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Category : 自己ワーク

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【works】
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 詳細はサイトをご覧下さいませ。

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 毎月一度、都内で女性向けの体験型ワークショップを開催中です。
 沢山の変化・癒し・浄化・成長・気づきを促すテクニックが山盛りです。
 現在、お客様からのオファーで行うオーガナイズ形式での開催です。
 ※以降の開催は決定次第upして参ります。
 ※それぞれ内容の詳細はサイトをご参照下さい。

今年は長梅雨ですねえ。
とは言え流石に暑くなって参りました。
水分補給や日傘・帽子等、お身体には十分お気を付け下さいませ。


ホ・オポノポノで反応のクリーニングをやっていると、『見落としがち、スルーしがち』な反応があることに度々気付きます。
自分とは無数のリアクションで構成されている為、全てを拾うことは勿論難しいことだと思いますが、とは言え割とあるなーと思うものを幾つか挙げておきたいと思います。


天候・気候についての不安
暑さ・寒さ・天候の変化や天変地異に対する思考は、全ての人が持っているものだと思います。
「酷暑になったら困る」
「今年は暖冬かなあ」
「地球温暖化が…」
「台風が来たら嫌だな」
「大地震が起きたらどうしよう」
というような思考も、記憶です。
日常的に何度も持ち出す記憶でしょうから、是非とも捕まえてクリーニングして行きたい内容だと考えています。


交通機関や公共の施設についての思考
「混雑してるだろうな。嫌だなあ」
「○分も掛かるんだ…」
「悪い対応をされたらどうしよう」
「止まったら、遅れたら、入れなかったら、乗れなかったら、間に合わなかったらどうしよう」
これらの思考も、当然いつかの記憶です。この思考に合わせて色々な現象を目撃することになります。
という訳で、クリーニング対象です。


スピリチュアル能力についての思考
これは『ホ・オポノポノ』を実践している人や、『奇跡のコース』を学んでいらっしゃる方には特に顕著ではないかな、と思うのですが。
「自分にはきっと分からないんだろうな」
「特別な人しか聖霊の声は聞こえないんだろうし、自分じゃ駄目だ」
「いつまでも分かるようにならない、出来ない」
「何をしようが過去世や先祖のことなんて、絶対分からないよ…」
「ものや土地に意識があって喋ったりするとか、いつになったら分かるの?」
「何年もやっているのに、分からないことが恥ずかしい」
というようなことを考える方は多いんじゃないでしょうか。
これらも勿論、記憶によるリアクションですので、時間短縮の為にクリーニングして行きたい内容だと考えています。



これらの反応は、日常生活を送る中で殆ど呼吸と同じようなレベルで何度もスッと浮かんで来ては、そのまま取り逃がして流してしまいがちな内容です。
ちょっとずつでもこれらの反応をしていることが分かるようになると、「あ。また思った」「あ」「また」「まただわ」と何度も何度も気付いて行くと思います。

見逃しがちなことを捕まえて行く練習は、色々なことに応用出来ます。
これらの内容は自分の思考に注意深くなる練習なので、特定の問題についてクリーニングすることと同じ位、とても大切なことだと思います。
こんなようなものであっても、コツコツと日常に出来る限り適用するのが結果的には一番のラクになる近道です。是非。



5月も中旬に入ろうとしておりますねー。
過ごし易い気候で助かります。(^^)




私は昔、臨死体験をした方の逸話を色々調べていた時期があるのですが(私は未体験です)、『その後、人生観が変わった』タイプと『そうでもなかった』タイプに割れるらしい、というのを知りました。
何が分かれ目かと言うと、臨死体験時に何を見た・体験したかでその後が違うようでした。

人生観が変わった方の逸話では、『走馬灯タイム』があった、というお話がちょこちょこと散見されます。
死ぬと、人間は生前の行いによって裁判に掛けられ、自分の一生をほぼ強制的に見せられる…という伝承も世界のあちこちにあります。あれですね。
近年ですと、『中間生(死と生の狭間)に行き、ガイドがアドバイスをくれる』とか『何らかの気付きがあって』といったお話も多いです。



さてこの走馬灯タイム(または気付きタイム・ガイドからのアドバイスタイム)ですが、実際は何をしているのかというと、『主観で偏った・間違ったものの見方』で見ていた出来事について、『再度正しく見直す/見直して完了させる、手放す』機会を体験しているのでは? と私は思います。

とは言え別に臨死体験をしなくとも、死を待たなくても、一日の中でも自分でやろうとして出来ることだなーと思います。
例えば一日が終わる時、眠りに就く前に『今日の私』を思い返す。一日の自分を走馬灯タイムで見直す。



