化や気づきが沢山あったようです。


自分の行動パターンの絡繰りが"解明されてしまった"り、顕在レベルで変化を望んでいるにも拘わらず、絶対に変化を起こさない為に何をしているかが"分かってしまった"り…。
参加されていたのは大変意欲的な方々でしたので、ワーク終了後もそういった会話は深夜にまで及び、泣いたり愕然としたり大笑いしたりビックリしたりと、色々な感情や思考を引き出されていました。

かなり遅い時間まで起きていたので、皆さんその後は爆睡。
翌朝起きてからまたワークをスタートし、予定の時間を2時間程オーバーして終了しました。
人気の無い場所で、ただただひたすら自分に向き合い続けるというのは、そうそう無い体験だと思います。
体験したことや感じたこと、考えたことを生活の中に持ち帰って、更によりラクで楽しい生活に活かして頂けることを願っています。


私もお陰様で、色々な気づきや断片的に理解していたものが繋がって、全貌が理解出来たりということがありました。
こういう機会に徹底して自分を見ることで、深い理解が得られます。
それは、現実をより望むものへ変化させる足がかりとなるでしょう。
こういう学びをご一緒頂けることは何と有り難いことかと、深く感じ入っております。



さて、道中食べた物などの画像をば(笑)。



前菜


ボロネーゼ


チョコバナナ


往路のランチは、イタリアンレストランでボロネーゼスパゲッティを食べたり、チョコフォンデュでチョコバナナを作ったりしていました。
チョコに潜らせるのはバナナに限りますなあ…満足満足(チョコバナナが大好きです)。



フルーツヨーグルト

現地での朝食時、参加者の方がフルーツヨーグルトを作って下さいました♪
私はいつも朝食を食べないのですが、朝からワークがあるので流石にお腹に何か入れておこうかなーということで、ご一緒させて頂きました。
蜂蜜たっぷりのミルクティーと共に頂いて、エネルギーを補給。



富士山

初日のワークは前半豪雨だったのですが、途中で晴れ間が広がって、雪を被った美しい富士山が見えました。
みなさんが抵抗している間は豪雨で、自分の中の解放を始めたら晴れたというシンクロ付き~(笑)。



また何かの際には、突発的に合宿をするかも知れません。
その時がいつかは分かりませんが、学びと気づきと理解の時間をご一緒出来ますこと、心より楽しみにしております♪




プロフィール

Sachi

blog owner:Sachi
潜在意識を活用した、ちょびっとスピリチュアルな総合セラピー、癒しのワークショップ・タロットカードセッションをしているSachiです。
穏やかに楽しく成長出来るよう、入手した情報や、日々の気づき&
発見などをシェアして気ままに更新。
イベント情報も随時掲載中です♪

※記事の内容、情報については一個人の捉え方、考え方に纏わるものが大半です。
絶対的な事実という訳ではありません。
また、私の理解や気付きの段階に応じ、記事の内容にも随時変化がありますことを何卒ご理解下さい。
過去の記事をご覧になってセッションやワークショップにご興味を持たれた方は、最新記事近辺を幾つかご確認下さいませ。


旧blogタイトルは『気づきのステップ』。


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