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resonance/ライター&セラピストの潜在意識とかちょびっとスピとか現実とか

◆ Infomation

【works】
★ヒーリングセラピー個人セッション
 都内で対面式の個人セッションを行っています。
 幸せと癒し、学びと気付きを得たい方へ、様々に対応させて頂きます。
 潜在意識を日常へと活用することで、より良い人生へ変えることが可能です。
 随時お受けしておりますので、サイトをご覧下さいませ。

★癒しのワークショップ
 毎月一度、都内で女性向けの体験型ワークショップを開催中です。
 沢山の変化・癒し・浄化・成長・気づきを促すテクニックが山盛りです。
 2018年12月16日・2019年1月13日・2月10日(全て日曜)
 の開催が現在確定しております。
 ※以降の開催は決定次第upして参ります。
 ※それぞれ内容の詳細はサイトをご参照下さい。

突然どっかーんと寒くなりましたね! でも12月だから多分正しい寒さ! 多分!(笑)
暖かくしてお過ごし下さいねー。



毎日ぼちぼちと自己ワークを行っています。
とにかく毎日毎日、過去の謎を解明するよう、理解が進むようにと意識を向け続けています。

何も因果関係を理解せずに

「仕方無かった」
「そういうもの」

と流してしまうと、またいつかやるのはよくよく分かりきっているので、思い出した時に「あれは何だったんだろう」と疑問を持つようにしています。しかもしつこく(笑)。


宜しくない出来事に「そういうもの」なんてありませんが、自分の人生では割と普通にありましたねーみたいなレベルのネガティブさだと、つい慣れてしまって、流すように自分で癖を付けてしまったり。
というものが沢山あって、でもそんな出来事に埋もれまくった人生だと、そうそう目を向けないで今に至ってしまいます。
そんな中、ある日「…ん? そう言えばあの時のあれって何だったんだろう…よく分からないままだったな」と首を傾げる事態になると。

そんな時こそチャーンス。
ふと思い出したということは、潜在意識(を担当しているインナーチャイルド)が、「解決求ム」とサインを送って来ているということです。
ですから出来るだけ意識を向けて当時の関連情報を思い出すようにし、逃げないように、流さないように厳重に気を付けながら、理解に至るまで可能な限りクリーニングを行います。
『見たくない、思い出したくもない出来事』として処理されている場合、直ぐ意識を逸らそうとするので、ここは要注意です。

直ぐにピンと来なくても、出来るだけ丁寧にクリーンにして行くと、何らかのタイミングで「あ。もしや…」というような気付きを得たり、またそれを元に確認作業を行ったりと、嘗てはただ腹立たしいだけだったり痛かっただけの出来事に、別の角度が見えて来ます。
結果、「あー……」とびっくりするような解明に至る。ことが、多い(笑)。



自分に向き合い過去を手放す作業を続けて行くと、
「あれもこれも、本当にどうしようもなかったんだな」
という風に納得することが増えて行きます。

私は記憶にある限り、子供の頃から凄く後ろ向きな人間で、「あの時、自分はもっとどうにか出来なかったんだろうか」と過去を振り返っては悔やむというのが物凄く多かったんですよね。
外で起きた出来事にも思っていたし、自分がしてしまった言動についてもそうでした。
別の結果を出すことは本当に不可能だったのだろうか、と、出てしまった結末に長年楯突いていたんです。


そんな中、一つずつ拾ってはよく見直す…ということを繰り返して行く内に、

「そうかー。そうだったのかー」

と理解が増えて行って、「どうにか出来たりはしなかったな」「何でとかどうしてとかではないなあ」と納得したことが山程あります。
「あの時どうにか」は抵抗の一種で、このルートに入ると自己嫌悪の泥沼で益々『自分死ぬほど嫌い病』が悪化するのですが、これも呼吸するように当たり前の反応だったので、ここに疑問の目を向けることもありませんでした。


この精神的なループ部分に改めて目を向けて、「で、これは何だろう」と疑問を持つようになり、段々と理解が深まって行く中で、
「あー、これもしょうがなかったのかー。確かにねえ。こりゃしょうがないわー」
と思わぬ気付きに至るという…(笑)。

