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Date : 2012年01月

◆ Infomation

【works】
★ヒーリングセラピー個人セッション
 都内で対面式の個人セッションを行っています。
 幸せと癒し、学びと気付きを得たい方へ、様々に対応させて頂きます。
 潜在意識を日常へと活用することで、より良い人生へ変えることが可能です。
 随時お受けしておりますので、サイトをご覧下さいませ。

★癒しのワークショップ
 毎月一度、都内で女性向けの体験型ワークショップを開催中です。
 沢山の変化・癒し・浄化・成長・気づきを促すテクニックが山盛りです。
 2017年11月5日・12月17日(全て日曜)
 の開催が現在確定しております。11月は11時~15時、12月は11時~19時です。
 ※11月と12月では開催時間、料金が異なります。
 ※以降の開催は決定次第upして参ります。
 ※それぞれ内容の詳細はサイトをご参照下さい。

私はアウトロー体質というか基本的に群れないので、どの仕事でも同業者の仲間がいません(笑)。


特に困ってないからいいんですが、時々
「業界の皆さんはこういう時どうしてるんだろう」
と疑問に思う瞬間があったりしまして。
大概は『本当に困ってから考えます』方式を採用しているからなのか、今んとこ問題にはなっていない訳です。

でも、とあるジャンルというか、似通ったカラーの出来事が続くと、
「この対応で大丈夫なのか?」
「違う方策を採った方が効率的なんじゃないか?」

と、首を傾げる瞬間が増えて行くことになります。


今回のソース・ワークショップでは、トレーナーさん方とお話しさせて頂く機会に恵まれまして、ご意見をちょっと伺ってみました。
何についてか? っつーと、


『セッション中やワークショップ中に怒ることはアリなのか』



です。
正しいかどうかじゃなくて、個人的にどういう対応をされているのか、訊いてみたかったという話ですよ。念のため。


私自身はと言いますと、基本的には平和主義なんです(誰も信じてくれないけど)。
フツーに話して分かるなら、それで済ませたい。
……んだけど、それだと埒が明かないタイプの御方はいらっしゃいます。
タイプもそうだし、その時の状況もある。

どうなの? 大丈夫なの? コレで逆に遠回りさせてるとかないの?
ホントは違うやり方の方がいいんじゃないの?
というのが、最近の私の疑問だったのですよ。
こういう時、アウトローは何処に訊けばいいかが先ず分からないという弊害がある(笑)。
でも、お陰様で今回のような機会に恵まれたので、ラッキーラッキー。




結論から言いますと、お二方共に「大事です」とのことでした。
それが正しいと言い切るのは早計でしょうが、ちょっと安心しました(笑)。

無論、個性とか好きな方法によると思います。
私は基本的に極力平和的に(でもバッサバッサと)進めていますが、どーしてものらりくらりだったり、全く響かないわーという時に、冷水をバシャーンと頭から掛けるような感じで怒ります。
怒るというか、叱るんですな。



正直申しますと、人によっては「いいんだよ、いいんだよ、あなたは素晴らしいんだよ」と語りかけるよりも、顔を引っぱたいた方が何百倍も速い、ということが結構あると思っておりまして。
あ、私はやらないですよ(笑)。
やらないけど、それが一番速いやろーと思う時があることもまた事実。

エゴのまやかしの中で生きるのに慣れきってしまい、ヒロイックな考え方が板に付いてしまうと、その靄の中から抜け出すことは非常に難しくなります。
そこで一発ショックを与えることで、ハッと目が醒める可能性が出て来る訳ですね。



私も恩師の方々に沢山怒られて来ました。叱って頂いたんです。
本気で叱って頂いて本当に良かった、あの時の勘違いを糺して頂かなければ今頃どんな人生だったことやら…と、思い返しては感謝することがよくあります。

様々なアプローチも時によりけりで、上手に使い分けて行けたらいいなーと考えております。






昨日までのソース・ワークショップで、ワクワクの源泉を探し出しました。
プログラムの内容も非常に素晴らしかった訳ですが、それとはまた別の側面として、

『多数の人間が一箇所に集まる時の自分の反応のクセ』

の検証をしようと個人的に思っておりました。
トレーナーさんを含めて、20人弱の人達が一箇所に集まり、2日間密集しっぱなしの状況です。
様々な検証をする絶好の機会と言えましょう。このチャンスを逃がす手はないぜ!


そんなちっこい気合いを持って会場入りしたんですな。
席順は受付を済ませた時に、あみだくじで決めました。
そして安定の一番後ろ・中央に決まる(笑)。

私は一番後ろが大好きで、「一番後ろがいいなー」と思いながらあみだくじをやっておりました。
最後部が好きな理由は、全部を見渡せるからです。
いやー最近やっと引きが強くなって来たか! と、若干調子に乗りながらのスタートでした。




色々な場所から沢山の方がいらっしゃっていた訳ですが、特にどなたに関してもこれといった反応はせず、表層意識でのみ「あー、○○さんに似てるわー」とか、あとは「あら可愛いー」だけ。
あとは、「へー」「ほー」「ふーん」「そうかー」で2日間終わってしまいました。

興味が無いとか見ないようにとか近寄らないとかそういうことではなくて、「はあ。そうですか」で本当に終わっていることが分かり、自分にちょっと驚きました。
昔だったら、ちょっと気後れしたり、緊張したり、憧れたり、嫌がってみたりと、様々な投影を他人様にしていたのですが…。
あらー? 全く反応無しですかー? みたいな感じです。



他の参加者の方に、「(他の参加者さんについて)どう思いましたか?」と訊かれましたが、「いや、特に」とか「まーいいんじゃないですか」としかお答え出来ず。
昔なら、沢山の人が集まった中には「ちょっと苦手」というタイプも居た筈なんです(勿論、勝手に投影していただけです)。
でも、自分に取り組んで行くと、好きとか嫌いの嗜好もあっという間に変わってしまうもんだなーと再確認しました。

他人様が気にならないって、本当にラクですね!
逆に言うと、それまではかなり他人様が気になって、気にしすぎていたり、尻込みしていたのではないかと思います。
とっても他人軸だったのですが、軸が自分に移動して来たのでしょう。多分。
私も成長してるんじゃないかい? 結構スゴイんじゃないかい? と思えます。
この辺りはとっても苦手だったので、余計に。




今後も参加させて頂いたワークショップでの気づきが、追々腑に落ちて行くと思います。
仲間とシェアをしながら、確実にモノにして行きまーす。





終わったーーーーーーーー!!!!





と、叫びたい位の終わった感と共に帰宅(笑)。
無事にソース・ワークショップに於ける、2日間の日程が終了致しましたー。ワーイ。
原稿の締切ラッシュを無事に切り抜けた時と似たような感覚があるなーと思いながら、今この記事を書いております。
起きられて良かった…良かった…。



『人生のワクワク、その源泉』

を見付けることに焦点を絞って、様々なワークに取り組みました。
ここで「げんせん」を変換して、何故か「原潜」とか「厳選」とか、それはどうなのーみたいな単語に誤変換すること3回ほど…(笑)。
こんな風に指の呂律も怪しくなる程、色々書いたり話したりをみっちり行いました。

私は精神世界とか自己啓発的なものには割と長く親しんでいるので、意外でしたとかビックリしましたというものは無かったのですが、それでも参加して良かったなーとか、面白かったなーと思っています。
基本的に元を取って帰りたい人なので、どんなイベントでもお土産を沢山持って帰ります♪



時間中はひたすらというか、あらぬ方向へ自由にフラフラとしていました。デヘヘ。
靴は脱ぐわ、直ぐに終わって席を立つわ、暇を持て余してバナナを喰うわ、おめーは幼児か! みたいな行動をずーっとしておりましたのことよ。
でもいいんです。私のワクワクのシンボルは『自由』だって分かったのですから。……知ってたけど(笑)。

今回のように、はっきり指定された綿密なプログラムがあって、それに沿って当て嵌めて行く、創り出して行くという作業は、日頃分散している意識を纏め、明確化するのに非常に役立ちます。
基本的に方向が定まれば、人生は勝手に転がって行くものですし、人生がシンプルになるので、生きやすくなるでしょう。

色々な方がワークを通じて様々なプロセスを体験されていたと思いますが、正解というものは無いと思いますので、その瞬間に出来たものが全てなのではないかと。
勿論、変化し続けるでしょうから、今回がゴールではないと思います。
その変化も楽しみですねー。



いつもワークを主催する立場なので、参加する側を久しぶりに体験しまして非常に面白かったです。
言葉を使い、書いたり話したりするワークは、本業と殆ど被りますので、私は全く苦痛じゃないんです。
出て来ないーとか分からないーという詰まり方は一度もなく、普段やってるとまあラクですよね。と思いながら、有り難く進めさせて頂きました。

顕在意識から探るという作業は、修行好きなタイプには新しい刺激になると思いますヨー。
修行好きはここを直さなきゃ、良くしなきゃ、ブロックを解消しなきゃという方にばかり目が向いてしまうので、「よいよい。あーよいよい」みたいな、ポジティブなものばかりに触れ続ける作業は、慣れていないという意味では苦痛かも知れませんが(笑)。


色々なやり方で、色々な角度で自分を知って行けば良いと思うので、是非とも様々なアプローチに足を運んで頂いて、確実に身に着けて頂きたいと思います。
私もそうやって来ましたし、今もやってますよー。
自分を知る作業の何がいいかって、面白いんですよね。
飽くなき発見の連続ですよ。


ってな訳で、寝ます(笑)。





トレーナーのまりえさん、さはらさん、スタッフのこもれびさん、参加者の皆様、2日間おつかれさまでした! ご一緒頂きましたことに感謝致します。





初日が終了しまして、さっき帰宅しました~(只今23時)。
書けそうなんで書いてしまえ(笑)。


いやー、内容というか密度ぎっしりの一日目でした。
忙しかったし、座りっぱなしなので結構疲れたりも。

私は受験勉強もしなかった人なので、ずーっと座ってテキストとにらめっこするのも、なかなか骨の折れる作業です。
でも、何とかリタイヤすることなく初日終了。


トレーナーのまりえさん「皆さんとても水準が高い」と繰り返し仰っていましたが、私もそう思いました。
結構ハードな忙しさなのに、脱落者も出ず、何とかして食い下がっている感じがして、スゴイなーと思ったんですよね。

何だかんだ言っても、お金と時間を使ってそこに足を運ぶというのは、結構な労力と気合いを必要とすることです。
口では色々なことを言っていても、実際参加に漕ぎ着けたということは、現状をより良くしたいとか、もっと楽しく生きたいというような動機があってこその筈です。
それを現実に近づける為の行動を実際したというのは、それだけでも自分を大きく評価出来る事実だと思います。



色々な方が、色々な場所からいらっしゃっていまして、それぞれ使う言葉も内容も全く違うので、興味深く聞いておりました。
これだけ長時間みっちり向き合う作業をするとなると、ワークのプログラムによって得るもの以外にも、多くのギフトがあります。
スタンス次第で取り放題よ(笑)。

いらっしゃっている方を自分がどう見るかとか、どう関わるかとか、どう受け止めるとか、働きかけるとか、反応するかとか、それこそ沢山の収穫がありますねー。
持ち帰って色々と検証出来るので、明日も楽しみです。
……ただ、朝が早いので(私基準)、そこだけが心配です(笑)。
は、早起きするぞー。おー。




余談。
終了後の食事会がとても楽しかったです。
美味しいお食事をたらふく頂きました。やり切った感で一杯です(笑)。



明日・明後日とソース・ワークショップへ参加して参ります!