一日の終わりまで行かなくても、トイレに入った折にとか、お風呂に入った時にとか、お茶を飲む時にとか。
幾らでもそのタイミングは作れます。
これをしないで居ると、記憶に操られたまま記憶の中にある思考や感情を垂れ流し続けるだけ…ということになりかねません。

これを常時簡単に行えるのが『ホ・オポノポノ』のクリーニングです。
しかし、これもただ闇雲に言えば良いのではなく(それでも使わないより幾分マシかも知れませんが)、自分が体験した思考や感情を捉えて、それに対して使う…というのがスタンダードです。
となると、やはり問題(過去)を解除して幸せになるには"自覚的に自分の思考を捉ようとする姿勢及びステップ"は必須でしょう。




ところで、死んで実際に自分を振り返るのかと言うと、どうだろうなーと思います。
私は、死んだらほぼそのまま次の人生に持ち越す感じなのでは…と考えています。

何故かと言うと、自分も含めて色々な方を拝見していると、
「…同じだ。同じ過ぎてびっくりする位、同じだ。下手するとその場面の形どころか口に出す台詞まで完全に同じ」
という場面を度々見ているので、死んだら一度振り返りタイムがあって、そこで反省し、転生してやり直す…というのはファンタジー世界の話なのではないかいな~。と。

前回未完了のものは未完了のままごっそり持って来て、全く同じ再生を経ることによって「私の中にはこんなものがあるのだ」と気付く訳です。
そこで前回と同じ解釈に乗っかって全く同じセリフを言い、全く同じリアクションをしたままループに流れるのか、見直して見直して見直して自分の間違いを見つけ、正しく完了させられる考えに訂正するのかを自分でやり直している…ということだと思います。


「自由意志があるじゃないか」説も度々お伺いしますが、私達が持っている実際の自由意志というのは、「何でも選べて何にでもなれるよー」ではなく、『自分が前回間違った場面まで再生して巻き戻し⇒正しい選択肢を選び直す』ことをするのが今か、先送りか…というものに過ぎません。

今日までの分を今日(今)見直すのか、今やらずに明日以降に持ち越す(何も考えずループに乗っかる)のか。
っていうこれだけです。
自由意志でああしたんだ、こうしたんだと言う時、それは前回もそうしたからです。
少なくともそれに準えた選択をしたので、同じ台詞を言っています。
たった今、全てから自由になった状態で選んだものは無いのです。
前回もそうして、そういうリアクションをしたということは自分では覚えていませんが…でも確実にそうです。



先日「何でその場面を持って来るのか」というご質問を頂戴したので、私個人の回答をば。
人間と言うのは『良かったこと、楽しかったこと、良いこと』は直ぐ忘れます。
反対に『嫌だったこと、腹の立つこと、不条理だと思うこと、悲しいこと、無念なこと、疾しいこと』等については、何の処置も取らず後生大事にしがみ付きます。

だからです。

はい。これが答えです…(笑)。
誰かがチョイスして持たされて来たものなのではなく、"自分が"その記憶にしがみ付いているのです。


日本人だと分かり易い喩えになるかと思いますが、『未浄化の霊は未練があるから』『先祖の障りはその先祖が間違いを犯したか、未練が残っているから』という話がスタンダードですよね。
これも同じことなのです。未完了を残している程、人生は辛く苦しいものになります。

あ、『良い』と言われる思い出を持って来ることもあります。色々混ぜて来るのがエゴなので。
とは言え、圧倒的に不平不満の方を持って来る割合が高いでしょう。
自分の思考を観察する癖を付けて行けば、如何に不平不満で構成されているか分かります。


私がこういった本を読んでいたのは大昔なので、当時はちゃんと考えていませんでしたが、正直『死後の世界がある・無い』については個人的にどうでも良いことのように思います(個人的には潜在意識の中に概念として存在すると考えていますが…)。
それよりもやはり、現在自分の人生を生きている中で、目の前に来たもの・体験することを一つずつ受け止めて、認めて、クリーニングすることが重要なんではないかと。



一日ずつ、未完了を出来るだけ整理し直して、スッキリ終われるようになりたいものです。


例年私には何ら関係の無いGWも終わりまして(笑)、平常運転に戻られた方も多いのではないかと思います。



思考(記憶)のクリーニングについて色々ご質問頂くと、改めて考え直す良い機会を頂いたのだなと思います。
他人様に説明するには、自分が理解していないと出来ませんからねー。



