FC2ブログ

resonance

Entries

resonance/ライター&セラピストの潜在意識とかちょびっとスピとか現実とか

◆ Infomation

【works】
★ヒーリングセラピー個人セッション
 都内で対面式の個人セッションを行っています。
 幸せと癒し、学びと気付きを得たい方へ、様々に対応させて頂きます。
 潜在意識を日常へと活用することで、より良い人生へ変えることが可能です。
 随時お受けしておりますので、サイトをご覧下さいませ。

★癒しのワークショップ
 毎月一度、都内で女性向けの体験型ワークショップを開催中です。
 沢山の変化・癒し・浄化・成長・気づきを促すテクニックが山盛りです。
 現在、お客様からのオファーで行うオーガナイズ形式での開催です。
 ※以降の開催は決定次第upして参ります。
 ※それぞれ内容の詳細はサイトをご参照下さい。

先日、念願叶ってこちらに行って参りました~。




はしもとみお彫刻展ポスター
※画像はクリックすると大き目でご覧になれます



以前、webではしもとみお先生の素晴らしい彫刻を拝見してから、いつか生で見てみたいなーと思っていたのですが、銀座にあるジュエリーショップ『GINZA TANAKA銀座本店』でのコラボ彫刻展が開催されることになり、私が大喜び(笑)。
近い! 行ける! ってなもんで。しかも入場無料です!!



はしもとみお彫刻展

GINZA TANAKAさんの1F入口では、月くん(はしもと先生の愛犬)がお出迎えです。




はしもとみお彫刻展

はしもとみお彫刻展

先生が原型を作った純金の猫さん+魚の骨と、ネズミ&チーズ。
ミニサイズで可愛いけど、それぞれひゃくまんえんぜんごなのです…純金ですからね…。
流石は田中貴金属ジュエリー。





月くん

月くん


6Fの展示室に入ると、真っ先に目に飛び込んで来るのがハイタッチポーズの月くんです。可愛い!
なでなでしてしまいました。ハイタッチもしました(触ってOKなのです)。


はしもとみお彫刻展

はしもとみお彫刻展

はしもとみお彫刻展

はしもとみお彫刻展




今は天国にいる初代月くんと、現在はしもと先生と暮らしている二代目月くんが居るのですが、どれ程までにはしもと先生が月くんを愛情深く見守って来たか、ダイレクトに伝わって来ました。
彼らは本当に愛されているんだな、という感覚が強く胸に突き刺さった感じです。

彫刻から発せられる慈愛のエネルギーと言うんでしょうか、とにかく本当に凄くて圧倒されました。
涙がぶわーっと流れそうになったのを我慢しなければならず、それが大変でした。動揺し過ぎてピンボケ多数(笑)。





はしもとみお彫刻展

はしもとみお彫刻展

はしもとみお彫刻展

大型犬コーナー。
みんな凛々しいお顔でエネルギッシュです。



画像が多いので、続きは折り畳んでおきます。


[more read]

気温が30℃を下回る日が出て参りました。
とは言え残暑が続くようですので、皆様ご自愛下さいませ。



今日は、度々耳にするお話を。

過去、何らかの出来事があって、何かを諦めたとか、ダメだったとか、嫌な目に遭ったとか、そういった出来事があったとします。
それを語る時、

「あの時ああじゃなかったら、今頃云々だった筈なのに!」


という言い方をすることって結構あるんだな、と思います。
時折、この言い回しを耳にするんです。



あそこで受験に受かってたら、自分が一人っ子だったら、もしもこの親じゃなかったら等々。
内容は多岐に渡りますが、果たしてそうかなー? と思うのです。

私は個人的に自分の人生を振り返って、確かに不満だらけでしたけど、
『もし○○じゃなかったらバージョン』
というストーリーは全然イメージ出来ないんですよね。


あの学校に通っていない自分は想像出来なかったし、勤勉に予習復習をやる学生時代は全く及びもつかず(勉強は1秒もやらないというポリシーでした 笑)、あの仕事をあそこで辞めずに続けているイメージも無ければ、あの人とやり取りしていない自分はと言うと全然…。

という具合に、「もしこれが違ったら今頃幸せだったのに!」と言えるものが無いんです。
度々人生を振り返って確認していますが、やっぱり無い。
この言い方で不平不満を言っている人は、本当に別バージョンを想像出来ているのかなーと不思議に思います。