両日共にプログラムがぎっしり詰まっているようです。
まりえさんが「結構忙しいです」と仰っていたので、ホントに忙しいんでしょう(笑)。
と、言う訳で……



■メールについて
ワークへの参加に伴いまして、メールの返信が遅れることが予想されます。
大変申し訳ありませんが、即日の御返事が出来ない場合は、申し訳ありません。
ちょっとだけお待ち下さいませ。





流石に、ブログの更新は難しいかと(笑)。
特に、初日の帰宅は恐らく0時近くになると思われますので、余力が残っていたら書きますねー。
もしも出来たら、自分を褒めよう(笑)。


今日は早く寝て、明日に備えます!





『運命は全て最初から決まっているのか』と、偶に質問されることがあります。


私も昔からこの件については度々考えていました。
仮に最初から最後まで決定済みだとすると、成長とか進化の意味が無くなるわなーと思えます。
進化とはより新しい可能性の発現を指しますから、それが最初から決まっているとなると、生命全てのゴールが設定されているということになりますねー。
そこに、進化の余地はなくなっちゃいます(進化と適応を混同するなら違う意味になりますが)。

決まっているのであれば、何をしても無駄じゃないか。と言う人もいます。
仮に決まっているとしても、そのプロセスや期間まで綿密に決定しているのか? 会話や思考・嗜好まで全て決まってるの?
と思うと、それはどうだろうと私は疑問を感じます。


本当のことは分かりませんよ。分からないけど、もし決まっているのだとしたら、それは『いずれ皆、真実に気付いていく』という部分のみなのではないかと思います。
そのいずれがいつなのかまで決まってるのか? というと、そりゃどーでしょーねーという感じです。

何故こんなに苦しいのか、何故あの人と自分はこれ程までに違うのか、この世には何故苦しみや哀しみがあるのか…ということについては、太古の昔から議論されて来ました。
一部の人はその解答に辿り着き、真実の一部が様々な言葉で伝えられています。



全てが決定しているもので、抗えない…という設定を元にすれば、当然報われない人生に於いて縋る対象が必要ですから、宗教や神が沢山生まれたでしょう。
でも、もしかして全ては選べるのかも知れないという観点に立つならば、自分自身が自分の神になります。

運命とはただ終わりを待つものではなく、いつでも、何処からでも変えて行くことが出来るもの…という、その部分に気付く道程だとしたら。
様々な運命の捉え方や定義もまた、エゴが作っている幻です。
どれが絶対的に正しいのかは分かりませんが、生きる上でそれを知る必要はあまり無いのかも知れません。
それに我々は、"どういう生き方をするか"を選ぶことが出来ます。


個々人それぞれに自由があるので、どういう考え方を使うのも構わないと思いますが、やっぱりラクな方がいいと思うんですよ(笑)。
もしも、運命決定論が楽しいというのであれば、それでも宜しいんじゃないでしょうか。
また、より良い変化を選べるという人生に魅力を感じるのなら、そっちで。

どっちでもアリだし、どれでもいいと思います。
でも、現在の考え方に基づいた人生が苦しいとか嫌なのであれば、別の選択肢もあるよーというお話です。
表面的に思考を変えたつもりでも、潜在的に古いパターンがあると、なかなか現実が変わりませんが、色々な方法で潜在意識を変化させることも出来ますので、やっぱりお好み次第ですね。



運命は自分の手には負えないもので、ラストまで全て決まっていますか?
それとも、違う可能性を認めますか?



今度の土日に、月美まりえさんが開催される『ソース・ワークショップ』に参加します(既に満席です)。
以前このblogで告知しました所、すぐさま複数の方から「行きたいです!」というお声を頂戴しまして、参加者の内1/4程度は私の関係者という事態に(笑)。

私自身は行くかどうか迷っていたのですが…というか、殆ど行くつもりは無かったのですが、
「え? みんな行くの? じゃ、じゃあ、紹介だけしておいて『行きません』はKYか?」
みたいな葛藤(笑)を経て、参加することに。
……というか、まりえさんご自身に直接お会いする良い機会だ、というのがほぼ全ての理由なんですけどー。




以前、このblogでも『ソース』の本についてはご紹介したことがあります。
実用的自己啓発本としては、古典に入る部類かと思います。



ソース―あなたの人生の源はワクワクすることにある。ソース―あなたの人生の源はワクワクすることにある。
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レビューも概ね好意的なものが多く、オススメですよー。
是非とも一度お読み下さいな。





ワークショップに参加する前に、まりえさんの所からプレワーク用のテキストを送って頂きました。
制限時間内に問いに答えて行く形式なのですが、この事前ワークを導入しているのは、ソーストレーナーの中ではまりえさんの所くらいなのだそうです。
理由も伺いましたが、当日のプログラムがぎっしりで押せ押せなので、若干余裕を持って学びを進める為だとのこと。



やろうと予定していた日に急用なども度々入ってしまい、取り組めないでいましたが、今週に入って流石にマズい! と、時間を無理矢理作ってテキストに取り組み始めました。

テキスト形式のワークに取り組むのは久しぶりなのですが、これだけがっつり色々なことを書き出すと、日頃忘れていることも多々あると気づきます。
後になって
「あ」
と思い出し、ちょこちょこ追加記入などをしていたのですが、ほぼ書き終わったと思われます。



書いて行く中で、自分が何を求めているか、何に対して満足感を得ようとしているのか、また不満を持っているのか、如何にその不満をベースに「こうしたい!」と思っているか…などの輪郭がハッキリして来て、
「へーこんなこと考えてたっけ…」
と、我がことながら非常に興味深いものがありました。

また、チェックシートなどもありますが、「ここは満足していないからこの選択肢になるけど、能動的にそこを何とかしたいとは思わないなー」等の嗜好も再度明確化されます。
なので、総合では足を引っ張っているかも知れないけど、それはそれで~みたいな感じもあったり。



日頃、セッションやワークショップで色々な方の思考を垣間見てはいますが、改めて自分に問いかける良いチャンスでした。
当然、週末のワークショップ本番がもっと大切なのですが、プレテキストも結構マジメに取り組んだ自分を偉いと思いますねー。だって、マジメにやりすぎて肩凝っちゃったし(笑)。
こんなにマジメに取り組んだのは何年ぶりかしらん。

この時点で既に、参加を決めて良かったと思えます。
……それが如何な理由でも(笑)。






色々な方から「あなたはこういう人ですね」と言われることがあります。
そして、その内容に見られる一貫性はありません(笑)。


「自由ですね」
「ストイックですね」
「真面目ですね」
「気にしない人ですね」
「優しいですね」
「冷たいです」
「控えめですね」
「先頭に立つ人ですね」
「余計なことは言わないですね」
「よく喋りますね」
「面白いですね」
「厳しいですね」
「親切ですね」
「自分からは他人に対して向かって行かないですね」


等々。
実際、これだけ違うことを言われているのを並べてみると、殆ど人物像が把握出来ないどころか、ちょっとこの人大丈夫なの? って感じがします(笑)。


何故これだけ同一人物に対しての評が違うのかと言うと、それぞれの人が自分のなりたい何かや、見たくない何かを投影しているに過ぎないからです。
「この人は絶対こういう人の筈!」
と思い込んでいても、それは自分の一部を見ているに過ぎない訳です。

また、内容がポジティブだろうがネガティブだろうが、「この人にはこうであって欲しい」という願望の投影でもあります。
我々は、他者というスクリーンを通じて、自分のマインドを垣間見ているのです。



そして他者のみならず、色々な出来事に対しても投影をします。
犯罪、いじめ、戦争のような、一般的に良くないと言われていることだけでなく、結婚や長生きや裕福であることや友情や幸せであることに関しても、生きることや死ぬことに対しても、それぞれがそれぞれの観念を持っています。

これらは自分を知る為の、分かりやすいアイコンです。
それぞれの事象に対して、実際はどう思っていますか? 何処にフォーカスしていますか?
何故そう思い込んでいるのですか? それは不変の真実なのでしょうか。



……と探って行くと、人間は観念に支配された生き物だなーと思います。
そして、あらゆる人が違うカラーを持っています。
もしも生きる上で、それらが立ち塞がっているのなら、色々な手を講じて解消したり、変化させることが出来ます。

何度も繰り返していますが、まずはどのような観念に支配されているか知ることから。
他人を使って、一体自分の何を見ているかに気付くことから。



よくある例では、お金が欲しい! と表面的には思っているのに、実は「お金を持ってはいけない」「入って来るものではない」「金銭的に厳しい思いをしなくてはならない」などの観念が潜在的に強くある…というのは、結構見られる話です。
彼が欲しい、結婚したいと切望していても、同じように否定しているのかも知れないです。


自分を知って行くと、案外ビックリなことを深い部分で思い込んでいるのかも知れませんよ。



今日は新月ですよ~。


1月23日 16:39スタートです。




なので、ここから48時間以内に紙とペンをご用意下さいな。
そして叶えたい望みをしっかり書き出しましょう。



新月の願いについてはこちらのカテゴリに記事が纏めてあります。



私は明日、時間を取ってゆっくり書き出したいと思います!



東京は再び雪が降り、積もっています。
どうぞ温かくして、ゆったりしたお気持ちで書き出してみて下さいなー。
良い未来や希望を見出す時は、身体が温かいとイメージしやすいです。
寒い時は多分無理(笑)。

そして、書かなきゃ! と焦るのではなく、じっくり自分と向き合う道具として、使えたらいいと思いますよ。
書いたら何度か読み直し、書き直し、納得いくものを最終稿としましょう。
※書き損じは普通に捨ててOKです。



短いですが、本日はこの辺で!