結果、その時の自分を赦すようになるんですね。
『自分が大嫌い』とは、自分を赦せずに、裁いて罰しようとする気持ちだったのだと理解が続きます。
これを『手放す』『赦す』と言ったりします。



人の心は積層構造になっています。
タマネギの皮に喩えられることが多いですね。一枚ぺろんと剥くと、下から別の皮が出て来る、っていう。
但し、剥いても剥いても永遠に…というタマネギですが。
とは言え、一枚剥けば確実に皮(思考)は減り、核心に近付いて行くものです。

気付きが増えて行き、納得が増えて行くと、不満や不足を嘆くことがなくなって行きます。
誰かの、何かのせいにしていた沢山の不幸の理由が解明されることで、心が段々と安定して行きます。
グラグラな状態を無理矢理抑え付けたり、誤魔化したり、目を逸らすのではなく、その必要が無くなって行くんですね。
この時、過去のやらかしや沢山の後悔から手が離れて行きます。

気付いた時には、如何に自分が過去に縋り付いて来たのか、しがみ付いていたかが分かりますが、している最中はあまりにも当たり前で、自分から不幸に縋り付いているとは気付かないものです。
でもやはり、私達は多かれ少なかれ不幸に自ら縋っています。



自他を共に赦す道を歩む中、『自分で自分をどうにか出来る』『何もかも思い通りにしたい』という考えは段々と剥がれ落ちて行きます。
代わりに、目の前に置かれたもの、見えるものを一つずつ見直し、手放して行くという姿勢に変化して行くものだなーと。
大昔の自分からしたら、意味不明な姿勢でしょうねー。
「はー? なんじゃそらー!」って言ってたと思います(笑)。

自分の考えの全く及ばぬ所で、確かに私達は導かれているのだと思います。
…まあ、偶に「うきー! ふざけんなー!」って怒ったりもしますけど(笑)。
これは自分の中にあるドラマに怒ってる状態ですね。
この反応も、ドラマも、確かに今の自分の中にある現実なのだと確認した上で、コツコツクリーンにして行くのが毎日の生活です。




連続更新で記事が流れておりますが、一つ前の記事に、2019年2月までのワークショップ予定を掲載しております。



ちょっと前に、占いのお仕事をされている方のお話をお伺いしました。曰く。

「例えばエネルギーヒーリングを否定する気は全く無いんだけど、その場だけ良くなった気がしても、日常生活に帰るとネガティブな状態になって、それでまたヒーリングを受けに来る、っていうのはどうかと思う。占いも一緒で、その瞬間だけどうにかなった気がしても、実生活では全く活かされなくて、また何度も受けてしまう…っていうのは本当に疑問なんだよね」

御尤も。



これはする側の思考パターンでもあり、受ける側のパターンでもあります。
とは言え、別段珍しい現象ではありませんよね。
不幸ありき、過去に執着して自分が目的を動かさなければ、この依存的なループを何に対しても繰り返してしまいます。
マッサージに通っても通っても肩凝りが治らない的な感じですね。でもまた通う。ずっと同じ(笑)。

他にも、自分が何かやらかす⇒他人様から注意を受ける⇒誰かに正当性を保証して貰おうとして、「あなたは悪くないヨー」等と擁護して貰う…というのも、構造は全く同じです。
他人様に働き掛けて言って欲しいことを言って貰おうとする時、自分の中で体験した事実を必死に否定しようと躍起になっています。

でまあ、結果としては出来ないんです。事実何らかの目撃か体験があって、それを後から「そうじゃなかった」ことに覆すというのは絶対に不可能なので。
自分が出来ないので、他人様にやって貰おうとする訳ですが、「そうでしょ! だよね!」と言う話にその場ではなったとしても、元の事実が変化することは無いので、また誰かに同じことを言って否定して貰おうとする…というループ。
これ、割とよくやりませんか?



