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Category : 自己ワーク

◆ Infomation

【works】
★ヒーリングセラピー個人セッション
 都内で対面式の個人セッションを行っています。
 幸せと癒し、学びと気付きを得たい方へ、様々に対応させて頂きます。
 潜在意識を日常へと活用することで、より良い人生へ変えることが可能です。
 随時お受けしておりますので、サイトをご覧下さいませ。

★癒しのワークショップ
 毎月一度、都内で女性向けの体験型ワークショップを開催中です。
 沢山の変化・癒し・浄化・成長・気づきを促すテクニックが山盛りです。
 2018年7月15日・8月19日(全て日曜12:00~16:00)
 の開催が現在確定しております。
 ※以降の開催は決定次第upして参ります。
 ※それぞれ内容の詳細はサイトをご参照下さい。

もうすぐGWですねー。って書いててビックリする程にあっという間です。



『思考』という言葉を使うと、頭の中であーだこーだ言っているもの(ほぼ文句。不平不満)を指していると思いがちですが、潜在意識も思考ですから、私達が目にするもの、体験することの全ては思考だと言うことが出来ます。
自分の肉体も思考です。顔、身体、体質、遺伝的形質等も、また他人様やその言動、自然現象、社会現象の全てが思考です。

確かに『思考は現実化する』のですが、その中には変えられるものと変えられないものがあります。
ここははっきりと抑えておかれた方が良いです。
例えば、太陽は東から昇って西に沈みます。
一日は24時間です。
そういったことと同じで、個人レベルの思考の中にも、変えられないものというのは存在します。
それを『変える必要が無いもの』と言い換えることも出来ます。

例えば、体質や生まれつきの○○というものであっても、『手放していないから問題として持って来ちゃった思考』であれば、解消可能です。
でも、『それ自体を問題として持って来た訳ではない』場合もあります。
例えば、『この条件下でも幸せな気持ちでいられるように練習する必要がある』場合等ですね。
症状、現象として同じようなものが見えていたとしても、それ自体を解消すべきなのか、それについての捉え方を修正すべきなのかは人によって違う為、一概に言えないものです。


問題や願望の一つ一つがそのどちらなのか、見分ける必要があります。
私達がこの人生を生きる中で幸せを沢山受け取れるように、また平和な心で人生を歩めるようになる為には、この違いが分からないといけません。
潜在意識を活用すれば問題を解消したり、ある程度の願望を達成することは可能ではありますが、絶対に変えられないものは沢山存在します。
それが分からないで居ると、全能感や誇大妄想を捨てられず、時間を無駄に使うだけになってしまいます。






神よ、変えることのできないものを静穏に受け入れる力を与えてください。
変えるべきものを変える勇気を、
そして、変えられないものと変えるべきものを区別する賢さを与えて下さい。

一日一日を生き、
この時をつねに喜びをもって受け入れ、
困難は平穏への道として受け入れさせてください。

これまでの私の考え方を捨て、イエス・キリストがされたように、
この罪深い世界をそのままに受け入れさせてください。

あなたのご計画にこの身を委ねれば、あなたが全てを正しくされることを信じています。
そして、この人生が小さくとも幸福なものとなり、天国のあなたのもとで永遠の幸福を得ると知っています。

アーメン






こちらは『ニーバーの祈り』として有名な言葉です。

「あれがこうなったら幸せなのに」
「私はこうなる筈だ!」
という考えを整理して、『これは間違いなく可能』というもの、『怪しいなあ…』というのもに振り分けましょう。
自分の中で、願望と妄想とを見分ける目は、兎にも角にも絶対に必要です。

妄想に執着していることで不幸を感じているだけかも知れないし、逆に修正可能な問題を諦めて抱え込んでいるだけかも知れません。
「どっちだろう?」と、何度も見直されたら良いと思います。
何度でも、納得するまで。




新年度に入り、新しい生活に臨んでいる方も多いことでしょう。
良い毎日でありますように♪



今日は願ったことを現実として体験する時に注意したい部分をば。



願望を達成するには、言うまでもなく『目的』が最重要事項です。

「大人になったらプロサッカー選手になりたい」
「引っ越し先は緑が豊かで日当たりが良く、ご近所さんに感じの良い人が多い所がいいな」
「結婚したら、毎日幸せを感じて有難い気持ちで居られる自分でありたい」
「この問題が解消して、心底ホッとした気持ちを体験したい」