「これが嫌だから変えたい」

と言ってあれこれ試している時、既にあるものを捻じ曲げようと試みていると言えます。
自分が何故、それを体験しているのかについては、見ようとしていません。
むしろ見ないように、事実・現実を否定しまくっている状態です。

否定するには、前提として『それ』が存在する必要がありますから、否定を続ける限り絶対に変わりません。
もし形が急に変わったように見えたなら、それは変わったのではなくそういうストーリーの何らかの記憶を見ている状態ですね。


何かについて苦しんでいる時は、大概何かを否認しています。
その大元の理由が目に見えない場合もあるでしょうが、原因が形として見える・見えないに関係無く、体験することや目撃すること、またそれらに対する自分の反応(感想)は全て記憶の再生なので、一つずつ適切に捉えてクリーンにして行く作業がお勧めです。

が、大体記憶に操られて反応するままに
「(形/現象を)どうにかしたい!」
「ああしなきゃ! こうしなきゃ!」
とのたうち回ることが多いんじゃないでしょうか。
私も、非常に身に覚えがあります…(笑)。

「でも、どーしてもそう思っちゃうんだよー!」
とジタバタ苦しみ続ける状態で、自分で自分をコントロールすることが出来なくなっていると。
だけどコントロールなんか出来たことは大概無いんですけどね。全部記憶なので。



心の世界の原則としては、『認める=手放す』なので、
「抑々こう思う必要が無くなったら、凄く楽だろうな…」
という所に目が向くと、それまでの通り一遍の反応、ひいては過去のコピー100%の人生から解放される可能性が生まれます。
言い方は色々あります。降伏する、受け容れる、抵抗を止める、等々。言葉が違うだけで、全部同じです。


そこに行くまでは、伏せられた沢山のカードを一枚ずつ捲って行くような作業が続きます。
ウンウン唸って「まだ変わらないの!?」と言っている時は、まだ伏せられたままのカードが残っていると言えるのではないかと思います。

知る必要があることが残っている。明らかになっていない事実がある。
このような状況だと、変わる以前に現実を創っているパーツを目にしていない、全貌を明らかにしていない訳ですから、どうにもこうにも…です。


まだ捲っていないカードが残っているかどうかというのは、自分である程度分かるんじゃないかと思います。
何でって、『納得行くかどうか』『腑に落ちるかどうか』という体験がセットになっているからです。
ストンと腑に落ちて「ああ…」と腹の底から納得が行ったなら、「終わった」という感じがするなら、捲り切った状態です。
イコール、「私は事実を認めました」ということです。
そこに至った感じがしないなあ、ということであれば、まだ何か気付いていないことがあると言えましょう。

注意深く、事実を何度も見直すと良いです。
これまで分かったことを並べ、何度もクリーニングしながら生活をしていると、思わぬ所から新情報がひょっこり顔を出したりします。
一気に解決したい、分かりたい! と思うのが人情で、その気持ちもよーーーく理解出来ますが、こういうことはやはり順番なのではと思うんです。
記憶も層になっている為、一枚ずつぺろんと剥いて行く作業をしないと、その向こう側に隠れているものって見えて来ないんですよ。


一枚ずつ、伏せられたカードを捲って行く。
一つずつ丁寧に受け止めてクリーニングをして行く。


同じことですが、言い回しが違うとニュアンスが変わりますねー。
人それぞれ、その時その時で受け止め易い言い方があると思います。
理解し易い、より響く形に巡り合えますように。





あと僅かで平成が終わります。新しい元号の時代がやって来ますねー。
『平成』そのものを想うと、私は「本当にお疲れさまでした」と、頭を下げたくなる気持ちになりました。
次の時代へバトンを繋いでくれたんだなあ、という感じでしょうか。有難いです。



さて、ちょこっとご質問を頂いたこともありまして、『問題』に対する向き合い方を整理して載せておきます。
実生活の中でご自分を振り返り、問題を正しく理解・解決して行く自助努力にお役立て頂ければ幸いです。



1:『何が嫌(問題)か』を具体的に割り出す
問題だーと言っている時、あまり具体的に割り出していないであろうことが殆どです。
嫌だという気持ちに圧し掛かられている気がするので、ちゃんと実像を見ていません。
何となく全部嫌だとか、あっちが悪いとか、あいつが嫌だとか、そんな感じではないかと。
しかし、ここで腹を据えて「結局、具体的には何を指して嫌がっているのかな?」と考え直してみる必要があります。
これが最初のステップです。