もし、何処かの段階で根本解決を目指すのなら、同じ技術を使ってもまた違う結果を体験するんじゃないでしょうか。
私達は目的が何処にあるか(=動機が何処にあるか)、ということに従い結果を出すので、疑問を持ったらよく見つめると良いです。

「このループを続けている目的は何だろう?」
「私は何かを無理矢理否定したがっているのでは?」
「根本的に解消することって可能じゃないのかな?」
といったことに目を向けられるかどうかです。

その技術を何の為に使うのか。
何かを無かったことにする為か、一時的に誤魔化す為か。
または、完全な解消の為に利用するのか。
何であれテクニック自体は中立なので、単に目的・動機の問題ということになります。



ヒーリングを受ける時、セラピーを受ける時、占いをお願いする時、自分は何を目的にしているのか、一旦よく見直してみると良いでしょう。
もし、否定や誤魔化しの要素がそこにあるのなら、よくよくクリーンにしてから臨むのがお勧めです。




すっかり12月ですねー。
全然そんな感じがしないなあというのが年々強くなっているのですが(笑)。


さてちょっと間が空きましたが、2019年2月までのワークショップスケジュールです。
2019年! ビックリ! こうやって書くと「もう来年かー」という感じです。



★2018年12月
日時:12月16日(日曜)午前11時30分~午後7時30分(8時間)


テーマは『今を受け取る』。今年の総決算です。
終わらせるべきを終わらせ、完了させることで、新しいものが入って来ます。
是非、年内に一つでも多くの理解を増やし、納得し、手放して、新しい年を迎える準備をなさってみて下さい。



★2019年1月
日時:2019年1月13日(日曜)午後12時~午後4時(4時間)


テーマは『今年の展望』
既に潜在意識内では今年の予定がキッチリ詰まっています。
潜在意識と、また潜在意識を超えた所にあるホーリースピリットから今年の展望を見せて頂きましょう。



★2019年2月
日時:2019年2月10日(日曜)午後12時~午後4時(4時間)


テーマは選定中です。
降って来るまで待機しております(笑)。
決定次第お知らせ致しますねー。


各種詳細はホームページへどうぞ♪





今週から12月ですよー。
あちこちでクリスマスとかおせち料理の予約とか書いてありますよー。
信じられません。あったかいのに…(笑)。





自分を癒しましょう、というと、割とイメージされるのが

「寂しい心を甘やかす」
「○○して欲しかったのにして貰えなかった、というニーズを満たす」
「悲しい思いをしたので、沢山優しくする」

といった内容が多いでしょうが、これは伝統的にかなりスタンダードな話だと思います。
上記の内容は、端的に言うと「私は被害者です、一方的な損害を受けた人です」というストーリー(自分にはマイナスの体験があります、という考えや記憶)が土台にあって、これを埋めてプラスマイナスゼロにする試みだと言えましょう。
あくまでも一例ですが、これで気が済むと、ここで被害者の物語を手放すことが出来、スッキリ楽になります。


自分を見つめたりセラピーを受ける際、ニーズがある状態で終わったり、自分は被害者だという意識を持ったままだと、幾ら自分を甘やかしても結果は出ません。
「私は○○して欲しかったのに!」と泣いて、それで泣き止んですっきりした気がしても、だからと言って変化は無いのです。

またその内に同じことを繰り返し、わんわん泣く…ということをするでしょう。
ちゃんと因果関係、事実関係を解明しないと、ニーズは消えません。
『ニーズがある=現実・事実を否定した状態』だと言えるので、認めるべきを認めないと手放せない訳です。



さて、自分を甘やかすとかあらゆる面で褒めちぎるといったことをやってもやっても、全然状況や自分の精神状態が好転しない、という事例が沢山ありまして。です。
何故かと言えば、問題はそこじゃないから、ということになります。
認めなければいけないことは他にある、ということですね。

これも全てとは言いませんが、過去の『やらかし体験』『やっちまった体験』、所謂『黒歴史』を見直す…というポイントをちゃんと通過しなければならない、という人は今日び結構多いと思います。


「他人に~された、○○して欲しかったのにして貰えなかった…」
ではなく、「自分が勘違いを全面的に押し出して大上段から~~してしまった、その結果尻尾を巻いて逃げ出したくなる、叫び出したくなるような死にたい程の赤っ恥体験をした」とか、そういうものです。

今で言う『妄想的勘違いキャラによる中二病的な体験』でしょうか。
これの場合は幼児的全能感や誇大妄想を棄てて、自己像を事実に基いた等身大に修正することがゴールになります。



認めたフリは簡単なのですが、実際に認めて手放すとなると自分で手繰って事実を一つずつ確認しなければなりません。
一生見たくない、何とかして無かったことにして忘れたことにしてある『アレ』を、また引っ張り出さないといけない。
となると、死んでも嫌だろうなと思います。
それが嫌だから現状を作っているのに、なんでそんなことを態々自分で…と思うでしょう。