タロットをしていても、セッションをしていても、
「こうすることが正しいのか分からない、教えて下さい」
と質問されることがちょいちょいあります。




正しい、という定義は何ですか? と問い返すならば、恐らく皆さん同じことを仰るのではないかと思います。
「その後何の問題もなくハッピーで成功出来るかどうか」と。
正しいという言葉を使う時、そこには「失敗を全て避けたい」「苦痛や怖れから解放されたい」というニーズが潜んでいます。
そして、正しいの逆を意味する「間違う」が隠れている訳です。

いつも私は「正しいとか間違っているということ自体が無いと思います」とお答えしています。
どのような状況であっても、そこから気付いたり状況を変えることは可能ですし、どのような動機で何を選択したか、そしてどのように在り続けるかが自分の幸せに繋がっていると理解しています。
もしも正しいとか間違いということがあるとするならば、個々人の中にあるエゴが作った思い込みでしかありません。



感情や思考というのは、一般的にコントロール不可であると思われがちですが、ある程度自分で選択出来ることを明記しておきます。
ハッピーでいようとすれば、ハッピーを邪魔しているものが浮かんで来るでしょう。
だったら、何らかの手を打ってそれに対処すれば良い。

私がご自宅で出来るオススメの方法は、瞑想です。
瞑想は、マインドの創り出す感情や思考から距離を置く優れた方法です。
市販されているCDなんかで誘導してもらうと、入りやすいと思います。
それで寝てしまうとしても、やらないよりは遙かにマシです。
もし大きな感情が出て来て押し潰されそうな感じがする時があれば、書き出しやイメージワークも併用すれば良いでしょう。




何度かご紹介していますが、このような物が市販されています。


ワイス博士のストレス・ヒーリング―やすらぎとパワーをあなたに (瞑想CDブック)ワイス博士のストレス・ヒーリング―やすらぎとパワーをあなたに (瞑想CDブック)
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こちらは瞑想CDです。
勿論、何もなくても瞑想状態に入れるのが一番ラクでしょう(何処に居ても、いつでも出来るということで)。




さて。
失敗したとか間違ったと"思った"時に、どのような感情や思考が沸いて出て来るでしょう。
自分を責める言葉でしょうか。悲しくて苦しいのでしょうか。
色々あるとは思いますが、仮に選択肢を間違ったと思うようなことがあるとしたら、それはその瞬間に間違った訳ではなく、そちらへわざわざ進んでしまう元型が自分の中にあると思った方が良いでしょう。

また、選ぶ時の動機を把握しておくことも大切です。
本当にそうしたいの?
現実から逃げたいからではないのか?
等、実際自分が何を考えているかについて、正面から自問しておくことをオススメします。


繰り返すパターンがあるのだとしたら、正しい選択肢を選べないのではなくて「面倒なことに自分から突っ込んで行くクセ」または「結果、ダメだったということにしてしまうクセ」です。
更に言うならば、落ち込む所まででワンセットだと覚えましょう。
これも繰り返す理由があります。
人によって原因は様々ですのでここでは言及しませんが、人間は潜在的に信じ込んでいる観念に沿って行動していますので、ここを変えない限りは「カンタンに上手く行く」ことを自分自身が拒否し続けるでしょう。

潜在意識は、色々な方法で手を入れることが可能です。
一度では根本的な所へ手が届かない場合が多くありますが、何度も自分に向き合い続けることで、徐々にでも直ぐにでも変化は見られるだろうと思います。



…という訳で、『よくある質問』でした(笑)。





「心配しているのよ」「心配だ心配だ」
と言われると、なんか重い感じがするなあと思っていたのですが、「信用してないよ」に近いからだなーと解釈しています。
「心配してるよ」の後ろに、「だから~しなさい」が暗にくっついている感じがするのも、なんだかなーと思う理由の一つなんでしょう。


こうなったらどうするの、あれはやめなさい、等といい年になっても偶に言われるんですよ(笑)。
日頃の生活では無いのですが、例えば稀に会う親戚の人にとってはいつまでも子供に見える訳で、こうなったらああなったらどうしてくれるんだ、ああ心配だ心配だ、そうだ結婚しないの? 誰かいい人いないの? と、顔を見れば定型文…というのがお決まりの挨拶みたいなものです。

あー、えー…と、いつも同じように返すのですが、あちらにしてみれば道路を飛び出す幼児に見えて仕方ないんでしょう。
まーなにしろ3歳の頃のネタを毎年繰り返されたりすると、笑顔も若干引きつろうというものです(笑)。



信用される日はいつか来るんだろうかと遠い目をしながら、返事にちょっと困ったりしています。
大丈夫だから、元気だから、何かあったら話すからと繰り返しても、次回会う時はリセットされているという摩訶不思議。
元々「こうに違いない」という思い込みフィルターを掛けられているので、如何に元気であっても「大変そうに見える。いいや、大変な筈だ!」と毎度言われるんでしょう。
今や、親からも心配されないのに…(笑)。

人の先入観て凄いなーと思います。
あまりにしつこく心配だ、やめなさいと言われると、「信用ないなー」と思うのですが、あちら様からすると「良かれと思って」な訳です。
それも「自分が体験した判定の範囲で」の話ですが、多分本人は気付いていないのだと思います。
こっちの方が正しい。だから変えなさい、と。
まあ変えないんだけどー(笑)。



例えば、「他人は私に悪意があるに違いない」という色眼鏡を掛けると、言動の全てに悪意を見出そうとします。
「裏切るに違いない」と思い込んでいれば、相手の意図に拘わらず、行動の全てに「ほら裏切った!」というレッテルを貼ります。
"これがいい"ではなく"これでいいや"がクセになると、最初から「何か違う」という選択肢をわざわざ選び、「これじゃない、あれじゃない」を繰り返します。

小さな何かに関してだけではなく、大枠の人生そのものに対して、どのようなフィルターを掛けているか。
そういったことも、気付けば色々なやり方で変えられます。
気づき、変えることが出来るなら、人生の全てがひっくり返るでしょう。
人によっては、全く縁のなかった生活に様変わりすることも、きっと可能なのだと思います。



いやー観念のフィルターって今更ながら凄い威力だなと、親戚からの手紙で思ったのでした(笑)。




東京は雪に続いて冷たい雨となっています。
明日も雨模様だそうですが、とても冷えるので温かくしてお過ごし下さい。




私は基本的に、『結果が本当に良くなるなら何でも構わない』『本当に良くなるなら、どんな道具でも使う』人です。
それは何故かと言えば、結果が欲しいからです。


逆に、結果ではなくプロセスを取るとどうなるでしょう。
プロセスとして挙げられるものには、気に入った見た目の、気に入ったしゃべり方の、気に入った学歴の、道具の、出身の、年齢の、性別の…など、幾らでもあります。
自分が条件としてOKを出せる何か、ということですね。

この場合、やっている最中は(エゴ的に)気持ちいいのではないかと思います。
「自分の見る目は正しかった!」
ということになる(する)でしょう。
当然です、好みの条件から選んでいる訳ですから。



では除外したものの中に、望んだ結果をもたらすものは無いのか? と言えば。
やってみないと分からない訳です。
使ってみて、実体験があってこそ、理解出来る。

でも、見た目が嫌なの。とか、こういう風に言ってくれないから嫌い。とか…幾らでも好みじゃないものを弾く台詞を、人は言うものです。
これを端的な言い方で表すなら、『食わず嫌い』というやつですねー。
別にそれが悪い訳ではありませんが、可能性を自ら減らしているという意味では、ちょっと勿体ないかも知れません。

勿論、プロセスに好みを混ぜるのもアリだと思います。
……結果から目を逸らさなければ、ということになりますが。
必ずしも二者択一ではないので、プロセスも大事~結果も大事~で良いのではないかと。
繰り返しますが、"結果"を取れるならですよ。



プロセスには、「まず最初にこうなって、次にこうして、それからこうなって…最後にこうなる」という、手順のことも当然含まれます。
残念ながら、手順を指定すると、結果が出ないことが殆どです。
という訳で、手順はどうでも良いから結果を取りたい! という意識が大事。

ゴールを見据えていること。
そこからぶれないこと。
道の途中で何かが起きた時に、そっちへフォーカスすると、ゴールを見失います。



今、どの辺に居るのか?
ルートを外れていないか?
どの道を通っているか?
このまま進むと、何処へ辿り着くのか?
ゴールは何処か?

等を、時々チェックしてみると、色々な発見があるのではないかと思います。


それと、個人的なオススメとしては、手順は手放した方がいいんじゃないかなーと。
理由ですか? 手段が目的になっちゃうからです。
これを、本末転倒と言います(笑)。



道を歩む時に、こういったことを見直してみると、もっとラクに進めるかも知れませんよ。




大体の悩みは他人のことだったりするなーと思います。


「誰々(友人・兄弟・親・子供・知り合い・他人)がこうでね、ああでね、悲しくて辛くて…」


という風に、他人の問題を恰も自分の問題であるかのように思い込むというのは、結構めんどくさいことだと思いますが、気付かずにやっていることが多いかと。


「で、何が問題なんですか?」


と自分に問いかけると、実はそんなものはただの妄想で、自分を生きない為の言い訳であると気付きます。



昨年10月、小林正観さんが逝去されました。
小林正観さんは精神世界の著述家・講演家として主に活動されていましたが、元々は旅行ライターでした。
年間300回程の講演依頼をこなしていらっしゃいまして、大変にお忙しい生活を送っていらっしゃいました。

私はまだ著作が一般書店に流通していない頃から、幸運にもと言うべきか書籍に巡り会うことが出来ました。
それから著作を沢山読ませて頂きまして、講演会にも2度ほど足を運びました。
一度目は10年ほど前です。
講演会があった夜に食事会がありまして、それに参加した時に翌日食事しましょうとお誘い頂き、翌日友人数名と共にご一緒させて頂いたことがあります。
二度目は昨年の7月。亡くなられる3ヶ月前のことでした。


正観さんが亡くなられるまで一貫して言われていたのが
『執着を捨てなさい』
ということでした。

正観さんは大乗仏教的な思想をお持ちで、
『執着が苦しみの元である』
『そう見える心があるだけ』

と繰り返しています。



冒頭で書いた「で、何が問題なんですか」は、出版された著作名でもあります
どんどんシンプルにして行くと、大体の問題(だと思い込んでいること)は自分のことではない。
自分の手が及ばないことについては、「そこから先は神の領域」である…など。