という訳で、不平不満ポイントを軸に見直してみると良いですね。
文句は沢山あるけど、じゃあ別バージョンのストーリーを綺麗にイメージ出来るのかと。
…多分難しいと思います。というか、出来ないのではないかと。

私はこういう風に自分を振り返って、「やっぱり、記憶通りに一本道だったんだな」と思う訳です。
自分の中にある過去、抱えている未消化の記憶の通りにしか辿らないのだと。
間違いポイントに度々差し掛かって気付かねばならないこともあるでしょうが、それでも大筋変わらないなーという。
嫌で堪らなかったことでも、それの無かった人生って果たしてどんなもんだろう…と首を傾げます。


再生を終わらせて手放すまで、本当には『もしもこうだったらこうな筈だ』なんてことは、分からないのだと思います。
手放してゼロの状態に至るまでは、「あれがこうだったら」と言っている内容は、現実を認めずしがみつく為の逃げ口上です。

「本当だったらああなってる筈だった」

というようなセリフを自分が言っているなら、考え直してみる。
はて、「本当」って何だろうなーと。
何に照らし合わせて言っているのやら、ですから。


こういうものも気付いて手放せると、「なんだ、これ以外無かったんだ」と頷けてラクになります。
認めない認めないと言って逃げ回っていたこと(実際はしがみ付いていること)についても、気が抜けたりします。
理解に段階はありますが、人生のイベントをこういう目線で見直してみるのも宜しいかと思いますよ。


ちょっと間が空いたなーとか思っている内に、9月になっていました。
今年の夏も、暑かったですね…やっと暑さがひと段落してホッとしています。




個人的な話ですが、夏の間に身内が亡くなりまして。
子供の頃とても良くして貰った人でした。
お通夜でお顔を見ましたが、とても安らかで眠っているかのようなお顔だったのが印象的です。
他人なので全てを推し測ることは不可能ですが、心残りは無かったんじゃないかと思えます。

これまで何人もの身内の葬儀を経験して来ました。
が、亡くなった当人に否認が少なくて、そのまま自分を受け入れている割合が高かった人だった、と思えたことは少ないものでした。


何とも言えませんが、亡くなった人が静かに天寿を全うした場合、お式もそれに準じた空気になるのかなと。
今回は恐らく、私が見て来た中で最も静かで良い気持ちで送り出したお式だったように思います。
変な言い方ですが、控室での時間や読経の間、とても居心地が良かったというか、そこに居て楽だったのです。
家族や親戚の人達に流れる空気も自然なもので、トラブルも特に無く、有難い気持ちで会場を後にしました。

十年以上会っていなかった親戚(海外在住)とも再会しまして、日本に居る間は何度か一緒に出掛けました。
色々な遣り取りを通して、自分の記憶を見ているのだとクリーニングし続けていました。



そんなようなこの夏を振り返って、やっぱり思います。
どうせ死ぬなら、心静かに事実をきちんと受け容れて天寿を全うしたい。

私は元々
「あれもやってない、これもやってない」
という風には思わないのですが、それとは別に自分の中に残っている未解決の事案や、「なんかこう、まだ納得行かない…」「こんな筈じゃなかった」というものを可能な限り削り落とし、スッキリしてから終わりたい! っていう気持ちですね。


"前回"拙い選択をした結果、今回また同じ所をなぞっているのが今の人生ですから、ちゃんと終わらせなければならないことは正しく終わらせる。
この人生をまた繰り返すと思うと、震えますわ~…こんな悪趣味なエゴのドラマはもう二度と御免です。
ちゃんと終わらせるぞー。おー。
…っていう気持ちを新たにしたのが、私の今年の夏でした(笑)。



L.A.