私がお話を伺っていても、「あー…」ということは多々ありまして、こちらは「なるほど」と思うものの、ご本人が問題をアンタッチャブルな場所に厳重に隠している(つもりである)為、ちょっとでも触れそうになると半狂乱になるとか、瞬時にブチ切れてしまい、会話にならなくなる、必死に話を逸らして全然関係の無い所へ持って行こうとする、ということも割とあります。
そうすると、他人としては手の施しようが無いので、やっぱり解消とか解決っていうのは本人の意欲次第でしかないのだなーと思う次第です。




ところが、否認していることというのは絶対に繰り返すように出来ておりまして。
自分では自覚していないことが殆どですが、その精密さには驚きを禁じ得ません。凄いです。
同じシチュエーション、同じ人物像、同じセリフ、同じ感覚…というのを、場所を変え、年齢を変え、相手を変えて繰り返すんですね。
色々変えているつもりであっても、内容は全く一緒、完全再生という驚異の結果です。

発生⇒否認⇒防御⇒発生…というループは、恰も自動運転のようです。
自分では避けて生きているつもりになっていることが大半だと思いますが、実際はそれをずっとループしているのです。


現実を否認する時、半ばパニックになって「うぎゃーーー」って感じで目を逸らしまくって誤魔化したり、別の何かに逃避して縋ったりということが多いのですが、これも弾かれるような勢いでやっているので、一つ一つのプロセスを確認していません。
でも、実際は自分で選んでいるし、何とかしてその恐ろしい恥ずかしさから逃げたいと必死ではあります。
事実を認めない=それをやった自分が如何なるものかというイタさを認めない=またやる、という図が出来上がります。

誤魔化して意識から遠ざけ、「そんなことは無かった」ことにしたいとなると、出した事実もそれをした自分に原因があるということも認めないという訳ですから、『自分から態々またやる』のです。
その結果、「わーー!」とパニックを起こす⇒何かの間違いだと否定する⇒暫く逃げ回る⇒間違っているのは結果の方だから、自分は正しい⇒「こうしたらこうなる筈だ」等の妄想に逃げ込み、練る⇒またやる…以下エンドレス。


ループを繰り返す中で、否認するあまり「抑々自分は何か重大な問題を抱えているに違いない」ことにしちゃったり…という人も沢山居ます。
これも逃避の一環ですが、元々無いものは幾ら探しても見つからず、その間にも同じことをまた繰り返します。
何れ、自分が嘘を吐いている所へ戻って来て、正面から見据えない限り、絶対に消えることは無いのです…残念ながら。

でも見るのは嫌だと思います。
誰にでもこのような赤っ恥体験はあるでしょうが、ドヤ顔をした嵩(自分に対する見積もり)が高い分だけ、見直すとなると発狂ものです。
全能感的には自分を全否定することになると思っているでしょうし、そんなことはあってはならないとも思っているでしょうから、人生全てを否定に注ぎ込むことも珍しくありません。
直視する位なら、これまでのように誤魔化しながらこっそり生きている方が余程いい、と思うんじゃないでしょうか。
とは言え、嫌だと言ってもだからって変わることは無いし、間違いなく次も同じ体験をします。自分から、です。



もう二度と繰り返したくない、あんな思いはしたくないと言うのであれば。
どの時点で足を止めて、これまでのように逃げ出したくなるのを堪えて腹を据え、完全に終わらせようという決断が出来るのか、そこに掛かっています。



あーーっという間にもうすぐ12月。
でもまだかろうじて11月です。

何故かずっと暖かかった東京ですが、そろそろやっと寒くなって参りました。
でもまだなんだか冬って感じがしないような? とか言ってると急に寒くなったりして…。



潜在意識について学んでいると、色々なビックリ体験があります。
『引き寄せ(一昔前で言う願望実現)』が流行っていますが、『書きましょう』『宣言しましょう』といったやり方が割と推奨されていますね。
解決したいことがある場合も同様ですよー、ということです。