スピ業界にありがちな専門用語は一切使わずに、沢山の知恵を伝えていらっしゃいました。
多数の著作がありますが、比較的近年出版されたものを最後にご紹介させて頂きます。



「き・く・あ」の実践―今すぐ幸せになれる方法「き・く・あ」の実践―今すぐ幸せになれる方法
(2008/04/21)
小林 正観

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豊かな心で豊かな暮らし豊かな心で豊かな暮らし
(2011/11/09)
小林 正観

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宇宙を味方にする方程式宇宙を味方にする方程式
(2006/03/09)
小林 正観

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正観さんの著作や講演によって、沢山の人が人生に希望を見出したことでしょう。
貴重な出会いを頂いたことに、心より感謝を捧げます。





今日、個人セッションを受けて下さった方からメールを頂きまして。




────



今日はありがとうございました。

あの後、何でも自分で選べると意識して帰ってみました。
電車に乗り遅れそうになっても、走らないで次の電車にするとか。
子供に、「早くしなさい!」とか、なんやかんや言わないでみたり、逆に意識してイライラしてみたり。

やってみれば、何でもないことでした(笑)。
どれを選んでも、淡々と時間はふつーに過ぎてるし!
ただ、今はそれを選択してやってるという事実があるだけ。
死ぬとかもないし、傷つけられないし(笑)。
なんだよもぉー!! という感じです。

今日は、いっちょここいらでガラリと人生変えよう! という意気込みでいました。
こんな時期だからこそ、すごい変化がまってんじゃないのー? みたいな過度の期待がありました。
ところが、スカッとまたもや肩透かしにあったような気持ち。

えっ! そーなのー? そこなのねー。
現実をしっかり見てればいい話なわけだ。
目の前にできることがあるんじゃん! もぉー!!! という感じです。



────

メールありがとうございました!



「沸いて来る(ように見える)イメージに踊らされてはいけない」
「過去世やバーストラウマに縋ってはいけない」

ということを、blogやセッション、ワークショップで繰り返しお伝えしていますね。
これは、そこそこ長いこと精神世界で色々と試みて来た中で得た結論です。



「こういうイメージが出て来ました。
 こういう感情が伴って、凄く涙が出て来ました」


本人は感情が伴っていると思い込んでいる為、
「これが原因で今の私は辛いんだ!」
という偽りの結論を出します。


んが。
だから何なの? あーあ、それ嘘やろー。
ということもかなり多くあります。
まあトラウマがあってもいいけどさ、それはさておき、やればいいだけじゃないの? と。

これがあるから出来ない? いや。逆ですよ、逆。
薄っぺらい涙を流し、これが原因で何かが出来ないということにしておきたい。
出来ないことにする原因を作る為に、後付けでイメージを捏造することなど、そして感情を波立たせることなど、エゴにとっては朝飯前です。お茶の子さいさい♪
ただ単にやりたくないのですよ。出来ないという言い方を使って、やりたくないということを正当化したい。それだけ。



出来ない理由を列挙するのではなく、ただやればいい。
こういうトラウマがあるから出来ない! と言いながら、やればいいじゃん。
みたいな感じですよ。


この恋愛が辛い⇒別れちゃえば?
この結婚が嫌だ⇒別れちゃえば?
仕事が嫌だ⇒辞めちゃえば?
仕事を替えたい⇒転職すれば?
子供が言うことを聞かない⇒ほっとけば?
こういう仕事をやりたい⇒やれば?
お金が欲しい⇒稼げる人になるとか、大金が入って来る人になれば?
○○が悲しい、痛い、辛い⇒そうですか。


…等々。
こんな風に羅列した内容はですね、大概一言で話が終わるような不満です。
それに対してやることがあるとしたら、一つずつやれば良い。
それも、意識して選ぶ。
「これに行き着く為にこれをやっています」と。
意識していれば、路線変更もカンタンです。
意識していればこそ、「あれ? 違うかも」と気づけますから、直ぐに違う手段へ移ることが出来ます。
どれもこれも、ただやるだけなんです。


無論、人によっては・状況によっては、先ずトラウマやブロックに取り組んだ方が良い場合もあります。
そういう時は、ある程度の掃除を済ませて動けばいい。
これも、ただ順番にそれをやればいいというだけです。
単純に、取り組んだらいいんじゃないのー。はい、やって下さい。
現在の自分の行動を何一つ変えない為に、自分に取り組んでいるフリをするのであれば、オススメしませんがね。



という訳で、エゴのまやかしから解放されると、実はひじょーにシンプルであるというお話でした。
でも、まさか自分がエゴに騙され切ってるとは思えませんから、気付く所までやってみないと分からないんですけどねー(笑)。


友人同士の新年会…のような、とっても楽しい集まりに参加して来ました。
お雑煮やちらし寿司を頂きましたが、今年はお雑煮を食べていませんでしたので、大満足です。
遅れてやって来た目出度いお正月、って感じでした(笑)。



海鮮ちらし寿司


ボリュームたっぷりで本当に! 美味しかったです♪




さてさて、数名集まってそれぞれの思考や行動についての特徴の話が出ると、やっぱりみんな違うことを思っているなーというのが浮き彫りになります。
これについてどう思うか? どういう行動を取るか? という意見交換をすると、「自分には無いわー」とか「凄く強くこう思ってしまう」等の違いが、とっても分かりやすく出て来ます。
それらの違いは、生まれ育ったバックボーンがそれぞれあり、連綿と受け継がれて来た家系の情報、そして転生などの遍歴の全てが絡み合って、現在の自分が出来ているからこそ。

美味しいお食事と楽しい会話だけでなく、集まった人達が何となく調和して一つに纏まっている感じがして、とっても興味深く思えました。
ただ集まって日頃の雑談をしているだけではなく(それも楽しいことですが)、皆さん前を向いて進んで行こうとし、自分をより理解しようとする所から出て来る会話というのは、空気が弾んでいるように感じます。


普段の集まりなんかでもシェア出来るというのは、日常生活の中でとても価値のあることで、しかもそれが楽しい空気で出来るなら、もっと価値があると私は思います。
他人様の「私の場合はこうです」というお話を聞くことで、それぞれ「そうか、私はこうだなあ」と自分について照らし合わせることが出来る。
他人様は有り難いですなー(笑)。

何となく新春ムードな気がして、とても穏やかな感覚がありました。
私だけかも知れませんが、新しい段階に入ったような体感覚があり、非常に楽しかったです!
また近々ですなーということで、解散。
楽しい会は名残惜しいものでございます。
次回の話題も楽しみ楽しみ~。




で、「やっぱり楽しい方がいいな」と思いました。
私は身に付いたクセで、より厳しい方へ行こうとしてしまうのですが、成長したり前へ進むに当たっては、別に厳しい道を歩む必要は必ずしも無い訳です。
同じゴールにたどり着くのであれば、どの道を通ろうが構わない。

大分緩んで来たとは言え、条件反射的に「こっちの方がより成長するので」と、"厳寒の中を全裸で水垢離!"みたいな思考がまだ残っているなと前日思っていたのですが、上手い具合に「温かくて楽しい方がいいぞ~」と思えるような集まりが翌日にあるもんだなーと考えまして(笑)。
改めて軌道修正することについても、とても有り難い集まりでした。


やっぱり楽しくてラクな方がいいわ~(笑)。






昨日のワークショップで、
「自分に軸がないから、他人任せに生きて来ました。なので、自分に軸が欲しいです」
と発言された方がいらっしゃいまして、んじゃーみんなでやってみるべーと、自分の身体に軸を入れるというワークを行いました。



今年のワークショップの方針として、『美化ダメ、ゼッタイ。』を掲げております。
なんかどっかで見たキャッチコピーのようですが(笑)。
イメージというのは、自分で何処までも手を加えることが出来る、想像の産物です。
イメージとは勝手に出て来るのではなく、実は自ら作っているものなので、どうにでも改竄を行うことが出来ます。
感じてみると「何故かこういうものが出て来た」としか思えない訳ですが、実際は自分で作ってるんですよ。

余談ですが、自分の中にあるイメージに乗っ取られて振り回されることを、誇大妄想と言います。
イメージを鵜呑みにして行動を始め、それが極端に傾き過ぎた場合、カルト集団を作ったり狂っているとか言われたり…ということも有り得ます。
意識のどの辺りのレベルでイメージが出て来ているかによって、内容も変化しますので、検証するクセを付けられたら良いんじゃないかなーと思います。



さてさて。
私が色々と見る限りでは、現実や自分の中にある問題から逃避したいというクセがある人は、どうもイメージを美化しやすい傾向にあります。
美化の基準は様々ですが、とっても美しい天使様・妖精さん・神様・女神様をイメージで作りやすいのもそうですし、逆にドロドロの厳寒地獄的なものを毎回毎回毎回毎回これでもかー! って位に作り出すこともまた、美化の一種であると言えます(ここでは、個々人の観念で"こっちの方がカッコいいに決まってる"と思い込んでいる何かを極端に強めたものを、美化としています)。

ということで、今回は皆さんがそれぞれやっている"いつものアレ"はやめましょー!
新年だし、新しい基準を今回は作ってみましょー!
あくまでもあくまでもあくまでも! 現実の身の丈レベルか、又は+5%程度の良いイメージでれっつらごー。
という風に前置きした訳です。


イメージワークはとても楽しいものです。
時に依ってはお伽の国を旅しているようでもあるでしょうし、過去世に行き着く場合もあるでしょう。
真実が分かったように思える時も、きっとあるのです。
でも、美化することに慣れてしまうと「こっちの方が気持ちいいや」と、その世界に閉じこもろうとするかも知れないし、イメージだけで何とかなるに違いないと思い込もうとして、現実に立ち向かわなくなる可能性も大いにあります。

ワークはあくまで現実を改善する為のもの、良い現実という結果を作る為の道具でしかないと思います。
何の為にワークをしようとしているのか、常に自分に対して問い質さなければ、前述のように美化したイメージの中に耽溺し、道具ではなく現実から逃げる為の目的にすり替わるでしょう。



例えば過去世を知りたいのだとしたら、それは何故か? ということです。
知ることで、何かを正当化しようとしているのではないか? 何かをしなくて済むようにと考えていないか? 等、自分に対して問いかけて下さい。

勿論、気軽にリーディングを受けることも、吝かではないと思います。
それをきっかけに、自分のことをより深く知り、人生を良いものに変化させることに意識を向けるようになるのだとしたら、素晴らしいことだと思います。


実生活の中で具体的に「これをこうしたい!」という目的があって、その目的地へ行き着くまでの間に、過去世が邪魔をしていることが判明したなら、それを処理すれば良いでしょう。
でも「過去世が悪いに違いない」「バーストラウマがあるに違いない」という所がスタートであるならば、何故そう思うのか、そう思うことで何を目的にしているのかを知った方が、100倍も1000倍も人生が変わる可能性があります。

ワークの為にあれこれワークをするのではなく、現実を変化させる具体的且つ明確な目的の為に必要なワークをすること。
ここを見失わないように進めるなら、人生がとても豊かになるのだと思います。





本日は、2012年最初のワークショップでした。
お集まり頂きました皆様、ありがとうございました!



