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resonance/ライター&セラピストの潜在意識とかちょびっとスピとか現実とか

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 都内で対面式の個人セッションを行っています。
 幸せと癒し、学びと気付きを得たい方へ、様々に対応させて頂きます。
 潜在意識を日常へと活用することで、より良い人生へ変えることが可能です。
 随時お受けしておりますので、サイトをご覧下さいませ。

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 毎月一度、都内で女性向けの体験型ワークショップを開催中です。
 沢山の変化・癒し・浄化・成長・気づきを促すテクニックが山盛りです。
 2019年3月10日・4月14日(全て日曜)
 の開催が現在確定しております。
 ※以降の開催は決定次第upして参ります。
 ※それぞれ内容の詳細はサイトをご参照下さい。

4月も中旬ですねー。本格的に春でございます。
平成の時代もあと僅か。色々と思いを馳せる方もいらっしゃるでしょう。


以前から度々、筋反射テストを応用したリーディングを試して頂く場面(飲食物のチョイス等)を見ているのですが、その時に
『自分にとって良いもの』
を本人が指定したのに、一番ダメなものに反応するとか、一番その人にとって良いものをスルーする、といった現象を見て来ました。

何故かと言うと、本人の意識が『不幸な方が良い』という考えに固定されているからです。
不幸に酔っているという言い方にもなりますが、それとは別に「自分の間違いを絶対に認めない」と頑強に言い張っている場合もこれに該当します。


例えば事実や間違いを認めず責任転嫁や攻撃性が強いとなると、それを続けられるもの…つまり『自分にとって最も悪い影響を与えるもの(助長するもの)』が『良いもの』という認識になります。
転嫁や攻撃は、主観からすれば『これで自分の身を守れる』という勘違いの元に行われますが、結局自分の不幸に直結します。

そうすると逆に、『自分が幸せになってしまう、その道に誘導するもの』『間違いを糺してくれるもの』こそが『自分にとって悪影響のあるもの』という認識になります。
なので目に入りませんとかスルーとか、はたまた見た瞬間イヤーな気持ちになる、といった体験をするでしょう。



しかし私達は嫌な思いをした時、それを対象物のせいにしたがるので、よもや抑々自分が間違った基準で生きているからそう反応するのだ等とは考えも付きません。
人間関係も同様で、この基準で判別し振り分けています。

自分がどういうポリシーで生きているかによって、正邪の判断がひっくり返るということは誰にとっても大いに有り得ます。
自分にとって良いものだと思っていたものとその影響を色々見直すと、自分が何を求めて生きているか、どんなルールで居るかが見えて来るでしょう。


4月に入り、平成時代もあと一か月を切りました。
来月からは『令和』という新元号にて、日本の歴史が新たに刻まれることとなりますね。


あ、タイトルにもあるように今回の記事は「独り言」ですから。
「絶対こうだよ!」と言う気は毛頭ありませんから(笑)。



「自分は元号が変わっても全然関係無いよ」
と思っている人にも、実は色々な影響を及ぼすであろうと私は考えています。

人も物も同様ですが、『名前』というものには特有の性質、バイブレーション、アイデンティティがあります。
その性質が自分とどう噛み合ってどう影響して行くかは、人によって全く異なるのではないかと見ています。


自分に付けられた名前に負けてしまう、振り回されてしまうという方が居ます。
名前と相性が悪いことから人生が不安定になっている…という人を、私は見たことがあります。
「名前を変えたらラクになるんだろうな」という人は、それなりにいらっしゃるのかも知れませんね(私がここで言っている名前の性質とは、姓名判断的なものとは根本的に異なります)。

名前というものは人に潜在的な影響を及ぼすので、一見するだけでは自分との関連が分かりにくいんじゃないかなーとは思いますが、元号となると、日本という国の歴史全体に関わって来る変化です。
意識する・しないに関わらず、日本人には取り分け、とてもとても大きな影響があるでしょう。


『令和』という名前そのものに特有のエネルギーが存在しています。
長い目で捉えるなら、その元号が示すエネルギーの通りに進んで行くのではないかと。
私のイメージ的には、長く隠れていたものが沢山表に出て来た平成時代の後ですから、それらがどんどん蒸散して無に帰すことが増える感じがしました。