書く、ということを一つ取っても面白いです。
別に実現したいことに限らず、『一年後、自分はこんな感じな気がする』というテーマを決めたとして、内容は


・自分の精神状態
・行動範囲
・関わっているタイプの人達
・個人的な対人関係
・縁が切れるもの
・新しく縁が出来るもの
・環境の違い
・日常的な身体感覚
・外見に関する感想
・これまで抱えていた問題に対する反応、感想
・一年後から現時点を振り返った時の反応、感想



といった内容を、箇条書きでもいいからずらーっと並べてみたらどうかと思います。
「こうなっていて欲しい」という願望だと、単なる希望的観測(逃避・妄想)になってしまって、現実と全然リンクしない可能性があります。
なので、「なんかこうだろうなー」「こうなんじゃないかなー」といった斜めな感じで書いてみるのもいいんじゃないかと。


スピ的に推奨されるのかどうかは知りませんが(笑)、これは現実的なプロットです。
書いたからって絶対そうなる訳でもありません。
とは言え、するりと出て来るイメージは、高確率で潜在的に持っている情報です。
「こうなる筈だ!」というガツガツした想像や、無理に捻り出すイメージは単なる逃避ですから、これを何万回アファメーションしても、ただの空念仏で終わります。

自分がどんなイメージを抱えているのかを知ることは重要です。
何故なら、手放すには、解消してラクになる為にはそれが何か解っていなければならないからです。


私達が抱えているイメージは全て過去に依拠しています。
直感で「あ、これはこうなる」と分かった気がして、実際そうなったとしましょう。
それは過去そうだったから、そのイメージを反復して見ているのです。予知、と呼ばれるもののほぼ全てがそれです。

私達は過去を生きているので、「来年こうなるだろうなー」というプロットとは、実は『嘗てこうだった』という記憶のことを指します。
当たる占い師さんは潜在意識(=過去)の情報を汲み取るのが巧い方、という訳ですね。
「未来がどうなるか知りたい」という人は沢山居ますが、行く末は自分が良く知っています。


私達はそれが何であったとしても、見るべきを見なければならないし、体験すべきことを避けて通ることは不可能です。
何故かと言えば、それらは全て自分の中にあるものだからです。
一つずつイベントを消化し、それらに対する抵抗や否認をクリーンにして、過去を手放して行くのが一番ラクだし、正しい歩みだと思います。

ですので、まず色々書いてみると面白いかも知れません。
「これはまだ未体験のイベントだなー」というものが現れるかも知れませんし、「あれ? これは予定通りだったのかも」と思うこともあるかも知れません。


特に、過去のあれこれを振り返った時、「あらー? なんだ…予定通りにこなしていたのか」と納得出来たら儲け物、という訳です(笑)。
不満ダラダラ、未練タラタラの自分もまた、嘗てしていたことをトレースしているだけだったと分かったら、その時点でスッと正気に戻れるかも知れませんよねー。

という訳で、未来のプロット(=過去の記憶)を整理してみると、新しい発見があるかも。というお話でした。


11月に入りました。
あと少しで今年終了! あっという間ですよね~。

今日はお昼からワークショップです。ご参加の皆様、お気を付けていらして下さいませ。
潜在意識をよーく見て、現実を受け容れる練習を致しましょう。






ところで先日、すごーく久々にパワーストーンでブレスレットを組みました。
リーディングを取って、色々検証して、浄化・浄化・浄化…結構な時間が掛かりました。
久しぶりにやると時間が掛かりますねー。

パワーストーンは定期的に浄化しないと色々溜まって行くので、ちょっと取り扱い注意なグッズです。
神社のお守りやお札は、一年経ったら返しに行ってまた新しい物を頂いて来ますよね。あれと同じような理屈です。

お守りでなくても、普通に身に着ける物なんかは大概色々と溜まります。
なので掃除をしたり、洗ったり、捨てたり、入れ替えたりする訳です。
この世界は全てが流転し変化し滅び朽ちて行きますから、永遠に良い状態・完璧である物は存在しないことになっています。ええ、面倒なのです(笑)。



こういったグッズなんかは(物に限りませんが)、自分の意識がどの方向に固定されているかによって、感じ方が全く変わります。
例えば他人の不幸を心底喜んじゃうような意識状態で居ると、『不幸、悪い』というのが『自分にとって良いこと』になります。
そうすると『良い』エネルギーを発している物を見た時、非常に強い嫌悪感があるでしょう。