ワークショップも2008年1月から毎月開催し続けて、今年で4年目に突入しました。
最初の頃とは全く別物のように変化をし続けています。
これも偏に、ご参加下さる皆様のお陰様です。
本当にありがとうございます。
毎月「ここまで続けるとは…」と、続けている自分に感嘆を覚えます(笑)。

今日のワークショップでは、最中に
「急に『やめた~』とか言って止められたら困るから、私が独り立ち出来るようになるまでは止めないで下さい~! って思います! 内容と較べると、金額が安すぎると思います!」
という声が漏れ聞こえて来ました(笑)。
私が飽きずにやっている間に、どうぞ有効活用して下さいな。


現在、基本的にレギュラーで毎月お越し下さっている方は、一昨年まではまだご参加頂いていなかったという方が多く、一旦止めてまた戻って来られた方もいらっしゃいます。
ま、背景は人によって色々だということですね。
昔から出ていればその分だけ成長が速いかと言えば、それは個人個人のスピードや日頃の生活での姿勢に依ると思います。

積極的に自分を知ろうという姿勢があって、個人セッションやカードリーディングを合間合間に挟んで、一所懸命シェアをし、効率的に進んでいらっしゃる方は、やはり目を瞠るスピードで成長されています。
そのスピードたるや、初めてワークショップにいらっしゃった頃が、まるで遠い昔のようだと思う程です。
色んな進み方がありますが、スタンスに依って全く違うのは事実です。
人それぞれに歩みを進めていらっしゃるのが、とても興味深い所でございます。





さて、4月の日時が決定しましたので、お知らせ致します。



★2012年4月ワークショップ日程

日付:2012年4月15日
時間:11:00~14:00



です!
その他、現在確定しているワークショップ開催の日時は、以下になります。


2012年2月:2月12日(日曜)

2012年3月:3月11日(日曜)




ワークショップ詳細は、ホームページにてご確認下さい。
皆様のお越しを、心より楽しみにお待ち申し上げております。





★2月ワークショップ参加予定の皆さんへ★
2月に入った頃に、持ち物の告知をここで出す予定です。
業務連絡が入ることがありますので、基本的にブログは閲覧して頂けますようお願いします。










先日、カードリーディングをした後で色々考えていました。


結局の所、カードでは「こうなるよ!」という断定的な未来が現れるということは、非常に少ないと思われます。
少ない…というか、無い。です。
私がやっている限りでは、ありません。
単に可能性を表すものでしかないので、やっぱりお告げではない。

セッションを通して
「あなたはどうしたいのですか?」
ということを問いかけるものであって、人の意思を縛るものではないということを、セッションを受けて下さる方には再三告げています。


セッション中に様々なキーワードが浮かび上がり、それらを組み替えて行くことでカードの流れを読み解けるようになる。
その通りにやってもいいし、やらなくてもいい。
ってゆーかさ、つまりはどうしたいのよ?
と、"本人が"カードを通じて自分に問うている訳ですね。

本人のスタンスがどうであるかによって、出て来るカードはガラリと姿を変えます。
一枚だけ引くタイプのリーディングでも、ちゃんと必要なものが出て来ます。
必要と言うと語弊がありますが、「意味不明で分かりませーん」みたいなものは出て来ないということです。



ずーっと昔、まだまだ今のようにカードを読み取り切れなかった頃。
他人様に展開して頂くタロットは、「こうなります」「こうなるよ」と断定されまくっていたのが懐かしいです(笑)。
占いの類は、健康でめちゃめちゃ元気! という時に受けに行くものではなかったので、「え、じゃあもうダメってことじゃん…」と、余計にショックな追い打ちを頂いたことが数多くありました。
複数の選択肢や、今の自分がどうであるか等は、教えて頂けなかったんですな。
また、具体的にどうすれば良いか等の手立ては、特に明示されなかったように記憶しています。

質問が明確ではない等の問題があれば、カードも読みとりづらい並び方になりますが、基本的にはその人の内面世界を忠実に再現したものになりますので、断定的な言い方は出来ないように思います。
その人が何かに気付いたり、成長を選択すれば、未来のヴィジョンもまた直ぐに形を変えるからです。


例えば、誰かに「あなたは結婚出来ませんよ」と言われたとしても、本当に結婚したいと願うのならば、その道は開けるのだと思います…思いますというか、私はそういうスタンスです。
また、違う角度でものを観るのだとしたら、このケースは
『自分がそう言わせている=結婚出来ないという観念が自分の中にある』
ということに他なりません。

自分がそう思い込んでいるだけだとすれば、ひょっとして出来るようになるルートが(自分がまだ知らない何処かに)あるんじゃないか? その道への入り口は何処か?
といったことならば、カードなどの占いで探ることが出来る筈です。
御神籤で凶が出たら、大吉が出るまで引き続ける! という原理を使って、「可能性はありますよー」と言ってくれる占い師に当たるまで、あちこち行くのも一つの手ではあります(笑)。


但し、実際に行動するのは本人です。
占いで良い結果が出たからと言って、ゴロゴロ転がって待っていたら恐らく何も起きないでしょう。
この行動する為のエネルギーは、しつこいようですが身体が握っています。
自分の身体に足りない栄養素を補いながら、また適度な運動をすることによって、チャンスを呼び込める可能性がぐんと上がります。
抑も、身体が元気だったらネガティブな思考やパターンには陥ることが出来ない訳です。
という訳で、身体大事。身体大事よ~。

身体(脳)が元気じゃないと、聞いた言葉をねじ曲げて解釈したりということがありますからね。
セッションやってる側としても、
「は? そんなこと言ってないよ? なんでそう聞こえるの?」
と、首を捻るようなことが何度かありました。
折角セッションを受けても、解釈がねじ曲がってしまうと意味がありません。
真っ直ぐ会話が出来るように、という意味もあっての健康です。



昔、ボロボロになってあちこち彷徨っていた頃に、こういうことを知っておけたらラクだったのになー。
と、懐かしくもビミョーな気持ちで、時折思い返しています(笑)。




ミューーーーーージカルを観て来ましたよーーーーーーーー。





『モンティ・パイソンのスパマロット』です(⇒Go to "SPAMALOT" official HP)。
モンティ・パイソンは1960年代~イギリスで活躍していた、コメディグループの名前です。
詳しくはwikipediaへどうぞ。
日本でイメージ的に近いグループを挙げると、"ザ・ドリフターズ"ですかねえ。

今回の舞台は、アーサー王の聖杯探索をモチーフとした映画Monty Python and the Holy Grail』(1975)が元型となっています。
というか、この映画をブロードウェイで舞台化したのが『SPAMALOT』(2005)でして、更にそれを日本に持って来たのが今回のミュージカルなんですよ。
分かりづらい説明でごめんなさい(笑)。




主演、ユースケ・サンタマリア。



このキャスティングで何となく雰囲気がお解り頂ける方もいらっしゃるかと…ええ、終始やや脱力気味な雰囲気です。
劇中には楽屋ネタが山盛り、メタ発言が出まくり、どうでもいいオチの無いやりとりですんごーく引っ張る、でも歌と踊りとセットと衣裳が凄く豪華で、とっても不条理なギャグコメディです。

ブリテン人の伝説的な王であるアーサーと、円卓の騎士達の冒険がベースなのですが、ベースっていうか…なんか適当にあったものを使いました~という気がしなくもないような出来です(褒め言葉)。
モンティ・パイソンのメンバーに歴史学者が居る為、本家の映画版ではかなり正しい時代考証もされていたようです。


まず円卓の騎士を集める所からお話スタート……しますが、本当は11人が定員とされている円卓の騎士、4人集まった所で打ち切り(笑)。
イケメンが売りのガラハド加入時、騎士に叙する時のアーサーが「♪Have a brake,Have I Kit Kat♪」と歌っていたり、ベディヴィア卿が加入した時の台詞「高卒です!!」で不覚にも吹いてしまいました(笑)。

途中で舞台に登場した役者さんに対し、アーサー王が真顔で
「彼は(所属する劇団)『NACS』で、"残念ちゃん"と呼ばれています」
と言ったり。

途中で本当に台詞が飛んだらしい役者さんに、
「おい先輩、台詞忘れてんじゃねーよ!!」
という突っ込みがあったりして、何でもあり風で大変宜しい。
多分、一般的な舞台では台詞が飛んだら飛んだなりのフォローがあるんだと思いますが、全部すっ飛ばして普通に突っ込むという荒業を見せて下さいました(笑)。

こういう小ネタは当然全て、日本バージョンです。
なので、これ選定するのは大変だっただろうなと思いますが、話が進むに連れて笑う場面も多く、楽しませて頂きましたよ~。



ミュージカルなのでダンスが多い訳ですが、購入したパンフレットによりますと、やはり「ダンスが覚えられないよ~」と言っていた役者さんもいらっしゃったようで。
そうよねー最初から結構踊ってたもんねー。

歌も沢山ありましたが、「二幕で出番が無いかと思った」「楽屋でおやつ食べてたと」「私の楽屋だけ御弁当が三つ来るようになった」などと歌っていました(笑)。
生演奏でゴージャスな衣裳、そして元・宝塚スターまで出演しているにも関わらず、こんな歌を歌わせて良いものか? という小さな疑問も吹き飛ばし、不条理全開でラストへ!
なーんと、最後は客席の一般客を舞台上に上げて、終幕(笑)。



小学生~大人まで楽しめる舞台でした。
モンティ・パイソン自体は知っていたのですが、ちゃんと舞台を観たことがなかったので、満足です!
会場では、タイトルの元ネタとなっているSPAM(パッケージがスパマロット仕様)も売ってましたよ。

まだ上演していますので、是非♪





余談。
後ろに座っていたおばちゃん軍団が、開演前に
「ねえねえ、ユースケ・サンタマリアって、ユースケさんとサンタマリアさんの二人じゃないの?」
と話していたのが面白すぎました(笑)。







本日は業務連絡です。


1月15日(日曜)のワークショップにご参加下さる皆さんへ。


持ち物に『色紙』と書きましたが、「いろがみ」ではなく「しきし」のことです。


どうぞお間違いのないよう、宜しくお願い申し上げます。


確かに両方『色紙』と書くのに、読み方が違うと別物になるということを失念しておりました(笑)。
混同された方がいらっしゃいましたら、申し訳ございません!