また、個人主義の人が更に増えるような感じがします。
通り一遍、画一的なものの考え方が更に変化して行くのではないでしょうか(これらは本当に個人的な見解だということを念押ししておきます)。
私個人としましては、自分と他人様を同じく理解し尊重出来る時代になって行くことを願って止みません。



さて、誰もが一律同じような影響を受けるのかと言うと、私が見てみた限りだと人によって影響の仕方は全然違うようでした。
これまでと全く違う人生にシフトチェンジ、という形で変化を体験する方もいらっしゃるだろうし、「あれ? なんか楽になった…」という人や、「今まで通りに行かないんですけど!」と居心地悪く感じる方等、色々なタイプに割れるんじゃないでしょうか。

それに、どの程度元号からの影響を受けるか、という割合も(どういう訳か)人によって異なるようでした。
同じ人であっても、元号によって影響の割合が違ったりするという…この辺りは本当に個人差があるんだなーと思います。
とは言え、『元号のせい』でどうにかなる…といった話ではなく、これまでもずっとそうだったように、今回の元号も私達一人一人の集合無意識から生まれた名前だということを憶えておきたいものです。



元号が変わることを機会に、昭和と自分の関係、平成と自分の関係等、振り返ってみられるのも宜しいかも知れませんね。



どんどん各地の桜が開花しております。
近所の桜の木はまだぽつぽつと、という程度ですので、満開まではまだありそうな感じです。
そしてこういった年一の出来事があると、一年間が過ぎるスピードを愕然としながら感じると言う…(笑)。



私は度々、『どうして生まれて来るか』という理由について、「やり直しの為に来ている」という風に書いています。
何をやり直すかと言えば、自分がどう生きるか、どう在るかをやり直す為です。
不幸な考えを手放す為、という言い方も出来ます。

人生という長いスパンで見ると、『特にこのイベントに於いて、自分がやり直すべきことがある』という大きなポイントもあるでしょうが、毎日の生活の中でも細かい選択は沢山存在しています。
やり直しというのは、一日を通して常に為されるべきことですが、私達は自分の考えを疑わずに生きる癖を付けて来たので、毎日同じ生き方、考え方を繰り返して生きるのがスタンダードではないでしょうか。


同じようなことを言って、似たような出来事に対し同じ反応をして、自分を顧みることをせず繰り返し続けたんですよね。
その結果、何が待ち受けていたかという結果も既に体験済みですが、我々は綺麗さっぱり忘れていることになっているので…(笑)。

毎日自分の考えや行いを振り返って疑う、過去の自分を何度も見直す、ということを習慣付けない限り、まさか前回(まで)の場面と台詞をなぞっているだけ、とは夢にも思わないことでしょう。


私達は、『前回』と全く同じ時系列順にドラマの場面を体験する訳ではないようです。
だから自分がどの場面を再生しているかは、殆どの人は分からないと思います。
抑々、前回完全に同一の場面を体験しているということも分からないでしょう。

私が見る限りでは多くの人が前回とは異なる順番で前後した場面を体験しており、その時に言った台詞やその時に使った考えを、そっくりそのまま使っています。
これも人によってバリエーションはありますが、例えば前回は人生の末期で体験した出来事やリアクションを、今回は人生の中間辺りでやっている…といった感じで、順番が入れ替わっているケースが多々あります。



さて、そこまで具体的に分からないにせよ、自分の反応を記録して見直すことは非常に大切です。
「この場面で自分は腹が立ってこうした。その結果、こうなった」
という定型が仮にある場合なら、それをひっくり返すのが正解、ということになるのかも知れません。
いつも自分が一定の反応を適用するから、同じ結果に行くので(実際は、結果が先にあってそこを目指しているんですけどね)。

「相手がこうすべきだった」という考えを常時使っているなら、「自分が」に置き換えるとか。
「絶対に自分は悪くない!」と言い張って来たなら、「全部私が悪いし、間違っている」に訂正する等、ですね。
本当にそう思えるかどうかは別として、文章のみでも変換するというのは、過去を手放す入口としてアリなんじゃないかなと考えます。


『当たり前に使っている自分の考えを反対に差し替える』
という作業は、簡単に見えますがあまり手を着けないことではないでしょうか。
しかし、過去のループから抜け出す一助にはなるのではないかとも思います。…使い方次第ではありますが(笑)。





着々と(?)春になって参りました。
そろそろ桜の開花宣言が出そうな予感です。
って、そう言えばもう春休みの方もいらっしゃるんですねえ。
そういうのと無縁な生活が長いと、時期を忘れてしまいがち(笑)。