こちらは、国に戻った親戚から送って貰った画像。
お出掛けしたL.A.の海岸だそうです♪



暑中お見舞い申し上げます。

お盆シーズン突入ですねー。
お休みの皆様は体調管理をしっかりしながら、良いお休みをお過ごし下さい。



他人様のお話をお伺いしていると、『このまま続けたい』か『路線変更をしたい』かで、反応がはっきり違うなーと思うことが多々あります。
例えば体調不良で悩んでいる、というお話を聴いたとします。

私が知っている範囲でお話しさせて頂くことの中に、仮に
『こういう物を食べた方が良いですよ』
『これを使うと良いですよ』
という内容があるとしましょう。


御本人は正にそれを避け続けている生活を長年していて、
「じゃあかなり怪しいから、そこからトライしてみたらどうですか?」
と私がご提案したとします。

でも、御本人は
「私は元々偏食で好き嫌いが激しくて…だから食生活を変えるのは無理かな」
「これまでのあれこれを変えずに、インスタントに出来る方法はありませんか?」
と返して来るケースを度々目にします。


反応から見てみると、「現在の体調不良は本人が選んで続けている」ことになります。
「これまでの自分の習慣を変えるのは嫌」
と言っている訳ですから。
「これをコツコツ続けて三か月位で結果は出て来ますよ」等と会話している内に、「…やっぱりいいです…考えます…」と後退りして行くのを見ると、「なるほど、やっぱりインスタント以外は嫌で、そのままがいいんだ」と納得すること暫し。

「自分には問題がある」と言い続けていたい。
そういう傾向は多少なりとも誰にでもありますが、人によってあっさり通過するケースもあれば、いちいち自分で粘着して「こんなに大変なのよ!」と大騒ぎすることもあります。


今までのやり方を変えたくない。習慣を変えたくない。問題があるという考えにしがみ付いていたい。
ということは、この考え方(反応)が自分だと信じ込んでいる、ということだと思います。
別段アレルギーでもないけど単にお肉が嫌いなので、食べたくない。と言っているのが自分。
それによって体調不良を慢性的に抱えているのが自分。
だからこれまで嫌っていた物を食べ始めると、自分が自分ではなくなる気がして嫌だ。
色々変えた結果、健康になった自分は自分じゃないと思うから、出来るだけ今の不調を続けておきたい。

私達は色々な『考え』を自分だということにして、出来る限り『素の自分に対して与えられる幸せ』から逃れ続けようとします。
「問題がある」「辛い」「苦しい」と言い続けていることが、自分にとってのアイデンティティになっている…なーんてことは当たり前のように目にします。



良い悪いの問題と言うより、『本人が何を自分だと思いたいか』なので、反応を見ると「なるほど、そうですか」という感じなのですが、やはり抱えている思考によってはっきり割れるなーと度々思います。
勿論、行先もパカッと割れます。

ちょくちょく幸せへの路線変更を差し出されているのに、自分を否定されているように受け取って、蹴っ飛ばす。
過去(の不幸)を自分だと信じ込んで、過去の幻影を守ろうと必死になる、ということを長々行っているのが私達が『今の人生』だと思っているものであり『自分』だと思い込んでいるものなんだなーと。


昔は自分の反応に無関心というか、全然注目していなかった為に、「ああ、なるほどなるほど」と思うことはありませんでしたが、段々訓練が進んで行くと「確かに、いちいち選んでいる」という場面に気付きます。
とは言え、全部が全部クリーニング対象なので、「なるほど」と頷いた上でクリーニングです(笑)。


それでは、良い一日をお過ごし下さいませ♪



東京は梅雨明け致しましたねー。
昨年の梅雨が極端に短かったので、今年は凄く遅い訳でもないのでしょうが、「長かったような?」という印象です。
本格的に暑くなって参りましたので、水分補給や日陰での休憩等、是非こまめに心掛けて下さいませ。



私が今回の人生を振り返ると、「実際的に選べたことって一つも無かったな~」と思います。
私達は今回初めて様々なイベントを体験する、と思っていたり、自分の思考に無頓着である為に、「こう思えばこうなるから、全部操れるんじゃないか」という妄想を抱いてしまいがちです。
更には体験したことを一つ取っても「こんな考えは私の中にある訳ないでしょ!」って腹を立てたりもして。

でも、済んでみてから振り返れば、
「あの時こう思ったことも、思い悩んだことも、全て過去に最低一度は通った道であって、未完了故にまた全く同じルートを歩んだのだ」
ということが分かります。
事前に(と言うのも変ですが)ある程度のルートを知っている状態で辿ることが増えて行くと、「あ、これかあ」って納得することが日々増えると。


