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Category : 癒しと解放

◆ Infomation

【works】
★ヒーリングセラピー個人セッション
 お時間の確保が難しい為、受付休止中です。
 詳細はサイトをご覧下さいませ。

★癒しのワークショップ
 毎月一度、都内で女性向けの体験型ワークショップを開催中です。
 沢山の変化・癒し・浄化・成長・気づきを促すテクニックが山盛りです。
 現在、お客様からのオファーで行うオーガナイズ形式での開催です。
 ※以降の開催は決定次第upして参ります。
 ※それぞれ内容の詳細はサイトをご参照下さい。

先日の台風被害に遭われた地方の方々に、心よりお見舞い申し上げます。
一日も早い復旧と、普通の生活へ戻れますように願っております。


クレジットカード、Tポイントからの寄付が可能なYahoo!ネット募金はこちらです。
募金に限りませんが、一人一人がその時に出来ることを少しずつでも持ち寄って行ける社会であれば…と思います。



☆☆☆



世の中には色々な問題を抱えている方がいらっしゃいます。
ひょっとして、大小関係無く何の問題も無い人は居ないのかも知れません。
訓練をして、距離を取ることが出来る方は居られるでしょう。


何年も頭を悩ませる何かがある、本当に解決を望んでいる、手放したい。
そういう問題がある場合、一番良いのは、

『どんな形でも良いので、この問題について最善の解決をして下さい』

と宇宙に願うことです。



ここでのポイントは『どんな形でも良い』ことを、必ず確認することです。
私達は困った時、不平不満がある時、「あれがこうなれば」と形を変えることを望みます。

願望実現で引き寄せましょう、というものは大概『要求』です。
それが駄目だと言うことではなく、形を指定し要求することで、解決ではなく問題の延長に繋がる恐れがありますよ、というお話です。


形を指定する時、大体は問題にしがみ付いている状態なのです。
自分がその問題にしがみ付き、ぶら下がっているのに、解決も何もあったものではありません。

また、上記の言葉で願う時、それが口先だけであれば当然何の効力も発揮しません。
ここを見落としている、或いは執着に対し無自覚である、というケースが非常に多いのです。
特に、長年に渡り執着を続けているものについては、途中で文言を逆方向に入れ替えたり組み直していることも多々ある為、自分で自分を騙している状態を長く続けている…ということも珍しくありません。


自分が執着している間は、ある種「願望が叶い続けている」と言えるんじゃないでしょうか。
執着していたい状態が続いている、ということですから。

でも、形はどうでも良いから…という風に形式や現象から『自分を』自由にするなら、思わぬ解決が齎されることがあります。
私達の顕在的な思考は殆ど役に立たないと言っても過言ではない為(否定や改竄が関の山です)、いっそこの辺りのあれこれを全部取っ払って、自分が思い付かないような解決を宇宙から招き入れるのもアリかな! と思えたら、すごーく楽だと思います。
先ず、そう思えた時点で自分が楽ですよね。



私達の問題だらけの人生は、様々な『自分の考え』を手放して行くことで良くなって行くもの、とも言えるんじゃないでしょうか。
『自分の考え』を突き詰めて行くと、『怖れ』に行き当たります。

怖い。そこから身を守らねばならない。だからその為にこれが必要だ、これが無くなれば怖くなくなるのに…。
実際、よーく見て行くならばその連続なのです。
『これがこうなるべきだ!』という要求を手放す時というのは、自分を縛っている怖れからの解放でもあると言えるでしょう。


私は要求を取り下げます。
本当の解決まで、どうか連れて行って下さい。
私には思いも付かないような解決があるなら、それを見せて下さい。



ノーガードで静かにこう言えるなら、驚くべき解決がやって来ると思いますよ。


暑いですねー…いつ秋になるのでしょーか…。(^-^;)
本日、あっという間の9月最終日です。




私達がこの世界に生まれてから死ぬまで、どれだけの時間を経ようと『その人』として変わらないもの…という表現として、


『元々のその人』
『素のその人』

というものがあります。
スピリチュアルな表現を使うならば、

『その人のバイブレーション』

というものです。

『持って生まれた魂のバイブレーション』

と言っても良いです。同じなので。




その人が元々持っていて、ずっと変化しないであろう波長、波動があります。
この固有のバイブレーションの延長線上に、適性や特徴、収まりの良い人間関係や生活スタイル…といったものが乗っかって来ます。
年齢を重ねても、他の何か形上だけ変えたとしても、バイブレーションは終生変わりません。