今回はちょくちょく書いている『過去の再生』ということについて。
例えば「親のせいでこういう風になった」というお話を伺うことがあります。
嫌な目に遭わされたという話が事実ならまだしも、完全な捏造や逆恨みだったりすると、「何を言ってるんだろう」と不思議に思うことが多々あります。

親や環境の影響は多少なりとも誰しもが受けるものですが、でもその環境は自分の潜在意識を投影した世界ですから、自分の中に元ネタがあるんですよね。
全ての人がそうとは言いませんが、私が拝見して来た事例では、
「あらら、"前回"も同じこと言って、自分が悪いのに逆ギレして全部他人のせいだって言い張って死んでるなあ…」
という人が割といらっしゃいました。


例えば同じ環境で育った別の人は全然違うように育っていたとしたら、それは言い訳にならない、って話になります。
途中までモロに影響を被ったとしても、どこかの時点で「はっ。こうじゃなくていいんだ」と気付く人は沢山居ます。
だから気付く努力、別の角度から見直す努力をすることで、それまで使っていた理由が二度と使えなくなって、結果楽になるのですが、この『無茶なこじつけ』に執着を燃やし自分の間違いを認めない! とキレ続ける人は数が多いように思います。
はい。"前回"も、そうだったんです。

何故別の人生に持ち越してまで全く同じルートを辿るのかと言うと、間違っているからです。間違いは必ず繰り返します。延々繰り返します。正しい思考に自分で訂正するまで、です。
見ている限りでは五、六回完全コピーで繰り返している人も居ます。時間に換算すると千年単位じゃないですかね、っていう位。なっがー(笑)。

「じゃあ、別の選択をすればいいじゃん」という話なのですが、別の何かを選んだつもりでも、それはあくまで「つもり」でしかなかった…という結果に行き着きます。
何を選んだつもりであろうが、自分の心を改めない限り、何一つ変わらないです。
この「じゃあ別の云々」という考えも前回から持ち越しているし、「つもり」というのもループ上のポイントです。



人によって、という前置きが付きますが。
最近は過去世に関する沢山書籍が出ています。ヒプノセラピーを受けられる場所も大変多くなりました。
そういう本や場所で目にする、耳にする事例は、殆どが『自分は何かの被害者』『悲劇に巻き込まれて』といった話が多いような印象が強くあります。

でもそうすると、この人の他人様に対する態度や姿勢や言動と、その『過去世』の整合性が1ミリも取れないんですけど。
……という人が居る訳です(笑)。

私が見ると、「あー。えーと…(こりゃ言いにくいし、他人から言われたら堪んないだろうなー…)」という内容だったりする場合、聞いたら即ギレ間違い無しなので大概言いません。
そういう人は自分が指定したもの以外を聴くと、異常なキレ方で否認するものです(お心当たりがあるんでしょう)。
少しばかりでさえも受け容れられないとなると、言っても恨みを買うんだろうなってことで、言わないです。時期もあると思うので。



例えば私の所である程度、思考を段階的に捲って行き、
「自分は相当マズイ奴なのでは」
ということがうっすら分かって来たとします。

それまで自分で訴えていた「自分は無辜の被害者で、周りが変わるべき」という内容が、全てでっち上げだということが分かって来てしまい、それどころかずっと自分のして来たことは…という風に目が向いて来た所で、大概逃げ出します。
「見るのが嫌だ」と言って、都合の良いことを言ってくれる人を探すとか、一切を無かったことにしようと必死になる。


罪を認めることを絶対にしない! という強い決断で逃亡する訳です。
これも勿論"前回"やっています。別のシチュエーションで、ですが。
でも、だからってその後何かが変わる訳ではないというのがミソです。

どう生きるか、何をするか、という件に関しては、同じことを繰り返し、同じ結果を出します。
私がそういう人に仕立て上げた訳でもなければ、それまでずっとそう生きていたのは当の本人なんであって、私がどうこうとか、関係無いのになあと思います。


それより、目を向けないようにしていたものが捲れて来て「拙い。逃げたい。嫌だ」という段階で掴んで根こそぎ引っこ抜いちゃえば、以後その疾しさや正当化や逃避で人生を浪費をせずに済むのですから、幸せに対し大幅な時間の節約になります。
だって、逃げたら間違いなく次回もループです。これまでもそうなんですから。