ワークショップに参加するのに、ここを見ていないということは(幾ら何でも流石に)有り得ないと思いますので、ここでお知らせとさせて頂きます。





今日はミュージカルを観て来たのですが、次回記事に感想をupしまーす。






長い間、『妬み』というものについて、非常に苦手意識を持っていました。


子供の頃から女の子がずーっと苦手で育ったのですが、割といじめられっ子だったのです(あんまり信じて貰えないんですけどねー)。
虐めて来る人は、ほぼ女性でした。

どうして虐められるのか全く解らなかった頃もありますが、大人になってから色々な人に「それは妬まれているからだよ」と指摘され、意外すぎて目が点になったりしました。
妬む? 私を? 何処を? なんで? マジで!? みたいな感じです。



さて、この妬みですが。
自分の中には殆ど無いものだと思い込んでいました。
優れている人を見る時に、顕在意識では「いいなあ。凄いなあ」で終わっていたという風に把握していたからです。
いいなあ⇒チクショー! とは思っていなかった…と、解釈していたんですね。

でも、外から妬みをぶつけられるということは、ちゃんと理由がある訳です。
少なくとも、自分が出しているものと同種の波長に適合するからこそ、そういう現象が起きる。
自分が引っ張っている、現象化させているだけであるという視点で解釈するならば、私の中に多大なる未処理の妬みが眠っていることになります。



じゃあどうして意識化されなかったのだろう。
少なくとも妬みという風に解釈出来ない位、奥深くにしまい込んでいるのだとしたら、それは何故か。
恐らく、妬んだ所で何にもならなかったからです。また、怒りや悲しみ等の他の痛みを併発するから。
人を羨んでも、妬んでも、決して思い通りにならないし、更に付属して痛みが増す…と思っていたから、妬みが意識化される前に、奥深くに抑圧していたのだと思います。
多分、抑圧するまでがコンマ何秒かの世界です。そりゃー意識に乗って来ない訳です。

でも、抑圧しているのですから、妬み自体はある。
そういう波長を外の世界に発している。
だからこそ、妬みが原因のトラブルが絶えなかったのだなと思います。



今は抑圧していたものもかなり処理されまして、妬みから来るトラブルは激減しました。
あと、フツーに羨んだり妬むようにしています(笑)。
意識する。無かったことにしない(だからって、他人様にぶつけたりはしませんが)。
自分の外にあるものを「いいなー」と思うこと自体は、努力や前進の原動力にもなり得ますから、別に抑圧する必要もないということで。

でもねー、やっぱり自覚するのは嫌でしたよ。
自分の中に、それ程大きな妬みがあるなんて、自覚したくなかった。
そういう思考は恥ずべきもの、みたいな観念があったからです。
この辺りは親の教育の成果だと思いますが(笑)。


とは言え、あるものはある。
無かったことにしておきたいけど、処分しないと先々めんどくさそうだ…と思えばこそ、恥を忍んで(笑)解放して参りました。
んー、まだあるでしょうね。
もし私の人生をより豊かな状態にするにあたり、不要だなと思えば更に処分を進めます。

いやー、妬みって怒りとか憎しみよりも自覚しづらいもの、自覚したくない観念だなあと思いまして。
面白いなーと思っている次第であります……って、もしや私だけかな(笑)。
実際、解放して行くとやっぱりどんどんラクになるので、「自覚したくねー! でもやらにゃ…」という葛藤を経て、ちゃんと着手して良かったと思います。
完全には終わっていないと思いますが、今の所はということで。ハイ。






ワークショップにご参加下さっている方から頂いたメールの中に、このような文章がありました。


「去年1年間のワークショップのいろんな場面が、
 走馬灯のごとく甦ってきました。
 参加していた皆さんを通して見たものは、まさに私だったじゃないか!
 あの場はものすごく学べる場、気づきの場だったのに、
 自ら参加する姿勢に欠けていた…とも思いました。
 私は何をやっとったんじゃー!
 それを踏まえて、今度のワークショップに臨みます。」



うーん、素敵な自動プレイバック(笑)。
※1月のワークショップは15日(日曜)に開催です。詳細はこちら

物事を体験しても、後にならなければ分からないということの方が、圧倒的に多いと思います。
その渦中に居る時、客観視しきることは至難の業です。
それに、完全に分かり切らなくてもいいんじゃないかと私は思います。
ワー! ってなるのも、おつなもんですよ(笑)。


過去を振り返った時に、違う角度から見つめる目線を獲得していれば、全く違うものに見えるでしょう。
「私はあの人とは違います」
とまことしやかに囁くのがエゴのお仕事ですが、「おや? もしや、騙されてる?」と後々気付くのであれば、エゴもその役割を全うしたと言えるのではないでしょうか。

その瞬間に気付けるのであれば、素晴らしいことだと思います。
でもまあ、いいんですよ。どっちでも。多分ね。
苦しいのが嫌であれば、違う目線を獲得した方がラクでしょうが、苦しいとか辛いということでキリキリ舞いするのもアリっちゃアリです(私は好きじゃありませんが 笑)。

他人を通して何を見ているかと言えば、自分自身です。
自分の全てではなく、ある側面ですね。
嫌だと思う理由も、逃げたいと思う理由も、分かりやすく他人様が教えてくれます。
じーっと「嫌だ~」を感じながら、他人様を見つめ続けることで、得られるものは沢山あるでしょう。
……嫌だろうけど(笑)。


むかーし、とあるセミナーに参加した時にペアを組んだ女性が、セミナーのラストで挙手されました。
「最初はこの人と組むのは、この中で一番嫌だと思ったんです。でもそれは、自分が勝手にそう思っていただけだって分かりました…」
と泣いてまして。
私が一番嫌てホントですか? マジで? 50人近く居るのに!?
と、軽く驚きました。
あんまり目立たないように、コソコソ行動していたつもりだったので…(笑)。

後で話を訊いてみました所、どうやら私を通じて過去の誰かを投影していたようです。
私はどう思っていたのかトレーナーさんに訊かれましたが、「いえ、特には」という感じでした(笑)。
振り返ってみても、別に無かったなあと思います。
一番嫌と思われる位だから、相当強く念を発していたであろうその人に引き寄せられたのかな~と考えられます。



色々な人が過去の観念を元に、様々な投影をしています。
投影するだけでなく、されてもいます。お互い様です。
その人そのもの、本体を見ていることは少なくて、投影したスクリーンを見ているのです。
それに気づき始めれば、目を向ける所が分かりますし、不必要に人を避けることが無意味であると分かります。

誰を通して、一体何を見ているか。
それが分かるようになったら、どんな風に人生が変わるのか。
ちょっとだけ、考えてみても良いのではないかと思います。





ハムレットみたいなタイトルになってしまいました…(笑)。



「私がこう思うのは何故ですか?」
「自分でこうやる理由が分からないんですけど、どうしてでしょう」
と、ご本人様のことについて質問を受けると、毎度迷います。

答えに窮するのではなく、それを言うことが果たしてお互いにとって正解なのかどうか…と考える訳です。
時間にして、ほんの僅かな間ですが。



ご本人様に
「表向きは訊いたものの、本当の答えは知りたくはない」
というサインが見える場合は、言いません。
「さー、なんでかねー」って感じで。
訊きたくない以上、その言葉は無駄になるからです。
色々と様子を見て、そろそろ時期かな? と思えば、口にします。

それでも迷います。
その人の考える力や、気づきのチャンスを奪っているのではないか…と思うと、この件はいつも"後から要検証"の対象になります。
まー仮に、そんな風に答えだけあげて考えさせない的なことをやらかしていたとしたら、私にものごっついカルマが蓄積されていることになるので、それだけは避けたい気持ちで一杯です(笑)。



結局、答えを口にしてもしていなくても
「これで良かったのかなー」
と首を捻ります。

勿論、あとは受け取った側の問題です。
その素材をどう捉えてどう再構築するかはその人の勝手です。
聞いた方のエゴによって、それは言ってませんよ? という風にも改竄出来ちゃうし…なんですが。
時々、「先回りして答えだけ知ってて良いのかなと思う」と言われる方もいらっしゃいまして、そーだよねーそーなのよ! 私も思ってますよ! と首を縦に振りまくるんですな(笑)。



何を知識として頭に入れようと、人から話を聞こうと、実際はその人の体験が伴って初めて理解出来る訳ですが、それを知っていても、「どーしよーかなー」と逡巡してしまうクセのある私。
という訳で、私は『答えを言わない訓練』を一時期していました。

それについては大恩ある方にアドバイスを頂き、
「みんなあなたから正解を引き出そうとするから、答えを言っちゃダメ。考えさせなさい」
とのことで、結構前に口を噤む練習をした時期があるんです。
言わザル訓練(笑)。


んで、ウキーっと言わザルな訓練をした結果、あまり言わないようにという部分をコントロール出来るようになって来ました。
それでも尚、迷いは抜けず。
うーん、言わザル練習が足りないのかしらん。

この先まだまだ変化するかとは思いますが。
っていうか、正解つったって私が勝手にそう思ってるだけなんだけどね。
というのを忘れないようにしないと、ただの妄想お告げマシーンになっちゃいます。
現在は、口にする時に「私は~思う」という枕詞を抜かさないように気を付けて、喋るようにしています。





くずもち




そんなことを考えながら、お友達と新宿でお茶しておりました。
くずもちうまかった。ウキー(笑)。






人間とは、主に人を通して学ぶ生き物ではないかと思うのですが、時期によって似通ったテーマが浮かんで来ることが殆どです。
勿論、自分が引っ張っているからなのですが、それでも不思議だし面白いなーと思います。
『私は』、という前置きが全てにくっつきますので、それをご承知頂いた上でお読み下さい。



10年ほど前は、『ダメ男と恋愛(又は不倫)をしていて、それをやめられない』という人が、周りにちょっと多めだったような気がします(私はしていませんでしたが)。
時は流れ、『自分は勘が鋭い、色々分かるのよー』タイプの人に移りました。
更に『辛くて何も出来ない。やりたくない。でもこのままはイヤ!』タイプになりまして。

現在はまた変化していますが、時に応じて様々な色が出て来るのねーと思う次第です。
自分にとっては、潜在的に抱えているにも拘わらず、あまり表面的には意識していない部分を補完するように、こんな感じのテーマが出て来るのではないかと考えます。