私達は物事を決める時、「どっちが自分にとって得か」というようなことで迷います。
得と言うより、「どちらが嫌な思いをせずに済むか」という消去法で選ぶことが多いかも知れません。
その時は、「こっちを選べば嫌な思いをせずに済む(≠良い)だろう」という判断があって選びますが、結果何を体験したか、どのような感想を抱いたか、というものは既にあるプログラム通りでしかないんだ…ということが分かりました。
プログラムで持っているので、必ずそこへ行くようになっている。

私はその時に初めてショックを受けたのではないし、初めて喜んだ訳でも、初めて悔しく思った訳でもない。
長々後悔を引き摺ったのは、嘗てもその体験をしたからで、完全に同じ反復をしているのだということ。
先にその想いがあるから、そういう反応をするような現象を見た、ということです。
これは『奇跡のコース』でも『ホ・オポノポノ』でも同じことを言っています。



例えば「嫌だから」と言って事実から逃げる時、自分はその時に恐怖とそれを齎す出来事に対するコントロールが出来ている、出来るような錯覚を起こしていたなと思います。
しかし残念ながら(?)、逃げたり目を逸らしたことも過去の反復なので、実はコントロールも何も無かったんですけどね。
逃げてしまえばこれはもう起きない、と思う。その瞬間だけ。でも気のせい。
もし逃亡に成功していたら、今ここで目にしていない筈なんですよね。って。

起きることは起きるし、それを事前に起きないようコントロールすることは不可能です。何故なら予め自分の中にあるから。
逆に、嫌だからと逃げ回っていても、それが何になるかと言うと、別に何にもならないんだなーということです。
いや、ほら。どっちにしても自分の中にあるからですよ…。
隠しているつもりでも、必ず目にすることになるんです。自分の中に無いものは見ませんから。



だから、色々事前に思い悩む時、
「いや、でも自分が持っている見るべきを見るんだよ。こうやってモヤモヤしたのも過去の再生だから、迷いやモヤモヤの方を消去して静かな心でそれを待つのみ」
という風に仕切り直すことにしています。

昔はこういう考え方が出来なかったんですよねー。
一度「どうしようー」って思ってしまうと、ずーっとオロオロしてました。
抑え込もうとか我慢して麻痺させようとか、色々試みて、全部失敗しました。

何でこんなことをやっていたかと言うと、事前の自分のチョイスで結果がコントロールされると思い込んでいたからです。
だから選び取るのにえらく長い時間を要したし、結果に納得行かなかったりもしまして。
何が違って、何がいけないんだろう? って悩んだこともありました。
しかし蓋を開けてみれば、そういう話では全然なかった訳です。
振り返れば、どの地点も避けることは不可能だったと思います(私の場合はですが)。


常に結果が先にある。
結果とは反応のこと。
反応とは思考のこと。
思考とは『今ではない過去』のこと。
それは私の心の中にある。
世界の何処へ行こうが、誰と居ようが、何をしていようが、私はそれを必ず見ることになる。



で、見た上で「あー自分の中にこれがあるんだわ~」と受け止めて、深く頷く。
というのを日々順番にやって行く。他に出来ることは無いのだな。そうかー。
というような理解が積み重なって行く内に、段々楽になって行きました。

いつ起きるか分からない出来事に身構えたり、迷って時間を浪費したり、ネガティブな気持ちに振り回されることが段々と減って行くのは、過去の自分と比較するとビックリ現象と言っても良いんじゃないかなーと思います。
『現実を受け容れる』という言い方でも同じだと思います。

スピリチュアルとは縁遠い方とお会いすることも度々ありますが、事実をその場その場で受け容れている方はいつも落ち着いていらっしゃるし、勿論色々あるだろうけど引き摺らないものだなと頭の下がる思いです。
そういう方々を見習って、静かな心で現実を見られるよう、更に進んで行きたいと思います。(^^)



今年は長梅雨ですねえ。
とは言え流石に暑くなって参りました。
水分補給や日傘・帽子等、お身体には十分お気を付け下さいませ。


ホ・オポノポノで反応のクリーニングをやっていると、『見落としがち、スルーしがち』な反応があることに度々気付きます。
自分とは無数のリアクションで構成されている為、全てを拾うことは勿論難しいことだと思いますが、とは言え割とあるなーと思うものを幾つか挙げておきたいと思います。