分が悪く、言い訳に使っていたものが全て使えなくなった段階で、「このままでいい! 幸せになんかなる気はない!」と吐き捨てた人も居ます。
しかし有難いことにと言うべきか、残念ながらと言うべきか、いずれにせよ間違いは全て糺すことになるのが私達全ての宿命なんで、絶対に逃れられない道なんですよ…本当に。

また「自分は大してひどくない」と言っていたりする割に、キレ方が半端じゃなかったりもするんで、やっぱり完全一致で同じだなー(前回と)という風に思うのですが、様々や言い訳や逆ギレや正当化や文句の数々も、ぜーんぶ完コピで辿っているのを見るに、ただただ「時間がもったいない…」としみじみ思います。



例えばお金に余裕があったり、働き口があったり、ご家族が健在でいらしたり、何か極端に困った状態になっていないということであれば、その間に見直してしまえば良いのになと私は考えています。
とは言え、「困ってないからやらない」と言って、その恵まれた状態を隠れ蓑にして逃げるのを見ると、「ああ、本格的に追い詰められないとダメなんだ…」とも思いました。

例えばお金も無い、不健康、人の助力も無い、仕事や居場所も無い、助けが無い…といった、「一つも逃げ場が無い」という状況に至らないと、人によっては良い状況を逃げ場に使ってしまうのだ、ということも知りました。
或いは、社会的に何らかの咎めや制裁を受けなければ、「だから自分は間違っていないのだ」と武装して、同じ行いを繰り返し続け決して自分には目を向けようとしない人も多いんだな、と(言うまでもなく、これも前回同様ですが)。
まー咎めを受けたからと言っても、「自分は悪くない」って言う人も多いですけどね!(笑)

色々な先生がおられるので、私が言っていることが絶対正しいかと言えば、異論もおありでしょう。
でもまあ、どんな人でも間違いがあるからこの世界に来ているのであります。
古来より一向に減りもせず無くなりもしない諍いや争い、犯罪の数々を見ても、みんながみんな善人でも愛に溢れている訳でもなく。
私達の中にわんさかある間違いの数々が、どれだけのものか…ということです。



間違いを糺し、本来あるべき方向に考えを修正するのが私達の生きる理由です。
しかし言い訳や、嘘や、時間稼ぎの為に来ていると思うなら、その為だけに一生を潰します。
どちらの為に自分の人生を使うのかを決めるのは、今の自分です。



雨が上がりました東京です。



今日は3月11日。
東日本大震災から8年が経過。
今も色々な思いをお持ちの方がいらっしゃると思います。


↓のサイトで『3.11』を検索をすると、ヤフーさんから復興支援金が10円が寄付されるそうです。
こちらのサイトを開いて『3.11』と入れて検索ボタンを押すだけです。是非。



いきなり春! って感じになって来ましたねー。
桜も早めに咲くらしいです。
寒がりの方には良い気候になって来たかも知れません。


度々『全部過去の再生』ということを書いておりますが、見直せば見直す程、全部だな。って思います。
例えば他人様に関しても。

時に、結構早い段階で『この人はこういう台詞を別の人生でも言って、こういう行動を取った』という情報が私の中に入って来る時があります(潜在意識から浮き上がって来る、とも言えます)。
夢で見る場合もありますし、書いていると手が勝手に動く時もありますが、自分でタイミングをコントロール出来る訳ではないのがちょっと厄介です。
とにかく、そういう時はメモっておくことにしています(笑)。


それから数か月から長い時には何年以上かの間が空いて、ある時そのイメージと全く同じ現象を目撃・体験することになります。
「ああー、やっぱりか…」
ということになる訳ですが、あちらはあちらで嘗てと全く同じリアクションを取っており、寸分違わぬ状態で疑問も持たずに再生しているのです。
まるで「今、そう思ったから、たった今、初めてそうしたのだ!」と言わんばかりに。

しかし私は私でそういうリアクションを(別の誰かで)目撃した記憶があるからこそ、再生し見ていることになります。
なので、相手をではなく自分をクリーニングする。


一部の【ソウルメイト】以外とは今回の人生で初めて出会うので、関係性は白紙状態なのだ…という説があります。
が、所謂ソウルメイトでなくとも相手が誰であれ、自分の記憶を見ている以上のものでは有り得ない為、ひたすらクリーニングというのが正しいんだろうと考えています。