例えば誰々が自分にこうした、してくれない、といった内容ならば、それを具に書き出すと良いでしょう。
箇条書きが整理しやすくなるのでお勧め。



2:最も自分が嫌な気持ちになるポイントに注目する
問題がある思う時、必ず『自分が嫌な思いをしている』という体験とセットになっています。当たり前ですが(笑)。
例えば誰かに無視されていて辛いんです、ということであれば、「無視されたから辛い(現象自体が問題な)」のではなく、「無視されることによって、自分がこういう気持ちになるのが辛い」のですよね。
なので、問題は『自分が体験しているこの嫌な気持ちの方である』と、視点を自分の気持ちの側に向け直します。

「これが起きると、『まるで自分には価値が無いとレッテルを貼られている』ように感じてそれが辛い」
というように、『自分』がどのような価値であるか、という判断が挟まった上で気持ちを体験している筈です。
相手や問題がそれ(価値)を突き付けて来ているように"自分が"感じるからこそ、嫌だなこりゃ問題だーと言っている状態ですね。



3:その気持ちになるのは何故か、考えてみる
極論ですが、誰が自分を罵ろうと、それが事実だと自分が思えば(+それに対して疾しさを感じていれば)、ショックであわわわーとなることでしょうが、自分がそれに対する受け皿を持っていなければ、「は?」で終わります。

ということで、嫌な思いをしたーということであれば、何らかの『思い当たる節』が自分の中に存在することになります。
なので、その正体を探ることにしましょう。
一応、答えを先に書いておくと、大雑把に纏めて『自分に対する無価値感』に行き着きます。
でもこの表現の仕方(言葉のチョイス)が人によって違うので、それは自分の中にどういう表現で隠れているかを探してみると良いです。





誰かに酷いことをされたとか、私ばかり嫌な思いをしている! と怒り嘆いている人が沢山居ます。
それは実際にそうなのかも知れないし、事実ではないことをアピールして周りを脅しているのかも知れません。
どちらにせよ、その主張の意味する所は「私は嫌な思いをさせられる程度の人間です」とか「私は愛される価値の無い人間です」という内容になります。
体験の内容がどうであれ、「私は」と『私』を主語にした文章に直せば、必ずそういう意味合いになることに気付くでしょう。

旦那が家事を手伝わないのよ! とか、子供が言うことを聞かないとか、AさんはBさんとばかり仲良くして私とはしないとか、職場で誰も私を評価しないとか、不平不満には枚挙に暇が無い筈です。
これらの文章を一つずつ直せば、問題だーと言っているのが結局何なのか見えて来ます。


その為には、『誰々(何々)が』と自分でないものを主語に据えている部分をちゃんと『私』に置き換える所からです。
すると、「私は家事を手伝いたいって思われないような程度の女です」「私は評価されないような人間なんだ」って言っていることになります。
問題=不平不満とは、一律この「私は如何に愛される価値のない、不完全で欠如した人間か」「だからこんな嫌な思いをして当然なのだ」という考えが元になっているのです。

この考えにガッチリしがみ付いているのが他ならぬ自分であるというのに、無理矢理「自分を愛しましょう」って言っても無理ですよね。
況や、他者や現象を無理矢理捻じ曲げようとするなんて、更に不可能です。
それよりも、自分が今まさに使ってしがみ付いて一体化している、自分に対する考えをはっきり見る所から始めたら良いでしょう。
というか、それしか自分に出来ることはありません。何事も現状確認から。




一つずつ確認して行くことで、
「…だから、何が起きていなくても苛々したり、良くして貰っても不満で一杯だったのだ」
「この自分の無価値さを見たくなくて、他人のせいにしていたのだ」
と気付くかも知れません。

更にここで自分を振り返り、「…確かに、こんな態度で生きていたら、手伝って喜んで欲しいとか思われないわ」と納得するかも知れないし、「うーん、そこまで自分の価値は低くないなあ」という所に落ち着くかも知れません。
そこまで来ると、「じゃあ、手伝いたいって思われるような人間として生きよう」と自分を改める方向へ行くのか、「自分の程度に合った人と仲良くしよう」に行くのか、「抑々、私はこの相手とは合わないってことだな。お互いに無理してたんだ」に行くのか、それぞれ適切な行く先があるでしょう。


アプローチの仕方は色々ありますので、あくまで一例だと思って下されば。
他にも、ロールプレイ的に視点を切り替えて問題を多角的に見直す、といったやり方もあります。
大概主観で一方通行の物の見方しかしない我々ですが、視点を変えてみるということを取り入れてみると「あら?」と気付きがあるかも知れません。