対人でも同じです。
全く逆のベクトルで生きている人を見ると、見た瞬間に猛烈な怒りが湧いて来たりします。
何故かと言うと、自分が攻撃されているように、否定されているように自分が解釈するからです。


自分が正しい方向へ向かう為に必要な物を手にした時、目にした時、具合が悪くなったり、嫌悪や反発を感じる時、大概は
「これ自体が悪い物に違いない」
ということにしてまで、遠ざけようとします。目を逸らし、見なかったことにしようと必死に逃げ回ります。
そうして、これまでの自分を延長し続けます。
やっぱり自分が不幸を好んで固定していると、あらゆるものに対して「そういうことにしちゃう」んですよね。

食べ物も同じです。
健康的な食事より、自分の体調が悪くなる食べ物を好んでそればかりを食べ、慢性的に栄養不良になって苛々したり、キレまくったり、その状態を更に助長してくれる「あなたは悪くないのよー」と言ってくれる人に依存したりと、悪循環を繰り返します。
これもやっぱり、自分の生きる目的に準じた選択の結果です。


自分が不幸で居ること、悪い状態で溺れているというのに、例えば色々なグッズに頼っても意味が無いと言えば意味は無い。
その瞬間、何か良いような気がしたとしても、変化は無いと思います。
結果、「何にも変わらなかった」「損した」と文句を言うことになる可能性は高いでしょう。
あくまでも自分の生きる目的が優先されるからです。

人間関係でも、「とにかく自分を絶対に変えないように、過去に執着している」人の場合、似たような人の集うコミュニティに依存します。
それで一瞬正当化(=防御)が出来てホッとしたような気がする訳ですが、現実に良い影響は全く無い為、不満が解消されたり、『良い』現象を体験したり、継続する心からの喜びや安らぎを感じることはありません。
それをまた否認すると、益々自分をダメにするぬるま湯に依存…という状態を繰り返す訳です。

「直感で選んだ」とか「生理的に嫌だと思った」というようなよく聞く理由で選択をしても、実際は自分の目的に沿った取捨選択でしかないのだということですね。
インスピレーションじゃなくて単に過去の情報を参照しているだけなのですが、その処理が超高速なので、「不思議な感覚でそう分かった! 自分は分かるのだ!」ということにしたくなる、と。




一方、『幸せ、調和、感謝、平和』に意識が向いている場合、やはりこれに沿った選択を行います。
いちいち考えたり迷ったりせずとも、無自覚的に手を伸ばしたら幸福に当たります。行く先々で、です。
勿論、画一的な良いことだらけーという訳でもないです。間違って叱られたり、反省を促されることも度々あるでしょう。
しかし自分を良い状態にしてくれるお叱りは謹んで受け止めるだろうし、自分を顧みて改めます。
そうした先は、自分にとってより幸せな状態だからです。

このタイプは100個中99個が呪いの飴玉でも、たったひとつの『幸せな飴玉』を迷いなく選び取ります。
或いは、最後に残った一個を引き受けた時、それこそが『幸せの飴玉』だったりもします。
大元の目的が『幸せ』であれば、プロセスやルートや自分のあれこれに関係無く、結果は必ずそうなります。


ということで、このタイプは自分にとって良い影響のある物が手元に来た時、そのバイブレーションをキャッチして、「あ、これは幸せなやつだー」と気付きます。
同じ方向を向いたバイブレーションには親和性を感じますから、そのエネルギーの中に居られて、よりハッピーです。

「自分だけが得をする」「私は正しい! あっちが間違ってる!」「特別」「一番」が幸せだと思っていると、こうは行きません。
これらは幸せの仮面を被った不幸であり、『我が身を守らねば。自分は疾しいし、だから恐ろしい』という考えに根差した欲求です。
愛されている、守られている…なーんて異次元の話ですよね。
こういう風に独り勝ちやいいこと尽くめに執着する時は、自分の手元に色々掻き集めて、あやふやな自分の身をどうにか護ろうとしている状態です。まさに不幸。


有難い、という感謝に至った状態が私達にとっての『幸せ』です。
我を出してああしたいとかこれが嫌だと言うのではなく、『安心してお預けする、お任せして導いて頂く』ような気持ちですね。