例えば自分が『A』というドラマを未完了でやり残している場合、また『A』というドラマを体験をします。
背景や状況は違って見えるかも知れませんが、リアクションについては完全再生を行います。

その時、過去に関わっていた人そのもの(ソウルメイト)で再現するかと言えば、必ずしもそうではありません。
自分のAという体験の型に適合する思考を持っている人が現れて、Aというドラマ内での相手役を務めて下さいます。
嘗て見たリアクションを、別の誰かが引き受けて下さる訳です。



物凄く極端な事例を。
あるドラマには『喧嘩を吹っかけてしまう癖のあるAさんと、いつもその犠牲になるBさん』という人が居るとします。
その過去のドラマを終わらせていない為、Aさんは別の人生でも喧嘩を売る癖を持っています。
しかし今回は、嘗てのBさんと出会って全く同じプロセスを辿るのかと言うと、そういう訳でもありません。
今回の人生で初めて会うCさんという人に対して、Bさんに対してやっていたことと同じことをするかも知れない。
何故かと言うと、CさんはCさんでこの体験の受け皿になる何らかの記憶があるから…ということです。

「だから仕方ないのだ」と言うつもりは毛頭ありませんが、このような理由で
『自分が見る・体験するあらゆることは、全て自分の記憶のクリーニングをする必要があるもの』
だと言えるように思います。



毎日を過ごしている中、また過去をふと思い出す時、どんな局面であっても出来る限り自分をクリーンにして行きたいなーと思っている所存です。



2月も下旬ですねー。あっという間です。
ちょっとずつ書き溜めていた記事を毎日連続でupするという、珍しいことをしております(笑)。




『私達は過去を現在だと思って生きている』
『過去の再生だけをしている』

と度々書いておりますが、見れば見るほど本当のことです。
日頃は自覚が無いだけで、事実そうなんだなーと思います。自分を見ても、他人様を見ても。


例えば、本人の思考タイプを見てからその人のホロスコープを見せて頂くと、「あ~…バッチリです…」という風に納得の配置が発見されます。
物凄く執着して手放せずに持ち越して来た特徴的な考えなんかはくっきり浮き彫りになっているので、「なるほど、やっぱり。こりゃ前からかー」と深く頷くこと多々でございます。

ホロスコープって、チャートだけ先に見て本人を見ないまま教科書通りに判断するなら、ほぼその人の解析は出来ない可能性が高いなという印象です。
人は大体、都合の良いように何でも取りたがるし、実際の自分の生き方・言動や他人様への姿勢、自己評価なんかを無視して『ホロスコープだけ』を読もうとする傾向があります。

しかしサイン、ハウス、惑星、アスペクト一つ取っても沢山の象意が含まれますし、それらが複合的に絡んで来るとなると色々な読み方が出来てしまうので、そこから絞って特定するのはなかなか難しいんじゃないかと。
「この配置を持っている人はこういう才能があるという意味です」と教科書に書いてあれば実際自分もそうなのかと言うと、違うことはよくあります。
確かにそういう人も居ますが、「この場合、配置通りであっても、才能で出ているのではなくて…」とかですね。



実際にどう生きているか、どういった思考タイプか、というものを軸にしてチャートを参照しないと、現実に合致した読み方は難しいもののように私は思います。
特に自分だと、「自分はこうである筈だ」という宛てを作って読もうとするでしょうから、現実と整合性が取れず益々分からなくなりそうです。
「この配置があるからこうなる筈なのだ」に使ってしまうと、不幸の為に使うことになってしまいますし。

私がこれまで調べた限りの話ですが、バースチャートは『今回はこうですよ』というより、『前回こう生きて死んだんだよ。この人生を繰り返しているよ』です。
過去世をチャート内で見る時、例えば土星やドラゴンテイルやトランスサタニアンや12室を…的な考え方がありますが、一部ではなく全部丸ごと前回の自分です(その際、テイルを中心軸に全体を読むのが正しいと思います。殆どの人は正しい自分/ヘッド側を生きていません)。
今回のチャートとは、イコール未解決事件、完了させていない人生の象徴です。だから丸ごと持ち越し、持って来ている。
過去を現在だと思い込んでいるという意味では『今回はこうですよ』と言えなくもない。疑問を持たずロボットのように生きて行くなら、です。