といったように、具体的な目的、ゴールする場所、到達点がはっきりしていることが何よりも大切なんですね。



「思っているのにならない!」

と言っている人のお話を伺うと、この内容が全く不明瞭であることが殆どです。
内容がモヤ~っとしていて、象徴的過ぎて、聞いている側に全く伝わらない、分からない。
或いは、荒唐無稽過ぎて現実的なものには全く感じられない。
相手に伝わらない時というのは大概、自分が分かっていない時、自分の心がそれを見ていないです。


私達は自分の心が見ていることを現実として認識します。
言い方を変えるなら、『それが何かはっきり知っているものを現実化する』のです。

肝心の自分が「それが何か知らない、解らない」のに、言語でだけ願望達成の暗示文を作って繰り返しても、絶対になりません。
言葉でだけ繰り返し言っていたとしても、それが何か解っていない…ということは案外多いものです。
自分が使っている言葉にイメージ及び実体感が伴っているか、確認する必要があるでしょう。
また、他人様にお願いして願望を聴いて頂き、「はっきり具体的なイメージが湧くか、見えるか」を教えて頂くのも良いと思います。



紙に書いたり、アファメーションとして唱えるにしても、言葉だけに気を取られていると、「こんなに頑張ってるのにおかしい!」と、結果に対し腹を立てることになってしまいます。
その時、「変だな…ちょっと見直してみよう」と思うのか、「いや、自分は思ってるし、なる筈なんだから」と言って結果の出ない行動を繰り返すかは、自分の選択に掛かっています。

自分も散々やっていたので分かりますが、「思っている筈なのに、なんでならないんだろう…」と首を傾げた時、「もしかして、そんな風には思っていないのでは」と自分の心に疑問を持つことはとても大切です。
「じゃあ一体、今の自分は何を思っているの?」と自分の思考を疑う訳ですね。
その時の私は、「あ、確かに○○とか××になったら…っていうイメージが無い。分からない。思ってないんだ!」とびっくりしました。


思っている筈、解っている筈…と、自分の考えを確認しないで手段だけ頑張って使っても、思っていないなら、結果ならない。
だから確認した方が良いです。
願望には具体的なはっきりとしたイメージがあるか、そのイメージには実体感があるか、「知っている」と思えるか、目の前にあるPCやスマホのように、確かに自分がそれを見ているという風に感じられるか、です。
また、幾人かに話してみて、「うん、なると思う」「凄くリアル」と言われるかどうか。

見直しましょう。
自分の考えを疑い、何度でも、確認しましょう。
それが、時間の節約になります。


似たようなことをを繰り返し書いている理由は『灯台下暗し』だからです。
「自分は幸せがいいと思っている!」とか「私は○○が欲しいって思ってるのに!」と口で(頭で)言いながら、結果が願望と食い違う時、私達は実際の自分の心の中を見直そうとすることがあまり無いからです。

「思っている『筈』だ」とか「当然そうに決まってる!」と自分の考えを振り返らず、怒って同じやり方に食い下がったり、結果が出ないのにウロウロしたり…。
というのは、本当に時間が勿体無いんですよね。
だって幸せじゃない時間、つまり不幸タイムが延々続くだけですから。
是非とも見直しましょう。何度でも。



東京は桜が満開です。
ぽかぽか陽気のお天気が続いていますから、お外を歩くのが楽しいのではないかと思います♪



自己観察の道に入ると、断続的に様々なことに気付きますが、それが本当なのかフェイクなのかを見分けることはとても重要です。

例えば、「私が結婚出来ないのは親が不仲だったせい」という考えを使っているとします(あくまで一例です)。
この文章の前半と後半はどこが・どう関係あるのか、誰に訊いても「確かにそうだね」と言われる理屈が通っているのか、検証してみると良いでしょう。