そして、これを理解するまで続くのねーと(笑)。
苦手なタイプに関して言えば、
「あー分かった! 分かりました! よっしゃクリアー!!」
という所まで漕ぎ着けると、パッタリそういうタイプの人とご縁がなくなったり、出会わなくなったりします。

ある程度、自分や周囲を観察するクセを付けておくと、何かがあった時や誰かと出会った時に、
「あー次はコレですかー」
と気づけるので、自分の意識状態がとっても分かりやすくなります。
自分でやっているという風に見ることが出来るようになれば、被害者面も出来なくなりますし。



苦手なタイプも好きなタイプも、元々周囲の人間との関わりの中で形成される嗜好です。
元型で克服出来なければ、レプリカで代用するしかない。
違う言い方をするならば、誰か違う人を通して、元の観念を塗り替えることが出来る。
塗り替えるにはまず、自分の中に"それ"があると認めること。

そんなカンタンでシンプルなことを、分かったようで分かりたくない部分も抱えて、大分経ちました。
昨年一年間は、特に「……ああ、私ね」と深く頷けるようになったと思います。
誰かのせいにすることが出来なくなったなーと思います。
腹は立つし、怒ることもありますが、それも自分でやってるなと即座に納得するようになった訳です。


リレーションシップは、取り組むとすればとても速く・大きく成長出来る題材です。
でも、嬉しいものや楽しいものの他に、出来れば一生見たくないもの(=自分のダークサイド)が山ほど詰まっています(笑)。
だから、その箱に手を触れたくないという人も多いんだろうなと。

一度、そのブラックボックスを開けて覗いてみれば、違う発見があるかも知れませんね。
他人と関わらずに生きていくことは不可能な訳で、ガッチリ組み合うことがイヤならば、まずはチラ見から(笑)。
案外、昔とは違う目線で取り組むことが出来るかも知れません。



ま、とにかくチラ見からで。あくまで隙間から覗く程度。
そこからトライしてみるというのは、どうでしょ?


自分にとって良い話・人・仕事・恋愛などの判断は、一体何処ですれば確実でしょうか。
実はかなりカンタンに判断出来るのですが、それにはちょっとしたコツが必要です。




例えば恋人。
『一緒に居てワクワクする相手』を選ぶ人が多いと思います。
このワクワクというのは、身体が高揚することを指します。
高揚には、緊張に近い身体感覚があると思います。
恐怖刺激のような、ややビクビクした感じなのか、内側からパワーが沸いてくる感じなのか、その判断が咄嗟に付く人はかなり少ないのではないかと思います。

楽しくて高揚してドキドキしているのか、怖くてビクビクしているのか。
俗に『吊り橋効果』などと呼ばれる現象が起きるのは、この区別が付かないことを言います。
もしワクワクを体験した上で判断したいのであれば、一度インターバルを挟むのがオススメです。
全く関係ないことをする日を数日作って、それからワクワクした出来事を思い出して、客観的に見てみる。
客観視しても尚ワクワクするのであれば、それは自分にとってプラスであると言えましょう。



更にカンタンな判定方法があるとしたら、使いますか?
お腹に手を当てて、ゆ~っくりと息を吐き出します。
数秒掛けて息を吐けたら、今度はゆ~っくり自然に息を吸い込みましょう。
同じ呼吸を繰り返します。

暫くして、該当する人・モノ・出来事を思い浮かべます。
その時、呼吸はどのように変化しますか?
浅くなりますか? 深くなりますか? 苦しくなりますか? ラクになりますか?
ハイ、これだけです。
呼吸が深くなったり、ラクになったりしたら、プラス。
逆だったら、マイナス。




という訳で、身体感覚ですぐに分かります。
但し、リラックスして呼吸が出来るかという部分に掛かっています。
ガッチガチにしか出来ないよーという人は、身体を柔らかくリラックスさせる所から入りましょう。

ちょっと慣れて来たら、周囲の人を思い浮かべて呼吸の変化を観察すると、更に色々見えて来るでしょう。
マインドが「この人スキ」とジャッジしているのは、存外アテにならないということですね。
また、エゴが「プラスであって欲しい」と言い張る場合は、深く呼吸出来ている…ということにしておく。
みたいにすり替えてしまうことがあるので、身体の感覚から意識を逸らさないようにしましょう。



という訳で、身近なものからテストしてみることをオススメします。
但し、いきなり全部を信用することなく、お遊び感覚で行うのが宜しいかと。





スピ業界に居て言うのもどうなのーって感じですが、私はワークショップや個人セッションで、口を酸っぱくして「スピに逃げてはいけない」
「スピの知識で理論武装し、現状維持や自分を腐らせる言い訳にしてはいけない」
と繰り返しお伝えしています。


スピに逃げるとは、一体どういうことかと言うと。
今、自分がこうなのは、親(インナーチャイルド・過去世・先祖・環境)のせいだから…みたいな言い訳に使うことです。
スピリチュアルを少し勉強すると、チャクラだのエネルギーだの過去世だの、知れば知るほど言い訳に使える言葉が山ほど出て来ます。
魂のランクがどうだとか、進化がウンタラって、言いたい放題です。

その言葉や知識を知ること自体はいいんです。
いいんだけど、でもあくまで道具でしかないことを忘れてはいけないと思います。
何の道具かと言えば、今の自分がよりラクに・気持ち良く・穏やかに生きる為の、ただの道具でしかないということです。
現状をより良くする為に、紐解きたい謎があるのだとしたら、その謎を解き明かす道具です。
でも、あくまで道具…手段であって、それを集めることや振りかざすことが目的ではない訳です。



過去世に何かあったから、今こうなのは仕方ない。
親のせいでインナーチャイルドが癒されていないから、私が辛いのはしょうがない。
とか、よく耳にします。が。

全っっっっっ然、仕方なくないんだよ!!!!(笑)
その知識があるなら、それを使って何とかすれー!!!!

と、思う私(笑)。


だって自分のことでしょ?
自分の人生じゃないですか。誰かが何かをしてくれるんですか? してくれないですよ。
あなたがやるんです。あなた以外の一体誰が、あなたの人生を変えることが出来るんですか?
その知識がどうにかしてくれるの? その言葉を知っただけで満足してるんじゃないの?

…そう言って欲しかったなーという時代が、私にもありました…ウッカリ騙されていたんです。
何に騙されていたのか? それは他でもない、私自身のエゴにです。



という訳で、進んだら進んだ分だけ巧妙に騙されるから気ィつけやー。と、よく口にしているんです。
騙されると、前よりキツイ所へ落ちます。経験者は語る(笑)。
以下は、引っかかり掛けた方の貴重な事例です。是非ご参考になさって下さい。





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私は単独行動を好む性質を持っているのですが、よくお友達とはやりとりしています。


そのお友達皆さんで形成されている、ゆる~いグループを見ていると、なーんとなく似たサイクルを持っているなあと思えるのは、おそらく現在の波長が似通っているからだと思います。
昨年末から今年初頭に掛けて、周囲の方々の動きを見ていると、人間関係がごっそり入れ替わっている人が多く見受けられます。

これまで友人だと思っていた人が、実はそれほど仲が良い訳ではなかった。
大好きだと思っていたけど、自分が勘違いしていたことが分かった。
悪いなあとか何となく…とズルズル付き合いを続けてしまっていた人に対して、罪悪感が消えた。

等のご報告を頂いています。


これらは成長の過程で当然起き得ることです。
限られた人間関係だけで、ほぼ変化せず一生やって行く…というのは、語弊を承知で書くならば、大変に不自然であると言えます。

ある状態にしがみつき続けるのは、莫大なエネルギーが浪費され、垂れ流され続けていることに他なりません。
何もかもは変化の途にあり、変わらないものなど何も無いのです。
肉体は老いて行き、情報は蓄積され、環境にも変化が起き続けます。
時を止めることは絶対に出来ないのです。
それが宇宙の摂理、または世の理であるということ。

でも、変化を拒むということは、実際変化が起きているにも関わらず、「認めない」という行為に対してのみ、エネルギーを使い続けている訳です。
……いやーそりゃ疲れるでしょー。肩凝るわー(笑)。



この先、私は物理学には全く明るくありませんので、適当に流し読みして頂ければと思います(笑)。
人間の肉体を分解して行くと、分子>原子>電子>素粒子レベルにまで分けることが出来るとされています。
人間だけではなく、この世にある者・物の全て、この粒子の振動によって存在している訳です。
その振動を総じて、波長とか波動と言うのだと思いますが、これが一致する、又は近い波形を描くことを感知することによって、「相性がいい」とか「近い感じ」という風に解釈するのだと理解しています。

マイナス思考を好む人は、同じ思考タイプの人を好みます。
プラス思考の人もまた、同じこと。
そこに「自分はこのままでいいんだ」という、妙な安心感を覚えるからです。
知っていること、分かっていることだけで済ませたいという、エゴ様の支配下にある状態です。



でも、似たような(良い)流れに乗っている人を見付けたなら、その力をお互い有効に使うことが出来ます。
同じようなことがなんとな~く起きているなあ。
と思ったら、相手を通して自分を見つめることによって、更に成長を加速させることが出来ます。
先に書いた人間関係の変化を例に取るとすれば、意識的に自分で人間関係の整理を始めるとかですね。

古いアドレスはどんどん消去。
古い手紙や年賀状は捨てる。
貰い物も、服なんかも、要らなければ整理整理。
その時、どんな感情が浮かぶでしょう。
その作業が終わった時、どんな感想があるでしょう。



こういう作業を更にシェアし合うことによって、前進することに対し大きく弾みを付けることになります。
そうそう、シェアと愚痴の零し合いは全く性質が違いますので、ご注意を。
進むなら効率的に、合理的に、少ない労力で大きな成果を! という思想を持っている私としては、シェアする人や行為は大変重要だと考えます。

自分を開示することって、難しいんですよ。
相手の反応とか考えてしまうし、恥ずかしいとか情けないとかカッコつけなきゃなど、色々自分に対して思う訳ですから。
それでも、シェアは楽しいトレーニングです。
私の主観ではありますが、シェアを積極的に行う人とそうでない人の進み方の差には、倍以上の開きがあります。
これを是非、心の中に留め置いて頂きたい! と思います。


一緒に進む人達とゆる~いグループを形成して、今年も更に楽しくラクに進んで行きたいなーと考えております。





昨年12月に料理をした時、色々作るのって楽しい! 楽しい! 楽しいー! 何の制限もなく好き勝手に何かを作るのサイコー!!!! と、久しぶりに思ったのが印象に残っています。