「頂いた」「有難い」と当たり前に思えることが最も自然な状態です。
何かを得た時、「自分が凄いからだ」「自分だけはこうなのだ。凄いだろう!」と、特別性が肥大化しているなら、日頃の怖れを一瞬隠せた気がしているというだけの話です。


日頃の自分の反応や解釈を見直し、向いている意識の方向性をよくチェックして、軌道修正を心掛けることが、長い目で見た幸せに繋がる道だと思います。




bracelet

クンツァイト、ローズクォーツ、カルサイト等のミックスブレス。
「キャンディみたいで可愛いなー美味しそうだなー」
と作りながら思っておりました♪




良いお天気でございます~。
秋晴れです。
気温、湿度共にいいですねー気持ちいいですねー。



さて。
偶にご質問頂くことがあるのが、

「○○を達成するには何をしたらなりますか?」

という内容です。




結構前の話になりますが、

「自分は大金持ちになる筈なんですけど、何をやればなれますか?」

と訊かれたことがあります。
この『大金持ち』の部分には『有名人』『世界的なスター』『玉の輿』といった色々なワードと互換性がありますので、適当に入れても大丈夫です(笑)。



答えとしましては、リピーターさんが仰っていた

「自分は昔から○○になりたいと思っていた…と思い込んでいただけで、全然思っていませんでした。そう思っている筈だと信じ切っていて、自分の考えを見直したり、『本当にそう思っているんだろうか』と疑うこともしませんでした。『詳細にそのイメージが出来ますか? その状態の生活やそうなった自分を細かく説明出来ますか?』と先生に訊かれても、イメージが出来る・出来ないの区別の意味も分かりませんでした。思っている筈だ! イメージがある筈だ! の一辺倒で、全く自分の中を見ようともしていなかった」

という内容に集約されていると思います。
自分の中にその結果のイメージがあるか、または無いか。
その状態を、そうなった自分を『知っている』か、または『知らない』か。

そこに掛かっています。



例えば誰々さんに嫌われているとします。
嫌われるっていうのは大概ストレスを伴う出来事ですから、「嫌だなあ」って思いますね(人によりけりでしょうが、此処では一般論としての表現をしています)。
次に、間髪入れず「この現象を変えたいなあ」って思う訳です。

また、上記のように「自分は○○になる筈だ!」という考えにしがみ付いているとします。
願望を持っている時の自分の状態が『キレている、怖れている、焦っている』といった不幸な精神状態である場合、実際に心が見ているのは多分○○ではないのですが、言葉として○○というラベルを使っている為に、「そう思っている筈だ」と自分を欺いています。
で、遅々としてそうならないことに怒り狂っているとします(キレていることに慣れ切っていると、自分の怒りに気付いていないことも多いのですが)。

その時は、「これを変えたい、捻じ曲げたい、嫌だ、嫌だ」という否認・抵抗の思考に自分が乗っ取られている状態なんですが、ふと
「じゃあ、誰々さんと仲良くしている自分をイメージ出来るだろうか? 当たり前に、簡単に、自然に仲良く遣り取り出来ている自分ってポンと出て来るかな?」
「『○○になって、赫々云々な状態の自分』が分かるだろうか? ああでこうで…って、既に見て、体験したかのように語れるだろうか?」
と見直した時、「あれ? 自分の中にそれが無いぞ…イメージ出来ないぞ…」とか、ウンウン唸って何とか無理矢理イメージしているような気がする、かも? といった状況だとしたら、どうでしょう。



私達は心が見たものを現実として体験します。
イメージが無い、想像が出来ないということは、全然そこを見ていないし想定してもいないということです。
だから「願望としてそれを持っていないですよね」って話になります。
それなのに、「○○をやれば」「××の講座を受けて資格を取れば」と頑張っても、抑々自分が望んでいない・自分の中に無いものを体験しようが無い…ということになります。
なので、時間やお金を掛けた所で徒労に終わるということに…。

更にここで「イメージしなきゃ!」「出来ないのがおかしい!」「何でも出来る筈だ!」と言ってしがみ付くと、二次遭難みたいに長々と苦しむ羽目になります。
「なんで~」「どうして~~」って(笑)。
ですから、「あら? イメージが無い。じゃあどうして『自分はこう思っている筈だ!』って信じていたのかな? そういうことにしてあったのかな?」と疑問を持つ方向に意識を向けられると、色々自分の心を手繰れるんじゃないかと思います。