もしも前半と後半を無理矢理くっつけているとしたら、例えばいくらセラピーを受けたり内観をしたつもりになっても、結果は出ません。
ただ、自分の不都合をこじつけたいだけなのかも知れない。
自分の不出来な部分を見ずに、何かのせいにしたいだけなのかも知れない。
そのように疑って見てみるということで、結果への時短に繋がります。



自分の内側を見つめるというのは、日々自分の思考を第三者視点で観察し続けることでもあります。
基本的に一人で取り組むことにはなりますが、何かに気付いた時、因果関係について「あっ」と思うことが起きた時、「そうだったのか~」で終わることなく、誰かに確認を取れるならば尚良いと思います。
質問に対し正直に答えてくれる、可能なら複数の人達に訊いてみる。


質問相手を選ぶ際には、注意点が幾つかあります。

・『自分もそう言われたいから他人にもそう言う』タイプの人
当たりの良いことは沢山言ってくれるかも知れませんが、正否の判定はしてくれなかったり…です。

・『自分を不幸だと思っているから、他人にも良いイメージなんか絶対にしてやらない』という怒り(嫉妬)を強く持っている人
これも、正否の判定は難しいと思われます。ハイ。

・『本当のことを言った時の相手の反応を予測して、それに合わせて言うことを変える』人
自分が嫌な目に遭いたくないから、相手の顔色を常に窺っているタイプだと、正直には言わないかも。
勿論、答えを聞いた自分がすぐキレたり全否定をする人間なのか、という部分も見直す必要があります。

・『誰に対しても同じことを言う』人
質問する意味が無いかも知れません。


質問されたことを自分の中に持って帰り、「う~ん…ちょっと待ってね」と篩に掛けてから誠実に答えてくれる人に質問するのが良いでしょう。


例えば、自分には『大金持ちの人とセレブ婚をしたい』という願望があるとします。
自分の中ではイメージが出来る! と言えるとして、他人様にそのイメージが出来るか質問して回ることはとても大切です。
その時、お相手の方は適当に口先だけで言っているのか、本当にイメージしようとしてからその結果を言ってくれているのか、よく見つめましょう。

もし「イメージ出来る」と言われたなら、その内容を具体的に尋ねてみる。
「それはイメージ出来ない」と言われたなら、そのイメージではなく、別のどういったイメージがあるのかを質問してみる。
「これは納得行かないけど、こっちだったら大納得」という所まで、ちゃんと聴く。

他人様が「将来あなたはこうなると思う」というようなことを仰ったなら、『何故そう思うのかという理由』まで教えて貰うことも、非常に重要です。
思考には必ず理由が存在するからです。




私達は
「誰かにこう言って欲しい。自分ではそう思えないから、私の代わりに誰か保証して」
と、自分に出来ないことを他人様に期待してしまいがちです。

自分ではっきり「私はこうなります」とか「これに気付きました」と本心から言い切れるなら、他人様に耳触りの良いことを言って欲しいとせがむ必要はありませんし、もし内容について否定されたとしても怒りを感じないでしょう。
ただ、確認の為に質問すれば良いということですね。

もしも誰かに質問をして、その回答(言って欲しいことを言ってくれない等)に対し腹が立ったとしたら、
「あれ? 私、怒ってる。私は『こう言ってくれ、確証をくれ』って思ってるんだ。つまり、自分ではこれについてどう思っているかと言うと…」
という風に、その原因を自分の中に探すことも出来ます。




私が同業の先生からお話を伺う際にも、
「これはまだ裏を取っていない話なんだけどね…」
という言い方を耳にすることが多々あり、やはり『個人的にこう思った』ことで終わらせるのではなく、『事実、どうであるかを確認・検証すること』を非常に重視していらっしゃることが分かります。

特に、心の世界について見直して行く際に事実確認をするのは、重要な作業だと私は思っています。
形には見えないから、何とでも言えてしまう。何でも否定し放題、作り放題、言いたい放題です(笑)。
顕在的に都合良くイメージを作り出す(現実逃避の為に妄想する)ことも出来てしまいますよね。