またその直後、「私は他人に無意識的に同調するクセがあるなー」と、よくよく気付きました。
詳しくは飛ばしますが、他人様のニーズに沿って全く意識せずに同調し、行動してしまうということです。
それが一概に悪いこととは思いませんし、そっちはそっちで構わないんです。
でも、自分が好き勝手にやることと(自分のニーズ)と、他人様のニーズというバランスが取れていないのではーと思って、暫くはその辺を観察するべく、フォーカスしておりました。



暫く見ていて大体概要が掴めたので、セッションを受けた時にその話をテーマにしました。
セラピストさんからは
「Sachiさんは職人というか、アーティスト気質なんですね」
と言われたのですが、職人的な作品に対する細部にへ渡っての拘りは殆どなくて、どうも"好きにやらせて貰うという部分のみ"が大事なようです。

例えば工作をしていても、デキがイマイチだなーとかここがちょっと納得行かんと思った所で、疲れていたりとか気力が持続しなければ全く直さない(笑)。
果たしてそれを職人とかアーティストと呼んで良いものか? って感じですねー。
本当にアートな人を知っていると、ちょっと違う感じがあります。




それはさておき、他人のニーズに応えることと自分のニーズに応えることのバランスを取らないとダメだな、という結論に至ったという訳です。
他人のニーズに応えるのは、別に構わないんですよね。仕事なら尚更。
個人的には、仕事というものは他人様が関わっている以上、誰かのニーズを満足させることが軸になると思っていますから。

自分を一番に持って行かねばならないとか、自分が満足するというそこは、あまり注力していないなーと。
この辺りはフリー稼業が長かったから、身に付いた思考だと思っていましたが、案外そうでもなかったなと自分を解体していて気づいてですねー。
昔から他人を優先して自分を引っ込めるクセは、身体に染みついていたじゃないかーみたいな感じで。



あとは、欲求不満として現れる自分のニーズをどう満足させるか? です。
人によってその形やジャンルは、全く違うと思います。
でも、自分が何に対して満足するかを自分の中で目視出来ておくと、凄くラクになるんだろうなと今更乍らに気付いたりしました。

自分を反射的に引っ込めるクセがある割に(だからかも知れませんが)、強制されたり押しつけられることは大っ嫌いなんです。
だけど他人様のニーズに同調するクセはある。一体この相反する行動は(笑)。
意識的に訓練した結果、漸く「Noと言える日本人」になって来ましたが、それでも日常的に押し切らせてしまったり、流されていたり、まあいいかな…と引っ込んだりしているのも、よーく知っています。


という訳で、暫くは自分がどういう風に自分のニーズを処理しているのか、観察中です。
役割とかそういう部分とはまた違って、脊髄反射的に自分のニーズを抑圧している、又は少しだけ外へ出したら満足しようとしているのかも知れない、と思いまして。

自分のニーズとのバランスが課題よねーと考えながら、一月を過ごそうと思っております。
果たしてどうなるかなー(笑)。




「分かる! そうだよね!」
とか
「考えたことなかったけど、あーなんか…それってスゲー!」
みたいな感覚を持つことがありますよね。

それって、(基本的には)自分の中にある思考を具現化している人に対して思うんですよ。
だから、憧れのスターとか好きだなーって思う人に何を見ているのかと言えば、自分の中で渦巻いていて、まだ表面に顔を出していないものを見ている訳です(基本的には)。


……基本的には、基本的にはって何よ?
って話ですが、妄想レベルで自分を凄いと思っていたいだけの場合もあるので、そういう時は他人に自分の誇大妄想が投影されているだけという話。
だから「基本的には」なのですよ。ここ大事。



さて。
小学生の頃から大好きな作家さんの新刊が出ていたので、買ったんです。
その人の書籍は何十年もアホみたいにずっと買っていて、いつも一冊買う度に「凄すぎる、この人」と感嘆するのです。
そしてこのお正月もそうでした(笑)。

多分、人を選ぶタイプの作家さんだし、作風だし、センスなんですよ。
それでもこの人は(会ったことないけど)凄いだろう。と思い続けて何十年?(笑)
何故、私がその作家さんを好きなのか、大人になってからちょっと考えてみたら、少し理解が進んで来ました。


自分というものをよく分かっていて、それをしっかり持っているから。
世間に迎合しないから。世の中で良いとされているものに対して、常に反発し続ける反骨精神は天晴れすぎ。
他人の真似は絶対にしないから。それは、過去の自分さえも同じこと。
常に最新であろうとしているから。世界の何処にも無いものを産み出し続けることに、決して妥協が無いから。
超俺様だけど、反骨精神だけでブーブー言ってるんじゃなくて、それを納得させるだけのセンスと量産する力があるから。
そして、孤高だから。


等々。

多分、私は昔から潜在的にこういう人になりたかったのだと思います。
まー兄弟も多かったし、中間子だし、取り立てて目立つ部分も無いし、飛び抜けて出来ることがある訳でもなければ、家柄なんかのステイタスもなきゃーお金持ちでもなく、家庭円満でもなかった。
となると、やはり自分の中に特異性を求めていたのではないかと思います。
自分が"カッコイイ!"と思うものに、なりたかったんですねー。



でね。
また2冊程買った訳です。
その中に、作家生活の中での思考の移り変わりや気づきなんかが書いてあって、「あ」と思ったのがですね。

────自分を認めて欲しい、認めて欲しいと思い続けていたけど、そうじゃなかった。自分というブランドを世に送り出し続けること。"認めてよ!"という受動的な状態ではなく、自ら創り出す能動的な立場にシフトすること。そうして初めて、他人を認めることが出来るようになった────
※意訳ですよ。念のため。


そうだったのか。


ファンを続けてン十年、彼も人の子だと初めて実感しました。
私は勝手に高みに置いていたんだなーと。
いや、だからって実際凄いなと思うことに変わりはありませんが、そうかジレンマを抱えていたのか…と思ったんです。

そりゃそうですわな。だって人間ですからね。
悩むし、考えるし、越えられない壁を前に右往左往するし、そして自分を認めて欲しいとひたすらに思う。そーよねーそーよねー! って。


ここでハタと気付きました。
妙に納得している自分、そういえば全然違うような、でも少し似たようなことがあるなあと。
私、ジャンル的にはややスピだったりカウンセリングなんかの仕事をしてるので、「そんなことで悩んだりするんですか?」って言われることがあるのですよ。

あるよ。ありますよ。私は人間ですよ! って思うんですけどね、これがどんだけプレッシャーになることか。
「私には"そんなこと"じゃないんだよ~!」「だから悩みあるって言ってるじゃん! 分かってよ~!」って頭を抱えていることもあるし(笑)。


無論、日々研鑽は積んでいます。一生やめないと思う位には。
でも、私にも無理なモンは無理だし、分からんモノは分からんし、解消出来ないことなんか山積みで、チクショー! って思いながら、日々しょーもないプレッシャーに歯を食いしばって食らいついてる訳ですよ。

個人的には、どんだけしょーもなかろうが、プレッシャーは大事だと思います。
悔しいって思ったら、やるでしょ。少なくともプライドがあれば、やる。
私のプライドはちっぽけなもんですが、それでもやりますよ。能動的に、前のめりに。
出来ないことがあって、それに対して悔しいと思うなら出来るようになればいい、そう思うからです。



ちょっと話が逸れましたが、初めて憧れの人を何となく身近に感じた瞬間でした。
失礼な話ですが、「だよねー」と思ったのは、勝手に自分と同じような所があることにして、安心したかったから…かも知れません。
さて、どれでしょう(笑)。

でも、自分の目指している所とか、好きだと思う動機のクセに関しては理解が深まったので、今の所はこれで良しとします。
先々、自分が納得行くような"カッコイイ人"になれるといいんですけどね~。




今日はデパート等の初売りが多かったんじゃないでしょうか。
福袋を買いに行った方もいらっしゃるでしょう。
私は年賀状に追われていました…(笑)。



昨日、元旦に筋トレの、年報がupされていますよー。
年報は、西洋占星術で十二星座の動きを予測するコンテンツ。

とても詳しく掲載されている上に、無料です。
これだけの文章量を、しかも専門的な占星術の知識を通してupするのって、本当にもー凄い労力です。尊敬しますわ。
そして、文章がユニークなのもオススメのポイントです。
暗示に掛かりやすい方には、特に良いですよ~。


悪い予言ほど人間の頭に残ります。
「こうなります!」とネガティブな何かを断定されると、全くそれまで考えたことがなくても暗示が掛かる可能性が高いでしょう。
何度も書いていますが、人間はフォーカスした事柄に対して行動を始めるので、こういう予言は宜しくないと言えます。

その点、石井ゆかりさんの文章は、具体的な表現をしていません。
プラスにもマイナスにも取ることが出来ますが、当たりがソフトな文章なので、あまりネガティブに捉えることは出来ないんじゃないでしょうか。
一般的な占いの、当たり外れの範疇を度外視した内容として読めます。
抽象的な感覚で書いていらっしゃるようですので、どういう風にも受け取ることが出来るでしょう。



私は、後に振り返って『答え合わせ用』に使うのがいいかなーと。
一年間を快適に過ごす為のガイドとしても、有用ではないかと思います。



初詣で御神籤を引いた方、何と書いてありましたか?
御神籤などの偶発生(シンクロ)を用いた内容は、その瞬間の潜在意識にクローズアップしたものであると見ます。
例えばタロットとか易なんかも、私の中ではこの仲間です。

例え占いにどう書いてあっても、後から自分で路線変更することは出来ます。
出来る限り自分自身を明確に見つめることで、何処からでも変わることが出来るのだと思います。


自分の意識でハッピーを創造出来たらいいですね♪



プロフィール

Sachi

blog owner:Sachi
潜在意識を活用した、ちょびっとスピリチュアルな総合セラピー、癒しのワークショップ・タロットカードセッションをしているSachiです。
穏やかに楽しく成長出来るよう、入手した情報や、日々の気づき&
発見などをシェアして気ままに更新。
イベント情報も随時掲載中です♪

※記事の内容、情報については一個人の捉え方、考え方に纏わるものが大半です。
絶対的な事実という訳ではありません。
また、私の理解や気付きの段階に応じ、記事の内容にも随時変化がありますことを何卒ご理解下さい。
過去の記事をご覧になってセッションやワークショップにご興味を持たれた方は、最新記事近辺を幾つかご確認下さいませ。


旧blogタイトルは『気づきのステップ』。


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