例えば病気があるなら、その病気になってみる。
その病気になってみて、自分をどう見ているか、疑似体験してみる…といったやり方もあります。
他人が絡んだ問題なら、その人数分の椅子を用意してみて、『誰々の椅子』と割り振りをし、座ってみる。
そうして、「あ、この人からはこんな風に見えてるのか」と気付くことも有り得ます。
やり方自体はあくまで方便ですが、色々試してみると、それまで思いも拠らなかったことに気付く可能性は充分にあります。


問題を解決したいならば、絶対的な事実を踏まえることが何よりも重要なのですが、そこまで思考を巻き戻せるのは自分にしか出来ないことなので、じっくり地道に自分を振り返ると良いでしょう。
この重なった思考を一枚ずつ捲るのに、ホ・オポノポノのクリーニングを使ってもいいし、それでなくても自分の考えに疑問を持ち続ける「でも私、何でそう思うんだろう」と『なんで?』を使い続けるも良し、やり方は色々あります。
やり方自体に拘ると結果を逃がしますので、そこは柔軟に構えたら宜しいでしょう。



また書いて参りますが、ご参考頂ければ幸いです。




どんどん各地の桜が開花しております。
近所の桜の木はまだぽつぽつと、という程度ですので、満開まではまだありそうな感じです。
そしてこういった年一の出来事があると、一年間が過ぎるスピードを愕然としながら感じると言う…(笑)。



私は度々、『どうして生まれて来るか』という理由について、「やり直しの為に来ている」という風に書いています。
何をやり直すかと言えば、自分がどう生きるか、どう在るかをやり直す為です。
不幸な考えを手放す為、という言い方も出来ます。

人生という長いスパンで見ると、『特にこのイベントに於いて、自分がやり直すべきことがある』という大きなポイントもあるでしょうが、毎日の生活の中でも細かい選択は沢山存在しています。
やり直しというのは、一日を通して常に為されるべきことですが、私達は自分の考えを疑わずに生きる癖を付けて来たので、毎日同じ生き方、考え方を繰り返して生きるのがスタンダードではないでしょうか。


同じようなことを言って、似たような出来事に対し同じ反応をして、自分を顧みることをせず繰り返し続けたんですよね。
その結果、何が待ち受けていたかという結果も既に体験済みですが、我々は綺麗さっぱり忘れていることになっているので…(笑)。

毎日自分の考えや行いを振り返って疑う、過去の自分を何度も見直す、ということを習慣付けない限り、まさか前回(まで)の場面と台詞をなぞっているだけ、とは夢にも思わないことでしょう。


私達は、『前回』と全く同じ時系列順にドラマの場面を体験する訳ではないようです。
だから自分がどの場面を再生しているかは、殆どの人は分からないと思います。
抑々、前回完全に同一の場面を体験しているということも分からないでしょう。

私が見る限りでは多くの人が前回とは異なる順番で前後した場面を体験しており、その時に言った台詞やその時に使った考えを、そっくりそのまま使っています。
これも人によってバリエーションはありますが、例えば前回は人生の末期で体験した出来事やリアクションを、今回は人生の中間辺りでやっている…といった感じで、順番が入れ替わっているケースが多々あります。



さて、そこまで具体的に分からないにせよ、自分の反応を記録して見直すことは非常に大切です。
「この場面で自分は腹が立ってこうした。その結果、こうなった」
という定型が仮にある場合なら、それをひっくり返すのが正解、ということになるのかも知れません。
いつも自分が一定の反応を適用するから、同じ結果に行くので(実際は、結果が先にあってそこを目指しているんですけどね)。

「相手がこうすべきだった」という考えを常時使っているなら、「自分が」に置き換えるとか。
「絶対に自分は悪くない!」と言い張って来たなら、「全部私が悪いし、間違っている」に訂正する等、ですね。
本当にそう思えるかどうかは別として、文章のみでも変換するというのは、過去を手放す入口としてアリなんじゃないかなと考えます。


『当たり前に使っている自分の考えを反対に差し替える』
という作業は、簡単に見えますがあまり手を着けないことではないでしょうか。
しかし、過去のループから抜け出す一助にはなるのではないかとも思います。…使い方次第ではありますが(笑)。





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blog owner:Sachi
潜在意識を活用した、ちょびっとスピリチュアルな総合セラピー、癒しのワークショップ・タロットカードセッションをしているSachiです。
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発見などをシェアして気ままに更新。
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※記事の内容、情報については一個人の捉え方、考え方に纏わるものが大半です。
絶対的な事実という訳ではありません。
また、私の理解や気付きの段階に応じ、記事の内容にも随時変化がありますことを何卒ご理解下さい。
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