見えないものだからこそ、確信を得られるまで入念に検証を繰り返す。
常に心掛けて行きたいことです。



今朝の東京は、霙混じりの雨でした。まだまだ寒い日が続きますね。

去る18日は、2月度のワークショップでした。
ご参加下さいました皆様、まことにありがとうございました♪
この日はその人の本体『愛そのもの』、その現れであるハートに触れるワークを行いました。
なんと全員がミッション完遂という快挙! スゴーイ!!(笑)

日頃、私達が『○○さん』だと思って見ているものは、その人そのものではありません。
顕在意識、潜在意識、魂、集合無意識を超えたその先の先にある、『本当の姿』というものがあって、そこに触れるとびっくりします。
それは言い尽くせない程に美しく、神々しく、光り輝いていることが分かります。
皆さん、そこに触れる体験をして、驚いていらっしゃいました。
暖かさに触れて幸せを感じた方や、あまりの美しさに圧倒され感動された方もいらっしゃいました。

「じゃ、普段私が『○○さん』だと思っているものって何?」
ということについても、学んで頂きましたが、この絡繰りについても少し驚かれたかも知れません。
日常的な関わりのあるご家族や友人知人等を見直すにも、ご活用頂ける内容だったと思います!



★★★



さて、今日の本題です。


スピリチュアルに填まる人や、そうでなくてもかなり多い割合で耳にする願望が、「モテたい」「好かれたい」というものです。
特に「男性(異性)から好かれたい」「高スペックの異性多数から、奪い合いの如く激モテしたい」「有り得ない程に溺愛されて何でもかんでもやって貰える体験をしたい」というニーズは、あっちこっちで飛び交っています。

この願望、言うまでも無く自己に対する否認が元にあります。
等身大の自分、事実そのものの自分に比して、願望(要求)の荒唐無稽ぶりが高い程に、否認している度合いが酷い、ということです。


 「モテ"たい"、好かれ"たい"、その筈だ!」と言う時、自分が自分を事実どのように評価しているかは何処かに置き去りになっています。
また「モテてしまえば自分は●●ではなく、××だということになる筈」という目的が隠れてもいます。

「ありのままの自分は滅茶苦茶好かれるなんて絶対に有り得ないが、形上だけでもモテてしまえば私はありのままの自分ではない、別の何かだということになる」
ということで、下敷きになっているのは『悪い自分』『目も当てられないような自分』『素通りされるような無価値な自分』です(あくまで一例ですが)。
これらを隠蔽する為、誤魔化してフタをしてしまえば良いという意味で「モテたい」「好かれたい」と言っているに過ぎません。


さてここで問題になることは、
「『別個の存在としての他人』は存在しない」
「他人様は自分の思考を完全な形で映し出して下さっているだけ」

というスピリチュアルの大前提です(先生によって違うことを仰るかも知れませんが、便宜的にここではこのように書いておきます)。

これの言い方を変えるならば、『相手は自分』です。
このルールを適用した時、「私は自分のことが大嫌いだが、他人は自分のことが超大好き」だなんてことが果たして有り得るでしょうか。
「私は自分をブスだと心底思っているのに、世界の何処かには私を絶世の美女だと思う人が居る」なーんてことがあると思いますか?

更に、我々は自分を何様だと思って他人様をどう扱って来たか、どういう悪行をして来たかはしっかりと自分の中でメモっており、一切忘れたりはしておらず、その都度自分で自分をジャッジしています。
いくら表向き「やってません!」と言い張ったとしても、忘れた"振り"をしているだけです。
私達が使っている自己像とは、この行いと、実際自分が備えている特徴から導き出されています。
その上で、これらを認められないが故に、「周りがこうなるべきだ!」という要求を突き付けることによって、自分を誤魔化しているんですね。



「私は異性に好かれたい、溺愛されたい」と言う時、「私はこの状態(有様)の私をとても好きになりたい、溺愛したい」ということです。
見直すべきは、「誰々から好かれたい」ではなく、「私が、私をそのように好きになれるか、今そうであるか」です。

好きですか? 好きになれますか? 溺愛出来ますか?
もし目の前に全てに於いて自分と完全に同じスペックで全く同じ態度、言動、姿勢を持つ人が居るとしたら、無条件で無制限に溺愛し続け、一番や特別扱いを永遠に続けることが可能ですか? 実際はどう思いますか?