蛇足になりますが、ホロスコープ等は一旦『テイルを中心にあれもこれもネガティブ寄りに解釈してみる』という視点で解析したら、現実に近くなる可能性があるんで、分かり易いんじゃないかと。嫌だろうとは思いますけども(笑)。
「こういう否定的な考え方、受け取り方をする」「これに対して異常な執着をする」「特にこのジャンルについては『認めない!』と言い張る」「ここに触れるとブチ切れる」「他人を信用しない」「劣等感が強い」「元々の自分がこうであることを認めていない」とかですね。
ある程度ネガティブ寄りに読み取ってみると、恐らく大体合ってると思うんですよ。…嫌でしょうけど(笑)。

ネガティブな解釈や暗示なんか見たくない! というのが人の性ですが、そうは言っても全部及第点だったら今回持って来ていませんですよー。
未解決のままだからそっくりそのままこの人生に持って来ていて、どうせそこを修正しないとまた来世~ですから、早めに知って見直した方が後が幸せだと思うんですよね。
あくまで『一度』ネガティブ寄りに全部読んでみて、それを出し終わった時点で徐々にプラス修正の解読を試みる、とかでいいんじゃないかなーという気がします。
解読のみを一人歩きさせるのではなく、あくまでも現実(自分)にピタッと合わせて読む、というのが重要です。





「大概都合良く取ろうとする」、という繋がりで。
例えば退行催眠を受けたり自分でやってみた時、
『自分が(今と全く同じように)間違った生き方をして死んだ人生』
を掘り出す人って少ないなーと思います。むしろ

『自分は一方的な被害者だった、嫌な目に遭わされた』
『特別な能力や地位にある特別な人間だった』
『善良な人間だった』

等のイメージを、ニーズに合わせて無理矢理作り出してしまう(逃げ込み先として作ってある)、という場面を沢山見て来ました。
「え? 何? 何言ってんの? そんなものは影も形も無いですよ?」みたいな。
もしそれが本当なら、今の人生で繰り返している、言動や行為は何なの~っていう。
だけど、『前回』もこうやって「むしろ自分は被害者なのだ」とか「特別な筈だ」と言い張って妄想してたんだなーと思えば、それはそれで納得。
細部に至るまで過去と全く同じ繰り返し。いやー…半目になります。



過去世とか前世と言うと、とかく形に拘る人が多いような印象があります。
どういう仕事をしていたとか、どういう地域に住んでいたとか、そういうことですね。

実際の私達は転生の折に『生き方、思考タイプ』の方をメインに持って来るので、例えば今回お金持ちに生まれたからと言って、今回のご家族に溺愛されて育ったからと言って、ネタ元もそうですよーとは限らないのです。
環境的な形ごとほぼ同じという人も居ますが、私がこれまで見た限りでは皆そうかと言うと、別段そうでもないようです。

むしろ、これまで自分がどのように振る舞って来たか、自分をどう思って来たか、家族や友人知人他人様をどう扱って来たか、どういった態度・言動を取って来たか、どういったリアクションや反応をして来たか…といった自分の生きる姿勢の方に注目すると、『前回』の自分がどうだったかの糸口に繋がります。
人それぞれですから色々ケースはあるでしょうが、上辺の形の方にばかり注目してしまうと、本当のことはなかなか見えて来ないでしょう。


バースチャートにせよ、過去世のリーディングにせよ、事実を元に見直すと、「お~っ! こんな所にー!」みたいな驚き体験があります。
私は沢山ありました。「この配置はこういうことだったのかー!」って。
チャートとだけにらめっこしても、ずっと分からなかった内容です。

実際の生き方や事実にのみ注目する癖を付けておくと、バースチャートや過去世がちゃんと見られるようになって来ますよーということで。
そこから、今の自分にフィードバックして、「全く同じ間違いを繰り返している……これはもう改めよう」と気付いて行く為に活用されたら宜しいと思います。



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Sachi

blog owner:Sachi
潜在意識を活用した、ちょびっとスピリチュアルな総合セラピー、癒しのワークショップ・タロットカードセッションをしているSachiです。
穏やかに楽しく成長出来るよう、入手した情報や、日々の気づき&
発見などをシェアして気ままに更新。
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※記事の内容、情報については一個人の捉え方、考え方に纏わるものが大半です。
絶対的な事実という訳ではありません。
また、私の理解や気付きの段階に応じ、記事の内容にも随時変化がありますことを何卒ご理解下さい。
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