「違う人にはなれないですよー」

と私は度々申し上げますが、

「違うバイブレーションに変えることは出来ませんよー」

と言い換えることも出来ます。
つまり、

「自分じゃなくなることは出来ないんですよー」

です。




『相性』

という言葉がありますが、これが一番世間的に浸透している言い方だろうなーと思います。
バイブレーションが噛み合うかどうかってことですね。

元々の、その人らしさ。
その人が、その人らしく居られるかどうかです。


齟齬が無い。
居心地が良い。
違和感が無い。
楽。
自然。

様々な言い方があります。
でも全部同じなんだと思います。




『既婚者の方にアンケートを取りました』という企画で、『結婚の決め手は何ですか?』というものがあったりしますが、一番多いのが

『一緒に居て楽だったから』
『初対面の時に一緒に生活しているイメージが出来た』
『一緒に居るのが自然、当たり前な感覚があった』

というような内容だったりします。
激烈な一目惚れをしました! という人も中には居られますし、それに憧れる方も多いでしょうが、実際はこれが一番多いみたいです。
自分のバイブレーションに噛み合う人だと感覚的に分かった、ということですね。


結婚だけでなく、お仕事についても自分のバイブレーションに属する何か、というものがそれぞれあるのだと思います。
他にも生活スタイル、土地や持ち物、服装、食べ物なんかもそうですね。

これに関しては"好き"だと思っているものとは全然違う場合もありますので、人によっては「えっ! 絶対嫌だ!」と逃げ出したくなるかも知れませんが、とは言えずっと変わらないものなのです。
もしかすると、この「嫌だ! 苦手だからそこからは逃げた状態で居たい。これを避けたままで別の幸せになれるものが欲しい」という考えを手放すことが、今回の人生の大きなテーマなのかも知れませんし。



もしも主観で「あれがいい!」「あれじゃなきゃ嫌だ!」と言っている内容があるとしたら一旦脇に置いて、『自分が本来持つ固有のバイブレーション』を元に見直してみようかなーという視点をお持ちになってみると、楽で自分らしい人生へ目が向くかも知れません。



9月も下旬、もうすぐ10月なのに昼間は暑いですよー。
本格的な秋はもう少し先でしょうか。



先日、別業界の先生とお話しした際に
「でもこれってよくあるよね」
と頷き合った内容がありますので、その件をば。


私達は人生の中で(人によって程度の差はあるものの)、沢山のトラブルや問題を体験します。
何故、それは起きるのか? 何処から来るものなのか? どうして人により違うのか?
という疑問を持った方は多いと思います。

私もその中の一人でした。
疑問の追及を続けて行く中で、色々な説を耳にして来ました。
ですので、今回はその辺りを羅列してみます。



(1)修行の為
恐らく、かなりポピュラーなのが『魂の修行説』
神(仏)様がその人の修行の為に敢えて選んだ苦難を与えている。
それをクリアすることで、未熟で無知な魂が学んで成長して行く。
これの発展形に
「その人に乗り越えられない苦難は与えられない」
「だから感謝しなければならない」
という話もくっ付いて来ることが多いんじゃないでしょうか。


(2)自分で敢えてチョイス
これは転生の狭間にある『中間生』で自分が意図的にチョイスして来た説です。
理由は(1)と同じで『成長、学びの為』。


(3)Aを知る為にBをチョイス
(2)の亜流とも言える形で、ざっくり言うと『幸せを知る為に不幸を敢えて選んだ』というものです。
「この形の幸せを知る為に、逆であるこの形の辛い思いを敢えて選択した」という感じですねー。



色々と学習して来ての体験上ですが、全部違うと思います。


(1)は「自分に責任はありません」ということになり、更に「自分は元々不完全な存在です」が前提になります。
突き詰めると「ずっと苦痛を体験し続けないといけない。不幸は必要」ということになりますし、ゴールはどこ? って感じです。


(2)も同様で、大前提が「私は欠損した不完全な存在です」というものになります。
この世界を真に存在する世界、『実相』だと設定すれば、問題・粗探しなんか永久に出来てしまいますから、終わりがありません。


どうして「抑々不完全なものとして我々は存在している」と言うのでしょう。
大概、「最初から神が不完全なものとして創造したから」という理由に行き着くんじゃないでしょうか。
ここにも「神のせい」という攻撃性が見えます。エゴの目的通りに、です。

或いは「最初は完璧な存在だったが、罪を犯したのでその罰として苦痛を受けている」という説もあります(聖書に詳しいですね)。
これも「苦痛の出元は神であり、自分達は罰せられるべき存在である」ということです。似たり寄ったり。




さてさて、先日話題に上がったのは(3)なのです。
端的に言うと「不味いものを先に食べないと、美味しいものを美味しいと思えない」ということになります。
でも、美味しいものは単体で美味しいって分かりますよ? と私は思う訳です。