スピリチュアルを持ち出すまでもなく、すごーく簡単な話です。
他のニーズでも同じなので、「異性から『可愛い、綺麗だ』と褒めちぎられたい!」のでもいいです。
まじまじと鏡の中の自分を見て、或いは携帯電話等で自分を撮影し、「今、自分で自分をそのように褒めちぎることが心底可能かな?」と、自分に問い掛けてみれば良いでしょう。

「完全同スペックの私が目の前に居るとして、どの程度好きになれるか。どういう遣り取りをしたいか。どう働き掛けたいか」
を客観的に、具体的に見直してみて下さい。
もしも「私は異性からこうして貰える筈だ、こう思ってくれる筈だ」というニーズと、「自分が自分に対してこうしてあげたい、普通にこう思う」という内容がイコールで結ばれるのなら、あなたは事実を元にした考えを持っている、ということになります。
しかしこれが全く逆であるとか、甚だしいギャップがあるのなら、「自分自身のことが嫌いなままで生きていたい」と言っていることになります。



更に、潜在意識ルールを持ち出すならば、です。
「他人にこう思われたい、誰かにこうして貰いたい」というニーズがある時、それが実体験・現象として経験されるには、『自分は他人様に対してもそれを行っています。そうして来ました』という入力情報が絶対に必要になります。
何故なら、『物事は投げた通りに返って来る』からであり、その理由は『相手は私』だからです。

「じゃあ、人に対してそうやればいいんだ」
と言うならその通りなのですが、もしも『心底愛されたい』のに、自分がやるのは『形だけ』だとすると、その通りの思考が反射されます
『異性に心底、本当に愛されたい』なら、『自分が異性を心底、本当に愛する』という入力があっての結果になります。


我々は日頃、当たり前に分離したものの見方をします。「私は別」「あの人は別」というように。
「私はしないけど、相手からはして貰える筈だ」「相手の悪行は許さないけど、私だけはいいんだ」と言いたくなっちゃうんですね。
『私は/あの人は別』という考えを奇跡のコースでは『分離』と表現しています。

『自他の分離』+『事実に対する否認の度合い』が酷いと、自分の思考と目にする現実がまるで逆のように思えるでしょう。
「私はこうである筈なのに、おかしい!」「私はこんなこと望んでいないのに!」です。
自分の思考+言動の通りに結果が出ているだけなのに、自分が使っている考えを認めないでいると、その分だけ不幸で居続けることになります。



『投げたように返って来る』
『自分が自分に対して、心底そう思えるか』


というルールを覚えておくと、自分の願望を篩に掛ける役に立ちます。
「ならない! おかしい!」と言う前に、「私の願望の中で、現実的にアリなのは…」と、まず自分で見分けることをやっても良いのではないかと思います。



節分、立春を過ぎまして、暦の上では春ですねー。
とは言え、まだまだ寒い日が続きます。
心身共に、暖かくしてお過ごし下さいますように。



何かを変えたい、良くしたい、手放したい、問題があると言う時、私達は「周りがこうで、誰々がああで…」ということには強く注目します。
でも、『自分が何を言い、何をしているか』については、殆ど意識を向けないように思えます。

例えば
「誰々に○○って言われた!」
と言う時、何故言われたのか、その前に自分が何をしたか、言ったか…というような、自分からの入力情報を見落としがちです。


自分が日頃、自分以外に対してどのような姿勢を持っているか、態度を取っているかというのは、使っている自己像が元になっています。
それは『事実』ではないかも知れません。
「私は○○の"筈"だ!」という勘違い自己像かも知れませんが、とにかく使用中の自己像ではあります。

仮にこの自己像が、事実を遥かに凌ぐとんでもない高さだったとすると、あらゆることに不満を持つでしょう。
年齢や立場的に当たり前のことをする時でも、「何で私がこんなことをしなきゃいけないの!?」と怒り狂うことになるでしょうし、周りが常時褒めちぎらないと「周りがおかしい!」とプンプンすることになるでしょうし、現実と接点の無い荒唐無稽な夢を語ったりもします。