天候・気候についての不安
暑さ・寒さ・天候の変化や天変地異に対する思考は、全ての人が持っているものだと思います。
「酷暑になったら困る」
「今年は暖冬かなあ」
「地球温暖化が…」
「台風が来たら嫌だな」
「大地震が起きたらどうしよう」
というような思考も、記憶です。
日常的に何度も持ち出す記憶でしょうから、是非とも捕まえてクリーニングして行きたい内容だと考えています。


交通機関や公共の施設についての思考
「混雑してるだろうな。嫌だなあ」
「○分も掛かるんだ…」
「悪い対応をされたらどうしよう」
「止まったら、遅れたら、入れなかったら、乗れなかったら、間に合わなかったらどうしよう」
これらの思考も、当然いつかの記憶です。この思考に合わせて色々な現象を目撃することになります。
という訳で、クリーニング対象です。


スピリチュアル能力についての思考
これは『ホ・オポノポノ』を実践している人や、『奇跡のコース』を学んでいらっしゃる方には特に顕著ではないかな、と思うのですが。
「自分にはきっと分からないんだろうな」
「特別な人しか聖霊の声は聞こえないんだろうし、自分じゃ駄目だ」
「いつまでも分かるようにならない、出来ない」
「何をしようが過去世や先祖のことなんて、絶対分からないよ…」
「ものや土地に意識があって喋ったりするとか、いつになったら分かるの?」
「何年もやっているのに、分からないことが恥ずかしい」
というようなことを考える方は多いんじゃないでしょうか。
これらも勿論、記憶によるリアクションですので、時間短縮の為にクリーニングして行きたい内容だと考えています。



これらの反応は、日常生活を送る中で殆ど呼吸と同じようなレベルで何度もスッと浮かんで来ては、そのまま取り逃がして流してしまいがちな内容です。
ちょっとずつでもこれらの反応をしていることが分かるようになると、「あ。また思った」「あ」「また」「まただわ」と何度も何度も気付いて行くと思います。

見逃しがちなことを捕まえて行く練習は、色々なことに応用出来ます。
これらの内容は自分の思考に注意深くなる練習なので、特定の問題についてクリーニングすることと同じ位、とても大切なことだと思います。
こんなようなものであっても、コツコツと日常に出来る限り適用するのが結果的には一番のラクになる近道です。是非。



7月も半ばに入ろうとしておりますね。
如何お過ごしでしょうか。




『ホ・オポノポノ』では、クリーニング対象についての注意として、

『出来事そのものではなく、自分のリアクションをクリーニングしましょう』

と説いています。


何故かと言うと、自分がそのリアクションを持っていることにより、逆説的にそれを言うような出来事を作っているからです。
取り消すには、出来事そのもののみならず、自分がその時に持ち出した反応・リアクション(コメントや気持ち、言い訳等)の方に注目して、そのリアクションに責任持って取り組むことが重要であるということですね。



例えば、誰かに何かを言われたとしましょう。
その時、ついつい「あんなに酷いことを言われて傷付いた。相手が悪いから、相手を対象にクリーニングして取り消せば、この現象は無くなるのだ。相手が変わるのだ」と考えてしまいがちです。
この前提で色々やってみても、多分変わることは無いと思われます。
何故なら、その体験を作り出しているのは自分の潜在意識なのに、出元はほったらかしで末端だけどうにかしようとしているからです。
自分でしている入力作業は止めないけど、出力だけ止めたい、ということですが、それは無理です。

実際に現象だけが外側に単体で存在する、ということはありません。
自分が体験し、目撃し、聞いている以上は、自分の中にあるものを映し出していることになります。
「酷い! なんでそんなことを言うの!?」や「相手は私のことをこう思っているに違いない」等々、色々な反応が次々に自分の中から湧いて来ていて、その思考が受け皿として先に存在していることで、後から乗っかるべき現象を見ている、ということなのです。


現象が先にあって…というのが常識的なものの見方です。
誰もが、発生した後の現象をどうにか捻じ曲げようとしたり、これから起きるか起きないか分からない現象を操ろうと腐心しますが、あまり意味は無いと思われます。
実際にそれが起きて、自分が反応してみて初めて「ああ、こんなものが自分の中にあったのだ」と気付く為、事前にコントロールするというのは不可能なんじゃないでしょうか。