例えば身体的に何らかの異常を抱えた状態で、美味しいものを美味しいと感じられないということは、有り得ます。
それは不味いものを先に食べてないからだ! 比べていないからだ! ではなく、異常を来している原因がある訳ですから、そちらに目を向けて解消の手段を取るべきです。


これらの説は結局、二元論です。
『不幸・悪・問題・苦痛は必要なものである』という足場が発生します。
そんな訳ありませんわー…勿論、この世界は私達(のエゴ)が一緒になって
『全ては二面性があり、変化し滅びるのだ。絶対的なもの(=愛)は存在しないのだ。不幸は存在するのだ。愛なんか嘘っぱちのでっち上げだ。救いなど存在しない』
と言う為に作った宇宙なので、そう言えなくもないのですが。
しかしこの説を使う限り、我々は永遠にこの世界を彷徨うことになり、救われない存在だということになります(エゴはそう言いたい訳ですが)。

私達は、「いや、そんな訳無い無い」とお話ししました。「でも、よく聞くよね、この話」「何でこれを使おうとするんだろうね?」とも。
その人が使っている信念体系にもよりますが、元を辿るとやはり『怖れ』の思考だと思うんです。


驚き、苦痛や恐怖を感じる出来事を体験した時、人は『合理化』を試みようとします。
何らかの理由を探して、この出来事を体験した自分を納得させようとする訳です。
「この出来事にはきっと意味があるに違いない」
という台詞も沢山聞いて来ましたが、合理化の一種だと思われます。

この、理解出来ない、理由が分からないという体験をした際の落とし所。
「分からない」というのは恐怖体験です。我々は怖いままで居るのが嫌なのです。
或いは、体験の元にある理由まで分かっているのに、目を逸らしたくて別の理由をでっち上げることもあります。



全部、怖れに基いているなーという風に思います。
「全て仕方が無いのだ。苦痛は甘んじて受け入れるしかなく、それに抗う術を自分は持たない。救いは無い」
という、自分が愛されるに足りる存在ではないことへの信念。
元から不完全で矮小な存在だということを信じようとする心から生まれたのが、各種のお話なんだろうなと。

世の中には色々な説があるものです。
という訳で改めて現段階でどんな説を信じているか、その元にある考えは何かということを見直してみても宜しいかと思いますよー。(^^)


気温が30℃を下回る日が出て参りました。
とは言え残暑が続くようですので、皆様ご自愛下さいませ。



今日は、度々耳にするお話を。

過去、何らかの出来事があって、何かを諦めたとか、ダメだったとか、嫌な目に遭ったとか、そういった出来事があったとします。
それを語る時、

「あの時ああじゃなかったら、今頃云々だった筈なのに!」


という言い方をすることって結構あるんだな、と思います。
時折、この言い回しを耳にするんです。



あそこで受験に受かってたら、自分が一人っ子だったら、もしもこの親じゃなかったら等々。
内容は多岐に渡りますが、果たしてそうかなー? と思うのです。

私は個人的に自分の人生を振り返って、確かに不満だらけでしたけど、
『もし○○じゃなかったらバージョン』
というストーリーは全然イメージ出来ないんですよね。


あの学校に通っていない自分は想像出来なかったし、勤勉に予習復習をやる学生時代は全く及びもつかず(勉強は1秒もやらないというポリシーでした 笑)、あの仕事をあそこで辞めずに続けているイメージも無ければ、あの人とやり取りしていない自分はと言うと全然…。

という具合に、「もしこれが違ったら今頃幸せだったのに!」と言えるものが無いんです。
度々人生を振り返って確認していますが、やっぱり無い。
この言い方で不平不満を言っている人は、本当に別バージョンを想像出来ているのかなーと不思議に思います。


という訳で、不平不満ポイントを軸に見直してみると良いですね。
文句は沢山あるけど、じゃあ別バージョンのストーリーを綺麗にイメージ出来るのかと。
…多分難しいと思います。というか、出来ないのではないかと。

私はこういう風に自分を振り返って、「やっぱり、記憶通りに一本道だったんだな」と思う訳です。
自分の中にある過去、抱えている未消化の記憶の通りにしか辿らないのだと。
間違いポイントに度々差し掛かって気付かねばならないこともあるでしょうが、それでも大筋変わらないなーという。
嫌で堪らなかったことでも、それの無かった人生って果たしてどんなもんだろう…と首を傾げます。


再生を終わらせて手放すまで、本当には『もしもこうだったらこうな筈だ』なんてことは、分からないのだと思います。
手放してゼロの状態に至るまでは、「あれがこうだったら」と言っている内容は、現実を認めずしがみつく為の逃げ口上です。