こういった生活態度で過ごしていると、自分にとっては呼吸をするように当たり前の言動が原因でトラブルを起こしたり、他人様に悪印象を与える、それを他人様や自分ではない何かのせいにする…というループに入ります。
特に対人関係では、自分では何が悪いのか全く自覚していないのに、相手からは非常に強い嫌悪をされ…ということになりかねません。
「私は何も悪くないのに、相手が私のことを凄く嫌うんです!」と言いたくなるような結果を体験するかも知れないですよね。

実際は『超・上から目線』で他人様に接しているのに、自分の頭の中では「私は自信が無い」と言い張っていたり…ということも多々あります。
自分で思い込んでいる自分の状態と、実際の言動・態度が逆。そういうことも珍しくありません。
そうすると、体験する結果に強い不満を抱くんじゃないでしょうか。


潜在意識の世界のルールには、『投げたように返って来る』というものがあります。
言い方を変えると、『入力通りに出力される』です。
そこには量や質のブレも違いも無く、自分の思考の通りの体験をする、ということですねー。
でも、前述のように『自覚無く行っている言動や態度』によって、「私はこんな結果を招くような態度を取っていません!」「こんな風に思っていない!」と言いたくなったりするような体験をします。

しかし、結果が出たならそれが現実です。
理由、原因が必ずあります。それも、自分の中に。
日常の自分の言動、態度、姿勢、他人様に向けて何をしているかをよくよく注意して拾う練習をすることは、とても大切だと思います。


私個人のことを振り返っても、自分の言動や態度に無自覚であるが故に招いたトラブルは沢山ありました。
本当に酷かったなーと反省しきりです…申し訳ないとしか言いようがございません…。

この時、「もうやらないようにしよう」だと、根元を断つことが出来ません。
「私は何故、あんな態度を取ったのだろう。それは何の為だろうか」
と、しっかり自分の姿勢から見直さねばなりません。
この見直しを行う際、本当に見直すのであれば、私達は自分の自己像に向き合うことになります。


他人様にどんな態度や言動を取っているか


というのは、


他人様を何だと思っているか


であり、更に


自分を何だと思っているか


でもあります。




これが一直線に繋がると、「あっ」と気付きが訪れ、深く反省することになります。
しかし途中で切り上げてしまうと、繰り返します。

途中で分かった気になって引き上げるのではなく、何度も何度も見直すこと、分かったような気がしても、自分の気持ちや態度が変わらないのなら理解していないのだと肝に銘じ、更に見直すこと。
この姿勢を大切にすることで、根本的な部分からの癒しや理解が可能になります。


複数の他人様に確認を取ることも、可能であれば是非。
「私、あの時どういう態度だった? どういう風に見えた?」
というように、「自分ではこういうつもりだった」というのと、『実際相手からはこう見えていた』内容の整合性を取るのは非常に良いことです。

ここに齟齬があるなら、「ちょっとはそうだったかも知れないけど、そこまでじゃない。相手が分かってくれない!」のではなく、「あっちからそう見えたということは…」と、相手目線で見直してみるんですねー。
「じゃあ、実際はどうだったんだろう。一致するように自分の思い込みを取り払ってみよう」と視点を変えてみるのもアリでしょう。


何にせよ、自分の言動には細心の注意を払うことが重要です。
まずは、そこからです。



プロフィール

Sachi

blog owner:Sachi
潜在意識を活用した、ちょびっとスピリチュアルな総合セラピー、癒しのワークショップ・タロットカードセッションをしているSachiです。
穏やかに楽しく成長出来るよう、入手した情報や、日々の気づき&
発見などをシェアして気ままに更新。
イベント情報も随時掲載中です♪

※記事の内容、情報については一個人の捉え方、考え方に纏わるものが大半です。
絶対的な事実という訳ではありません。
また、私の理解や気付きの段階に応じ、記事の内容にも随時変化がありますことを何卒ご理解下さい。
※過去の記事をご覧になってセッションやワークショップにご興味を持たれた方は、必ず最新記事近辺を幾つかご確認下さい。
セラピストの基本姿勢、考え方をご理解の上、ご予約願います。

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旧blogタイトルは『気づきのステップ』。


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