これまで溜め込んだままの過去を振り返り、「あの時、こう思った」「あれを思い出すと今でも嫌な思いだ」といったことを一つずつ丁寧にクリーニング作業をして行くと、段々身軽になって行きます。
結果、「自分の中にあったから、それを体験したのだ」というのがイコールで理解されて行くようになります。
取り消したものについては、もう元ネタが自分の中に存在しなくなる為、発生しなくなります。
「またああなったらどうしよう」と心配になる方がいらっしゃるなら、それも反応なのでクリーニング対象ですね。



一例ですが。
例えば子供さんが居て、何かを改めずにいることで親である自分は繰り返しギャンギャン怒ってしまう。
「何であんたはこうなの!!」と毎日毎日怒鳴り散らしていて、ほとほと困っています。ということがあるとしましょう。

まず取り掛かるべきは、子供に対する考えのクリーニングです。
この時、「子供を何とかしなきゃ」「ウチの子は何度言っても分からない子なんです」「こんなに怒って疲れる」「嫌になる」等というような反応が沢山ありますね。
これを全部、一つずつ手に取ってクリーニングして行く訳です。

これらの考えを『自分が』持っているから、その通りの体験をする羽目になる、という話です。
子供が言うことを聞かないから、じゃないんです。子供さんは、単に自分の考えを映し出す役割を引き受けてくれている。
自分を放置して、子供にああ言えばとか、こういう風に指導すれば…ということでもないです。
もしやり方を変えるのだとしても、自分のリアクション(思考)を同時に見直すことが必要でしょう。



顕在的な話でも似たようなものです。
文句をぶつぶつ言いながら、それでも全部やってあげてしまうなら、相手は「結局何もしなくていいんだ」という風に受け取りますね。
手を出すのをやめて、「ご自分でどうぞ」と言うなら、また違って来る場合もあるでしょう。

「あんまり言うと可哀想だから」と言って放置した時、もっと酷くなりました。
ということであれば、可哀想だとか放置するのは間違っていることになります。
自分の持っている考え、反応の方に目を向けて、現実との相関関係をよくよく見直したら良いでしょう。



自分が当たり前に使っているリアクションの台詞をキャッチするには、日常的に自己観察の訓練が必要です。
誰にでも「ここでいつもキレて終わる」「こういう言葉を使ってまた繰り返す」「私のせいじゃない!」「相手が悪い」というような癖がある為、人と会話している時の自分や、出来事を目撃・体験している時の自分の中を常に常に観察し、また毎日振り返って…ということを練習されるのが良いと思います。

「ついこう思っちゃう」「なっちゃう」と言うのなら、まさにその「ついこう思っちゃうんです」というコメント、「なっちゃう」というその反応をクリーニングしましょう。
そうでもないと、ただ過去をズルズルと垂れ流して繰り返すだけになってしまいます。
いずれは回収して行く道です。見直して拾うのが時間の節約になるので、是非お勧めします。(^^)


プロフィール

Sachi

blog owner:Sachi
潜在意識を活用した、ちょびっとスピリチュアルな総合セラピー、癒しのワークショップ・タロットカードセッションをしているSachiです。
穏やかに楽しく成長出来るよう、入手した情報や、日々の気づき&
発見などをシェアして気ままに更新。
イベント情報も随時掲載中です♪

※記事の内容、情報については一個人の捉え方、考え方に纏わるものが大半です。
絶対的な事実という訳ではありません。
また、私の理解や気付きの段階に応じ、記事の内容にも随時変化がありますことを何卒ご理解下さい。
※過去の記事をご覧になってセッションやワークショップにご興味を持たれた方は、必ず最新記事近辺を幾つかご確認下さい。
セラピストの基本姿勢、考え方をご理解の上、ご予約願います。

※相互リンクは現在募集しておりません。


旧blogタイトルは『気づきのステップ』。


■カウンセリング&ヒーリング&セラピーを総合した個人セッション、月に一度のワークショップ、またタロットカードセッションをご希望の方はサイトをご覧下さい♪


やや細かいプロフィール



I love you.

メール

名前:
メールアドレス:
件名:
本文:

recommend

マインドの変化を促すことで幸福体験をしたい方に♪



●心静かな時間を作り、暗示や瞑想に活用




●毎日コツコツ自分を浄化






●根本的に取り組みたい人は






●でも『コース』は難解だ…という人は




ブログ内検索

月別アーカイブ

Copyright © Sachi