「本当だったらああなってる筈だった」

というようなセリフを自分が言っているなら、考え直してみる。
はて、「本当」って何だろうなーと。
何に照らし合わせて言っているのやら、ですから。


こういうものも気付いて手放せると、「なんだ、これ以外無かったんだ」と頷けてラクになります。
認めない認めないと言って逃げ回っていたこと(実際はしがみ付いていること)についても、気が抜けたりします。
理解に段階はありますが、人生のイベントをこういう目線で見直してみるのも宜しいかと思いますよ。


暑中お見舞い申し上げます。

お盆シーズン突入ですねー。
お休みの皆様は体調管理をしっかりしながら、良いお休みをお過ごし下さい。



他人様のお話をお伺いしていると、『このまま続けたい』か『路線変更をしたい』かで、反応がはっきり違うなーと思うことが多々あります。
例えば体調不良で悩んでいる、というお話を聴いたとします。

私が知っている範囲でお話しさせて頂くことの中に、仮に
『こういう物を食べた方が良いですよ』
『これを使うと良いですよ』
という内容があるとしましょう。


御本人は正にそれを避け続けている生活を長年していて、
「じゃあかなり怪しいから、そこからトライしてみたらどうですか?」
と私がご提案したとします。

でも、御本人は
「私は元々偏食で好き嫌いが激しくて…だから食生活を変えるのは無理かな」
「これまでのあれこれを変えずに、インスタントに出来る方法はありませんか?」
と返して来るケースを度々目にします。


反応から見てみると、「現在の体調不良は本人が選んで続けている」ことになります。
「これまでの自分の習慣を変えるのは嫌」
と言っている訳ですから。
「これをコツコツ続けて三か月位で結果は出て来ますよ」等と会話している内に、「…やっぱりいいです…考えます…」と後退りして行くのを見ると、「なるほど、やっぱりインスタント以外は嫌で、そのままがいいんだ」と納得すること暫し。

「自分には問題がある」と言い続けていたい。
そういう傾向は多少なりとも誰にでもありますが、人によってあっさり通過するケースもあれば、いちいち自分で粘着して「こんなに大変なのよ!」と大騒ぎすることもあります。


今までのやり方を変えたくない。習慣を変えたくない。問題があるという考えにしがみ付いていたい。
ということは、この考え方(反応)が自分だと信じ込んでいる、ということだと思います。
別段アレルギーでもないけど単にお肉が嫌いなので、食べたくない。と言っているのが自分。
それによって体調不良を慢性的に抱えているのが自分。
だからこれまで嫌っていた物を食べ始めると、自分が自分ではなくなる気がして嫌だ。
色々変えた結果、健康になった自分は自分じゃないと思うから、出来るだけ今の不調を続けておきたい。

私達は色々な『考え』を自分だということにして、出来る限り『素の自分に対して与えられる幸せ』から逃れ続けようとします。
「問題がある」「辛い」「苦しい」と言い続けていることが、自分にとってのアイデンティティになっている…なーんてことは当たり前のように目にします。



良い悪いの問題と言うより、『本人が何を自分だと思いたいか』なので、反応を見ると「なるほど、そうですか」という感じなのですが、やはり抱えている思考によってはっきり割れるなーと度々思います。
勿論、行先もパカッと割れます。

ちょくちょく幸せへの路線変更を差し出されているのに、自分を否定されているように受け取って、蹴っ飛ばす。
過去(の不幸)を自分だと信じ込んで、過去の幻影を守ろうと必死になる、ということを長々行っているのが私達が『今の人生』だと思っているものであり『自分』だと思い込んでいるものなんだなーと。


昔は自分の反応に無関心というか、全然注目していなかった為に、「ああ、なるほどなるほど」と思うことはありませんでしたが、段々訓練が進んで行くと「確かに、いちいち選んでいる」という場面に気付きます。
とは言え、全部が全部クリーニング対象なので、「なるほど」と頷いた上でクリーニングです(笑)。


それでは、良い一日をお過ごし下さいませ♪



プロフィール

Sachi

blog owner:Sachi
潜在意識を活用した、ちょびっとスピリチュアルな総合セラピー、癒しのワークショップ・タロットカードセッションをしているSachiです。
穏やかに楽しく成長出来るよう、入手した情報や、日々の気づき&
発見などをシェアして気ままに更新。
イベント情報も随時掲載中です♪

※記事の内容、情報については一個人の捉え方、考え方に纏わるものが大半です。
絶対的な事実という訳ではありません。
また、私の理解や気付きの段階に応じ、記事の内容にも随時変化がありますことを何卒ご理解下さい。
※過去の記事をご覧になってセッションやワークショップにご興味を持たれた方は、必ず最新記事近辺を幾つかご確認下さい。
セラピストの基本姿勢、考え方をご理解の上、ご予約願います。

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