「何でもイメージすれば手に入る」という説がありますが、正直言って線引きは人によって違います。
それに、『何でも』は有り得ません。この理屈を使ってしまうと、太陽が西から昇るとか、自分が突然沢山の人を奴隷に出来るとか、そういった荒唐無稽な残念妄想までアリってことになっちゃいますから。
それは流石に、フィクションでも無いわーって話ですよ…。

ついでに言えば、自然現象や社会常識等のルールは私達の非常に深い部分にある集合無意識から来ていますので、これもある種「自分の思考」です。
自覚している・いないに関わらず、『自分の体験することが自分と無関係な所で勝手に回っている』なんてことは無いのです。



何かを否認する時、私達は現象や出来事をどうにかしようと取っ組み合う方向へ執着しがちです。
が、まず最初にその現象を作ったのは自分です。ということを確認しないといけません。
少なくとも自分が体験している現実はこれなのだ、事実体験しちゃったから、別の道なんか無かったのだ、と納得しないと、です。
もし可能であれば、「これは私の心の中にある考えなのだ」という確認が出来れば尚良いです。

外側を変えよう、捻じ曲げようと必死になっている時の我々は、見た・体験した現象の方が間違っているという風に思っています。
その上で、自分の都合に合わせて向こう側を捻じり、「自分仕様になれー! それで私を安心させろ! この怖れや怒りを無くせー!」と取っ組み合っているつもりで居ます。
でも実際はこれが現実なのでどうしようもないと言うか、自分の心が持つ考えにしがみ付いている状態ですから、変わらないんですよね。



「なるほど、これが事実ですか」
と、そこまで行って初めて、その先があると思います。
願望実現の分野的には、例えばアファメーションしたり、クリーニングすることで「結果が変わった!」ということも確かにあり得ます。
もし「結果が変わったイメージは出来ないけど、その現象自体が気にならなくなった自分ならイメージ出来るなあ」だとしたら、そこを目指せば良いことだと思います。

そうそう、色々と気付いて行く内に自分の心の状態が変わって、それに伴い自分の中のイメージが変わることも有り得ます。
なので、どちらかだけということでもありません。あしからず。



「嫌だ嫌だ」「こうなる筈だ!」「ああじゃなきゃ嫌だ」
という考えに乗っ取られて、既に出てしまった結果に対し何とかならないかとか、どうにか出来ないかといった無限ループな考えから手を引いて、「嫌なのはいいとして、結果上手く行くイメージあるかなあ?」とまずは見直してみること。
もしそれが見えないなら、「結果が気にならなくなって、ラク~な自分をイメージ出来るかな?」とじっくり見てみる。
ここを確かめることなく、ただ手段のみを探して色々やってみても、結果として自分の心がターゲットにしているものを体験し続けるだけです。

是非是非、ご自分の心が想定していることを見直して、「これなら分かる」というものを探してみて下さい。
大幅な時間の短縮、節約になりますよー。





プロフィール

Sachi

blog owner:Sachi
潜在意識を活用した、ちょびっとスピリチュアルな総合セラピー、癒しのワークショップ・タロットカードセッションをしているSachiです。
穏やかに楽しく成長出来るよう、入手した情報や、日々の気づき&
発見などをシェアして気ままに更新。
イベント情報も随時掲載中です♪

※記事の内容、情報については一個人の捉え方、考え方に纏わるものが大半です。
絶対的な事実という訳ではありません。
また、私の理解や気付きの段階に応じ、記事の内容にも随時変化がありますことを何卒ご理解下さい。
※過去の記事をご覧になってセッションやワークショップにご興味を持たれた方は、必ず最新記事近辺を幾つかご確認下さい。
セラピストの基本姿勢、考え方をご理解の上、ご予約願います。

※相互リンクは現在募集しておりません。


旧blogタイトルは『気づきのステップ』。


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マインドの変化を促すことで幸福体験をしたい方に♪



●心静かな時間を作り、暗示や瞑想に活用




●毎日コツコツ自分を浄化






●根本的に取り組みたい人は






●でも『コース』は難解だ…という人は




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